仙台もようやく桜が満開になり、早速お花見に行ってきました!

んが、肝心の桜を撮っていなかった…(オーマイガッ)

 

 

屋台で買った「くるくるお好み焼き」の写真はしっかり撮ってるんだけどなー(笑)

昔に比べると花を愛でるようになってきたものの、まだまだ花より団子の阿部幸愛です。

 

 

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さてさて、今回は前回のブログのつづきを

私の体験談を交えてお話しますね。

 

本当は実家を出たいと思っているのに

何かしら理由を探し出しては実家を出ないあなたに送ります。

 

(前回の記事はコチラからどうぞ)

実家を出たいのに出られないあなたへ(その1)

 

 

 

 

私の子供の頃、父はほとんど家に居なくて

帰ってくれば母はヒステリックに父を怒鳴り、それに耐え切れなくなった父はまた出ていく。

そして、父が出て行くと母は泣き崩れる、この繰り返しでした。

 

母に怒鳴られる父も、泣き崩れる母も

どちらもかわいそうで仕方なかった。

 

だから、喧嘩が始まると止めに入ったり、2人を笑わそうとおどけてみたり。

 

でも何をやっても上手くいかず、最後は母が泣き止むまで背中をさすっていました。

 

そして、母は泣き止むと笑顔でこう言うんです。

 

「あなたが居るからお母さんは生きていられる」

「あなたが居るからお母さんは頑張れる」

 

子供ながらに複雑な気持ちだったなぁ。

 

私が居なければお母さんは死んでしまうかもしれない

私のせいでお母さんは頑張らなきゃいけないんだ

 

そう思うと、恐怖と罪悪感で胸がいっぱい。

 

両親が離婚してからは、母を見張っていないと不安で

祖父母の家に泊まりに行った夜は、母に電話をかけて生存確認をしていました。

 

本当は祖父母の家になんて行きたくなかったんですけどね。

だって目を離したらお母さんが死んじゃうかもしれないって思っていたから。

でも、祖父母が喜ぶと母が喜ぶので、イヤって言えなかったんです。

 

社会人になって、一人で暮らす経済的余裕が出来ても

実家を出るという発想はまったくありませんでした。

 

結婚を機に一度家を出たんですが、解放感や新しい生活への希望と喜びはあっという間にどこへやら、強烈な恐怖と罪悪感が襲ってきました。

それからは、毎月のように母に謝罪の手紙とお金を送ることで不快な感情を紛らわすように。

 

結婚生活もなんやかんやとありまして、わずか1年で離婚。

そして私は娘を連れて実家に戻りました。

 

数年は、安堵感でいっぱいでした。

毎日、母に手料理を振るい、愚痴を聞き、母の役に立つことの安心感といったらもう。

 

でも、私がどんなに頑張っても、いや、頑張れば頑張るほど、母はトラブルを抱え込んで苦労する。

 

母を幸せにしたくて頑張ってるのに、どうして母は幸せになろうとしないんだろう。

 

あーもう、無理だ。

これ以上頑張れない。

うんざり。

 

そして、実家を出る決意をしました。

 

母に家を出ることを伝えた後は、毎日が戦争。

もうほんっと大変だった。

母のみならず、取り巻き達からも非難ごうごう。

 

だけど、本当の戦いは自分の内側との戦いだと

後に知ることになります。

 

つづく

 

 

 

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