fruitful life * ひまわり .。..。..。..。. フルーツフル*ライフ

***     ***     ***    ***     ***     ***
Memory loss of our mom. Alzheimer's care. Live a life filled with love and closeness in the family.

母は、ひまわりひまわりのような 太陽のような女性でした。


2016年4月9日、空へ旅立ちました。


そんな母と共にあった我が家の実りある人生・・・fruitful lifeフルーツ


陽だまりの中の~ひまわり~-ひまわり

60代でアルツハイマーを患ってしまった母ひまわり


病気を疑い始めた日から

グループホームでお世話になるまでの道のり。

悩んだ日も 苦しんだ日もありました。


お時間のある時に

最初の方から順に記事を読んで

下さると嬉しいです。


次の段階を考え始めた日 by イチゴいちご 』と

若かりし頃。。。4人とも♪ by ミカンみかん 』、

そして 『入居の準備 by イチゴいちご 』の記事。



グループホームで過ごした

穏やかな4年間の日々。


それを献身的に支えた父の日々。



よく登場する人物


母・・・ひまわりひまわり

    (60代でアルツハイマーを患ってしまった)


父・・・トムさん(^-^)TOM

   2012年の大晦日より父もブログに参加!

   TOMさん、初ブログ記事→こちら


そして私たちは、

姉:ミカン(みかん)ミカン

妹:イチゴ(いちご)イチゴの姉妹。


私たちのプロフィールは→こちら


こども小イチゴ(小いちご)・・・イチゴの長女。

          思いやりがあり、周りを明るくしてくれる、

          笑い声の可愛い、天真爛漫な小学生。 


テーマ:
いちごです。

かなり長文です。
読み苦しくて恐縮です。

4月9日土曜日午後1時頃、
母が静かに旅立ちました。


母がアルツハイマー型初老期認知症を患い、
父による自宅介護が限界を迎え、
施設(別荘と呼んでいました)に入所して3年半ほど。

始めの頃こそ週2回娘と一緒に顔を出し、
母に絵本を読み聞かせたり折り紙したり、
なるべくたくさん話し掛けることを心がけていました。

徐々に表情が消え、
口数が少なくなり、
目を開けている時間が減り、
私の足は遠のきました。

娘の学年が上がり、忙しくなったから。
私も仕事し始めて疲れて時間が取れなくなったから。

そんな言い訳を自分自身にしていましたが、
認めます。
逃げていました。


仕事なんて週4日しかないし、
娘とだって日曜日なら余裕で行ける。

でも単純に逃げていました。

こまめに別荘に通う父に甘え、
親身にお世話してくださるスタッフさんたちに甘え、
母が思いやり深くケアして頂いているんだから安心、
と逃げていました。

母の変化して行く姿に目を向けることから
とにかく逃げていました。


父から母の様子を聞き、
症状の変化に一喜一憂しつつ、
数少ない訪問の際の母の衰えに衝撃を受け
また逃げてしまう。
そんな繰り返しでした。


今年に入り、父の報告から姉が不安を感じ出し、
私は自分も不安を感じているにもかかわらず
それを押さえつけていました。

喋らない母が「美味しい」って言った
という報告で、母は治ることは無いけど
このように一進一退しながら
低空飛行で生き続けてくれると
勝手に思っていました。



4月5日。
娘の春休みの終わりがけ。
姉と姪が母に会いに来るとのこと。
一緒に合流して行くことにしました。

その日は朝から物事がスムーズに運ばず、
挙句に車のバッテリーが上がるという
トラブルまで発生。

ただ、あんなに次から次へと思い通りに
行かなかったにもかかわらず、
イライラも焦る気持ちもなく、
「事故らないで良かった」
と妙にノンキな気持ちでした。

姉や姪、父と一緒に母に会い、
痰が絡んで喉がガラガラする母の心配をしつつ、
スタッフさんたちが丁寧にケアして下さることに
感謝し、別荘を後にしました。

ランチ後、
用事のある父と別れ、
女性陣4人でモールに行きました。
今まで姉たちが来てくれた時、
遠方の為トンボ帰りしていましたが、
この日は珍しくゆっくりと過ごしました。

夕方になり、姉たちと別れ、
用事を済ませた父に荷物を届けようと
実家に向かう途中、父から電話が入りました。

「お母さんの容体が悪化した」

父が姉にも連絡したところ、
ちょうど高速に乗る手前だったので
別荘に戻ることに。

別荘に着くと母は酸素マスクをしていました。
一旦は顔が紫色になったようですが、
この時は若干落ち着きを取り戻していました。

まずはホッとして帰宅しました。



4月6日。
娘、春休み最終日でしたが、
6年生は翌日の入学式の準備の為に登校。
娘が帰宅後、母に会いに行きました。

大きな変化はなく、やはり酸素マスク装着中。




4月8日。
私は本来なら出勤日なのですが、
たまたま社内行事の為、アルバイトパートは休み。
母に会いに行きました。

変化はないけど、パーキンソン病で固まった
母の手の隙間に自分の手を差し込むと
握り返してくれる。

それがすごく愛おしかった。


4月9日、出勤。
仕事中は携帯を見ないので、
勤務後父からの着信に気付く。

「お母さんが亡くなった」





恐らく今年を越すのは難しいだろう
と根拠なく思っていたので、
想像よりもあまりに早い旅立ちに驚きました。

でも泣きませんでした。

悲しいのに泣けない。

すぐに電話で主人と上司にその旨を伝え、
帰宅して主人と娘を連れて別荘へ駆けつけました。

スタッフさんたちは皆泣いて下さっていました。
私はやっぱり涙が出ない。

母の頭を撫で、手をさすり、
「頑張ったね~。
苦しかったけどよく頑張ってくれたね。
ありがとうね」
と話しかけたけど、涙は出ない。

スタッフさんに感謝の気持ちを伝える時に
うるっと来た程度。


それから数日、家族葬の準備の為、
バタバタしてゆっくり考えることを避けました。

葬儀の前の晩は姉と娘と3人で母の側で過ごしました。
ずっとお喋りしたり笑ったり、
きっと端から見たら葬儀を控えている家族には
見えなかったことでしょう。

不思議なことに、それまでにないくらい
その晩は母の側で心地よく眠れました。


葬儀当日も子どもの頃以来会っていなかった
従兄弟たちと会え、父が準備した母の写真や
器用だった母の作品を見ながら思い出話をし、
たくさん笑いました。

斎場でお骨になった母を見た時にはさすがに
心拍数が上がり、こみ上げそうでしたが、
同じように辛そうだった姉に
「考えない考えない。スマイルスマイル」
と言って乗り越えました。


でもお姉さん、ごめんなさい。
今思えば、泣ける時にしっかり泣いておくべきでした。
我慢させちゃってごめんね。



今日5月8日、母の日。
姉一家も来てくれ、母の納骨をしました。
奇しくも祖父(父の父)と同じ命日。
祖父が亡くなった時には母の夢枕に立ったほど
息子(父)の嫁(母)をかわいがっていた祖父。
きっと今頃再会を懐かしがっているかしら。


洗濯物を干している時、
運転している時、
テレビを観ている時、
買い物している時、
料理している時、
ふと「あ。すごく淋しい」とこみ上げる瞬間が
あります。

でもまだ思いっきり哀しみに浸ることが
出来ません。
怖くて。

昔、流産を繰り返し、
4人の我が子を天に見送った時、
心のダメージは相当に大きく、
復活するのにものすごくもがきました。
未だに完全復活したわけでもありません。

母を見送ったことの哀しみにしっかり向き合って
しまうと、恐らく日常生活に支障をきたします。
娘がいて、学校の用事があり、
私自身も仕事をし、
周囲に迷惑は掛けられない。

今はなるべく母のおっちょこちょいな思い出を
笑顔の原動力にして、明るく過ごしています。

哀しみをどのように表現するか正解はないと
思いますが、
「後で反動がくるよ」
と仲良しの友人が気遣ってくれます。

「んも~、あなたはママが亡くなっても
泣いてもくれないの?えー
って母が拗ねてる気もしますが、
今後のことはわかりませんが、
今は元気な頃の母を思い出しながら
笑って過ごそうと思っています。


母を看取って下さったスタッフの皆様には
ただただ感謝しております。
認知症の入居者に家族のように親身に、
そして何より尊厳を持ってお世話され、
そんなところで最期を過ごせた母は本当に
幸せだったと有難く思っています。
心よりありがとうございました。


日付は変わってしまいましたが、
2016年母の日に母のことを強く想いながら。

{61391C24-8F4F-481C-9FE9-F1524535C4BC}


AD
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:

みかんです。


先月9日 ひまわり(太陽)のような母ひまわりが、

静かにその生涯を終えました。


20160414-09

嫌な予感はしていたし、

覚悟は多少していたのに・・・


連絡を受けたときは、

自分が想像する以上に動揺して

しまいました。


親を見送るって、

こういう事なんですね。


報告を受けた時は声を上げて泣き、

数日間は思考が止まった状態で

気が付くと涙が出ていた。



 ●   ●   ●



9日(土)に報告を受けたその夕方、

主人と次女と3人で

高速道路を飛ばして母の元へ。


その間、父と妹(いちご)家族は、

母の近くに住んでいるので

別荘(グループホーム)に

行っていました。


私たちが到着する時間(夜10時ぐらい

だったかしら?)を見計らって

すでに帰宅していた妹が、再度

来てくれました。


父はずっと母の元にいたので、

私たち3人と妹は 母の眠る部屋へ。


母の手づくり作品が壁いっぱいに

飾られた明るい部屋は、

冷房が効いていて寒い。


それは、亡き母の体を

冷やしておかないといけないんだと

理解しました。


お母さん、来たよ・・・

って母に近づいて行こうとしたのですが、

体が動かず、母のベッドの足元から

先に進めず。

あの時の気持ちって、不思議。

頭では分かっているのに、

どこかで受け入れたくない自分が

いるみたいでした。


すると、先に進めない私の前を

妹はスーーっと母の元へ行き、

「お姉さん、来たよ。」って言いながら、

母の頭をなで、頬を自分の体温で

温めるように優しくさすっていました。



性格からして、妹の方が泣き崩れて

何もできなくなってしまうかと

思っていましたが、まったくもって逆!


実際は、妹の方がしっかりしていて、

私の方が動けなくなってしまいました。

何とも 情けない姉です、わたしは。


ゆっくり自分を落ち着かせ、

少しずつ母の元へ近づいて行き、

私も冷たくなってしまった母を

撫でながら、父と妹と思い出話に

浸りました。


そのまま残れるように私は

着替え等を持っていったのですが、

父から居ても仕方がないから

取り敢えず今日のところは

帰りなさいって言われ、一旦帰宅。


その後の予定は、

連絡取り合いましょうって。


 ●   ●   ●


お葬式・・・というより親族のみの

『お別れ会』は、4月13日(水)に決定。


私は、前日の12日(火)に移動し、

その晩 妹のいちごと

姪っ子の小いちごちゃんと三人で

亡き母と共に一夜を過ごしました。


その晩、父の弟・たけひこ伯父さんや

父方の従妹2人・のりちゃん&ともちゃん、

母方の従兄・よっちゃんご夫妻が

母に会いに来てくれました。



20160414-08
 ↑従兄弟のまーちゃん(左上)と

   よっちゃん(左下)、

  母(右上)と生まれたばかりの私。



みんなで母の思い出話に花を咲かせ、

楽しく過ごしました。


数日間は落ち込んでいた私でしたが、

この日はよく笑い、よく話し、

よく眠れました。


ひまわり母と二人っきりになる時間が

あったのですが、

布団に横たわっている魂のいなくなった

母の体と その横に立掛けてあった

『いつもの』笑顔の母の遺影を見ながら

静かに色々と話かけました。


私の近頃の思いや出来事、

最近読んだ本、気に入った映画、

大好きになった俳優さんや歌、趣味、

子供達(母の孫たち)の近況などなど・・・


遺影の顔が優しい眼差しで

微笑んでいるような気がして、

とっても温かい気持ちになりました。


元気な頃の母とはぶつかったり、

反発したり、反抗したり、揉めたり・・・

どのご家庭でもあるように

色々な事がありましたが、

いい思い出をいっぱい残してくれたと

思います。


最後に母と二人っきりで色々と

話すひとときを頂いたのは、

本当に良かったなと思いました。


grouphome12

そして翌日の『お別れ会』では

笑顔で親族の皆さんを

お迎えすることができました。


゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚


父の兄・よしのり伯父さんご夫妻、

たけひこ叔父さんの奥様・くみこ叔母さん、

母の兄(長男)の奥様・やえこ叔母さん、

従兄・まーちゃん(よっちゃんの兄)、

あずま叔父さんご夫妻、

母の兄の奥様・さなえ叔母さん、

従姉のちえちゃんご夫妻、

従妹のなおちゃん(ちえちゃんの妹)、

母の一番近い姉・ちよ姉、

従兄のつーちゃんご夫妻、

従姉のきえちゃん(つーちゃんの妹)、

従妹のまりちゃん(つーちゃんの妹)、

グループホーム(別荘)のスタッフ4名、

いちごの職場の上司の方


(感謝を気持ちを込めて・・・)



七五三の時かな?
20160414-13

さなえ叔母さんと 腕の中には

従妹のなおちゃん、

右から従姉のきえちゃん、

ちえちゃん、そして 私(みかん)。


20160414-14
左にいるのが母。

おぶっているのが妹のいちご。



゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚


この中には30年ぶりに再会した

親戚・従兄妹たちもいて、こうして母が

みんなに逢わせてくれたんだなぁと

胸がいっぱいになりました。


最後の最後まで

グループホームの皆様に愛情もって

看ていただき、可愛がっていただき、

良くして頂きました。


本当に有難うございました。


AD
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:
Tomです。


4月9日 ひまわりが71歳で
なくなりました。

4月に入ってから急速に衰えが
激しくなり、栄養価の高い流動食も
ほとんど口にする事が
出来なくなってしまいました。

9日13:00頃 苦しむ事なく
眠るような最期でした。


4月9日は、私の父と同じ命日で
偶然に同じとなりました。

ひまわりと結婚した時、
父は 「いい嫁さんもらったナ」と
随分喜んでくれました。 


20160414-06

父は仕事熱心で家族思い、
寡黙な人でした。 

よく ひまわりと2人だけで
なにやら談笑していた姿を
思い出します。
その時の父とひまわりの
幸せそうな笑顔も思い出します。


20160414-07

今日、ミカンとイチゴ家族とで 
父の眠る墓地に埋葬しました。

今頃、「よく来たネ」 と言って
手を取り合っている頃と
思います。


誰からも愛されたひまわりは
幸せな一生だったと思います。


このブログを見て頂いた方々に
深く御礼申し上げます。
ありがとうございました。
AD
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:

みかんみかんです。


昨晩、急に思い立って

高校生の次女と母に会いに

行こう!と決めました。


次女は 数日後には

春休みが終わり学校が始まるし、

私も ちょうど翌日の5日(火)は

仕事休みだし、

ちょうどいい!と

思って決めました。


そして今日、午前10時ごろ

ひまわり母のいる別荘に到着。


駐車場で 先に到着していた

(^-^)父・Tomさん、イチゴ妹のいちご、

こども姪っ子の小いちごと合流。


5人で母の元へ。

・・・とリビングルームでホーム長の

Mさんが出迎えて下さいました。


Mさんが心配そうな顔で、

今朝 昨晩から詰まっていた痰で

顔色が悪くなっており、体内の酸素量を

計ったらだいぶ低くなっていたので

すぐに吸引処置をして 今は回復に

向かっている・・・・ような内容で

説明を受けました。


『急変』という単語も使われたので

ちょっと動揺しましたが、

結果 顔色も元に戻ったという事で

母の元(部屋)にみんなで駆け寄りました。


ひまわり母の頬はピンク色していて、

顔色は悪くない。

ただ細く小さくなって、横になっている。


痰が絡んでいるのか喉がガラガラと

音を立てて苦しそう。


痛々しい。


ホーム長Mさんが痰を吸引する装置を

持って来てくださり、痰を出す。

少し音が静かになって、少し楽になった

様子でした。


Mさんから色々と説明していただき、

私たちの質問にも

優しく丁寧に説明して下さり、

本当によくして下さって家族としては

嬉しくて安心もしました。


ひまわり母を囲んでみんなでおしゃべり。



2016.4.5

母の手を握りながら おしゃべり。


細く儚げな母の手は、
温かくて柔らかい。

握ると握り返してくれます。


こども小いちごちゃんと次女の二人も

母の手をにぎり話かけます。



(^-^)父が、午後から眼科に行かないと

いけないし、切がないから そろそろ

行きましょうという声で、今日は

これで失礼する事にしました。


「お母さん、また来るからね!」と

言いながら、部屋を後にしました。


ごは~ん♪5人でランチをし、途中で父は

眼科に向かう為、先に帰りました。


イチゴ妹とは本当に久しぶりだったので、

ちょっと一緒に買い物でも

楽しみましょうという事になり

モールへ。


楽しい時間はあっという間。


16時過ぎになり、そろそろ帰ろうと

妹達と別れました。


ところが、インターに乗る直前 (^-^)父から

突然 連絡が入りました。

近くの駐車場に入り、嫌な胸騒ぎ。


運転中だと言うといつもなら

すぐ電話を切る父が、


『ホーム長のMさんから「ひまわりさんの

容態がおかしいので、娘さん達と一緒に

別荘に来れますか?」と早口で連絡が

入った』 と。


だからすぐに別荘へ引き返しました。


別荘に到着した時は、

(^-^)父とイチゴ妹、こども小イチゴちゃんが

すでにいました。


父は今晩一緒に泊まることを

決めたので着替え等持ってくる為

いったん妹の運転する車で自宅に

戻るって。だから小イチゴちゃんと少し

待ってて欲しいって。


ということで、

みかん私と次女、そしてこども小イチゴちゃんと

3人で母の元にいました。


ひまわり母は酸素を送り込む装置を

鼻と口に付けており、

やはり痰がひどく絡んでいるのか

喉がガラガラして、眉間に皺を寄せ

とても苦しそう。


指につけていた体内酸素を計る

機械を見ると数値が低い。


体内酸素が上がればいいなと

少しでも痰が外に出るように みんなで

交代しながら背中をたたきました。

すると体内酸素の数値が上がってくれます。


みんなで『(数値が)上がった!上がった!』って

言いながら、母の体をさすったりしていました。


ひまわり母の背中は骨ばっていて、痛々しい。

それでもみんなで話しかけながら過ごしました。


しばらくすると(^-^)父とイチゴ妹が戻って来ました。


もう大丈夫だから帰りなさいという父の言葉で

迷いましたが、帰ることにしました。


帰る道中は、本当に生きた心地は

しなかった。。。


ため息ばかり。


次女が励ましてくれます。

(次女、ありがとう!)

自分にも「大丈夫・・・大丈夫・・・」と

言い聞かせます。



数時間後、無事に家に到着したと

父に電話を入れると、

あれからホーム長Mさんと 医師が

部屋に来て下さり、痰の吸引をしていただき、

本当に楽になった様子で静かに

母は寝ているとの事。


その言葉で少し安心しましたが、

お父さんも体に気をつけてね。

また行きます。

いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:
更新しない母に代わって初めてこども娘(小イチゴ)がブログを書きます。

最近、猫ブームが来ています。
しかし、私は犬が大好きです。
そのため私が棚の上に紙や、透明なカバーを使って小さなワンワン博物館を作ってみました!
展示品は、ガチャガチャで手に入れたもの。
{84292CC0-4F5B-4DA3-B840-57E24C367D0F}

これが、ワンワン博物館の様子。
いろいろな工夫がありますよ~。
まずはこちら⇩
{B3AEE81F-B89E-445E-8813-A7C9A27148CB}

値段の書いてある看板?
書いてあることは、
年間パス…98675円(税込)
65さい以上、幼児以下…無料
大人…500円
子ども…300円
*ここに表じされているものは、全て税込となっております。

と書いてあります。

他にも工夫が😳
こちら⇩
{5788E356-022B-483B-B44C-7EE826654056}

まず展示品として、犬と骨のクリップをテープではりつけて、ペンでわくを書きました。
ちょっと裏紙に貼ってあることが、目立つ💦
まだまだ工夫が‼️
{C752BDF8-7407-45B5-93AB-D22C730B1932}

掲示板があるので~す。
書いてある内容は、
アルバイトぼしゅう中
大学卒業生以上
64さい以下の方
時きゅう:860円週2日
午前10:00~午後3:00
と書かれています。
もちろんテキトーに書いています。

他の工夫として
{D7620A99-DB43-416F-B62A-6D3F103D63B9}

写真撮影スポット~~❗️
ちゃんと自分の立ち位置の確認が出来る足跡つき‼️ちなみにフェルトの犬は、友達が作ってくれたものです。
{1300CE98-4F79-483B-B093-8DBC5586A6CE}

{7AD1A253-F512-4C0B-854F-120FC7C5D552}

こちらが展示品。上からなので見にくいかもしれません。ごめんなさい。
写真撮影okの紙付きです。
最後に
{91CB6D03-4E6A-4AB4-8337-B8CDB6F740C1}

書いてあることは、
写真撮影
スポット
👉ドーベルマン
さわってもok
👈出口
また来てね!
2階に犬用グッズ、犬ざっか
が売っています。
そちらのご来店もお待ちしております。


いかがでしたか?
犬好きなみなさん。
犬グッズがもっと増えたらいいですね。
いいねボタン押してね~。
次の更新いつになるか分からないけど、まっててね~。
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:
(^-^)Tomです。
今日(30日)家別荘にいきました。
着いた途端、スタッフさんから
ニコニコ。《最近よく話をしてくれ、
返事も的を得ている》 
と教えてくれました。
部屋で横になっていたが、
(^-^)「来たよ」 と言って
手、腕、肩、足などマッサージしながら 
(^-^)「気持いい?」
ひまわり”ウン 気持いい!” 
(^-^)「朝ごはんたくさん食べた?」
ひまわり”ウン たくさん食べた 美味しかった” 

その他 こちらが何も言わなくとも 
よくしゃべってくれた。

ニコニコ。Mセンター長からも
 
食事が終わった時 すぐに
ひまわり”ごちそうさまでした、ありがとう”と言う時も
あるとの事。
最近ほとんど声を出さなかったので
心配していたが安心した。

食事も(トロミの流動食なれど)完食して
いるとの事。    

うれしい!!

その帰り道に浜松城公園にいきました。
春桜は 7~8分咲きできれい。 

たくさんの人が見学していました。 
今週末位に満開か?
夜桜見学/酒盛りグループか? 
ブルーシートを広げて場所とりしている
若者たちがたくさんいました。
温かいし風もないので 充分に楽しむ事でしょう。
(^-^)Tomも、夜桜/酒盛り会は
現役時代同僚と数回参加
したことがありました。 
もう30年以上前の話。

若かった!

今は夜桜を楽しむ【粋】な仲間はいないし
もうないでしょう。
28日(月)こども小いちごと一緒に
デパートで開催されている
≪富士山三保子=ふじやまみほこ≫ 展に
行きました。
これは、日米友好の証として
1927年(S2)米国から静岡県に送られた
253体の「青い目に人形」の答礼として
静岡県から送ったもの。 

青い目の人形は第2次大戦の際 敵地から
送られたものとの理由で、展示されていた
小学校、幼稚園の人形を償却せよ との命令が出た。
一部の学校の用務員さんが≪人形に罪はない≫と
ぼろ布などに包んで密かに保管していた。
現在、県内外で6体あるそうです。
青い目の人形は 現在県内外に6体あるそうです。
富士山三保子はミズリー州の博物館に
保管されている事が偶然発見され、
89年ぶりの里帰りとなったものです。
【青い目の人形】【富士山三保子】の人形本体と、
当時の写真、人形用のパスポート、関係資料など
判り易く展示されていました。

会場には、女子高校生がたくさんの来館者に
笑顔で丁寧に説明をしてくれました。  

今後、県の各地で展示会を行うそうです。
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:
(^-^)Tomです。
昨日(26日)、イチゴいちごが出勤だったので
終日こども小いちごと一緒。

午前、NC(Nature Clean=河川のゴミ拾い)
今月は195回目。

風もなく穏やかな天気だったので
さわやかな汗をかきました。
こども小イチゴは元気よく走りまわり
主に空缶、ビンなど燃えないゴミを
中心に集めていました。

終わってから、飲み物とお菓子を食べ
皆と談笑(これが楽しい!)

後援者からお花とレモンの苗木を
頂きました。(うれしい!)

37名参加、燃えるゴミ91袋、
燃えないゴミ20袋を償却場に
持っていきました。
その後、こども小いちごとひまわりひまわりの所に
いきました。

リビングでランチ前の準備で大きなエプロンを
掛けており、目をつむっていたが、
(^-^)《小イチゴがきたヨ》 と言ったら
目をあけひまわり ”コックリ” した。 
判ったと思う。

但し、今日はほとんど声を発せず、
うなづくだけ。
Mホーム長、スタッフさんから状況を話してくれ、
食事は4回/日少しづつ摂っている。

与えた分は完食、水分は充分に飲んでいるそうで
まずは安心。

食事時間以外は自室で横になっている時が多い。

ニコニコ。【来月上旬、お花見会をフラワーパークに
行く事を計画しているので車椅子で
外出し気分転換をはかりたい】との事。

日時が合えば (^-^)「私も同行します」 と伝えました。
やはり随分と体力が落ちてきている。
食事量が少なく、歩けない状態なので
足の筋力も衰えている。

いろんな意味で《意欲》が発揮できないのが悩みです。
これだけは本人の自覚が必要だが........ 一寸無理。
あせらず見守っていきます。
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:
(^-^)Tomです。



今日、家別荘にいきました。

ベットで横になっていたが目は開けていた。


(^-^)「この間、みかんとRちゃん(孫)が来てくれたネ」
と声掛けしたら はっきりと 

ひまわり”ウン 覚えてる、うれしかった” と発してくれた!


手をさすったり話しかけしたのをしっかりと
記憶に残っていたものと思う。 よかった。


腕、腰、背中などを話しながらマッサージ
これも ひまわり”きもちいい~” と言ってくれた。
なにか小声でしゃべってくれたので 相槌
をうつと もっとしゃべってくれた。



最近、女性のスタッフ Yさんが入社、
やさしそうな方で色々とケアして頂けるので 
期待しています。


その足で、父のお墓まいり、草とりなどして
きました。



昨日(20日)は恒例の高校の同窓会(士会)
に出席。(高校11回卒なので士会)
60名参加。恩師お二人(88歳と80歳)お元気で
スピーチが長い長い! 

1年ぶりに会う方も多いので話が盛り上がり 
食事、酒も《そっちのけ》で笑いとおしゃべりで
楽しいひと時でした。




19日(土) 「I市民活動フェスタ2016」の一環で
ウインドカー作りを行いました。 10名のスタッフ。

当日朝 激しい雨だったせいか 子供など参加者
25組と少なかった分 皆 大いに楽しんでくれ
保護者にも同様にウインドカーを作ってもらい
親子で タイムレースを何回も行いました。

子供に負けた親は どのように改良したら
早くなるか 一生懸命になっていたのが
ほほえましかった。
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:

みかんみかんです。


今日は、帰省中の長女を連れて

別荘へ行ってきました。


(^-^)父からひまわり母の様子を

ブログからも 時々電話でも

聞いていましたが、


もう少し行く回数を増やさないと

後悔する予感が異様に強まり、

仕事が休みだった今日 急遽

車を飛ばして行ってきました。


部屋に入り、ひまわり母を見た瞬間

『・・・また更に小さくなっちゃって・・・』と

痛々しく思いました。


すぐにみかん「おかあさん!来たよーー!」と

ベッドに寝ている母の元に駆け寄り、

手をそっと握りました。


母の柔らかくて暖かい手は、骨のように細く

壊れそうで弱々しい。


もうベッドから自力では起き上がれないとの事。

関節が固まってしまい、まっすぐ立てられない母は

体重計にも乗れない。

かろうじて最後に量った時は30kgぐらいだったと

いうので、今や30kgをきっている可能性もある。

それぐらい細く、小さくなってしまっていました。


長女と二人でひまわり母の手を握りながら

話かけたのですが、目を開けてくれ

「うんうん・・・」とうなづいているように

見えました。

絶対 分かってくれてる!


しばらくすると目をつぶってしまったので、

その間 父から 母の最近の様子の話を

聞いていました。


途中でホーム長のMさんもおみえになり、

色々と話をして下さいました。


筋肉の衰えが進んでいる母は、

もう食べ物を飲み込む力も かなり弱い。

通常のお食事はもう出来ないので、

おかゆなど ドロッとした状態にして、

母の好きな味付けに工夫して下さり

少しずつ食べさせて下さっているようです。


皮膚も弱くなり、ちょっとしたことで

傷を負ったりするし、寝ている体勢も

ちょくちょく変えて下さっているそうで

本当に有難い限りです。


アルツハイマーとパーキンソンの症状の

他にも併発している可能性もあるという。


昔の元気な母の姿が頭の中を

駆け巡っていました。


部屋の中は、母の作品でいっぱいです。

趣味が多く、色々なものを手づくりするのが

大好きだった母。

絵画やリボンフラワー、デコパージュ、

マクラメなど ほんの一部ですが、母の作品が

飾られています。結構 難しくワザのいるものも

次々と作り出していた母の手はもう動かない。


やめた!

あまり深く考えるのをやめます。今は。


また近いうちに 母を訪ねに行きたいと

思います。



Tomさん、突然の訪問だったけど

ありがとうーーーハート 

短い時間だったけど、楽しかったよ。

また行きます!


それから 長女は夜 東京に移動し、

無事に下宿先に到着したそうです。


今度は次女を連れて行くねーー♪*

いいね!した人  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。