• 27 Nov
    • ルクセンブルクー従来のキリスト教の基準が低下している裕福な多言語国家

      ルクセンブルクはドイツとフランスとベルギーはさまれた小さいが裕福な国家 (1)従来中立の立場をとっていたルクセンブルク  ルクセンブルクは、第二次世界大戦前にに中立を保つよう努力をしました。それは、キリスト教の教えに影響されていた人が多くて、そのような政策をとったのではないかと思います。ルクセンブルクはカトリック教徒が多数います。しかし、ルクセンブルクは戦時中、ドイツに侵入されてしまいました。ルクセンブルクは、戦時中主に地下活動をしたようです。しかし、後になって侵入してきたドイツ軍とある程度戦ったので、国民の命がかなり失われました。   ルクセンブルクは、そのため、平和主義、中立政策が悪いと考えて、戦後中立政策を放棄しました。それで、ルクセンブルクでは、聖書の勧める戦わない立場が非実際的であると考えたかもしれません。  しかし、私はそう思いません。聖書の中の非戦主義を取らなかった国々は、ルクセンブルクよりももっと甚大な被害を受けました。それで、ルクセンブルクがとった中立政策、非戦主義はその度合いに応じて、ルクセンブルクの被害を減らしたと思います。   ルクセンブルクが被った被害は、キリスト教の影響がほとんどなく戦時中徹底的に戦った日本よりもずいぶんと小さかったと思います。日本の大戦中の被害は、甚大なもので、三百二十万人に及び、また、全土も空襲を受け荒廃してしまったのです。日本は、戦後はゼロからのスタートとなったのです。 Aerial view of Tokyo following the war日本は米国と徹底的に戦い全国の都市が空襲で荒廃しました   Cayambeルクセンブルクは古い建物が残っているので戦争の被害は比較的に小さかったです  ②多言語ができるルクセンブルク  幸いなことに、ルクセンブルクは、戦後経済的な豊かさを享受することになりました。ルクセンブルクは幾つも言語ができる国で、現在世界でも国民ひとりあたりの収入があるデータでは世界一で、世界でもトップクラスの裕福な国です。  確かに、ルクセンブルクの人々が幾つもの言語ができることは、ルクセンブルクの人々の豊かさに貢献していると思います。   聖書の中でも、パウロがヘブライ語だけでなく、ギリシャ語ができたことを述べています。(使徒9:28,29)当時はギリシャ語が世界共通語だったので、パウロは地中海沿岸のさまざまな所で、活動ができました。さまざまな言語ができると、意志の疎通を図れて助けになります。  ヨーロッパには二、三か国語は普通で、六か国語も十か国語もできる人が大勢いると言います。ルクセンブルクにもそうした人たちがいるでしょう。それで、ルクセンブルクには、近隣のドイツ、フランスなどの諸国家から働きにきている人が多いということです。それは、ルクセンブルクの人々が他の国の言語ができるからでしょう。確かに、言語ができること人の交流が盛んな事も経済に良い影響を与えるでしょう。 ③ルクセンブルクが従来のキリスト教の規範を投げ捨ててしまっている証拠  しかしながら、ルクセンブルクは、戦後、中立の立場を放棄しました。そして、ルクセンブルクは、従来持っていた聖書の道徳基準を投げ捨て、道徳的に崩壊しつつあるように見えます。なぜなら、ルクセンブルクの首相が同性愛結婚をしている人だとネットで以前見たことがあります。  国民がそうした首相を選んだのです。しかし、聖書はクリスチャンが同性愛者であることを非としています。(コリント第一6:9)ですから、ルクセンブルクの国民の多くが聖書の教えを投げ捨てたことになります。 ④聖書の教えを守らない支配者たちに敬意を払うべき理由  確かに、聖書の記録はクリスチャンが必ずしも聖書の道徳基準を守っていない政治指導者にも敬意を払ったことを述べています。パウロは高官の前で証言した時、アグリッパとその妻ベルニケに対しても証言をしましたが、彼らは近親相姦をしていました。(使徒25:23)それでも、パウロはアグリッパに対して敬意を払いました。(使徒26:2,3) パウロは不道徳な政治指導者に対しても敬意を払って証言したのには理由がありました    聖書には、近親相姦の事実は書かれてはいませんが、史実ではそうなっています。そして、パウロは仲間のクリスチャンの世話を受けていたので、その情報を仲間から聞いていたと考えられます。(使徒24:23)    それでも、聖書は政治指導者に対して、当然の誉れを示すようにと勧めています。(ローマ13:4)それには、当然の理由もあります。たとえ、聖書や聖書の道徳基準に敬意を払わない政治家であっても、通常、国家の状況を良くしようとして、頭を悩ませ努力を払っています。また、そういう指導者でもクリスチャンについて良く知っていたり、また、神の民に好意を示したり、統治能力がすぐれていることがあるからだと思います。(使徒26:2,3)   例えば、皇帝ネロやハドリアヌスなどローマの皇帝の中にも同性愛にふけっている皇帝がいましたが、その皇帝はさまざまな大規模な事業を行なって帝国の統治に関してはある程度有能であることを示しました。それで、ルクセンブルクの同性愛者の政治指導者に対しても敬意を払う理由があります。 Bust of Nero at the Capitoline Museum, Rome…cjh1452000 - Own workローマの皇帝ネロは同性愛者でクリスチャンを迫害しましたルクセンブルクでは同性愛が公式に認められています ⑤政治指導者が国民にもたらす大きな影響  しかしながら、一国の指導者が聖書の道徳基準に敬意を払わないならば、それは国民全体に対する悪影響は大きなものになるでしょう。ルクセンブルクの国民全体が聖書の称揚する家族制度を尊重しなかったり、不道徳を行なったりするでしょう。それは、早晩ルクセンブルクの経済に悪影響を将来及ぼすかもしれません。  ローマ帝国は家族関係が崩壊していき、それが結局強固なローマ帝国を弱めていき、ローマ帝国の崩壊につながったと言われています。ローマ国民に対するローマ皇帝の悪影響も大きなものだったでしょう。一般の人々は、政治家や有名人や有力者の生活スタイルを見習う傾向があるでしょう。   また、聖書の称揚する平和主義を無視するようになれば、ルクセンブルクが将来国際的な紛争に巻き込まれるということも起こるかもしれません。同性愛を行なう政治指導者であれば、国家が戦争をするかどうかという選択を迫られる局面になると、戦争を選択することになる可能性が高いかもしれません。   ルクセンブルクがどのようになっていくのか、状況を見ていきたいと思います。

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  • 13 Nov
    • 続・クリスチャンが大娼婦によってはなはだしく命を落としてしまうのはどうしてですか

      啓示の書の記述に大娼婦が神の民の血に酔うと述べられているのはどうしてですか。どのようにしてそのような事態を避ける、もしくは緩和できるでしょうか。  まず、大娼婦、あるいは南の王の国民の持つどんな特質のために、クリスチャンや他の人々の命を奪う結果になるのでしょうか。 ①大娼婦の自国に対する崇拝  南の王、すなわち大娼婦大いなるバビロンは、他の人々を迫害して命を奪うことにつながる特性を持っています。  南の王の国は自国に対する崇拝を求める国です。大娼婦の額にある名は自分が神として崇拝している名前を意味しています。(啓示14:1)そして、大娼婦は額に「大いなるバビロン」という名前が書かれているので、それは大娼婦が自分自身を崇拝していることを意味しています。(啓示17:5)   No Known Restrictions: Pledge of Allegiance by Dorothea Lange, San Francisco 1942 (LOC)pingnews.comBy: pingnews.com米国はとりわけ自国に対する崇拝を小さいころから奨励します   そのために、南の王は、自国のために武器をとって戦うことを求めます。そのため、それを拒否する良心的拒否者の米国民は、命を奪われるという可能性は高くなるでしょう。 (啓示17:5,6) A Vietnam War era draft card. Registration and retention of the card was legally required so some resisters destroyed them in public.米国では国民が国のために武器をとって戦うことが強制されています   愛国心はどこの国でも強いのですが、米国人はとりわけ愛国心が強く、小さな頃から自国に対する誇りと忠誠心を教え込まれます。   たとえば、米国大統領が演説の中で、「米国は強い」ということを述べて、その言葉に米国人が熱狂するという場面があります。それで、米国民は一般的に世界で一番軍事的に強い国家であることを誇りに思っています。   さらに、最近、移民の排斥を唱道するトランプ氏が大統領に選出されました。それで、米国では従来とりわけ白人を他の民族より一層高く見る傾向があります。自国に対する崇拝心や誇りが強かったり、自国の益だけ求めるということになると、勢い他の国家や民族を見下すという結果になりがちでしょう。他国の国民の命を軽視する結果になるかもしれません。(啓示18:4)   米国の大統領選挙で、各候補者を支持しない人が、命を脅かされることがあります。ですから、米国の大統領に対して盲従することを求める圧力が米国では他の国家よりも強いです。しかし、これは他の多くの国家の政治指導者に関しても同じような傾向がみられることがあります。 ②南の王は特に自国に対して戦闘的な国家やグループに敵対します さらに、南の王は他の多くの地の王たちと同盟を結ぶことになります。啓示の書は大娼婦である南の王が地の王たちと淫行をしていることが述べられています。(啓示17:2)比ゆ的な王たちの「淫行」とは、とりわけ軍事同盟を意味します。ですから、南の王は他の同盟国の地の王たちと共に軍事行動をして流血行為をします。  それで、確かに、南の王のために武器をとって戦わないという立場も南の王の怒りを引き起こしえるでしょう。しかし、南の王は、イスラム教の過激派など中東やその他世界各地で軍事的に行動している者たちに対して正面から攻撃します。米国による他国のミサイル発射基地など軍事基地の情報がよく報道されたりします。ですから、南の王はとりわけ軍事的な情報に敏感で、それに反応します。  ですから、南の王は自国に対して軍事的に対抗する人々に対しては、国籍を問わずとりわけ怒り狂ってそうした人々を激しく攻撃することになるのではないかと思います。(啓示18:24)それで、南の王は、神の民の立場も面白くないと考えるとは言え、自国に対して軍事的に対抗したり、自国の国民の命を奪う人々に対して、より一層敵意を抱くことになると思います。  それで、もし、イエスの教えに従って戦わないはずのクリスチャンが、武器をとって戦うという立場をとるならば、エホバ神は、キリスト教徒であると主張しても、保護と助けを差し伸べられないでしょう。啓示の書の中にも、クリスチャンにとって「忍耐と信仰」を試すことは、「剣で殺す者」となるかどうかという点であることが述べられています。(啓示13:10)  Overcrowded POW transit camp (Dulag) near Smolensk, Russia. August 1941. Officially, roughly 8.7 million Soviet soldiers died in the course of the war, including millions of POWs.Bild 183-L28726  剣をとって戦うならばたとえクリスチャンであると主張してもキリストの保護を得られず命を失う結果になります   そして、南の王は、クリスチャンがとりわけ北の王の側に立って武器をとって戦うならば、神の民に対しても、激しい怒りを抱くことになるでしょう。 そして、聖書は一部のクリスチャンが北の王に背教させられて北の王の側に立つことを予告しています。(ダニエル11:30,32,34)   ですから、啓示の書にある大娼婦が神の民の血に酔うということは、神の民が南の王に軍事的に敵対する立場になり、武器をとって戦うという聖書に不忠実なことを行なうために結果として生じる事態だと思います。 ③神の律法に従い戦うことを避けエホバの是認を保ちましょう  ですから、確かに南の王によってクリスチャンが迫害されるという事態は避けられないとは言え、その度合いが極端なものにならないようにするためには、クリスチャンは、神の律法に従って殺人や淫行や偶像崇拝や心霊術を避けるという立場を固持するということだと思います。そのようにして、エホバ神の保護を受ける立場を失わないようにするべきだと思います。  南の王に対しても、北の王に対しても、中立を保ちましょう。(啓示18:9,10)また、預言されているような、一度目の戦いの際に南の王の崩壊をもたらすようなことは、神に忠実な民はどうしても避ける必要があります。(ダニエル11:26)北の王に説得されて兵士として剣をとって戦って殺人を行なう事を受け入れることの無いようにしましょう。  そのようにして、大娼婦が神の民の血に酔うという悲惨な預言の成就を緩和できるでしょう。そして、大患難を生き残る神の民の数が数えきれなくなるという預言が成就し、大患難を生き残る神の民の人数はより多くなるでしょう。(啓示7:9,14)

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    • クリスチャンが大娼婦によってはなはだしく命を落としてしまうのはどうしてですか

      クリスチャンが大娼婦によってはなはだしく命を落としてしまうのはどうしてですか ①大娼婦が神の民の血に酔うというのはなぜですか  啓示の書の中には、大娼婦大いなるバビロンが、「聖なる者たち」や「預言者」や「イエスの証人」の血に酔っているという記述があります。(啓示17:6;18:24)これは、怖れを生じさせる記述です。しかし、この記述は、聖書の一部の記述と調和しません。聖書は、エホバ神がご自分の律法を守り、ご自分に助けを呼び求めるご自分の僕に保護を与えるという記述が数多くあります。(詩編31:23;32:7;91:14) 大いなるバビロンが神の民の血に酔うというのはどうしてですかエホバは神の民を保護してくださるはずではありませんか    聖書は、何度もエホバの救いや保護について述べているのですから、大娼婦が神の民の血に酔うほど、神の民の攻撃に成功するというのは、異常事態です。(啓示17:6)これは、神の民にとってある意味、敗北とも言える事態でないかと思います。    それで、神がご自分の民を保護してくださるという聖書の約束にもかかわらず、なぜ神の民が大娼婦によって欲しいままに命が奪われる事態が生じることになるのかを考えてみたいと思います。 ②神の民の側に神に対する不忠実があることが原因  結論から言うと、啓示の書で、大娼婦が神の民の血に酔うほど、神の民に対する攻撃に成功するという事は、神の民の側に神に対する背教と不忠実があることも原因しているのではないかと思います。一部の神の民は、北の王に対しておそらく盲従するのではないかと思います。  おそらく、北の王と共に戦うという立場をとるのでしょう。そのために、エホバの保護を失い、南の王の攻撃がより激しくなるのではないかと思います。ダニエル書に一部の神の民が北の王によって背教させられることが予告されています。  神からの保護を受けるためには、神の律法を守らなければならないという条件があります。聖書は神の民が神に忠実である場合に、神からの保護を享受する事、反対に不忠実である場合に、神からの保護と助けを失うことを述べています。(ヨシュア7:1,4,5;8:22,23)  基本的には、神の律法を守るならば、「長い日々と命の年と平和があなたに加えられる」と約束されています。(箴言3:2)聖書はエホバに従う時、今の命も長くすると述べています。  それで、神の民が神の律法に従って神に忠実な場合に、おおむね神の民が南の王によって欲しいままに命を奪われるという事態は生じない、あるいはその度合いは緩和されるのではないかと思います。 ③神に忠実な民も命を失うことがありますが神に不忠実な民はより一層命を失う結果になります  私は、南の王は、聖書の預言に対して不快に思う場合があることは否定しません。南の王は自分中心の考え方をするはずなので、世界の覇権が南の王から北の王に移り、最終的に南の王が没落することを予告している聖書預言はとりわけ受け入れられないと考えるでしょう。  確かに、聖書は神に忠実な民が、敵から迫害され、ある場合、命を落とすという事態が発展することがあることを否定してはいません。イエスも弟子たちが、迫害されて、命を落とす場合もあることを予告されました。(マタイ10:21-23)聖書の中には、敵に迫害されて命を落とした神の僕の例が出てきます。一世紀のクリスチャンステファノはそのひとりです。(使徒7:59,60;9:1)  ステファノの迫害と死―聖書は神の民が迫害されて命を落とすことがあることを否定してはいません   また、啓示の書では、とりわけ神の王国に入る天的な希望を持つクリスチャンは、神やイエスについて公言することを恐れないために、命を落とす場合があることも認めています。(啓示20:4)ですから、クリスチャンは神の教えに固く従うために命を落とす場合があることを否定はしていません。  しかし、やはり、神の教えに逆らうクリスチャンは死亡率が高く、神の教えに従うクリスチャンは保護されるということを啓示の書も述べています。  啓示の書の中では、クリスチャンと自称する者たちの中にさまざまな特徴を持つクリスチャンがいることを述べています。全地のクリスチャンが「七つの会衆」と言われていますが、その「七つの会衆」は必ずしも聖書の教えに忠実な会衆だけでなく、不忠実な会衆も含んでいます。(啓示1:11)   ですから、啓示の書によると、イエスはカトリック教会やプロテスタント教会を初めとして、エホバの証人、統一教会、モルモン教、その他のキリスト教を自称するグループすべてに注意を払っておられます。(啓示1:20;2:1)  天に復活されたイエスキリストは世界中のクリスチャンに注意を払っておられます…Christian majority countriesStarfunker22クリスチャンが50パーセント以上の国々  …Christian culture … collection by User:jobas - self-made from Other photos …Christian Civilization ar:التأثير الحضاري للمسيحية.世界中のクリスチャンの七つの会衆の中には聖書の教えに従う会衆もあれば不忠実な会衆もあります    啓示の書の中では、聖書の預言に注意を払い、エホバ神に忠実に従うよう微力ながら努力をしているクリスチャンを「試みの時から守る」と約束しています。(啓示3:8,10)ですから、啓示の書の中でも、神の教えに対する忠実さは報われ、神の保護を受けることが述べられています。  反対に、偶像崇拝と淫行に陥るクリスチャンたちを「病の床」と「大患難に投げ込む」とイエスは言われています。(啓示2:22)偶像崇拝の罪の中には、政治指導者に対する盲従のために殺人することも含まれていると思います。 IWM caption : Crossing the Rhine 24 -31 March 1945 : Two young German soldiers, one injured, the other dead.クリスチャンでも剣で戦い流血をすれば死亡率は高くなります   ですから、殺人をするクリスチャンは、イエスの保護を受けることができません。そのため、とりわけ剣をとって戦う立場のクリスチャンは死亡率が高いことになります。  第二次世界大戦中に米国と戦ったドイツ兵の多くはクリスチャンでしたが、命を失いました。ある意味、イエスの証人が命を失ったと言えるかもしれません。しかし、彼らは殺人を禁ずる聖書の教えに対する不忠実さのために命を失ってしまいました。  ですから、大娼婦によりクリスチャンが命を失うという事態を避けるために、剣をとって戦い聖書の神エホバに不忠実にならないように努力を払いましょう。

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  • 01 Nov
    • JAL123墜落の真相の可能性(8)-民間企業が日本の戦争努力に協力することについて

      ①日本は核弾頭や毒ガスなどの殺人の道具を製造しているのか  JALの墜落した現場周辺で、ミサイルの部品や放射性物質や毒ガスの原料が落ちていることが発見されています。政府は、放射性物質やひょっとすると毒ガスの原料など軍需物質を民間機のJAL123機に運ばせていたのかもしれません。(この毒ガスの原料の方は運ばれていたのかどうか分かりません。)もしかするとそのようなことが日常的に行われていたのかもしれません。それはすべきことではないです。  そのために、政府はそのことが明らかになるのを恐れてJAL機をアメリカ軍基地の横田基地に着陸させるわけにはいかなかったのかもしれません。  攻撃をした米軍機の方も、そのことが分かっていて、とりわけ民間機のJAL123機を攻撃したのかもしれません。政府は民間人が乗っている民間機に軍事物資の移送をさせて、民間人を危険にさらすことはすべきではなかったと思います。 Aeroprints.com政府は民間機に軍事物質を運ばせましたかーそれはすべきことではありません   それは、軍事物質の移送は自衛隊が行うべきことでしょう。しかしながら、日本の自衛隊は、単に戦闘地域での毒ガスの防備をしているだけでなく、毒ガスの製造をしているのでしょうか。あるいは日本政府はどこかの民間企業に毒ガスの製造を委託しているのでしょうか。  ustralian infantry wearing Small Box Respirators, Ypres, September 1917日本政府は非人間的な毒ガスをどこかの会社に製造させていますか    日本では、核弾頭や毒ガスの原料の製造を許すべきではないでしょう。日本は他国にでかけていって戦争をしないことになっています。毒ガスも核弾頭も殺人の道具であり、日本が製造して良いものではなく、また必要もないです。また、そういう軍事物質を製造して、他国に援助したり、販売したりというのであれば、全く間違っています。これは調査が必要だと思います。 ②民間企業が戦争努力に協力するなら軍隊と同じです  原発事故が起きたのが、福島第一原発の対応不十分や失態も原因していることが分かっていながら、政府があれだけ多くの資金援助を東京電力に行っているのは、東京電力が政府の軍事秘密基地の建設に協力しているからなのでしょうか。  さらに、原発が事故の処理費用や廃炉費用を考えると経済的に引き合うものでないこと、また安全でない事が分かっていて、また、大量の放射性廃棄物の処理もできないのにも関わらず、政府がかたくなに原発を推進しているというのは、核兵器を日本が製造したいからなのでしょうか。それを将来、米国に対して用いたいのでしょうか。  私は、民間企業は、政府が秘密裏に戦争努力をしていたとしても、協力するべきではないと思います。民間企業は平和を推進するために、その技術を用いるべきです。軍事産業は軍隊の兵士と一緒で軍事攻撃の危険にさらされる可能性が高いと思います。   Akira Kouchiyama日本の民間企業は政府に軍事協力をするならば危険です ③民間企業が従うべき聖書の原則  聖書は一般の人々が支配者や権威に従い、敬意を払うようにと勧めています。王を恐れることを勧めており、王の憤怒を招くことが危険であると述べています。(箴言24:21)そして、「変化を求める者たちと掛かり合いになるな。」と言っているので、既成の現政権を柔和に受け入れることを勧めていると思います。(箴言24:21)  しかし、人が神に従うか、人に従うかということを選ばなければならない曲面があります。(使徒5:29)聖書の神は殺人を禁じています。(啓示21:8;22:15)ですから、政権から無実な人を殺すようにと命じられたり、殺人する道具を作るように依頼される場合は、人間である政府に従うことができない時であると言えます。 U.S. Army Chemical Materials Agency - U.S. Army Chemical Materials Agency, see gallery政府から殺人をするための核弾頭や毒ガスを製造するように依頼されても従うべきではありません    核弾頭や毒ガスは殺人の道具です。人の命は神の目に貴重であるので、神は人の血が流されるならば、殺人者の命を引き換えに要求されることが述べられています。(創世記9:6)これは、社会で、よく起きています。実際に、兵士として戦う人は、戦場で当人も命を奪われる場合が多いです。また、殺人をする犯罪者は死刑になる場合もあります。  また、秘密はいずれ公になる場合がよくあります。聖書は、「知られないで終わる秘密はない」と述べています。(マタイ10:26)それで、秘密裏に政府の依頼で核弾頭や毒ガスを製造する企業は、そのことが明らかになると、社会的な信用や評判をだいなしにして、ビジネスが立ちいかなくなることがあるでしょう。  例えば、サリンを秘密裏に製造して使用したオウム真理教はどうなったでしょうか。関わった信者は処罰を受け、ある信者は死刑になりました。また、国家が戦争に敗北した場合、ある政権に軍事協力していたことが明らかになると、死刑になったり、処罰を受けるということもあるでしょう。 秘密裏に毒物を製造していたオウムはどうなったでしょうか    それで、現政権が殺人をするようにという要求をした場合、その命令に従わない事には、危険もありますが、神の律法に従う人には、神の保護も差し伸べられます。昔、エジプトのファラオは産婆にイスラエル人の赤ん坊を殺すようにと命令しました。産婆たちは神を恐れて言われた通りしませんでした。その結果、産婆たちは命を失うのではなく、神の祝福を受けて幸福な家族生活を送ることになりました。(出エジプト1:15-21)   以上のような原則のゆえに、たとえ、民間企業に、政府の要求であっても、殺人をしたり、殺人をするための道具を製造しないようにお勧めします。 

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  • 30 Sep
    • JAL123墜落の真相の可能性(7)-米国と平和な関係を求めつつも流血は避けるのが最善

       ①聖書が大いなるバビロンについて述べることと米国との共通する特徴  聖書の最後の書の啓示の書に大娼婦大いなるバビロンが登場します。(啓示17:1,5)私は、その大娼婦の特徴からして、それは米国を表すと考えています。その大娼婦は額に自分の名が書いてありました。額にある名とは、自分が崇拝している神を表しています。(啓示14:1,9)ですから、大娼婦は自国を崇拝しています。  US Navy 米国は国家に対する絶対的な忠誠つまり崇拝を求め自国のために兵士として戦うことを求める国ですーこのようにする人は誰でも永遠の命を得そこなうと聖書は述べています   米国は、自国民に、国家に対して忠誠の誓いをすることを求めます。米国のために、兵士として戦うことを全国民に当然のこととして、求めています。それは、自国を崇拝することを求めることと、同じであり、聖書に登場する大娼婦の特徴は、米国と共通しています。  そして、その大娼婦は、「聖なる者たちの血とイエスの証人たちの血」に酔うことが予告されています。(啓示17:6)聖なる者たちとイエスの証人たちとは、クリスチャンを意味します。私は、このことは現在のところあまり米国に当てはまっていないように思います。  ただ、クリスチャンの原因不明の死が米軍と関係があるだろうかと疑念を抱いたことは少しは、あります。しかし、証拠はないですし、いずれにしても、私たちクリスチャンも、事故死や病死を経験します。具合が悪くなることも日常茶飯事のはずです。  信じがたい事ですが、聖書の中には、「地上でほふられたすべての者の血」が大娼婦の中に、「見いだされた」と述べられています。(啓示18:24)しかしながら、通常、すべての人の死の原因を大娼婦に帰すことはできないと思います。  私たちはアダムの子孫でいずれ皆死ぬことになっているからです。(ローマ5:12)そして、聖書は復活を約束していますが、復活するために、いったんは死ななければなりません。(使徒24:15)  しかし、ここで、「地上でほふられたすべての者の血」が彼女の中に見いだされたと書かれているので、米国は、少なくとも非常の多くの人の死と関係しているのではないかと考えられます。(啓示18:24) ベトナム戦争で北ベトナムの死者が約470万人なので米国によって命を失った人が多いということは間違いありません   米国は実際、近年の多くの戦争でも、おそらく合計何千万人にも上る非常に多くの犠牲者を生じさせています。一例として、 米国と戦った北ベトナムがおよそ約470万人死亡したという統計があります。しかし、「すべての者の血」というのであれば、話は違います。   米国は、全世界の人々の個人情報を集めています。そして、米国は、非常に大きな軍事力を持っています。つまり、世界で最も多量の核兵器と、環境改変兵器HAARPや軍事衛星、戦闘機、潜水艦、空母などを昔から非常にたくさん持っています。   CIAやNSAなどの情報収集機関の人員の数も、数万人に及びます。ですから、全世界に派遣されて、情報を収集する人も現実存在するでしょう。情報収集力、また、軍事的な科学技術も世界一でしょう。米軍が、世界中で集めた情報を悪用することは可能でしょう。そして、軍事力や情報を所有していれば、自分たちの国益を推進するために、利用したくなるでしょう。   しかし、米国が自らが持っている世界中の人々の命を奪うことのできる力を行使するのを差し控えるようにお勧めします。強いことが一番望ましいのではないと思います。神は強くても、その力の行使を制御されます。力は正義に基づいて行使して初めて、神に受け入れられます。神に是認されるためには、流血はできるだけ避ける必要があります。 Filipino casualties on the first day of Philippine–American War.私たちは他の人々の命とりわけ市民の命を大切にして人殺しを避けなければなりません   ②米国と平和な関係を求めつつ盲従して流血を行なう事を避ける  私は、諸国家に米国と戦うことはお勧めしません。私は、米国の軍事力と情報収集力の潜在力を考えると、できるだけ米国とは、平和な良い関係を追求した方がいいと思います。その方が安全であり、自国民のためになります。しかし、それでも、諸国家に流血を避けるという神の律法を守るために最善の努力を払うことをお勧めします。  米国と敵対することなく平和な関係を保ちながら、少なくとも、米国と共に戦闘行為をすることを避けるのが最善ではないかと考えます。米国とも反米国とも平和な関係を保つことが、諸政府にとって最善な聖書の勧めるやり方であると考えます。しかし、反米国と軍事同盟を結ぶことはやめた方がいいです。それは、米国の目を免れず、米国の怒りを招くでしょう。   そして、聖書は、「地に住む者は皆」米国を崇拝する時がくることを予告しているようです。しかし、米国を崇拝する者たちの名が、「ほふられた子羊の命の巻き物」に「書かれていない」と述べられています。  聖書は国家の崇拝が偶像崇拝であり神からの永遠の命が得られないと述べています―これは世界中の人に当てはまります    これは、米国を崇拝する者たちは、神とキリストから永遠の命をいただけないという意味です。(啓示13:8)ですから、良い関係を求めるのが望ましいですが、崇拝することは避ける必要があります。   私は米国側としても、自国と軍事的に敵対しない国に対しては、あまり悪くしないのではないかと思います。聖書の中に、予告されていた米国の滅びが実現した時に、諸政府の王たちが、そのことを「気の毒だ」と嘆くことが予告されています。(啓示18:9,10)  聖書は地の王たちが南の王が滅びる時気の毒だと嘆くことを予告しています- 地の王たちが南の王と大変良い関係にあります    気の毒だと言うということは、米国からかなりの益を受けて初めて言えることです。よほどのことがなければそのようには言わないでしょう。  しかしながら、全世界で、ごく普通の一般市民が生活している地域で、地震や洪水の天災が起きており、それは、主に米国によって核兵器や気象改変兵器が使われているためではないかと考えたりします。しかし、他にもそうした兵器を所有している国家も存在します。   もし、こうした災害が米国による人為的な災いである場合、米国は、情報を収集するよう最善を尽くしていても、心霊術も行っているので、それによって影響を受け、平和的で問題のない地域が攻撃される場合もあるのでないかと思います。(啓示18:23)そのため、米国は、根拠のない情報に惑わされて行動することもあるのではないかと思います。   ネット上でも、全く根拠のないウソ偽りの情報を流す人がいます。ですから、私たちは、何かの情報を耳にする場合、それをうのみにするのではなく、その情報が他の状況証拠に裏付けられているかどうか、調査をして、確認することが必要だと思います。聖書は、「すべてのことを確かめなさい」と勧めています。(テサロニケ第一5:21)   しかし、米国は、根拠のある真実の情報に影響されることもあり、そのような、全く、根拠のないことに基づいて行動することもあるのではないかと思います。また、人種差別や偏見に基づいて行動する場合もあるかもしれません。しかし、これは、全世界すべての人々にそのようにする危険性があることですが。   私は、米国は、とりわけ軍事情報に敏感だと思います。どの国民も米国から害を受ける可能性があるとしても、軍事的に米国と敵対しない国家は、軍事的に米国と敵対する国家と比べるならばその被害の度合いは、非常に低くなると考えられます。さらに、米国と平和な関係を保つことによる便益もあるのでしょう。  ③流血を避け米国と平和な関係を求めるならば経済的な繁栄を共に享受できます  私は、米国が輸入赤字を嫌うのは当然だと思います。日本も輸入超過は望みません。その場合は、日本は米国からも問題のない日用品などをたくさん買うようにして、米国でばかり売ることをやめたら良いと思います。また米国以外の諸国家に輸出するようにしたらいいと思います。  しかし、それでも、米国の貿易量は年々非常に増えているのですから、米国と貿易をすれば共に経済的に繁栄することができると思います。米国が権勢を振るう最後の時まで、米国は経済的に繁栄することが聖書に予告されているからです。(啓示18:9)その方が米国と戦争をして、ダメージを受けるより、ずっと結果がいいです。   しかし、日本が大娼婦が滅びる時に「気の毒だ」と嘆くほど良い関係であるために、現在の米国との屈従的な関係をある程度、改善する必要があると思います。  反対に、米国に軍事的に頼るのも結果が悪いと思います。米国に軍事的に頼っても落胆させられることがあることを聖書は予告しています。聖書は、そもそも「馬」や「兵車」、つまり軍事力に頼っても、それが勝利につながらない場合があると述べています。  確かに過去において軍事力の強い多くの国が倒壊してきました。それは、聖書の歴史の中でも、現代でも起きています。軍事力は決め手にはならないのです。 確かに米国は強大な軍事力を持っているのですが聖書はただ単に軍事力に頼ってもうまくいかない場合があると述べています   そして、米国と平和な関係を求めたとしても、自国の国民が危険にさらされる事態は避ける必要があり、それは米国にはっきり要求する必要があると思います。   それで、復しゅうのために米国の滅びを促進するために、積極的な軍事的な手段は取らないよう日本政府や諸政府の指導者たちにお勧めます。軍事的に米国に敵対すると米国の怒りと復しゅうを招くと思います。米国は世界中をよく調査をしています。  他の大抵の国家は、軍事力で米国と太刀打ちできないと思います。しかし、聖書の預言は、紆余曲折を経て米国が他の世界強国に取って代わられることを予告しています。  私はそれを望んでいるわけではなく、そうなるように画策するわけではありません。ただ、聖書の預言が述べることを隠さずに伝えます。それは、預言者の責任です。また、預言者は、諸国家の間で現実を見据えながら、できるだけ平和な関係を促進するように努めます。  諸国家は、預言を考慮して流血を避けるならば、その存続期間を延ばすことができます。(ダニエル7:12)米国であれ、他の国家であれ、流血を行なう国家は長期間存続することは難しくなるでしょう。これは、歴史で繰り返し起きてきたことです。  ヒットラー支配下のドイツ軍は大変強かったのですが神と戦ったので存続期間は短くなってしまいました    日本は、軍事力のある自衛隊を持っています。自衛隊が自国を守ればいいです。しかし、反対に、米国と軍事行動を共にするなら、危険があると思います。  日本国憲法の九条は、戦争を避けるように日本を助けてきました。それゆえに、自衛隊は勝手に軍事行動をするべきではなかったと思います。軍事行動に関わって、自国や他国の人々の命が失われると、そのことに対する恨みは大きくなり、後の対策が大変です。それで、戦争をしないという日本国憲法を変える必要はないと思います。   そして、東海村の核施設で、すでに三十年前に核弾頭の製造をしていたそうですが、それでは、東海村の核施設では、今でも、核弾頭の製造がおこなわれているのでしょうか。日本はまだ非核三原則が生きているはずです。私は、核兵器は非人道的な武器なので、反対です。  それで、他の国家、もしくは、政治指導者が米国に対して戦うようにして、聖書の預言が成就するように、わざわざ画策しなくても、そのように事態が動いていくことでしょう。私が米国に軍事的に敵対しないようにと勧めても、わたしの声や影響力が届く所は限られているからです。エホバ神は基本的にご自分の律法を守って流血を避けるように国家に対しても、個人に対しても、求められます。   諸政府の指導者は、自国の国民の益、とりわけその命を守る事を考えて行動するようにお願い致します。当然他国の人々の福祉の向上を図ることができます。そして、米国と平和な関係を求めながらも、米国を崇拝して、盲従することを避けることが、最善の結果につながると思います。できるだけ流血を避けられてください。それがエホバ神が求めておられることです。  

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  • 28 Sep
    • JAL123墜落事故の真相(5)-生存者の所に最初に派遣された自衛隊の秘密部隊?

      日本の黒い霧のブログの関係者の方々がJAL123機の墜落の際、見殺しにしたグループを指摘しておられます。これらの方々は米国と日本にとって秘密であると考えられることを物証を挙げて調査しておられ、実際危険な目にあっておられるということなので、これは調査をしてみる価値があるのではないかと思います。 もしこれらの方々の推測が万が一間違っていても、物証を用いて真相を明らかにしようとする努力には頭が下がります。もし、間違っていても、偽りを語ろうとする動機はないと思うので、また、証拠に基づいて考えを調整されると思います。①JAL123機の犠牲者を見殺しにしたと考えられている自衛隊熊谷基地の秘密部隊 調査している方の主張によると、JAL123機に搭乗していた民間人を見殺しにしたり、ひょっとすると殺害した主要メンバーは、自衛隊熊谷基地の秘密部隊だそうです。 JASDF Kumagaya Air Base 航空自衛隊熊谷基地AMANO Jun-ichi    そのJAL123事件を調査するように努力を払った人たちが、それらの人たちにより、電子銃や神経ガスを使って何度も殺されそうになっているので、とりわけその点で確信を抱くそうです。私は、熊谷基地が化学ガスを用いている写真をそのホームページで見ましたので、それはあり得ると思います。  また、その調査を行なっている人は他の次のグループから命を脅かされたと言っています。(1)陸上自衛隊東部方面区 北富士駐屯地の特殊部隊、 (2) 陸上自衛隊東部方面区 富士駐屯地の富士学校 (3) 陸上自衛隊東部方面区 大宮駐屯地の化学学校、化学教導隊 (化学防護隊)の隊員、及び車両です。   これらの自衛隊の隊員は真実を明らかにしようとする人の命を脅かすのでしょうか。自衛隊の務めは平和を愛する人々を保護することではないでしょうか。   私はそれらの真実を探求している人々には、保護が必要だと思います。   軍事専門家によると、 航空自衛隊 熊谷基地の特殊秘密部隊はとりわけ昔から指揮系統も活動資金も、自衛隊とは全く異なる、独立した部隊であるそうです。旧大日本帝国陸軍の流れを組み、その思想も戦前の陸軍と全く変ってはいないそうです。でも、今は平和憲法があるのですから、熊谷基地の秘密部隊も平和憲法に従うべきでしょう。早急に戦争を起こそうとするべきではないでしょう。   また、彼らが聖書に対する信仰が少しでもあれば、本来は人間に命を与えた創造者エホバ神に従うべきなのです。理由のない殺人をするようにという上官の命令に従うべきではないのです。神は理由のない殺人を禁じられています。  baligraphBy: baligraph " I am Jehovah. That is my name" in-crafwww.watchtower.org/e/20040122/article_01.Htmエホバのお名前を表すヘブライ語の文字     彼らは表向き政府官房長官予算で動いていますが、実際に忠誠を誓うのは天皇陛下だけです。そして、それを口実に好き勝手に動いています。この構図は戦前の軍部と同じです。その当時、まだ昭和天皇が生きておられました。昭和天皇は1989年に亡くなられました。   その時、その熊谷基地の秘密部隊の行動に、昭和天皇の関与があったのかどうかは今となっては、ほとんど分からないかもしれませんが、一応調査をしてみたらいいのではないかと思います。   その軍事専門家の話によると、自衛隊は、秘密部隊の場合は、やくざや与太者を隊員として採用するそうです。しかし、私は、自衛隊が早急に殺人や攻撃に走るのは良いことではないと思います。   そして、熊谷基地は、政府の要人を殺害したりする、謀略を行なうそうです。そしてクーデターを起こして軍政をひくことを考えており、その目的は首都の攻略だそうです。もし、それが本当であれば、私は、そのグループが本当に日本を大切にしているとは思えません。   私は自衛隊熊谷基地の目的や行動とみなされていることからして、彼らの予算が政府によってのみ、支えられているのだろうかと疑念を覚えます。首都の攻略や要人の殺害を画策するグループであれば、米軍、あるいは、中国やロシアの関与があるのではないでしょうか。   それで、自衛隊の熊谷基地の秘密部隊は、秘密裏に米国側の指令を受けて行動しており、JAL123機の乗客を見殺しにした、あるいは殺害したのでしょうか。それとも、両国から指令を受けていたのでしょうか。   昔から、旧日本軍は、それらの国々とコネクションがあるそうです。第二次世界大戦中、マッカーサーは自衛隊や日本の財閥とコンタクトをとったそうです。また、その当時、旧日本軍は中国にいて影響力を行使していたので、中国とのつながりもあるでしょう。   しかしながら、日本政府としては、JAL123機が運んでいた放射性物質ができるだけ分からないようにしたいという動機はあったはずであり、熊谷基地の秘密部隊を早期に派遣して、現場からできるだけその物質を運び出したということは考えられます。熊谷基地の秘密部隊は、日本国政府の命令にも従うでしょう。   それが、後に詳しく述べますが、日本政府、当時の中曽根首相が米国の圧力を受けて、JAL123機の乗客をすべて殺害するようにという脅しに屈してしまったという可能性もあるでしょうか。  User18765 日本は米国と良い関係を努力するべきですが国民を殺すようにという要請に屈したのでしょうか    通常は、一国の首相が自国の市民を殺害する動機はないと考えられます。しかし、そうしなければ、戦争を始めるという脅しがなされたのであれば、日本の首相がその脅しに屈従して、市民を殺すように、あるいは見殺しにするようにという指示を自衛隊に出す可能性はあるかもしれません。   もしくは、人命救助を優先するべきなのに、国家として秘密にしておきたいことを隠すことを優先したのでしょうか。そのために、救助を遅らせたのでしょうか.そのような指示を秘密部隊に与えたのでしょうか。   しかし、申し訳ありません。私は一般民間人であり、軍事専門家ではありませんから、ネットで見いだされる情報から判断するしかありません。また、熊谷基地の秘密部隊が行なうとされていることについて、私は詳細を調べたわけではありません。こういうことは、軍事の専門家が分かるでしょう。   私は、日常生活に忙しく、それを検証するのは、政府、自衛隊関係者、現地にいる人にお願いするしかありません。  ⑦米国あるいは政府の指示を受けた秘密部隊の関与の可能性   事故当時、着替えが入ったナップサックがたくさん現場に置かれていたそうです。それで、自衛隊、あるいは救急隊員であるかのように見せかけて、米軍兵士、あるいは秘密部隊が活動していたのかもしれません。そして、その秘密部隊は、生存者が発見されても、その人たちが死んでしまうようにとりはからったのかもしれません。そのような可能性もあります。   さらに、残されている当時の墜落現場付近の写真に米軍兵士と似た服装をした隊員が写っています。ところが、私はそれらの一部の隊員が、救助に精を出しているようには思えません。ただ、現場につっ立っているだけのように見えます。  何かを運んでいるようにも見えません。その表情も悲惨な現場を見て、沈痛な面持ちをしているふうでもないように思いました。それで、JAL123機の墜落を気の毒と思わない人が働いていたのかもしれません。   日本側が、隠したいことがあったとしても、何も知らない乗客をできるだけ数多く殺すまでの動機は通常ないと考えられます。そういう人たちが生き残っていても、放射性物質を運んでいたかどうかの証拠とは関係がないでしょう。   しかし、もし、そのことを行なったのが米国側であり、米国側としては、真珠湾攻撃の復しゅう、また、JAL123機の乗客の殺害という目的があったのであれば、JAL123機の生存者ができるだけ少なくなるようにすることは考えられます。日本側の隊員に秘密裏に入り込んで、そのように行動した可能性はあるかもしれません。   また、それら救助に当たっている自衛隊とされる人々の服装が、当時の米軍の制服と似ているようにも思います。しかし、着方が違います。当時の米軍は上衣の裾をズボンの上に出します。しかし、上衣をズボンの下にすれば、自衛隊の制服とあまり見分けがつかないかもしれません。   しかしながら、当時の政府が米国側から圧力を受けて、自衛隊に指示を出して、自衛隊員の中に政府の命令に盲従した人がいた可能性も否定できません。また、とりわけ、自衛隊員が銃撃を受けたという情報もあるので、命を脅かされたのであれば、米国あるいは政府の命令に盲従するしかないと考えたかもしれません。彼らと、同じように行動していた秘密部隊がそうしたのかもしれません。   以上のことは、私がネットの情報を参考にして考えた仮説です。私は、中曽根首相にしても、自衛隊の幹部たちにしても、事情を直接聞いて確認することができる立場にはありません。また、現地に行って、現物を確認することもできないでしょう。   次に、今までの仮説に基づいて、どのように行動することが日本を含めた諸政府にとって最善なのかを考えてみます。

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    • JAL123墜落の真相の可能性(5)-戦闘の形跡

      この記事では、JAL123墜落に関連して空中戦が行われた形跡があることについて説明します。 ①JAL123墜落現場で戦闘機による戦闘が行われた形跡 調査をした人たちは、墜落現場に複数の米軍機破片だけではなく、航空自衛隊の戦闘機破片、ミサイルの部品、そして、ソ連製装甲車の装甲板の残骸までも見つけているそうです。それらの人たちのブログには物的証拠の写真も掲載されています。  現場で発見された機体破片から、これまで国際軍事評論家のB氏が判定した機体が以下のリストになります。・RC-130 ・RC-135 ・F-106(黒い機体)・F-117・CH-46・[UH-1H] 米陸軍のMilitary Police所属 or日本の警視庁、及び警察庁のヘリコプターの破片・[F-4EJ] 航空自衛隊のアルミ合金製旧型機・米国ロッキードU2・Mig-25旧ソ連の偵察機・F-117 当時未公表だった米空軍のステルス製戦闘機・その他判定不明の航空機、戦闘機類(複数)  詳細は、その方のブログの証拠写真をご覧になり、事実を調査なさってください。  JAL123便墜落事故-真相を追う-セミナー開催報告(091212) その情報を発信しているブログができる限り物証を挙げている以上、その主張は信頼できるのではないかと考えます。そして、これが事実であれば、この現場周辺で軍事衝突が起きたということになると思います。  これは、主には空中戦ですが、ソ連製の装甲車の破片も残っているという事なので、驚くべきことに地上戦でさえ、起きたのかもしれません。  そして、これは日本の将来と安全にかかわることですから、調査が必要だと思います。  先回の記事でも述べましたが、もし、JAL機の墜落が米軍の措置であったとしても、私は、当時自衛隊は、早急に米軍機また偵察機を撃ち落として反撃を加えるべきではなかったと思います。しかし、事前の予告なく、他国の領空を侵犯すれば、最後の処置として、その航空機を撃ち落としていいことになっているようです。  しかしながら、その前に十分警告を与え立ち退くようにさせることになっています。できるだけ穏便にするのがいいでしょう。  今までも、他国の領空を予告なく、侵犯して他の国の旅客機が撃ち落とされるという事が起きています。しかしながら、米国であれ、ソ連であれ、中国であれ、他国の航空機、偵察機を撃ち落とすならば、その国家との関係を必ず悪くします。それで、領空侵犯があった場合も、できるだけ外交ルートで解決するようにした方がいいと思います。  そして、現地で、空中戦があり人が死んだのであれば、それは日本にとって憲法九条違反ではないでしょうか。そのような戦闘の命令を下した人は、処罰されるべきではないでしょうか。  確かに自衛隊が、はっきりJAL123機にミサイルを発射する戦闘機を目撃して、それがどの航空機であるかはっきり確認できた場合、JAL機を救うために「剣」つまり、武器を用いることは妥当だと思われます。    民間機を攻撃して、その乗客を殺すのは許されるべきことではないでしょう。しかしながら、そうしたことに関係していないただ単に偵察に来ていた航空機を撃ち落とすとしたら、それは戦闘行為で、日本では憲法九条で禁じられていると思います。   聖書は政府が「剣」を持っているのは、上位の権威、つまり、政府は、「いたずらに剣を帯びているのではない」と述べられていて、「それは神の奉仕者であり,悪を習わしにする者に憤りを表明する復しゅう者」であると述べられています。(ローマ13:4)   Troops of the 3rd United States Infantry Regiment聖書は上位の権威が悪をならわしにする者に憤りを表明する復讐者として武器を持つことを許しています   私は、自衛隊は、自国の国民を守るために存在しており、他国の国民を守る責任はないと思います。それで、上位の権威は自衛するために剣を用いることは許されているのではないかと思います。もちろん、余力があってそれが流血につながらないということであれば、他国の国民を救助することもできると思います。  自国の国民を守るためなら、その剣を用いることは許されていますが、その剣を他国の国民を殺すために用いるならば、それは流血だと思います。そして、他国の国民を守るために、その剣を用いるとしたら、やはり、自分の能力を超えたことをしており、必要のない理由のない流血をすることにつながるでしょう。  他の人がどのような理由で争っているのか分からないのですから、中立の立場で見守るのがいいでしょう。また、可能であれば、争いを鎮めるよう働けます。   私の考えは、派手な空中戦は、戦争をするのと同じだと思います。もし、戦争を始めるとしたら、政府を初め国民全体として、よく考慮して行うべきことであり、自衛隊が勝手に行動するべきではなかったと思います。私は、それは自衛隊のせん越な行いだったと思います。そして、それは憲法九条の違反です。 日本には戦争の放棄を定めた九条が含まれた日本国憲法があります   そして、現場の状況を調べた方がJAL機の犠牲者以外に、ここで他に500人ほどが死んだのではないかと言われています。総勢1000人ほどです。この数字が正しいかどうか確認できませんが、死ぬべきでない人が死んでいるでしょう。すると他の国々との関係をこじらせます。  

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  • 16 Sep
    • 啓示2・3章-さまざまな特徴を持つキリスト教のグループとその将来

        啓示2・3章には、キリストがヨハネに命じて、アジア地区にある「七つの会衆」に手紙を書かせたことが記されています。その会衆は「主の日」に存在します。(啓示1:10)主の日とは、キリストの「臨在」の時で、キリストが天で「王権」を受けて天にいる時を意味していると考えます。(マタイ24:3,37。ルカ19:12,15)   (sevencongregations)七つの会衆はわたしたちの時代のさまざまな特徴を持つクリスチャン会衆を表しています     私自身は、まだキリストが天で王権を取られているとは考えてはいませんが、今は、キリストがいわば到着して戸をたたこうとしておられる時だと思います。(ルカ12:36)それで、キリストの追随者たちは、キリストが王になられる時を待って忠実に地上で神のご意志を行なわなければなりません。(ルカ12:37)啓示の七つの会衆はそうした時代以降の全世界のキリスト教の団体の霊的な状況を表していると考えます。   七つの会衆の中には、フィラデルフィア会衆の人々がいます。(啓示3:8)私は、個人的にその七つの会衆の中で、フィラデルフィア会衆のようになるのが一番いいのではないかと思います。一番、良い結末を迎えます。   キリストは、フィラデルフィア会衆に対して、「あなたの前に開かれた戸を置いた。」と言われます。(啓示3:8)開かれた戸に上るならば、「必ず起きること」を示される結果になります。(啓示4:1)フィラデルフィア会衆の人々は「少しの力」で、イエスの「言葉を守って」,イエスの「名に不実な者とは」なりませんでした。(啓示3:8)フィラデルフィア会衆の成員は、その報いを受けることになります。   フィラデルフィア会衆の人たちは聖書に忠実に従うように少しの力で努力をしてキリストから報いを受けます フィラデルフィア会衆の人たちは聖書の預言を熱心に研究します    そのため、神に忠実である限り、将来必ず起きることをキリストから示され続けることになるでしょう。そのその戸を誰も「閉じる」ことができないからです。(イザヤ22:22;46:10)  天に開かれるドアは将来の出来事を預言により理解できることを意味していますーキリストはいったん開けたドアを閉めません    それで、それらの人々は、神の律法を守って神のご意志を行なうよう努力をし聖書の預言の研究に力を注いだたでしょう。   しかし、聖書の研究だけをしていたのではありません。「静かに働いて,自分の労によって得る食物」を食べる努力をしたでしょう。(テサロニケ第二3:8,12)もちろん、パウロは何度も他の人から経済的援助を感謝して受けましたが、基本的に自分で働いて自活をする努力を払いました。(テサロニケ第一2:9)   もし、そういう努力をしなければ、それは怠惰です。(箴言6:9-11。テサロニケ第二3:10)また、働かなければ、他の人の物を盗んで生活せざるを得なくなるかもしれません。    忠実なフィラデルフィアのグループは将来に起きることを知ることになるので、他のグループよりも、賢く行動することになります。結果として、キリストは、そのグループが「人の住む地全体に臨む」「試みの時」から守るようにすると約束しています。(啓示3:10)    「人の住む地」に臨もうとする事柄とは、大患難や食糧不足、軍事的な攻撃や捕らわれ、政権の移り変わりなどを意味しているでしょう。(ルカ21:20-26) 「試み」の時とは、神への従順が試みられる時で、誘惑や試練という意味もあります。(創世記22:1。歴代第二32:31)また、いわば芽を出した草が太陽に照らされて干上がるような影響を受ける時も意味するでしょう。(ルカ8:13)   聖書の預言的な勧めに従順に従って行動すれば、そのグループには神からの保護と助けがあるでしょう。大患難などの前途の試練を生き残る結果になるでしょう。   聖書の原則に忠実なクリスチャンのグループが迫害や患難を経験するのは事実です。第一次世界大戦中も第二次世界大戦中も、聖書の原則に従って殺人を避ける良心的兵役拒否者がいましたが、それらの人々の中には、処刑されたり収容所の中で死んでしまった人もいました。   その中には、エホバの証人を初めとして、幾つかのキリスト教のグループがいました。しかし、かなりの人々は、おそらく神の助けのゆえに生き残りました。   従来エホバの証人は聖書の律法や原則を守る努力をしています。私は、エホバの証人は、災害があった時、被害にあう人の人数の割合が一般の人よりいつも低いと感じてきました。エホバの証人は、人気がなく、反対も多いですが、不思議な事にそうした災いに生き残る人が多いと思います。やはり、窮地に立った時、エホバの証人はエホバの名を用いて神に助けを祈り求めるので、神から助けられる結果になるのだろうと考えます。(箴言18:10)  聖書に忠実な人の祈りは聞かれる可能性が高く神からの不思議な保護と助けを得るでしょう     残念ながら、エホバの証人の会衆の中での児童の性的虐待が問題になっています。エホバの証人は神の律法に従う点で、生ぬるくなっているのではないかと思われるふしがあります。すると、エホバ神からの保護と助けが不十分なものになるでしょう。   しかし、世界中のエホバの証人の会衆全体がそうであるというわけではありません。そして、エホバの証人が神に信仰を働かせて、神の律法に忠実に付き従う時に、エホバの証人は神からの保護と祝福を経験することになると思います。そして、私たちの罪を許すための備えであるキリストの犠牲もあります。   しかしながら、私はエホバの証人の聖書の預言の解釈は、すべてが正しいとは考えてはいません。それでも、エホバ神はクリスチャンのご自分に対する信仰と従順に答えて下さるのではないかと思います。私は、自分が聖書の理解に関して他の人々よりかなり進んでいると思いますが、いずれにしても、聖書について完全に正確に理解できている人は世界にひとりもいません。そのため、エホバの証人の聖書の理解が完全でなくても、エホバ神は証人たちの祈りを聞かれるでしょう。   しかし、残念ながら、エホバの証人は、現在の統治体の兄弟たちの解釈によっては、将来のことを知ることになるフィラデルフィア会衆の特徴を完全に持っているとは言えません。そのために、エホバの証人の預言の解釈の間違いは、将来は、エホバの証人に致命的な結果をもたらことになる可能性があると思います。つまり、聖書が預言してきた災いに巻き込まれて命を落とす人が多くなる可能性があります。   エホバの証人がそのようになる理由は、証人たちが、聖書の正確な知識を退けたためです。救われるために「正確な知識」が必要です。(テモテ第一2:4)聖書には「正確な知識」を退けるならば、神の律法を退けることにつながっていくと述べています。(ローマ1:28)エホバの証人は、聖書の正確な知識を探求するように努力を払っています。しかし、その努力は十分ではありません。   また、聖書やエホバ神ご自身の代わりにエホバの証人の統治体の兄弟たちの教えに盲従することが強調され過ぎることは、偶像崇拝につながるでしょう。(使徒5:29。啓示19:10;22:9)   さらに、啓示の書では、一部の神の僕が迫害によって、命を落とすクリスチャンがいることを認めていますが、それらのクリスチャンも究極的には、悪い結果になるわけではありません。七つの会衆には、神の律法に忠実に偶像崇拝を避けて殉教したり、投獄されたりするスミルナ会衆やペルガモン会衆の成員がいます。(啓示2:10,13)それで、神に対する忠実さのゆえに命を失うクリスチャンも確かに存在するでしょう。   しかし、それらの人々の神に対する忠実さは、神に覚えられています。死に至るまで忠実なスミルナ会衆の成員は「命の冠」を与えられるということになります。(啓示2:10)また、忠実なペルガモン会衆の成員は、「白い小石」と「新しい名」を与えられます。(啓示2:17)それらの人々は、神から無罪とみなされ天に「新しいエルサレムの名」が与えられ、天に不滅の霊者として復活させられることになります。(啓示3:12)   ステファノは迫害のために命を失いましたが神の王国の成員として復活します    また、啓示の書では、不忠実になって神の律法に違反するクリスチャンたちが大患難の災いに巻き込まれることを予告されています。(啓示2:22)ですから、神に対する不忠実が最終的に良い結果をもたらしたり、クリスチャンに神からの保護をもたらすことは決してありません。   クリスチャンでもエホバ神以外の者を崇拝するなら神から是認されません    テアテラ会衆には、女預言者イゼベルがいて、仲間のクリスチャンに偶像崇拝と淫行を勧めます。(啓示2:20)そのため、イエスはそれらの神の律法違反者が病気になるようにされると書かれています。(啓示2:22)  淫行と偶像崇拝を推進するクリスチャンはテアテラ会衆のかの女イゼベルと呼ばれています    実際、淫行をする人、とりわけ同性愛者はエイズや性病などの病気に感染し、命を落とす可能性が高くなります。とりわけ、エイズは、その人の寿命を短くします。同性愛であることをカミングアウトして、20代や30代でエイズで命を落とすオリンピックのメダリストも少なくありません。   15 Famous GAY People Who Died of AIDS同性愛や乱交などの淫行を行なう人はエイズに感染して早死にする可能性が高くなります    そして、イエスはテアテラ会衆のクリスチャンを「大患難」に投げ込むと言われています。(啓示2:22)そうした、神の律法を守らない自称クリスチャンは、聖書に対して強い信仰を抱いていません。クリスチャンであっても進化論を信じているかもしれません。神の律法に違反するなら、いずれ神への信仰を投げ捨てるという結果になるでしょう。    淫行や偶像崇拝を大目に見るという立場は、流血も大目に見るという立場につながります。そのために、クリスチャンであっても、諸国家が戦争に巻き込まれたら、自ら武器をとって国家のために戦うでしょう。すると、他の人の剣によって命を落とすことになります。(啓示2:22)   A romantic 19th century vision of Godfrey and leaders of the first crusadeクリスチャンが武器を取って戦うならばエホバ神を怒らせ剣で倒れることになります  An unidentified unit of U.S. 1st Cavalry Division troops withdraws southward on July 29, 1950, from No Gun Ri after killing large numbers of trapped South Korean refugees there.流血に加わる現代のクリスチャンはイゼベルのようにみなされエホバ神の怒りを買います    A pile of bodies before cremation after a bombing raid on Dresden, 1945.Bundesarchiv, Bild 183-08778-0001 / Hahn / CC-BY-SA 3.0イゼベルのようなクリスチャンは大患難に投げ込まれることになります    もちろん、自国のために戦わない良心的兵役拒否者の立場も、政治指導者たちにとってはおもしろくないと思います。しかし、北の王にしても、南の王にしても、人殺しや犯罪行為をしないクリスチャンに対してよりも、クリスチャンであると言いながら、殺人をするクリスチャンに対してより一層強い憤りを抱くと思います。とりわけ、敵国のために戦ったり、その軍事的な便宜を図ったりするならば、そうしたクリスチャンに対して、より強い怒りを感じるでしょう。   それで、神に忠実なクリスチャンが迫害や憎しみの対象になるといっても、南の王にしても、北の王にしても、自分たちの側にはっきり敵対するグループに対してよりはっきりしたダメージをもたらそうとするでしょう。そのため、神の忠実なクリスチャンは、神の保護もあるので、忍耐することによって救われる結果になります。(マタイ10:22。ルカ21:17-19)   German Christian Field Service for German Soldiers during WWII,  95% of all Germans being Christians Bundesarchiv, Bild 146-2005-0193 / Henisch / CC-BY-SA 3.0戦うクリスチャンに対して南の王も強い憤りを感じるでしょう     例えば、第二次世界大戦が起きて七十年以上経っても、米国の人々も中国の人々も戦時中に日本人が行なった流血について覚えていて、強い反日感情を抱き続ける人々がいます。戦ったのがクリスチャンであったというのであれば、さらに憤りを感じるでしょう。   そして、クリスチャンであると言いながら、神の律法に違反するということは、神の憤りをさらに引き起こします。その結果、自称クリスチャンが、流血を行なうならば、長期間にわたって北の王や南の王の攻撃の標的になると思います。ダニエル書に北の王の攻撃を受ける神の民の本拠地、すなわち、「飾りの地」もしくは、「飾りとなる所」があることが予告されています。(ダニエル8:9;11:41)   これは、主に、神に忠実であったために攻撃を招くのではないでしょう。おそらくこれらの神の民がおおむね神の律法に不忠実であり、流血を行なったことに対して、王たちの憤りを引き起こしたからでしょう。また、山に逃げるようにというイエスの助言に従わなかったからでしょう。   さらに、神の律法に違反しているクリスチャンは、聖書の預言に注意を払わず、聖書の預言を真剣に受け取ることをしないでしょう。自分たちの行動を非とする聖書の言葉を受け入れることができないでしょう。すると、それらのクリスチャンは、聖書の預言の賢明な助言に従うことをしないでしょう。そのため、北の王の攻撃によって命を失うでしょう。   ですから、神に忠実なクリスチャンも命を失う可能性があるとは言え、割合としては、神の律法に不忠実なクリスチャンの死亡率の方が高くなるでしょう。そして、そして、キリストは、クリスチャンの心の状態や実情をよくご存知です。(啓示2:2,23)  天のキリストは七つのクリスチャン会衆の霊的な状況をよくご存知です    キリストは、さまざまなキリスト教のグループにその行いにふさわしい結末が与えられるようにされます。キリストは、「あなた方一人一人にその行ないにしたがって与えよう。」と言われています。(啓示2:23)   聖書は、最終的には、大患難を生き残って、永遠の命に導かれるクリスチャンの数がその数を数えられないほど多くなると述べています。(啓示7:9,14)聖書に忠実なクリスチャンは、神からの保護を受けるからです。そのために、全体としては、神を恐れる人にとって不信者や神の律法に違反するクリスチャンよりも結果が良いということになります。(伝道の書8:12)  啓示は大患難を生き残るエホバの崇拝者の数が数えきれないと予告しているので忠実なクリスチャンにとって結果は良くなります     つまり、神に対して忠実なクリスチャンのグループは全体として、生存率が高いということになるでしょう。   ですから、神とその基準を無視して生きる人々と、神に従って生きる人々を比べた場合、割合として、神に忠実な人の方が今のサタンの事物の体制でも、生き延びる可能性が高くなるということです。  そして、神への忠実さのために命を失うクリスチャンには復活があるでしょう。それで、全体的に考えるとエホバ神に忠実なクリスチャンが最善の結果になります。聖書は、神に仕える生き方が何も問題がないとは言っていません。その生き方のメリット、デメリットを示して、自分で選択するように勧めています。(ルカ14:27,28)   

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  • 05 Sep
    • エゼキエル16章-南の王との同盟をどうするか

      エゼキエル16章には、イスラエルを女性になぞらえて、赤ん坊から女性に成長して神と結婚して、それから売春婦になったというたとえ話が書かれています。これは、イスラエルという国家が神から売春婦にみなされたことを示しています。国家の売春とは、どんな行動を意味するのでしょうか。それは、どんな結果を招きますか。  神は、昔、イスラエル人がエジプトで増えるようにされました。そして、イスラエル人をエジプトから救い出し、モーセを通して律法を与えて、イスラエル国民と契約関係に入りました。それは、神とイスラエルがいわば結婚関係に入ったことを意味していました。(エゼキエル16:8)  昔イスラエル国民が神と契約を結んだことは神と結婚関係に入ったようなものでした   エホバ神がイスラエルに与えた十戒の二番目のおきては偶像を崇拝することを禁じていました。(出エジプト20:4,5)しかし、そのたとえ話の女は、神から与えられた美しさに依り頼んで売春婦になりました。(エゼキエル16:15)まず、彼女は高き所を造り、売春を行ないました。(エゼキエル16:16)また、男性の像を作り、それと売春を行ないました。(エゼキエル16:17)それは、高き所、偽りの宗教の聖所で偶像を作って崇拝を行なったことを意味します。  Evelyn De Morgan像を作りそれを崇拝し頼ることは神の目に売春でした   そして、彼女はその偶像に自分の息子や娘を捧げることをしました。(エゼキエル16:20,21)実際、アハズを初めとしてユダの王たちは、ヒンノムの谷でモレク神に子どもを火で焼いて捧げることをしました。(エレミヤ32:35)      さらに、彼女は、「肉の大きなあなたの隣り人、エジプトの子らと売春を」行ないエホバを怒らせたと述べられています。(エゼキエル16:26)それは、ユダが軍事的にエジプトに頼ったことを意味しています。ユダの王は他国の脅威から逃れるためにエジプトに援助を求めたと述べられています。(イザヤ31:1)そのようにすることは、神の目に売春をすることでした。  Egyptian pharaoh Ramesses IIユダはバビロンの脅威から逃れるために軍事強国のエジプトに頼りました Brian国家が神ではなく軍事強国に頼ったことは神の目に売春でした   ところがユダは「アッシリアの子らと売春を行ない」ました。(エゼキエル16:28)ユダは、アッシリアに軍事的な支援を求めました。ユダの王アハズは、シリアと北のイスラエルの脅威から逃れるために、アッシリアの王ティグラト・ピレセル(3世)にわいろを贈りました。(列王第二16:7,8。歴代第二28:16)それは神の目に売春でした。そして、それでも、彼女は「やはり満足」しませんでした。  そして、ユダは今度は、「カナンの地、カルデア人に向かって自分の売春をあふれさせていった。」と述べられています。(エゼキエル16:29)ユダのヒゼキヤ王は、アッシリアの脅威にさらされていたので、おそらくバビロンに頼る気持ちがあったのでしょう。全領土にある貴重なものをバビロンの王の使者に見せました。(列王第二20:12,13)   それで、彼女は最初はエジプト、そして、アッシリア、そしてバビロンという軍事強国にも頼りました。それは神の目には、売春をすることでした。   それで、エホバはユダに関して、「横柄な売春婦の業を行なう」ので、「あなたに対する激怒に満たされている」と言われました。(エゼキエル16:30,31)       しかし、もし、いったん、他の軍事強国と軍事同盟を結んでしまって、神の不興を買うことをしてしまったら、どうしたらいいでしょうか。軍事強国との軍事同盟をふり捨てるべきでしょうか。それとも、その軍事同盟を継続するべきでしょうか。これは大変むずかしい問題です。   エゼキエル16章では、エホバ神は売春婦になったイスラエルを裁かれました。「いまわたしは、あなたを熱愛し、またあなたが喜ばせた者たちすべて、そしてあなたが愛した者たちすべてを、あなたが憎んだ者たちすべてと共に集める。わたしは彼らを集めて周囲からあなたを攻めさせ(る)。」と述べられています。(エゼキエル16:37)     ですから、エホバはユダに不興を覚えられて、ユダの売春相手の諸国家、ユダと非常に良い関係にあった諸国家やまた、ユダが憎んでいた諸国家が共にユダを攻撃するようにされました。それで、ユダを諸国家が攻撃するのは決して自然の成り行きではありませんでした。それは、ユダの行った売春に対するエホバの憤りの表明でした。 エルサレムがバビロンの軍事攻撃を受けたのはエホバのユダの売春に対する憤りの表明でした  ユダは、他の軍事強国に頼ることは、自分の身の安全に貢献すると考えたでしょう。しかし、それは、決してユダの安全に貢献しませんでした。それどころか、ユダが諸国家との同盟関係を結んだことはただ諸国家の攻撃を受けるという結果になりました。  そうしたエホバの不興をどのように避けられるのでしょうか。  ユダの偶像崇拝と売春のゆえにエホバはユダを低めて、ユダの王がバビロンに決められるようにされました。そして、その時、エホバはユダの王にバビロンに服するように勧められました。そして、バビロンとの良い関係を保っていれば、繁栄すること、バビロンとの関係をふり捨てて、エジプトという軍事強国に頼ることはユダの益にはならないことを示す預言的なたとえ話をされました。(エゼキエル17:8-15)  私は、諸国家が南の王と軍事同盟を結んでしまった時は、古代のユダにエホバが勧められたことも参考にできます。また、啓示の書を参考にして対処できると思います。  そこには、大患難を生き残る地の王たちのことが書かれています。大患難を生き残る地の王たちは、大いなるバビロンと少なくとも過去に淫行の関係がありました。(啓示18:9)もしかしたら、その時点でも大いなるバビロン、つまり南の王と淫行、つまり軍事同盟の関係があるのかもしれません。  しかし、それらの地の王たちは、大いなるバビロンの滅びを嘆いていますが、大いなるバビロンと共に北の王と戦っていません。(啓示18:10)ですから、南の王と淫行、つまり軍事同盟があるかどうかが大切ではなく、南の王と良い関係を築くと共に、南の王と軍事行動を共にしないことが諸国家にとって最善の選択だと思います。    実際に米国は世界一の経済大国です。その輸入量は年々増加しています。また、聖書もお南の王が最後まで経済的な繁栄を享受することを予告しています。啓示18;3,9,11,15,17)また、米国は輸出量よりも、輸入量が多いので、米国は、自国に対して輸出超過の国家に対しては、いらだちを持つかもしれません。それで、米国に対して輸出超過になるなら、米国との関係を損なう可能性があります。    それで、米国に対して輸出超過にならないように気をつけながらも、米国と貿易をするならば、米国に大量に買ってもらえるでしょう。米国と共に経済的な繁栄を享受できます。それで、米国と敵対的な関係にならないように気をつける方が、諸政府にとって経済的な益があります。   U.S. Census Bureau, Foreign Trade Division米国の貿易量は年々増加しているので米国と良い関係を築くことは共に経済的な繁栄を享受することになります-しかし輸出超過にならないように気をつける必要があります    しかしながら、現在の世界で反米国が存在することは現実であり、米国と共に軍事行動をとるならば、反米国の復しゅうを経験することになります。例えば、第二次世界大戦の時のフランスは、ドイツの侵入時にパリが数日で降伏したので、パリの歴史的な建物が守られました。そして、パリの歴史的な資産は、フランスが世界一の観光大国になるように助けました。   しかし、現代では、フランスは米国と共に湾岸戦争で戦い、米国と共にシリアの空爆に参加しました。その結果、イスラム国の復しゅうテロを受け、今、フランスの観光業は手痛い打撃を受けています。  Chris93フランスは米国と共に軍事行動を共にし反米国であるイスラム国のテロ攻撃を何度も受ける結果になりました    非常事態宣言を出している国に観光旅行はためらわれるでしょうし、また、これからもテロ攻撃を受ける可能性もあります。軍事的な攻撃による人命の損失によって引き起こされた恨みや敵意は何十年ものあいだ続くからです。    もし、北の王と同盟を結んで南の王と戦うならば、南の王と戦う際、非常に多くの人的、物質的損害が生じるでしょう。確かに、北の王は一度目の南の王との戦争では、勝利を収めて「大量の貨財」を取得するようです。(ダニエル11:28)しかしながら、北の王と共に戦う時に、その損害も大きなものでしょう。    また、北の王は、最終的には、南の王に代わって全世界に支配権を行使するようになります。そして、全世界の富を支配するようになることは預言されています。(ダニエル11:43)しかしながら、南の王が全世界に覇権を振るう時は非常に長い期間に及び、北の王が覇権を振るう時は短いでしょう。ダニエルの預言は南の王を表す小さな角が滅ぼされた後、残された獣は「一時また一時節のあいだ命を延ばすことが許され」るだけであることを示しているからです。(ダニエル7:12)  さらに、南の王との平和な良い関係を損なう時、南の王から多くの反撃を招く可能性もあります。  そして、北の王はこの事物の体制の終わりに、おそらく天変地異という形で神によって滅ぼされます。(エゼキエル38:21,22)それで、北の王に追従することも結果が悪いです。   そして、北の王は、神の民に対して敵意を何度も表します。(ダニエル8:9)大患難の時でさえ、山に逃れていない「飾りの地」つまり、クリスチャンの拠点を攻撃するようです。(ダニエル11:41)そして、「聖なる者たち」つまり天的希望を持つ神の民を最終的に滅ぼすのも北の王です。(ダニエル8:24)ですから、北の王に絶対的な服従を示すと、神との関係を損なうことになります。   このことを考えると、諸国家にとってどうすることが最善でしょうか。南の王との淫行をふり捨てるかどうかは、その国それぞれの選択です。ある国家は淫行が神の目に悪いことを考え、軍事同盟を解消するかもしれません。南の王との軍事同盟があるなら、どうしても南の王と軍事行動を共にせざるを得ないと考えるならば、南の王との軍事同盟を解消することを選択する国家も存在するでしょう。  しかし、他の国家は、南の王と、同盟関係を結びながらも、南の王と軍事行動を共にしないという選択をするかもしれません。しかし、軍事同盟を破棄するかどうかにかかわらず、諸国家にとって最善の道は、南の王と良い関係を保ちつつも、南の王と軍事行動を共にすることを避けるということだと思います。また、当然、北の王と軍事行動を共にしないことです。  Kwame Nkrumah with U.S. President John F. Kennedy, 8 March 1961米国と良い関係を追い求めつつ米国とは軍事行動を共にすることを避けるという立場が諸政府にとって最善だと思われます    また、エゼキエル16章で、ユダは「姦婦と血を流す女たちとの裁きをもって」裁かれました。(エゼキエル16:38)ユダは、「姦婦」とみなされただけでなく、「血を流す女」とみなされました。結局、他の軍事強国との「売春」つまり、軍事同盟のゆえに、「血を流す」ならば、当然エホバ神に裁かれるでしょう。 adulteress by cdrummbks血を流す姦婦つまり軍事同盟を結んで流血を犯す国家はエホバ神に裁かれてしまいます  売春は、神の目に悪いことなので、他の諸国家との軍事同盟は少ない方が当然いいことです。多ければ多いほど、エホバ神の不興を買うでしょう。また、それは軍事同盟を結んでいる他の諸国家の憤りを招く可能性も高いでしょう。  それで、諸国家に南の王と良い関係を保ち、相互に貿易をしながらも、南の王と共に軍事行動をとることを避けることをお勧めします。また、北の王に追随して、完全に服従することも、エホバ神との是認された関係を築くことにはつながりません。また、多くの諸国家と軍事同盟を結ぶことは、神の目にとって売春であり、南の王も怒らせることになり、神の不興も招きます。  英国は最近の国民投票でEUからの離脱を望む人が過半数いました。EUから離れると、軍事行動も独自の行動がしやすくなるかもしれません。私は英国がアメリカと緊密な良い関係を保ち、経済的な結びつきは強めるとしても、NATO軍と共に軍事活動に参加するのは避けて神の目に売春を行うことは避けるようにお勧めします。 PRODave Kellam Follow Flagging Supportもし英国が米国との軍事行動をやめる方向に行くならEU離脱は英国の益になると考えられます

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  • 04 Sep
    • エゼキエル43・44章―エホバの祭壇で罪を清めてエホバの崇拝が復興する 

      エゼキエル43・44章―エホバの祭壇で罪を清めてエホバの崇拝が復興する   エゼキエル43章には、山頂にあるエホバの家、エホバのつまり神殿にエホバ神が定めない時まで住まれるという約束をしています。(エゼキエル43:7)エゼキエルはエゼキエル11章で見たエホバの家を、エゼキエル43章では、山の頂で見ます。(エゼキエル43:12)  エホバの家の中から声が聞こえてきます。その声は、「これはわたしの王座のある場所、わたしの足の裏を置く場所である。」と言われます。(エゼキエル43:7) ですから、エホバは至聖所のある神殿の建物そのものをご自分の王座のある場所と言われたようです。さらに、エホバは、その神殿は、ご自分の足の裏を置く場所と言われています。   エホバは神殿をご自分の足を置く所と言われました  エゼキエル書の中では、エホバの王座はケルブの上にあります。(エゼキエル1:26;10:1)ですから、エホバの神殿は、ケルブの権威の上にあることが分かります。新約聖書の中では、天的な希望を持つクリスチャンは、エホバの神殿として成長していくと述べられています。(コリント第一3:16。エフェソス2:20,21)ですから、ケルブたちは、地上にいる天的な希望を持つクリスチャンに協力してくれるでしょう。 エホバの王座はケルブの上にあるので天的な希望を持つクリスチャンはケルブに協力してもらえるでしょう  エホバ神の神殿は、当然エホバ神が崇拝されるべき場所です。足の裏を休めるとは、エホバ神が足の裏をつけてそこに座っておられることを示唆していると思います。(申命記28:65)エホバにとって「足の裏を休める場所」とは、エホバ神が「安らぎ」を見い出すべきところだと言えます。エホバ神はご自分に対する崇拝によって安らぎを感じられることが分かります。  また、エホバの神殿とは、エホバに比ゆ的な香である祈りが捧げられるべき所です。(啓示5:8;8:3,4。詩編141:2。エゼキエル16:19) エホバに捧げられる比ゆ的な香は、エホバに「安らぎ」と「喜び」をもたらすものでなければなりません。(エゼキエル20:41)    James Chan神殿級はエホバに安らぎと喜びをもたらす祈りをささげなければなりません    41章によると、神殿の長さが四十キュビトで、幅が二十キュビトです。(エゼキエル41:2)また、その中で至聖所の長さと幅は二十キュビト(約10.4メートル)の正方形という記述があります。(エゼキエル41:4)すると、至聖所を除くと、幅が二十キュビト(約10.4メートル)で、長さが二十キュビトの正方形の余地が残ることになります。  この幻の神殿で、「奥の部屋」や「奥の家」や「奥の場所」と言及される場合、至聖所について言及していると考えられます。ですから、この幻の神殿に関しては、聖所に対する直接の言及はないとは言え、奥でない部屋は、おそらく正方形の聖所を表しているのでしょう。(ヘブライ9:2-5)  「キリストは律法の終わり」と述べられており、モーセの律法はキリストの到来と共に、破棄されました。(ローマ10:4)ですから、文字通りのエホバの神殿を地上に建設する必要はないです。  今日、キリストが天の大祭司となっておられ、動物の犠牲や、文字通りの香を捧げることは求められていません。(ヘブライ8:1,3)今日、祭司級がエホバに捧げることが求められているのは、文字通りの動物の犠牲ではなく、賛美の唇の犠牲です。(ヘブライ13:15。ホセア14:2)しかし、その山の上の神殿が示唆しているエホバの崇拝の型は行われることになります。 人々にエホバ神と聖書について語ることは昔の神への動物の犠牲が表わしていたものです―地上で今幻の神殿で表わされていた神への賛美が行われています  イエス・キリストは大祭司です。また、天的な希望を持つクリスチャンは、「聖なる祭司職のための霊的な家に築き上げられてゆく」と述べられています。(ペテロ第一2:5)では彼らは、死後、聖なる祭司職に就くのでしょうか。彼らは「神に受け入れられる霊的な犠牲をイエス・キリストを通してささげる」とも述べられています。(ペテロ第一2:4,5)  ですから、イエス・キリストに通して霊的な犠牲をささげるのは、地上に人間として存在する現在です。また、天的な希望を持つクリスチャンは、「王なる祭司、聖なる国民」であると述べられています。(ペテロ第一2:9)また、彼らは、「闇からご自分の驚くべき光の中に呼び入れてくださった方の卓越性を広く宣明する」務めがあります。(ペテロ第一2:9)神とキリストの卓越性を広く宣明するのは、地上で人間として存在している間です。  それで、天的な希望を持つクリスチャンは地上に人間として存在する時も、祭司職についていると言えるでしょう。しかし、彼らは不忠実になればその立場から除かれることになります。エゼキエル44章によると、偶像崇拝に陥ったレビ人が「祭司の勤めを行なうために最も聖なるものに近づいたり」することはないと述べられています。(エゼキエル44:13)それで、不忠実になれば、祭司職の立場を失ってしまうようです。 偶像崇拝が行われるならば祭司職から退けられ天的な希望が取り去られてしまいます    しかしながら、一世紀に油注がれたクリスチャンが、はなはだしい淫行の罪を犯して、会衆から排斥されましたが、悔い改めたので再び会衆に受け入れられました。しかし、その時、そのクリスチャンが天的な希望を失ったという記述はありません。  ですから、罪を犯しても、許されて天的な希望を保つクリスチャンも存在するようですが、天的な希望を取り去られてしまうクリスチャンも存在するようです。いずれにしても、天的な希望を持つクリスチャンは、基本的に神の律法に忠実であることが求められています。(コリント第一4:2)  そして、啓示の書によると、死に至るまで神とキリストに忠実を保つクリスチャンは、千年間「王また祭司として」仕えることになります。(啓示5:10;20:6)彼らの祭司としての立場は、忠実を保って復活する時に不動のものになります。 一部のクリスチャンには天に復活して王また祭司となるという希望が与えられます    そして、ザドクの祭司は神に忠実だったので、祭壇を清めて「使い始め」をします。(エゼキエル43:26)再スタートを切るということは、世界的なクリスチャンの奉仕の業がいったん停止させられることを示しています。そして、祭司は罪の犠牲を七日間捧げます。 また、祭司級は将来、忠実で思慮深い奴隷級でもあるので、クリスチャンが全体として罪を犯してしまったことを振り返って反省していることを示す聖書的な話しを掲載するでしょう。(マタイ24:45-27)それはエホバに対する犠牲になるでしょう。  そして、そのような世界的にクリスチャンにとっての「試みの時」に忠実を保つクリスチャンに、キリストは報いを与えられるのでしょう。(啓示3:10)ご自分が王権を取られる時に、ご自分の持ち物をその忠実なクリスチャンのグループに与えることになるのでしょう。(マタイ24:45-27)  私たちは、エゼキエル44章や48章に書かれている忠実なレビ人の「ザドクの子らの祭司」のようでありたいと思います。(エゼキエル44:15;48:11)ザドクとは、油注がれた者ダビデに最後まで付き従った祭司でした。その祭司の子孫がいることが予告されています。それらの忠実な祭司たちは、他のレビ人が偶像崇拝に陥った時も、忠実を保ちました。  また、いったん、神への奉仕が途絶しても、再び、「聖なる場所は必ずその正しい状態にされる」とダニエル書も預言しています。(ダニエル8:14)神への崇拝と奉仕が永遠に消え失せてしまうことは決してありません。エホバ神はご自分の崇拝を守るために手段を講じられるでしょう。エホバ神に固くつき、永遠にエホバ神を崇拝していきましょう。 ザドクの子らの祭司たちのように偶像崇拝を避けてエホバ神への忠実を保ちましょう

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  • 02 Sep
    • エゼキエル31章・米国が倒れた後どんな国になるのですか 

      エゼキエル31章・米国が倒れた後どんな国になるのですか  聖書は、世界を支配する世界強国の大いなるバビロンが他の諸国家によって徹底的な滅びを被ることを予告しています。(啓示17:16)私は、このようになって欲しいと願っているわけではありませんが、歴史を通して世界に覇権を振るう軍事強国は移り変わって来たので、それはあり得ることだと思います。  例えば、古代中東でもエジプト、アッシリア、バビロン、ペルシャ 、ギリシャ、ローマというふうに、世界の覇権を握る国家は移り変わりました。   それで、大いなるバビロンが徹底的な滅びを被った後、そこの土地はどうなるのかを長年疑問に思っていました。古代の同性愛の町ソドムとゴモラは人が住まなくなることが予告され、そこは、現在一説では今死海の底になっていると言われています。そうでなくても、古代のソドムとゴモラの付近は塩地なので人は住めず、聖書の預言の通りになっています。(イザヤ13:19,20)  しかし、南の王の土地の場合は、非常に広範囲に及ぶので、そこに全く人が住まなくなることはないと思います。  聖書は、大いなるバビロンを「霊的な意味」で「エジプト」と呼んでいます。(啓示11:8)それで、昔、エジプトに起きた事は、大いなるバビロンに起きることをある程度、予表しているか、あるいは、警告となります。 GFDL-self大いなるバビロンは霊的な意味でエジプトです  それで今回昔のエジプトにどんなことが起こるかを預言したエゼキエル31章は、大患難の後南の王の土地がどうなるかを示唆しているのではないかと思いました。  エゼキエル31章には、エジプトを表す木が、諸国民の圧制者によって切り倒されることが予告されています。(エゼキエル31:12)そして、それは実際、古代エジプトに起こりました。 U.S. National Archives and Records Administration諸国家の圧制者によりエジプトを表す大木が切り倒されることが予告されています     古代エジプトのファラオの権力は非常に大きなもので、エジプトの国民の数も非常に多く、エジプトは大いに物質的に繁栄していました。エジプトの木の「陰に人口の多い諸国の民が住んだ。」と述べられています。(エゼキエル31:6)  しかし、聖書は、アッシリアやバビロンなどの圧政的な国が、エジプトを倒すことを予告していました。(イザヤ20:4,5。エゼキエル29:19)とりわけ、エレミヤ書やエゼキエル書の中では、エジプトがバビロンのネブカドネザルにより、敗北を被り、その富が略奪されることが予告されていました。(エレミヤ43:10,11;46:13。エゼキエル29:19) Nebuchadnezzar and Daniel-2聖書の中でエジプトがバビロンのネブカドネザルにより倒壊し略奪されることが預言されていました  神の園の木、つまり、エデンの木々は、エゼキエル31章に出てきます。その木々は、エジプトを表す木が繁栄していた時に、非常にうらやんでいました。(エゼキエル31:9) エデンの木々とは、エジプト以外の諸国家を表しているでしょう。しかし、エジプトの木がシェオルに行く時、エデンの木々は、非常に悲しむことになります。(エゼキエル31:15) エデンの他の木々で表された諸国家はエジプトをうらやみます   それは「必ず悲しみを引き起こす。」「気絶する」と書かれています。(エゼキエル31:15)また、エジプトの「没落の音によって必ず国々の民を激動させる。」と予告されています。(エゼキエル31:16)全地を悲しみが覆い、全地の人々は動揺し、気絶するくらいのショックを受けるということでしょう。  http://wellcomeimages.org/indexplus/obf_images/51/4e/1f73951795a903e14adb0912ca94.jpgGallery: http://wellcomeimages.org/indexplus/image/L0043649.htmlエジプトの倒壊の知らせに人々は気絶しました   また、エジプトと同様に、すでにシェオルに行っている者たちが、その知らせによって「慰めを受ける」とも予告されています。(エゼキエル31:16)それら、シェオルに行った者たちは、エジプトによって命を奪われた者たちを意味しているのかもしれません。  バビロニア年代記によると、エジプトは、ユーフラテス河畔のカルケミシュでネブカドネザル配下のバビロニア人によって決定的な敗北を被りました。(エレミヤ 46:2)そのようにして、エジプトの没落が始まりました。  エホバはエレミヤ書の中でも、バビロンのネブカドネザルがエジプトに進軍し,その地を征服し、エジプトの神々の家が火で焼かれたり、エジプト人が剣で殺されたり、捕らわれになったりすることを予告していました。(エレミヤ 43:8‐13; 46:25,26)  聖書の記述を裏付ける他の考古学的な証拠もあります。エジプトへの遠征について指摘している,ネブカドネザルの第37年(西暦前588年)のものと認められるバビロニアのテキストが一つ見つかっています。  さらに、ユダヤ人の歴史家ヨセフスによると、エルサレムが荒廃してから5年目にネブカドネザルが戻って来て,コイレ・シリア,アンモン,モアブに対して戦い,その後エジプトを攻撃したと書いています。(ユダヤ古代誌,X,181,182 [ix,7])(エゼキエル32:11,12)それで、確かにネブカドネザルに率いられたバビロンが、エジプトを攻めてエジプトに打撃を与えたことを述べる聖書の記述を裏付ける多くの考古学的な証拠が残っています。 その後、エジプトは「地位の低い王国」となり、「もはやほかの諸国民の上に自らを高めることはない。」ということが予告されていました。(エゼキエル29:14,15)  そして、その他の考古学上の証拠も、長い間、権力を振るったエジプトのファラオの権勢が衰えたことを示しています。一時期は、ピラミッドの建設のために、非常に多くの人民の動員が行われ、その全盛期に、ファラオの権勢を示すピラミッドは、底面が正方形の四角錐の美しい壮大な形をしていました。  ところが、後代になると、ピラミッドの造りも粗雑なものとなっており、ファラオの権勢が衰えてしまったことを示しました。   啓示の書によると、大いなるバビロンが倒れる時に、地の王たちは、「気の毒な事だ。」と言って嘆くことが預言されています。(啓示18:10)このことは、エジプトが倒れたことを多くの人々が驚いて嘆いたことと類似しています。(エゼキエル31:15)そして、地の王たちは、神の裁きが行われたことを認めています。  ですから、米国が北の王によって最終的に倒される時に、非常に多くの国家の指導者たちと人々が世界的に悲しむことになるのでしょう。 Stolbovsky - Own work大いなるバビロンが倒れる時世界的に多くの人々が悲しむことになるでしょう  では、エジプトは諸国民の圧制者に倒された後、どのような国家になったのでしょうか。エゼキエル31章によると、多くの人々がエジプトを見捨ててしまい、そこから離れます。(エゼキエル31:12)「その倒れた幹の上に天のすべての飛ぶ生き物が住み,その枝の上に必ず野のすべての野獣がいるようになる。」と述べられています。(エゼキエル31:13)多くの鳥が住み、また多くの野獣が住む国家になります。 倒れたエジプトの木の幹の上にすべての鳥が住みます  鳥とは、通常、家をもたずあちこちを移動する移民を表しているのではないかと思います。(詩編11:18; 4:3; 104:17。ダニエル4:14)また、野獣とは、野獣のような暴力的な性向を持ち、大量殺人やテロ行為などを引き起こす人々を表しているのではないかと思います。(エゼキエル34:25) Robert Cotič derivative work: MagentaGreen聖書の中の鳥とは家を持たずあちこちを移動する移民を表しているのではないでしょうか    「すべての飛ぶ生き物」と「野のすべての野獣」と書かれていることから、そのような人々が非常に多いことを示唆しているでしょう。(エゼキエル31:13) Raphael Melnick - Leopard Uploaded by Snowmanradio野獣が幹の上にいることはエジプトに野獣のような人が住んでいることを表しているでしょう  では、現在、エジプトはどのような国になっているでしょうか。エジプトは、確かに、移民の主要な輸出国であり、輸入国でもあります。  エジプト人労働者受入国統計で 2011 年の上位 5 か国を列挙 すると、サウジアラビア(1,015,124 人)、リビア(332,600 人)、米国(162,232 人)、ヨ ルダン(112,392 人)、イタリア(92,001 人)となっています。おそよ170万人余りのエジプト人労働者が外国に働きにいっています。  これに対して、エジプト領事統計で 2009 年の上位 5 か国を列挙すると、リビア(2,009,000 人)、サウジアラビア (1,300,000 人)、米国(635,000 人)、ヨルダン(525,000 人)、クウェート(481,000 人) となっています。ですから、エジプトの統計によると、約500万人弱のエジプトの人々が外国にいて出稼ぎ労働者になっています。  なお、エジプトはパレスチナ人やシリア難民を非常に大勢、受け入れています。 私がネットで見た最新の統計ではシリア難民を13万人以上を受け入れています。  ですから、エジプトの非常に多くの住民が「鳥」のような人々です。 エジプトは、エゼキエル31章で予告されたように多くの出稼ぎ労働者が住む国家となっています。 エジプトは聖書が預言した通り非常に多くの出かせぎ労働者がいるという特徴を持っています   カイロを含む各地で、政府・治安機関に対して、また、鉄道、電力等のインフラ施設、外国系のファストフード店や銀行等の付近でも爆発、放火等の事件が発生しています。最近では、外国人誘拐事件、イタリア領事館付近の爆発事件、地方観光都市のルクソールでのカルナック神殿付近の爆弾事件が発生しています。また、シナイ半島においては、武装勢力によるエジプト治安部隊への攻撃、軍の検問所付近での爆弾テロ等が発生し死傷者が出ています。  また、2014年11月10日には、シナイ半島を拠点とするイスラム過激派武装組織「ABM」がイスラム過激派組織ISIL(イラク・レバントのイスラム国)に忠誠を誓う声明を出しました。それで、エジプトは確かに野獣も生息する国家となつています。 Day Donaldson FollowEgypt’s Largest Terrorist Group Pledges Allegiance to Islamic Stateエジプトは中東最大の軍隊を持ちながら聖書で描写されている通り野獣のような人々がいる国家となっています  それで、南の王が北の王に最終的に敗北した後、南の王の国はどのような国になるのでしょうか。おそらく、古代エジプトに起きた事が起きることになるのでしょう。  聖書は北の王による南の王の一度目の敗北の後、南の王が奇跡的に経済的軍事的に復興することを予告しています。(啓示13:3,4)南は世界一の覇権国の立場を取り戻します。しかし、北と南の三回目の国際紛争、つまり大患難の後は、南の王は地位の低い王国になり立ち上がれなくなるようです。(エゼキエル29:14,15)  その時に、南の王の国は非常に多くの移民、もしくは、出稼ぎ労働者によって構成される国になるのでしょう。また、野獣、つまり、暴力的、殺人的な性向を持つ人も大勢いるでしょう。そのために、テロ行為、大量殺人事件などが、絶えず起こるような国になるのかもしれません。現在、アメリカは強大な軍隊と警察によって国内でテロ行為が起きないように最善の努力を払っています。それは功を奏していますが、それが制御できなくなるのでしょう。  それで、南の王が北の王によって最終的に倒されてしまった後、もう世界的に軍事的に、また、経済的に勢力を振るう国とはならないようです。  私はこうしたことを聖書から解説していますが、これは将来の嵐の到来を告げる天気予報官と同じでそのようになって欲しいとか、そのようにしようとか考えているわけではありません。しかし、聖書は比ゆ的な嵐が来ることを予告して、どうしたらそれに賢明に対処できるかを教えています。  聖書は、世界の大きな流れを予告していますが、これは、特定の国家に好意を示したり、敵対したりという意図ではありません。エホバ神はどの国家に対して同じように、ご自分の律法を守ることを求められます。それで、聖書は、世界中にいる聖書の神を崇拝する人々の益を求めている本です。そして、そのような人々は、現在、世界中のどの国家にも存在します。  Brian Herzog Follow Race Types - 1906聖書はあらゆる民族と国籍の人々のための本です  

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  • 01 Sep
    • エレミヤ5章・ユダの売春のためにエホバはユダに復しゅうされる 

      エレミヤ5章・ユダの売春のためにエホバはユダに復しゅうされる   エレミヤ5章の中にもユダがエホバを捨てて異国の神に仕えた事や、ユダの人々が姦淫や売春を行ない続けたことが糾弾されています。(エレミヤ5:7)そのために、エホバはユダがバビロンに攻撃されることを許されました。ユダで行われていた売春は、今日の私たちにどんなことを教えるでしょうか。  エホバはそれら姦淫を行なう人々を「強い睾丸を持つ盛りのついた馬」になぞえられました。(エレミヤ5:8)馬は、「友の妻に向かっていななく」ようです。(エレミヤ5:8)その時にいななくかどうかをネットで確認することはできませんでしたが、馬はフレーメン反応といって発情している牝馬のにおいをかぐと、独特の表情を見せます。ユダの不道徳な男も、他の人の妻に対して性的な欲望を言い表したのでしょう。  Stallion exhibiting the flehmen response…Waugsberg - own photographエホバは馬がいななくようにユダの男が友の妻にいなないたと描写されました   馬の生態について詳述したサイトでは、オスが発情中の牝をさそっているときには「グルグル」という低い声が発せられるという記述もあります。   さらに、ユダの人々が、「売春婦の家に群れをなして行く」と言われています。(エレミヤ5:7)ユダには、たくさんの売春婦がいて盛況だったようです。   Joachim Beuckelaer, Brothel, 1562エホバ神は、売春をすることも売春婦を買うことも非としています  モーセの律法では、男性同性愛は、死刑に規定され、禁じられていました。(レビ20:13)しかし、昔のユダでは、男性同性愛による買売春が行われており、「神殿男娼」と呼ばれていました。(列王第一14:24)   申命記では、息子たちに「神殿男娼」になったり、「犬の代価」をエホバの家に携えて来てはならないと命じられています。(申命記23:17,18)それで、聖書は神殿で行われた男性同性愛の男娼を「犬」と呼んでいて、その報酬を「犬の代価」と呼んでいます。  Wolves mating, Tama zoo…Korean_wolves_mating_2.jpg: Temaki derivative work: Mariomassone (talk) 22:07, 24 December 2011 (UTC) -Korean_wolves_mating_2.jpg …Korean wolves mating at the Tama Zoo聖書は男性同性愛者を犬と呼んでいます(画像はイヌ科のオオカミ)  401(K) 2012 Follow Credit Card男性同性愛者の代金は犬の代価と言われています―同性愛をして犬の代価を受け取るべきではありません゜  ネットには、犬は子犬の時からマウンティングを異性、同性にかからわず行うと述べられていました。また、犬は異性、同性にかかわらず、強い恋愛感情を抱くということを述べる人もいます。それで、エホバ神は、そうした犬の特性をよくご存知で、犬を同性愛の象徴として用いられたのでしょう。  A female Labrador dog mounting another. Simon Speed - Own work犬は異性・同性かかわりなくマウンティングを行う特性があります―そのために犬は同性愛の象徴として選ばれたのでしょう  昔のエホバの神殿の中で、男娼による賃金のやり取りが行われていたということは、ユダの背教した王たちの公認のもとで、エホバへの崇拝に関連して、男性同性愛の売春夫が置かれていて、商売が行われていたということを示しています。しかし、アサ、エホシャファト、ヨシヤなどのユダの忠実な王は神殿男娼を除き去るよう努力を払いました。(列王第一15:11,12;22:45,46。列王第二23:7)  昔、日本には江戸時代に東京の日本橋に幕府公認の「吉原」という遊郭がありました。後になって台東区の浅草の近くの山谷にその遊郭が移りました。吉原の女郎買いに夢中になる人を「吉原狂い」と言いました。今でも、宝くじに当たった人などが、巨額のお金を売春婦のために浪費してしまう場合があります。  Prostitutes on display in Yoshiwara during the Edo Period, Japan江戸時代に吉原に公娼制度がありました  また、日本では、戦後公娼制度は廃止されましたが、従来の売春宿を特殊飲食店街と呼んでそこでの買売春は黙認されました。そこを警察は、地図に赤線で囲んで印をつけたので、そこは「赤線地帯」と呼ばれました。また、裏口で買売春をする所が青線で囲まれたので、「青線地帯」と呼ばれました。   1957年に売春防止法が施行された時に、赤線は廃止され、ソープランドとして残りました。その時、警察庁調べでは売春婦が12万人いたということです。  Hykw-a4 ソープランドの個室赤線は廃止されましたがソープランドで売春が続けられました   日本では、女子を対象にした売春は禁じられていますが、男性同性愛の買売春のビジネスをすることは法律で禁じられておらず罰則がありません。  Celebrating Gay Love and Marriage from Gayquation同性愛が違法でなくても聖書の神エホバは同性愛を禁じておられます  しかし、人間の法律で禁じられていなくても、聖書は同性愛を禁じています。(コリント第一6:9,10)しかし、日本では、相手が望まないのに、同性愛を強要する人には、罰則があります。強制わいせつ罪は6カ月以上10年以下の懲役となっています。また、ストーカー規制法は同性間にも、同性間でも適用されます。  imprisonment日本では同性愛を強要する人は六か月以上10年以下の懲役を科されるかもしれません   中国では、新華社の発表によると約200万人が売春に従事しています。中国では、売春の組織的な斡旋は死刑が適用されることもあります。2007年に韓国で27万人が売春に従事していると言われました。また、韓国政府の関係者によると、韓国人の売春婦が日本国内に約5万人いるとされます。   淫行や売春は聖書で禁じられています。(エゼキエル16:15,16。エレミヤ32:)例え、政府が認めてたとしても、周囲で一般的になったとしても、買売春を避けて、エホバ神に受け入れていただけるようにしましょう。   エホバは「あなた方に預言者であるわたしのすべての僕を遣わしつづけた。毎日早く起きては[彼らを]遣わした」と言われました。(エレミヤ7:25)しかし、彼らは、エホバが懲らしめを与えても、立ち返ろうとはしませんでした。(エレミヤ5:3)   人々は、「悪いことであふれ」ました。(エレミヤ5:28)それで、エホバはことのために「言い開きを求め」「このような国民に復しゅうをすべきではないか」と言われました。(エレミヤ5:29)   預言者は、ユダの人々がエホバの律法に違反したので、神が「災い」をもたらすことを告げました。(エレミヤ4:6)神は、「一つの国民」をユダの人々のところに来させ、彼らが、ユダの人々の息子と娘たちを食い尽くし、ユダの収穫と、パンと、羊と牛の群れ、ぶどうの木といちじくの木を食い尽くすことを警告されました。そして、ユダの人々が依り頼んでいる「防備の施されている諸都市を剣で打ち砕く」ことを警告されました。(エレミヤ5:15-17)  しかし、ユダの人々は、雨を注ぎ、収穫を与えて下さるエホバを恐れようとはしませんでした。(エレミヤ5:26)そして、「神はいない。わたしたちに災いが臨むことはない。わたいたちは剣も飢きんも見ないであろう。」と言いました。(エレミヤ5:12)ユダの「民は強情で反逆の心を持つように」なりました。(エレミヤ5:23)   ユダの人々は霊感を受けて語った預言者エレミヤの言葉を真剣に受け取りませんでした。彼らは、神はいない、自分たちの将来は安泰だと考えました。神の律法に違反しながら、日常生活を送りました。   その結果、歴史の事実によると、古代の軍事強国バビロンがユダとエルサレムに攻めて来て、そこの人々は、バビロンに捕らわれになり、ユダとエルサレムは荒廃してしまいました。 In the Hebrew Bible, the captivity in Babylon is presented as a punishment for idolatry and disobedience to Yahweh人々が預言者の警告を無視して神の律法に違反し続けたのでユダとエルサレムはバビロンに荒廃させられ捕らわれになりました  エホバ神は今日でも生きておられ、昔と同じ基準を人々が守ることを求められます。エホバ神は、北の王に対しても、南の王に対しても、キリスト教徒に対しても、イスラム教徒に対しても、また、仏教徒に対しても、また、他の宗教を持っている人々に対しても、姦淫や売春や偶像崇拝を禁じられています。そして、ご自分の律法を守らない国家や人々が災いを被ることを予告されています。   私たちは、創造者エホバを恐れて、エホバの律法を守るようにしましょう。来るべき災いを逃れるための手を打ちましょう。 An American GI and prostitutes in Calcutta in 1945エホバを恐れて売春婦になることも買売春も避けましょう

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  • 22 Aug
    • 油そそがれたクリスチャンは北の王を任命しますか

      ある人々は、油そそがれたクリスチャンが北の王を任命すると考えます。油そそがれたクリスチャンが北の王を任命するのでしょうか。率直に言って、違います。油そそがれたクリスチャンが北の王を任命することはありません。 ある人々が油そそがれたクリスチャンが北の王を任命すると考えるのは、油そそがれた者キュロスの例があるからだと思います。ペルシャの王キュロスは,特定の割り当てのために神から任命されたという意味で,「油そそがれた者」と呼ばれています。(イザヤ 45:1)メシアとは,「油そそがれた」あるいは「油そそがれた者」を意味します。これに相当するギリシャ語はクリストス,つまりキリストです。 昔、ペルシャの司令官キュロスがバビロンを倒し、バビロンに捕らわれたユダヤ人を解放し、故国に戻してエホバの神殿の土台を据えさせるということが預言されていました。(イザヤ44:28-45:3)それは、エホバの目にほとんど良いことだけでした。そのために、キュロスは「油そそがれた者」と呼ばれました。"I am Cyrus the king, an Achaemenid." in Old Persian, Elamite and Akkadian languages. It is carved in a column in Pasargadae.Truth Seeker (fawiki) - Own work昔キュロスはエホバ神からある仕事を任命されたので油そそがれた者と言われました―しかし油そそがれたクリスチャンが北の王を任命しますか 確かに、キュロスは、バビロンを攻撃する前に聖書に中に自分に関連して書かれていた部分を知ることができる機会があったのでしょう。ユダがバビロンから攻撃された時に、ペルシャ帝国の領域にも逃れていたユダヤ人がいたことが考えられるので、キュロスは前もって聖書の預言を知る機会があったのでしょう。 しかし、北の王に関してはキュロスのように油そそがれた者と呼ばれてはいません。また、北の王に関しては、南の王を倒すことが予告されていますが、同時に最後には、聖なる者たち、天的な希望を持つクリスチャンたちを滅ぼすことが予告されているのです。(ダニエル8:24)そして、北の王は「飾りの地」つまり、幾つもの神の民の本拠地を攻撃することになっています。(ダニエル11:41) 油注がれたクリスチャンは、最終的には、自分たちを滅ぼすことになっている北の王を任命することができるでしょうか。できないですし、またそうしたくないと考えるでしょう。油そそがれたクリスチャンは自分たちを滅ぼすことになっている北の王を任命することはしないでしょう また、終わりの時に、状況は一世紀までと違っています。「預言の賜物」や奇跡的な「知識」は「廃され」ることになっていました。(コリント第一13:8,9)ですから、現在、エホバ神による奇跡的な解釈の賜物はなくなっています。それで、油そそがれたクリスチャンは、聖書の預言の詳細な理解を最初からすべて分かっているわけではありません。あちこちの聖句を調べて聖書の解釈を進めていき、徐々に分かっていきます。 確かに、エホバ神は最終的には、油そそがれたクリスチャンに聖書の正しい解釈を与えて下さるでしょう。(アモス3:7)聖書の預言は成就する前に、理解されて初めて価値があるからです。そうでなければ、聖書の預言が「終わりのことを初めから」「告げる者」として預言の神を高めることにはならないでしょう。(イザヤ46:10) しかし、聖書の預言の解釈は、確かに聖霊によるエホバ神の助けもあると思いますが、主に、聖書を解釈する油そそがれたクリスチャンの思考力によっており、聖句を見落とすことがあるので、最初は聖書の解釈の間違いも起こります。 ですから、油そそがれたクリスチャンでさえ、最初から聖書について完全に分かっていないので、北の王がどのような存在であるかを最初からすべて分かっているわけではありません。それで油そそがれたクリスチャンが北の王を任命することはできません。油そそがれたクリスチャンは聖書の預言を研究して徐々に分かってくるので北の王が誰であるか最初から分からず北の王を任命することはありません 世界の政治的な状況は、自由に進展していきます。そして、世界の出来事は、当然のことながら、すべてがエホバ神や油そそがれたクリスチャンが望んでいる通りのことが起こっているわけではありません。かえって、エホバ神や油そそがれたクリスチャンが望まないことが、諸国民やサタンや悪霊の影響力でどんどんと起こっていきます。その中で、油そそがれたクリスチャンは、できるだけ神のご意志に調和したことを述べるようにします。すべての物事を神のご意志にそって正せるわけではありませんが、生じた事態に応じて神の目に正しいことを行なうようできるだけの努力は払います。 しかし、エホバ神は聖書の預言を書き記してくださいました。それは、主に神の民に「警告」を与えて益することを目的としています。(コリント第一10:11)さらに、聖書の預言は、神の民が数えきれない程救われて、聖書の神を崇拝するという状況になることを目指しています。(啓示7:9,14) それで、そのような目的を達成することができるほどには、聖書の預言についてエホバ神は油そそがれたクリスチャンに理解を与えて下さることは考えられます。 それで、油そそがれたクリスチャンが聖書の預言を解釈した場合、それは、すべてそうなって欲しいと当人が願っていることではありません。確かに聖書の預言の中には、神の民の数が増加することを預言する預言があります。そうした預言はそのようになって欲しいと感じます。しかし、結局、聖書はクリスチャンが迫害されることを予告しているのであり、油そそがれたクリスチャンはそうなることを望みません。 それで、聖書が預言している出来事は、油そそがれたクリスチャンが起こることを望んでいない場合があり、また、そのようになるように取り計らうわけでもない場合があります。ですから、例えば南の王が北の王から敗北するように取り計らうわけではなく、また、北の王が南の王から敗北するよう取り計らうわけでもありません。しかし、天気予報官のように、台風の到来が分かるならば、前もって避難したり、非常時のための品々を準備したりすることができます。dennis crowley天気予報官は台風や熱波が来てほしいと願っているわけではなくまたそのようにしようと取り計らうわけではありません-聖書を解釈するクリスチャンも同じです それで、前もって分かっている災いの被害をできるだけ減らすことができます。また、クリスチャンは、北の王にも南の王にも加担しません。結局、クリスチャンは、北の王からも南の王からも迫害されることが預言されています。また、国家の政治指導者たちから迫害されることもあるでしょう。しかし、中には、一般市民のクリスチャンを保護しようと考える政治指導者たちもいるかもしれません。 いずれにしても、クリスチャンは政府に神の律法に違反しないことでは従うよう努力を払いますが、両方の王たちのどちらにも、加担して、そのために戦うことをしません。そうすることは、殺人をすることになるからです。(啓示9:21)両者を崇拝して、盲従することはしません。(使徒5:29)クリスチャンの立場は、戦時に逃げる一般市民の立場を代表しています。 そして、大患難が起こることが予告されていても、油そそがれたクリスチャンは、それを引き起こそうとするわけではありません。かえって、油そそがれたクリスチャンの務めは、大患難あるいは神の怒りの「風」が吹かないようにすることであると聖書に記されています。(啓示7:1) 油そそがれたクリスチャンは、諸国家の間で「平和を求め」ます。(マタイ5:9)どのようにすれば、平和な時期が長く続くかを考えます。大患難の風が吹かないために、実際にネットなどを通して、どのように平和を促進できるかを諸国家の政治指導者に提案するかもしれません。 また、戦争を引き起こすことになる流血や暴虐や欺きを行なわないように諸政府に勧めます。(エゼキエル24:9)他の政府に対して、平和を求めるように勧めます。また、どんな態度が、最後に災いをもたらす態度であるかを諸政府の政治指導者にも説明します。そして、諸国家の間で、いわば仲裁の立場をとり、戦争が起こらないように尽力します。(イザヤ2:4) そのようにするための知恵は聖書の中に記されています。また、現代は助けとして、ネットの情報もあります。 しかし、残念ながら、諸国民の政治指導者たちも、諸国民もエホバ神の言われる聖書の言葉にみんなが耳を傾けるわけではありません。そのために、事態は、聖書の預言の成就に向かって動いていきます。しかしながら、戦争が起きないようにとどめている間に、神に信仰を抱く人々の数は増えていくことになります。ですから、油そそがれたクリスチャンが努力をしても一時的にしか戦争が起きないようにすることしかできません。 それで、油そそがれたクリスチャンが北の王を任命するのではありません。油そそがれたクリスチャンは、「見張りの者」として、世界の出来事の進展を見守ってどのように預言が成就しているかを説明し、前途の災いを避けるように人々を助ける役目を果たします。(エゼキエル3:17)Fire lookout tower in south Georgia, United StatesBubba73 (Jud McCranie) - Own work油注がれたクリスチャンは見張りの者として世界の出来事を見守り前途にある災難を警告します

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  • 12 Aug
    • エゼキエル40章-幻の神殿の祭司が果たすべき務め

      エゼキエル40章は、祭司の務めが二種類あることを示しています。「家の務めを行なっている祭司たち」と「祭壇の務めを行なっている祭司たち」がいます。(エゼキエル40:45,46)この幻の神殿の祭司たちはどのような務めを果たすのでしょうか。 奥の中庭には、「歌うたいたちの食堂」がありました。(エゼキエル40:44)歌うたいたちはどのような人たちでしょうか。 歴代第二5章やネヘミヤ12章では、「歌うたいたち」たちが、祭司たちと共に、別に記述されています。ソロモン王が神殿を建設して奉献式を行なった時も、歌うたいたちが、エルサレムの城壁の奉献式の時も、楽器を用いて、エホバを賛美したことが記されています。(歴代第二5:12,13。ネヘミヤ12:27,44-46)歴代第二5章の記述では、歌うたいたちは「レビ人」と呼ばれており、ラッパを吹く祭司ではありませんでしたが、祭司たちと共にエホバを賛美しました。(歴代第二5:12;7:6。ネヘミヤ12:27) 祭司と歌うたいのレビ人たちが共同してエホバを賛美します 確かに、過去の食堂の使用法を確認すると「食堂」には、祭司たちのための寄進物と、歌うたいたちの寄進物が両方置かれていました。(ネヘミヤ10:39;13:5)ですから、同じ食堂を祭司たちと歌うたいたちが共同で使用したようです。 それで、エゼキエル40章で、「歌うたいたち」の食堂が、祭司たちの食堂であるという記述は、歌うたいたちが同時に祭司であるという意味ではなく、祭司たちと歌うたいたちが、食堂を共同で使用していたことを意味しているようです。(エゼキエル44:44-46) 「家の務めを行なっている祭司たち」とは、主に「エホバの家のすべての法令とそのすべての律法」に関して注意を払う祭司たちのようです。(エゼキエル44:5) 46節によると、「祭壇の務めを行なっている祭司たち」がいます。(エゼキエル40:46)「祭壇の務めを行なっている祭司たち」とは、「全焼燔の捧げ物」を捧げたり、「罪の捧げ物」を捧げたりする祭司たちを意味するでしょう。(エゼキエル43:18,25) 祭司の務めには神に犠牲を捧げる務めがあります それで、この二つの祭司の務めは、油そそがれたクリスチャンが二つの重要な務めを持っていることを示唆していると思います。ひとつには、祭司たちには、エホバのすべての律法を擁護するという重要な務めがあります。 マラキ書によると、祭司は「万軍のエホバの使者」と述べられています。神の言葉の「知識」を保っていなければならず、「律法は,民が彼(祭司)の口に求めるべきもの」であると述べられています。(マラキ2:7) ですから、祭司は、エホバの代表者として、何よりも聖書が神の律法についてどんな要求をしているかを、人々に説明する責任があります。ですから、神の律法を守ることが、一般社会で不人気な事であっても、祭司は、神の律法を擁護し、それが民の間で守られるように尽力する必要があります。油そそがれたクリスチャンは聖書の神の律法を説明してそれが守られるように努力する務めがあります 祭司のもうひとつの務めは、エホバ神へ定期的に犠牲を捧げることです。昔の祭司たちは、エホバ神への犠牲として、民が牛や羊などの動物の犠牲をエホバに捧げる際に協力をしました。(歴代第二29:32,33)それで、民のエホバへの犠牲はすべて祭司を通して祭壇に捧げられたので、祭司はエホバへ犠牲を捧げられるに当たって中心的な役割を果たしました。(エゼキエル43:27)しかし、祭司もレビ人もエホバへ定期的な犠牲を備えるにあたって協力しました。(歴代第二8;14) 今日の天的な希望を与えられたクリスチャンは、「聖なる祭司職のための霊的な家」となって、「神に受け入れられる霊的な犠牲をイエス・キリストを通してささげる」務めがあります。(ヘブライ2:5)ですから、天的な希望を持つクリスチャンは、過去のエホバの神殿の祭司たちによって予表された務めを行なうことが求められています。 今日のクリスチャンの祭司は、動物の犠牲を捧げることはありません。口頭でエホバへの「賛美の犠牲」を捧げます。(ヘブライ13:15。ホセア14:2)クリスチャンはさまざまな形で聖書と神について伝えて神を賛美する務めを持っています それは、さまざまな仕方で行えると思います。伝道で家から家に聖書の話をしたり、集まりで聖書の話をすることができます。また、ネットで、聖書関連の話を更新することができます。また、自分の家族や他の人々に、聖書の神や聖書に対して信仰を築き上げる話をすることができます。 しかしながら、歌うたいたちのレビ人が、エホバに賛美を捧げるだけでは不十分であると言えます。もし、神の律法を守っていなければ、祭司に求められている務めを果たしていないことになります。 エゼキエル書は、偶像崇拝に陥るレビ人たちがいることを明らかにしています。それらのレビ人たちは、祭司の職につくことを許されなくなります。(エゼキエル44:10,13)クリスチャンは神を賛美するだけでなく、偶像崇拝を避けて神の律法を守っていることが求められます。(エゼキエル44:9,10) クリスチャンはあらゆる形態の偶像崇拝を避けることが求められています 私たちは他のクリスチャンたちが大勢、エホバに不忠実になり、それが世間で人気のある歩み方になったとしても、聖書中のエホバの基準を守り続ける必要があります。また、エホバへの奉仕として行っていることを行ない続ける必要があります。 例えば、同性愛や淫行や血を食べること、国のために戦うことなどが世間で人気のある生き方になっても、世間の人々の是認を得るために、聖書中のエホバのご要求を投げ捨てないようにする必要があります。エホバ神の基準を機会があれば、公言する必要があるでしょう。 同性愛結婚が多くのキリスト教世界で法律的に認められるようになりました。また、同性愛を非としてきたカトリック教会が同性愛者をクリスチャンとして受け入れるようになりました。それは、聖書の基準に不従順なクリスチャンの基準です。聖書に忠実なクリスチャンのグループはあくまで、同性愛者をクリスチャンとして迎え入れることはできません。 同性愛が社会で受け入れられても聖書に忠実なクリスチャンのグループでは受け入れることはできません エホバ神の律法は、ご自分の崇拝者の「益する」ことを意図しているので、神の律法を堅持する立場は、エホバの崇拝者のために、益となるでしょう。(イザヤ48:17) さらに、一般のキリスト教会の教会員には、仏壇での偶像崇拝をしながら教会員として受け入れ続けられている例があります。また、ある場合、武器をとって戦うことはクリスチャンも受け入れられるという牧師もいます。しかし、それは、聖書の言う野獣、つまり、国家に対する偶像崇拝です。 judithbluepoolクリスチャンは偶像崇拝をしながら聖書の神エホバの是認と保護は得られません I, PHGCOM Ainu bear sacrifice. Japanese painting 1870昔のアイヌの熊の崇拝―クリスチャンは国家の崇拝という野獣の崇拝をすることはできません クリスチャンは野獣を崇拝して武器をとって戦うことはできません しかし、エゼキエル書は、「イスラエルの子ら」、つまり聖書の神エホバの崇拝者たちが偶像崇拝を行なって不忠実になる時、それでも、エホバへの崇拝を捧げ続けて、エホバの「聖なる所の務め」を行ない続ける祭司が存在することを示しています。「イスラエルの子らがわたしからさまよい出たときに,わたしの聖なる所の務めを行なった,ザドクの子ら,レビの祭司たち」は、「わたしに脂肪と血をささげるために,必ずわたしの前に立つ」と述べられています。(エゼキエル44:15) ですから、一部の「ザドクの子ら」と呼ばれている「レビの祭司」たちは、偶像崇拝を避けて、エホバの是認を保ちます。ですから、神の王国に入る油そそがれたクリスチャンという立場を保ち続けることができます。 ですから、私たちは、一般のクリスチャンたちが偶像崇拝を行なって不忠実になる時、それでも、エホバに忠実を保って、エホバへの奉仕を行ない続けることが重要であると言えます。 私たちはクリスチャンとして、キリストの贖いの犠牲に頼って神の許しを求めつつ、神の王国に入る希望を失わないように努力を払い続けましょう。 ザドクの子らの祭司たちのように、周囲の人々が偶像崇拝に陥っても、エホバに対する全き専心を捧げ続けましょう。断固として偶像崇拝を退け、エホバへの奉仕を捧げ続けましょう。神の律法を守り、神への賛美の犠牲を捧げるという二つの務めを果たし続けていきましょう。

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  • 24 Jul
    • エレミヤ5章・ユダの売春のためにエホバはユダに復しゅうされる

      エレミヤ5章の中にもユダがエホバを捨てて異国の神に仕えた事や、姦淫を行ない続けたことが糾弾されています。(エレミヤ5:7)これらの聖書の記述は、エホバ神が性道徳の基準を守ることを求められ、性道徳において退廃する時に、それらの国家が他の軍事強国から攻撃することを許されたことを示しています。 エホバは、このことをどの国家に対しても、求められるでしょう。とりわけキリスト教を奉じる国家に対してはまず、第一に求められます。 エホバはユダのそれら姦淫を行なう人々を「強い睾丸を持つ盛りのついた馬」になぞえられました。(エレミヤ5:8)馬は、「友の妻に向かっていななく」ようです。(エレミヤ5:8)ユダの不道徳な男も、他の人の妻に対して性的な欲望を言い表したのでしょう。昔のユダの男たちは盛りのついた馬になぞられられました-友の妻に対して欲望を言い表したのでしょう さらに、ユダの人々が、「売春婦の家に群れをなして行く」と言われています。(エレミヤ5:7)ユダには、たくさんの売春婦がいて盛況だったようです。 馬、その他の動物にフレーメン反応があります。それは雌の発情しているにおいをかいで、独特な表情をする反応です。私は、その時、いななくかどうかをネットで確認できませんでしたが、おそらく、馬は、そのような反応によって、多くの雌に対して、性的な欲望を表すのでしょう。 昔のユダでは、男性同性愛による買売春も行われており、「神殿男娼」と呼ばれていました。(列王第一14:24)モーセの律法では、男性同性愛は、死刑に規定され、禁じられていました。(レビ20:13) しかし、申命記では、息子たちに「神殿男娼」になったり、「犬の代価」をエホバの家に携えて来てはならないと命じられています。(申命記23:17,18)それで、聖書は神殿で行われた男性同性愛の男娼を「犬」と呼んでいて、その報酬を「犬の代価」と呼んでいます。 ネットの動画でオスの小型犬同士で交尾をする様子が公開されているようです。それで、確かに、オス同志で同性愛をする犬がいるので、エホバ神はその犬の習性をご存知で男性同性愛者を犬と呼ばれたのでしょう。 昔のエホバの神殿の中で、男娼による賃金のやり取りが行われていたということは、ユダの背教した王たちの公認のもとで、エホバへの崇拝に関連して、男性同性愛の売春夫が置かれ商売が行われていたということを示しています。しかし、アサ、エホシャファト、ヨシヤなどのユダの忠実な王は神殿男娼を除き去るよう努力を払いました。(列王第一15:11,12;22:45,46。列王第二23:7) 昔、日本には江戸時代に東京の日本橋に幕府公認の「吉原」という遊郭がありました。後になって台東区の浅草の近くの山谷にその遊郭が移りました。吉原の女郎買いに夢中になる人を「吉原狂い」と言いました。今でも、宝くじに当たった人などが、巨額のお金を売春婦のために浪費してしまう場合があります。明治5年(1872年)頃の東京の吉原遊郭日本には昔政府公認の吉原という売春宿がありました また、日本では、戦後公娼制度は廃止されましたが、従来の売春宿を特殊飲食店街と呼んでそこでの買売春は黙認されました。そこを警察は、地図に赤線で囲んで印をつけたので、そこは「赤線地帯」と呼ばれました。1957年に売春防止法が施行された時に、赤線は廃止され、ソープランドとして残りました。その時、警察庁調べでは売春婦が12万人いたということです。 日本では、女子を対象にした売春は禁じられていますが、男性同性愛の買売春のビジネスをすることは法律で禁じられておらず罰則がありません。 しかし、人間の法律で禁じられていなくても、聖書は同性愛を禁じています。(コリント第一6:9,10)Albrecht Dürer – The Men's Bath同性愛は人間政府が認めていても聖書の神は禁じられています しかし、日本では、相手が望まないのに、同性愛を強要する人には、罰則があります。強制わいせつ罪は6カ月以上10年以下の懲役となっています。また、ストーカー規制法は異性間にも、同性間でも適用されます。 中国では、新華社の発表によると約200万人が売春に従事しています。中国では、売春の組織的な斡旋は死刑が適用されることもあります。2007年に韓国で27万人が売春に従事していると言われました。また、韓国政府の関係者によると、韓国人の売春婦が日本国内に約5万人いるとされます。 淫行や売春は聖書で禁じられています。(エゼキエル16:15,16。エレミヤ32:)例え、政府が認めてたとしても、周囲で一般的になったとしても、買売春を避けて、エホバ神に受け入れていただけるようにしましょう。 エホバは「あなた方に預言者であるわたしのすべての僕を遣わしつづけた。毎日早く起きては[彼らを]遣わした」と言われました。(エレミヤ7:25)しかし、彼らは、エホバが懲らしめを与えても、立ち返ろうとはしませんでした。(エレミヤ5:3) 人々は、神の律法を守らず、人間を鳥のようにとらえて、欺きによって富を得ました。(エレミヤ5:26,27)そして、彼らは「悪いことであふれ」ました。(エレミヤ5:28) それで、エホバはことのために「言い開きを求め」「このような国民に復しゅうをすべきではないか」と言われました。(エレミヤ5:29) 預言者は、ユダの人々がエホバの律法に違反したので、神が「災い」をもたらすことを告げました。(エレミヤ4:6)神は、「一つの国民」をユダの人々のところに来させ、彼らが、ユダの人々の息子と娘たちを食い尽くし、ユダの収穫と、パンと、羊と牛の群れ、ぶどうの木といちじくの木を食い尽くすことを警告されました。そして、ユダの人々が依り頼んでいる「防備の施されている諸都市を剣で打ち砕く」ことを警告されました。(エレミヤ5:15-17) しかし、ユダの人々は、雨を注ぎ、収穫を与えて下さるエホバを恐れようとはしませんでした。(エレミヤ5:26)そして、「神はいない。わたしたちに災いが臨むことはない。わたいたちは剣も飢きんも見ないであろう。」と言いました。(エレミヤ5:12)ユダの「民は強情で反逆の心を持つように」なりました。(エレミヤ5:23) ユダの人々は霊感を受けて語った預言者エレミヤの言葉を真剣に受け取りませんでした。彼らは、創造者への信仰を培いませんでした。そして、神はいない、自分たちの将来は安泰だと考えました。神の律法に違反しながら、日常生活を送りました。 その結果、歴史の事実によると、古代の軍事強国バビロンがユダとエルサレムに攻めて来て、そこの人々は、バビロンに捕らわれになり、ユダとエルサレムは荒廃してしまいました。Deportation and exile of the Jews of the ancient Kingdom of Judah to Babylon and the destruction of Jerusalem ユダは売春を禁ずるエホバの律法に違反して軍事強国によって攻撃され荒廃することになりました エホバ神は今日でも生きておられ、昔と同じ基準を人々が守ることを求められます。エホバ神は、北の王に対しても、南の王に対しても、キリスト教徒に対しても、イスラム教徒に対しても、また、仏教徒に対しても、また、他の宗教を持っている人々に対しても、姦淫や売春や偶像崇拝を禁じられています。そして、ご自分の律法を守らない国家や人々が災いを被ることを予告されています。 私たちは、創造者エホバを恐れて、エホバの律法を守るようにしましょう。来るべき災いを逃れるための手を打ちましょう。David Sifry売春はエホバに不興を買う行いです-たとえ一般社会で受け入れられていても売春を避けてエホバの是認を求めましょう

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  • 10 Jul
    • エレミヤ32章-モレクに捧げた子供の犠牲-兵士として戦うことと堕胎

      エレミヤ32章によると、バビロンに包囲されていたエルサレムで捕らわれの身にあったエレミヤにエホバの言葉が臨み、エホバは、エルサレムがバビロンの王の手によって焼かれることをさらに確証されました。(エレミヤ32:28,29)エホバ神が、ユダの人々をバビロン王の手に渡すことにされたのはどうしてでしょうか。 それは、ユダの人々の偶像崇拝のためです。ユダの人々はバアルなどのほかの神々に崇拝を捧げました。(エレミヤ32:29)また、エホバの家に偶像を置きました。(エレミヤ32:34) さらに、ユダの人々はヒンノムの子の谷で、バアルの高き所を築き、息子や娘を異教の神のモレクに「火で焼いて」捧げていました。(エレミヤ19;5;32:35。エゼキエル20:16)それは子供を殺すことを意味していました。Rex Morache Follow Molech's Baby Killers Modern Molechユダの人々はモレク神に子供を火で焼いてささげました-それは現代に何を意味していますか エホバ神はイスラエル人にモーセの律法を与えました。モーセの律法の十戒の中には殺人と偶像崇拝を禁ずるおきてが含まれていました。(出エジプト20:4,5,13)しかし、イスラエル人は、モーセの律法を守りませんでした。イスラエル人は、偶像崇拝を行ない続けました。 昔ユダがエホバ神を怒らせユダとエルサレムに滅びをもたらした、子供を偽りの神に火で焼いて捧げることは今日、何を意味するでしょうか。文字通りに子どもを火で焼いて偶像の神に捧げることは、今日行われないでしょう。 まず、国家が国民を徴兵して、戦争に狩り出し、そのために国民が死亡するならば、それは、国民を異教の神に捧げて殺すことを意味する事になるでしょう。つまり、国家主義というひとつの神、あるいは、ひとつの宗教のために子供を犠牲にすることになります。昔、第二次世界大戦中に、戦地に向かった兵士はお国のために戦うと考えました。それは、崇高なことだと考えられました。German Navy officers' visit to Yasukuni Shrine (March 1937)国のために子どもを兵士として戦わせることは異教の神に子どもを捧げて殺す偶像崇拝と同じです しかし、聖書の視点は異なっています。当然人殺しは、聖書の中で、禁じられています。(啓示21:8)さらに、キリストは、クリスチャンに武器をとって戦うことを禁じています。(マタイ26:52)U.S. soldiers take cover during a firefight with insurgents in the Al Doura section of Baghdad 7 March 2007クリスチャンが武器をとって人殺しをすることは神の怒りを買います 聖書は、国家を野獣として描写している場合があります。理性のない野獣のように国家は互いに戦い合うことがあります。聖書はクリスチャンに国家に敬意を払い、従うことを勧めています。(ローマ13:1)でも、神の律法を無視して国家に盲従する事を野獣の崇拝と述べて禁じています。(啓示13:4; 14: 9, 10)Phillip Medhurst国家のために戦うことは崇高なことだと考えられていますがエホバの目には野獣の崇拝です ですから、クリスチャンで、神の是認を得たいと願うならば、人殺しは避ける必要があります。もし、その国家が国民に対して武器をとって戦うことを強制するならば、クリスチャンが聖書の神の是認を保ちたいと願うならば、その国から出る必要が出て来るでしょう。 さらに、親が子供を殺すことで思い浮かぶのは、堕胎です。多くの人は、胎児は人間であるとは考えていません。しかし、聖書を見ると、母親のお腹の中にいる胎児もエホバ神は人として、ご覧になっています。(詩編22:10)受精した卵子も胎芽も神にとっては一人の人間です。(詩編139:14-16)lunar caustic - Embryo母親の胎内の胎児はエホバの目に一人前の人間ですから胎児を殺すのは殺人です これは、一般の人が考える殺人よりも、エホバ神が考える殺人の範囲が広いことを意味しています。また、多くのカトリック教会は、中絶を殺人とみなしていて、子供を妊娠した時に、そのまま出産することになります。また、一部のプロテストタント教会でも、中絶を殺人とみなしています。また、エホバの証人も中絶を罪とみなしています。 そのため、中絶を殺人とみなしている宗教グループの家庭では、子だくさんになる傾向があります。そのような家庭では、家族の人数が多くなるために、多くの場合、家族が貧しいという結果になります。 世界の国々や地域の幸福度を調べた調査があります。確かに、経済レベルが高いと幸福度が高くなるという傾向はあります。しかし、世界中の国家の幸福度を調べてみると、必ずしも、経済レベルと一致しません。貧しくても幸福度は割と高いという地域もあります。 多くのキリスト教諸国家、とりわけ、カトリックの影響力の強い地域で、経済レベルにかかわりなく、幸福度が高い傾向があります。家族の絆を大事にする家庭では、家族の支え合いがしっかりとして、精神面、感情面での幸福度は高いという結果になるでしょう。(詩編128:3) また、発展途上国などでは、子供も、家族にとって貴重な労働力とみなされる場合が多くあります。勢い、子供の数が多くなっても気にしません。また、発展途上国では、非常に多くの家族が貧しく、大家族であることが多いために、生活費を抑えて、貧しい生活を送っていることを気にしません。A family from Basankusu, Democratic Republic of the Congo. Francis Hannaway 発展途上国では貧しい生活を送ることを気にせず堕胎をしないので家族が互いの命を尊重し家族の絆が強くなり人々の幸福度が高くなる場合があります 家族の絆が強く、助け合いが行われている場合、一般的に幸福度は高くなります。そして、目に見えない神への信仰も幸福度の向上に貢献します。 さらに、子供の数が多いと、子育て中は、経済的に大変ですが、子供が大人になって皆が働くようになると、その家族は全体的に経済的に豊かになるという状況が見られる場合もあります。その結果、今日多くの発展途上国で、全般的に経済的に発展しているという状況も見られます。 しかし、多くのキリスト教諸国家で、教会員が教会の教えを守らないという事態が見られます。そのため、教会員が家族を大切にしなかったり、平気で殺人や盗みをすることになれば、幸福度は低くなるでしょう。 一方、一般的には、先進国では、先進国では、昔よりも、生活費が一般的に高くなっています。子育てのために膨大な費用がかかります。発展途上国のように、ただ子供に食料と最低限の衣服を備えればいいというわけにはいきません。どの家庭も、家に何台ものテレビや何台もの車を持っていたりします。皆が、固定電話だけでなく、携帯をひとりひとり持ちます。 そうすると、生活費が昔より高くなります。また、子どもにも、テレビや携帯を買って与えたり、塾に通わせたりします。すると、子育てにお金がかかります。多くの若い親たちは、子育てのための高額の費用を負担できないと考えます。そのため、母親が妊娠したことに気づいても、産婦人科の病院に行って堕胎をすることが行われます。Ed Yourdon昔よりぜいたくになりひとつの家族当たりの生活費が高くなっているので夫婦の子供の数が少なくなっています堕胎は殺人です また、ネットを調べると、伝統的な仏教では、不殺生戒が最も重要な戒律であり、中絶に反対しているとあります。また、仏教でも、生命の始まりは性行為である、つまり、受精し胚になった段階で生命とみなし、それを破壊することは殺生であるとの考え方が一般的であるとあります。 ところが、私は日本の仏教のお寺のお坊さんが堕胎がいけないと教えていると聞いたことがありません。普通、仏教の教えに触れるのは、お葬式の時なので、堕胎について触れることがないからでしょう。 そして、以前宗教を持っていた人がその信仰に対して信仰心を失ってしまった場合や、信仰心を捨ててしまった場合、平気で堕胎を行なうということになるでしょう。また、宗教を持たない人には、何の倫理観も存在しないため、とりわけ、堕胎や殺人について、何らの罪のとがめも感じないということになるでしょう。 それで、とりわけ、先進国で、堕胎が広く行われているでしょう。日本では、厚生労働省の統計によると、一時的には一年に100万人の人工妊娠中絶が行われてきましたが、現在では、一年に約30万人弱の妊娠中絶が行われているようです。 今、日本は、少子高齢化で、一年に約30万人弱、人口が減少しています。しかし、もし、人工妊娠中絶を行なうことを一切避ければ、日本の人口は、減らないことになるでしょう。そして、将来の日本の税収も減らないということになるでしょう。人工妊娠中絶を避けるなら日本の人口は減らないでしょう しかし、子供が奇形であると判断されて、母親に堕胎が勧められることがあります。しかし、妊娠時はとりわけ薬の服用や喫煙やパソコンや携帯などの電磁波が発生する物を避けるという一般的な注意を守ることによって子供の障害はかなり避けられるでしょう。 また、結婚していないのに、性関係を持って妊娠してしまい堕胎をするという人も多いでしょう。それで、堕胎という神の目に殺人を犯さないためには、きちんと結婚してから、性関係を持つ方がいいことになります。Jonathan Dayきちんと結婚した後に性関係を持つと堕胎をせずにすみます また、子どもを育てる家庭の場合、他の人と異なる生活をすることを恐れないならば、子供の数が増えても、子育てをすることができます。例えば、車を持つことは、便利であっても、家計に負担になることを考えて、家族が車を持たないようにするという選択もありえます。家族の生活費を節約すれば生まれた子供を堕胎をせずに育てられます また、子供に必ずしも携帯を持たせたり、ゲームをやらせたり、必ず、塾に通わせたりしなければならないということはありません。子供の教育については、塾に通わせるのではなく、親子で一緒に図書館に行って、本を読むようにすることによって費用をかけずに子供の知的な能力や学習力を自由に伸ばすことができるでしょう。 また、できるだけ祖父母の近くに住めば、子どもの世話が必要な時、祖父母の協力も得られるでしょう。そのようにすれば、保育所の費用を節約できます。それで、さまざまな方法で、できるだけ費用をかけずに、子育てをするよう工夫をすることができます。 周囲と同じ生活スタイルを持たなければならないという圧力に抵抗し、自分の家庭が他と異なっていることを恐れないという態度が必要でしょう。また、そのようにする理由を子供たちにもきちんと説明してあげることが必要です。そのようにすれば、子供も他の家族と異なっていることを嘆くことはないでしょう。 このように知恵を働かせることによって、堕胎という殺人の罪を神の前で、犯すことを避けることができます。それは、エホバ神との良い関係をもたらし、神に祈りも聞いていただけるでしょう。また、堕胎が神に対する罪であることを知らずに、堕胎をしてしまった場合は、エホバ神にキリストの贖いの犠牲に基づいて、罪の許しを願い求めましょう。

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  • 12 Jun
    • エレミヤ7章―エホバの怒りをもたらした流血・偶像崇拝・盗み・欺き・虐げ

      エレミヤ7章には、バビロンから攻撃される前のイスラエル人が神の言葉に聞き従わず、さまざまな律法違反にふけったことが記されています。この章は、どんな行いがエホバ神の怒りをもたらし、エホバの保護を失わせ、自らに災いをもたらす結果になるかを示しています。 その当時、イスラエルの人々は、さまざまな悪い事を行ないながら、それでも、「これらはエホバの神殿だ。エホバの神殿だ。エホバの神殿だ」と言いました。(エレミヤ7:4) 人々は、「忌むべきことを行なっていながら」『わたしたちはきっと救い出される』と言っていました。(エレミヤ7:10)人々は、自分たちの土地にエホバの神殿があるので、それが保護になって自分たちがいつまでも安泰であると考えていました。 しかし、実際は、ユダの人々のさまざまな悪い行いのために、エホバ神はご自分の「怒りと激怒」は「この場所に」「注ぎ出される」「それは必ず燃え消されることはない」と言われました。(エレミヤ7:4) conflagration 人々の律法違反のためにエホバの怒りが注ぎだされることになるとエホバは言われました ユダの人々は何をしていたのでしょうか。ユダの人々は、トフェトとヒンノムの子の谷で、息子や娘を「火で焼いて」異教の神に捧げていました。(エレミヤ7:31)それは子供を殺すことを意味していました。また、ユダの人々は、エホバの家に、「嫌悪すべきもの」つまり、偶像を置きました。(エレミヤ7:30) ヒンノムの谷 ヒンノムの谷で偽りの神への偶像崇拝と流血が行われていました バアル崇拝を初めとして、さまざまな「ほかの神々」を崇拝していました。(エレミヤ7:9)エホバ神以外の神を崇拝することは十戒で第一に禁じられたことでした。(出エジプト20:2,3) さらに、エルサレムの中では、無実の人々の血を流すことが行われていました。(エレミヤ7:6)例えば、ユダの人々がエホバの言葉を伝えたゼカリヤを石打にして殺したことを聖書は記録しています。(歴代第二24:20,21) Gallery: エルサレムでは無実の人々の血が流されていました また、ユダの人々は、姦淫や盗みを行ない、偽って誓っていました。(エレミヤ7:9)また、「外人居留者、父なし子、やもめを虐げ」ていました。(エレミヤ7:6)それらの人々の弱さにつけこんで、それらの人々を殺したり、暴力をふるったり、だまし取ったりしていました。(詩編94:6。エレミヤ22:3。エゼキエル22:7。ゼカリヤ7:10) しかし、エホバは、イスラエル人が、「自分の道と自分の行ないを本当に良くするなら」・・・「わたしとしてもあなた方をこの場所に」「定めのない時から定めのない時に至るまで必ず住まわせるであろう」と言われました。(エレミヤ7:5-7) しかし、エホバは異教の神に子供の犠牲が捧げられた場所が、「殺しの谷と呼ばれる」ようになり、そこで、死体が満ちあふれ、「民の死体は必ず天の飛ぶ生き物や地の獣の食物」となることを予告されました。(エレミヤ7:32-34) エホバは偶像崇拝が行われていた場所に死体が満ち溢れることになると予告されました それで、イスラエルの人々がエホバの是認と保護を得られるかどうかは、彼らの行いが神のご要求にかなっているかどうかにかかっていました。 そして、エホバ神の側はイスラエル人に呼びかける努力を続けられました。エホバはイスラエル人に、「預言者であるわたしのすべての僕を遣わしつづけた。毎日早く起きては[彼らを]遣わし」ました。「それでも彼らはわたしに聴き従」いませんでした。「彼らはその父祖たちよりも悪いことを行な」いました。(エレミヤ7:25,26) エホバはユダの人々が不従順な行為を続けるならば、ユダの諸都市とエルサレムが、荒廃してしまうことを警告されました。そして、実際に、ユダの人々は、エホバの言葉に従順に聞き従わなかったので、ユダはバビロンの軍事的な攻撃を受け、エルサレムは七十年荒廃してしまう結果になりました。(エレミヤ25:1。歴代第二36:21) それで、エホバ神は、ご自分を崇拝すると自称する人々に、流血、淫行、偶像崇拝、社会的な弱者の虐待、盗み、欺きなどを退けることを要求されます。 それで、私たちは自分たちの住んでいる地域で、流血や淫行が行われないように努力を払いましょう。国家が戦争に巻き込まれないように努力を払いましょう。偶像崇拝を避け、エホバ神だけを崇拝しましょう。社会的な弱者に考慮を払いましょう。人の物を盗むことはやめましょう。人々に偽りを語って、お金をだまし取るようなことはやめましょう。 殺人をしてはなりません 淫行を退けましょう 同性愛を退けましょう 盗みはやめましょう No machine-readable author provided. Gakuro assumed (based on copyright claims). 偶像崇拝は退けましょう

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  • 21 May
    • エレミヤ28・29章・預言者が偽りを語るならばエホバは責任を問われる

      現代、聖書を解釈して、その解釈を公表している人々は、現代の預言者と言えます。 現代、聖書を解釈する聖書の解釈者も現代のエホバの預言者と言えます。過去の聖書の記録によると、エホバ神は預言者が偽りを語るならば、その責任を問われました。ですから、エホバ神は現代の預言者たちに対しても、責任を問われることが考えられます。 今日のエホバの証人は、ダニエル書や啓示の書の大半の預言はすでに成就して、残されている預言は、おおむね偽りの宗教の世界帝国である大いなるバビロンの滅びと、この世の終わりであると解釈しています。ですから、エホバの証人の解釈では、この世の終わりと楽園は非常に近いことになっています。 確かに楽園が間近いということであればそれは望ましいことですが、その預言の成就が間近いと言う解釈が間違っているなら重大な事になりえます。なぜなら、ハナニヤは、バビロンからの解放が間近いと預言して命を失いました。また、シェマヤも預言の成就が近いと預言して長生きできなくなり、エホバが預言された良いことを目撃できなくなりました。   Piscine du Yapahuwa Paradise Hotel (Sri Lanka) Ji-Elle   聖書は確かに楽園を約束していますがそれはエホバの証人が預言する通りすぐに実現しますか もし、エホバの証人の聖書の預言の解釈が間違っていれば、エホバの不興を買ったハナニヤやシャマヤのようになる危険があるかもしれません。 預言者エレミヤは、人々がユダとエルサレムからバビロンに流刑にされ、その期間は、七十年に及ぶことになると預言していました。(エレミヤ25:12,13) しかし、預言者ハナニヤはエホバの名によって預言し、2年のうちにバビロンのくびきを打ち砕き、流刑者がバビロンから戻ることになると偽りを語りました。(エレミヤ28:2-4)ハナニヤの預言は、エホバ神から与えられた預言ではありませんでした。 バビロンに捕らわれになっていた流刑者が故国に戻ることは、確かにユダの人々の当然の自然な願いだったでしょう。それで、ハナニヤは、エホバの言葉を度外視して、人々に人気のある人々が望むことを語りました。そして、結果的に人々を偽りの希望に頼らせました。(エレミヤ28:15) エホバは、預言者エレミヤを遣わして、ハナニヤがエホバの名によって偽りを預言したので、今年死ぬと預言させました。(エレミヤ28:16)ハナニヤはその年の7月に死んでしまいました。(エレミヤ28:17) このことは、エホバ神はご自分の名によって語られる偽りの預言に対して不興を表明されることが分かります。それは、人々を誤導し、その上エホバのみ名に非難をもたらすからでしょう。 さらに、バビロンにいた預言者アハブとゼデキヤは、エホバが「彼らに命じなかった言葉」をエホバの名によって「偽って語りつづけ」、またその友の妻と姦淫を行ないました。(エレミヤ29:23)それで、エレミヤは、彼らがバビロンの王ネブカドネザルの手に渡され火で焼かれることになることを預言しました。(エレミヤ29:21,22) エホバ神は、淫行と結びついている偽りの預言を大変嫌われることが分かります。啓示の書の中では、エホバ神は、神の民の淫行と偶像崇拝を厳しく糾弾され、そうしたことを行なっている人々を大患難に投げ込むと警告されています。(啓示2:20-22) シェマヤは、預言者エレミヤが流刑が長引くと預言していたことに反対して、エレミヤが迫害されるように祭司とすべての人々に働きかけました。(エレミヤ29:26,28)そのようにして、シェマヤはエホバが遣わしたのでもないのに語り、バビロンでの流刑は長引かないという偽りに人々を頼らせようとしました。(エレミヤ29:31)それで、聖書に基づく真の預言を快く思わないで、それを語る預言者を迫害しようとする人がいることが分かります。 エレミヤは、シェマヤはエホバに「反逆を語った」ので、子孫を持たなくなり、バビロンに住む民にエホバが行われる「良いことを見ることはない」と預言しました。(エレミヤ29:32) エホバ神は昔ご自分の預言に一致しない預言をする偽りの預言者に不興を表されました。ですから、聖書に基づかない偽りの預言を語ることは、エホバを怒らせます。 ですから、現代の預言者たちは、エホバ神と、その預言を聞く人たちの前で重大な責任をになっています。 しかし、普通、聖書の研究者たちは自分の見地から正しいと考える聖書の預言の解釈を語っていると思います。しかし、現代の聖書の預言の解釈者は、たとえ、誠実に聖書を研究していたとしても、聖書の預言の解釈で間違いをする可能性があります。 なぜなら、今は、昔のようにエホバの言葉が聞こえたり、エホバから幻や夢を与えられたり、み使いが遣わされることもないからです。また、聖霊による奇跡的な援助を受けるわけでもありません。 エレミヤは、「平和を預言する預言者」は、「その預言者の言葉が実現する時」に、その預言者が神から遣わされたことが分かると言いました。(エレミヤ28:9)ですから、エホバの証人の解釈通り、世の終わりがすぐに実現するかどうかを見ていく必要があります。 エレミヤの時代の偽りの預言者たちに起こったことを考えると、現代の聖書の預言者は、自分や人々の望むことを語る誘惑に抵抗しなければならないと言えます。また、日々、聖書を読んで洞察し、自分の聖書の解釈が 聖書の音信を忠実に反映したものとなるように努力をする必要があります。 聖書を解釈する際に自分の勝手な判断を入れるのではなくできるだけ聖書によって説明するよう努力することによって神が意図された音信を伝えることができます   そのためには、預言の解釈をする際に、できうる限り自分の判断を入れずに、聖書的な根拠に従って解釈するように最善の努力を払うことが必要です。(箴言3:5,6)そして、自分の聖書の預言の解釈が成就していないならば、現在成就していると考えられる預言の解釈に謙遜に耳を傾けることが必要になるでしょう。

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  • 08 May
    • 自殺したくなるような状況になった場合-アヒトフェル

      日本では、人々がうつ病になって自殺をするという場合が多いです。テレビ番組で、母親を殺すという罪を犯して、裁判で温情のある判決を受けたものの、結局、経済的に困窮し自殺してしまった人のことが取り上げられました。それで、その人はある程度、自分が行なったことに対する罪悪感を抱いていたでしょうし、また、自分の状況に絶望してしまったのでしょう。 私は、その自殺をした男の人は神に信仰を抱いていなかったと思います。また、罪を犯したとしても、聖書の神は悔い改めて神に許しを求めるならば許してくださることも知らなかったと思います。(ヨハネ第一1:9)また、どんな状況に直面しても、神に依り頼む人に神が愛ある親切を示して助けてくださることも知らなかったと思います。(詩編32:10) 聖書の中で登場する自殺に至った人のひとりに元ダビデの親しい助言者であったアヒトフェルがいます。(サムエル第二16:23)アヒトフェルはなぜ自殺に至ったのでしょうか。 聖書中の例はある程度、神に対する信仰を抱いている場合であり、日本のように神への信仰があまりない場合には、当てはまらない場合もあるかもしれません。けれども、アヒトフェルに起こったことから学べる点はあると思います。 アヒトフェルは当然、ダビデと親交のあった時代に神に対する信仰を抱いていたと考えられます。アヒトフェルはとても賢い人で、彼の助言はとても役立ちました。(サムエル第二16:23) ところが、彼はダビデを裏切って、ダビデに反逆した息子アブサロムに寝返りました。それで、アヒトフェルは、ダビデがエホバの油そそがれた者であることを考慮せず、またそれまで培ってきていたダビデや他の人との絆に忠実を示しませんでした。 アヒトフェルは、油注がれた者であったダビデが神に忠実を保つ努力を払っている限り、それまで通り、ダビデについていた方がエホバのご意志にかなっていたでしょう。エホバ神がダビデに味方して行動されたので、アヒトフェルの助言は、アブサロムの陣営で、尊重されませんでした。(サムエル第二17:14)アヒトフェルは、エホバのご意志に逆らうことになり、うまくいきませんでした。 エホバがダビデの祈りを聞かれたのでアヒトフェルの助言はアブサロムに尊重されずアヒトフェルは落胆して自殺をしてしまいました 彼は落胆して自殺をしてしまいました。私は、一度、自分の助言が受け入れられなかったくらいで、自殺をしたアヒトフェルはもろすぎると思います。普通は人は物事が一度うまくいかなくても、二度、三度とトライします。ところが、彼は、いったん自分の助言が上官に退けられると絶望してしまいました。 エホバ神ではなく自分に頼る人は大変もろく自殺に走りやすくなります もし、アヒトフェルが神への信仰を少しでも抱いていたなら、彼は物事がうまくいかなくても、神にさらに助けと導きを祈り求めたと思います。 ダビデに災いが起きたのは、ダビデに罪があったからでした。(サムエル第一12:10,11)そして、それが油注がれた者ダビデに反する行動であっても、エホバ神は、アヒトフェルの信仰と彼の観点からの助けを求める祈りに答え応じられることがありえました。エホバ神は、ご自分の際立った僕を尊重されますが、そうではない人の観点や信仰も尊重されるからです。(創世記21:12,17) または、アヒトフェルは賢い人だったので、アブサロムに対する自分の助言が退けられた時点で、ダビデに対して反抗するアブサロムの企てがうまくいかないと考えたのかもしれません。しかし、アヒトフェルが謙遜で知恵がある人であれば、アブサロムから退けられた時点で、また、ダビデに鞍替えしても良かったかも知れません。 Death of Absalom Tapestry 1817. Public domain via Wikimedia Commons. 実際エホバが油注がれた者ダビデの味方をされアブサロムの企ては失敗しました―アヒトフェルはエホバのご意志を考慮してダビデに鞍替えしたらよかったかもしれません アブサロムが有利だと見えていた時に、ダビデにひどいことをしたシムイは、ダビデが勝利をした時に、ダビデに許しを請い、自分の命をながらえました。(サムエル第二19:18-20) しかし、アヒトフェルは神を愛して神との関係を大切にしていたわけではなく、神に頼っていたわけではありませんでした。彼は、自分の知恵に頼っていました。 聖書は、「エホバに依り頼み,エホバがその確信[のよりどころ]となってくださった強健な者は祝福される」と述べている一方、「肉を自分の腕とし,その心がエホバからそれて行く強健な者はのろわれる」と述べています。(エレミヤ17:5-8)ですから、エホバに頼るのではなく、自分に頼る人はうまくいきません。 神に頼る態度がない場合、人は大変もろくなることがあります。神への信仰を抱いていないと、人は容易に希望を捨ててしまいます。そういう場合、人は自殺に走りやすくなります。 それで、油そそがれた者に対する敬意も求められているとは言え、一番重要なのは、エホバ神に対する愛と信仰と神に依り頼む態度です。 それがあれば、エホバに助けていただけます。自分の罪や失敗のために自殺したくなるような状況に直面しても、エホバ神への信仰を失うのではなく、エホバ神に罪の許しと助けを懇願しましょう。 アヒトフェルが自分の知恵ではなくエホバに頼る気持ちがあればエホバは彼の祈りを聞かれたかもしれません-どんな状況になってもエホバに罪の許しと助けを祈りましょう

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