ヨハネのブログ

聖書の真理に基づく黙想


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 現代、聖書を解釈して、その解釈を公表している人々は、現代の預言者と言えます。 現代、聖書を解釈する聖書の解釈者も現代のエホバの預言者と言えます。過去の聖書の記録によると、エホバ神は預言者が偽りを語るならば、その責任を問われました。ですから、エホバ神は現代の預言者たちに対しても、責任を問われることが考えられます。




  今日のエホバの証人は、ダニエル書や啓示の書の大半の預言はすでに成就して、残されている預言は、おおむね偽りの宗教の世界帝国である大いなるバビロンの滅びと、この世の終わりであると解釈しています。ですから、エホバの証人の解釈では、この世の終わりと楽園は非常に近いことになっています。





 確かに楽園が間近いということであればそれは望ましいことですが、その預言の成就が間近いと言う解釈が間違っているなら重大な事になりえます。なぜなら、ハナニヤは、バビロンからの解放が間近いと預言して命を失いました。また、シェマヤも預言の成就が近いと預言して長生きできなくなり、エホバが預言された良いことを目撃できなくなりました。










 


Piscine du Yapahuwa Paradise Hotel (Sri Lanka)

Ji-Elle  

聖書は確かに楽園を約束していますがそれはエホバの証人が預言する通りすぐに実現しますか









 もし、エホバの証人の聖書の預言の解釈が間違っていれば、エホバの不興を買ったハナニヤやシャマヤのようになる危険があるかもしれません。





 預言者エレミヤは、人々がユダとエルサレムからバビロンに流刑にされ、その期間は、七十年に及ぶことになると預言していました。(エレミヤ25:12,13)





  しかし、預言者ハナニヤはエホバの名によって預言し、2年のうちにバビロンのくびきを打ち砕き、流刑者がバビロンから戻ることになると偽りを語りました。(エレミヤ28:2-4)ハナニヤの預言は、エホバ神から与えられた預言ではありませんでした。





 バビロンに捕らわれになっていた流刑者が故国に戻ることは、確かにユダの人々の当然の自然な願いだったでしょう。それで、ハナニヤは、エホバの言葉を度外視して、人々に人気のある人々が望むことを語りました。そして、結果的に人々を偽りの希望に頼らせました。(エレミヤ28:15)





 エホバは、預言者エレミヤを遣わして、ハナニヤがエホバの名によって偽りを預言したので、今年死ぬと預言させました。(エレミヤ28:16)ハナニヤはその年の7月に死んでしまいました。(エレミヤ28:17)




  このことは、エホバ神はご自分の名によって語られる偽りの預言に対して不興を表明されることが分かります。それは、人々を誤導し、その上エホバのみ名に非難をもたらすからでしょう。





 さらに、バビロンにいた預言者アハブとゼデキヤは、エホバが「彼らに命じなかった言葉」をエホバの名によって「偽って語りつづけ」、またその友の妻と姦淫を行ないました。(エレミヤ29:23)それで、エレミヤは、彼らがバビロンの王ネブカドネザルの手に渡され火で焼かれることになることを預言しました。(エレミヤ29:21,22)






 エホバ神は、淫行と結びついている偽りの預言を大変嫌われることが分かります。啓示の書の中では、エホバ神は、神の民の淫行と偶像崇拝を厳しく糾弾され、そうしたことを行なっている人々を大患難に投げ込むと警告されています。(啓示2:20-22)



 シェマヤは、預言者エレミヤが流刑が長引くと預言していたことに反対して、エレミヤが迫害されるように祭司とすべての人々に働きかけました。(エレミヤ29:26,28)そのようにして、シェマヤはエホバが遣わしたのでもないのに語り、バビロンでの流刑は長引かないという偽りに人々を頼らせようとしました。(エレミヤ29:31)それで、聖書に基づく真の預言を快く思わないで、それを語る預言者を迫害しようとする人がいることが分かります。







  エレミヤは、シェマヤはエホバに「反逆を語った」ので、子孫を持たなくなり、バビロンに住む民にエホバが行われる「良いことを見ることはない」と預言しました。(エレミヤ29:32)



 エホバ神は昔ご自分の預言に一致しない預言をする偽りの預言者に不興を表されました。ですから、聖書に基づかない偽りの預言を語ることは、エホバを怒らせます。




  ですから、現代の預言者たちは、エホバ神と、その預言を聞く人たちの前で重大な責任をになっています。 しかし、普通、聖書の研究者たちは自分の見地から正しいと考える聖書の預言の解釈を語っていると思います。しかし、現代の聖書の預言の解釈者は、たとえ、誠実に聖書を研究していたとしても、聖書の預言の解釈で間違いをする可能性があります。







 なぜなら、今は、昔のようにエホバの言葉が聞こえたり、エホバから幻や夢を与えられたり、み使いが遣わされることもないからです。また、聖霊による奇跡的な援助を受けるわけでもありません。




 エレミヤは、「平和を預言する預言者」は、「その預言者の言葉が実現する時」に、その預言者が神から遣わされたことが分かると言いました。(エレミヤ28:9)ですから、エホバの証人の解釈通り、世の終わりがすぐに実現するかどうかを見ていく必要があります。





 エレミヤの時代の偽りの預言者たちに起こったことを考えると、現代の聖書の預言者は、自分や人々の望むことを語る誘惑に抵抗しなければならないと言えます。また、日々、聖書を読んで洞察し、自分の聖書の解釈が 聖書の音信を忠実に反映したものとなるように努力をする必要があります。










  聖書を解釈する際に自分の勝手な判断を入れるのではなくできるだけ聖書によって説明するよう努力することによって神が意図された音信を伝えることができます


 











 そのためには、預言の解釈をする際に、できうる限り自分の判断を入れずに、聖書的な根拠に従って解釈するように最善の努力を払うことが必要です。(箴言3:5,6)そして、自分の聖書の預言の解釈が成就していないならば、現在成就していると考えられる預言の解釈に謙遜に耳を傾けることが必要になるでしょう。














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  日本では、人々がうつ病になって自殺をするという場合が多いです。テレビ番組で、母親を殺すという罪を犯して、裁判で温情のある判決を受けたものの、結局、経済的に困窮し自殺してしまった人のことが取り上げられました。それで、その人はある程度、自分が行なったことに対する罪悪感を抱いていたでしょうし、また、自分の状況に絶望してしまったのでしょう。





 私は、その自殺をした男の人は神に信仰を抱いていなかったと思います。また、罪を犯したとしても、聖書の神は悔い改めて神に許しを求めるならば許してくださることも知らなかったと思います。(ヨハネ第一1:9)また、どんな状況に直面しても、神に依り頼む人に神が愛ある親切を示して助けてくださることも知らなかったと思います。(詩編32:10)




 聖書の中で登場する自殺に至った人のひとりに元ダビデの親しい助言者であったアヒトフェルがいます。(サムエル第二16:23)アヒトフェルはなぜ自殺に至ったのでしょうか。




 聖書中の例はある程度、神に対する信仰を抱いている場合であり、日本のように神への信仰があまりない場合には、当てはまらない場合もあるかもしれません。けれども、アヒトフェルに起こったことから学べる点はあると思います。





 アヒトフェルは当然、ダビデと親交のあった時代に神に対する信仰を抱いていたと考えられます。アヒトフェルはとても賢い人で、彼の助言はとても役立ちました。(サムエル第二16:23)




 ところが、彼はダビデを裏切って、ダビデに反逆した息子アブサロムに寝返りました。それで、アヒトフェルは、ダビデがエホバの油そそがれた者であることを考慮せず、またそれまで培ってきていたダビデや他の人との絆に忠実を示しませんでした。




 アヒトフェルは、油注がれた者であったダビデが神に忠実を保つ努力を払っている限り、それまで通り、ダビデについていた方がエホバのご意志にかなっていたでしょう。エホバ神がダビデに味方して行動されたので、アヒトフェルの助言は、アブサロムの陣営で、尊重されませんでした。(サムエル第二17:14)アヒトフェルは、エホバのご意志に逆らうことになり、うまくいきませんでした。










エホバがダビデの祈りを聞かれたのでアヒトフェルの助言はアブサロムに尊重されずアヒトフェルは落胆して自殺をしてしまいました





 彼は落胆して自殺をしてしまいました。私は、一度、自分の助言が受け入れられなかったくらいで、自殺をしたアヒトフェルはもろすぎると思います。普通は人は物事が一度うまくいかなくても、二度、三度とトライします。ところが、彼は、いったん自分の助言が上官に退けられると絶望してしまいました。







エホバ神ではなく自分に頼る人は大変もろく自殺に走りやすくなります








 もし、アヒトフェルが神への信仰を少しでも抱いていたなら、彼は物事がうまくいかなくても、神にさらに助けと導きを祈り求めたと思います。




 ダビデに災いが起きたのは、ダビデに罪があったからでした。(サムエル第一12:10,11)そして、それが油注がれた者ダビデに反する行動であっても、エホバ神は、アヒトフェルの信仰と彼の観点からの助けを求める祈りに答え応じられることがありえました。エホバ神は、ご自分の際立った僕を尊重されますが、そうではない人の観点や信仰も尊重されるからです。(創世記21:12,17)





 または、アヒトフェルは賢い人だったので、アブサロムに対する自分の助言が退けられた時点で、ダビデに対して反抗するアブサロムの企てがうまくいかないと考えたのかもしれません。しかし、アヒトフェルが謙遜で知恵がある人であれば、アブサロムから退けられた時点で、また、ダビデに鞍替えしても良かったかも知れません。











Death of Absalom Tapestry 1817. Public domain via Wikimedia Commons.

実際エホバが油注がれた者ダビデの味方をされアブサロムの企ては失敗しました―アヒトフェルはエホバのご意志を考慮してダビデに鞍替えしたらよかったかもしれません






 アブサロムが有利だと見えていた時に、ダビデにひどいことをしたシムイは、ダビデが勝利をした時に、ダビデに許しを請い、自分の命をながらえました。(サムエル第二19:18-20)



 しかし、アヒトフェルは神を愛して神との関係を大切にしていたわけではなく、神に頼っていたわけではありませんでした。彼は、自分の知恵に頼っていました。




 聖書は、「エホバに依り頼み,エホバがその確信[のよりどころ]となってくださった強健な者は祝福される」と述べている一方、肉を自分の腕とし,その心がエホバからそれて行く強健な者はのろわれる」と述べています。(エレミヤ17:5-8)ですから、エホバに頼るのではなく、自分に頼る人はうまくいきません。





 神に頼る態度がない場合、人は大変もろくなることがあります。神への信仰を抱いていないと、人は容易に希望を捨ててしまいます。そういう場合、人は自殺に走りやすくなります。




 それで、油そそがれた者に対する敬意も求められているとは言え、一番重要なのは、エホバ神に対する愛と信仰と神に依り頼む態度です。




 それがあれば、エホバに助けていただけます。自分の罪や失敗のために自殺したくなるような状況に直面しても、エホバ神への信仰を失うのではなく、エホバ神に罪の許しと助けを懇願しましょう。










アヒトフェルが自分の知恵ではなくエホバに頼る気持ちがあればエホバは彼の祈りを聞かれたかもしれません-どんな状況になってもエホバに罪の許しと助けを祈りましょう















































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 ある人は、聖書の神が存在するのに、その神は人々が災いを経験するのをなぜ許されるのかと考えるかもしれません。聖書は、エホバ神は、人々がご自分の基準に反した行動をする時に、災いを経験することを許されることも述べています。 



 エホバ神は義なる基準を持たれる方です。それで、諸国民が流血や偶像崇拝や淫行や心霊術や軍事力に頼ることなど、神の律法に違反することを行なう時、怒りや「憤り」を抱かれます。(エゼキエル24:15,16,18。コロサイ3:5,6)









Statue of Buddha in Wat Phra Si Rattana Mahathat , Phitsanulok, Thailand



 それで、基本的には、ご自分ではなく、異教の神に偶像崇拝を捧げている人々にエホバ神は、保護を差し伸べられません。偶像は、その崇拝者に救いをもたらす力はありません。(詩編31:6)




 そのため、人々が偶像崇拝などをして神の目に悪いことを行なう時、戦争などの災いを経験することを許されることがあります。(エレミヤ19:15)それは、エホバ神は悪を憎まれるので、悪に対して義なる怒りを抱かれるからです。(エゼキエル16:38)








Aftermath of the tsunami in Aceh

エホバ神は淫行や偶像崇拝などの罪があると保護を差し控えられ災いが起こることを許されることがあります




 また、神は、神の僕に対する「懲らしめ」のために災いが起こることを許されることがあります。「懲らしめ」とは、神の僕の側に正されなければならない悪があるからです。(ヘブライ12:6。イザヤ10:5,6)その時もたらされる災いは、神の民がより一層、神の基準に沿って生活するようになることを目的としています。しかしながら、それでも、その災いはエホバ神が引き起こされるものではないでしょう。



 義人のヨブは災いにあって、かろうじて生き残りました。もちろん、これまでの記事で述べたように神の信仰を働かせる人々も、災いに遭って死ぬことさえあります。しかし、偶像崇拝者はエホバの保護がないので、エホバ神に保護を求める神の僕よりも、死亡率が高いでしょう。(箴言18:10)


 確かに、エホバ神は、悪魔サタンや悪霊たち、南の王や北の王や邪悪な人々が存在することを許されています。そのためエホバ神は、サタンや邪悪な人々が、自分の思うままにすることを許されます。それらの戦争や災いは、エホバ神が生じることを許されたものだと言うことができるでしょう。



  しかし、すべての戦争や災いをエホバ神が直接引き起こすわけではありません。



  それは、ヨブに起きた災いを引き起こしたのが、すべて悪魔サタンであったことからも分かります。ヨブの子供たちは、ヨブに倣ってある程度正しい行いをするように努力していた子供たちも含まれていたかもしれません。しかし、ヨブのようには神の律法を守っていない子供たちも含まれていたかもしれません。ヨブの息子や娘たちは、崩壊した家の下敷きになってみんな命を落としてしまいました。(ヨブ1:18,19)


 ですから、いずれにしても、義なる人も不義な人も災いに巻き込まれて、命を落とすことがあります。(詩編34:19。箴言24:16。イザヤ57:1)しかし、義人であったヨブはエホバの保護と助けで生き残り、彼は自分の平常の生活を取り戻しました。ですから、この場合も、エホバ神に信仰を抱く義なる人の場合は、死亡率がより低く、神の助けがあると言えます。



 とりわけ、聖書中のダニエル書などに起こることが言及されている戦争や災いは、エホバ神が起こることを許されるものです。また、啓示の書や福音書の中にも、神の民や信仰を持たない一般の人に災いがふりかかることが予告されています。しかし、それらの予告された戦争や災いからできるだけ害を受けないようにする方法や知恵は聖書の中に記されています。



 しかし、大いなるバビロンや、北の王や、邪悪な人々が、行なう流血や殺人をエホバ神が是認されるわけではありません。




  エホバ神は、人々が完全に平和や幸福を享受することを望んでおられます。(コリント第一14:33)それで、聖書は、神に信仰を持つ人々が、大患難が起こる前に山間部に逃げることを予告しています。(マタイ24:15,16)



  しかし、神の民が山で生活していること自体が完全な保護になるわけではありません。神の民は山に逃げて、なおかつ、そこで偶像崇拝などの神の律法違反を避けていることが求められます。もし、山間部で生活していても、神の律法違反があるならば、やはり、邪悪な人々からもたらされる災いを経験する可能性は高くなるでしょう。



 しかし、聖書は将来神の民が自分の罪を悔い改める時が来ることを予告しています。(ダニエル8:14)


 さらに、エホバ神は神の民に対して災いをもたらす邪悪な人々に対して、また、ご自分の是認されない流血や殺人に関して、「復しゅう」をされます。そのため、神の民に対する災いがもたらされる原因が減ることになります。(啓示6:10;19:2)




  そこで最終的には、山々の上で暮らす神の民がある程度の平和と繁栄を享受することを聖書は予告しています。(エゼキエル38:12)


 そして、それらの人々は、邪悪な人々の全滅という世の終わりを生き残って、地上の楽園に導き入れられることを聖書は予告しています。(啓示17:15-17)それで、エホバ神は、ご自分に信仰を働かせる人々の幸福で平和な生活を願っておられ、そのような方向に導いていかれます。



 それで、聖書の神は、人々がご自分に信仰を抱いて、ご自分の律法を守ることを期待されます。エホバ神は、ご自分に信仰を抱く人々の信仰を試みるために、それらの人びとに対する悪魔サタンの攻撃を許されることがあります。









A typical Shingon shrine set up for priests, with Vairocana at the center of the shrine


Tktru - Own work





  しかし、ご自分に信仰を抱く人々や、そうでない人々がご自分の律法に反している場合、とりわけ、悪魔サタンや邪悪な人々の攻撃が生じることを許されることがあります。

















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  熊本地震が起こりました。人によっては自分が経験していることは神が引き起こしたのだろうかと考えるかもしれません。また、何によって地震は起こるのかと考えるかもしれません。しかし、聖書は、そのような災いは神が引き起こしたものではないことを示しています。











人神之间

ADBC (Agriculture Development Bank of China) branch in Bei Chuan after earthquake

聖書の中には神が今の時代に地震を引き起こして人々を罰することを示す記述はありません

- Own work (Original text: self-made 自己制作)





  啓示の書は、イエスが天で王権を取られた後、サタンが地に投げ落とされ、地と海に災いをもたらすことを予告しています。(啓示12:12)また、イエスは、ご自分の天での王としての臨在の証拠について預言された時に、地震が起きることを予告されました。(ルカ21:10,11)啓示の書は、別の個所で、イエスが王として進んで行かれた後、大量の死者が出ることも予告しています。(啓示6:2-8)




 私は、今は、まだイエスが王として天で即位してはいないと考えています。しかし、悪魔サタンは、イエスが天で王になる前でも災いを引き起こすでしょう。実際、悪魔は昔、ヨブの時代も、ヨブにさまざまな災いをもたらしました。悪魔サタンは、じっと静かにしていないでしょう。今でも、地上で活動して、さまざまな災いをもたらすでしょう。




 聖書の中には、神が引き起こした地震や地割れについて書かれています。(民数記16:30-33。使徒16:26。マタイ27:51,54)ですから、エホバ神も確かに地震を引き起こす力を持っておられます。一世紀にも神に由来するさまざまなしるしや奇跡が起き、また地震も起こされました。(ヘブライ2:4)






しかし、それらの超自然的な業は、なくなってしまうことが予告されていました。(コリント第一13:8)ですから、一世紀にイエスの十二使徒たちの死と共に、神由来の不思議は終わってしまいました。





 ですから、聖書の中には、この事物の体制が続いている間、私たちの時代に、エホバ神が地震を引き起こして、邪悪な人々に処罰を与えることを示唆する記述はないと思います。




 しかし、エホバ神が創造されたみ使い、つまり天使は、超人間的な力を持っています。(列王第二19:35)サタンも悪霊たちも、もともとは天使なので、強力な力を持っています。ですから、エホバの天使に地震を引き起こすことができるのであれば、悪霊たちにもある程度それができるでしょう。




 モーセの時代に、エジプトの魔術師たちは、モーセがエホバの力で行った奇跡に近い奇跡を行なうことができました。(出エジプト7:11)エジプトの魔術師たちは、悪霊の力で奇跡を行なっていました。




 ポルターガイストという悪霊に起因する現象があります。その現象はおおむね悪霊によって物体が勝手に動いたり、大きな音が生じるという現象です。もし、物体が勝手に動くのであれば、悪霊のために家が振動したりということも起こり得るでしょう。




 そして、サタンが「強力な業」と「しるし」と「異兆」を引き起こすことができると聖書は述べています。(テサロニケ第二2:9)ですから、悪魔サタンや悪霊たちも、ある程度神と同じことができるので、おそらく、家を揺り動かしたりはできるでしょう。




 また、悪魔サタンは、ヨブに災いをもたらすために、シバ人、カルデア人などの暴力的な人々を用いました。(ヨブ1:14,15,17)それで、彼らが邪悪な人々を用いて、地震を引き起こすということも起こり得るでしょう。とりわけ、心霊術に関係している人々は、悪魔サタンや悪霊に影響を受けることが多くはなるでしょう。(使徒16:16)







Job and his friends

ヨブはサタンに動かされた人々によって全財産と子供たちも失ってしまいました






 ただ、この世の終わりには、エホバ神が、ご自分の持っておられる自然界の脅威を用いて邪悪な人々を滅ぼすことを示唆する記述はあります。(エゼキエル38:22) 



 しかし、この記述は、神の民がこの世の終わりに軍事的な攻撃を受けた時のエホバ神の反応ですから、エホバ神はこのことを神の民に対する最終攻撃がないのに一般の人々に対して行われることはないと思います。




 それで、今日起きている地震は、純然たる自然災害、あるいは、サタンと悪霊に由来するもの、もしくは、サタンと悪霊に動かされた邪悪な人々が引き起こす地震でしょう。



















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  今回熊本で地震がありました。何十人かの人が命を失いました。私は、地震で命を失った人は、必ずしも、エホバの不興を受けて、命を失ったわけではないと思います。聖書によると、悪魔サタンが引き起こした災いによって人々は命を失うことがあります。








 しかし、いろいろな聖書の言葉を調べたり、事実を調べてみると、エホバ神は、人々が苦難に直面するとき、義なる人の場合、保護を与えて、苦難から救い出してくださることが分かります。







 私は東日本大震災の津波に直面して祈って生き残ったエホバの証人の経験を聞いたことがあります。エホバの証人は、もちろん、決して間違いをしないというわけではありませんが、一般的に聖書の道徳基準を守るように努力を払っています。





 東日本大震災の後で、エホバの証人とその聖書研究生で、亡くなった人が14名であるという発表がありました。その時に、亡くなった一般の人の数がおよそ一万九千人ほどだったと思います。私は、計算してみて、その地域のエホバの証人の人数のうちでの死亡率が大変低いと思いました。









ChiefHira • CC BY-SA 3.0


東日本大震災の時エホバの証人の死亡率は高くはありませんでした

エホバ神の保護があったのでしょう








 エホバの証人はそうした災害の際に、完全に無傷で済まないとは言え、その他の災害の時も、死亡率が低いようにいつも思っていました。それで、危機に直面すれば、当然、エホバの証人はエホバに助けを叫ぶはずなので、エホバ神が祈りを聴いておられるのではないかと思います。(箴言18:10) しかしながら、私はエホバの証人の預言的な理解がすべて正しいとは考えてはいませんが。






 実際に、東日本大震災の津波の際に、ある男性のエホバの証人が、津波に巻き込まれて、車の上でエホバ神を賛美する歌を歌いました。また、その兄弟はエホバの証人の姉妹が車で津波に流されるのを見て、その姉妹のために祈りました。彼は結局、救助され、姉妹も後になって助かったことが分かったという経験がありました。




 私は、今回の熊本地震で、エホバの証人の状況がどうであるかは知りません。ご存知の方は教えてください。おそらく、一般の人々よりは、巻き込まれている人が少ないかもしれません。でも、犠牲になった人がたまたまいるかもしれません。






 しかし、聖書は、義なる人々が、そうした災いに巻き込まれて命を落とす場合もあることも認めています。(エゼキエル21:3,4)上で述べたようにヨブのような義なる人でも災いに遭います。ヨブの場合、命は守られていましたが、義なる人々でも、災いにも巻き込まれて、最悪の場合、命を落としてしまう場合もあるでしょう。(ダニエル3:17,18)










Distant Shores Media/Sweet Publishing

ヨブのような義人でも災いにあうことがあります









  聖書は義なる神の僕が保護された例も、義なる神の僕が命を落とした例も両方、述べています。また、誰もが、「予見しえない出来事」に巻き込まれます。(伝道の書9:11)




 

 しかし、神に信仰を抱く義なる者たちに、エホバ神は復活を約束されています。(ヘブライ11:35)





 結局、運よく災いに巻き込まれなかったとしても、今の事物の体制が続く限り、誰もが皆最終的には年を取って死にます。(伝道の書3:19)故意の罪を繰り返し犯して復活しない人もいるかもしれません。(マルコ3:29)しかし、聖書は通常は、義なる者も邪悪な者もエホバ神が復活させることを約束しています。(使徒24:15)







Job restored to prosperity

エホバ神はヨブを是認しておられたのでエホバ神の助けを得ました







hyolee2

熊本地震で崩壊した熊本洋学校教師館ジェーンズ邸(側面)

熊本地震で熊本は被害を受け亡くなった方もいました

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 世界各地で地震や津波が起きます。最近でも東日本大震災や熊本地震が起きました。その際に被害にあった人々の中には、 聖書の神にある程度信仰を抱いていて、聖書の道徳的な教えを守っていた人もおられるでしょう。それらの人々がそうした災いを経験するのは大変気の毒なことです。















 では、正しいことを行なおうと努力する人が災いにあうことは神がいないことを意味するのでしょうか。エホバ神は、義なる人々に対しても天災で災いをもたらされるのでしょうか。そうではありません。





 今の時代は、エホバ神は、理由があって悪魔サタンや悪霊たち、また、邪悪な人々の存在を許されています。聖書によると、エホバ神はそれら悪魔サタンや邪悪な人々を滅ぼすことも可能ですが、目的があって存在させています。(出エジプト9:15,16)エホバ神は、悪魔サタンや邪悪な人々が地に災いをもたらすことを許されます。




 昔、ヨブという人がいました。ヨブは悪いことをしないようにして、神の目に正しいことを行なう努力を払っていました。(ヨブ1:1)そして、ヨブは大変富んだ人でした。(ヨブ1:3)




 しかし、エホバ神ではなく、悪魔サタンがヨブに災いをもたらしました。悪魔サタンは、邪悪な人たちがヨブの所有物を奪ったり、ヨブの従者を殺したり、ヨブの資産を天からの火で燃やしたり、大風で家を倒壊させヨブの子供たちがみんな下敷きになって死ぬようにさせました。(ヨブ1:12-19)



 エホバ神は、悪魔サタンがヨブに災いをもたらすことを許されました。それは、ヨブがどんなことを経験しても、ご自分から離れないと信頼しておられたからです。(ヨブ1:12)それは、悪魔サタンが主張したことが間違いであることを証明するためでした。




 悪魔サタンは、ヨブがエホバ神に敬意を払っているのは、その富のためであると最初に主張しました。(ヨブ1:9,10)次には、ヨブがエホバ神に従うのは、ヨブが神から保護されて健康であるからだと主張しました。(ヨブ2:4,5)





 サタンは、ヨブの神に対する信仰や忠誠の気持ちを疑って、その信仰を試すためにヨブに苦難をもたらしました。サタンの主張は人の動機を疑う何と愛のないものだったのでしょう。その目的は、エホバ神の崇拝を卑しめるのが目的だったでしょう。




 それで、エホバ神がヨブの家族や資産を奪ったわけではありませんでした。ヨブは、さまざまな苦しみを経験しても、エホバ神に対する信仰を失わなかっので、エホバ神はヨブを苦難から救い出されました。(ヨブ2:10)








Distant Shores Media/Sweet Publishing

ヨブは財産をすべて失い病気にかかりましたがその災いはエホバではなくサタンがもたらしたものでした









 そして、ヨブが再び家族を持ち、以前より二倍の富を持つようにされ、ヨブはとても長生きする結果になりました。(ヨブ42:12-16)それで、義なる人であり、エホバの崇拝者であったヨブは大変な災いを経験したとはいえ、命は保護されました。




  聖書は、義なる人であっても、災いに遭う場合があること、それでも、エホバ神は義なる人が苦難から救い出されるように助けて下さることを述べています。(詩編34:19箴言11:8; 12:13; 24: 16)なぜなら、箴言には、「義なる者たちの願いはかなえられる」とあり、エホバ神は義なる者たちの味方をされるからです。(箴言10:24;15:29)















 



Job restored to prosperity

エホバ神はヨブを是認しておられたのでヨブが受けた害を元に戻されました

ヨブの経験した災いは神がもたらしたものではありませんでした





 ですから、エホバ神ご自身がご自分に信仰を抱く義なる者に災いをもたらすことはありません。義なる者が災いにあうとすれば、その災いは、エホバ神以外の源から、悪魔サタンや邪悪な人々から来ています。





 それで、ヨブが経験したことは、義なる人でも、悪魔サタンから災いをもたらされて苦難にあることがあることを示しています。それで、義なる人々が災いを経験するとしても、それは、エホバ神がもたらした災いではありません。







 




The Aso-Ohashi bridge fallen by a landslip of the 2016 Kumamoto earthquakes

熊本地震が熊本は甚大な被害を受け亡くなった方もいました

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 啓示12章には、天でミカエルとその使いたちとが龍とその使いたちと戦い、龍の側が敗北して地に投げ落とされることが預言されています。(啓示12:7-9)これは、いつ起きるのでしょうか。エホバの証人は、これは1914年に起きたと考えています。





 私は、これは、これから将来に起こる北の王と南の王の間の最後の国際戦争である大患難の前に起こるのではないかと考えます。なぜそのように考えられるのか理由を説明したいと思います。





 まず、イエスは地上に来られる前はみ使いの頭ミカエルでした。(テサロニケ第一4:16。ユダ9)そして、ミカエルの使いたちとは、天でイエス・キリストに率いられるみ使いたちの軍勢です。





 龍とは悪魔サタンを意味します。(啓示12:9)それで、エホバ神の側に立つキリストとみ使いたちと、悪魔サタンに率いられた悪霊たちの間で戦争が起き、エホバ神の側が勝利します。





 なぜ、その天の戦争は、大患難の前でしょうか。その根拠をいくつか述べます。






天の戦争で、ミカエルが勝利を得た時、「今や、救いと力とわたしたちの神の王国とそのキリストの権威とが実現した。」という発表がなされます。(啓示12:10)これは神の王国の設立を宣言していると思います。この時イエスが天で王権を受けられるでしょう。



Gustave Doré for John Milton 's Paradise Lost .



Michael casts out rebel angels. Illustration by

天で戦争が起こりイエスの軍勢が悪魔サタンの軍勢に勝利し彼らを地に投げ落とすことになっています









天での戦争でイエスが勝利した後イエスはエホバから天で王権を受けられます








また、その発表の言葉は、「天と天に住む者よ、喜べ。地と海にとっては災いである。悪魔が、自分の時の短いことを知り、大きな怒りを抱いてあなた方のとこに下ったからである。」という言葉を含んでいます。(啓示12:12)





「地と海」にもたらされる「災い」とは、一番考えられるのは、北の王と南の王との間で行われる大患難です。ですから、天での戦争とは、大患難の前だと考えられます。



French infantry charging in the early stages of
サタンは地上に投げ落とされ怒り狂って地上で大患難を引き起こすでしょう



  また、福音書の中でも、神の王国が実現したことを示す証拠として、世界中に非常に多くの死者が出ることを予告しています。(マタイ24:27,28)それは当然大患難による死者です。







地上では大患難で多くの死者が生じます―このことは天ではキリストが王権を与えられたことを示します





地上で生じる大患難で多くの死者が出ることはイエスがエホバから天で王権を受けられたことを示しています





  さらに、聖書は、大患難の前に神の民が山に逃れることを示しています。(マタイ24:15,16,21)ですから、天で戦争が起きて、イエスが勝利し、イエスがエホバ神から王権を受けられた後、サタンと悪霊が地上に投げ落とされ、怒り狂ったサタンが地上に大患難を引き起こすのでしょう。











gößweinstein

世界的にクリスチャンが山に逃げるという活動が行われて後大患難が起きることは天でキリストが王権を受けられたことを示しています









 以上のような理由で、天での戦争は、これから将来生じる大患難の前ではないかと考えます。







  それで、大患難が起きることは、神の王国が地上に対する権威を全面的に掌握する時、つまり、神の民にとっての「救出」が近いことの証拠となります。(ルカ21:28)



  










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  エホバの証人は、西暦1914年にキリストが天で王として再臨し始めたことをその教理の中心に置いています。エホバの証人の聖書の預言の解釈は、その1914年説が中心になっています。ですから、エホバの証人の解釈によると、聖書の預言の大半はすでに、西暦1914年前後から今日に至るまでに成就したことになっています。




 しかし、使徒1章には、キリストが天で王権をとられる時を、クリスチャンが知ることができないことを示唆する記述があります。




 イエスの弟子たちが、イエスに「あなたは今この時に、イスラエルに王国を回復されるのですか。」と質問しました。その時、イエスは、「父がご自分の権限内に置いておられる時また時期について知ることは、あなた方のあずかるところではありません。」と答えられました。(使徒1:6,7)









Waiting For The Word
By: Waiting For The Word Jesus Ascension to Heaven 33

イエスはご自分が王国を回復する時はエホバが決めて弟子たちはそれが分からないと言われました






  弟子たちは、メシアが神から王権を与えられることを示す聖書の預言を知っていました。(ダニエル7:13,14)また、イエスがダビデの王国を永久に受け継ぐ者となることを知っていました。(ルカ1:31-33)ですから、弟子たちは、その当時、イエスが行動を起こして、イスラエルの王権をとるのではないかと考えました。






  しかし、イエスは、ご自分が王国を回復する時については、父エホバが「ご自分の権限内に置いておられる時」だと言われました。(使徒1:7)ですから、キリストがいつ王になるかを決めるのは、エホバ神であり、エホバ神はその時を地上のクリスチャンに知らせることはしません。





 それでは、その時を一世紀のクリスチャンには知らせなかっのに、終わりの時のクリスチャンには知らせるのでしょうか。そのようにすれば、時代の異なるクリスチャンに不公平になるのではないでしょうか。





 エホバ神は、ダニエルの預言からメシアの最初の到来の年代を五百年以上前からある程度予測できるようにされました。(ダニエル9:25,26)ですから、もし、エホバ神が、キリストの天での再臨の日時を、知らせるつもりがあれば、一世紀のクリスチャンに最初から知らせるのではないでしょうか。一世紀のクリスチャンがその日時が分からなかったのであれば、終わりの時のクリスチャンもその時は分からないでしょう。 




James Tissot , The Exhortation to the Apostles. James Tissot Online Collection of Brooklyn Museum ; Photo: Brooklyn Museum, 2007, 00.159.129_PS2.jpg



 また、イエスは、他の箇所でも、「その日と時刻についてはだれも知りません。天のみ使いたちも子も知らず,ただ父だけが知っておられます。」と言われました。(マタイ24:36)「その日と時刻」とは、「人の子の臨在」の時です。(マタイ24:37)







つまり、イエスが天で王として臨在される時を、イエスご自身もみ使いも知りません。その時を知っているのはエホバ神だけです。ですから、聖書預言の年代計算によって、キリストが王権を執られる時を知ることはできないでしょう。






 また、イエスは、人々が、「ここにキリストがいる」とか、「あそこに」と言っても、「荒野にいる」と言っても、「奥の間にいる」と言っても、「それを信じてはなりません」と言われました。(マタイ24:23,26)ですから、イエスが再臨される時、イエスの文字通りの姿を地上で見ることはできないことになっています。










イエスは再臨の時には地上で人々の前に現れないと言われました







 ですから、キリストの再臨は、預言された出来事が地上で起きることによって、識別することができます。このことも、キリストの再臨の年代や日時が分からないことを確証しているでしょう。 





 エホバの証人は、キリストが霊者として復活され、キリストの臨在が見えないことは認めています。しかし、それは西暦1914年ではありません。私たちは、聖書の預言を調べて、地上で預言された出来事が進展するのを観察して、将来キリストが天で王権をエホバから受けられたことを識別することができるでしょう。ですから、私たちは預言に注意を向けている必要があります。(ペテロ第一1:19)








James Tissot

Counselman Collection By: Counselman Collection Special Day - Indiana Circuit 7A

終わりの時のクリスチャンにも教えないでしょう







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ルカ13章で、イエスは、神の王国を「パン種のようです。」と言われました。「女がそれを取って大桝三ばいの麦粉の中に隠すと、やがて塊全体が発酵しました。」(ルカ13:20,21)このたとえ話を何を意味しているのでしょうか。




  パン種とは、聖書の中で、「教え」を表すこともあります。(マタイ16:12)


 また、イエスは、「パリサイ人たちのパン種」は、「偽善」だと言われました。(ルカ12:1)コリント第一の手紙の中では、「少しのパン種が固まり全体を発酵させる」と述べられています。(コリント第一5:6-8)



















Flavio Piacenza  Dough fermenting

女が小麦粉にパン種を入れると全体が発酵してしまいます

少しの悪い教えのためにクリスチャン会衆全体が悪くなります




 イエスは確かに、背教が起こることを予告されました。(マタイ13:24-30)そして、使徒たちも、背教を予告しました。パウロも「弟子たちを引き離して自分につかせようとして曲がった事がらを言う者たちが起こる」ことを予告しました。(使徒20:30)



 確かに、歴史の流れを見ると、実際に、イエスが予告されたように、キリスト教は全体としては、背教してしまいました。しかし、小麦粉が発酵してふくらんだように、背教したキリスト教は拡大していきました。では、邪悪な教えを隠す、あるいは麦粉の中に入れる「女」とは何を意味するのでしょうか。




 聖書の中で神と関係があることを公言するさまざまな個人や人々やグループに言及して比ゆ的な「女」と言っています。(ガラテア4:22-26。啓示2:20;17:3,5)



 ですから、イエスの言われた「女」は誰であれ、キリスト教の組織の中に、聖書的でない悪い教えをひっそりと入れる人々、あるいは組織を表しているでしょう。




 ユダ4節によると、ある不敬虔な人々は、ひっそりとクリスチャン会衆の中に入り込んで、みだらな行いを受け入れさせようとするでしょう。




 それで、イエスの言われたたとえ話は、クリスチャンが信仰のために「厳しい戦い」をして、聖書的でないどんな教えに対しても、徹底的に戦うべきことを教えています。(ユダ3)




 しかしながら、ダニエル書は、「違反」のために、神への奉仕が世界的にいったん中止させられることを預言しています。(ダニエル8:12,13)しかし、啓示の書によると、例え少数派であっても、聖書的な立場を保持するクリスチャンのグループも存在するでしょう。(マタイ7:13,14;22:14。啓示3:7,8,10)




 私たちは、正しい聖書の教えに付き従うよう最善の努力を払って聖書を研究し、理解できたことを付き従いましょう。




 また、聖書はこの事物の体制で、エホバ神を崇拝する人々が数えきれない程になることを預言しているので、真のキリスト教は勝利するでしょう。(啓示7:9)そして、神の王国は完成することになるでしょう。




 重要なキリストの命令の一つは、キリストの死の記念式を守り行うことです。キリストは、ニサンの十四日の過ぎ越しの時に、神の王国に入ることを目標にしているクリスチャンに、ご自分の死を「記念」する集まりを行なうように命じられました。(民数記9:5。ルカ22:15-17,19)




 年に一度、ニサン十四日にエホバの証人はキリストの死の記念式を行なっています。それは、聖書的であり、イエスの贖いに感謝する機会になります。それで、今年2016323日水曜日日没後に王国会館で行われるキリストの死の記念式に出席されるようお勧めします。





Betty Longbottom












エホバの証人の王国会館での3月23日の死の記念式に出席するようお勧めします




 ですから、聖書を総合的に判断すると、比ゆ的なパン種とは、古い教えや邪悪な教え、また、偽善を意味します。このイエスのたとえ話は、少しの偽善がキリスト教の中に入り込み、キリスト教全体が悪くなることを示唆しています。
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 ルカ13章には、イエスが語られた神の王国を説明するたとえ話が三つあります。そのたとえ話は神の王国に関連したさまざまな側面、特徴を表しています。今回からしの種粒のたとえ話を考察します。




 イエスはまず神の王国を、庭にまいたからしの種粒に例えられました。それは成長して木となり、天の鳥たちが枝を宿り場としました。このたとえ話は、神の王国が非常に発展拡大することを示しています。(ルカ13:18,19)







Etching by Jan Luyken illustrating the parable, from the Bowyer Bible .



 からしの種とは、「あらゆる種の中で一番小さなものです。」(マタイ13:32)ですから、神の王国の始まりは、非常に小さな集まりによって始まるでしょう。一世紀もキリスト教はまずイエス・キリストおひとりによって始められました。イエスはあらゆる国々の人々を弟子とするように命じられたので、キリスト教は、その当時のローマ帝国の内外に増え広がっていきました。(ローマ1:8。コロサイ1:23)




 天の鳥たちが宿るとは、何を意味しているのでしょうか。ダニエル4章のバビロンの王ネブカドネザルの預言的な夢の中で、王自身が木に例えられており、「その大枝に天の鳥たちが宿った」と述べられています。(ダニエル4:21)それで、比ゆ的な天の鳥とは、政府の高官や役人を表していると考えられるのではないかと思います。





 それで、イエスは神の王国のたとえ話をされた際、一部の政府の役人が、神の王国の希望を持つようになることを示唆しておられたのではないかと思います。




 


  イザヤ書の預言でも、「末の日」に真のキリスト教の山、「エホバの山」が他の宗教組織と比べても高くなることも預言しています。(イザヤ2:1,2)










Aerial view of Mount Everest from the south











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