• 22 Aug
    • 油そそがれたクリスチャンは北の王を任命しますか

      ある人々は、油そそがれたクリスチャンが北の王を任命すると考えます。油そそがれたクリスチャンが北の王を任命するのでしょうか。率直に言って、違います。油そそがれたクリスチャンが北の王を任命することはありません。 ある人々が油そそがれたクリスチャンが北の王を任命すると考えるのは、油そそがれた者キュロスの例があるからだと思います。ペルシャの王キュロスは,特定の割り当てのために神から任命されたという意味で,「油そそがれた者」と呼ばれています。(イザヤ 45:1)メシアとは,「油そそがれた」あるいは「油そそがれた者」を意味します。これに相当するギリシャ語はクリストス,つまりキリストです。 昔、ペルシャの司令官キュロスがバビロンを倒し、バビロンに捕らわれたユダヤ人を解放し、故国に戻してエホバの神殿の土台を据えさせるということが預言されていました。(イザヤ44:28-45:3)それは、エホバの目にほとんど良いことだけでした。そのために、キュロスは「油そそがれた者」と呼ばれました。 "I am Cyrus the king, an Achaemenid." in Old Persian, Elamite and Akkadian languages. It is carved in a column in Pasargadae. Truth Seeker (fawiki) - Own work 昔キュロスはエホバ神からある仕事を任命されたので油そそがれた者と言われました―しかし油そそがれたクリスチャンが北の王を任命しますか 確かに、キュロスは、バビロンを攻撃する前に聖書に中に自分に関連して書かれていた部分を知ることができる機会があったのでしょう。ユダがバビロンから攻撃された時に、ペルシャ帝国の領域にも逃れていたユダヤ人がいたことが考えられるので、キュロスは前もって聖書の預言を知る機会があったのでしょう。 しかし、北の王に関してはキュロスのように油そそがれた者と呼ばれてはいません。また、北の王に関しては、南の王を倒すことが予告されていますが、同時に最後には、聖なる者たち、天的な希望を持つクリスチャンたちを滅ぼすことが予告されているのです。(ダニエル8:24)そして、北の王は「飾りの地」つまり、幾つもの神の民の本拠地を攻撃することになっています。(ダニエル11:41) 油注がれたクリスチャンは、最終的には、自分たちを滅ぼすことになっている北の王を任命することができるでしょうか。できないですし、またそうしたくないと考えるでしょう。 油そそがれたクリスチャンは自分たちを滅ぼすことになっている北の王を任命することはしないでしょう また、終わりの時に、状況は一世紀までと違っています。「預言の賜物」や奇跡的な「知識」は「廃され」ることになっていました。(コリント第一13:8,9)ですから、現在、エホバ神による奇跡的な解釈の賜物はなくなっています。それで、油そそがれたクリスチャンは、聖書の預言の詳細な理解を最初からすべて分かっているわけではありません。あちこちの聖句を調べて聖書の解釈を進めていき、徐々に分かっていきます。 確かに、エホバ神は最終的には、油そそがれたクリスチャンに聖書の正しい解釈を与えて下さるでしょう。(アモス3:7)聖書の預言は成就する前に、理解されて初めて価値があるからです。そうでなければ、聖書の預言が「終わりのことを初めから」「告げる者」として預言の神を高めることにはならないでしょう。(イザヤ46:10) しかし、聖書の預言の解釈は、確かに聖霊によるエホバ神の助けもあると思いますが、主に、聖書を解釈する油そそがれたクリスチャンの思考力によっており、聖句を見落とすことがあるので、最初は聖書の解釈の間違いも起こります。 ですから、油そそがれたクリスチャンでさえ、最初から聖書について完全に分かっていないので、北の王がどのような存在であるかを最初からすべて分かっているわけではありません。それで油そそがれたクリスチャンが北の王を任命することはできません。 油そそがれたクリスチャンは聖書の預言を研究して徐々に分かってくるので北の王が誰であるか最初から分からず北の王を任命することはありません 世界の政治的な状況は、自由に進展していきます。そして、世界の出来事は、当然のことながら、すべてがエホバ神や油そそがれたクリスチャンが望んでいる通りのことが起こっているわけではありません。かえって、エホバ神や油そそがれたクリスチャンが望まないことが、諸国民やサタンや悪霊の影響力でどんどんと起こっていきます。その中で、油そそがれたクリスチャンは、できるだけ神のご意志に調和したことを述べるようにします。すべての物事を神のご意志にそって正せるわけではありませんが、神のご意志にそって生じた事態に応じて神の目に正しいことを行なうようできるだけの努力は払います。 しかし、エホバ神は聖書の預言を書き記してくださいました。それは、主に神の民に「警告」を与えて益することを目的としています。(コリント第一10:11)さらに、聖書の預言は、神の民が数えきれない程救われて、聖書の神を崇拝するという状況になることを目指しています。(啓示7:9,14) それで、そのような目的を達成することができるほどには、聖書の預言についてエホバ神は油そそがれたクリスチャンに理解を与えて下さることは考えられます。 それで、油そそがれたクリスチャンが聖書の預言を解釈した場合、それは、当人がすべてそうなって欲しいと願っていることではありません。確かに聖書の預言の中には、神の民の数が増加することを預言する預言があります。そうした預言はそのようになって欲しいと感じます。しかし、結局、聖書はクリスチャンが迫害されることを予告しているのであり、油そそがれたクリスチャンはそうなることを望みません。 それで、聖書が預言している出来事は、油そそがれたクリスチャンが起こることを望んでいない場合があり、また、そのようになるように取り計らうわけでもない場合があります。ですから、例えば南の王が北の王から敗北するように取り計らうわけではなく、また、北の王が南の王から敗北するよう取り計らうわけでもありません。しかし、天気予報官のように、台風の到来が分かるならば、前もって避難したり、非常時のための品々を準備したりすることができます。 dennis crowley 天気予報官は台風や熱波が来てほしいと願っているわけではなくまたそのようにしようと取り計らうわけではありません-聖書を解釈するクリスチャンも同じです それで、前もって分かっている災いの被害をできるだけ減らすことができます。また、クリスチャンは、北の王にも南の王にも加担しません。結局、クリスチャンは、北の王からも南の王からも迫害されることが預言されています。また、国家の政治指導者たちから迫害されることもあるでしょう。しかし、中には、一般市民のクリスチャンを保護しようと考える政治指導者たちもいるかもしれません。 いずれにしても、クリスチャンは政府に神の律法に違反しないことでは従うよう努力を払いますが、両方の王たちのどちらにも、加担して、そのために戦うことをしません。そうすることは、殺人をすることになるからです。(啓示9:21)両者を崇拝して、盲従することはしません。(使徒5:29)クリスチャンの立場は、戦時に逃げる一般市民の立場を代表しています。 そして、大患難が起こることが予告されていても、油そそがれたクリスチャンは、それを引き起こそうとするわけではありません。かえって、油そそがれたクリスチャンの務めは、大患難あるいは神の怒りの「風」が吹かないようにすることであると聖書に記されています。(啓示7:1) 油そそがれたクリスチャンは、諸国家の間で「平和を求め」ます。(マタイ5:9)どのようにすれば、平和な時期が長く続くかを考えます。大患難の風が吹かないために、実際にネットなどを通して、どのように平和を促進できるかを諸国家の政治指導者に提案するかもしれません。 また、戦争を引き起こすことになる流血や暴虐や欺きを行なわないように諸政府に勧めます。(エゼキエル24:9)他の政府に対して、平和を求めるように勧めます。また、どんな態度が、最後に災いをもたらす態度であるかを諸政府の政治指導者にも説明します。そして、諸国家の間で、いわば仲裁の立場をとり、戦争が起こらないように尽力します。(イザヤ2:4) そのようにするための知恵は聖書の中に記されています。また、現代は助けとして、ネットの情報もあります。 しかし、残念がら、諸国民の政治指導者たちも、諸国民もエホバ神の言われる聖書の言葉にみんなが耳を傾けるわけではありません。そのために、事態は、聖書の預言の成就に向かって動いていきます。しかしながら、戦争が起きないようにとどめている間に、神に信仰を抱く人々の数は増えていくことになります。ですから、油そそがれたクリスチャンが努力をしても一時的にしか戦争が起きないようにすることしかできません。 それで、油そそがれたクリスチャンが北の王を任命するのではありません。油そそがれたクリスチャンは、「見張りの者」として、世界の出来事の進展を見守ってどのように預言が成就しているかを説明し、前途の災いを避けるように人々を助ける役目を果たします。(エゼキエル3:17) Fire lookout tower in south Georgia, United States Bubba73 (Jud McCranie) - Own work 油注がれたクリスチャンは見張りの者として世界の出来事を見守り前途にある災難を警告します

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  • 12 Aug
    • エゼキエル40章-幻の神殿の祭司が果たすべき務め

      エゼキエル40章は、祭司の務めが二種類あることを示しています。「家の務めを行なっている祭司たち」と「祭壇の務めを行なっている祭司たち」がいます。(エゼキエル40:45,46)この幻の神殿の祭司たちはどのような務めを果たすのでしょうか。 奥の中庭には、「歌うたいたちの食堂」がありました。(エゼキエル40:44)歌うたいたちはどのような人たちでしょうか。 歴代第二5章やネヘミヤ12章では、「歌うたいたち」たちが、祭司たちと共に、別に記述されています。ソロモン王が神殿を建設して奉献式を行なった時も、歌うたいたちが、エルサレムの城壁の奉献式の時も、楽器を用いて、エホバを賛美したことが記されています。(歴代第二5:12,13。ネヘミヤ12:27,44-46)歴代第二5章の記述では、歌うたいたちは「レビ人」と呼ばれており、ラッパを吹く祭司ではありませんでしたが、祭司たちと共にエホバを賛美しました。(歴代第二5:12;7:6。ネヘミヤ12:27) 祭司と歌うたいのレビ人たちが共同してエホバを賛美します 確かに、過去の食堂の使用法を確認すると「食堂」には、祭司たちのための寄進物と、歌うたいたちの寄進物が両方置かれていました。(ネヘミヤ10:39;13:5)ですから、同じ食堂を祭司たちと歌うたいたちが共同で使用したようです。 それで、エゼキエル40章で、「歌うたいたち」の食堂が、祭司たちの食堂であるという記述は、歌うたいたちが同時に祭司であるという意味ではなく、祭司たちと歌うたいたちが、食堂を共同で使用していたことを意味しているようです。(エゼキエル44:44-46) 「家の務めを行なっている祭司たち」とは、主に「エホバの家のすべての法令とそのすべての律法」に関して注意を払う祭司たちのようです。(エゼキエル44:5) 46節によると、「祭壇の務めを行なっている祭司たち」がいます。(エゼキエル40:46)「祭壇の務めを行なっている祭司たち」とは、「全焼燔の捧げ物」を捧げたり、「罪の捧げ物」を捧げたりする祭司たちを意味するでしょう。(エゼキエル43:18,25) 祭司の務めには神に犠牲を捧げる務めがあります それで、この二つの祭司の務めは、油そそがれたクリスチャンが二つの重要な務めを持っていることを示唆していると思います。ひとつには、祭司たちには、エホバのすべての律法を擁護するという重要な務めがあります。 マラキ書によると、祭司は「万軍のエホバの使者」と述べられています。神の言葉の「知識」を保っていなければならず、「律法は,民が彼(祭司)の口に求めるべきもの」であると述べられています。(マラキ2:7) ですから、祭司は、エホバの代表者として、何よりも聖書が神の律法についてどんな要求をしているかを、人々に説明する責任があります。ですから、神の律法を守ることが、一般社会で不人気な事であっても、祭司は、神の律法を擁護し、それが民の間で守られるように尽力する必要があります。 油そそがれたクリスチャンは聖書の神の律法を説明してそれが守られるように努力する務めがあります 祭司のもうひとつの務めは、エホバ神へ定期的に犠牲を捧げることです。昔の祭司たちは、エホバ神への犠牲として、民が牛や羊などの動物の犠牲をエホバに捧げる際に協力をしました。(歴代第二29:32,33)それで、民のエホバへの犠牲はすべて祭司を通して祭壇に捧げられたので、祭司はエホバへ犠牲を捧げられるに当たって中心的な役割を果たしました。(エゼキエル43:27)しかし、祭司もレビ人もエホバへ定期的な犠牲を備えるにあたって協力しました。(歴代第二8;14) 今日の天的な希望を与えられたクリスチャンは、「聖なる祭司職のための霊的な家」となって、「神に受け入れられる霊的な犠牲をイエス・キリストを通してささげる」務めがあります。(ヘブライ2:5)ですから、天的な希望を持つクリスチャンは、過去のエホバの神殿の祭司たちによって予表された務めを行なうことが求められています。 今日のクリスチャンの祭司は、動物の犠牲を捧げることはありません。口頭でエホバへの「賛美の犠牲」を捧げます。(ヘブライ13:15。ホセア14:2) クリスチャンはさまざまな形で聖書と神について伝えて神を賛美する務めを持っています それは、さまざまな仕方で行えると思います。伝道で家から家に聖書の話をしたり、集まりで聖書の話をすることができます。また、ネットで、聖書関連の話を更新することができます。また、自分の家族や他の人々に、聖書の神や聖書に対して信仰を築き上げる話をすることができます。 しかしながら、歌うたいたちのレビ人が、エホバに賛美を捧げるだけでは不十分であると言えます。もし、神の律法を守っていなければ、祭司に求められている務めを果たしていないことになります。 エゼキエル書は、偶像崇拝に陥るレビ人たちがいることを明らかにしています。それらのレビ人たちは、祭司の職につくことを許されなくなります。(エゼキエル44:10,13)クリスチャンは神を賛美するだけでなく、偶像崇拝を避けて神の律法を守っていることが求められます。(エゼキエル44:9,10) クリスチャンはあらゆる形態の偶像崇拝を避けることが求められています 私たちは他のクリスチャンたちが大勢、エホバに不忠実になり、それが世間で人気のある歩み方になったとしても、聖書中のエホバの基準を守り続ける必要があります。また、エホバへの奉仕として行っていることを行ない続ける必要があります。 例えば、同性愛や淫行や血を食べること、国のために戦うことなどが世間で人気のある生き方になっても、世間の人々の是認を得るために、聖書中のエホバのご要求を投げ捨てないようにする必要があります。エホバ神の基準を機会があれば、公言する必要があるでしょう。 同性愛結婚が多くのキリスト教世界で法律的に認められるようになりました。また、同性愛を非としてきたカトリック教会が同性愛者をクリスチャンとして受け入れるようになりました。それは、聖書の基準に不従順なクリスチャンの基準です。聖書に忠実なクリスチャンのグループはあくまで、同性愛者をクリスチャンとして迎え入れることはできません。 同性愛が社会で受け入れられても聖書に忠実なクリスチャンのグループでは受け入れることはできません エホバ神の律法は、ご自分の崇拝者の「益する」ことを意図しているので、神の律法を堅持する立場は、エホバの崇拝者のために、益となるでしょう。(イザヤ48:17) さらに、一般のキリスト教会の教会員には、仏壇での偶像崇拝をしながら教会員として受け入れ続けられている例があります。また、ある場合、武器をとって戦うことはクリスチャンも受け入れられるという牧師もいます。しかし、それは、聖書の言う野獣、つまり、国家に対する偶像崇拝です。 judithbluepool クリスチャンは偶像崇拝をしながら聖書の神エホバの是認と保護は得られません I, PHGCOM Ainu bear sacrifice. Japanese painting 1870 昔のアイヌの熊の崇拝―クリスチャンは国家の崇拝という野獣の崇拝をすることはできません クリスチャンは野獣を崇拝して武器をとって戦うことはできません しかし、エゼキエル書は、「イスラエルの子ら」、つまり聖書の神エホバの崇拝者たちが偶像崇拝を行なって不忠実になる時、それでも、エホバへの崇拝を捧げ続けて、エホバの「聖なる所の務め」を行ない続ける祭司が存在することを示しています。 「イスラエルの子らがわたしからさまよい出たときに,わたしの聖なる所の務めを行なった,ザドクの子ら,レビの祭司たち」は、「わたしに脂肪と血をささげるために,必ずわたしの前に立つ」と述べられています。(エゼキエル44:15) ですから、一部の「ザドクの子ら」と呼ばれている「レビの祭司」たちは、偶像崇拝を避けて、エホバの是認を保ちます。ですから、神の王国に入る油そそがれたクリスチャンという立場を保ち続けることができます。 ですから、私たちは、一般のクリスチャンたちが偶像崇拝を行なって不忠実になる時、それでも、エホバに忠実を保って、エホバへの奉仕を行ない続けることが重要であると言えます。 私たちはクリスチャンとして、キリストの贖いの犠牲に頼って神の許しを求めつつ、神の王国に入る希望を失わないように努力を払い続けましょう。 ザドクの子らの祭司たちのように、周囲の人々が偶像崇拝に陥っても、エホバに対する全き専心を捧げ続けましょう。断固として偶像崇拝を退け、エホバへの奉仕を捧げ続けましょう。神の律法を守り、神への賛美の犠牲を捧げるという二つの務めを果たし続けていきましょう。

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  • 24 Jul
    • エレミヤ5章・ユダの売春のためにエホバはユダに復しゅうされる

      エレミヤ5章の中にもユダがエホバを捨てて異国の神に仕えた事や、姦淫を行ない続けたことが糾弾されています。(エレミヤ5:7)これらの聖書の記述は、エホバ神が性道徳の基準を守ることを求められ、性道徳において退廃する時に、それらの国家が他の軍事強国から攻撃することを許されたことを示しています。 エホバは、このことをどの国家に対しても、求められるでしょう。とりわけキリスト教を奉じる国家に対してはまず、第一に求められます。 エホバはユダのそれら姦淫を行なう人々を「強い睾丸を持つ盛りのついた馬」になぞえられました。(エレミヤ5:8)馬は、「友の妻に向かっていななく」ようです。(エレミヤ5:8)ユダの不道徳な男も、他の人の妻に対して性的な欲望を言い表したのでしょう。 昔のユダの男たちは盛りのついた馬になぞられられました-友の妻に対して欲望を言い表したのでしょう さらに、ユダの人々が、「売春婦の家に群れをなして行く」と言われています。(エレミヤ5:7)ユダには、たくさんの売春婦がいて盛況だったようです。 馬、その他の動物にフレーメン反応があります。それは雌の発情しているにおいをかいで、独特な表情をする反応です。私は、その時、いななくかどうかをネットで確認できませんでしたが、おそらく、馬は、そのような反応によって、多くの雌に対して、性的な欲望を表すのでしょう。 昔のユダでは、男性同性愛による買売春も行われており、「神殿男娼」と呼ばれていました。(列王第一14:24)モーセの律法では、男性同性愛は、死刑に規定され、禁じられていました。(レビ20:13) しかし、申命記では、息子たちに「神殿男娼」になったり、「犬の代価」をエホバの家に携えて来てはならないと命じられています。(申命記23:17,18)それで、聖書は神殿で行われた男性同性愛の男娼を「犬」と呼んでいて、その報酬を「犬の代価」と呼んでいます。 ネットの動画でオスの小型犬同士で交尾をする様子が公開されているようです。それで、確かに、オス同志で同性愛をする犬がいるので、エホバ神はその犬の習性をご存知で男性同性愛者を犬と呼ばれたのでしょう。 昔のエホバの神殿の中で、男娼による賃金のやり取りが行われていたということは、ユダの背教した王たちの公認のもとで、エホバへの崇拝に関連して、男性同性愛の売春夫が置かれ商売が行われていたということを示しています。しかし、アサ、エホシャファト、ヨシヤなどのユダの忠実な王は神殿男娼を除き去るよう努力を払いました。(列王第一15:11,12;22:45,46。列王第二23:7) 昔、日本には江戸時代に東京の日本橋に幕府公認の「吉原」という遊郭がありました。後になって台東区の浅草の近くの山谷にその遊郭が移りました。吉原の女郎買いに夢中になる人を「吉原狂い」と言いました。今でも、宝くじに当たった人などが、巨額のお金を売春婦のために浪費してしまう場合があります。 明治5年(1872年)頃の東京の吉原遊郭 日本には昔政府公認の吉原という売春宿がありました また、日本では、戦後公娼制度は廃止されましたが、従来の売春宿を特殊飲食店街と呼んでそこでの買売春は黙認されました。そこを警察は、地図に赤線で囲んで印をつけたので、そこは「赤線地帯」と呼ばれました。1957年に売春防止法が施行された時に、赤線は廃止され、ソープランドとして残りました。その時、警察庁調べでは売春婦が12万人いたということです。 日本では、女子を対象にした売春は禁じられていますが、男性同性愛の買売春のビジネスをすることは法律で禁じられておらず罰則がありません。 しかし、人間の法律で禁じられていなくても、聖書は同性愛を禁じています。(コリント第一6:9,10) Albrecht Dürer – The Men's Bath 同性愛は人間政府が認めていても聖書の神は禁じられています しかし、日本では、相手が望まないのに、同性愛を強要する人には、罰則があります。強制わいせつ罪は6カ月以上10年以下の懲役となっています。また、ストーカー規制法は異性間にも、同性間でも適用されます。 中国では、新華社の発表によると約200万人が売春に従事しています。中国では、売春の組織的な斡旋は死刑が適用されることもあります。2007年に韓国で27万人が売春に従事していると言われました。また、韓国政府の関係者によると、韓国人の売春婦が日本国内に約5万人いるとされます。 淫行や売春は聖書で禁じられています。(エゼキエル16:15,16。エレミヤ32:)例え、政府が認めてたとしても、周囲で一般的になったとしても、買売春を避けて、エホバ神に受け入れていただけるようにしましょう。 エホバは「あなた方に預言者であるわたしのすべての僕を遣わしつづけた。毎日早く起きては[彼らを]遣わした」と言われました。(エレミヤ7:25)しかし、彼らは、エホバが懲らしめを与えても、立ち返ろうとはしませんでした。(エレミヤ5:3) 人々は、神の律法を守らず、人間を鳥のようにとらえて、欺きによって富を得ました。(エレミヤ5:26,27)そして、彼らは「悪いことであふれ」ました。(エレミヤ5:28) それで、エホバはことのために「言い開きを求め」「このような国民に復しゅうをすべきではないか」と言われました。(エレミヤ5:29) 預言者は、ユダの人々がエホバの律法に違反したので、神が「災い」をもたらすことを告げました。(エレミヤ4:6)神は、「一つの国民」をユダの人々のところに来させ、彼らが、ユダの人々の息子と娘たちを食い尽くし、ユダの収穫と、パンと、羊と牛の群れ、ぶどうの木といちじくの木を食い尽くすことを警告されました。そして、ユダの人々が依り頼んでいる「防備の施されている諸都市を剣で打ち砕く」ことを警告されました。(エレミヤ5:15-17) しかし、ユダの人々は、雨を注ぎ、収穫を与えて下さるエホバを恐れようとはしませんでした。(エレミヤ5:26)そして、「神はいない。わたしたちに災いが臨むことはない。わたいたちは剣も飢きんも見ないであろう。」と言いました。(エレミヤ5:12)ユダの「民は強情で反逆の心を持つように」なりました。(エレミヤ5:23) ユダの人々は霊感を受けて語った預言者エレミヤの言葉を真剣に受け取りませんでした。彼らは、創造者への信仰を培いませんでした。そして、神はいない、自分たちの将来は安泰だと考えました。神の律法に違反しながら、日常生活を送りました。 その結果、歴史の事実によると、古代の軍事強国バビロンがユダとエルサレムに攻めて来て、そこの人々は、バビロンに捕らわれになり、ユダとエルサレムは荒廃してしまいました。 Deportation and exile of the Jews of the ancient Kingdom of Judah to Babylon and the destruction of Jerusalem ユダは売春を禁ずるエホバの律法に違反して軍事強国によって攻撃され荒廃することになりました エホバ神は今日でも生きておられ、昔と同じ基準を人々が守ることを求められます。エホバ神は、北の王に対しても、南の王に対しても、キリスト教徒に対しても、イスラム教徒に対しても、また、仏教徒に対しても、また、他の宗教を持っている人々に対しても、姦淫や売春や偶像崇拝を禁じられています。そして、ご自分の律法を守らない国家や人々が災いを被ることを予告されています。 私たちは、創造者エホバを恐れて、エホバの律法を守るようにしましょう。来るべき災いを逃れるための手を打ちましょう。 David Sifry 売春はエホバに不興を買う行いです-たとえ一般社会で受け入れられていても売春を避けてエホバの是認を求めましょう

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  • 10 Jul
    • エレミヤ32章-モレクに捧げた子供の犠牲-兵士として戦うことと堕胎

      エレミヤ32章によると、バビロンに包囲されていたエルサレムで捕らわれの身にあったエレミヤにエホバの言葉が臨み、エホバは、エルサレムがバビロンの王の手によって焼かれることをさらに確証されました。(エレミヤ32:28,29)エホバ神が、ユダの人々をバビロン王の手に渡すことにされたのはどうしてでしょうか。 それは、ユダの人々の偶像崇拝のためです。ユダの人々はバアルなどのほかの神々に崇拝を捧げました。(エレミヤ32:29)また、エホバの家に偶像を置きました。(エレミヤ32:34) さらに、ユダの人々はヒンノムの子の谷で、バアルの高き所を築き、息子や娘を異教の神のモレクに「火で焼いて」捧げていました。(エレミヤ19;5;32:35。エゼキエル20:16)それは子供を殺すことを意味していました。 Rex Morache Follow Molech's Baby Killers Modern Molech ユダの人々はモレク神に子供を火で焼いてささげました-それは現代に何を意味していますか エホバ神はイスラエル人にモーセの律法を与えました。モーセの律法の十戒の中には殺人と偶像崇拝を禁ずるおきてが含まれていました。(出エジプト20:4,5,13)しかし、イスラエル人は、モーセの律法を守りませんでした。イスラエル人は、偶像崇拝を行ない続けました。 昔ユダがエホバ神を怒らせユダとエルサレムに滅びをもたらした、子供を偽りの神に火で焼いて捧げることは今日、何を意味するでしょうか。文字通りに子どもを火で焼いて偶像の神に捧げることは、今日行われないでしょう。 まず、国家が国民を徴兵して、戦争に狩り出し、そのために国民が死亡するならば、それは、国民を異教の神に捧げて殺すことを意味する事になるでしょう。つまり、国家主義というひとつの神、あるいは、ひとつの宗教のために子供を犠牲にすることになります。昔、第二次世界大戦中に、戦地に向かった兵士はお国のために戦うと考えました。それは、崇高なことだと考えられました。 German Navy officers' visit to Yasukuni Shrine (March 1937) 国のために子どもを兵士として戦わせることは異教の神に子どもを捧げて殺す偶像崇拝と同じです しかし、聖書の視点は異なっています。当然人殺しは、聖書の中で、禁じられています。(啓示21:8)さらに、キリストは、クリスチャンに武器をとって戦うことを禁じています。(マタイ26:52) U.S. soldiers take cover during a firefight with insurgents in the Al Doura section of Baghdad 7 March 2007 クリスチャンが武器をとって人殺しをすることは神の怒りを買います 聖書は、国家を野獣として描写している場合があります。理性のない野獣のように国家は互いに戦い合うことがあります。聖書はクリスチャンに国家に敬意を払い、従うことを勧めています。(ローマ13:1)でも、神の律法を無視して国家に盲従する事を野獣の崇拝と述べて禁じています。(啓示13:4; 14: 9, 10) Phillip Medhurst 国家のために戦うことは崇高なことだと考えられていますがエホバの目には野獣の崇拝です ですから、クリスチャンで、神の是認を得たいと願うならば、人殺しは避ける必要があります。もし、その国家が国民に対して武器をとって戦うことを強制するならば、クリスチャンが聖書の神の是認を保ちたいと願うならば、その国から出る必要が出て来るでしょう。 さらに、親が子供を殺すことで思い浮かぶのは、堕胎です。多くの人は、胎児は人間であるとは考えていません。しかし、聖書を見ると、母親のお腹の中にいる胎児もエホバ神は人として、ご覧になっています。(詩編22:10)受精した卵子も胎芽も神にとっては一人の人間です。(詩編139:14-16) lunar caustic - Embryo 母親の胎内の胎児はエホバの目に一人前の人間ですから胎児を殺すのは殺人です これは、一般の人が考える殺人よりも、エホバ神が考える殺人の範囲が広いことを意味しています。また、多くのカトリック教会は、中絶を殺人とみなしていて、子供を妊娠した時に、そのまま出産することになります。また、一部のプロテストタント教会でも、中絶を殺人とみなしています。また、エホバの証人も中絶を罪とみなしています。 そのため、中絶を殺人とみなしている宗教グループの家庭では、子だくさんになる傾向があります。そのような家庭では、家族の人数が多くなるために、多くの場合、家族が貧しいという結果になります。 世界の国々や地域の幸福度を調べた調査があります。確かに、経済レベルが高いと幸福度が高くなるという傾向はあります。しかし、世界中の国家の幸福度を調べてみると、必ずしも、経済レベルと一致しません。貧しくても幸福度は割と高いという地域もあります。 多くのキリスト教諸国家、とりわけ、カトリックの影響力の強い地域で、経済レベルにかかわりなく、幸福度が高い傾向があります。家族の絆を大事にする家庭では、家族の支え合いがしっかりとして、精神面、感情面での幸福度は高いという結果になるでしょう。(詩編128:3) また、発展途上国などでは、子供も、家族にとって貴重な労働力とみなされる場合が多くあります。勢い、子供の数が多くなっても気にしません。また、発展途上国では、非常に多くの家族が貧しく、大家族であることが多いために、生活費を抑えて、貧しい生活を送っていることを気にしません。 A family from Basankusu, Democratic Republic of the Congo. Francis Hannaway 発展途上国では貧しい生活を送ることを気にせず堕胎をしないので家族が互いの命を尊重し家族の絆が強くなり人々の幸福度が高くなる場合があります 家族の絆が強く、助け合いが行われている場合、一般的に幸福度は高くなります。そして、目に見えない神への信仰も幸福度の向上に貢献します。 さらに、子供の数が多いと、子育て中は、経済的に大変ですが、子供が大人になって皆が働くようになると、その家族は全体的に経済的に豊かになるという状況が見られる場合もあります。その結果、今日多くの発展途上国で、全般的に経済的に発展しているという状況も見られます。 しかし、多くのキリスト教諸国家で、教会員が教会の教えを守らないという事態が見られます。そのため、教会員が家族を大切にしなかったり、平気で殺人や盗みをすることになれば、幸福度は低くなるでしょう。 一方、一般的には、先進国では、先進国では、昔よりも、生活費が一般的に高くなっています。子育てのために膨大な費用がかかります。発展途上国のように、ただ子供に食料と最低限の衣服を備えればいいというわけにはいきません。どの家庭も、家に何台ものテレビや何台もの車を持っていたりします。皆が、固定電話だけでなく、携帯をひとりひとり持ちます。 そうすると、生活費が昔より高くなります。また、子どもにも、テレビや携帯を買って与えたり、塾に通わせたりします。すると、子育てにお金がかかります。多くの若い親たちは、子育てのための高額の費用を負担できないと考えます。そのため、母親が妊娠したことに気づいても、産婦人科の病院に行って堕胎をすることが行われます。 Ed Yourdon 昔よりぜいたくになりひとつの家族当たりの生活費が高くなっているので夫婦の子供の数が少なくなっています 堕胎は殺人です また、ネットを調べると、伝統的な仏教では、不殺生戒が最も重要な戒律であり、中絶に反対しているとあります。また、仏教でも、生命の始まりは性行為である、つまり、受精し胚になった段階で生命とみなし、それを破壊することは殺生であるとの考え方が一般的であるとあります。 ところが、私は日本の仏教のお寺のお坊さんが堕胎がいけないと教えていると聞いたことがありません。普通、仏教の教えに触れるのは、お葬式の時なので、堕胎について触れることがないからでしょう。 そして、以前宗教を持っていた人がその信仰に対して信仰心を失ってしまった場合や、信仰心を捨ててしまった場合、平気で堕胎を行なうということになるでしょう。また、宗教を持たない人には、何の倫理観も存在しないため、とりわけ、堕胎や殺人について、何らの罪のとがめも感じないということになるでしょう。 それで、とりわけ、先進国で、堕胎が広く行われているでしょう。日本では、厚生労働省の統計によると、一時的には一年に100万人の人工妊娠中絶が行われてきましたが、現在では、一年に約30万人弱の妊娠中絶が行われているようです。 今、日本は、少子高齢化で、一年に約30万人弱、人口が減少しています。しかし、もし、人工妊娠中絶を行なうことを一切避ければ、日本の人口は、減らないことになるでしょう。そして、将来の日本の税収も減らないということになるでしょう。 人工妊娠中絶を避けるなら日本の人口は減らないでしょう しかし、子供が奇形であると判断されて、母親に堕胎が勧められることがあります。しかし、妊娠時はとりわけ薬の服用や喫煙やパソコンや携帯などの電磁波が発生する物を避けるという一般的な注意を守ることによって子供の障害はかなり避けられるでしょう。 また、結婚していないのに、性関係を持って妊娠してしまい堕胎をするという人も多いでしょう。それで、堕胎という神の目に殺人を犯さないためには、きちんと結婚してから、性関係を持つ方がいいことになります。 Jonathan Day きちんと結婚した後に性関係を持つと堕胎をせずにすみます また、子どもを育てる家庭の場合、他の人と異なる生活をすることを恐れないならば、子供の数が増えても、子育てをすることができます。例えば、車を持つことは、便利であっても、家計に負担になることを考えて、家族が車を持たないようにするという選択もありえます。 家族の生活費を節約すれば生まれた子供を堕胎をせずに育てられます また、子供に必ずしも携帯を持たせたり、ゲームをやらせたり、必ず、塾に通わせたりしなければならないということはありません。子供の教育については、塾に通わせるのではなく、親子で一緒に図書館に行って、本を読むようにすることによって費用をかけずに子供の知的な能力や学習力を自由に伸ばすことができるでしょう。 また、できるだけ祖父母の近くに住めば、子どもの世話が必要な時、祖父母の協力も得られるでしょう。そのようにすれば、保育所の費用を節約できます。それで、さまざまな方法で、できるだけ費用をかけずに、子育てをするよう工夫をすることができます。 周囲と同じ生活スタイルを持たなければならないという圧力に抵抗し、自分の家庭が他と異なっていることを恐れないという態度が必要でしょう。また、そのようにする理由を子供たちにもきちんと説明してあげることが必要です。そのようにすれば、子供も他の家族と異なっていることを嘆くことはないでしょう。 このように知恵を働かせることによって、堕胎という殺人の罪を神の前で、犯すことを避けることができます。それは、エホバ神との良い関係をもたらし、神に祈りも聞いていただけるでしょう。また、堕胎が神に対する罪であることを知らずに、堕胎をしてしまった場合は、エホバ神にキリストの贖いの犠牲に基づいて、罪の許しを願い求めましょう。

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  • 12 Jun
    • エレミヤ7章―エホバの怒りをもたらした流血・偶像崇拝・盗み・欺き・虐げ

      エレミヤ7章には、バビロンから攻撃される前のイスラエル人が神の言葉に聞き従わず、さまざまな律法違反にふけったことが記されています。この章は、どんな行いがエホバ神の怒りをもたらし、エホバの保護を失わせ、自らに災いをもたらす結果になるかを示しています。 その当時、イスラエルの人々は、さまざまな悪い事を行ないながら、それでも、「これらはエホバの神殿だ。エホバの神殿だ。エホバの神殿だ」と言いました。(エレミヤ7:4) 人々は、「忌むべきことを行なっていながら」『わたしたちはきっと救い出される』と言っていました。(エレミヤ7:10)人々は、自分たちの土地にエホバの神殿があるので、それが保護になって自分たちがいつまでも安泰であると考えていました。 しかし、実際は、ユダの人々のさまざまな悪い行いのために、エホバ神はご自分の「怒りと激怒」は「この場所に」「注ぎ出される」「それは必ず燃え消されることはない」と言われました。(エレミヤ7:4) conflagration 人々の律法違反のためにエホバの怒りが注ぎだされることになるとエホバは言われました ユダの人々は何をしていたのでしょうか。ユダの人々は、トフェトとヒンノムの子の谷で、息子や娘を「火で焼いて」異教の神に捧げていました。(エレミヤ7:31)それは子供を殺すことを意味していました。また、ユダの人々は、エホバの家に、「嫌悪すべきもの」つまり、偶像を置きました。(エレミヤ7:30) ヒンノムの谷 ヒンノムの谷で偽りの神への偶像崇拝と流血が行われていました バアル崇拝を初めとして、さまざまな「ほかの神々」を崇拝していました。(エレミヤ7:9)エホバ神以外の神を崇拝することは十戒で第一に禁じられたことでした。(出エジプト20:2,3) さらに、エルサレムの中では、無実の人々の血を流すことが行われていました。(エレミヤ7:6)例えば、ユダの人々がエホバの言葉を伝えたゼカリヤを石打にして殺したことを聖書は記録しています。(歴代第二24:20,21) Gallery: エルサレムでは無実の人々の血が流されていました また、ユダの人々は、姦淫や盗みを行ない、偽って誓っていました。(エレミヤ7:9)また、「外人居留者、父なし子、やもめを虐げ」ていました。(エレミヤ7:6)それらの人々の弱さにつけこんで、それらの人々を殺したり、暴力をふるったり、だまし取ったりしていました。(詩編94:6。エレミヤ22:3。エゼキエル22:7。ゼカリヤ7:10) しかし、エホバは、イスラエル人が、「自分の道と自分の行ないを本当に良くするなら」・・・「わたしとしてもあなた方をこの場所に」「定めのない時から定めのない時に至るまで必ず住まわせるであろう」と言われました。(エレミヤ7:5-7) しかし、エホバは異教の神に子供の犠牲が捧げられた場所が、「殺しの谷と呼ばれる」ようになり、そこで、死体が満ちあふれ、「民の死体は必ず天の飛ぶ生き物や地の獣の食物」となることを予告されました。(エレミヤ7:32-34) エホバは偶像崇拝が行われていた場所に死体が満ち溢れることになると予告されました それで、イスラエルの人々がエホバの是認と保護を得られるかどうかは、彼らの行いが神のご要求にかなっているかどうかにかかっていました。 そして、エホバ神の側はイスラエル人に呼びかける努力を続けられました。エホバはイスラエル人に、「預言者であるわたしのすべての僕を遣わしつづけた。毎日早く起きては[彼らを]遣わし」ました。「それでも彼らはわたしに聴き従」いませんでした。「彼らはその父祖たちよりも悪いことを行な」いました。(エレミヤ7:25,26) エホバはユダの人々が不従順な行為を続けるならば、ユダの諸都市とエルサレムが、荒廃してしまうことを警告されました。そして、実際に、ユダの人々は、エホバの言葉に従順に聞き従わなかったので、ユダはバビロンの軍事的な攻撃を受け、エルサレムは七十年荒廃してしまう結果になりました。(エレミヤ25:1。歴代第二36:21) それで、エホバ神は、ご自分を崇拝すると自称する人々に、流血、淫行、偶像崇拝、社会的な弱者の虐待、盗み、欺きなどを退けることを要求されます。 それで、私たちは自分たちの住んでいる地域で、流血や淫行が行われないように努力を払いましょう。国家が戦争に巻き込まれないように努力を払いましょう。偶像崇拝を避け、エホバ神だけを崇拝しましょう。社会的な弱者に考慮を払いましょう。人の物を盗むことはやめましょう。人々に偽りを語って、お金をだまし取るようなことはやめましょう。 殺人をしてはなりません 淫行を退けましょう 同性愛を退けましょう 盗みはやめましょう No machine-readable author provided. Gakuro assumed (based on copyright claims). 偶像崇拝は退けましょう

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  • 21 May
    • エレミヤ28・29章・預言者が偽りを語るならばエホバは責任を問われる

      現代、聖書を解釈して、その解釈を公表している人々は、現代の預言者と言えます。 現代、聖書を解釈する聖書の解釈者も現代のエホバの預言者と言えます。過去の聖書の記録によると、エホバ神は預言者が偽りを語るならば、その責任を問われました。ですから、エホバ神は現代の預言者たちに対しても、責任を問われることが考えられます。 今日のエホバの証人は、ダニエル書や啓示の書の大半の預言はすでに成就して、残されている預言は、おおむね偽りの宗教の世界帝国である大いなるバビロンの滅びと、この世の終わりであると解釈しています。ですから、エホバの証人の解釈では、この世の終わりと楽園は非常に近いことになっています。 確かに楽園が間近いということであればそれは望ましいことですが、その預言の成就が間近いと言う解釈が間違っているなら重大な事になりえます。なぜなら、ハナニヤは、バビロンからの解放が間近いと預言して命を失いました。また、シェマヤも預言の成就が近いと預言して長生きできなくなり、エホバが預言された良いことを目撃できなくなりました。   Piscine du Yapahuwa Paradise Hotel (Sri Lanka) Ji-Elle   聖書は確かに楽園を約束していますがそれはエホバの証人が預言する通りすぐに実現しますか もし、エホバの証人の聖書の預言の解釈が間違っていれば、エホバの不興を買ったハナニヤやシャマヤのようになる危険があるかもしれません。 預言者エレミヤは、人々がユダとエルサレムからバビロンに流刑にされ、その期間は、七十年に及ぶことになると預言していました。(エレミヤ25:12,13) しかし、預言者ハナニヤはエホバの名によって預言し、2年のうちにバビロンのくびきを打ち砕き、流刑者がバビロンから戻ることになると偽りを語りました。(エレミヤ28:2-4)ハナニヤの預言は、エホバ神から与えられた預言ではありませんでした。 バビロンに捕らわれになっていた流刑者が故国に戻ることは、確かにユダの人々の当然の自然な願いだったでしょう。それで、ハナニヤは、エホバの言葉を度外視して、人々に人気のある人々が望むことを語りました。そして、結果的に人々を偽りの希望に頼らせました。(エレミヤ28:15) エホバは、預言者エレミヤを遣わして、ハナニヤがエホバの名によって偽りを預言したので、今年死ぬと預言させました。(エレミヤ28:16)ハナニヤはその年の7月に死んでしまいました。(エレミヤ28:17) このことは、エホバ神はご自分の名によって語られる偽りの預言に対して不興を表明されることが分かります。それは、人々を誤導し、その上エホバのみ名に非難をもたらすからでしょう。 さらに、バビロンにいた預言者アハブとゼデキヤは、エホバが「彼らに命じなかった言葉」をエホバの名によって「偽って語りつづけ」、またその友の妻と姦淫を行ないました。(エレミヤ29:23)それで、エレミヤは、彼らがバビロンの王ネブカドネザルの手に渡され火で焼かれることになることを預言しました。(エレミヤ29:21,22) エホバ神は、淫行と結びついている偽りの預言を大変嫌われることが分かります。啓示の書の中では、エホバ神は、神の民の淫行と偶像崇拝を厳しく糾弾され、そうしたことを行なっている人々を大患難に投げ込むと警告されています。(啓示2:20-22) シェマヤは、預言者エレミヤが流刑が長引くと預言していたことに反対して、エレミヤが迫害されるように祭司とすべての人々に働きかけました。(エレミヤ29:26,28)そのようにして、シェマヤはエホバが遣わしたのでもないのに語り、バビロンでの流刑は長引かないという偽りに人々を頼らせようとしました。(エレミヤ29:31)それで、聖書に基づく真の預言を快く思わないで、それを語る預言者を迫害しようとする人がいることが分かります。 エレミヤは、シェマヤはエホバに「反逆を語った」ので、子孫を持たなくなり、バビロンに住む民にエホバが行われる「良いことを見ることはない」と預言しました。(エレミヤ29:32) エホバ神は昔ご自分の預言に一致しない預言をする偽りの預言者に不興を表されました。ですから、聖書に基づかない偽りの預言を語ることは、エホバを怒らせます。 ですから、現代の預言者たちは、エホバ神と、その預言を聞く人たちの前で重大な責任をになっています。 しかし、普通、聖書の研究者たちは自分の見地から正しいと考える聖書の預言の解釈を語っていると思います。しかし、現代の聖書の預言の解釈者は、たとえ、誠実に聖書を研究していたとしても、聖書の預言の解釈で間違いをする可能性があります。 なぜなら、今は、昔のようにエホバの言葉が聞こえたり、エホバから幻や夢を与えられたり、み使いが遣わされることもないからです。また、聖霊による奇跡的な援助を受けるわけでもありません。 エレミヤは、「平和を預言する預言者」は、「その預言者の言葉が実現する時」に、その預言者が神から遣わされたことが分かると言いました。(エレミヤ28:9)ですから、エホバの証人の解釈通り、世の終わりがすぐに実現するかどうかを見ていく必要があります。 エレミヤの時代の偽りの預言者たちに起こったことを考えると、現代の聖書の預言者は、自分や人々の望むことを語る誘惑に抵抗しなければならないと言えます。また、日々、聖書を読んで洞察し、自分の聖書の解釈が 聖書の音信を忠実に反映したものとなるように努力をする必要があります。 聖書を解釈する際に自分の勝手な判断を入れるのではなくできるだけ聖書によって説明するよう努力することによって神が意図された音信を伝えることができます   そのためには、預言の解釈をする際に、できうる限り自分の判断を入れずに、聖書的な根拠に従って解釈するように最善の努力を払うことが必要です。(箴言3:5,6)そして、自分の聖書の預言の解釈が成就していないならば、現在成就していると考えられる預言の解釈に謙遜に耳を傾けることが必要になるでしょう。

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  • 08 May
    • 自殺したくなるような状況になった場合-アヒトフェル

      日本では、人々がうつ病になって自殺をするという場合が多いです。テレビ番組で、母親を殺すという罪を犯して、裁判で温情のある判決を受けたものの、結局、経済的に困窮し自殺してしまった人のことが取り上げられました。それで、その人はある程度、自分が行なったことに対する罪悪感を抱いていたでしょうし、また、自分の状況に絶望してしまったのでしょう。 私は、その自殺をした男の人は神に信仰を抱いていなかったと思います。また、罪を犯したとしても、聖書の神は悔い改めて神に許しを求めるならば許してくださることも知らなかったと思います。(ヨハネ第一1:9)また、どんな状況に直面しても、神に依り頼む人に神が愛ある親切を示して助けてくださることも知らなかったと思います。(詩編32:10) 聖書の中で登場する自殺に至った人のひとりに元ダビデの親しい助言者であったアヒトフェルがいます。(サムエル第二16:23)アヒトフェルはなぜ自殺に至ったのでしょうか。 聖書中の例はある程度、神に対する信仰を抱いている場合であり、日本のように神への信仰があまりない場合には、当てはまらない場合もあるかもしれません。けれども、アヒトフェルに起こったことから学べる点はあると思います。 アヒトフェルは当然、ダビデと親交のあった時代に神に対する信仰を抱いていたと考えられます。アヒトフェルはとても賢い人で、彼の助言はとても役立ちました。(サムエル第二16:23) ところが、彼はダビデを裏切って、ダビデに反逆した息子アブサロムに寝返りました。それで、アヒトフェルは、ダビデがエホバの油そそがれた者であることを考慮せず、またそれまで培ってきていたダビデや他の人との絆に忠実を示しませんでした。 アヒトフェルは、油注がれた者であったダビデが神に忠実を保つ努力を払っている限り、それまで通り、ダビデについていた方がエホバのご意志にかなっていたでしょう。エホバ神がダビデに味方して行動されたので、アヒトフェルの助言は、アブサロムの陣営で、尊重されませんでした。(サムエル第二17:14)アヒトフェルは、エホバのご意志に逆らうことになり、うまくいきませんでした。 エホバがダビデの祈りを聞かれたのでアヒトフェルの助言はアブサロムに尊重されずアヒトフェルは落胆して自殺をしてしまいました 彼は落胆して自殺をしてしまいました。私は、一度、自分の助言が受け入れられなかったくらいで、自殺をしたアヒトフェルはもろすぎると思います。普通は人は物事が一度うまくいかなくても、二度、三度とトライします。ところが、彼は、いったん自分の助言が上官に退けられると絶望してしまいました。 エホバ神ではなく自分に頼る人は大変もろく自殺に走りやすくなります もし、アヒトフェルが神への信仰を少しでも抱いていたなら、彼は物事がうまくいかなくても、神にさらに助けと導きを祈り求めたと思います。 ダビデに災いが起きたのは、ダビデに罪があったからでした。(サムエル第一12:10,11)そして、それが油注がれた者ダビデに反する行動であっても、エホバ神は、アヒトフェルの信仰と彼の観点からの助けを求める祈りに答え応じられることがありえました。エホバ神は、ご自分の際立った僕を尊重されますが、そうではない人の観点や信仰も尊重されるからです。(創世記21:12,17) または、アヒトフェルは賢い人だったので、アブサロムに対する自分の助言が退けられた時点で、ダビデに対して反抗するアブサロムの企てがうまくいかないと考えたのかもしれません。しかし、アヒトフェルが謙遜で知恵がある人であれば、アブサロムから退けられた時点で、また、ダビデに鞍替えしても良かったかも知れません。 Death of Absalom Tapestry 1817. Public domain via Wikimedia Commons. 実際エホバが油注がれた者ダビデの味方をされアブサロムの企ては失敗しました―アヒトフェルはエホバのご意志を考慮してダビデに鞍替えしたらよかったかもしれません アブサロムが有利だと見えていた時に、ダビデにひどいことをしたシムイは、ダビデが勝利をした時に、ダビデに許しを請い、自分の命をながらえました。(サムエル第二19:18-20) しかし、アヒトフェルは神を愛して神との関係を大切にしていたわけではなく、神に頼っていたわけではありませんでした。彼は、自分の知恵に頼っていました。 聖書は、「エホバに依り頼み,エホバがその確信[のよりどころ]となってくださった強健な者は祝福される」と述べている一方、「肉を自分の腕とし,その心がエホバからそれて行く強健な者はのろわれる」と述べています。(エレミヤ17:5-8)ですから、エホバに頼るのではなく、自分に頼る人はうまくいきません。 神に頼る態度がない場合、人は大変もろくなることがあります。神への信仰を抱いていないと、人は容易に希望を捨ててしまいます。そういう場合、人は自殺に走りやすくなります。 それで、油そそがれた者に対する敬意も求められているとは言え、一番重要なのは、エホバ神に対する愛と信仰と神に依り頼む態度です。 それがあれば、エホバに助けていただけます。自分の罪や失敗のために自殺したくなるような状況に直面しても、エホバ神への信仰を失うのではなく、エホバ神に罪の許しと助けを懇願しましょう。 アヒトフェルが自分の知恵ではなくエホバに頼る気持ちがあればエホバは彼の祈りを聞かれたかもしれません-どんな状況になってもエホバに罪の許しと助けを祈りましょう

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  • 30 Apr
    • 熊本地震-聖書の神は人々が災いを経験することをなぜ許されるのですか

      ある人は、聖書の神が存在するのに、その神は人々が災いを経験するのをなぜ許されるのかと考えるかもしれません。聖書は、エホバ神は、人々がご自分の基準に反した行動をする時に、災いを経験することを許されることも述べています。 エホバ神は義なる基準を持たれる方です。それで、諸国民が流血や偶像崇拝や淫行や心霊術や軍事力に頼ることなど、神の律法に違反することを行なう時、怒りや「憤り」を抱かれます。(エゼキエル24:15,16,18。コロサイ3:5,6) Statue of Buddha in Wat Phra Si Rattana Mahathat , Phitsanulok, Thailand … JJ Harrison (jjharrison89@facebook.com ) - Own work エホバ神は偶像崇拝が行われるとき怒りと憤りを抱かれます それで、基本的には、ご自分ではなく、異教の神に偶像崇拝を捧げている人々にエホバ神は、保護を差し伸べられません。偶像は、その崇拝者に救いをもたらす力はありません。(詩編31:6) そのため、人々が偶像崇拝などをして神の目に悪いことを行なう時、戦争などの災いを経験することを許されることがあります。(エレミヤ19:15)それは、エホバ神は悪を憎まれるので、悪に対して義なる怒りを抱かれるからです。(エゼキエル16:38) Aftermath of the tsunami in Aceh エホバ神は淫行や偶像崇拝などの罪があると保護を差し控えられ災いが起こることを許されることがあります また、神は、神の僕に対する「懲らしめ」のために災いが起こることを許されることがあります。「懲らしめ」とは、神の僕の側に正されなければならない悪があるからです。(ヘブライ12:6。イザヤ10:5,6)その時もたらされる災いは、神の民がより一層、神の基準に沿って生活するようになることを目的としています。しかしながら、それでも、その災いはエホバ神が引き起こされるものではないでしょう。 義人のヨブは災いにあって、かろうじて生き残りました。もちろん、これまでの記事で述べたように神の信仰を働かせる人々も、災いに遭って死ぬことさえあります。しかし、偶像崇拝者はエホバの保護がないので、エホバ神に保護を求める神の僕よりも、死亡率が高いでしょう。(箴言18:10) 確かに、エホバ神は、悪魔サタンや悪霊たち、南の王や北の王や邪悪な人々が存在することを許されています。そのためエホバ神は、サタンや邪悪な人々が、自分の思うままにすることを許されます。それらの戦争や災いは、エホバ神が生じることを許されたものだと言うことができるでしょう。 しかし、すべての戦争や災いをエホバ神が直接引き起こすわけではありません。 それは、ヨブに起きた災いを引き起こしたのが、すべて悪魔サタンであったことからも分かります。ヨブの子供たちは、ヨブに倣ってある程度正しい行いをするように努力していた子供たちも含まれていたかもしれません。しかし、ヨブのようには神の律法を守っていない子供たちも含まれていたかもしれません。ヨブの息子や娘たちは、崩壊した家の下敷きになってみんな命を落としてしまいました。(ヨブ1:18,19) ですから、いずれにしても、義なる人も不義な人も災いに巻き込まれて、命を落とすことがあります。(詩編34:19。箴言24:16。イザヤ57:1)しかし、義人であったヨブはエホバの保護と助けで生き残り、彼は自分の平常の生活を取り戻しました。ですから、この場合も、エホバ神に信仰を抱く義なる人の場合は、死亡率がより低く、神の助けがあると言えます。 とりわけ、聖書中のダニエル書などに起こることが言及されている戦争や災いは、エホバ神が起こることを許されるものです。また、啓示の書や福音書の中にも、神の民や信仰を持たない一般の人に災いがふりかかることが予告されています。しかし、それらの予告された戦争や災いからできるだけ害を受けないようにする方法や知恵は聖書の中に記されています。 しかし、大いなるバビロンや、北の王や、邪悪な人々が、行なう流血や殺人をエホバ神が是認されるわけではありません。 エホバ神は、人々が完全に平和や幸福を享受することを望んでおられます。(コリント第一14:33)それで、聖書は、神に信仰を持つ人々が、大患難が起こる前に山間部に逃げることを予告しています。(マタイ24:15,16) しかし、神の民が山で生活していること自体が完全な保護になるわけではありません。神の民は山に逃げて、なおかつ、そこで偶像崇拝などの神の律法違反を避けていることが求められます。もし、山間部で生活していても、神の律法違反があるならば、やはり、邪悪な人々からもたらされる災いを経験する可能性は高くなるでしょう。 しかし、聖書は将来神の民が自分の罪を悔い改める時が来ることを予告しています。(ダニエル8:14) さらに、エホバ神は神の民に対して災いをもたらす邪悪な人々に対して、また、ご自分の是認されない流血や殺人に関して、「復しゅう」をされます。そのため、神の民に対する災いがもたらされる原因が減ることになります。(啓示6:10;19:2) そこで最終的には、山々の上で暮らす神の民がある程度の平和と繁栄を享受することを聖書は予告しています。(エゼキエル38:12) そして、それらの人々は、邪悪な人々の全滅という世の終わりを生き残って、地上の楽園に導き入れられることを聖書は予告しています。(啓示17:15-17)それで、エホバ神は、ご自分に信仰を働かせる人々の幸福で平和な生活を願っておられ、そのような方向に導いていかれます。 それで、聖書の神は、人々がご自分に信仰を抱いて、ご自分の律法を守ることを期待されます。エホバ神は、ご自分に信仰を抱く人々の信仰を試みるために、それらの人びとに対する悪魔サタンの攻撃を許されることがあります。 A typical Shingon shrine set up for priests, with Vairocana at the center of the shrine Tktru - Own work… しかし、ご自分に信仰を抱く人々や、そうでない人々がご自分の律法に反している場合、とりわけ、悪魔サタンや邪悪な人々の攻撃が生じることを許されることがあります。 Shingon-shu Buzan-ha Mikkyo Altar Ming Ya Buddhist Foundation of Los Angeles エホバの保護を差し控えさせ災いをもたらす偶像崇拝を避けましょう

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  • 28 Apr
    • 熊本地震-誰が地震を引き起こすのですか-神・サタン・邪悪な人々ですか

      熊本地震が起こりました。人によっては自分が経験していることは神が引き起こしたのだろうかと考えるかもしれません。また、何によって地震は起こるのかと考えるかもしれません。しかし、聖書は、そのような災いは神が引き起こしたものではないことを示しています。 人神之间 ADBC (Agriculture Development Bank of China) branch in Bei Chuan after earthquake 聖書の中には神が今の時代に地震を引き起こして人々を罰することを示す記述はありません - Own work (Original text: self-made 自己制作)… 啓示の書は、イエスが天で王権を取られた後、サタンが地に投げ落とされ、地と海に災いをもたらすことを予告しています。(啓示12:12)また、イエスは、ご自分の天での王としての臨在の証拠について預言された時に、地震が起きることを予告されました。(ルカ21:10,11)啓示の書は、別の個所で、イエスが王として進んで行かれた後、大量の死者が出ることも予告しています。(啓示6:2-8) 私は、今は、まだイエスが王として天で即位してはいないと考えています。しかし、悪魔サタンは、イエスが天で王になる前でも災いを引き起こすでしょう。実際、悪魔は昔、ヨブの時代も、ヨブにさまざまな災いをもたらしました。悪魔サタンは、じっと静かにしていないでしょう。今でも、地上で活動して、さまざまな災いをもたらすでしょう。 聖書の中には、神が引き起こした地震や地割れについて書かれています。(民数記16:30-33。使徒16:26。マタイ27:51,54)ですから、エホバ神も確かに地震を引き起こす力を持っておられます。一世紀にも神に由来するさまざまなしるしや奇跡が起き、また地震も起こされました。(ヘブライ2:4) しかし、それらの超自然的な業は、なくなってしまうことが予告されていました。(コリント第一13:8)ですから、一世紀にイエスの十二使徒たちの死と共に、神由来の不思議は終わってしまいました。 ですから、聖書の中には、この事物の体制が続いている間、私たちの時代に、エホバ神が地震を引き起こして、邪悪な人々に処罰を与えることを示唆する記述はないと思います。 しかし、エホバ神が創造されたみ使い、つまり天使は、超人間的な力を持っています。(列王第二19:35)サタンも悪霊たちも、もともとは天使なので、強力な力を持っています。ですから、エホバの天使に地震を引き起こすことができるのであれば、悪霊たちにもある程度それができるでしょう。 モーセの時代に、エジプトの魔術師たちは、モーセがエホバの力で行った奇跡に近い奇跡を行なうことができました。(出エジプト7:11)エジプトの魔術師たちは、悪霊の力で奇跡を行なっていました。 ポルターガイストという悪霊に起因する現象があります。その現象はおおむね悪霊によって物体が勝手に動いたり、大きな音が生じるという現象です。もし、物体が勝手に動くのであれば、悪霊のために家が振動したりということも起こり得るでしょう。 そして、サタンが「強力な業」と「しるし」と「異兆」を引き起こすことができると聖書は述べています。(テサロニケ第二2:9)ですから、悪魔サタンや悪霊たちも、ある程度神と同じことができるので、おそらく、家を揺り動かしたりはできるでしょう。 また、悪魔サタンは、ヨブに災いをもたらすために、シバ人、カルデア人などの暴力的な人々を用いました。(ヨブ1:14,15,17)それで、彼らが邪悪な人々を用いて、地震を引き起こすということも起こり得るでしょう。とりわけ、心霊術に関係している人々は、悪魔サタンや悪霊に影響を受けることが多くはなるでしょう。(使徒16:16) Job and his friends ヨブはサタンに動かされた人々によって全財産と子供たちも失ってしまいました ただ、この世の終わりには、エホバ神が、ご自分の持っておられる自然界の脅威を用いて邪悪な人々を滅ぼすことを示唆する記述はあります。(エゼキエル38:22)  しかし、この記述は、神の民がこの世の終わりに軍事的な攻撃を受けた時のエホバ神の反応ですから、エホバ神はこのことを神の民に対する最終攻撃がないのに一般の人々に対して行われることはないと思います。 それで、今日起きている地震は、純然たる自然災害、あるいは、サタンと悪霊に由来するもの、もしくは、サタンと悪霊に動かされた邪悪な人々が引き起こす地震でしょう。

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  • 23 Apr
    • 義なる人は災害で命を失うこともありますがエホバ神の保護と復活を受けます

      今回熊本で地震がありました。何十人かの人が命を失いました。私は、地震で命を失った人は、必ずしも、エホバの不興を受けて、命を失ったわけではないと思います。聖書によると、悪魔サタンが引き起こした災いによって人々は命を失うことがあります。 しかし、いろいろな聖書の言葉を調べたり、事実を調べてみると、エホバ神は、人々が苦難に直面するとき、義なる人の場合、保護を与えて、苦難から救い出してくださることが分かります。 私は東日本大震災の津波に直面して祈って生き残ったエホバの証人の経験を聞いたことがあります。エホバの証人は、もちろん、決して間違いをしないというわけではありませんが、一般的に聖書の道徳基準を守るように努力を払っています。 東日本大震災の後で、エホバの証人とその聖書研究生で、亡くなった人が14名であるという発表がありました。その時に、亡くなった一般の人の数がおよそ一万九千人ほどだったと思います。私は、計算してみて、その地域のエホバの証人の人数のうちでの死亡率が大変低いと思いました。 ChiefHira • CC BY-SA 3.0 東日本大震災の時エホバの証人の死亡率は高くはありませんでした エホバ神の保護があったのでしょう エホバの証人はそうした災害の際に、完全に無傷で済まないとは言え、その他の災害の時も、死亡率が低いようにいつも思っていました。それで、危機に直面すれば、当然、エホバの証人はエホバに助けを叫ぶはずなので、エホバ神が祈りを聴いておられるのではないかと思います。(箴言18:10) しかしながら、私はエホバの証人の預言的な理解がすべて正しいとは考えてはいませんが。 実際に、東日本大震災の津波の際に、ある男性のエホバの証人が、津波に巻き込まれて、車の上でエホバ神を賛美する歌を歌いました。また、その兄弟はエホバの証人の姉妹が車で津波に流されるのを見て、その姉妹のために祈りました。彼は結局、救助され、姉妹も後になって助かったことが分かったという経験がありました。 私は、今回の熊本地震で、エホバの証人の状況がどうであるかは知りません。ご存知の方は教えてください。おそらく、一般の人々よりは、巻き込まれている人が少ないかもしれません。でも、犠牲になった人がたまたまいるかもしれません。 しかし、聖書は、義なる人々が、そうした災いに巻き込まれて命を落とす場合もあることも認めています。(エゼキエル21:3,4)上で述べたようにヨブのような義なる人でも災いに遭います。ヨブの場合、命は守られていましたが、義なる人々でも、災いにも巻き込まれて、最悪の場合、命を落としてしまう場合もあるでしょう。(ダニエル3:17,18) Distant Shores Media/Sweet Publishing ヨブのような義人でも災いにあうことがあります 聖書は義なる神の僕が保護された例も、義なる神の僕が命を落とした例も両方、述べています。また、誰もが、「予見しえない出来事」に巻き込まれます。(伝道の書9:11) しかし、神に信仰を抱く義なる者たちに、エホバ神は復活を約束されています。(ヘブライ11:35) 結局、運よく災いに巻き込まれなかったとしても、今の事物の体制が続く限り、誰もが皆最終的には年を取って死にます。(伝道の書3:19)故意の罪を繰り返し犯して復活しない人もいるかもしれません。(マルコ3:29)しかし、聖書は通常は、義なる者も邪悪な者もエホバ神が復活させることを約束しています。(使徒24:15) Job restored to prosperity エホバ神はヨブを是認しておられたのでエホバ神の助けを得ました hyolee2 熊本地震で崩壊した熊本洋学校教師館ジェーンズ邸(側面) 熊本地震で熊本は被害を受け亡くなった方もいました - Own work…

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    • 熊本地震―神が義なる人に災いをもたらすのではありません

      世界各地で地震や津波が起きます。最近でも東日本大震災や熊本地震が起きました。その際に被害にあった人々の中には、 聖書の神にある程度信仰を抱いていて、聖書の道徳的な教えを守っていた人もおられるでしょう。それらの人々がそうした災いを経験するのは大変気の毒なことです。 では、正しいことを行なおうと努力する人が災いにあうことは神がいないことを意味するのでしょうか。エホバ神は、義なる人々に対しても天災で災いをもたらされるのでしょうか。そうではありません。 今の時代は、エホバ神は、理由があって悪魔サタンや悪霊たち、また、邪悪な人々の存在を許されています。聖書によると、エホバ神はそれら悪魔サタンや邪悪な人々を滅ぼすことも可能ですが、目的があって存在させています。(出エジプト9:15,16)エホバ神は、悪魔サタンや邪悪な人々が地に災いをもたらすことを許されます。 昔、ヨブという人がいました。ヨブは悪いことをしないようにして、神の目に正しいことを行なう努力を払っていました。(ヨブ1:1)そして、ヨブは大変富んだ人でした。(ヨブ1:3) しかし、エホバ神ではなく、悪魔サタンがヨブに災いをもたらしました。悪魔サタンは、邪悪な人たちがヨブの所有物を奪ったり、ヨブの従者を殺したり、ヨブの資産を天からの火で燃やしたり、大風で家を倒壊させヨブの子供たちがみんな下敷きになって死ぬようにさせました。(ヨブ1:12-19) エホバ神は、悪魔サタンがヨブに災いをもたらすことを許されました。それは、ヨブがどんなことを経験しても、ご自分から離れないと信頼しておられたからです。(ヨブ1:12)それは、悪魔サタンが主張したことが間違いであることを証明するためでした。 悪魔サタンは、ヨブがエホバ神に敬意を払っているのは、その富のためであると最初に主張しました。(ヨブ1:9,10)次には、ヨブがエホバ神に従うのは、ヨブが神から保護されて健康であるからだと主張しました。(ヨブ2:4,5) サタンは、ヨブの神に対する信仰や忠誠の気持ちを疑って、その信仰を試すためにヨブに苦難をもたらしました。サタンの主張は人の動機を疑う何と愛のないものだったのでしょう。その目的は、エホバ神の崇拝を卑しめるのが目的だったでしょう。 それで、エホバ神がヨブの家族や資産を奪ったわけではありませんでした。ヨブは、さまざまな苦しみを経験しても、エホバ神に対する信仰を失わなかっので、エホバ神はヨブを苦難から救い出されました。(ヨブ2:10) Distant Shores Media/Sweet Publishing ヨブは財産をすべて失い病気にかかりましたがその災いはエホバではなくサタンがもたらしたものでした そして、ヨブが再び家族を持ち、以前より二倍の富を持つようにされ、ヨブはとても長生きする結果になりました。(ヨブ42:12-16)それで、義なる人であり、エホバの崇拝者であったヨブは大変な災いを経験したとはいえ、命は保護されました。  聖書は、義なる人であっても、災いに遭う場合があること、それでも、エホバ神は義なる人が苦難から救い出されるように助けて下さることを述べています。(詩編34:19。箴言11:8; 12:13; 24: 16)なぜなら、箴言には、「義なる者たちの願いはかなえられる」とあり、エホバ神は義なる者たちの味方をされるからです。(箴言10:24;15:29) Job restored to prosperity エホバ神はヨブを是認しておられたのでヨブが受けた害を元に戻されました ヨブの経験した災いは神がもたらしたものではありませんでした ですから、エホバ神ご自身がご自分に信仰を抱く義なる者に災いをもたらすことはありません。義なる者が災いにあうとすれば、その災いは、エホバ神以外の源から、悪魔サタンや邪悪な人々から来ています。 それで、ヨブが経験したことは、義なる人でも、悪魔サタンから災いをもたらされて苦難にあることがあることを示しています。それで、義なる人々が災いを経験するとしても、それは、エホバ神がもたらした災いではありません。 Hideki Kimura The Aso-Ohashi bridge fallen by a landslip of the 2016 Kumamoto earthquakes 熊本地震が熊本は甚大な被害を受け亡くなった方もいました - Own work…

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  • 10 Apr
    • 啓示12章-天でミカエルとサタンの間の戦争はいつ起こるか

      啓示12章には、天でミカエルとその使いたちとが龍とその使いたちと戦い、龍の側が敗北して地に投げ落とされることが預言されています。(啓示12:7-9)これは、いつ起きるのでしょうか。エホバの証人は、これは1914年に起きたと考えています。 私は、これは、これから将来に起こる北の王と南の王の間の最後の国際戦争である大患難の前に起こるのではないかと考えます。なぜそのように考えられるのか理由を説明したいと思います。 まず、イエスは地上に来られる前はみ使いの頭ミカエルでした。(テサロニケ第一4:16。ユダ9)そして、ミカエルの使いたちとは、天でイエス・キリストに率いられるみ使いたちの軍勢です。 龍とは悪魔サタンを意味します。(啓示12:9)それで、エホバ神の側に立つキリストとみ使いたちと、悪魔サタンに率いられた悪霊たちの間で戦争が起き、エホバ神の側が勝利します。 なぜ、その天の戦争は、大患難の前でしょうか。その根拠をいくつか述べます。 天の戦争で、ミカエルが勝利を得た時、「今や、救いと力とわたしたちの神の王国とそのキリストの権威とが実現した。」という発表がなされます。(啓示12:10)これは神の王国の設立を宣言していると思います。この時イエスが天で王権を受けられるでしょう。 Gustave Doré for John Milton 's Paradise Lost . Michael casts out rebel angels. Illustration by 天で戦争が起こりイエスの軍勢が悪魔サタンの軍勢に勝利し彼らを地に投げ落とすことになっています Waiting For The Word By: Waiting For The Word Jesus Returns 02 天での戦争でイエスが勝利した後イエスはエホバから天で王権を受けられます また、その発表の言葉は、「天と天に住む者よ、喜べ。地と海にとっては災いである。悪魔が、自分の時の短いことを知り、大きな怒りを抱いてあなた方のとこに下ったからである。」という言葉を含んでいます。(啓示12:12) 「地と海」にもたらされる「災い」とは、一番考えられるのは、北の王と南の王との間で行われる大患難です。ですから、天での戦争とは、大患難の前だと考えられます。 World War I French infantry charging in the early stages of サタンは地上に投げ落とされ怒り狂って地上で大患難を引き起こすでしょう また、福音書の中でも、神の王国が実現したことを示す証拠として、世界中に非常に多くの死者が出ることを予告しています。(マタイ24:27,28)それは当然大患難による死者です。 Rows of bodies of dead inmates fill the yard of Lager Nordhausen, a Gestapo concentration camp. This photo shows less than half of the bodies of the several hundred inmates who died of starvation or were shot by Gestapo men. Germany 地上では大患難で多くの死者が生じます―このことは天ではキリストが王権を与えられたことを示します Waiting For The Word By: Waiting For The Word Jesus Returns 02 地上で生じる大患難で多くの死者が出ることはイエスがエホバから天で王権を受けられたことを示しています さらに、聖書は、大患難の前に神の民が山に逃れることを示しています。(マタイ24:15,16,21)ですから、天で戦争が起きて、イエスが勝利し、イエスがエホバ神から王権を受けられた後、サタンと悪霊が地上に投げ落とされ、怒り狂ったサタンが地上に大患難を引き起こすのでしょう。 gößweinstein 世界的にクリスチャンが山に逃げるという活動が行われて後大患難が起きることは天でキリストが王権を受けられたことを示しています 以上のような理由で、天での戦争は、これから将来生じる大患難の前ではないかと考えます。 それで、大患難が起きることは、神の王国が地上に対する権威を全面的に掌握する時、つまり、神の民にとっての「救出」が近いことの証拠となります。(ルカ21:28)

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  • 02 Apr
    • エホバの証人の1914年再臨説が間違っている理由

      エホバの証人は、西暦1914年にキリストが天で王として再臨し始めたことをその教理の中心に置いています。エホバの証人の聖書の預言の解釈は、その1914年説が中心になっています。ですから、エホバの証人の解釈によると、聖書の預言の大半はすでに、西暦1914年前後から今日に至るまでに成就したことになっています。 しかし、使徒1章には、キリストが天で王権をとられる時を、クリスチャンが知ることができないことを示唆する記述があります。 イエスの弟子たちが、イエスに「あなたは今この時に、イスラエルに王国を回復されるのですか。」と質問しました。その時、イエスは、「父がご自分の権限内に置いておられる時また時期について知ることは、あなた方のあずかるところではありません。」と答えられました。(使徒1:6,7) Waiting For The Word By: Waiting For The Word Jesus Ascension to Heaven 33 イエスはご自分が王国を回復する時はエホバが決めて弟子たちはそれが分からないと言われました 弟子たちは、メシアが神から王権を与えられることを示す聖書の預言を知っていました。(ダニエル7:13,14)また、イエスがダビデの王国を永久に受け継ぐ者となることを知っていました。(ルカ1:31-33)ですから、弟子たちは、その当時、イエスが行動を起こして、イスラエルの王権をとるのではないかと考えました。 しかし、イエスは、ご自分が王国を回復する時については、父エホバが「ご自分の権限内に置いておられる時」だと言われました。(使徒1:7)ですから、キリストがいつ王になるかを決めるのは、エホバ神であり、エホバ神はその時を地上のクリスチャンに知らせることはしません。 それでは、その時を一世紀のクリスチャンには知らせなかっのに、終わりの時のクリスチャンには知らせるのでしょうか。そのようにすれば、時代の異なるクリスチャンに不公平になるのではないでしょうか。 エホバ神は、ダニエルの預言からメシアの最初の到来の年代を五百年以上前からある程度予測できるようにされました。(ダニエル9:25,26)ですから、もし、エホバ神が、キリストの天での再臨の日時を、知らせるつもりがあれば、一世紀のクリスチャンに最初から知らせるのではないでしょうか。一世紀のクリスチャンがその日時が分からなかったのであれば、終わりの時のクリスチャンもその時は分からないでしょう。 James Tissot , The Exhortation to the Apostles. James Tissot Online Collection of Brooklyn Museum ; Photo: Brooklyn Museum, 2007, 00.159.129_PS2.jpg また、イエスは、他の箇所でも、「その日と時刻についてはだれも知りません。天のみ使いたちも子も知らず,ただ父だけが知っておられます。」と言われました。(マタイ24:36)「その日と時刻」とは、「人の子の臨在」の時です。(マタイ24:37) つまり、イエスが天で王として臨在される時を、イエスご自身もみ使いも知りません。その時を知っているのはエホバ神だけです。ですから、聖書預言の年代計算によって、キリストが王権を執られる時を知ることはできないでしょう。 また、イエスは、人々が、「ここにキリストがいる」とか、「あそこに」と言っても、「荒野にいる」と言っても、「奥の間にいる」と言っても、「それを信じてはなりません」と言われました。(マタイ24:23,26)ですから、イエスが再臨される時、イエスの文字通りの姿を地上で見ることはできないことになっています。 Waiting For The Word By: Waiting For The Word The Last Supper 25 イエスは再臨の時には地上で人々の前に現れないと言われました ですから、キリストの再臨は、預言された出来事が地上で起きることによって、識別することができます。このことも、キリストの再臨の年代や日時が分からないことを確証しているでしょう。 エホバの証人は、キリストが霊者として復活され、キリストの臨在が見えないことは認めています。しかし、それは西暦1914年ではありません。私たちは、聖書の預言を調べて、地上で預言された出来事が進展するのを観察して、将来キリストが天で王権をエホバから受けられたことを識別することができるでしょう。ですから、私たちは預言に注意を向けている必要があります。(ペテロ第一1:19) … - イエスが一世紀の弟子たちに教えなかったことは・・・ James Tissot Counselman Collection By: Counselman Collection Special Day - Indiana Circuit 7A 終わりの時のクリスチャンにも教えないでしょう

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  • 23 Mar
    • ルカ13章・女が小麦粉にパン種を入れるたとえ話

      ルカ13章で、イエスは、神の王国を「パン種のようです。」と言われました。「女がそれを取って大桝三ばいの麦粉の中に隠すと、やがて塊全体が発酵しました。」(ルカ13:20,21)このたとえ話を何を意味しているのでしょうか。 パン種とは、聖書の中で、「教え」を表すこともあります。(マタイ16:12) また、イエスは、「パリサイ人たちのパン種」は、「偽善」だと言われました。(ルカ12:1)コリント第一の手紙の中では、「少しのパン種が固まり全体を発酵させる」と述べられています。(コリント第一5:6-8) Flavio Piacenza Dough fermenting 女が小麦粉にパン種を入れると全体が発酵してしまいます 少しの悪い教えのためにクリスチャン会衆全体が悪くなります イエスは確かに、背教が起こることを予告されました。(マタイ13:24-30)そして、使徒たちも、背教を予告しました。パウロも「弟子たちを引き離して自分につかせようとして曲がった事がらを言う者たちが起こる」ことを予告しました。(使徒20:30) 確かに、歴史の流れを見ると、実際に、イエスが予告されたように、キリスト教は全体としては、背教してしまいました。しかし、小麦粉が発酵してふくらんだように、背教したキリスト教は拡大していきました。では、邪悪な教えを隠す、あるいは麦粉の中に入れる「女」とは何を意味するのでしょうか。 聖書の中で神と関係があることを公言するさまざまな個人や人々やグループに言及して比ゆ的な「女」と言っています。(ガラテア4:22-26。啓示2:20;17:3,5) ですから、イエスの言われた「女」は誰であれ、キリスト教の組織の中に、聖書的でない悪い教えをひっそりと入れる人々、あるいは組織を表しているでしょう。 ユダ4節によると、ある不敬虔な人々は、ひっそりとクリスチャン会衆の中に入り込んで、みだらな行いを受け入れさせようとするでしょう。 それで、イエスの言われたたとえ話は、クリスチャンが信仰のために「厳しい戦い」をして、聖書的でないどんな教えに対しても、徹底的に戦うべきことを教えています。(ユダ3) しかしながら、ダニエル書は、「違反」のために、神への奉仕が世界的にいったん中止させられることを預言しています。(ダニエル8:12,13)しかし、啓示の書によると、例え少数派であっても、聖書的な立場を保持するクリスチャンのグループも存在するでしょう。(マタイ7:13,14;22:14。啓示3:7,8,10) 私たちは、正しい聖書の教えに付き従うよう最善の努力を払って聖書を研究し、理解できたことを付き従いましょう。 また、聖書はこの事物の体制で、エホバ神を崇拝する人々が数えきれない程になることを預言しているので、真のキリスト教は勝利するでしょう。(啓示7:9)そして、神の王国は完成することになるでしょう。 重要なキリストの命令の一つは、キリストの死の記念式を守り行うことです。キリストは、ニサンの十四日の過ぎ越しの時に、神の王国に入ることを目標にしているクリスチャンに、ご自分の死を「記念」する集まりを行なうように命じられました。(民数記9:5。ルカ22:15-17,19) 年に一度、ニサン十四日にエホバの証人はキリストの死の記念式を行なっています。それは、聖書的であり、イエスの贖いに感謝する機会になります。それで、今年2016年3月23日水曜日日没後に王国会館で行われるキリストの死の記念式に出席されるようお勧めします。 Betty Longbottom エホバの証人の王国会館での3月23日の死の記念式に出席するようお勧めします ですから、聖書を総合的に判断すると、比ゆ的なパン種とは、古い教えや邪悪な教え、また、偽善を意味します。このイエスのたとえ話は、少しの偽善がキリスト教の中に入り込み、キリスト教全体が悪くなることを示唆しています。

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    • ルカ13章・イエスが語られた神の王国を説明するからしの種粒のたとえ話

      ルカ13章には、イエスが語られた神の王国を説明するたとえ話が三つあります。そのたとえ話は神の王国に関連したさまざまな側面、特徴を表しています。今回からしの種粒のたとえ話を考察します。 イエスはまず神の王国を、庭にまいたからしの種粒に例えられました。それは成長して木となり、天の鳥たちが枝を宿り場としました。このたとえ話は、神の王国が非常に発展拡大することを示しています。(ルカ13:18,19) Etching by Jan Luyken illustrating the parable, from the Bowyer Bible .… Phillip Medhurst - Photo by Harry Kossuth… An etching by Jan Luyken illustrating Mark 4:30-32 in the Bowyer Bible, Bolton, England. からしの種粒はたいへん小さいですが天の鳥が宿る大きな野菜になります からしの種とは、「あらゆる種の中で一番小さなものです。」(マタイ13:32)ですから、神の王国の始まりは、非常に小さな集まりによって始まるでしょう。一世紀もキリスト教はまずイエス・キリストおひとりによって始められました。イエスはあらゆる国々の人々を弟子とするように命じられたので、キリスト教は、その当時のローマ帝国の内外に増え広がっていきました。(ローマ1:8。コロサイ1:23) 天の鳥たちが宿るとは、何を意味しているのでしょうか。ダニエル4章のバビロンの王ネブカドネザルの預言的な夢の中で、王自身が木に例えられており、「その大枝に天の鳥たちが宿った」と述べられています。(ダニエル4:21)それで、比ゆ的な天の鳥とは、政府の高官や役人を表していると考えられるのではないかと思います。 それで、イエスは神の王国のたとえ話をされた際、一部の政府の役人が、神の王国の希望を持つようになることを示唆しておられたのではないかと思います。 イザヤ書の預言でも、「末の日」に真のキリスト教の山、「エホバの山」が他の宗教組織と比べても高くなることも預言しています。(イザヤ2:1,2) Aerial view of Mount Everest from the south Kerem Barut エホバの家の山は他の山や丘より高くなることになっています

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  • 20 Mar
    • ルカ22章・イエスがご自分の弟子たちと結ぶ王国のための契約

      西暦33年、イエスは、ご自分の弟子たちと過ぎ越しの食事をとり、その後に、記念式を制定されました。その後に、イエスは、弟子たちと「王国のための契約」を結ぶと言われました。 イエスは、弟子たちに、「ちょうどわたしの父がわたしと契約を結ばれたように、あなた方と王国の契約を結ぶ」と言われました。(ルカ22:29)イエスと弟子たちの間で結ばれる「王国のための契約」に入るクリスチャンは、キリストの王国の「座に着いてイスラエルの十二部族を裁く」ことになります。(ルカ22:29-30) しかし、キリストのその約束にあずかるために、弟子たちは、イエスに「堅く付き従う」必要があります。(ルカ22:28) エホバ神がイエスと契約を結ばれたとは、何を意味するのでしょうか。エホバは、ダビデに、ダビデの子孫が王国を永遠に支配することを約束されました。(歴代第二13:5)キリストは、ダビデの子孫として、ダビデの王国を永遠に受け継ぎます。(ルカ1:32,33)キリストは、地上に遣わされる前に、天で、天の父エホバとそのような契約を結ばれたと考えられます。 King David Waiting For The Word By: Waiting For The Word Head of Jesus Christ 12 エホバはダビデの子孫が永遠に王権を受け継ぐことを約束されイエスはその約束を受け継ぎました イエスの弟子たちが裁くことになっている「イスラエルの十二部族」とは誰を意味するのでしょうか。比ゆ的な「イスラエルの十二部族」について言及されているのは、エゼキエル書です。そこには、イスラエルの十二部族に土地を配分することが述べられています。(エゼキエル47:21) 聖書は、最終的に、北の王と南の王の最終的な戦いの後に、数が数えきれないほど多い大群衆が生き残ることが預言されています。(啓示7:9,14)それらの人々は、子羊イエスによって永遠の命に導かれます。(啓示7:16,17)ですから、この世の終わりを生き残るのは、基本的にエホバ神の崇拝者です。ですから、彼ら地上の神の崇拝者を比ゆ的な「イスラエルの十二部族」と呼んでもいいかもしれません。 Ian Ransley By: Ian Ransley Crowd @ Memorial Stadium 啓示の書は数えきれない大群衆が神に仕えるようになることを預言しています―神の王国はそれらの人々を支配するようになるのでしょう ですから、キリストの「王国のための契約」に入るクリスチャンたちが、イスラエルの十二部族を支配するとは、将来のエホバ神の地上の崇拝者たちを支配するようになることを意味しているのでしょう。 それは、天的な希望を持つクリスチャンが人間として死に、天の神の王国の成員の数十四万四千人が揃ってから後のことです。 弟子たちは、かえって彼らにとって不利な法律が制定されて迫害されることもあるかもしれません。聖書は、神の民が、「布告によって難儀を仕組まれる」ことがあることを述べています。(詩編94:21) また、イエスは弟子たちが、「剣を取る者は剣によって滅びる」と言われて、剣をもって戦うべきではないと言われました。(マタイ26:52)それで、キリストの弟子たちは、軍事力を振るうべきではありませんでした。 イエスの弟子たちは、比ゆ的、また霊的な兵士です。(テモテ第二2:3)彼らは、聖書を用いて戦います。しかし、それは聖書に反するさまざまな間違った考え、「いろいろな推論や,神の知識に逆らって立てられた一切の高大なもの」を覆すと戦う霊的な戦いです。(コリント第二10:4,5)それで、キリストの王国は、文字通りの軍隊を持っている地上の人間の政府とは異なります。 No machine-readable author provided. MatthiasKabel assumed (based on copyright claims). クリスチャンは霊的な戦いをする兵士で文字通りには戦いません 実際、イエスや弟子たちがしていたことは、単に耳を傾ける人々に、神と神の王国について口頭や文書やその他の方法で説明することだけでした。(ルカ8:1)それは、非常に平和的なもので、人々に対して何かが強制されることはありませんでした。イエスの弟子たちは、神とその王国を宣べ伝えました。神の王国政府の将来の構成員と、その将来の地上の臣民を集めていたのです。 私たちは、キリストの死の記念式で、キリストの体と血を象徴する無酵母パンとぶどう酒にあずかることによって、キリストとの間で結ばれる「王国のための契約」に入っていることを示すことができます。そして、地上で死に至るまで、神のご意志を最善を尽くして行うことができます。 By: Michael Sprague West Asheville Kingdom Hall 2016年3月23日水曜日の日没後に、エホバの証人は、全世界の王国会館で、キリストの死の記念式を執り行います。記念式に出席することにより、神の王国の地上の臣民になるという希望を持っている人々は、キリストの贖いに感謝して、「王国のための契約」に入っているクリスチャンが、自分の希望を公にするところを見守ることができます。

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  • 15 Mar
    • ヨハネ12章・イエスは死ぬことになっていたご自分に対して信仰を抱くよう励ます

      ヨハネ12章では、イエスはご自分が死ぬことになっていることを予告されました。(ヨハネ12:24)ある人々は、イエスが惨めな死を遂げた人生の失敗者であると言います。しかし、イエスが人類のために贖いの犠牲の死を遂げることはエホバ神のご意志でした。 イエスは、「一粒の小麦は地面に落ちて死なない限り、それはただ一粒のままです。しかし、死ぬならば、そのときには多くの実を結びます。」と言われました。(ヨハネ12:24)一粒の小麦とはイエスご自身のことです。 Spikelets of a hulled wheat, einkorn イエスはご自分が地面にまかれることになっている一粒の小麦だと言われました イエスが死んで贖いの犠牲を遂げることにより多くの王国の小麦級が神に選ばれる道が開かれることになります イエスの場合、贖いの犠牲を遂げるために死ぬことが、ダニエル書に記されていました。ダニエル書では、「指導者であるメシア」が、「罪を終わらせ,とがの贖いをする」ために「断たれる」ことが予告されていました。(ダニエル9:24-26) また、そのことはイザヤ書にも預言されていました。メシアについて、「わたしたちの違犯のために刺し通され,わたしたちのとがのために打ち砕かれる」ことが予告されていました。(イザヤ53:5,10)ですから、信仰を持つ人々の持つ罪がいやされるために、懲罰がイエスに臨むことは、聖書に予告されていました。 イエスは、「人の子が栄光を受けるべき時が来ました。」と言われました。(ヨハネ12:23)イエスは、ご自分が忠実のうちに死ぬ時に、三日目に神によって不滅の霊者としてよみがえらされることをご存知でした。(ルカ9:22;18:33。マタイ16:21) それは、イエスが宗教指導者と一般社会から退けられて一見して、辱められることを意味していましたが、神からは栄光を受けることを意味していました。ですから、忠実を保って死ぬことは、イエスの場合、人生の成功でした。 贖いの犠牲を捧げることによって、イエスは天の不滅の霊者として復活させられ、神の天の大祭司となります。ですから、イエスは地上にいるご自分の弟子たちが最後まで忠実を保って永遠の命を捉えるよう助けます。ですから、イエスの「手にあって,エホバの喜ばれることは成功を収める」ことが予告されていました。(イザヤ53:10) それで、イエスはご自分に対して信仰を抱くよう励ましました。イエスは「わたしに信仰を持つ者は、わたしだけでなく、わたしを遣わした方にも信仰を持つのです。・・・わたしは、父のおきてが永遠の命を意味していることを知っています。」と述べられました。(ヨハネ12:44,50) イエスは永遠の命をとらえるためにご自分に信仰を持つよう励まされました それで、ご自分に信仰を働かせることが、永遠の命を得る結果につながるので、ご自分に信仰を持つように励まされました。 私たちは、イエスがエホバ神から栄光を受けられて成功することに信仰を働かせることができます。どんな人間でもなくイエス・キリストのあがないの犠牲に感謝し、キリストの足跡に従って歩んでいきましょう。 エホバの証人は、キリストが贖いの犠牲を捧げられたことを記念して制定された記念式を祝うために、2016年3月23日(水)の日没後に集まります。去年2015年の出席者は、全世界で、1986万2783人でした。 David Anstiss kingdom hall 3月23日(水)日没後エホバの証人の王国会館でイエスの死の記念式に出席してイエスの贖いに感謝を表しましょう 私は、エホバの証人の信条すべてに同意しているわけではありませんが、キリスト教の諸教会が毎週パンとぶどう酒にあずかるのに対して、エホバの証人が年に一度、主の記念式を行うのは、聖書的だと思います。それで、首尾よく贖いの犠牲を遂げられたイエスに感謝して、エホバの証人の記念式に出席されるようにお勧めします。 Waiting For The Word By: Waiting For The Word Jesus Ascension to Heaven 33 Waiting For The Word By: Waiting For The Word Jesus Ascension to Heaven 24 イエスは苦しみの死の後ご自分が栄光を受け天に霊者として復活させられることをご存知でした

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  • 03 Mar
    • エレミヤ40章・周囲の警告を顧みず命を失ってしまったゲダリヤ

      バビロンはエルサレムを陥落させ、都市を火で焼いて、多くのユダの人々をバビロンに捕らわれとして連れて行きました。しかし、バビロンはユダに少数の人々を残し、ゲダリヤを、ユダに残された民を管理する立場に任命しました。(エレミヤ40:5) しかし、アンモンの王は、ユダに人々が残されたことを快く思わなかったのかもしれません。ゲダリヤを殺そうとして、イシュマエルを遣わしました。イシュマエルは王族の子孫だったので、自分がユダの支配権をとる当然の立場にあると考え、バビロンの王がゲダリヤを監督者として任命したことを快く思わなかったのかもしれません。(エレミヤ41:1) それでイシュマエルは、ゲダリヤの命をねらってミツパのゲダリヤのもとに来ました。そのことをヨハナンと軍勢のすべての長がゲダリヤにそのことを警告しました。(エレミヤ40:13,14)しかし、ゲダリヤはその警告を信じませんでした。 ヨハナンはさらに、ゲダリヤに警告して、イシュマエルがゲダリヤを殺す前に討ちたいと言いました。しかし、ゲダリヤはヨハナンの言葉が偽りであると言って意に介しませんでした。(エレミヤ40:15)そして、ゲダリヤはイシュマエルに対して警戒せず、自分にとって危険な状況を放置していました。 そのため、ある時イシュマエルと十人の者がゲダリヤのもとに来た時、ゲダリヤはイシュマエルを警戒しませんでした。それから、ゲダリヤとその仲間はイシュマエルたちと共に食事をしました。(エレミヤ41:1)イシュマエルと十人の者は、剣でゲダリヤとそこにいたユダヤ人とカルデア人を打ち倒しました。 ゲダリヤが殺されてしまったので、ユダに残されたユダヤ人は離散して、ユダは全く荒廃する結果になりました。それはエホバの預言の言葉の成就でした。とはいえ、ゲダリヤはどうしていたら、自分にそうした悲惨なことが起きるのを防げたでしょうか。 もし、ゲダリヤが自分に対する忠告に耳を傾けて、事態を調査していれば、事実が分かったかもしれません。確かに、政治的に上の立場の人に対して、偽りを語る人もいます。また、ある人々は誤解をしていることがあるかもしれません。 ですから、私たちは聞いたことをすべてすぐに信じるのは、賢明ではありません。「経験のない者はすべての言葉を信じる」と聖書は述べています。(箴言14:15)しかし、その言葉は真実であるかもしれません。それで、そのことが信じがたいと感じても、そのことについて確かめてみることは良いことです。聖書は、「すべてのことを確かめなさい。」と助言しています。(テサロニケ第一5:21) cc-by-sa-2.0" by the 他の人から聞いた話が信じられない場合調査をしてみましょう ゲダリヤがもし、事態を調査していたら、少なくともイシュマエルに対して警戒して、自宅に招き入れることを避けて、命を落とさないように自分を守ることができたかもしれません。もしくは、例えば、ゲダリヤはバビロンに対して、もっと護衛の兵士を増やすように依頼することができたかもしれません。 ゲダリヤはそうする代わりにイシュマエルとそのその仲間と共に食事をとって、殺されてしまいました。私たちは、誰かから自分の命が危険にさらされているという警告を受けた時、その警告を信じられないかもしれません。確かに、その警告は全く人を欺く偽りである可能性もあります。 しかし、私たちは人々が自分のためを考えて警告を与えてくれる時、それを信じがたいことだと感じても、それを少なくとも調査をして、その真偽を確かめてみるのが賢明でしょう。そして、それが真実であれば、策を講じることができるでしょう。 そのようにして、自分や他の人にとって災いとなる事態が進展するのを未然に防ぐことができます。とりわけ、行政で責任のある立場のある人は、とりわけさまざまな警告についての周辺情報を調査して、確認する必要は大きいと言えます。 Henry Adams seated at desk in dark coat, writing. Photograph by Marian Hooper Adams 話を聞いて信じがたくてもよく事実関係を調査すれば災いを避けられるかもしれません 聖書は、政治や行政の立場にある人々に、「王たちの栄光は事を徹底的に調べることである。」と述べて、事を徹底的に調べることを勧めています。(箴言25:2) UploadWizard Extension  

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  • 28 Feb
    • エレミヤ25章・バビロンがエルサレムと諸国家を荒廃させるという預言

      エレミヤ25章によると、エホバは、バビロンの王ネブカドレザルを用いてユダとその周囲の諸国民を攻めさせました。バビロンによる軍事的な攻撃は、単に世界情勢の進展だけでなく、ユダの悪い行動が原因でエホバ神の怒りを招いたからです。(エレミヤ25:5,9) エホバは、「他の神々に従って歩み、これに仕えたり、これに身をかがめたりしてはならない。あなた方が自分の手の業によってわたしを怒らせることにないため」だと言われました。(エレミヤ25:5,6)  Votive statues from the Temple of Melqart in ユダと諸国民の偶像崇拝はエホバの怒りを招きます ですから、預言者たちは偶像崇拝を初めとした神の律法違反から立ち返るようにとユダの民に勧めました。しかし、民は「耳を傾けて聴こうとも」しませんでした。(エレミヤ25:4) エホバはユダはバビロンによって荒廃させられ七十年間、人の住まない所になることを預言されました。。(エレミヤ25:11) さらに、エホバは、「七十年が満ちた時」バビロンに言い開きを求めて、「カルデア人の地」を「定めのない時に至るまで荒れ果てた所とする」と言われました。(エレミヤ25:12) Bushfire damage to property just north of Yarra Glen エルサレムは神に背いたので土地が七十年間荒廃することになりました Photo of the remains from the 1930s of the excavation site in 神の民を攻撃したバビロンが荒廃したように神の民を攻撃する南の王は荒廃することになります Babylon これは、エホバ神に神の民を保護する力がないことを意味してはいません。エホバ神は、ご自分の民の違反のために、ご自分の民に対して怒りを抱かれ、彼らを敵の手に渡されるのです。(エレミヤ32:36) しかし、神の民を攻撃した北の王と南の王も、エホバ神から申し開きを求められることになります。 それで、おそらくその北の王の新しい政権によって野獣の像、国際組織「荒廃をもたらす嫌悪すべきもの」が作られるでしょう。(ダニエル11:31。ゼカリヤ1:18-21。イザヤ40:19,20)) おそらく、その新しい政権は、神の民を攻撃することもしますが、神の民を攻撃した従来の政権も攻撃することも行うのでしょう。(ダニエル11:31)それは、いずれ、南の王を攻撃することになるようです。 さらに、エホバ神は、偶像崇拝を初めとして神の律法に違犯している諸国民にも罰を与えられます。ダニエル書は、ローマ帝国の後継国である十本の角の内三本が、南の王米国を表す小さな角によって「抜け落ち」ることを予告しています。つまり、三つのローマの後継国が米国によって引き抜かれることになるようです。(ダニエル7:20) ローマ帝国の後継国はほとんどがヨーロッパ諸国です。それらは、NATOに属しており、南の王の同盟国です。しかしながら、ダニエル書は、南の王の同盟国の一部が、北の王の歩みにつくことを予告しています。(ダニエル11:43) それで、南の王との同盟関係をふり捨てて、北の王につくヨーロッパの同盟国の一部が南の王によって攻撃されることになるのかもしれません。起こりそうもないと思えても、聖書が預言していることなので、事態の進展を見ていくしかありません。 第二次世界大戦中にアメリカによって倒されたドイツの領土はローマの後継国ではないようです。ですから、イタリヤが倒れましたが、少なくともまだ二本の角が倒されていません。 それで、米国と敵対する国と同盟を結ぶことを避けた方が賢明であると思われます。しかし、米国と共に戦うことを避け、また国内に米国の基地が少ない方が、北の王の攻撃を受ける可能性を少なくできるでしょう。(啓示18:9,10) File:US Military bases in Japan.jpg 日本の米軍基地 (Partially) foreign military bases in Germany as planned for 202036ophiuchi - Own work using: File:US military bases in Germany.svg by Rama ドイツ内の米軍基地ーアメリカの軍事力に頼らない方が将来北の王の攻撃の可能性を減らせます また、エレミヤ25章は、全地に「災い」がもたらされて「エホバに打ち殺される者は地の一方の果てから他方の果てになる」ことが預言されました。(エレミヤ25:32,33)このことは、非常に多くの人々が戦争によって命を失うことを示唆しています。これは、おそらく北の王によって南の王が攻撃される大患難を意味しているのでしょう。(マタイ24:21,22,28) このことを考えると、諸国家は、偶像崇拝を避け、神の律法を守る努力をして、エホバ神との良い関係を保つのが賢明です。また、南の王との平和な関係を維持した方が賢明です。 北の王との同盟関係を求めるならば、南の王の前に引き抜かれるという結果になるようです。しかし、南の王と共に、軍事行動を行なうことは避けることが賢明です。また、南の王の軍事力に頼らない方が賢明です。それは北の王の攻撃を受ける結果になり、非常の多くの死者を生じさせることになるからです。 File:Stadiums of FIFA World Cup 2002.svg ゼカリヤ書によるとおそらく、神の民を攻撃した北の王は、新しく登場する政権によって攻撃され打ち倒されることになるのでしょう。(ゼカリヤ1:18-21) こうした類似のことは、この終わりの時にも起きることになっているようです。神の民の「違反」のために、北の王から攻撃され、神の民の本拠地が「荒廃」 することが予告されています。(ダニエル8:12,13) ユダが神の律法に違反し続けたので、エホバはユダからご自分の保護を取り去られました。エホバ神は「ご自分の僕バビロンの王ネブカドネザル」を来させ、「この地とその住民と周囲のこれらのすべての諸国民を攻めさせる」ことを予告されました。(エレミヤ25:9) Cadiz

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  • 25 Feb
    • エレミヤ38章・預言者エレミヤはエルサレムの災いを求めていたか

      エルサレムに対してバビロンが攻めてきました。ですから、人々が悪い道を改めなければバビロンが攻めてくるというエレミヤの言葉は成就しました。その時には、『バビロンの王があなた方とこの地に攻めて来ることはない』と預言していた預言者の立場はなくなっていました。(エレミヤ37:9) エルサレムはバビロンから攻囲されていました。(エレミヤ32:1,2)そのような状況の中で、エレミヤはユダの人々とエルサレムにとって最善のことを求めていました。エルサレムが間違いなく、バビロンによって攻め取られることを伝えました。例え、バビロンと戦い続けても、「この都市は間違いなくバビロンの王の軍勢の手に渡され,彼は必ずこれを攻め取るであろう」と伝えました。(エレミヤ38:2) しかし、エレミヤは、カルデア人に降伏する者は生き続けることができるというエホバの言葉を伝えました。(エレミヤ38:3)そして、エレミヤは、ゼデキヤ王に彼がバビロンの王のもとに出て行って降伏するなら、ゼデキヤも生き続けることができて、エルサレムも火で焼かれないということを知らせました。(エレミヤ38:17,18) エレミヤが勧めていた方法は唯一の救いの道だったでしょう。それで、エレミヤは事実に即して、その危機的な状況で人々が生き続ける方法を伝えました。 ところが、ユダの君たちの中には、信仰に基づいて考えない人たちがいました。彼らは、それまでにエレミヤの預言の言葉が成就していたことを度外視しました。エレミヤは、すでにエホヤキム王の時代に、人々が悪いことをやめなければバビロンが攻めて来ると預言していました。(エレミヤ25:8,9)そして、エレミヤが過去に預言してきた通り、バビロンはエルサレムを攻囲していました。 そして、エレミヤがバビロンに降伏することを勧めることに対して、エレミヤが「この都市に残されている戦人の手とすべての手を弱めている」と言いました。(エレミヤ38:4) 人々は、ユダ王国があくまで、バビロンに対して戦い続けるべきだという考えを持っていました。結局、ユダには、勝利の見込みがないというエレミヤを通して与えられたエホバの言葉を信じていなかったのです。それで、ユダの人々は、エレミヤが、ユダの国益に反することを預言すると考えていたのでしょう。 彼らは、あくまでユダ王国のバビロンからの軍事的勝利を願っていました。しかし、その時すでに彼らの形勢はとても不利でした。ユダの王エホヤキムとエホヤキンはバビロンに攻囲され、流刑にされました。また、ゼデキヤは、バビロンによって王にされましたが、バビロンとの契約を破ってエジプトに使者を送ったために、エルサレムはバビロンに攻囲されていたのです。(歴代第二36:5,6;36:9,10。エゼキエル24:1,2) 非常に長い期間、情勢はユダに不利なものでした。そして、事実を客観的に見るならば、バビロンからの勝利を望めない事、バビロンによってエルサレムが陥落するのが時間の問題であることを予見できたはずです。しかし、ゼデキヤやユダの君たちは事実を客観的に見ることができなかったのです。 The Burning of Jerusalem by Nebuchadnezzar’s Army ユダの君たちはエルサレムがバビロンに攻囲されエルサレムの陥落は時間の問題だという事実を度外視してエレミヤの勧めを退けました 彼らは、ユダの人々が全滅するまで、バビロンと戦い続けることを願っていたのでしょうか。ユダはエジプトに頼っていたので、エジプトがバビロンに勝利するかもしれないという一縷の望みに希望を託していたのでしょう。 しかし、エホバ神は、エジプトがバビロンのネブカドネザルによって倒されるということを知らせました。(エゼキエル30:10,11)それで、ユダがエジプトにたくした望みは打ち砕かれることになっていました。それらのユダの君たちの強硬な態度は、バビロンによるユダの全滅に導くものでした。 エレミヤの助言ではなく、ユダの君たちの態度の方がユダの国益に反する態度であったと言えます。また、彼らの態度は、現実的でもありませんでした。例え、エルサレム内に残っていた兵士の気持ちを強めたとしても、エルサレムが災いを避けることはできなかったからです。 エホバ神は、その当時の国際情勢をよく把握されて、その中で、ユダにとって最善のことを勧められました。また、エホバ神は、その当時、ユダの悪のために、バビロンによって罰を与えることを考えておられました。(エレミヤ21:10;36:31) しかし、結局、ユダは、エホバの勧めに応じて、悪い道から立ち返ることをしませんでした。ユダが根本的に間違っていたのは、エホバ神の崇拝を捨てて、神の律法にはなはだしく違反し、また、エホバ神の助言を無視したことでした。 国家には強硬なタカ派が存在することがあります。最後まで、戦闘することを主張する場合があります。しかし、それは、国民が存続する道ではありません。日本も第二次世界大戦末期に沖縄では、最後まで、米国と戦い続けて非常に多くの死者が出ました。もっと早く降伏していれば、死者の数を大いに減らせたかもしれません。それで、状況を考えずに戦い続けることは、国家の全滅に至る愚かな道です。結局エルサレムは、バビロンの前に陥落し、火で焼かれてしまいました。(エレミヤ39:8,9) March 31, 1945 on Okinawa, largest of the Ryukyu (Loochoo) Islands, 375 miles from Japan. 戦争末期の沖縄ではあくまで戦い続けたので悲惨な結果になりました アメリカ軍に包囲されていたという事実を客観的に判断し降伏する方が賢明でした しかし、ユダの君たちは、全くエホバの言葉を考慮しませんでした。それで、エレミヤを一時的には助けたゼデキヤ王は、バビロンに捕らわれとして連れていかれることにはなりましたが、一応命は容赦される結果になりました。(エレミヤ39:7)しかし、エホバの言葉を全く考慮しなかったユダの君たちは、バビロンの軍隊がエルサレムを陥落させた時、皆殺されてしまいました。(エレミヤ39:6) それで、どんな状況になっても、エホバの言葉を考慮することによって、最悪の結果を免れることができます。そうすることが望ましいことに思えなくても、エレミヤは、ユダとエルサレムの災いではなく、その状況で最善の結果になることを求めていたのです。 それは、現代の聖書の預言の解釈者たちも同様です。エホバの言葉に基づいて関係者にとって最善の結果をもたらすことを求めているからです。

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