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正しさをふりまわさないことの大切さ by 往来物手習い

紹介文は。。。


昔 静岡県の浜松に住んでいた時に、私の元に訪ねて来た叔母に洗濯物の干し方を注意されたことがあります。  

あんたなぁ、洗濯物の正しい干し方教えたろん

って、ため息をついて そう言いながら、
長方形のピンチが沢山付いているものに干してあったタオルを左右均等になるように並べ直しました。  
叔母の根底には、  

夏海は未熟者だから、私が何とかしてあげないといけない  

そんな『保護者』的な思いがあります。  

浜松市という場所は、風が半端なく強く、
それは屋根に干した敷き布団が飛んでいってしまう程に で、
タオルを均等に干してしまったらクルクル回り続けて、そのまま物干し竿から外れて飛んで行ってしまうので、
私はワザと片寄るように一方にかためて干すという方法を編み出したのですが、  
夏海は常識知らずだから、正しいやり方を教えてやるのが叔母である私の優しさであると信じている叔母には何を説明しても無駄でした。  

自分の中の『正しい』は、時と場所と相手が変わると『正しい』とは言えなくなります。
自分の『正しい』を相手に押し売りする行為は、 相手の『正しい』を否定する行為になるかも知れないの。  

記事に書いてあるように、『正しい』と『正しい』がぶつかり合うと戦争にまで発展してしまいます。  
それぞれの中にある『正しい』を尊重し合える人たちの中で私は生活したいなって思います。

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私は 幼く見えるので、なめられることが多く、常識知らずだから。。。と暴言を吐かれることが少なくありません。
自分の『常識』を押し付けても良い相手だと思われてしまうのは、私の背と顔のせいだと思って諦めていましたが、最近はずいぶん減ってきていて、
もしかしたら 言っても良いと思ってしまう雰囲気を醸し出していたのかなぁと思ったりもしています。

この 書き込みの『正しい』に反応して コメントを下さった方たちに 私の思いをお返事しました。

『正しい』や『常識』って、言葉にしやすいけれど、
相手を否定する主張は凶器になりますよね。
それぞれの中にある『正しい』が尊重できる優しい世界が良いです(*^^*)


また、『正しい』を 『正義』ととらえた方からのコメントには こうお返事しました。

自分の中にある『正義』が、誰にとっても同じように等しい形での『正義』ではないと、私は思っています。
時代によって、国によって、全く違うものであることは間違いない事実だと。 
多様性を受け入れることができる柔軟な頭でいたいと思います。 
正義同士で戦うことには終わりがないのですから


『正義』は己の中にだけ存在するのです。
『正義』には 定義なんて ないって思います。
なぜならば、人の数だけそれぞれの人の『正義』があるから。
だからこそ 多様性を受け入れる柔軟な心が必要で、
『正義』という名を借りて、それを人を攻撃する理由にしてはいけないんだと思います。


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この記事を紹介したのには 前段階として これらの記事がありました。

■子ども虐待を認めない親は、反省も謝罪もできない by 今一生のブログ

■毒親の呪い ~魔法がとける、ということ by 今一生のブログ

加害者は、自分が何をしたのかなんて覚えちゃいない。
だから、分かり合えるなんて無駄に努力して時間を消費していないで、さっさと逃げなさい。

要約すると そんな感じ。

お前の為に言ってるんだ という 呪いの言葉によって 自尊心を崩されてしまい続けていくよりも、
あなたを尊重してくれる人たちの中で暮らしていくことこそが、あたなを幸せにしていくことですよってお話です。

親子が分かり合えると思っている平和な人たちの言うことなんて、どっかのベンチにでも置いておいて、
まずは自分を守ることが 一番大切。

自分の正しさを武器にして、あなたを攻撃する人の言うことなんて 聞く耳を持つ必要なんてないって思います。

私は正しい。

その正しさが お互いに相対するものだとしたら、
その人は違う世界の人だと諦めて、どうか静かにその場を立ち去って下さい。

それ以上 傷ついてしまわないために。