昨日仕事の話をするということでSkypeを繋いだ友人と話をしていたら、
途中で悩みがあるから相談に乗って欲しいと言われ、
相談ではなく悪口のオンパレードになって来たので、
悪口は気分が悪くなるから聞きたくないと伝えると、
他人ごとなのに話を聞いただけで気分が悪くなるなんて、
他人との自分との境界線を引けてないからだと断定されて呆気に取られました。

ちゃんと他人との境界線が引けているのであれば、
悪口を聞いても他人ごとだから、気分が悪くなったりしないものだ と。

その人は母親と共依存関係にあり、
かなり回復してきたものの、まだ少し残っているらしく、
『共依存』の眼鏡を掛けていたら、そんな風な解釈をするんだと、
あまり気分の良い話ではなかったけれど、興味深い話ではありました。

自分がこうであるならば、
他人もそうであるはずだ。

その人は私を心配して指摘してくれたのですが、
何を言っても『共依存』眼鏡を通しての解釈からの返事、
しかも、~なはずだ と言う断定のされかたしかしないので困り果て、
30分ほど相づちだけを返していたら満足をしたのか、
私が時間を伝える前にやっとSkypeを切ってくれました。

貰いゲロをする人は、他人と自分との境界線がない人だ と、
『共依存』眼鏡越しに見る景色は、そのようなもののようです。

他人の悪口を延々と聞くと『気分が悪い』は、
吐き出した汚物を見せられて胸くそ悪い(私は気分を害している)の意味だったのですが、
日本語って難しいものですね(苦笑)

悪口を聞くと気分が良くないから止めて欲しい と言う
私の中ではある意味『普通』の申し出が、
まさかの夏海は共依存であると断定されるとは。

怖い怖い(笑)

出会った時よりは、見違える程に変化をしていることもあり、
だらだらと続けてしまった友人関係も、
今回のことで、私の中では本当に無理なことが判ってしまいました。

私の周囲にはいなくなったタイプの最後の一人だったのかも。

私の新しい生活には、『友人』として住んで欲しくない人種。

私が変わると世界が変わるとは、こういうことなんだなぁと思います。

私は私が楽しいと思える世界を私が作る。

その意味を改めて実感しました。

ところで昨日は、運命が動いた日で、
今日は運命を動かした日です。

1年前の昨日、富山県に車を走らせて理想の家を見つけ、
1年前の今日は、移住への第一歩を踏み出した日です。

去年撮った写真と

私の家

私が居心地良い世界は私が作る。
今日も幸せ❤️
AD