昨日のお喋りの時に、『依存』と言う話が出ました。

それに対して私は、赤ちゃんが『おしゃぶり』を必要としているのは、『依存』とは言わないよね?って思ったので、
またもや変な例え話をしました。


赤ちゃんが『おしゃぶり』を絶えず口に含んでいる姿を見ても、この子は『おしゃぶり』に依存してる とは思わないよね?

『おしゃぶり』を取り上げられて泣いたって、『おしゃぶり』が欲しいって泣いたって、この子は『おしゃぶり』に依存してるとは言わない。

赤ちゃんには赤ちゃんの『タイミング』があって、『おしゃぶり』を卒業する時期が来ます。

例えば、その子が眠る時にだけ『おしゃぶり』を口に含んで寝ようと、『独自のルール』を持ってなど、
自分には『おしゃぶり』が必要で、『おしゃぶり』が好きだから、
だから『おしゃぶり』を止めないんだ
と5歳の子供に言われたら、それを『依存』だと思いますか?


私たちは十分に大人に育ちました。
私たちは私たちのタイミングで、『おしゃぶり』を卒業する自由も、卒業しない自由も手に入れているんです。

人にはその人それぞれのタイミングがあって、『卒業』できる絶妙のタイミングと言うのもあるのです。

あなたの『おしゃぶり』は、何でしょう?

物  ですか?

場所  ですか?

人  ですか?

あなたは それらを『卒業』したいですか?

それとも、そんな自分が好きだから、卒業するつもりなんて、さらさらないって言いますか?

今は無理で、飛び立つ為の『風』を待っている時でしょうか?

あなたの『おしゃぶり』は、何でしょう?

あなたは『おしゃぶり』と『自由』を、両方ともをすでに手に入れているのです(*^O^*)


ただし注意ね。

『おしゃぶり』を手離したら生きて行けない は、『依存』です。

一体『何』が『おしゃぶり』にしがみつかせているのでしょう?
それを思い出した方が楽になれますよ(*^^*)

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