「天才と発達障害」読みました
テーマ:本・DVD- 天才と発達障害 映像思考のガウディと相貌失認のルイス・キャロル (こころライブラリー)/岡 南
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図書館で予約してた本の順番がやっときたー![]()
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面白かったーーー![]()
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「人によって感覚器の感度は違う」
って、何となくそんな気はしてたけど、ちゃんとそれを研究してる方がいたんだー![]()
わたしは視覚優位で、線優位かな。
パズルとか工作とかが好きなんだけど、立体を捉えるのは難しいんですよね。
だから、人の似顔絵とか描くときも3次元では描けなくて、写真とか2次元のものからじゃないとうまく描けない。
父が色覚異常(って表現酷いなと思うけど、医学的にはこう呼ぶみたいです…)であることが関係してるのか分からないけど、色が苦手なんです。
DTPの仕事してたときも写真の色味調整が全然分からなくて、よく指摘されてました。
はっきりした色なら分かるんだけど、微妙な色合いが分からない。
何度指摘されても分からなかったなぁ。
でも、聴覚優位の人の話の中に出てきた特徴に当てはまる部分もいくつかあって…。
たぶん本の中にも書いてあったけど、そんなハッキリ分かれてるわけじゃないんだろうな。
そういう特徴が極端に現われてる人は、周りと少し違っていて、生きづらさを抱えてて…。
「障害」って、たぶんその人が抱えてるものっていうよりも、負わされていると考えた方が正しいような気がしています。
目が見えない人を視覚障がい者とか目の不自由な人とかいうけれど、圧倒的多数の人間がもし目が見えなければ、それが当たり前であったなら、目が見えなくても不便じゃない社会になってたと思うんです。
そういう社会だったら、目が見えないという特徴は障がいにはならないわけで…。
多数派にとって快適な社会は、少数派にとっては不便で生きづらい社会だったりするんだよな…なんて。
話が逸れたか![]()
それにしても、子どもの頃から何か生きづらいなと思ってたけど、ひとりひとり脳に特徴があるのに、みんな同じという前提で教育現場も社会も家庭もその枠の中にはめようとする、自分自身も他人と自分の脳が同じだと思っていた、だから辛かったってのもあるのかもしれないなとか思いました。
ガウディとかルイス・キャロルみたいに天才にはなれないし、なる必要もないとは思うけど、自分自身の特徴が分かっていたら、もっともっと楽しく生きられるのかもしれない、なんて思いました。
この方の他の本も読んでみたいなー![]()
また図書館で予約してみよ![]()




(遅っ)























