ぼくがメディアファクトリーという出版社にいた頃のこと。
高橋がなりさんの本(←以前のブログでも書きました)を
出版する際、宣伝の一環でがなりさんと堀江元社長に
六本木ヒルズで対談をしていただいたことがあります。
当時、ライブドアの書籍通販サイトのリニュアルの時期と
重なっていたこともあり、お互いのプロモーション目的で
対談が実現したのです。
(ちょっと脱線)~そのライブドアが六本木ヒルズに移る前に
あったのがいまもメディアファクトリーが入居する
渋谷のモリモビルというビル。
金王神社前の三叉路に面したごくフツーのビル。
ぼくも何年間かオンザエッジ時代のライブドアが入居して
いた頃のモリモビルで働いていたのですが、
残念ながら当時の堀江さんの記憶はありません~
(本題に戻る!)
あの対談から約1年後、あの世間を騒がた大騒動が
ありました。
対談の際、堀江さんには非常に聡明な方という印象があった
ので、本当にあの事件には驚きましたが、
何より驚いたのは、堀江さんを弁護する論評が
ほとんどなかったということ。
ましな評価(?)としては「悪い意味で時代を象徴した存在」
と堀江さんを定義をすることで、堀江さん個人を
責めず、事件を責めた評論くらいでした。
けれど、ぼくの思いは違っていて、堀江さんの犯したミス(犯罪)は
「小さなミス」に過ぎないと思っています。
結果としてそのミスの影響が大きすぎたことは
否めないけれど・・・。
ここで「小さな」という言葉を使ったのは事件の影響や
金額の大きさを言っているのではありません。
あの事件では「誰も死んでいない」のです。
堀江さんは「誰も殺していない」のです。
ぼくは人さえ死ななければ(殺さなければ)、
どんな大きな影響を与えた事件や事故であっても、
たとえそこに(当時)悪意があったとしても、
社会は(最終的に)その個人を許すべきだと思っています。
けれど、いまの社会のシステムは堀江さんのような
敗者の復活を許さない。
かつてのリクルートの江副さんがいまだに社会的な
地位を復権できていないように。
ぜひ、堀江さんには江副さんを超えてほしいと思う。
堀江さんが復活できるような社会になってほしいと思う。
高橋がなりさんの本(←以前のブログでも書きました)を
出版する際、宣伝の一環でがなりさんと堀江元社長に
六本木ヒルズで対談をしていただいたことがあります。
当時、ライブドアの書籍通販サイトのリニュアルの時期と
重なっていたこともあり、お互いのプロモーション目的で
対談が実現したのです。
(ちょっと脱線)~そのライブドアが六本木ヒルズに移る前に
あったのがいまもメディアファクトリーが入居する
渋谷のモリモビルというビル。
金王神社前の三叉路に面したごくフツーのビル。
ぼくも何年間かオンザエッジ時代のライブドアが入居して
いた頃のモリモビルで働いていたのですが、
残念ながら当時の堀江さんの記憶はありません~
(本題に戻る!)
あの対談から約1年後、あの世間を騒がた大騒動が
ありました。
対談の際、堀江さんには非常に聡明な方という印象があった
ので、本当にあの事件には驚きましたが、
何より驚いたのは、堀江さんを弁護する論評が
ほとんどなかったということ。
ましな評価(?)としては「悪い意味で時代を象徴した存在」
と堀江さんを定義をすることで、堀江さん個人を
責めず、事件を責めた評論くらいでした。
けれど、ぼくの思いは違っていて、堀江さんの犯したミス(犯罪)は
「小さなミス」に過ぎないと思っています。
結果としてそのミスの影響が大きすぎたことは
否めないけれど・・・。
ここで「小さな」という言葉を使ったのは事件の影響や
金額の大きさを言っているのではありません。
あの事件では「誰も死んでいない」のです。
堀江さんは「誰も殺していない」のです。
ぼくは人さえ死ななければ(殺さなければ)、
どんな大きな影響を与えた事件や事故であっても、
たとえそこに(当時)悪意があったとしても、
社会は(最終的に)その個人を許すべきだと思っています。
けれど、いまの社会のシステムは堀江さんのような
敗者の復活を許さない。
かつてのリクルートの江副さんがいまだに社会的な
地位を復権できていないように。
ぜひ、堀江さんには江副さんを超えてほしいと思う。
堀江さんが復活できるような社会になってほしいと思う。
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