【青春の轍-1-14】

テーマ:ブログ
2006-11-13 17:21:20

人生とは、選択の歴史のような気がする。


何年生きたかにもよるだろうが、人生は選択の連続だ。


私はゲームプログラマーになって人生の双六(すごろく)の
ようなゲームを創ってみたいと思ったことがある。


その時考えたのだが、人生には一体いくつの選択肢が用意さ
れているのだろうか?…と、真剣に考えたものだ。


数千か?数万か?
はたまた数十万か?


私はそれら選択肢だけでできたゲームを創ろうと考えたのだ。


これはきっと面白いゲームになることだろう。


もし同じ人がゲームをやり直したとしても、指紋のように決
して同じ結果になることはない。


右に行くか?左に行くか?


もう一度同じ環境に生まれ変わって、人生をやり直すことが
可能だとしても、同じ人生を歩むということは決してない。


人生は選択肢の連続。
どちらを選択するかは、自分である。


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【青春の轍-1-14】


俺たち兄弟も貧乏暮らしにジッと我慢していたのだ。


それが爆発したといってもいい事件が俺ら兄弟に当時起きた。
牛乳屋を始めて2年ばかり経った頃だった。


店舗兼住宅の我が家では、牛乳を買いに来るお客も増えていた。
そのためのつり銭やら売上金を入れる木の箱があった。
その中から、お札を一枚抜き取るのである。


それは長男の考えであった。
しかしお札を抜き取るのは次兄や俺の役目だった。


長男はその金を家の外で受け取ると、俺たち弟を引き連れて
八百屋か魚屋へ向かい、そのお札を俺か次兄に渡すと、ソー
セージを買ってくるようにいうのである。


ソーセージは当時発売されたばかりの新製品で、とにかくそ
の美味いことといったらなかった。


まだソーセージは高価な商品だったから、ふだん口にするこ
とはできない。
そんなソーセージを長男のいうままになっては、神社の裏に
隠れて貪り食うのだった。


しかし、悪いことはそう長くは続かないものだ…。
10回目辺りだったろうか、段々と調子付いてきた俺らは、
ついに母親に見つかってしまった。


母から父へ告げられ、その日の夜には父親の拳骨が長男の頭
に飛んだ。
見つかったのは俺だったか、次兄だったのか、今となっては
記憶が定かではない。
ただ、俺らの口から糸を引いてたのは長男であることがすぐ
にばれた。


長男は父親の拳骨に3メートルは飛ばされたのを記憶してい
る。


殴られたのは長男一人だけだったが、俺と次兄は父親の怖さ
にただただ震えていた。


今になって思い起こせば、貧乏が招いた悲劇でもある。
(次号へ)

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