【青春の轍-1-13】

テーマ:ブログ
2006-11-09 10:39:03

人間は一体どこへ向かって歩んでいるのだろうか?


間もなく還暦を迎えようとする人間がこんなことを言うと
何を青臭いことを言っているのか…と、
お叱りを受けるかもしれない気もするが、


本気でそう思うことがよくある。


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【青春の轍-1-13】


安長屋から牛乳屋に改装された借家へ移ったといっても、店舗
兼処理工場の部分が改装されただけで、居住空間は8畳と4畳
半の二間に狭い台所とトイレだけの粗末な家だった。


8畳間は茶の間兼客間兼勉強部屋兼リビングを兼ねていて、俺
たち家族の5人は大半をこの一部屋で過ごした。
食事と寝室は4畳半の部屋だった。
夜はこの4畳半の一間に親子5人が寝た。
居住空間だけをみると、あの長屋の方が広くて快適だった。


長屋との大きな違いは、トイレが家の中にあることだった。
長屋のときはトイレは外にある共同トイレだったから、その点
だけは便利だった。
ただやはり風呂はなかったから、これまで通り風呂は町の共同
浴場へ行くしかなかった。


まだほとんどの家には風呂が無い時代で、家に風呂があるとい
うのは金持の家に決まっていたし、家の中に風呂を持つことは
テレビ以上に一般人の憧れであった。


親類の和哉さんの家とは長屋の頃から比べれば500メートル
ばかり遠くなったが、それでも俺たち兄弟はよく和哉さんの家
に遊びに行った。


そんな和哉さんら兄弟とは実の兄弟のように仲良くしていたか
ら、共同浴場に行くのもほとんど一緒に行くのだった。


町には共同浴場が5箇所ばかりあった。
温泉町であり、当時全国一安い共同浴場としてニュースで紹介
されたりしていた。


俺たちは徒党を組んでお気に入りの町で一番広い共同浴場へ行
くのが普通だった。
そこは俺の家から3キロもあった。


冬場は共同浴場からの帰り道、俺たち皆は濡れた手ぬぐいを両
手で広げて旗のように持って帰るのだった。
今思っても面白い格好であるが、家に近づくにしたがって、濡
れた手ぬぐいはみるみる凍りつき、硬いせんべいのようになる
のである。
その硬さを競うのだ。
片手で頭よりも上にかざして折れたり曲がったりしないのが一
番優秀なのである。


そんな和哉さんの家にも、俺が小学5年生の頃、家の中に風呂
が造られたのだった。


俺たち兄弟もそんな内風呂に入らせてもらおうと、早速駆けつ
けた。


しかし、俺らは風呂に入るのを諦めて帰ってきた。
和哉さんの父、つまり俺の父の弟の叔父さんの一言に俺たち兄
弟は子供ながらも憤怒を覚えたからである。


和哉さんの父は虫の居所が悪かったのか、酒臭い顔で俺たち兄
弟に向かって、
「まだ来てっか、お前ら、ほいどみだいして」
と罵声を浴びせたのだ。
「ほいど」とは乞食の意味の方言である。


一種の事件だった。
振り返れば、これまでも何度かそんなことがあった。
しかし大人に近づいていた俺の長男は、今回の事件以後、和哉
さんの家には行こうとしなくなった。


和哉さんの家は金持である。
着るものも俺ら兄弟とは違うし、自転車にしても高価な子供用
の自転車を買ってもらっていた。


家の手伝いをしなくとも毎日の小遣いを貰っていたし、祭りに
行くときは俺たち兄弟よりはいつも一桁違う金額を持っていた。


まだ多くの子供が貧しかった時代。
そんな金持の子供からおごって貰うために、ぞろぞろと付いて
回る近所の子供の一団が自然とできる。
金持の子供は、そんな貧しい子供たちを引き連れ、ガキ大将の
ように振舞っていた。
(次号へ)

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