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2009-11-09 01:00:00

日本人はなぜ英語がしゃべれないのか? その7

テーマ:英語学習と英語教育
英会話とコンプレックス


日本人は人目を気にするから、全般的に英会話がなかなか上達しづらい。ところが、エリート層は自分のことについてはそうは考えなかった。文法をやり過ぎたためだと考えた。


彼らがどこで間違ったかわかるだろうか。ようするに、日本人の英語コミュニケーションを妨げているものを、日本文化ではなく文法だと考えてしまったことである。


つまりこうなる。日本人が英会話ができない理由は、

→(誤) ことばのルール(文法)に縛れる。=カン違い

ではなく、

→(正) 日本文化のルールに縛られる(他人の目を気にする)。=根本的

ということになる。


いずれもルールには違いないので、「何かに縛られて英語が口に出ない」という感覚は似ている。また、日本のエリートは日本文化にきちんと順応できたひとが多いので、当然、空気を読む能力には長けている。そのぶん、稚拙な英語を話して恥をかくなど耐えがたいものだろう。


だからといって、何の疑いもせず「文法が悪い」と言ってしまえる「がさつさ」は(うまいことばが見つからないが)、感受性の欠如と言われても否定できないのではないか。


とくに、日本人にとって英語は「やるかやらないか」ではなく、「できるかできないか」になっている。たとえば、フランス語は「やってません」ですむが、英語は「できません」と言う。おかしなはなしではあるが、「英語」は、「泳げない」とか「自転車に乗れない」というのと同じ、能力の問題にされてしまっている。コンプレックスを持つ対象になりうるのが日本人にとっての「英語」である。


だからエリート層はなおさら自分が英語を話せない理由を素直に認められない。認められないから何か別のもののせいにする。それがなぜか文法になった。白人がこっちに歩いてきて、話しかけられないように逃げるようなひとが、そもそも英会話がうまくなるわけがない。


英語が話せないことを文法のせいにするのは、「英会話ができないから、オレは外国人が苦手なのだ」と言うようなものだ。


文科省ではないほかの省のお偉いさんと話をしたことがある。いわゆる高官で、省のトップに近い優秀なエリートである。その方にこう聞いた。「文科省の方たちは、もしかしたらほかの省にコンプレックスがありますか?」と。慎重で上品な方なのでいくぶん遠回しだったが、答えが「イエス」だった。


ほかにも数名に聞いてみたが、「文科省の役人を官僚のおちこぼれと考えている人も、もしかしたらいるかもね」という表現を耳にした。


むろん日本の教育を変えたくて文科省に入ったひともたくさんいるし一概には言えないが、その中にコンプレックスを持ったひとが混じっていると困ったことも起こりうる。もし彼らの心の支えが東大出身であれば、東大を頂点とした偏差値ピラミッドを崩そうとは考えないからだ。


コンプレックスが強いひとが東大出身なら、東大出身であることが心の支えになっているはずで、東大が日本のトップ大学である現状を変えようとはしないだろう。


ここが日本における語学教育のもっとも根本的な問題点である。


現在の入試制度には根本的には手をつけないで、「理想的な語学教育」を導入しようとした過ちは、自然になりゆきだったのかもしれない。「文法はいらない」と言う一方で、進学する者は文法をやらなければならないというメチャクチャなことが起こったのは、彼らのそういったコンプレックスもたらしたかもしれないのだ。


実用寄りに学校英語を本気で変えたいのなら、入試問題を根本的に変えなければならないのに、カリキュラムだけいじってしまった。


また、本気で地方分権を成功させたいのなら、東大の予算を、各地方の代表的な大学と同じくらいの予算にすべきだろう。少なくとも地方の名門大の定評ある学部には東大のそれに対応する学部並の予算をつけるべきだ。


そもそも東大が東京にあるから、地方の人材が東京に流れる。東大は日本の中央集権=東京一極集中を支える効果的な装置の1つになっている。日本の大学が偏差値によって順位が決まるのではなく、どれくらい優秀な人材を出せたかで順位が決まっていけば、高等学校や中学校の教育も変わっていかざるをえない。


もし東大の地位を下げずに地方を活性化したかったら、東大を分割して、地方に移転させればよい。地方に東大の学部があれば、そこを拠点に地方の産業を活発化することが可能になり、地元の高校生もそこを目指すひとが増え、大企業の誘致もしやすく、その効果は大きい。


東大受験生みんなが東京に行きたいから東大を目指すのではない。そういった学生は、東大に行きたいから東大を目指し、結果的に東京で就職する。自分の出身地でがんばりたいと思っても、地方にそれに見合った学部がなければしかたがない。アメリカのように全国にトップ校が散らばっていることが、真の地方分権には必要だと思う。


ゆとり教育は文科省がもたらした「理想教育」である。しかし、文科省は東大を頂点とする偏差値ピラミッドをあたらめる気がまるで見えない。塾は受験に対応するためにあるのであって、その逆ではない。つまり、現在の塾のあり方を決めているのも、偏差値ピラミッドを予算という方法で死守している文科省である。


これはアクセルをふかしながら、ブレーキを踏んでいるのと同じことだ。平気で矛盾したことを同時におこなっている。


残念なことに、そういった目先のことしか見えない人たちが国の教育行政を引っぱっている。私たちはこのことを前提にものを考えなければならない。でないと損をするのは結局自分である。


最後に、学生の方と子供を持つ親に申し上げたい。


文科省や一部識者や教師の偏った意見を真(ま)に受けないで欲しい。


そもそも、英語教師には、外国語を学ぶことがいかにたいへんかをすっかり忘れているひとが多すぎる。そのくせ、「ほかの人はこんな難しい教え方をしているけど、私が教えるとこんなにやさしいんだぞ、ほら」みたいなことを言ったりする。不思議なことに、そんなことを言う教師ほど、たいしたことは教えておらず、逆に生徒に過大な要求をしたりしている。


もしだまされそうになったら、「では、あなたは文法の勉強をしないでフランス語(というより、やったことがない英語以外の外国語)を日本で話せるようになれるのか?」と問いかけるといいかもしれない。



足跡 足跡 足跡


日本にいて、英会話ができるようになることはむずかしいことです。すこしオーバーに言えば、それは文化を超えることでもあるからです。


しかし、逆に言えば、ここまで書いてきた日本文化の短所をなんとか乗り越えて、勉強を進めていけばできないことはないはずです。


どのようにすればいいかは、またべつに考えます。ありがちですが、「究極の英会話勉強法」みたいなタイトルで考えられるかもしれません。


ちなみに、英語以外の外国語学習についてはお亡くなりになった千野栄一先生の『外国語上達法』(岩波新書)が参考になると思います。たいていの図書館には置いてあるようです。たいへんすばらしい本です。よろしかったら、ご一読をください。


足跡 足跡 足跡


このテーマはいったん終わります。長くなりましたが、愚考に最後までおつきあいいただいた方、ありがとうございました。


もうお忘れでしょうが、次回から強調構文の続きです。


(アマゾンのリンクです)
外国語上達法 (岩波新書 黄版 329)



ネイティブ発想でやりなおし英文法-リンク


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