OKURI STYLE

ライフスタイルジャーナリスト大栗芙実子オフィシャルブログへようこそ!


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先日は、ご招待頂きAoyama Laputa Gardenにて開催された”DISARONNO TERRACE TOKYO”のイベントへ!

イタリア・ミラノを中心に発信しているDISARONNO TERRACEは、「テラス」をテーマに素敵なゲストにカクテルとDISARONNOの世界観を楽しむパーティーで、世界で開催!



イタリアでは、とてもメジャーなリキュールで、杏の核(杏仁)を中心に17種類のハーブや果実を配合したものとスピリッツ、砂糖をバランスよくブレンドして作られていて、カクテルなどでも女性にも大人気!



地上9階にあるAOYAMA LAPUTA GARDENは東京の夜景を一望できる絶好のロケーション、プールに隣接しているバーもあり、都会のリゾートを満喫!




ぜひチェックしてみてくださいね!


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生きていく上で、誰もが少なからず意識していることの一つに『世の中の常識』というものがあります。

もちろん、みんなが好き勝手にしてしまうと、社会が成り立たなくなるから、常識はあるべきもの、守るべきものだと私も思います。

ただ、常識にとらわれてしまいすぎると自分らしさがなくなってしまう。

常識の基準が”世間の常識”になってしまうと、新しい商品や新たなモノやヒトの価値が認められず、つまらないものになってしまうかもしれません。

『自分のものさしをもつ』

この土台には、まず世の中の常識や流れがあって

その上で、さらに自分流のものさしを重ねていくのですが、

そのものさしをどうもつか、が大切になってくる。

情報やモノに溢れている今、そこばかりにとらわすぎると、いつまでも”自分の物差し”を築くことが難しい。

世間の評価や常識にとらわれすぎると、本当に好きなものも、好きと言えなくなってしまう。

そのくらい情報は力をもっているんだと思う。

もちろん知識や情報は大切、だからこそきちんと自分で見極める力が必要になってくる。

私は、自分のものさし=基準をもつためには、何よりも自分で実践して、経験を重ねることなのではと思う。

体感して、本当にそれが良いのか、大切なのものかを判断するための、『経験則』を毎日の中で、自分で育てていくことなのかなと感じています。

経験することは、楽しくてワクワクすることであるし、逆に不安や恐れも隣り合わせ

だからリスクもちろんある。

でも、悔しさも、悲しさも、楽しいさも、嬉しさも、全ては経験を通して、身体にインプットされていく。

だから、自分で体験しないと、わからないことの方がたくさんだと思う。

そこから色々なことを経験を重ねて、受け入れていく力と乗り越える方法を見出せるようになってくる。

「きっとこうなるのでは」という自分の勘が、検討違いで恥ずかしかったり、失敗も沢山する。

その経験をどう活かすか、活かせるかなのだと思う。

自分のためだけでなく、大切な誰かのために、そして世の中のために。

経験したからこそ、その痛みや喪失を自分の強さに変えて、大切な誰かの弱さや痛みを守る力に変えていくことができるんだと思う。

だからこそ、自分のものさしを、もっと磨いていかなければいけない。

経験は、何かを失うことより、もっと多くの宝物を残してくれる。

自分の”ものさし”を育てていくためには、大切なものなのだと思う。

FUMIKO OKURI









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人と人とのご縁や、人とモノとのご縁も

点と点がつながる ”きっかけ”というのが必ずあって

言いかえると、それを出会いと呼んだりします。

日常的にみな「ご縁にめぐまれて」「これもご縁ですね」とか
逆に「縁がないんです」など使っているけれど

この『縁』って、昔から出会うことが決まっていたとか、未来で繋がることが約束されているという意味合いだけではないと感じます。

”運命の出会い”

確かに出会い方って、大切な部分ではあるけど

出会い方で『その出会いが今後に続く大切な縁であるかどうか』を判断するのではなくて

その出会ったきっかけを、どう自分で育てていけるかの方が大切なのかと思う。

何事も、きっかけがあって、それを受け取り、育てて、はじめて結果が作られる。

何気ない出会いがあって、それを育てていきながら、点と点を往復して道を作ってこそ
『つながりや絆』が生まれる。

出会っても、その道を自分で足跡をつけて何度も往復しなければ、つながりは生まれない。

はじめから、きっと往復することが決まっている道などなくて、その道を往復するかどうかは、自分の選択次第なのだと思う。

何もないところに、自分で道をつくるのは大変なことで

途中で雨が降ってぬかるんだり、雪が積もって見えなくなったり、土砂崩れにあうかもしれない。

でも、きっと自分で何度も踏みしめて築いた道であったら、その道を何度か往復するときっと、昔の記憶や香りが感じられたり、そこに道が実在していたことが、よみがえる。

いっとき何かで見えなくなっても、きちんと自分の中に残っていたら、全て消えてしまうことはないと思う。

”縁”は道を作るきっかけで、その縁を大切な深い『つながりや絆』へ成長させるためには
誰か歩いてきてくれることを待つのではなくて、何度も自分の足で道を往復して道を作っていくことだと思う。

きっと誰しもが森を歩いて道を作ることができるし、そこを何度もしっかりと踏みしめながら歩くことで、誰もが通れる道を作ることができる。

道ができたら、その道をより多くの人が歩くことができる。

ご縁を良いご縁にするためには、道ができることを待つのではなくて、まず自分の足で歩き、土壌を育て、道を作るところからはじめる。

そうしてできた道を何度も往復して、つながりの大切さを学んだり、忘れていた大切なものを思い出したりしながら、誰かとの絆もまた自分で育ててこそ、深まっていくものであるのかもしれないと思う。


FUMIKO OKURI




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愛のことって、生きていく中での『永遠のテーマ』みたいなもので
宿題になったり、救われたり、もしかすると終点がないものなのかと思うときがあります。

いろいろなカタチの愛について、ご相談を受けるのですが
愛って本当にさまざまで対ヒトであっても

恋愛、夫婦愛、親子愛、兄弟愛、友情愛、同性愛、自己愛...など
カタチや言葉では表せない程の沢山のカタチが存在しています。

愛することや、愛されることって、対誰かとのやりとりの中におさまってしまったりもする。

その中にある「期待」や「見返り」など、「自分を幸せにするため」というものが
多く存在し続ける限り、答えを見出せずに、求め続けても同じことをくりかえして
本来の求めていた愛し、愛されるステージに行くことが、ちょっと難しい気がします。

自分を幸せにすることって決して悪いことではないのだけど、仮にそれを相手に求めて
お返しをもらって、受け取ったとき

『私の望む幸せってこれじゃない』
とその時になって初めて、自分の思っていたことが、間違っていたことに気がつく。

愛するって”覚悟”がいることなのだけど、その覚悟って例えば
「一生君を幸せにする」とか「ずっと一緒にいること」
「他の人を好きにならない」とか「愛し続けることを約束する」覚悟もありますが

私は、”愛をもって関わるという自分の覚悟” の方が実は大切で、大変なことなのではと思う。

愛の関わりのカタチや、はじまり方についても、多くの女性からご相談を受けるのですが

約束や契約からの関わりもあれば、自由な関わりの中にも愛って存在していて、そこには人間愛も男女愛も、その垣根をこえた人類愛も存在します。

きっとそのはじまり方は、私達が意識しているほど、人生を揺るがすくらいの怖いものでもない気がします。

大切なのは、カタチや外側よりも、関わり合いやそこにある中身だと思う。

関わりの中で、相手が手渡してくれたものに気付くことや、そこにお返しをすることだったり、その中にあるあたたかいものを、自分で見つけようとすることが大事になってくる。

誰かから”恵まれた”カタチで自然と生まれることだけを、ずっと待っていても、きっと難しくて苦しくなる。

男女の愛だけでなくて、どの愛に対しても、そういう自分の中で愛に対する覚悟があったら、本当の意味での愛を知ることができるのかもしれない。

愛は、大変で努力も必要だけれど、とってもとっても、すてきなもの。

関わりの中から生まれる、わがままも甘えも、おもしろくて、愛おしくていいものだと思う。

またこれからも答えを探していく旅だけど、きっと愛は誰かに育ててもらうのではなくて、誰かと育てることばかりでなくて、自分で学んで自分で育てていくものであるのかもしれないと思う。

FUMIKO OKURI











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少しずつ大人になってくると、みんな、誰かとの”関わり方” を気にしていくようになっていきます。

それは、1つに怖さみたいなものとか、プライドみたいなものが存在して

ややこしかったり、傷ついたり、かっこわるくなってしまうことって、めんどうだったり、怖いことでもあるから。

大人になればなるほど、簡単に、上手に、きれいに、すぐにまとまるように、創り上げてみるけど、実際はそんなに単純なものでない気がします。

誤解や思いこみ、決めつけは、自分で勝手に始まって、終わっていく。

それは、一方通行で、決して本当の意味の関わりでないのに。

仕事でも、プライベートでも、関わりの中に距離はあります。

『上手な距離のとり方って、難しくないですか?』

たまに質問されるのだけど、”距離”って、物理的だったり、時間や環境や関係的だったり様々だけど、きっと単純に『距離』にしかすぎないと思う。

時々離れたり、近づいたりするけど、それがどんな長さなのか、その時の、そこにある自分の感情で一方的に計ってしまう。

それがいつしか、距離=重さ=結果になっていく場合が多い。

自分以外のものって、常に動いていて、相手の気持ちや動きも、その時の環境や感情で日々変化する。

それと同じように、自分の気持ちも同じように動いていて、日々変化する。

実はその距離を、自分勝手な物差しで、その日の感情や都合、勝手な憶測で計っているだけなのかもしれないと思った。

だから、実際は、距離ってみんなが思うほど、大げさな問題でもなかったり、心が揺れるほどの悲しいことでも、傷付けられるほど怖いことでもなかったりすると思う。

大切なのは、勝手に決めつけたり、相手へ求めたり、しがみついたりするのではなく

距離や時間を超える何か大切なものを、その”関わり”を通して自分の中から、見つけ出すことかもしれない。

それが、見つかったとき、関わることがこれまで以上に、すてきで楽しいこと、うれしいことになって

そこからが、本来の誰かと”関わること”のスタートな気がします。

FUMIKO OKURI








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