先ず、一番重要なポイントとしてあの土地には2000年より後に関しては投げ入れ系統以外の許可が無いゴミの投棄は無理な事実を紹介する
 
■記事:裏切られた元地権者たち―8億円埋設物も「そんなものはない」
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■動画
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元地権者代表「元公明党市議・乗光恭生」の顔出し証言では1999年に市が買い上げを決議した後に住民は立ち退きし、更地になったあとは立ち入り禁止のフェンスで囲まれ元住民達が近隣に家を建てて毎日防災目的を兼ねた公園が完成するのを楽しみに見守っていたが誰も不法投棄した様子はなかったと言っている
あの土地の立地は普通の街中
近隣には学校
それから余計な疑りを入れる輩がインターネッツ上にいるから一応指摘するけど、元住民達は余分な利益を得ていない言い回しもある
 
■立ち入り禁止のフェンス画像01
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■立ち入り禁止のフェンス画像02
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2014年に撮影された籠池夫妻と昭恵の写真にもフェンスは写ってたよな
 
【既出の情報による発言の矛盾について】
 
ゴミはないとする発言は南側=畑の2.4%の話なので矛盾はしない
■2017-03-24の質疑応答
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コンクリブロック等の産廃をゴミと認識しないひとは普通に存在する
法律の世界では成長記録の幼児の裸も物としては児童ポルノだが(そうしない場合に盗まれて回り回って拡散された場合に罪に問えないことになるのでね)、世間一般はそのような認識を持ち併せていないからね
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試掘調査の前に行われたレーダー調査では8%~20.8%ゴミを探知
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2017-02-28の質疑応答とストーリーが合致
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この記事で2009年の試掘調査でゴミは20.7%だったとする国側の証言を紹介している
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47.1%はゴミが多かった北側だけで算出したからと説明
だがこの数値は2016年に発見された新たなゴミを起点に算出された数値なわけでおかしい
 
ちなみにその68地点の試掘調査では地下3.0m以内までには多少の誤差(校舎右側5地点)はあれど、全域が粘土層=以降説明するけど軟弱地盤に突き当たっている
 
藤原工業が行ったと言われてる仮起きされた土砂のニュースを見る限り、少量のゴミは北側3m以内には確実に存在していた
 
そもそも掘った証拠として通常は存在しなきゃならないマンホール等の写真も出てないから有益費のストーリー自体に疑念を抱かざるを得ない
国側が提示した写真はスケールを当てながら撮影した写真がないから掘った証拠にならないしね
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杭打ちで出たハズの長靴の画像も出ていない
更に産廃資料を出して下さいと要求しているのに頑なに拒んでいる
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2016年の新たなゴミは業者が否定している
■藤原工業・藤原浩一社長「掘ったのは1m~2m迄で、3.8m迄掘ったことは絶対ない」
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この基礎部分の話と杭打ち穴は別のイミだが、基礎部分(厳密には校舎関係ない部分の試掘)の新たなゴミを否定した時点で杭打ち穴のゴミも99%否定することにもなる
詳細は以下記事にて
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■平成21年度大阪国際空港豊中市場外用地(野田地区)地下構造物状況調査業務報告書(OA301)」
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■画像だけ抽出
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仮にゴミが9.9mまで47.1%の比率で埋まっているならば全域が地山(人工物)の結果になってなきゃならない
 
すなわち、3m以下には確実にゴミは無い
 
大阪市内ならびに大阪府内の一部(例の土地=豊中市野田町10を含む)は全域が沖積層(厚さ20m以上の特徴を持つ地層)、すなわち粘土層である点で合致する
■環境影響評価書その4:P7を参照
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上記で示されている例の土地を含めて茶色の範囲は大昔は海の中で徐々に地面の凹凸が少ない湿地=後背湿地(こうはいしっちde検索)へと堆積=変遷して行き、昭和より前の時代に宅地造成が成されている
大阪市内の鴻池新田もそれに該当する
 
来歴を辿ると海⇒湿地⇒陸地(1961年より昔の時代に標高を「かさ上げ」)⇒1961年の航空写真に繋がる
1975年にはバラック長屋だが、1995年には既に普通の住宅が数軒ほど建ち並んでいる
■来歴一覧
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■今の大阪
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平均標高3mを考えても沼の水深は3m以内だったと確定、すなわち土壌かさ上げは3m程度
北側の平均標高6mの豊中公園とは徒歩数分距離しか離れていないが、平均標高は倍の落差があるのでミスリード禁止
 
このことは「J-SHIS(スマフォのapplicationも存在)」でも確認可能
 
2009年の試削調査で判明した校舎西側5地点のゴミはその付近で打ち止めになっているゴミだと考えるられる
 
何度も言うが3m以内のゴミについては確かにある
 
1961年には北側の沼地部分はゴミ捨て場と化していた
■1961年 来歴一覧から抜粋:北側に沼
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■1966年 来歴一覧から抜粋:北側の沼は土で既に埋め立てられている
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この時に埋め立てられた北側=校舎の部分、すなわち土で生活ゴミを封じ込めていた部分を中道組(建物に支障がある大きな産廃・一部表層の鉛・ヒ素の撤去・除去)と藤原工業(残りの細かいゴミ)が撤去
 
この部分は前記したようにキナ臭いストーリーではある
 
宅地だった時代の除け忘れた産廃=基礎は少量は混じってたとは言える
 
同和うんぬんと声高らかに言ってるひとたちは1975年のバラック長屋の画像ばかりを強調しているけど、1995年辺りには既に普通の住宅が建ち並んでいるから論理破綻
 
もしそうなら南側もゴミを詰め込んでるよな
 
維新本体と維新サポーターズは他になーんにも根拠らしい根拠を出せてないもんね
ついでに野田中央公園を引き合いに出したロジックについても論破しといたから見て欲しい
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._._._._._へwwヘ
.(.(.(.(.(@・ω・)2ちゃんねるでアスキー拾ったのん、カワイイよね
⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒
2009年より後に不法投棄されたとする主張も却下
 
最初に述べたように土地周囲の環境(トラック4000台分の目撃証言も皆無)からしてムリゲーなんでね
 
軟弱地盤は特殊な技法を用いないと掘削出来ない非常に面倒で費用も無駄に掛かる地層で、わざわざ生活ゴミ(籠池の証言の長靴や靴下)を埋めるために9.9mも掘るアホは過去にも未来にもいないと断言する
普通に処理センターに持っていったほうが明らかに安いし、不法投棄で警察にも御用にならずに済む
 
■軟弱地盤の施工方法
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このように必然性、合理性、現実性、実現性を考えたら3m以下への不法投棄の仮説には蓋然性に致命的な欠如が見える
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コメント(2)