2009年に行われたレーダー調査ではゴミは8%~20.8%のみ探知されている
二つ目のLINKのレーダー調査の発言と合致しているので間違い無い
2017年03月06日の豊中市議会
 
上記レーダー調査で異常があった部分を地下3m地点まで「“““試削した結果”””」のほうでは全域地下1.5m~地下3m範囲に層状にゴミを確認
そのうち地下3m地点でゴミに突き当たったのは68地点の中で校舎西側にあたる5地点のみ
 
2017年02月28日の国会答弁:48分18秒~参照
 
業者が校舎を建てる際に校舎西側前面を掘削(“““マイナス査定ありきとしか言い様がない杭打ちとは別な部分”””)した結果、3.8m地下からゴミが出たと航空局長は言及したのだが、コレがおかしい
 
前記した2009年の試削調査で全域地下ほぼ3m地点に粘土層が見付かっている
 
ついでに指摘すると2009年より前に不法投棄があるならば、下に記す「“““全域に地山が確認されてるハズ”””」であるからして「“““これ以前に不法投棄は成立し得ない”””」
 
平成21年度大阪国際空港豊中市場外用地(野田地区)地下構造物状況調査業務報告書(OA301)」
上の画像
 
あの土地(豊中市野田町10)の地盤は沖積層(厚さ20m以上の特徴を持つ)、すなわち粘土層である点で合致する
環境影響評価書その4:P7を参照
 
このことは「J-SHIS」でも調べる事が出来る
 
>後背湿地‐Wikipedia
>後背湿地(こうはいしっち)とは、沖積「“““平野”””」にある「低“““平”””」・湿潤な地形のことである
 
キーワードで少し調べたら分かる話だが、凹凸が少ない上記の地質だと分かる
 
この時点で水深3m以上の沼ではなかったと言え、同時に「“““それ以下の位置に自然にゴミは蓄積出来ないと分かる”””」
 
来歴を辿ると海⇒湿地⇒陸地(1961年より前の時代に標高を「かさ上げ」)⇒1961年の航空写真に繋がる
■来歴一覧
■今の大阪
 
理財局長が昔は沼だったからと新たなゴミが見付かった理由として述べているしね
 
試削調査で校舎西側にあたる地下3m位置の5地点に発見されたゴミは多分その辺りで打ち止めになっていたと考えるべきである
 
確かに1961年には北側の沼地部分はゴミ捨て場ではあったが、前記したようにその時のゴミだとする考えは地質情報と南側にあった畑との位置関係から推定される沼の水深3m以内を考えたら否定可能
■1961年 来歴一覧から抜粋:北側に沼
 
例の学校地下の地質情報の平均標高3m(北に徒歩数分の豊中公園は標高標高6mで倍の落差)と地盤に到達するまでの深度3mとも合致
 
■1966年 来歴一覧から抜粋:北側の沼の埋め立て完了時期(ちなみにバラック長屋乱立は1975年)
 
この時に埋め立てた部分の土砂が正にニュースで度々放送されていた仮置きされた「ゴミが少量しか見当たらない土砂」だと言える
 
2009年より後に不法投棄されたとする主張も却下
 
住宅地の中にある立ち入り禁止のフェンスで囲まれた国有地にわざわざトラック4000台分の生活ゴミを穴を掘る手間まで掛けて捨てるアホな人間はいないし、目撃証言も皆無
 
上記した来歴一覧に立ち入り禁止のフェンス画像も在中
 
軟弱地盤は特殊な技法を用いないと掘削出来ないみたいだしね
 
軟弱地盤の施工方法
 
環境影響評価書その4:P2を参照
地下水位も4m~5mな上に8770㎡×3m~9.9m規模の穴を掘るだけでも(それより狭い5000㎡だとしても)「適切に処理するより費用も手間も掛かる」
 
普通に処理センターに持っていったほうが明らかに安いし、警察にも御用にならずに済む
 
以上のように必然性や合理性を考えたら不法投棄の説には蓋然性に著しい欠如が見える
 
元地主達の証言からもそれは言える
 
裏切られた元地権者たち―8億円埋設物も「そんなものはない」:見れない場合はこっちのLINKを参照
裏切られた元地権者たち―8億円埋設物も「そんなものはない」
概要:立ち退き後はフェンスで囲まれてて、ずーっと公園が出来るのを楽しみに見ていたが誰も不法投棄した様子はなかった
 
一番最初に言及したレーダー調査で判明したゴミの内訳としては「不法投棄由来“““ではない”””」「“““住居だった時代の生活ゴミ&基礎(上記記事で元地権者も証言。但し、コンクリートをゴミだと認識していない模様)”””」だと言える
 
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