義母と僕とリハビリ介護日記

脳出血の後遺症で要介護4、一級障害者になった一人暮らしの義理の母マミー、娘夫婦と同居して厳しいリハビリを続けるか? 
それとものんびり施設入所をするのか?選んだ答えは「厳しいリハビリお願いします!」その日から涙を流してリハビリを頑張る
義母と僕の成長日記です。

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介護離職を告白、秘密を持たないことの気楽さ-かっちん夫婦とマミーの日々<52>

脳卒中の後遺症が残る義母“マミー”の在宅介護と、仕事とを両立させるため、僕はなんとか自宅開業へとこぎつけた。しかし仕事を辞めたことは、義兄(兄ちゃん)には「まだ黙っておけ」という妻のかっちん。余計な心配をさせたくないからと、マミーにも同様に口止めしていた。

[義兄から毎年恒例の贈り物、御礼の電話で会話が始まる]
会社を辞めてから1年後の2014年6月、僕は無事に行政書士事務所を開業
することができた。

それから1ヵ月ほど経った頃、兄ちゃんからメロンが送られてきた。
マミーの大好きな北海道の「夕張メロン」だ。

毎年7月頃になると、契約している北海道の農場から直接メロンを送って
くれる優しい兄ちゃんだった。

「さよちゃん(マミー)、兄ちゃんが夕張メロン送って来たで!」

「やった~、やった~」

大喜びするマミー。

すぐ兄ちゃんにお礼の電話を掛けてくれと、かっちんにせがんだ。なので、
兄ちゃんに電話をかけたかっちん。

「あっ、兄ちゃん。メロンありがとう。さよちゃんに代わるわな!」

そう言って、マミーにケータイを手渡した。

[会話の流れから、隠していた事実が露呈]
ケータイを受け取ったマミーが兄ちゃんと話し始めた。

「兄ちゃん?」

「おう、メロン届いたんか?」

「ええ、ありがとう。こんな高いものは、この家ではちょっと買えません
よ、はい」

「あはははは、そうやろうな~」

楽しそうに笑う兄ちゃんに、マミーはサラリとこう言った。

「ええ、たーちゃんも会社を辞めたことだし、これからが大変ですよ、はい」

その途端、さっきまでケータイから漏れ聞こえていた兄ちゃんの笑い声が
ピタッと止まった。

「たーちゃんは、会社を辞めて家で仕事をすることになりました」

「・・・」

「兄ちゃん、大阪に帰ってきたらぜひ営業してあげてくださいよ、はい」

「・・・」

「はい、かっこちゃん(かっちん)。兄ちゃんの電話どうぞ」

[介護離職、自宅開業を打ち明ける]
マミーはいつもこうだった。とんでもない事を言っておいて、後の尻拭いは
娘のかっちんに全て任せるのだ。

ホントに毎度の事ながら、油断も隙もありゃしないのだった。

この時のかっちんは鬼の形相だった。心の中で「この、クソッたれのクソ
ババア!」とマミーを罵っている声が、僕にまで聞こえてきそうなほどの
迫力だった。

そんな様子でマミーからケータイを引ったくり、兄ちゃんにはあわてて言葉
を取り繕ったかっちん。

「あっ、兄ちゃん? 大丈夫やから!」

「会社、いつ辞めてん」

間髪いれずに聞いてきた兄ちゃんに、かっちんは真実を打ち明けるしかなか
った。

「あ~、ちょっと前かな? ほら、さよちゃん入院して退院してから、私一人
じゃさよちゃんの介助が無理になったからさ~」

入院は入院でも、ついこの間兄ちゃんが駆けつけた方の入院じゃなくて、1年
も前の入院なんだけど、その辺りは上手いこと誤魔化すかっちんだった。

「大丈夫なんか?」

「あ~、大丈夫、大丈夫。ほら、たーちゃん行政書士の資格あるやろ? それ
になんかしらんけど、アイツは色々な資格持ってるみたいやから、なんとか
やっていけるわ」

「なんぼ行政書士やって言うても、たつやじゃなぁ・・・、営業力が・・・」

「あ~・・・うん、まぁ、それは・・・ほらっ、兄ちゃんに全面的にお任せしよう
かなって思ってんねん。だから早いところ大阪に帰って来てや、頼むぜ兄
ちゃん!」

妹のその楽観的な物言いに、やっと笑ってくれた兄ちゃんだった。

その後、妹夫婦と実母のこれからを案じながら電話を切った兄ちゃんだった。

[介護離職を伝えた母の考え]
兄ちゃんとの電話を終えた途端、かっちんが怒鳴った。

「ブス子(マミー)! たーちゃんが会社辞めたこと、何で兄ちゃんに言うたんや!!」

普段は「さよちゃん、さよちゃん」と猫なで声でマミーを可愛がっているかっ
ちんも、この時ばかりは違った(※厳密には怒るとすぐにこうなるかっちんな
のだが)笑。

「なんで言うたんやって聞いとんじゃ! クソババー、はよ答えんかいっ!」

「・・・」

「言うなってあんだけ言うとったやろがっ! 何考えてんねんブス子は!!」

「・・・」

「どうせ何も考えてないんやろうな、ブス子はっ! ちょっとでも考えてたら、
あんな事は絶対言わへんもんな!ええっ?」

かっちんの怒りの訴えを、目を閉じながら平然とした顔つきで聞いていた
マミーはこう言い放った。

「言ったほうがいいんですよ!」

「はぁ?」

かっちんも僕も、この言葉には面食らった。

マミーはどうやら、うっかり口をすべらせたワケではなかったようだった。

[介護離職の告白で、プレッシャーから解放される]
思いも寄らないような言葉を言った後、続けてこう言ったマミー。

「言ってあげた方がいいんです。それもこれも全て兄ちゃんの為です」

「はぁ?」

「兄ちゃんは知らなくてはいけません。長男として、この家がいま大変な状況
だっていうことを・・・」

「なんでやねん!」

「たーちゃんが会社辞めてしまって、今この家の台所は火の車なんです、
はい」

「だから?だから、それを言うたら兄ちゃんが心配するって言うたんやろが!」

「いいえ!」

マミーは怒り狂う娘のひと言をピシャリと止め、こう続けた。

「たーちゃんが仕事辞めて、お給料がなくなったと分かれば、兄ちゃんはもっと
もっとお金送ってきてくれるかもしれませんからね、はい」

そう言ってニヤリと笑ったマミーは「あんたはどんだけワルなのよ?」という
くらい悪どい顔つきをしていたのだった。

しかし、この時マミーがサラリと本当のことを言ってくれたおかげで、いつまで
も兄ちゃんを騙さずに済んだ事に関して、正直者の僕は内心ホッとしていた。

脳出血を起こしてから、以前は絶対に言わなかったような事を何でもペラペラ
と話してしまうようになってしまったマミー。

それで時々、家族が恥をかいてしまうような場面も多々あったりするのだが、
今回のように、時には良い結果を生む場合もあるのだった。

この時のマミーには、僕は本当に感謝した。

そして「秘密を持たなくていい」という解放感をかみしめていたのだった。  

(つづく)

かっちんにはクソみそのチョンに言われたマミーだったけど、結果的には
マミーが言ってくれたおかげで、いつまでも兄ちゃんからの電話にドキドキ
せずにすんで本当に良かったです。

マミー、ありがとうよ。笑


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義兄と対面、介護離職の事実は隠し通せるか-かっちん夫婦とマミーの日々<51>

義母“マミー”の介護のために退職したことは、開業した仕事を軌道に乗せるまで義兄(兄ちゃん)には黙っていようと決めていた。しばらくは隠し通せていたものの、入院したマミーの容態が悪化してしまい、赴任先から飛んで帰ってきた兄ちゃん。うっかり本当のことを言わないように、祈るしかない僕だった。

[事実を知らない義兄の質問に動揺]
持病のサルコイドーシスが悪化して倒れた義母マミー。容態が危うくなり、
赴任先から駆けつけた兄ちゃんは、マミーの様子を見守るため、数日の間
こっちに滞在することとなった。

入院先で兄ちゃんと顔を合わせる場面も何度かあったが、いつも妻のかっち
んがしっかりと間に入ってガードしてくれていた。

しかしある時、どういう訳か廊下でほんのわずかな時間、兄ちゃんと一対
一にされるという場面があった。

理由は覚えていないのだが、かっちんだけがマミーの病室にいて、おそらく
マミーのオムツ交換か何かしていたのかもしれない。

そしたら案の定、兄ちゃんは僕に、復帰後の会社の様子を聞いてきた。

「たつや、会社はどうやった? 異動させられへんかったんか?」

「はい(異動はなかったですよ。もう辞めたけど・・・←心の声)」

「よかったな」

「はい(もう辞めたけど・・・←心の声)」

ホッとした表情の兄ちゃんだった。

その様子を病室から見ていたかっちんが、後で僕に聞いてきた。

「おい、あんた兄ちゃんに何言われたんや? まさか会社辞めたとか言うてへ
んやろうな?」

「言ってないよ」

「じゃ何て言うたんや?」

「『異動させられへんかったか』って兄ちゃんが心配してたから、『はい』って
言ったよ」

「それで?」

「ん? それで『異動させられへんで良かったな』って言うから、『はい』って
言った」

「へ~、あんたにしてはナカナカやるもんやな」

褒められるようなことは何ひとつしていないのだが、満足げなかっちんだった。

兄ちゃんの言葉選びがたまたま良かっただけで、僕はただ聞かれたことに対
して正直に答えただけなのにさ~。

[自宅開業するも、まだ親族には言えず]
元気になったマミーは、2014年の春に退院してきた。それから僕は、さっそく
自宅開業の準備に取り掛かった。

入院前に比べて自由になる時間ができたからだ。

以前のマミーは家族と離れることを極端に嫌い、デイケアは午前中しか通っ
ていなかった。そのため午後は少しでも体の機能が回復するようにと、川平
法のリハビリを治療に取り入れている鍼灸治療院へ、ほぼ毎日通っていた。

しかし退院したマミーは、朝から1日デイケアへ行ってくれるようになった。
なので、午後から鍼灸へ行くこともなくなり送り迎えの必要もなくなったのだ。

そして、その年の6月にはなんとか「行政書士リーベン法務事務所」を開業
することができたのだった。

それでもかっちんは「まだ兄ちゃんには会社辞めたこと言うなよ!」と言った。

兄ちゃんの事だからきっと事務所の業績とか聞いてくるやろうから、仕事が
軌道に乗ってから話そうというのがかっちんの考えだった。

そんなわけで、僕が会社を辞めた件に関しては、マミーにもキツく口止めしていた。

[開業の口止め、義母も受け入れる]
「さよちゃん(マミー)、たーちゃんが会社辞めて家で開業したってことは、
兄ちゃんには絶対に言うたらあかんで?」

「何でですか? 兄ちゃんに言ったらお客さん連れて来てくれますよ?」

「だって兄ちゃん心配するやろ? たーちゃんが介護休業取るって言うただけ
でもあんなに心配してたのに、会社辞めたなんて言うてみいや? 自分の母
親の世話する為に妹の婿さんが会社辞めたなんて、しかも開業した言うたっ
て『アイツじゃ営業できへんやろう』って心配するだけやろうからな・・・」

「だから兄ちゃんにお客さんを連れて来てもらうんですよ、はい」

「まぁ、それも良い方法やけど、今は兄ちゃん福岡におるしな。だからお客を
つれてきてもらうのは、大阪に帰ってきてからの話や。とにかくまだ客が全然
付いてへん状況で兄ちゃんに言うのは、あまりにも酷やで? 心配させたら兄
ちゃんが可哀想やろ?」

「そりゃそうですね」

「そうよ、だから兄ちゃんに言うたらあかんで? ちょっとでも客が付いてから
報告しよう」

「はい、わかりました」

素直に返事をしたマミーだった。  

(つづく)

兄ちゃんに僕が会社辞めた事を伝えるならば今でしょって場面があったのに
も関わらずその事を伝えなかった僕。

正直者の僕には、このような状況は面倒なので、さっさと白状したかったん
だけど、かっちんが止めるので仕方なくこのまま黙ってる事になりました。

だけどさ、僕の仕事なんてそう易々と軌道に乗るなんて事は考えにくいので
このまま行くと一生兄ちゃんに仕事辞めた事を隠し通すことになるかもしれ
ない。

だとしたらホント面倒だな~と思ってたんですよね~。

果たして、兄ちゃんに仕事辞めたって言える時はやって来るのだろうか?

乞うご期待!

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テーマ:
介護離職を親族には伝えられずに-かっちん夫婦とマミーの日々<50>

仕事を辞めた僕たーちゃんは、妻のかっちんと共に義母“マミー”の在宅介護を始めた。しかし、仕事を辞めたことを義理の兄にはなかなか報告できずにいた。介護休業を取るだけでも大反対だったからだ。妻のかっちんには、自宅で開業した仕事が軌道に乗るまでは絶対にしゃべるなと口止めされていた。

[「介護休業1年間」も猛反対された過去]
2011年11月に脳出血を起こし、思うように動けなくなってしまった義理の
母マミー。

2012年春の退院後、娘婿の僕たーちゃんは、勤めていた会社で1年間の
介護休業を取得した。理由は妻のかっちん一人で、マミーをお世話する
のは難しいと考えたからだった。

その1年間で、マミーの体の機能を少しでも向上させたいと、かっちんと
一緒にマミーの介護とリハビリに励んだ。

介護休業があける頃には、昼間はかっちん一人でもマミーの面倒を見られる
ようになったら良いなと思っていた。

そして2013年春、僕は職場復帰を果たした。

しかし、それからわずか2ヶ月でマミーとかっちん二人とも体調不良で倒れて
しまった。マミーにいたっては、かっちんに世話をかけまいとオシッコを我慢。
それがもとで腎盂腎炎を引き起こし、入院するという最悪の事態となってしま
った。

そんなこともあって、僕は2013年6月に会社を辞めた。

しかしその事実をマミーの息子であるかっちんの兄ちゃん(僕からしたら義理
の兄。福岡で単身赴任中)には、なかなか報告できなかった。

その理由は、1年間の介護休業を取ると決めた時に、鬼のように大反対した
兄ちゃんだったからだ。(詳しくは、「かっちん夫婦とマミーの日々<13>」
をご参照下さい)

長期休業どころか、会社辞めたなんて言ったら「どうなるか分からんぞ!」と
かっちんは言うのだ。

会社を辞めると決意した時、いずれは家で行政書士事務所をやろうと決めて
いた僕、その事をかっちんに伝えると、

「それだったら、自宅開業が軌道に乗ってから兄ちゃんに報告したらええ!」

と言うのだった。

[職場復帰後を案じる義兄からの電話、妻がブロック]
しかし僕は、自分で言うのもなんだが根が真面目で正直者。何かのタイミング
で兄ちゃんに会社の事とか聞かれたらどうしようかと、内心ドキドキハラハラ
していたものだ。

なにしろ1年間も介護休業を取っていたのだ。会社復帰後の義理の弟の処遇
も、兄ちゃん的にはとても気になるところだろう。

そんなわけで赴任先の福岡から兄ちゃんが時々電話を掛けてくるたび、妹の
かっちんとこんなやりとりをしていた。

「たつや(僕の名前)は、会社復帰したんか?」

「う、うん」

「そうか、復帰できたんやな。良かったわ」

電話を切った後、かっちんはいつもこう言った。

「何も知らんと、あんたが会社に復帰できて良かったな~って言うてたで。
ホンマの事知ったらどうすんやろな?」

僕を脅すような言い方をするかっちんだった。

僕と兄ちゃん2人で話をさせると、正直者の僕がつい本当のことをぺラッと
しゃべってしまうんじゃないかと思っていたかっちん。なので、とりあえず
僕と兄ちゃんを2人だけでしゃべらせないようにと、いつも2人の間に入っ
てブロックしていた。

まぁ言うても相手の居場所は福岡だ。

接触手段は電話しかなく、しばらくはそれを遮るだけで何とかなっていた。

[義母の緊急入院と、義兄の帰郷]
しかし2013年の11月、兄ちゃんが急遽、赴任先からこっちに帰って来るという
事態が起こった。マミーの持病、サルコイドーシスが増悪して入院したからだ。

一時、容態がひどく危うくなって、兄ちゃんはマミーの入院先へ駆けつけた。

その時も、かっちんは僕にこう言った。

「何があっても兄ちゃんには、会社辞めたなんて口が裂けても言うなよな、
分かったか!」

僕からそんな話をするなんてことは決してない。何故なら僕は、本当に無口
なので、自分から兄ちゃんに話しかける事なんて皆無だからだ。

しかし、兄ちゃんから不意に「会社、ちゃんと行ってるんか?」と聞かれたら
「はい! 行ってます!」なんていう嘘は、正直者の僕には、それこそ口が
裂けても言えないだろう。

そんな事を考えながら、

「どうか、どうか、兄ちゃんが『会社行ってるんか?』と僕に聞いてきません
ように~!」

と祈っていた僕だった。  

(つづく)

いつも「いいね」やランキングにポチッとして下さっているみなさん、どうも
ありがとうございます!

「かっちん夫婦とマミーの日々」も残すところ後わずかとなってきました。

みなさんの応援のおかげで、介護ブログランキングではいつも10位以内に
入れています。

その事により、今介護されている沢山の方々の目に止まる事が出来て、少し
でもこのブログが「かっちん夫婦とマミーの日々」が、大変な介護をされて
いる方の参考に、また励みになってくれていたらと願ってやみません。

みなさまにおかれましては、後少しの間ではありますが今までどおり応援の程
どうぞよろしくお願い致します!

たーちゃん


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