Sun, December 09, 2007 18:00:00

過去日記第十弾・僕という特異点。

テーマ:let-me-goイズム
この時期考えていたことは他の国への編入なんですが、

家庭の事情などもありそう簡単にはいきませんでしたね(^_^;


【2006/11/09 21:20】


僕という人間性を語るときに反骨精神という言葉は欠かせないと思う。


僕は昔から、多くの人のすることや

常識にとらわれた考え方

また流行などに対しては


頑(かたく)ななまでに否定的だった。


その理由の多くが

その常識や流行自身が僕の考えや意識に共振しないといった理由が基本なのだが、

たまにその理由とは別に、単純に他の人とは別の存在でありたいと願う気持ちがあった。


それはつまりニヒリズムに近い社会への反骨精神からくるものだったんだと思う。


僕から遠ざかる人間というのは、ただ単純に僕の物事に対するExtreamな部分や意固地とも言えるその思想の強固さ、自分自身に対する絶対的な自信といったものが、他人には時にうざったく見え、まぶしく見え、嫉妬に近い感情を生むからなんだと思う。

これは僕の心のベースを作ったとも言える父ですら僕の考えを享受できないことがしばしばあるという事実からも僕自身子供の頃からわかっていることだ。


このブログの読者の方はもうすでにわかっていると思われるが、

僕は僕という人間に対して絶対の自信をもっていて、未来に対する絶対の可能性を信じています。

周りの人間で僕という人間に疑問を抱く人がよく聞く質問が
「どっからその自信はくるの?」

といったものです。


僕は人生において一般的な大きな成功を収める人間というのは

「確信を持った人間」であると信じています。


「確信」とは

自分への、

物事への、

自己の未来への、

つまりすべてに対しての

絶対的で普遍的な自信のこと。


またそれは後付されたものではなく生来その人に備わっているべきものだとも思っています。なぜなら後付の確信とはいざというときにボロが出やすいからです。


この文を見ていると僕は自己の完全な肯定しかしていないと思われるかもしれませんがまさにそのとおりです。

「確信を持った人間」が自己を否定する必要などどこにもないからです。


さてここまで述べてきた僕という人間性にここである事柄に対しての異常なまでの負けず嫌いといった性質を足してみましょう。


負けず嫌い、

反骨精神、

自己への確信、


こういった特性をもつ人間が次にしたいこととはなんでしょう?

人とは違った新たなものを作るということです。


留学生活というものを考え直す時期がきたかもしれませんね。。

少なくとも今のままでは自身で僕という人間性+未来を殺しているようなものです。。
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