Mon, July 31, 2006 11:09:02

無知という枷。

テーマ:let-me-goイズム

無知とは罪である。

しかし、人間は生まれ出でた時は究極の無知の状態である。

もしも人間に生まれながらにして枷というものがあるとするのなら

人間というのは生まれた時の究極の無知から

可能な限りの知の吸収を個体として最後まで行うことが人の責任なのかもしれない・・・。

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
Wed, July 26, 2006 01:42:28

海外編入。

テーマ:日記

どーも最近もっぱら読書に夢中のKay(英語の発音的にこちらのほうが正しいのでこれからはこちらの表記でいきます(^^;))です。


生まれてこのかた小説なんて夏目漱石とかの昔の小説以外みたころがない僕が


最近はまっている本は心理学の本。



「ためしてるの」・・・だって('A`)


どうゆうこっちゃと思いながらも



学問の足しになればと買いあさった心理学の本を読んでいます。


心理戦って怖いですね。。




日本にいるのも残すところ2週間余りとなりました。


親父とも話しましたが今回アメリカに戻ると日本にはしばらく戻らないかもしれません。


パスポートがもうすぐ切れるので更新の関係で冬に戻るかもしれませんが



来年の夏はあっちの大学で夏学期をとる予定でそのあとは4大に編入という形を望んでいます。


この前、仕事先の知り合いの女の人で5ヶ国語くらい喋れる人と話していて思ったんですが、


やはり語学力はただのバイリンガルではなんにもならないということを痛感しました。


その人は母国語のポルトガル語でブラジル人と話し、ドイツ人の旦那さんとの会話は英語、それで仕事では日本語と言った感じで言葉を使い分けていました。




現在、僕は人との差を生み出すためにももうひとつ自分自身に付加価値をつけられるような勉強の方法を模索中です。



これはまだ誰にも言ってないんですが、


最近、アメリカ以外の海外への大学の編入も考えるようになりました。




これはある意味アメリカの大学に行く前から思っていたことだったので留学して1年たった今この考えがあるのは自分自身当然のことなんですが、なにせ周りの環境の問題でいろいろと問題がありそうです(^^;)


自分の希望としては英語圏ではなく


インドや中国などの新興国に興味を惹かれます。


中でもインドにはかなり行きたいと真剣に思っています。


高度な成長を続ける国のエネルギーを肌で感じ取りたいという思いが日に日に募っています(笑)



僕の学業キャリア的には問題かもしれませんがエジプトの大学もなかなか面白そうだなとも思っています。




「古池や 蛙飛び込む 水の音」


この松尾芭蕉の俳句のようにその時勢の既成の概念を打ち砕く行動やアイデアが


現代のリーダーには求められていると思います。



アメリカという経済大国であえて経営学を学ばず


新興国で新興国なりの経営哲学や経営手腕を直接知るというのも悪くはないのかもしれませんね(^^;)



今日は取り留めのない将来に対する自己の葛藤を日記にしてみました(笑)

AD
いいね!した人  |  コメント(6)  |  リブログ(0)
Mon, July 17, 2006 01:13:57

情けない・・・。

テーマ:日記

今日は仕事で去年の記事 で書いたところと同じ現場に行ってきました。

去年の教訓を生かしてそれ売るぞといった矢先・・・。

仕事中に倒れました(笑)

その日はなぜか調子が悪く午後過ぎには幾度も吐いてしまう始末。

今回も現場の責任者だった僕としては現場を離れているという無責任な行動は耐えられなかったので近くの公衆トイレで吐くたびに現場に戻っては仕事をしていました。

しかし体が限界に来ていたのか

ついに吐いた後に痙攣に襲われてどんな体勢でいても苦しく吐き気をもよおすという最悪の状態に・・・。

そのまま人どおりの少ないところで吐いた後に地面に倒れこんでしまいました・・・。

僕が倒れていると何人かの方が声をかけてくれましたが僕は事を大きくしたくなかったので「いいえ大丈夫です」と言っていました。

しかしついに限界を悟った僕は声をかけてくれた人に「休める場所はありませんか?」と言いました(´-`;)

するとその方をつたってすぐ近くの病院の理事長先生が駆けつけてくれました。

すぐに病院に連れて行かれた僕。

点滴を打つことに・・・。

当初、気分が収まりかけてきていたので、点滴なんか打ったら仕事が数時間できなくなるし現場責任者なんですぐに戻らないといけないという旨を看護婦さんに伝えると

看護婦さんに「でも責任者のかたなら余計に体を大事にされないとそれに体が一番の資本ですよ」と言われて胸を打たれました・・・。

花火の轟音が響く中、本来であればその音の真っ只中で商売に勤しんでいなければいけないわが身がベッドの上で点滴を打たれているという状況にただただ悲しく自身を情けないと思っていました・・・。

点滴が終わったところで即座に現場に戻り

頑張って売るもその時すでに花火は終わっていました・・・。

どうにかこうにかその日の運送代などの経費を稼ぐのが一杯一杯でした。

結果は当然の赤字。

親父への報告の電話も気が引けました(´-`;)

日本に我が家の手伝いのために帰ってきて100%黒字になる現場で赤字作ってる俺の存在価値って・・・。

しかし点滴ってあんなに効くもんなんですね!!ビックリするくらい快方しちゃいました(^^;)

AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
Fri, July 14, 2006 22:10:48

ゼロ金利解除。

テーマ:経済

僕はもちろんのこと僕の友達を含むすべての将来、経営者を目指す若者はこの決定に少なからず注目したことだと思います。

しかしこのゼロ金利解除はミクロ的というか若者の小市民的発言として言わせてもらえば、

必ずしも若者を中心とした低所得者にとってプラスになるとは言い切れません。

皆さん知ってますか?

もしも今の金利が年利1%になったらもしこれから3000万円の物件を買おうと思った時に今までの金利に比べ約400万円も多く支払わなきゃいけないんですよ!!・・・といっても日銀の金利の誘導目標は0.25%なんで400万円ということにはならないと思われますが(´-`;)

現在の国の借金は800兆円をゆうに越えそしてこれを無慈悲に均等に国民一人一人にわけた場合定年して余生を楽しむ老人から昨日今日生まれたばかりの赤ちゃんまで公平に一人約660万円の借金を問答無用で背負わされている状況です。

生まれながらにして借金まみれという状況は国家100年の計という言葉を知らない先人たちのせいとしてもこのままでは第二次大戦直前のドイツ並みのインフレでも起こさないかぎり間違いなく国家が破綻する日本です・・・まぁこの道は進むも地獄止まるも地獄ですが('A`)

そんな借金まみれの僕たちに対してこの金利上昇はあらゆる面で影響を及ぼしてくることは必至です。

住宅をはじめ車などの大きい買い物をこれからするような僕たち若者にとってはゼロ金利解除は

なんとも言いがたいものです。

さらに言えば経営者を目指す人間としてもこの政策決定はなかなか痛いです(´-`;)

なんといっても資本のない僕のような若者にとって将来の様々な投資のための借り入れが大変になるという状況が生まれます。

これは現在の町工場などをしている零細企業などにとっても同じことが言えると思います。

この利上げも消費税などと同じように金銭的な面で弱者であればあるほど辛く、逆に最初から資本があればあるほど儲けやすいといった構造が見えます。

経済というか物事の原則ですが物事には大抵、臨界点というものがありそれを突破すると後は何事も万事上手く事が運んだりするものです。

それと同じように経済にもある種の臨界点がありそれを突破している金持ちにとっては何をしても金が舞い込んでくるという現象が多々あります・・・しかし、この臨界点を突破するのが並大抵のことではないのですが(^^;)

話がそれてしまいました(´-`;)

僕が言いたいのは

国の人口体系が逆三角形になりこれからどんどん少なくなる大志あふれる若き働き手たちに対して生まれた時から借金を背負わせておいてその上これからの可能性までつむごうとするとはどういう了見だということです。

思えばこの国には若者を型にはめようとするあまりその非凡な才能たちまで決まった型にはめその型からはみ出てしまった非凡を殺してきたように思える節が政治や教育からは見えます。

出生率の問題もそうですがこの国の人間たちはこの国が今のこの問題がどれだけ日本という国にとって致命的な問題かわかっているのかということに僕は疑問を持たざるを得ません。

あたりまえの話ですがこの先20年30年先には僕たちの祖父や祖母の世代はもちろん団塊の世代を中心とした中年層は亡くなっている可能性が多くあります。

この団塊の世代の喪失でプラス面があるとすれば膨大な医療費・年金の負担が減るといったことくらいで後はマイナス面しかありません。

ひとつは雇用体系への抜本的な変革の必要性が出てくるでしょう。

この問題は日本の移民に対する鎖国政策的な政治を変え外国人労働者を受け入れるかどうかで変わってきます・・・しかし、犯罪率の上昇は避けて通れないかもしれません。

もうひとつは借金の一人一人の負担分が増えるということ。

国の借金は天文学的な数字に向かう一方でついに日本という国は人口が減少する時代に突入しました。

放っておいても減る人口に団塊の世代が一斉にある時期に死去されたとしたらその分の負担はそれこそ安定期に入った赤ちゃんに借金を背負わせたとしても余りあるものです。

余談ですが、僕は出生率の上昇には経済的な扶助はもちろんのこと赤ちゃんの母親への精神的な助けも不可欠だと思っています。それはつまり夫の助けです。日本の伝統的な考えをある程度捨て新時代にふさわしい夫としての勤めという流れを享受すべきであると思っています・・・ようするに男性の積極的な子育て参加または支援ですね(^^;)あとは現在の核家族の多さに配慮して子育てのカウンセリングや子育て経験者と新米ママさんとの懇談会などを自治体が積極的にすべきだと思いますね。

団塊の世代の喪失によって失われるのは人口だけでありません。

日本という国を象徴するといっても過言ではない技術力の喪失も十分にありえます。

日本の技術力が海外に流入して久しい昨今。

現在、中国やインドなどの将来の超大国候補に技術を余裕をもって伝えることができても

将来、日本の技術力を継承する日本人がいないなんてことが実際問題をとしてありえるのです。

これでは資源もない上に働き手もなく人口は少なくなる一方で国民は借金まみれ、その上技術も隣の中国の方が安価で高い技術を持っているなんてことになりかねません。

このように悲観的に物事を見たくはありませんが日本の将来というものは決して楽観視できる状況ではありません。

この国に今必要なものは暗雲を切り裂くような変革です。

「日本を今一度洗濯いたし申し候にいたすべく心願にて候」 坂本龍馬

今こそ坂本龍馬のような気概をもった人間(変革)が必要なんではないかと思う次第のKeiです(^^;)

今日は特に明確な解決策もなくただただ悲観的に愚痴を書くだけの記事となってしまいました(´-`;)

長文を最後までお読みいただきありがとうございました(^^;)

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
Wed, July 05, 2006 16:22:30

潔癖症。

テーマ:日記

久しぶりの更新になりました。

毎日、アクセスがある中このようにブログを放置していたことに関して大変申し訳ないと思っています。

現在は僕の通っているアメリカの大学が夏休みなので日本で父の仕事の手伝いや様々なことに日々追われる毎日です。

最近思うことが多々あり自分という人間の脆弱さ気づき落ち込む毎日です。

今日は僕という人間性の一部分を言葉というもので表現したいと思います。

思うに僕ほど怖がり(痛がり)な人間はそうそういないだろうと思う。

僕はいつの頃からか人に嫌われるのを極端に恐れるようになりました。

幼く周りが見えなかったころは人目を憚らず唯我独尊であるがごとく振る舞っていた僕。

思春期になり人を観察する能力を伸ばした僕にとって

他人の心を読むというのは比較的容易な行為でした。

他者がわかるが故に他者を弄んでいた幼い時とは違い、

わかるが故に心の中で蔑み、罵り、そしてまた畏怖もするようになりました。

僕自身重々承知ですが、僕が恐らく精神科に行けば間違いなく病気であると言われるでしょう。

病気の種類としては精神面での完全潔癖症といったところでしょうか。

しかしながら精神病というカテゴリ自体に関して疑問を抱く僕としては関係のない話ではありますが・・・。

余談ではありますが、人とは精神病を毎日患っているものでありそれを乗り越えて行くことのできる人間がまともな人間なのだと僕は思っています。精神病患者というのは自分自身に負けた弱者であり、その社会的弱者が引き起こす犯罪に関しては情状酌量の余地などは一切ないべきであると思っています。

潔癖症の人間が汚れを気にして起こす行動ってどうゆう事が想像できますか?

答えはその汚れの排除です。

僕の考えではテロリズムを推奨する宗教家己の思想を人々に浸透させようとする思想家またはその思想の究極の世界を実現させようとする独裁者型の政治家はみな例外なく潔癖症であると僕は思っています。

他人には見えない汚れを自分が代わりにとってあげるという偽善行為に酔い、自己を他者に押し付けるということが争いの大きなの原因のひとつだと僕はおもっています。

徹底的な排除で汚れをなくそうとするのが潔癖症の人間です。

しかしもしも拭く力が弱くその汚れを落とせなかったとしたら潔癖症の人間はどうすると思うでしょう?

またその人間が自分にその力がないことを自覚していたとしたら?

答えはさっきの答えとは逆の拒絶です。

自分自身がその汚れに汚染されないように徹底的にその汚れを拒否するのです。

僕という力を持たない潔癖者にとって上記での選択で排除を選ぶ可能性は限りなくゼロに近いものです。

つまり拒絶こそが僕がとった僕にとっての最善(であると思い込んでいる)であり自分自身を守るバリアなのです。

人見知りの人間とはえてして怖がりであり潔癖者でもありえます。

そういった人間は(一時的な)拒絶をすることにより自己を守ろうとするのです。

他者に嫌われたくないが故に他者を拒絶(または前へ踏み出せない)。

そしてその思想の枝分かれの位置にこの一見矛盾した考えが生まれるのです。

僕がたどり着いたこの考えは多くの人に愚の骨頂のように映ることでしょう。

しかし僕はこの愚と共に生きてきたのです。


そしてようやく気づき言葉にして反省の弁を取れるほどに最近なりました。


これもひとえにある人のおかげではありますが・・・。



人間気づくと勝機を逃していることが多々ありますが、


僕自身ある分野に関してはいつも逃しっぱなしです。



逃した魚はでかかった。


まさに後の祭りといった感じの後悔の念ばかりが僕の頭を覆います。



歪曲化された文が多く全体的に見づらい記事になってしまいすいませんでした。

僕の人間性を正直な気持ちで書いた今回の記事にコメントをいただけたらと思っています。

読んだ直後の率直な気持ちを伝えていただけたら光栄です。

いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。