日々、リーガルプラクティス。

企業法務、英文契約、アメリカ法の勉強を
中心として徒然なるままに綴る企業法務ブログです。
週末を中心に、不定期に更新。
現在、上場企業で法務を担当、
米国ロースクール(LL.M.)卒業し
CAL Bar Exam合格を目指しています。


テーマ:
来る9月1日にAbitusにて米国弁護士コースの交流会があるようで、久々にお会いできる方もいそうなので参加することにしました。本交流会には30人くらい来られるようですが、今までにお会いしたことがある人も、そうでない人とも、それぞれがどのようにBar Examに向けて勉強をされているかなど、色々と話をするのが楽しみです。

それで、本交流会の前に、9月からの入学コースの説明会があるようです。今度の9月から新しくFCSLに入学される方は、Introduction of US Lawの講義を経て、まず最初にUS Constitutionを勉強することになります。それと同時並行に行われるAbitusにおけるBar Exam対策コースでも、US Constitutionの講義がスタートします。

本ブログをご覧の方で新しくUS Constitutionの勉強をされる方もいらっしゃるかと思いますし、また復習としてBar Examに向けて勉強をされる方もいるかもしれません。そこで、US Constitutionについては自分の理解度をあげてくれた本があり、これから勉強をする方、復習をされる方に超おススメしたいのが、こちらの本。

憲法で読むアメリカ史(上) (PHP新書)

憲法で読むアメリカ史(上) (PHP新書)
2004-10-1
憲法で読むアメリカ史(下)(PHP新書)
2004-11-1

著者の阿川先生の略歴は自分がつべこべ語るよりも、この本の裏表紙に記載されているものを紹介したほうが早いので、そのまま以下の通り抜粋しますが、研究・企業実務・外交実務のそれぞれを経験していて、この略歴に記載はないものの、ニューヨーク州弁護士およびコロンビア特別区弁護士の資格をもっていらっしゃいます。

1951年(昭和26年)、東京に生まれる。慶應義塾大学法学部政治学科中退、米国ジョージタウン大学スクール・オブ・フォーリンサーヴィス、ならびにロースクール卒業。ソニー、米国法律事務所を経て、1999年から慶応義塾大学総合政策学部教授、2002年から在アメリカ合衆国日本国大使館公使(広報文化担当)。他に西村総合法律事務所顧問、ヴァージニア大学ロースクール客員教授、ジョージタウン大学ロースクール客員教授、同志社大学法学部講師を歴任。


そんな阿川先生が書いたこの本がすばらしいなぁ、と思ったのは、アメリカ合衆国憲法と連邦最高裁判所が、アメリカの近現代史における諸々の問題に対して、どのようにその解決にあたってきたのか、というのが、憲法の条文レベルの解釈及び最高裁判決の内容から詳細に分析されていて、そしてそれがアメリカ近現代史の中でどのような意味合いをもったのか、ということが歴史の流れをもって理解できる、という点です。

これは、US Constitutionを勉強するうえで、どうしても点と点で勉強してしまいがちなことを、1つの歴史という名の線で結んでくれることで、より理解を促進してくれるものとして、非常に有用な書籍だと思います。

例えば、US Constitutionでは必ず勉強する、Marbury v. Madisonについては、かなり面白く当時の状況や事件の経緯、その判決の意義などが記載されています。まず、当時の連邦最高裁のChief Justiceであったマーシャル判事について、非常に微妙な立場にいたことが詳細に記載されています。例えばこんな感じ。

ことの発端は1800年の選挙である。大統領選挙に敗れ、議会選挙でも共和党に多数を握られたアダムズ大統領は、連邦党の勢力を政権交代後も何とか残そうと考えた。そこで思いついたのが、連邦党員を多数連邦裁判所の判事に任命する方法である。連邦裁の判事は憲法第3条1節の規定にしたがい、いったん任命されると大統領も議会も首にできない。弾劾裁判の制度があるが、よほどのことがなければ使われない。したがってせめて連邦司法府だけでも連邦党の支配下に置けば、共和党政権が誕生しても大幅な政策変更を抑えることができる。こう考えた。


そして新判事に連邦党の支持者を指名し、上院の承認を求める。承認が得られると、アダムズ大統領が任命状に署名し、ジョン・マーシャル国務長官が任命状を封筒に入れて封印をし、せっせと送付し始めた。(中略)この間マーシャル国務長官は、ジョン・ジェイが二度目の最高裁首席判事就任を断ったあとで、アダムズ大統領から代わりに引き受けて欲しいと要請された。彼はこれを受け、1801年1月国務長官のまま最高裁首席判事に就任する。


ところで、あまりに急いで任命状送達作業を行ったために、アダムズ大統領とマーシャル国務長官には1つ手抜かりがあった。せっかく署名をして封印した任命状を数通、ホワイトハウスに置き忘れたのである。翌日就任式が終わってホワイトハウスに入ったジェファソン新大統領とマディソン新国務長官は、机のうえに任命状を発見する。驚いたであろう。そしてともかくも、これを無視することに決めた。



そして、その任命状が届かない判事候補だったマーベリー氏が、最高裁に対して任命状を届けるように訴えたのが本事案ですが、その事件を取り上げた連邦最高裁の首席判事が、まさに任命状を届け忘れた、マーシャル氏なわけですね。なかなかここまでは、憲法の授業ではとりあげてくれないかもしれません。そして、最高裁が当時、そこまで力をもっていなかった機関であることを踏まえて、以下のようなマーシャル氏の苦悩を描いています。

マーシャル判事の立場はいかにも微妙であった。相手は昨日まで政敵であった共和党政権である。ただでさえ連邦党の支配下にある最高裁判所を敵視している。もしマディソン新国務長官に任命状を送達するよう命じたら、相手はただちにその命令を無視するであろう。無視されれば、最高裁には命令を強制する力がない。それどころか、行政府と立法府は最高裁をつぶしにかかるかもしれない。しかし、逆に任命状の送達を命じなかったら、マーベリー氏の任命に深く関わったマーシャル判事の面目がつぶれる。それだけではない。連邦司法府が行政府の圧力に屈したものと、受けとめられるだろう。結局、どちらの道を選んでも、司法の完敗になるのだろうか。マーシャル判事は懸命に頭をひねった。



なるほどー。そういう経緯から、こういった判決が捻りだされたんですね。と納得しました。そして違憲立法審査権を確立したといわれる本事案について、その判決内容を詳細に取り上げた後に、以下のように言及しています。

考えてみればマーベリー氏の訴えを退けるために、こんな回りくどい論理を展開する必要はない。最高裁には管轄権がないので提訴を受理しないとさえ言えば、事件は解決した。しかしマーシャル判事は、この事件を通じてジェファソン政権に対し明確なメッセージを送りたかったので、わざわざ判決文を書いたのである。そのメッセージとは何か。
事件の結果だけ見れば、マーベリー氏の訴えが認められなかったわけだから、ジェファソン政権は文句の言いようがない。連邦党政権が無理やり判事に任命しようとした人が、結局その地位に就任できなかった。この点については明らかに共和党が勝利を収めた。
しかしこの勝利は、司法が行政の圧力に屈して得られたものではない。むしろ憲法に反する法律は無効にするという強力な司法の権限行使によって、実現したのである。将来立法府や行政府が憲法に反する法律を制定し、あるいは命令を発出するときには、裁判所は今回と同じようにそれを無効にできる。憲法の解釈を通じて、司法は立法府や行政府の政策実行を差し止める場合がある。マーシャルはやんわりとこう警告した。
こうして合衆国最高裁判所は、憲法に違反する法律を無効にする、いわゆる司法審査、別名違憲立法審査の制度を確立した。



実際の事案及び最高裁の判決内容については非常に詳細に記載がなされていますが、US Constitutionの勉強でよく出てくる判例も多数登場して、そういった判例に関する歴史的な背景とか意義をこの本で理解すると、「うぅむなるほど」と思わされることが多々あります。そしてその1つ1つの事案についてその判決が詳細に憲法の各条文との関係で記載されていることで、講義の勉強理解にも役立ちます。(上巻の巻末に合衆国憲法の全文が掲載されているので、そういった意味でも勉強向き。)

そして何より、アメリカの連邦最高裁は、立法府及び行政府と歴史の中で繰り返し戦ってきているのがよく理解できます。これはチェロキー族の問題、奴隷問題と南北戦争、奴隷解放などから、経済発展、レッセフェール、ニューディール、そして冷戦と今日に至るまでの最高裁判決を歴史的な流れで見てみると、よく分かるもんだなぁ、と感じました。ただ単にUS ConstitutionをBar Examのためだけに勉強するよりは、更に理解も深まるし、アメリカの歴史と一緒に勉強したほうが、アメリカのニュースに対する見方も変わりますし(例えば、なぜアメリカであんなに銃問題がすぐに解決できないか、というと、NRAが力を持っている、という以前に、米国憲法修正第2条に関連して、銃を持つ権利を剥奪する立法は違憲だ、という合衆国最高裁判決があるから、と理解してニュースを見たり)、表現の自由とかPreemption、州際通商条項などについては、もしかすると実務などで目に触れることがあるかもしれないので、歴史の流れと共に理解しておくのは有用ではないか、と思っています。

そしてふと思うのが、若干話はそれますが、アメリカは歴史的にダイコトミーなものの見方が強いお国柄ですが、合衆国憲法は最初の13州のそれぞれの利益がぶつかりあう中で利害を調整した解決を模索しできあがり、その合衆国憲法を礎として合衆国裁判所がその役目を果たしてきて、その後50州まで増えた州の利害等を合理的に調整するために各修正憲法が加筆されてきたことを考えると、合衆国連邦最高裁判所が、アメリカの自由と民主主義の歴史をかたちづくってきたものの、それと同時にこの国のダイコトミーなものの見方を、合衆国憲法の解釈を通じて抑制してきた面もあるのではないか、という気がしています。これは完全に個人的なものの見方ですが、、、

なお、本書籍はすでに増刷をしていないので、今市場に出回っている分しかない模様です。Amazonでは中古本しかないようですが、新書なので十分かと思いますし、自分は本屋で1年半前ほどに購入したので、本屋でも見つかるかと思います。

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