2006年05月07日(日)

新テーマ「昭和小文録」再稿

テーマ:物書き人生

前回新しいテーマを追加して、と書いた。

さっそく、新テーマを掲げておこう。


「昭和小文録」再稿


「昭和小文録」なる、小冊子を作ったことがある。

もちろん、ワープロで作った手作り冊子であった。


若い頃に雑誌や新聞の読者欄に投書し、掲載された文章を集めたものである。


その後、三十代に一本雑誌に掲載されたものがあり、昭和時代に書いたものということで、このタイトルとなっている。


一番最初に採用された新聞投書分だけがない。

掲載を知ったのが、採用分に対する謝礼が届いてからで、いつ掲載されたのかわからず、調べられなかったためである。


この小文録から、いくつかを転載してみよう。

できれば、それにまつわる思い出や今の考えなども綴ってみたい。


そこで、「再稿」という言葉を作ってみた。「再考」と、「再び稿を起こす」という意味とを掛けたつもりである。


では、乞うご期待!

―ということで。

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2005年07月05日(火)

いよいよ物を書く/我が物書き人生―その3―

テーマ:物書き人生

私の「我が物書き人生」 もいよいよ佳境(?)に入る。


私が自分の意志で何か書くようになったのは、「その1」 で書いたように、最初は中学一年生のときのSF風物語とミステリ風物語、次が「その2」 で書いた中三のときの日誌風日記だった。

そして、三番目がいよいよ小説だ。これが高校三年生ぐらいのとき。


私は読んだり聞いたり知ったりしたことで感動するとすぐにそれを真似したくなる性質がある。自分では良い性質だと思っているが、人からはそれが欠点であると指摘されることもある。

まあ、長所と短所は同居する、裏表であるとも言うから、あまり気にすることはないのだろう、と思っている。


当時私は"海外文学"の早川書房から出ている『ミステリマガジン』という月刊誌を定期購読しており、たまには同社の『SFマガジン』も買っていた。

角川文庫や創元推理文庫のエンターテインメント中心の読書を楽しんでいた。
当時の好きな作家は、ジュール・ヴェルヌ、北杜夫、アガサ・クリスティーなどであった。


なぜそういう読書傾向になったのかというと、元々自分の中にあったハラハラ・ドキドキ・ワクワクといった冒険物語を好む性格が影響していたのだろう。
ただそれだけでなく、当時出ていた文庫本では、世界的な名著名作古典や近代文学などの類は、大なり小なり戦前や戦後まもなくの翻訳ものが多く、日本のものでも、大半は私には読みにくい旧かな使いや旧字(こちらが「正しい」と考える人もいるようだが、私は不勉強にして、その辺はよくわからない)のもので、漢字が苦手の私には手に負えなかったのだ。


当時の文庫本は、岩波は町の本屋ではあまり見かけず、主に置かれていたのは新潮と角川の二つ。他に、エンターテインメントの創元推理文庫がたまにある程度だった。
文庫というものは、基本的に古今東西の名著名作、古典と呼ばれるような優れた作品を金銭的に裕福でない学生にも手軽に手にとれるように安価に提供するものであった。今のように、本の版形の一形態といった感じの扱いではなかった。想定読者を限る出版の形態であった。
これが変わったのは、角川文庫における、映画とのタイアップによる『見てから読むか読んでから見るか』というキャッチフレーズによる、大量販売の手段としての文庫作戦以降であろう。


というわけで、私は自然と新訳の現代かな使い、当用漢字(当時、現在は常用漢字)のものを選んで読むことになった。
特に、本(文庫本)を買うときの基準としては、挿絵がついているもの、これがまず第一であった。
当時、角川文庫でも、創元推理文庫(推理といいながらも、SFも扱っていた)の影響かSF作品がポツポツと出始めていた。そういうものには多くジュニア向けのものが含まれており、当然のごとく挿絵がついていた。
角川文庫はどこでも置いていたので、そういうものを多く読むようになっていった。
その後、兄の影響もあって創元の推理小説を読むようになり、さらに怖いもの見たさが高じて、同文庫にあった『怪奇小説傑作集』を読み始め、その関係もあって『ミステリマガジン』へと読書を広げていったのだ。


*
さて、そんな読書経験から必然的に、自らもそういう作品を書くようになった。
最初に書いたのは、芥川龍之介が『今昔物語』に材を取って「羅生門」「鼻」「芋粥」などを書いたように、私は中国の『聊斎志異』に材を取って怪奇物を書いてみた
この本(角川文庫版)には、短い怪奇色の強い物語があって、楽しみに読んでいた。元はと言えば、ラジオでこの本を基にしたドラマ(あるいは朗読だったか)をやっていたのだ。それを聞いていて、ちょうど文庫本が出ていたので読むようになったのである。


他にも、いくつか短いお話を試作した。主に怪奇色の強いもので、私の好みの傾向のひとつである。(ホームページ『左組通信』 にも後年に書いた怪奇短編を収めている⇒「窓女(マドンナ)part3 -気まぐれな黒い魔女」
その後、もうすこし長めのものをと思い、書き始めたのが推理小説であった。

これなら、事件の発生から解決まで一応の流れがあるので、それに沿って描いてゆけば自然と長くなるだろうと考えたのである。


以下、次回―。

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2005年06月28日(火)

日記を書く/我が物書き人生―その2―

テーマ:物書き人生

久しぶりに「我が物書き人生」を書いてみよう。


日記を書く/我が物書き人生―その2―

中学一年の三学期に初めてお話を二本書いた、と前回二月「我が物書き人生―その1―」に書いた。


次に物を書いたのは、中学三年の時の日記ではないか。
日記と書いたが、実際は生活日誌今日何をしたか、を少し詳しい目にメモしたもの、といったところだ。
今手帳にメモしているものと大差ない。
即ち、三十五、六年続けていることになる。
実際には途中何年かブランクがあったり、あるいは時に本格的な日記帳(と万年筆)を買って日記に挑んだ時期もあるのだが…。


これも学校の先生の影響である。
担任の先生が日記を付けてみようと指導されたのである。
一応書いては提出することになっていた。でもそれでは本当の日記ではない、と考え自分で別個に書き始めたのだ。
しかし、当時の私は、発育段階が低く、物思う思春期に達していなかったようで、特に人生を考えるようなレベルになく、単なる行動日誌に終わっていた。


見方を変えれば、直面している人生の問題があまりに大きすぎて当時の私は直視することができずにいた、とも言える。


その辺については、私の他のブログ「お茶でっせ」やホームページ「左組通信」を見てもらう方がいいだろう。
もちろん、そこに書かれていることがすべてではない。
私には大いなる秘密があるのだ…。 (?_?)


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2005年02月11日(金)

我が物書き人生―その1―

テーマ:物書き人生
ネット接続の不調などいろいろなことが起き、更新が思うように進まず、何を書こうとしていたのか定かでなくなりました。
いったん他のテーマをはさんで、更新を続けることにします。
こちらは、新たに始めたブログの中でも比較的訪問客が多い方なので大事にしたいと思っています。

*
我が物書き人生について綴ってみよう。

初めて自主的に何かを書いたといえば、中学一年生の時の「絵物語」だろう。

隣の席のA君が掌に入るぐらい?の大きさの自作の「週刊漫画雑誌」を手作りしていた。
当時は少年雑誌も既に主流は、少年サンデー、マガジン、キングなどの週刊漫画雑誌であった。
それをまねて自分ひとりで何本かの連載マンガを書き、一冊の本にしていたのだ。週刊で作って学校に持って来て見せてくれるのだ。
非常に良くできていた。

私も真似して作ってみたくなった。私は今でもそうだが、いいなと思ったらけっこうすぐに真似したくなる方だ。

ところがマンガが、絵が描けない。そこで始めたのが、へたな絵を一枚描いては後は文章で綴って行くという、言ってみれば絵物語の方法だ。
絵物語といえば、「少年ケニア」や「少年王者」といった山川惣治の作品に代表されるように、子供たちの間で一時期大流行したもので、マンガ全盛になる前は少年雑誌のメインでもあった。ああいう感じだ。

これで、ミステリとSFの二本を書いてみた。
当時、学校の図書室で借りて読んでいた少年少女ものの翻訳もののミステリ(当時は探偵小説と呼んでいた)とSF(当時は空想科学小説と呼んでいた)の影響だ。
ひとつは、アーサー・C・クラークの『火星の砂』の少年版『火星の砂の秘密』をヒントにしたもので、火星探検もの。当然、火星人が登場する。
もうひとつは、たしか太平洋上の孤島から水陸空(両用ならぬ)三用の乗り物(当時大人気のテレビ番組「サンダーバード」の2号とぺネロープ号を足したような)にのって、東京に私立探偵事務所に通ってくる、大富豪の息子の探偵物語。
こちらは、たぶんに、「サンダーバード」とクリスティーやクイーンやクロフツの少年少女もののミステリを読んでいた影響だろう。

我ながら良く覚えているものだ。あのときに使っていたわら半紙(今で言えば、コピー用紙のようなものだが、もっと安っぽいもの)の感触が思い出される。何かの裏を使っていたような気がする。ノートの切れ端を使えるほどの余裕はなかったはずだ。

文章を書く場合によく言われる方法に「起承転結」という言葉がある。
これで言えば、起承の部分は何とか書けたのだが、肝心の物語を閉めることができない。
尻切れトンボという奴。
途中まではめっぽうおもしろそう?なのだが、で、その後どうなるの、という部分が書けない。
まあ、この辺が、才能のなさなのだろうが…。

これが、一年の三学期の話であった。
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