2009年02月20日(金)

勝間和代/著『読書進化論』:レフティやすおが読む

テーマ:作文と読書
読書進化論‾人はウェブで変わるのか。本はウェブに負けたのか‾ (小学館101新書)/勝間 和代
¥777
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最近読んだ本から、この頃一般紙にも顔を見せるようになった、勝間和代氏の『読書進化論』を取り上げてみます。


 勝間和代/著『読書進化論 人はウェブで変わるのか。本はウェブに負けたのか』小学館101新書 001(2008)


私は普段ビジネス書は読みません。当然、勝間氏の本を読むのも今回が初めてです。


本書は、私のようなビジネス書に縁のない人間でも、読書に興味がある、読書好き・本好きの人ならば、つい手を出したくなる書名です。


そういう意味ではうまく“のせられた”わけで、この本を出す意義があった、といえます。

即ち、読者層を広げるという著者の作戦が成功した一例といえることになります。


まず一読後の感想をいいますと、


 非常に「元気になる」、「前向きにものごとに取り組もう」という気持ちになれる本だ


ということです。


これは現在、百年に一度の金融危機などといわれ、景気が落ち目で暗い時代には、うってつけかもしれません。


この本を読んで、元気をもらい、自己革新を行い、「成功への道」を歩まんと欲する人たちが生まれてくれば、これほど世の中の役に立つことはありません。


そういう意味では思った以上に、評価できる本である、といえそうです。



私がおもしろいと思った点を一つ一つ挙げてゆきましょう。


(1)本、読書について―

 本は、著者の「与太話」、経験談だ(120p:第二章 進化している「読む」技術)


この点は、過去にも同じような表現をされた方がいるのかも知れませんが、ストレートに「与太話」と決め付ける表現をした人は、私の記憶にはありません。

その点は目立っています。


与太話だから、鵜呑みにしないで自己検証が必要だとか、疑似体験で学ぶとか、その辺のことは既に言われてきたことで、これはどうということはありません。


(2)読後の処理について―

 思考の六段階を経て頭の中に整理する(99-102p:第二章)


知識、理解、応用、分析、統合、評価を思考の六段階としている。

このように段階を踏んで、本から学んだ知識を整理して、いつでも使えるようにしておけ、という。


19世紀の哲学者ショウペンハウエルの「思索」(斉藤忍随/訳『読書について他二篇』岩波文庫)の冒頭に、知識は蔵書と同じで、整理が必要である、として下のように書いている。  

「何か一つのことを知り、一つの真理をものにするといっても、それを他のさまざまの知識や真理と結合し比較する必要があり、この手続きをへて始めて、自分の知識が完全な意味で獲得され、その知識を自由に駆使することができるのである。」

同じことでしょう。


読書について 他二篇 (岩波文庫)/ショウペンハウエル
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(3)読者への影響について―

 再現性を持たせる(52-53p:第一章 人を進化させる読書がある)


読者が読後に容易に再現できるものであることが重要だ、という。

“ご利益”のないものには人は寄り付かない、というのは、何事にもいえる正論です。


本も、読んだだけの元が取れなければ、誰も読もうとはしません。

特に現代のように、本と競合するメディアも娯楽も、それぞれにいくつもある時代においては。


しかも、十年先二十年先にじわじわと効いて来るというのではなく、今すぐに可能な即効性の高いものでなければ、人の心を捉えることができない時代でもあります。

(悲しいことですが…。)


(4)本の送り手について―

 「プレイス」「プロモーション」に工夫が必要(162p- 第四章 「売る」仕組みを進化させる)


私自身、もう二十年以上前のことになりますが、二十代後半から三十代初めまで、まちの本屋で働いていた経験があります。

本屋を取り巻く状況については昔のことしか知りませんが、今でも基本的には同じような状況にあると見ていいのではないかと思います。


だから、感じるのですが、著者も出版社も取次(本の卸屋さん)も本屋の人たちに対して、十分な対応をしていないのではないか。


書店人の「思い」や「志」を十分汲み取っていないように思います。

まだまだ書店の力を活かしていないのが、現状でしょう。


書店人も努力不足の面がありますが、それ以上に書店人の思いを活かす配慮とアイディアを、本の作り手側・送り手側が怠っているように感じます。


元書店人としましては、勝間さんのような人が増えて、書店の見直しが進むことを期待します。


具体的には、ネットとの役割分担および統合や連動という点でも、書店側が送り手側と協力してネットをもっと有効に利用する必要があるでしょう。


たとえば、ブログを使えば、個人店でもある程度のことはできるはずです。


取次がポータルサイトを用意して、書店のブログを競争させてもいいし、そこに著者や出版社が参加して盛り上げれば、書店業界そのものが活性化するのではないでしょうか。


そういう場所で一冊一冊の書籍情報を交換することで、読者に便宜をはかれれば、本の売上も伸びてゆくはずです。


(5)社会貢献について:

 印税寄付プログラム<Chabo!>(終章 これから「読みたい」「書きたい」「売りたい」と思っているみなさんへ)


初めて知ったのですが、印税の20%を寄付に回すというのは、一つの卓見でしょう。


10%だとやはり平凡な印象を与えます。

20%は著者の本気度が伝わり、好感度も上ります。


以前は、本の後ろのカバーに「EYEマーク」というロゴのついた本がありました。

(最近はどうなんでしょうか、よく知りません。)


視覚障碍者のための音声訳、朗読サービスに自由にご利用いただけます、といった内容でした。


こういった社会貢献も、著者の社会性を示すチャンスでもあり、且ついずれは回りまわって自分の本の売れ行きにも貢献してくれるはずです。


 ・・・


最近の本を読んでいて、どうも物足りなさを感じることが少なくないのです。


この本も、ではどうか、と問われますと、ウーン、と考えてしまいます。


私は本を評価するときに、その本の重さを量ります。

文字通り重量です。


手にしたときに重い本は、やはり中身も重い。

軽い本は中身も軽い。


これは意外に使える見極め法です。


しかし、元々小著の場合は、違ってきます。

文庫や新書はそれなりに、手軽に読んでもらおう、という意図で作られていることが多いのです。


本書もそういう新書本です。

それなりの軽さは致し方ありません。


その点を考慮しますと、読者の求めるものにも寄りますが、まずは妥当なところか、と思われます。

値段的にも、分量的にも読みやすさも、軽さのなかでは手ごたえのあるほうではないでしょうか。


“勝間本”の入門書としても、まずは最適なのではないでしょうか。


とりあえず、書店で“勝間本”があれこれ露出している状況を見て気になっている人は、この辺からお読みになられても良いのではないか、という気がします。


もちろん、本に、読書に、書店に、書くことに興味のある方は、まずは一読の価値ありでしょう。


大半は知っていることでも、それはそれなりにあなたの知識を補強してくれるはずです。



ちなみに、巻末「私を進化させた20人の著者」中、私と接点があるのは、(強)文芸:新井素子、(中)文芸:筒井康隆、哲学・心理学:中島義道、(弱)哲学・心理学:河合隼雄、著書としては『OUT』『七瀬ふたたび』だけでした。 勝間さんとは、進化の方向がかなり違っているようです。


私の進化の方向は、こちらから↓

・レフティやすおの本屋

http://myshop.7andy.jp/myshop/lefty-yasuonohonya


※本稿は、ココログ版『レフティやすおのお茶でっせ』より「勝間和代/著『読書進化論』:レフティやすおが読む」 を転載したものです。

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2005年08月24日(水)

読書感想文の書き方―レフティやすおのアドバイス

テーマ:作文と読書

作文の季節である。

いい悪いは別にして、夏休みの宿題として読書感想文を提出しなければならないわけだ。

読書そのものは大切なことで、ぜひ習慣として身に付けて欲しいと願っている。


ただ、そのためにはこの学校における宿題としての読書感想文を乗り切らねばならない。

これがネックとなって、読書嫌いになる子もいるようだ。

これはなんとしても避けねばならない。

元本屋の店員さんだった本好きの私としては、なんとしてもこの危険は避けねばならないと心から思っている。


そこで、簡単なアドバイスをしたい。

以前、「読書感想文を書く」 という記事も書いたのだが、ここで再び取り上げてみたい。


* 本選び―1―挿絵や地図や図表など字以外のものが入っている本を! *

まずは、本を読むのが先決。

ところが本を読む習慣のない人(あるいは子)にとっては、これはけっこうつらいものだ。

映画やテレビはとにかく向こうから何か働きかけてくれる。だが、本は待っていても向こうからは語りかけてくることは少ない。

なくはない。


たとえば、挿絵(さしえ)がある。これは目に飛び込んでくる。

こういう刺激を与えてくれる要素を含んだものをまず選んでみる


J・ウェブスターの少女ものの名作『あしながおじさん』には、著者自筆の楽しい挿絵がついている。決してうまいわけではないが、それがかえって女子大生の主人公の手紙に添えられたイラストらしく、小説の真実味を出している。
この挿絵、今風に言えばイラストだが、これを見ているだけできっと愉快な小説だろうという予感がする。読んでみようと思わせる。


私の経験をもうひとつ示せば、ヴェルヌの『地底旅行』がある。私が読んだ本には挿絵がついていて、そこには子供が好きな恐竜の姿が描かれていた。また、巨大なきのこの“森”の間を歩く人々のイラストもあり、少年の心を大いに刺激したものである。

ポーの「黄金虫」には、暗号が出てくる。そういえば『地底旅行』にも出てくる。暗号表を作ったりする。こういうものも少年は大好きだ。


* 本選び―2―本人の気の向くものをとことん選ぶ *

子供さんに読ませる本を選ぶときは子供に選ばせるのが原則だ!

何時間かかってもよい、本人が納得するまで本を選ばせる。

そうして自分で選んだ本は納得しているから、読もうという気になっているものである。

読書で大事なことは、この気持ちだ! 読もうと言う気持ち―意欲である。


おとなだってそうだろう。読む気の起こらない本は読めないものである。

興味のないことは手を出す気にならない。

だが、好きなことならほっとけない!

子供も同じ、いや、子供はもっと正直だ。


これは、読書だけではない。何事においても、一番大切なことは本人の気持ちである

本人さえその気になっていれば、やる気になれば、何事もそれだけで半分できたのと同じだ。

あとの半分はそれからの努力しだいである。

そして、才能と運に恵まれさせしたら、世界一にだってなれるというものだ。


本を選べない場合もある。

学校の指定があったり、一定の書目の中から選ぶような、課題図書を読む場合。

実はこれが一番問題なのだが、おとなの読ませたい本と子供の読みたい本が一致することは少ない。

ではどうするか。

ますおとなが読んでみる、読んでみせる。

親が読んでいれば、子供は自然にその本に興味を持つものだ。

なんなんだろう? 自然と寄って来る。

子供をその気にさせるのである。そこまで待つ必要がある。

おとなも根気がいる。(うん、大変だ!)


* 本はまず気に入ったところから読む *

何も本というものは始めから、一ページ目から読まなくてもよいのだ

これが大事なポイントである。

つい本というものは最初のページから一ページ一ページとページをめくって読み進んでゆくものと思い込みがちだ。

これがまちがい。

まあ、ちゃんと本を読む習慣のできている人は、そういう読み方もできる。

しかし、そうでない人の場合は、まず、本をぺらぺらとめくってみる。そして、何か気になる部分があればそこを読む。

元々本の読み方というものはそういうものなのである。

まずは気に入ったところから読む。そして最終的に全部読む通す。

本好きが本を選ぶときだってそういうものだろう?

書名および表紙のイメージや、裏表紙やカバーの折り返しなどの紹介文や、目次を見ながら気になる部分をペラペラのぞいてみて、これは自分の興味の持てそうなものだと判断したら読み始める。

それでいいのだ!(小説本はまた違うところがあるけれど、ネ。)


先にあげた挿絵付の本なら、気になる挿絵の部分の前後を読んでみる。

それで興味がわけば、その前なり、後ろなりを読み進めばよい。

(エッ、気になる所がなかったら? ウーン、その時は本を替えてみよう。気になる本が見つかるまで何度でも、ネ。)


* 感想文は全部読み終わらなくても書き始めてよい *

たとえ部分であっても、自分で読んでおもしろければ、それについて人に話したくなるであろう。

それが人情というものである。

その気持ちを感想文にぶつければいい。


思ったときにすぐに書く

感想文を書くのは、全部読んでからでなくてもよいのだ!


最初の印象はこうです。
少し読んだところで、こうなりました。
こうなるかなと予想しました。でも、こうこうでした。

―などなど、と。


途中でもよいから、自分で読んで気に入ったところを書き出してみる

正確な引用でなくても、あらすじでもなんでもいい。

こうなってこうなってこうしたところが気になったとか…。


で、そうして気に入った部分を書き出してみて、その上で、ちょっと考えてみる。ほんのちょっとだけ。

何で気にいったのか?

どこのどの部分がどうよかったのか?

今までにそんな経験があったのか?

自分ならどうするだろうか?

―などなど。


* 自分の言葉で自分の表現を *

むずかしく考えなくてもいいから、気になったことを自分の中で考えてみる。

人がどう思うかとか、人の目にどう映るかなど、一切気にせずに。

そして、自分の言葉で書いてみる

たどたどしくても、紋切り型でも、とにかく自分の中から出てくるもので綴ってみる。

それがその読書を自分のものにするということである。


*

読書とは、自分の感覚を試すこと。本による刺激をどう受け止め、どう反応するかを自分の中に見つける行為である。

読書感想文を通して、感動する心を育て表現する力を養ってほしい、と心から願っている。

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2005年02月16日(水)

読書感想文を書く

テーマ:作文と読書
子供(あるいは大人でも)が本嫌いになる一番の原因は、読書感想文を要求されることにあると言われる。

夏休みなどに学校からこれこれの本を読んで感想文を書きなさいといった宿題を課されることがある。、あるいはいついつまでにこれこれについて書いた本を読み、問題点をリポートせよといった類の課題を与えられる。あれだ。

本を読ませたい人がいて、読書感想文を書かせることで本を読んだことを確認したいのだろう。あるいはもう一段進んで、本を読んで何が書かれているのか読み取る力を養成したいのであろう。もしくは、本に書かれていることをきっかけに物事を考えるという習慣をつけさせたいのかもしれない。

それはそれでよい。

ところが、そういう読書感想文の中で、ダメなものの典型として指摘されるのは、こういうものだ。
すなわち、本のあらすじをかいつまんで紹介し、最後におもしろかったというような感想を一言添えるもの

しかし、考えて欲しいが、本のあらすじ、または概略を説明できるということはその本を読んだからできることであり、要点を理解したからできたことである。
ということは、あらすじを書くだけで、本来の課題はクリアしているはずである。少なくとも最低ラインは十分に満足させていると考えられる。

ただ、あらすじはいろいろなところから情報を得られる。どっかの誰かの文章を丸写しにしているだけかも知れぬ。

そこで感想を要求するのだろう。
あんたはどう思ったのか、どう感じたのかを。
だからこそ、紋切り型の一言感想では、その証にならぬゆえ否定される

プロジェクトの一環として資料を読み何か知恵を出せというのならわかるが、子供の宿題としての読書感想文なら、まずは、あらすじを書けるだけでも良いのではないか。
第二段階として、どの部分のどういうことにどう感じたかどう思ったかを書かせればよい。一番心に残ったのはどういうところか、など。

所詮、読書にとって感想文は二義的なことだ。
読書はおもしろい、何か心がわくわくする。それでいいではないか。
とにかく、感想文を書くことが負担になって読書嫌いが増えるのだけは何とかしたいものである

*
読書感想文を書くときは、
まず一番に、本のあらすじを書こう(梗概)
そして次に、自分の心に残った、響いた箇所を抜書してみよう(引用)
三番目に、その部分のどういう点が気に入ったのか、気になるのか、何を感じたのかなどを、ひとつひとつできる限り具体的に書いてみよう(解説)
どんなささいなことでも良い、人が聞いたらどう思うか、など気にせずに、正直に書いてみる。気負うとダメである。人に良く思われようとか、高尚に見せようとしても、どうせぼろが出る。経験のないことはすぐにばれる。

あくまで自分に素直に、その時点のベストをぶつければよい
それをくり返すうちに自然とレベルが上ってくるものだ。
それが人間というものの偉大さであり、継続は力といわれる所以(ゆえん)である。
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2005年01月18日(火)

文章力は読書から―二冊の『読書力』

テーマ:作文と読書
作文に必要な文章力を身に付けるには、まず文章を読むことです。
お習字でも大切なのはお手本です。
まねるべき良い見本があって初めて何が良いのかという審美眼、自分の基準ができるわけです。
あとは、その基準に向かって近づけるように努力すればいいのです。

同様に文章でも、お手本となるべきものを見つけることが必要です。自分にとって何が一番か、どういうものが良い文章か、という基準を見つけることが第一です。
そういうお手本をどうして探すかというと、それはいろんな人の文章を読んでみることに尽きます。

要するに読書です。

そこで、読書について考えてみましょう。
ということで、やっと本題の二冊の『読書力』が登場します。

一冊は、『声に出して読みたい日本語』がベストセラーになり、いまや売れっ子の書き手、齋藤孝『読書力』岩波新書(2002)。
もう一冊は、私がひそかに敬愛する書き手、ハイブロー武蔵『読書力』総合法令(1999)です。

次回は、それぞれの内容を簡単に紹介しながら、読書について考えます。
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