2005年04月05日(火)

何を書くか―オレ流ブログの書き方・その2

テーマ:ブログの書き方

<レフティやすおのオレ流ブログの書き方・その2>

前回の、主な流れ―アウトラインに則って、それぞれの項目について見てゆく。
現在(3月27日)書きかけの『お茶でっせ』の記事「人間の幸福左利きの幸福」を例にとって説明してみよう。

 

1・何を書くか考える(テーマと仮題を決める)

 

本来、ブログをやろうという人なら自分の書くブログに関してはメイン・テーマを持っているはずなので、そのテーマに沿ったものの中から個々の記事の題材を拾い出して書くことになる。

 

私の場合は、左利きがメイン・テーマだ(『お茶でっせ』『新しい生活を始めよう!』)。他にも本・読書(『お茶でっせ』『本屋の店長日記』)、物書き(『作文工房』)、生活改善&人生論(『新しい生活を始めよう!』)など。

そこで、この左利きのテーマに沿った記事を書く。


テーマに沿ったネタを見つけたら、もう書けたようなものだ。
ネタの拾い方・集め方についてはまた後日検討してみたい。

 

今回は二つの言葉から思いついた考えについて書いてみようと思っている。
それは、おおざっぱに言えば、些細なことが幸福につながるのだという言葉と、ささいなことをおろそかにすることが社会をダメにするという言葉の二つ。
これらを基にしてそこから導き出される、些細なことから左利きの幸福を、という結論を述べようというやり方。

 

言ってみれば、演繹法と呼ばれるものである。一般的事例から論理によって特殊事例にたどり着くというもの。三段論法というのが代表。風が吹けば桶屋が儲かる、という奴。どうして風が吹くと桶屋が儲かるのかというと、ここに大きな論理の飛躍がある。以下、省略。

逆に帰納法と言うのがあって、これは個々の事例の積み重ねから一般的な法則を導き出す方法。
夏目漱石の『草枕』の冒頭の部分、「知に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」を例に挙げている本もある。
(また、知ったかぶったをしてしまったが、多分あっていると思う。)

 

まず仮の題を決める。

初めにタイトルを決めることで、今日書こうとするものが明確になる。
書き始めにおいては、まだ仮の題―仮題である。最終的に最もふさわしいものにすればよい。

 

何について書くかが決まっていないと時間ばかりかかって成果が上らぬ。
方向が決まらぬとどこへ行けばよいかわからない。
紹介文か、考察文か、まず目標―ゴールを決める。

 

今回は、考察文だ。<左利きを考える>、これがカテゴリとなる。

元ネタとなる言葉があるので、これをまず書き出す。―いよいよ本文の下書きを書き始める。

 

以下、次回。

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2005年03月25日(金)

主な流れ―オレ流ブログの書き方・その1

テーマ:ブログの書き方
<レフティやすおのオレ流ブログの書き方・その1>

まず主な流れアウトラインを箇条書きしてみる

1・何を書くか考える(テーマと仮題を決める)
2・メモを取る(チラシの裏を利用した手製のメモ用紙&パソコンのメモ帳を使用)
3・取材する(主に本・雑誌・新聞、インターネットでホームページやウェブログなど)
4・パソコンのメモ帳に原稿を書く
5・画像を用意する(画像を載せる時)
6・原稿を広げる(原稿の首尾を見る―原稿段階の最終チェック)
7・各ブログ・サービスの投稿画面を表示する
8・原稿をコピーして載せる
9・記事を修飾する―まな板(各サービスのプラットフォーム?)上で、原稿の文字をそれぞれのサービスにあわせて、絵文字を入れたり、文字に色づけしたり、サイズを変えたり、画像をアップしたり、リンクを張ったり、カテゴリを登録したり、等々。
10・確認する(プレヴュー画面で、最終チェック)
11・保存・投稿する(出来上がり)

ざっとこんな感じか。多少の前後はあるが、基本的な流れはこんなものだろう。

少し注釈を加えるとすると、パソコンのメモ帳を使う点ぐらいか。
昔はパソコンで原稿を書くといえば、ワードを開いて使っていた。しかし、ブログの場合は、タグを打ち込むのでメモ帳が便利そうと気付き、パソコンのメモ帳を使うようになった。

タグも原稿を書く過程で最低限度のものは打ち込んで置く。太文字や赤や青の色文字、リンクなどは基本的にどこのサービスでも使えそうなものは、あらかじめ原稿を書く段階で織り込んでおく。

この辺の感覚は、齋藤孝氏の言う三色ボールペン方式だといえば、今の若い人にもすぐ理解していただけると思う。
最重要は赤文字比較的重要なポイントは青文字私的なこだわり部分は緑文字など。あるいは太文字や大文字を使う、他に適宜、斜体文字下線を入れるなど、だ。
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2005年03月17日(木)

公私を分ける文末の表現―オレ流ブログの書き方・番外編

テーマ:ブログの書き方
これから時々思いついた時に、私流のブログの書き方について書いてみようと思います。

<レフティやすおのオレ流ブログの書き方・番外編>

文体(文末の表現)について―

一応自分のなかで決めていることなのですが、告知に当たるものや「お茶でっせ」などの左利きに関する文章、「新しい生活を始めよう!」での提案の文章では「ですます調」を使い、それ以外の文章では「…である/…だ」という文末にしているつもりです。

公的な文章私的な文章とでもいいましょうか。読者を想定するものと、そうでないものともいえます。
あるいは、公的な記録や公に向かっての情報発信の記事と、私的・個人的な覚書や日記的文章とでもいいましょうか。

どちらかに統一する方がよいのかもしれません。読み手にとっても書き手にとっても。
ただ本来は、ですます調で書いているわけではありません。
メモや下書きなどはすべて、「…である/…だ」式に書いているのです。
それを逐一書き換えています。
そのほうが丁寧な感じを与えるのでは、との考えからです。

実際はどうなんでしょうかね。

一時はですます調一本だったときもありましたが、変化をつける意味で変えてみたことがあります。
それ以来、自分の中で書き方を変えてみるのもいいのかな、と思うようになってきました。

最近は、先に述べたようなやり方で固めていこうと考えています。
公私をはっきり分けて書く方がいいような気がしています。
読んでもらうことを意図して書く、ということでしょうか。

個人的なことですが、とりあえず書いておきます。
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2005年03月09日(水)

このブログの目的、書こうとすること-その2-

テーマ:ブログ
当初この「作文工房」の「作文と読書」で書こうとしていたことは、二冊の『読書力』(齋藤孝の『読書力』岩波新書(2002)とハイブロー武蔵の『読書力』総合法令(1999))という本を読んで、読書力を向上させることが作文力を向上させることになるよ、ということでした。

そして、まずそれぞれの本から学んだことを書いてみようとし始めました。ここで、ストップしてしまいました。
申し訳ない気もして「読書感想文を書く」という一文をはさんでみたのです。

いずれ齋藤孝の『読書力』とハイブロー武蔵『読書力』から学んだことを書いてみようと思います。

次に始めたのが、「作文力を鍛える」です。
ここでは、何でも作文に関するお話を書いてみようと思っています。ただの愚痴になるかもしれません。あるいはもっと有意義なことを書けるかもしれません。

「物書き人生」―これは、切羽詰って始めたものでして、自分の今までの書き物の経験を回想するものです。私を知るいい機会かもしれません。(エッ、誰も知りとうないって。ハッハッハッ! (-_\)

「ブログ」―これはまた範囲が広い。このブログや他のブログの話など。
いずれは自分流のブログの書き方というものを書いてみようと思っています。また別にテーマとして立てるほうがいいのでしょうか。

―というのが、今までのこのブログの様子です。
今後どういう形で更新してゆけるかわかりませけれど、せめて週一ぐらいは書き続けたいと思っています。
乞う、ご期待! というところでしょうか。 o(^v^)o
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2005年03月06日(日)

このブログの目的、書こうとすること-その1-

テーマ:ブログ
いやーっ、たいへん永らくごぶさたです。
どうも、思うように更新できません。
色々理由はあるけれど、結局のところ、ここのブログは目的が二次的なわけです。
たとえば「お茶でっせ」は、左利きと読んだ本の紹介など、「店長日記」は「本屋」の紹介、「新しい生活」は生活を一新しよう、といった具体的な目的があるわけです。
それに引きかえ、こちらはどちらかというと、そのときそのときの作文に対する不満や思い付きを吐き出す場所としてスタートしています。
もちろん作文力を高めたい、という意識があって、そのための方法を自分なりに極める場として考えているわけでもあるのですが。

当初の予定していたことが、様々な事情で思うように更新できず、考えが乱れています。
この辺で、少し整理してまとめておきたい、方向性を確認しておきたいと思います。

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2005年02月16日(水)

読書感想文を書く

テーマ:作文と読書
子供(あるいは大人でも)が本嫌いになる一番の原因は、読書感想文を要求されることにあると言われる。

夏休みなどに学校からこれこれの本を読んで感想文を書きなさいといった宿題を課されることがある。、あるいはいついつまでにこれこれについて書いた本を読み、問題点をリポートせよといった類の課題を与えられる。あれだ。

本を読ませたい人がいて、読書感想文を書かせることで本を読んだことを確認したいのだろう。あるいはもう一段進んで、本を読んで何が書かれているのか読み取る力を養成したいのであろう。もしくは、本に書かれていることをきっかけに物事を考えるという習慣をつけさせたいのかもしれない。

それはそれでよい。

ところが、そういう読書感想文の中で、ダメなものの典型として指摘されるのは、こういうものだ。
すなわち、本のあらすじをかいつまんで紹介し、最後におもしろかったというような感想を一言添えるもの

しかし、考えて欲しいが、本のあらすじ、または概略を説明できるということはその本を読んだからできることであり、要点を理解したからできたことである。
ということは、あらすじを書くだけで、本来の課題はクリアしているはずである。少なくとも最低ラインは十分に満足させていると考えられる。

ただ、あらすじはいろいろなところから情報を得られる。どっかの誰かの文章を丸写しにしているだけかも知れぬ。

そこで感想を要求するのだろう。
あんたはどう思ったのか、どう感じたのかを。
だからこそ、紋切り型の一言感想では、その証にならぬゆえ否定される

プロジェクトの一環として資料を読み何か知恵を出せというのならわかるが、子供の宿題としての読書感想文なら、まずは、あらすじを書けるだけでも良いのではないか。
第二段階として、どの部分のどういうことにどう感じたかどう思ったかを書かせればよい。一番心に残ったのはどういうところか、など。

所詮、読書にとって感想文は二義的なことだ。
読書はおもしろい、何か心がわくわくする。それでいいではないか。
とにかく、感想文を書くことが負担になって読書嫌いが増えるのだけは何とかしたいものである

*
読書感想文を書くときは、
まず一番に、本のあらすじを書こう(梗概)
そして次に、自分の心に残った、響いた箇所を抜書してみよう(引用)
三番目に、その部分のどういう点が気に入ったのか、気になるのか、何を感じたのかなどを、ひとつひとつできる限り具体的に書いてみよう(解説)
どんなささいなことでも良い、人が聞いたらどう思うか、など気にせずに、正直に書いてみる。気負うとダメである。人に良く思われようとか、高尚に見せようとしても、どうせぼろが出る。経験のないことはすぐにばれる。

あくまで自分に素直に、その時点のベストをぶつければよい
それをくり返すうちに自然とレベルが上ってくるものだ。
それが人間というものの偉大さであり、継続は力といわれる所以(ゆえん)である。
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2005年02月12日(土)

初めての読者

テーマ:ブログ
今日初めて読者がつきました。
うれしいものです。

ton0826さんです。

メッセージ:なるべく沢山のブログの読者に成るべく挑戦中です
よろしくお願いします


とのこと。
このシステムをよく理解していないのですが、初めての読者ですので、もちろん、こちらこそよろしく、です。

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2005年02月11日(金)

我が物書き人生―その1―

テーマ:物書き人生
ネット接続の不調などいろいろなことが起き、更新が思うように進まず、何を書こうとしていたのか定かでなくなりました。
いったん他のテーマをはさんで、更新を続けることにします。
こちらは、新たに始めたブログの中でも比較的訪問客が多い方なので大事にしたいと思っています。

*
我が物書き人生について綴ってみよう。

初めて自主的に何かを書いたといえば、中学一年生の時の「絵物語」だろう。

隣の席のA君が掌に入るぐらい?の大きさの自作の「週刊漫画雑誌」を手作りしていた。
当時は少年雑誌も既に主流は、少年サンデー、マガジン、キングなどの週刊漫画雑誌であった。
それをまねて自分ひとりで何本かの連載マンガを書き、一冊の本にしていたのだ。週刊で作って学校に持って来て見せてくれるのだ。
非常に良くできていた。

私も真似して作ってみたくなった。私は今でもそうだが、いいなと思ったらけっこうすぐに真似したくなる方だ。

ところがマンガが、絵が描けない。そこで始めたのが、へたな絵を一枚描いては後は文章で綴って行くという、言ってみれば絵物語の方法だ。
絵物語といえば、「少年ケニア」や「少年王者」といった山川惣治の作品に代表されるように、子供たちの間で一時期大流行したもので、マンガ全盛になる前は少年雑誌のメインでもあった。ああいう感じだ。

これで、ミステリとSFの二本を書いてみた。
当時、学校の図書室で借りて読んでいた少年少女ものの翻訳もののミステリ(当時は探偵小説と呼んでいた)とSF(当時は空想科学小説と呼んでいた)の影響だ。
ひとつは、アーサー・C・クラークの『火星の砂』の少年版『火星の砂の秘密』をヒントにしたもので、火星探検もの。当然、火星人が登場する。
もうひとつは、たしか太平洋上の孤島から水陸空(両用ならぬ)三用の乗り物(当時大人気のテレビ番組「サンダーバード」の2号とぺネロープ号を足したような)にのって、東京に私立探偵事務所に通ってくる、大富豪の息子の探偵物語。
こちらは、たぶんに、「サンダーバード」とクリスティーやクイーンやクロフツの少年少女もののミステリを読んでいた影響だろう。

我ながら良く覚えているものだ。あのときに使っていたわら半紙(今で言えば、コピー用紙のようなものだが、もっと安っぽいもの)の感触が思い出される。何かの裏を使っていたような気がする。ノートの切れ端を使えるほどの余裕はなかったはずだ。

文章を書く場合によく言われる方法に「起承転結」という言葉がある。
これで言えば、起承の部分は何とか書けたのだが、肝心の物語を閉めることができない。
尻切れトンボという奴。
途中まではめっぽうおもしろそう?なのだが、で、その後どうなるの、という部分が書けない。
まあ、この辺が、才能のなさなのだろうが…。

これが、一年の三学期の話であった。
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2005年01月24日(月)

文章を書くのが怖い

テーマ:作文力を鍛える
最近めっきり文章を書くのが怖くなって来ています。
「レフティやすおの本屋店長日記」でも先日書いたのですが、本の紹介文を書くのが怖くなっています。(※「紹介文を書くのが怖い」

紹介文を書くということは、紹介する対象についてどれだけ自分が理解しているか、が明らかになるということです。
自分の理解力が試されるのです。

もしとんでもなく的外れな紹介をしていたらどうしよう。大恥をかく。「舌かんで死んじゃいたい」(古いなあ、このフレーズ。ご存知でしょうか? 若い人はご存じないかもしれませんね。)気分になるでしょう。
いや、ホントのところ、もっともっと真っ暗、深刻です。
そこまでいかなくても、ずれた紹介をしていたら読む人に申し訳ないなと思うのです。

元々私は頭がいいわけでもないし、読書家というわけでもなく、単なる本好きにすぎないわけです。
その程度の人間の書く文章なのですから、気張らずに書いてゆけばいいと思うのです。しかし、そうは言ってもやっぱり人一倍負けん気は強い、見栄は張りたい、「大卒」には負けたくない、というわけです。
根が貧乏人というか小人なのですね。

でも、そういう反骨精神というか反抗心というか、そういうものが向上心にもつながってくるわけで、バカにはできません。
今の私は、一冊でも多くの本を読み、「読書力」をつけ文章力を高めたい、と日夜理想と現実のハザマで苦闘しているところです。
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2005年01月18日(火)

文章力は読書から―二冊の『読書力』

テーマ:作文と読書
作文に必要な文章力を身に付けるには、まず文章を読むことです。
お習字でも大切なのはお手本です。
まねるべき良い見本があって初めて何が良いのかという審美眼、自分の基準ができるわけです。
あとは、その基準に向かって近づけるように努力すればいいのです。

同様に文章でも、お手本となるべきものを見つけることが必要です。自分にとって何が一番か、どういうものが良い文章か、という基準を見つけることが第一です。
そういうお手本をどうして探すかというと、それはいろんな人の文章を読んでみることに尽きます。

要するに読書です。

そこで、読書について考えてみましょう。
ということで、やっと本題の二冊の『読書力』が登場します。

一冊は、『声に出して読みたい日本語』がベストセラーになり、いまや売れっ子の書き手、齋藤孝『読書力』岩波新書(2002)。
もう一冊は、私がひそかに敬愛する書き手、ハイブロー武蔵『読書力』総合法令(1999)です。

次回は、それぞれの内容を簡単に紹介しながら、読書について考えます。
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