2005年08月24日(水)

読書感想文の書き方―レフティやすおのアドバイス

テーマ:作文と読書

作文の季節である。

いい悪いは別にして、夏休みの宿題として読書感想文を提出しなければならないわけだ。

読書そのものは大切なことで、ぜひ習慣として身に付けて欲しいと願っている。


ただ、そのためにはこの学校における宿題としての読書感想文を乗り切らねばならない。

これがネックとなって、読書嫌いになる子もいるようだ。

これはなんとしても避けねばならない。

元本屋の店員さんだった本好きの私としては、なんとしてもこの危険は避けねばならないと心から思っている。


そこで、簡単なアドバイスをしたい。

以前、「読書感想文を書く」 という記事も書いたのだが、ここで再び取り上げてみたい。


* 本選び―1―挿絵や地図や図表など字以外のものが入っている本を! *

まずは、本を読むのが先決。

ところが本を読む習慣のない人(あるいは子)にとっては、これはけっこうつらいものだ。

映画やテレビはとにかく向こうから何か働きかけてくれる。だが、本は待っていても向こうからは語りかけてくることは少ない。

なくはない。


たとえば、挿絵(さしえ)がある。これは目に飛び込んでくる。

こういう刺激を与えてくれる要素を含んだものをまず選んでみる


J・ウェブスターの少女ものの名作『あしながおじさん』には、著者自筆の楽しい挿絵がついている。決してうまいわけではないが、それがかえって女子大生の主人公の手紙に添えられたイラストらしく、小説の真実味を出している。
この挿絵、今風に言えばイラストだが、これを見ているだけできっと愉快な小説だろうという予感がする。読んでみようと思わせる。


私の経験をもうひとつ示せば、ヴェルヌの『地底旅行』がある。私が読んだ本には挿絵がついていて、そこには子供が好きな恐竜の姿が描かれていた。また、巨大なきのこの“森”の間を歩く人々のイラストもあり、少年の心を大いに刺激したものである。

ポーの「黄金虫」には、暗号が出てくる。そういえば『地底旅行』にも出てくる。暗号表を作ったりする。こういうものも少年は大好きだ。


* 本選び―2―本人の気の向くものをとことん選ぶ *

子供さんに読ませる本を選ぶときは子供に選ばせるのが原則だ!

何時間かかってもよい、本人が納得するまで本を選ばせる。

そうして自分で選んだ本は納得しているから、読もうという気になっているものである。

読書で大事なことは、この気持ちだ! 読もうと言う気持ち―意欲である。


おとなだってそうだろう。読む気の起こらない本は読めないものである。

興味のないことは手を出す気にならない。

だが、好きなことならほっとけない!

子供も同じ、いや、子供はもっと正直だ。


これは、読書だけではない。何事においても、一番大切なことは本人の気持ちである

本人さえその気になっていれば、やる気になれば、何事もそれだけで半分できたのと同じだ。

あとの半分はそれからの努力しだいである。

そして、才能と運に恵まれさせしたら、世界一にだってなれるというものだ。


本を選べない場合もある。

学校の指定があったり、一定の書目の中から選ぶような、課題図書を読む場合。

実はこれが一番問題なのだが、おとなの読ませたい本と子供の読みたい本が一致することは少ない。

ではどうするか。

ますおとなが読んでみる、読んでみせる。

親が読んでいれば、子供は自然にその本に興味を持つものだ。

なんなんだろう? 自然と寄って来る。

子供をその気にさせるのである。そこまで待つ必要がある。

おとなも根気がいる。(うん、大変だ!)


* 本はまず気に入ったところから読む *

何も本というものは始めから、一ページ目から読まなくてもよいのだ

これが大事なポイントである。

つい本というものは最初のページから一ページ一ページとページをめくって読み進んでゆくものと思い込みがちだ。

これがまちがい。

まあ、ちゃんと本を読む習慣のできている人は、そういう読み方もできる。

しかし、そうでない人の場合は、まず、本をぺらぺらとめくってみる。そして、何か気になる部分があればそこを読む。

元々本の読み方というものはそういうものなのである。

まずは気に入ったところから読む。そして最終的に全部読む通す。

本好きが本を選ぶときだってそういうものだろう?

書名および表紙のイメージや、裏表紙やカバーの折り返しなどの紹介文や、目次を見ながら気になる部分をペラペラのぞいてみて、これは自分の興味の持てそうなものだと判断したら読み始める。

それでいいのだ!(小説本はまた違うところがあるけれど、ネ。)


先にあげた挿絵付の本なら、気になる挿絵の部分の前後を読んでみる。

それで興味がわけば、その前なり、後ろなりを読み進めばよい。

(エッ、気になる所がなかったら? ウーン、その時は本を替えてみよう。気になる本が見つかるまで何度でも、ネ。)


* 感想文は全部読み終わらなくても書き始めてよい *

たとえ部分であっても、自分で読んでおもしろければ、それについて人に話したくなるであろう。

それが人情というものである。

その気持ちを感想文にぶつければいい。


思ったときにすぐに書く

感想文を書くのは、全部読んでからでなくてもよいのだ!


最初の印象はこうです。
少し読んだところで、こうなりました。
こうなるかなと予想しました。でも、こうこうでした。

―などなど、と。


途中でもよいから、自分で読んで気に入ったところを書き出してみる

正確な引用でなくても、あらすじでもなんでもいい。

こうなってこうなってこうしたところが気になったとか…。


で、そうして気に入った部分を書き出してみて、その上で、ちょっと考えてみる。ほんのちょっとだけ。

何で気にいったのか?

どこのどの部分がどうよかったのか?

今までにそんな経験があったのか?

自分ならどうするだろうか?

―などなど。


* 自分の言葉で自分の表現を *

むずかしく考えなくてもいいから、気になったことを自分の中で考えてみる。

人がどう思うかとか、人の目にどう映るかなど、一切気にせずに。

そして、自分の言葉で書いてみる

たどたどしくても、紋切り型でも、とにかく自分の中から出てくるもので綴ってみる。

それがその読書を自分のものにするということである。


*

読書とは、自分の感覚を試すこと。本による刺激をどう受け止め、どう反応するかを自分の中に見つける行為である。

読書感想文を通して、感動する心を育て表現する力を養ってほしい、と心から願っている。

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2005年08月16日(火)

私の漢字遣いの方針―高島俊男「漢字と日本人」から

テーマ:作文力を鍛える

最近漢字に興味を持って漢字について書いた本を図書館であれこれ探して読み始めている。
これもその一冊である。


『漢字と日本人』高島俊男・著 文藝春秋 文春新書198(平成13年10月刊)


* 漢字遣いのよりどころは * 
漢字に興味を持つようになったのは、文章を書く者としては当然かもしれないが、他にもいくつか理由がある。


一番直近の理由は、漢字は右手で書くものだといって、左利きでも右手で書くべきと考える人が少なくないこと。いや、それは違う。漢字はそもそもの始めから右手で書くように作られたものではないはずで、右手で書くように長い歴史の間に改良されたものだろう。その点を調べてみようというものであった。
もうひとつの理由は、『論語』を読むようになり、漢字には一字一字に意味があると知ったこと。さらにその漢字の成り立ちを知ると字の意味もわかりやすいと感じたことにある。


この本を手に取った理由は、日本語表現における漢字の役割をこの際じっくりと考えて見たいと思ったからである。
最近私は、先に言った理由から漢字をできるだけ活かした日本語表現をしてみたいと考えるようになった。


漢字は一字が一語、ひとつの言葉である。言葉を換えれば、ひとつの世界を持っているといえる。
表意文字(本書の著者高島氏によれば、より正確には表語文字)であり、すなわち、目で見てすぐに意味がわかる、象形文字のひとつである。
これは現在一般に使われている他の言語にはまず見られないもので、視覚的な表現である。
反面、英語のようにアルファベット26文字さえ覚えれば、一通りは読み書きが可能になるような言語ではなく、多くの漢字を覚えなければ簡単な文章も綴れない、不便な言語でもある。


ところが日本語の場合は、かなの発明により、漢字が書けなくてもある程度の読み書きが可能になる。
ただ、漢字が使えないとかなり幼稚な表現になったり、見た目にも読みづらいものになる。


では、その辺の事情がどうなっているのか、という興味があったのである。
また、漢字遣いのよりどころとなるものは、なんであろうか
それを求めて本書を読むに至ったのである。


* 高島俊男「漢字と日本人」 *
さて、この本である。
本来日本語は、漢字をつかう中国語(これも著者によれば、より正確に言って漢語)とはまったく異なる系列の言葉であった。ところが、文字を持たぬ日本語に記録用の文字として漢字が導入されたことで、色々な問題が起きてきたというのである。
なるほど、そういうものかもしれない。本来身に合わぬものをお仕着せとして着せられたのが、不幸の始まりとも言えるのである。


また、明治以降、西洋の文物思想を取り入れるべく、多くの和製漢語が作られたとき、耳で聞いただけではわかりにくい同音異義の言葉が増え、日本語を複雑にする原因になってしまった、と言えるそうである。


さらに具合が悪いことに、明治以降の漢字を捨てる思想が第二次大戦後の国語改革で第一歩を踏み出してしまい、現代かな遣いと当用漢字(現常用漢字)の施行によって、過去との通路を分断することになってしまったと言う。


この過去の文化との断絶は痛切に感じる。私自身古典の類を読まなかったのも、かな遣いの違いと字体の違いから来る、字および文章が読めないと言うことに尽きるのであった。


最終的に、この本で著者は、日本語はこれでやってきたのであるから、しっくりといかぬことがあってもこれからも漢字を使ってゆくしかないということ、もうひとつは、過去の日本との通路を絶つようなことはしてはいけない、というのである。

正論であろう。


で、著者の漢字遣いの方針は、和語(本来の日本語、やまとことば―漢字の訓読みがそれに当たる)はあて字を使わず、なるべくかなで書く、漢字は漢語(耳で聞いただけでは意味がわからない、漢字の意味に頼っている言葉、音読みの言葉)のために使い、使用の制限はしない、ということのようである。


* ひらがな書きはやさしいか *
ただ、この本はわかりやすく書かれているのだが、先の方針に従って書かれているため、ひらがなが多く読みづらい部分がある。
わかりやすい本が読みやすい本であるとは限らないと言う、ちょっと矛盾したものを感じるのである。


ウーン、やっぱり文章を綴るのは難しいと言うことか。


子供向けの本でもひらがなが多すぎて読みにくいものがある。どこに言葉の区切りがあるのかわからず、みな平板に見えて読む気がなくなるときもあるくらいである。
これはひらがな書き中心の文章のむずかしいところで、適当に漢字やカタカナを入れて、引き締めるほうが読みやすいものである。


* 私の漢字遣いの方針 *
私は、この本で著者が書いている、「かなの多い文章を書くと人にバカにされるんじゃなかろうかと不安を感ずる」、あるいは「漢字をいっぱいつかった文章を書くと人が一目おいてくれるんじゃないかというあさはかな虚栄」に満ちた「無知な、無教養」な書き手なの一人なのだが、もうひとつ納得の行かないところがある。


というのは、この人の漢字遣いなのだが、和語は基本的にかな書きと言いながら、けっこう漢字を使っていたりする。
「やめる」を「止める」と書くのは、「やめる」か「とめる」かどっちかわからないのでやめるのがよいという。これは理解できます。またやさしい漢字の場合や、意を頼っているものは漢字で書いてもよいとしている。これも理解できます。


で、そういうふうに言い始めると、私のような「無知無教養」なバカには線引きがいよいよ難しくなるのである。


そこで、私の方針としては、できる範囲で一目でわかるように漢字を活かした文章を書くただし過度な当て字はしない音読する際に判断に困るような和語の漢字はなるべく使わないやむを得ず使う場合は煩雑になっても振り仮名をつけるか読みがなをカッコで入れる、そのため、漢字辞典をそばに置いて一字一字手抜きしないで字の意味を確認して使うように心がける、というものである。


これで少しは読みやすく意味の明確な文章を書く、漢字遣いの方針が定まったようである。


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2005年08月06日(土)

お知らせ-左利きアンケート第19回(国際)左利きの日を知っていますか

テーマ:左利きアンケートのお知らせ

『レフティやすおの左組通信』表紙で8月7日より実施します、左利きプチ・アンケートの第19回(国際)左利きの日を知っていますか のお知らせです。


<左利きプチ・アンケート>第19回(国際)左利きの日を知っていますか


「8月13日」は国際左利きの日INTERNATIONAL LEFT-HANDERS DAYとして、1993年から毎年、イギリスやアメリカでは現地の左利きの会がイベントを実施しています。


※「左組通信」の表紙で、イギリスの左利きの会THE LEFT-HANDERS CLUBのINTERNATIONAL LEFT-HANDERS DAYのサイトへのリンクを貼りお知らせしています。

また、わが「左組通信」でも何かできたらいいなぁということで、今年は、「あなたの左利きの願い事を教えて!―INTERNATIONAL LEFT-HANDERS DAYに向けて」という企画を実施しています。

<左利きの願い事―左組掲示板>を用意していますので、あなたの左利きにまつわる願い事をお聞かせください。


また日本では、数年前に「レフト(0・2・10)」の語呂合わせで、「2月10日」を日本版左利きの日として、祝おうという動きがありました。(残念ながらここ一、二年は、一部の有志の皆様だけがお祝いされているようで、大きな動きはない模様です。)


あなたは、この「8月13日は左利きの日」をご存知でしたか。

以下の選択肢から一番ふさわしいと思うものをひとつ選んで投票してください。

(知っていて、かつ実際に参加したことがあるという方は、1または5に投票してください。)


*投票者の利き手別で選択肢を用意しています。ご自身でご自分の利き手を右もしくは左と、どちらか判断した上で投票してください。(どちらかの手が不自由等で必ずしも利き手を使っていない人は、実際に使っている手の方で投票にご参加ください。)


*一言言わせて、という方は投票後に表示されます一番下の「ご意見ボード」をご利用ください。もっと言わせて、という方は掲示板もご利用ください。貴方のご意見ご感想をお聞かせください。


1 (右利きの人)知っていた(参加したことがある)

2 ( 〃 )知っていた(数年以上前から)

3 ( 〃 )知っていた(最近、数年以内)

4 ( 〃 )知らなかった

5 (左利きの人)知っていた(参加したことがある)

6 ( 〃 )知っていた(数年以上前から)

7 ( 〃 )知っていた(最近、数年以内)

8 ( 〃 )知らなかった


※お手数をおかけしますが、投票は『レフティやすおの左組通信』 の表紙アンケート欄よりお願いいたします。

このアンケートの結果を見る



昨年の<国際左利きの日>の記事:

●2004.08.12明日8月13日は「左利きの日」

●2004.08.13きょう8月13日はINTERNATIONAL LEFTHANDERS DAY 「左利きの日」

・ホームページの関連ページ―レフティーズ・ライフLL再録5 「新たなる希望!」


「左組通信」左利きの日の企画―左利きの願い事:

・2005.07.26あなたの左利きの願い事を教えて! お茶でっせ版新生活版

<左利きの願い事―左組掲示板>


※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」 に転載して、gooブログ・テーマサロン◆左利き同盟◆ に参加しています。

また、アメブロ版「レフティやすおの作文工房」、ヤプログ版「「レフティやすおの本屋」店長日記」 にも転載しています。

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2005年08月04日(木)

本・書評・文学ジャンルへの変更のお知らせ

テーマ:ブログ

ジャンルを変更しました。

一月四日の開設以来「日記・blog」ジャンルでやってきましたが、色々思案の末、今月より「本・書評・文学」にジャンル変更いたします。


色々と文章を書くことを話題にしてきましたので、必ずしも当たらずとも遠からずであろうと思います。

従来のように「本・書評」ジャンルでは、はずれるところがありましたが、「文」という文字が入っているので、こちらでお世話になろうと思いました。


他のブログやホームページの更新の邪魔にならぬように、週一回程度の更新を目標にしています。

これからもよろしくお願いいたします。


今までのブログテーマ一覧

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