作文・読解力など国語力向上 学習塾ラーニング・ラボ横浜天王町教室のスタッフブログ!

作文・小論文・読解力など国語力UPのための塾。横浜市保土ヶ谷区にある学習塾ラーニング・ラボのスタッフブログです。教室での出来事、教育ニュース・新聞記事・書籍についてのコメント、当塾オリジナルの「基礎講座」で作成した生徒の作品なども発表します。

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「テストで点が取れるだけ」「入試で合格できるだけ」「偏差値が高いだけ」の学力に
未来はあるのでしょうか?

「自分で課題や目標を決めて、自分が考え、自分で答えを出す力」こそ、
これからの時代には特に必要な力です!

残念ながら、その力は今までのような「テストのためだけの学習」では身に付きません!



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あけましておめでとうございます

 

昨日から仕事始めという方もいらっしゃると思いますが、ラーニング・ラボは本日より2017年の活動をスタートいたします。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

さて、お正月休みの間にさまざま出来事がありましたが、それらはいずれどこかで話題にして具体的にお知らせしていこうと思います。

 

年のはじめなので、これをご覧のあなたには今年1年を有意義なものにして頂けるように、まずは絶対に外せないお話をしたいと思います。

 

 

2017年。

東京オリンピックまであと3年。

 

2020年といえば、2020年を過ぎた頃から、日本の中心都市、東京でも人口減少が起こると言われています。

 

今後、あらゆるところで、この「人口減少」というトピックが現実的な問題として立ちはだかってくるでしょう。

 

随分と前から「少子高齢化」は教育や一部の分野・業界だけでなく国全体の問題となってきました。

 

しかし、これを現実の、目の前の問題として実感できているでしょうか。

 

もちろん、子どもの人数は減っている、お年寄りの人数が増えているというのは実感できる場面も増えてきました。が、それによって何かが大きく変化しているということを「自分のこと」として意識できるかといえば、どうでしょうか。

 

3年。

 

中学生は高校生に、高校生は大学生になっていくだけの年月です。

子どもたちは3年という時間があれば、大きく成長・変化していきます。

それだけの年月です。

 

でも、あっという間でもあります。

 

あと3年。

 

それくらいの時間で、皮膚感覚で世の中の大きな変化が実感できるようになるでしょう。

 

今から準備しておく必要があります。

 

こと、子どもの教育という観点でも、やはりこれまでのような定期テストや成績、入試のような指標をあてにするだけの勉強では、自分の未来を切り開くだけの力は備わらない可能性が高いです。。

【※関連記事】

「これからの未来に必要な教育とは!?」

http://ameblo.jp/learning-labo/entry-12228708438.html

 

さらにいえば、「テスト(成績・入試)をゴール」とするような勉強では、テストのスコアさえ十分に取れないという場合も多いのです。

 

新しい年を迎え、もう間もなく「今年度」が終わり、新たな年度・学年になるこの時期に、いま一度、ぜひ「勉強の意味」、「これからどのように生きていくのか」ということを、お子様と一緒にお考え頂ければと思います。

 

そんな未来の不確定なことではなく、やはり「目の前のテストが大事」とお考えの方でも、大事な視点ですから、ぜひ見逃さないでください。

 

だって、その視点(テストで点を取るのが目的)である人ほど、テストの点さえも取れないという事実があるのですから。

 

実は、今、こういった話題での勉強会を3月に開催するべく準備を進めています。

 

準備が整い次第アナウンスしますので、ご興味・ご関心のある方はぜひご参加ください。

 

「勉強の意味が分からない」

「勉強しているのに結果がでない」

「何をどう勉強していけば良いのかわからない」

という方にとっては、かなり有益な時間にして頂けると思います。

 

ご期待ください。

 

_____________

さて、本日はもうひと話題。

 

「人口減少」の話題は、日本の経済の縮小に直結するものです。

 

すでに大手企業も徐々に「副業解禁」の流れの中にあります。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/nakanomadoka/20161021-00063474/

http://ironna.jp/article/3894

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7597

 

国、企業、個人それぞの立場で、それぞの思惑がありますが、とはいえ、これは従来の「終身雇用」「年功序列」などの働き方がもう完全に通用しなくなることの証とみることもできます。

 

子どもの教育を考えるということは、これからの未来を考えることです。

 

お父様、お母様自身の生活を考え、次世代をどう育てるかということでもあります。

 

これまでのような「(偏差値的に)良い学校への入学および卒業」→「良い企業への就職」というライフスタイルはもう通用しない世の中がやってきます。

 

子どもの将来を考えると同時に、お父様・お母様の生活のことも考えなければならなくなります。

 

子どもを育てるにも、やはりお金がかかりますから。

 

 

これまでのように、一家の「大黒柱」が1人いて家族を養うという生活も徐々に崩れていく可能性があります。1つの会社からのお給料だけではなく、複数の収入源を持っていく人が増えていくということです。逆にいえば、複数の収入源を持っておかないと心もとないという時代がやってくるということでもあります。

 

その準備は出来ているでしょうか。

 

「副業なんて自分には関係ない」

「ウチの会社は業績いいから・・・」

「そもそも副業禁止だし・・・」

 

なんて言って、具体的な行動ではなくても、意識することさえしなければ、急に何かが起こったときに対処できなくなってしまいます。

 

いま、社会はかなり速いテンポで変化しています。

 

それはあなたも実感していると思います。

 

つい10年前に、これほどまでにスマホが生活に密接なものになると誰が予想していたでしょう。

 

スマホによって、それ以前と以後で生活は大きく変わりました。

10年で生活様式はあっという間に変わるのが「現在」です。

 

「何があるか分からない」

「何があっても良いようにしておく」

 

これが大事です。

(もちろん、これは勉強の場合でも大事ですが)

 

 

収入源というのは、日々の暮らしに直結します。

というより、生活そのものでもあります。

 

「これで大丈夫」と思っていたものが、一気に自分がどうすることもできないところで変化してしまったとき、何も準備をしていなければどうすることもできません。

 

ぜひお子様の将来を考えると同時に、お子様が1人立ちするしかるべきときまで、きちんと支え続けるための基盤、ご家庭の収入源や経済の部分もお考え頂ければと思います。

 

 

ちなみに、この点に関係した話題で、個人的に今年かなり注目しているのが「仮想通貨」です。ビットコインで有名なあれです。マウントゴックス社の経営破綻の方が広く知られているのでしょうか。

 

世界的には「暗号通貨」という名称が正式なようですが、日本ではメディアを中心に、仮想通貨という名称が流通してしまっています。

 

細かい技術面の話はわたしもよく分からない部分が多いのですが、いずれにしろ、現時点でもビットコインは流通していて、さらに、もの凄い勢いで値上がりしています。日本では、暗号通貨は実用のものというよりは投機目的で運用されることが多いようですが、それでも、まだまだ「知る人ぞ知る」というところなのでしょうか。

 

とにかく、仮想通貨(暗号通貨)は、日本でも法整備が進み、三菱東京UFJ銀行が独自の暗号通貨の発行を表明している段階にきています。その他メガバンクも暗号通貨絡みの事業を着々と展開しているようです。

http://www.asahi.com/articles/ASJ69566CJ69UHBI00V.html

http://jp.reuters.com/article/mizuho-ibm-idJPKCN0Z8058

 

日銀もフィンテックセンターをすでに立ち上げています。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASGC23H0F_T20C16A8EA2000/

 

こういう状況になっている以上、「我関せず」ではいられません。

 

もちろん短期的な投機目的というだけでなく、「お金」の概念が大きく変わる可能性を秘めているのです。注目しないわけにはいきません。

 

副業とともに、仮想通貨(暗号通貨)は今年大きなトピックになると思われます。

 

 

 

子どもの教育の場面では、お金の話はどちらかといえばタブー視されてきました。

 

でも、だからこそ健全なお金の使い方ができない人が多くなったというのも事実でしょう。

 

お金を使って生活を営んでいるのに、お金のことは覆い隠してしまうなんて、ふつうに考えればナンセンスなことです。

 

まずはオトナがちゃんと勉強して、きちんと子どもにも教えられるようにし、親子でお金(経済)を含めた人生設計ができるような学びをしていく必要があります。

 

 

2017年、この一年も生活の様々な場面で大きな変化が起こりそうな予兆がそこかしこで現われています。

 

ちょっと不安な、暗めのものもありますが、大きく変わろうとするときは、逆にいえば大きなチャンスでもあります。

 

しっかり準備をして、しっかり成果を出す!

 

これは「テストのための勉強」であったとしても同じく大事なこと。

 

一年のはじめ、今年の計画や目標を掲げる際には、そんなことを意識してみると良いのではないでしょうか。

 

 

副業系のお話や暗号通貨(仮想通貨)については、私自身現在、情報をあつめ、勉強している最中です。

 

しかるべき情報がそろってきたら、またお知らせしていこうと思います。

 

少なくとも「いっぱい勉強して良い学校に入ったら(良い就職先があるから)安泰」なんて時代ではなくなります。普段の勉強は当たり前、それ以上の何ができるのか、がこれからを生きる人には求められてきます。特に、今の小中学生が社会人になる頃には、それが当たり前の話になるでしょう。そのことだけは、いま一度認識をして頂ければと思います。

 

僕の周りにはやはりまだまだ「昔ながら」の思考で勉強のことを考えている人が多いです。

さらには将来設計という点でもやはり「良い学校→良い会社への就職」が幸せな人生の条件だと信じている人が大勢います。

 

だから、行動の基準が、偏差値や点数など「外」にある。

 

もちろん自分の「外」にある基準が不要だというつもりは毛頭ありません。

が、より大事なのは自分の「内」の基準です。

価値観とかマインドとかと呼んでも良いかもしれません。

 

そうした自分の内なる力を磨かずして、為せるものは何もないはずです。

 

この1年も、精一杯学び、自分を磨いていきましょう。

 

小中高生の学生の方は特に、保護者(大人)の方も一緒に学びましょう。

 

私自身も自分を「学び手」だと思っています。

ともに励みましょう。

 

 

 

では、今年も1年、よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

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【これからの未来に必要な教育とは?】

教育の世界で仕事をはじめて、四捨五入すればもう20年。

 

これまで度々友人や知人の子どもやその知り合いの子どもの学習についての相談を受けてきました。

 

大学院で「国語教育」を専攻したこともあり、作文・小論文などは力を入れて指導しているものでもあるので、「作文をちょっと見てほしい」というような具体的な話も多いですが、進学などの話題の場合ももちろんあります。日々教室で出会う生徒・保護者の方とも交流してきました。

 

先日も知人から相談され具体的な教科の学習の話にはじまり進路についての話など小一時間していました。

 

会話の端々でその方の根本的な教育観というか学習観にとても違和感を感じる瞬間がありました。

 

以前から感じていたことではありますが、多くの小中高生の保護者の方にも共通するある考えがあるように思います。


ある意味で当然といえば当然の考えなのですが、そろそろ考えをもっと柔軟に、あるいは、広い視点を持ったものにしておかないと、けっこうヤバイんじゃないかって思うのです。

 

これまで僕自身はずっとその危機感のもと、教育という世界に身を置いてきたつもりです。

直接会話ができる人はもちろん、ネット上のメディアでも、はたまた大学院での研究においても、一貫してこの危機感をベースとした言動をくり返してきたつもりです。

 

でも、あまり伝わっていないような気もしています。

 

きっと僕の伝え方がいけないのでしょうが、それでも、もう四の五の言っていられない状況だと思うのでも、もっともっと直接的に伝えないといけないという気がしてきました。

最近特にそう強く感じることが多くあって、「あれ?みんな大丈夫かな!?」「ちゃんと準備しているのかな!?」と思うので、こんな発信をしてみました。


大きなお世話だと思う人もいるでしょうが、そういう仕事なので、職業病とでも思って笑い飛ばしてくれればいいです。

 

 

 

以下、心ある人はお読み頂ければ幸いです。

 

 

多くの人は「勉強」というものを、きっとこう考えていると思います。


「勉強=学校の勉強=入試で合格するための勉強=テストのための勉強」


はっきりとそうは考えていなくても、多くの人の実際の行動は「テストのための勉強」となっています。


別にそれが悪いというわけではありません。
何ならテストほど自分の能力を引き上げてくれるツールはないとさえ思っています。

でも、極論すると多くの人は「テストのため『だけ』の勉強」をしています。

テストのスコアや入試の合格がゴールになる勉強です。

 

どうでしょう?

あなたは、あなたのお子様はそんな勉強をしていませんか?

 

こういう考えで勉強に臨んでいては、子どもの将来を考えたときに必ずしもプラスにならないのではないか、と以前はその程度に思っていました。

 

が、最近の傾向をみると、そういった考えを持たれているからこそ、目先の利益であるテストの点数や成績、入試の合格という結果さえも手にできないのではないか、とすら思うようになりました。

 


仮にそうした勉強で、テストの点や入試の合格は手に入れられたとします。

それはそれで一つの目的とはなりますが、そういう思考では、テストが終われば勉強は終わり、入試が終われば勉強は終わり、という行動を取ることになりがちです。

 

多くの大学生がろくに勉強しないという現象は、こうしたマインドを持った人が多いという証拠でしょう。


はたして勉強の目的が、終着点がそんなもので良いのでしょうか。
そんなもののために子どもたちは日々嫌々勉強しなければいけないのでしょうか。

 

いや、そんなものだからこそ子どもたちはどんどん「学び」から遠ざかっているのではないでしょうか。

 

 

かつてはそれで良かったかもしれない。

「テストのためだけの勉強」をして良い学校に入れば、良い大学に入れる。
良い大学に入れれば、良い会社に就職ができる。

大学を卒業して良い会社に就職すれば、それで人生安泰という世の中が確かにありましたから。


ただ、残念ながら、もうそんな時代は終わりました。

いやいや、まだまだ学歴は重要だという人もいるでしょう。
確かに就職の段階ではまだまだ学歴が採用の基準になるところもたくさんあるでしょう。

 

しかし、入ったあとは?

 

入社後すぐに、もう全く違う指標で評価されます。
「高学歴だけどツカエナイ」人っていっぱいいますよね。

 

テストのスコアを取るため『だけ』に勉強をしてきた人が、それ以外に自分自身を磨くことをしていなければ、ある意味で当然の結果ともいえます。

 


近い将来、日本の学校の学歴は何の意味もなさない日がやって来るかもしれません。

日本が今置かれている状況をみれば容易に想像できます。


終身雇用・年功序列の崩壊。
大手企業による副業解禁。
少子高齢化・人口減少。
人工知能による仕事の消失。
 ・
 ・
 ・

外国では日本はすでに「沈みゆく国」とさえ言われているようです。

シンガポール建国の父、リー・クアンユー氏も著書の中で日本の未来についてこう語っています。

 

「もし私が若い日本人で、英語が話せたら、私は日本を出ていくだろう」

 

これらの現実を前に、これまで通りの「テストのための勉強」「テストのため『だけ』の勉強」を子どもたちにさせることにいったいどれだけの価値があるのでしょうか。

僕は不安でたまらない。


これらの現実に、いずれ子どもたちを直面させなければいけないのに、単にテストで答えが出せる程度の力しか授けられないのか。


先日、結果が公表されたOECD-PISAでもやはり日本の子どもたちは諸外国に比べて「学力」はそこそこあるが、「学習意欲」が低い傾向であることが示されていました。


そりゃそうですよ。

テストで点を取り、成績を取り、良い学校に入るための入試を突破するためだけに、何の意味があるかよく分からない勉強を延々とさせられて、挙句の果ては、そうまでして大学に入っても、「だから何?」という時代になってしまっているのです。

 

本当に「これって何の意味があるの?」って思うでしょ!?
それならスマホでゲームやってた方がいいやってなるでしょ!?

 

オトナはそろそろ本腰いれて、考えなければいけない。


もちろん、国とか都道府県で、ある程度一律な教育がしかれているから、「そうはいっても入試があるし、テストがあるし・・・」って思ってしまう人がほとんどです。

 

でも、その気になればそれぞれの個人が自分たちの考え、価値観に基づいて行動を選択できるはずです。

 

何となく学校に合わせて、テストや入試に合わせて、「みんなやってるし」「そういうものでしょ」とこれまで通りの勉強だけやっていても、社会に出て「ツカエル」人材にはなっていないなんてことにもなりかねません。

 

 

「だから、言ったでしょ!?」
「だから、あのときあれだけ言ったじゃん!?」

 


と、将来、僕自身がそう言いたくないので、直接的な言葉でも届けることにします。


多くの人に共感を得られなくても、届く人にだけ届けば良いとさえ思っています。
そういう方を全力で応援するのが僕の仕事だからです。

 

僕は決して聖人君子ではないので、価値観を共有できない人まで応援できるほど器が大きいわけではありません。


でも、もし日本が「沈みゆく国」だとして、そんな未来に目の前にいる子どもたちを今のまま放り出すなんてこと、とてもじゃないけど僕にはできない。

 

僕自身、この国に生まれ育ち、国を想う気持ちだってあります。
かつてのような経済大国であることは難しくても、日本が世界に誇れる国であり続けてほしいと願う者の1人です。


未来の日本を創造できる人財を育てたい

 

その一端が担えるなら・・・

 

という思いでこれまでやってきたつもりです。
それが20年近く僕が講師を続けてきた理由でもあり、未来への希望があり続ける限り教育の分野で活動していく動機でもあります。

 

それがなくなったら、未来への希望が描けなくなったら、僕は教育の世界から去ろうと思っています。
僕がそこにいる意味ないですからね。

 

自分の好きなことをやりますよ。
なんならリーさんの言うように海外移住ですかね。

 

 

でも、まだもう少し闘ってみようと思うわけです。

 

 

だから、僕と同じように今の教育、学校の勉強について疑問や不安をお持ちの方、我が子の近い将来を不安に思われている方は、ぜひ具体的な行動をとっていただきたい。

 

今やっている勉強がどれほどのものか、単にテストの点数が上がった・下がったことに一喜一憂する『だけ』の勉強で終わっていないか・・・

 

その行動こそが大きな変化のための最初の、小さいかもしれないけど、でも確実な一歩です。

 

 

そんな行動の先にこそ明るい未来は描けるはずです。

 

 

 

「何を言っているのか分からない」「そんなわけない」と思った方、ぜひご連絡ください。
あなたの教育観(学習観)がどういったものなのか、これから先の未来を、特に子どもたちの未来をどう考えているのか、ぜひお聞かせください。


僕は預言者でも何でもありません。

 

ただ、現実を直視しているだけです。
その現実認識が甘いのであれば、ぜひ勉強させてください。


多く人は、きっと「学校」とか「入試」というもので、世界がはっきりと見えなくなってしまっているのだろうと僕は思っています。

 

そうだとすれば、少なくとも僕はその呪縛がどんなカラクリかをお伝えすることはできます。

 

だからこそ、これまで通りの学習スタイルはもう古いモデルだよってことを伝えたいだけです。

 

きちんと考えを持って現状認識されている方は、教育という分野に身を置いていなくても、そのことをよく分かっています。

 

むしろ教育界の人ほど、そうしたことにvividに反応していません。特に、塾や家庭教師、学校の先生など「教科学習」に従事している人ほど、現実と学習内容の隔たりが大きいように感じます。

 

教育の場ではないところで、こうした話を見聞きしている人はきっと多いはずです。

 

「少子高齢化」「人口減少」「社会人基礎力」「大卒新入社員の離職率」などなど。

こうしたことは教育と密接に関係することです。

 

ですが、多くの人が学校で、教室で、実際に目の前に提示された学習課題を応えることで精一杯になっています。

 

それが意味のあるものならまだしも、以前ほどの価値はなくなってきているとしたらどうでしょうか。苦しんで、耐え忍んで取り組んだその結果、たいして意味がないものを持つことになるだけだとしたら・・・。


ぜひ一度じっくり考えてみてください。

 

お子様の学習が今のままで良いのか。彼、彼女の将来の幸せを創るには何を、どうしてあげれば良いのか。

 

答えはそれぞれだと思います。
が、少なくとも、多くの人は現状のままではいられないはずです。

 

 

参考になる動画のリンクを貼っておきます。
ぜひご覧ください。


『未来をつくるのは子どもたちの想像力と創造力』
https://www.youtube.com/watch?v=tk8XJ-j4L_M

『これからの未来に必要な教育とは?』
https://www.youtube.com/watch?v=htycKsJg3KE


【以前書いたブログ記事】
http://ameblo.jp/learning-labo/theme-10090149561.html

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OECD-PISA2015の結果が公表された。
72か国・地域で実施された今回の調査で日本は、
「科学的応用力」が2位、「数学的応用力」が5位、「読解力」が8位という結果になった。

前回調査(2012年)から比べれば、「科学」「数学」がランクアップ、「読解力」がランクダウンしたことになる。

 

順位というのは、まぁもちろん大事な指標ではあるけど、それより何より、中身が大事。

テストはどんなところがうまくいき、どんなところに改善点があるか、それを見極めるものですから。

 

定期試験だろうが、模試だろうが、そこは変わらない。

 

もちろん、指導者側も「我が事」として受け止めなければ、テストは単に順位付けするだけのものでしかなくなる。

 

それでは、意味がない。

 

 


読売新聞2016年12月7日(水)の朝刊1面に、「日本 読解力8位に低下」という見出しがある。

 

他の調査項目と比べれば確かに順位は低いし、前回調査よりも順位が落ちているのは事実だ。さらに、読書や新聞を読む機会が減ったことで、一定量の文章に触れる機会が減ってきている可能性を文科省は指摘している。

 

確かに。

 


ただ、僕自身はいわゆる「PISAショック」と呼ばれる2003年調査の時からPISAをウォッチしてきたが、ずっと気になっているのは、順位云々ではない。

 

以前、どこかで書いたかもしれないが、やはり「学習意欲」に関することだ。


今回成績が改善したとされている「科学的応用力」に関して、意識調査の結果でも、「理科の勉強は将来の仕事の可能性を広げるのでやりがいがある」と「役立つ感」「有用感」をポジティブに示した生徒が増えたということだ。


昨今「理科離れ」が著しいと叫ばれてきたことからすれば、たいへん喜ばしい兆候だろう。
教育現場の努力の賜物といえるのだろう。ただし、成績が改善され、「役立つ」と認識する人が増加した「科学」でさえも、「楽しい」と感じる人は少ないというのだ。


「科学についての本を読むのが好き」と答えた人は、34.9%(2006年より1.1ポイント減)で参加国・地域中最下位、「科学について知識を得ることは楽しい」と答えた人は54.7%(2006年より3.2ポイント減)だったという。ちなみに、OECD平均は前者が51.8%、後者が66.5%だ。

 

何とも日本らしいといえば、日本らしい結果だ。

 

一定の能力はある。
役に立つという意識もある。
でも、楽しいというわけではない。

 

まぁ「役立つ感」が回復し、それを動機として学習を進める人がいるのであれば、それはそれで良いことなのかもしれない。


が、学ぶこと自体を「楽しい」と感じる人は、やっぱり少ないのはちょっと寂しい。

この日本の生徒の特徴は近年の学力調査などで共通して語られてきたことだ。


「そこそこデキるけどやる気はない」


実にさみしい。

 

「さみしい」だけで済めばいいが、そうかんたんな話ではない。

 

今後、10年、20年で社会は激変していくことが予想されているが、予想されている世の中が現実になったとしたら、このままでは日本はヤバイでしょ。

 

そこで生きていく子どもたちが、こんな状態では余計に不安だ。

小中学生の保護者の方は本当に気が気ではないしょう。

 

・・・とはいえ、そこまで意識が回らず、やはり目先の定期試験、入試というところだけで学習を考えてしまっているという人も少なからずいらっしゃる。


ぜひ、日々の学習、将来のための学習を一度見直すきっかけにしていただきたい。
 

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中2男子から先日こんな質問を受けました。

 

「先生、模試ってどうやって受ければいいんですか?」

 

まだ中2なのに大変意識が高い。

 

模試の仕組みについてレクチャーしたのですが、そういえば、毎年この手の質問は確かに多い。模試は毎回受けた方が良いのか、いつから受ければ良いのか、などなど。

 

まだ分かっていない人も多いでしょうから模試について簡単に記しておきましょう。

 

すでに受験生という人は、これからの時期は積極的に受けて下さい。

 

まだ1度も受けたことがないという人はさすがにいないと思いますが、これまでの時期は出題範囲が限られているので、完全に本番と同様な模試にはなっていません。ですが、これからは全範囲が出てきますので、いよいよ本番に向けた、文字通りの模擬試験という捉えで受けましょう。志望校を最終的に決めるためにも重要な資料となります。

 

 

来年受験生という人もぜひその点は覚えておきましょう。

 

 

模試は受験学年の夏頃から毎月実施されています。

中には開催される全日程を受けようとする人もたくさんいます。

受けさせようとする講師・塾がたくさんあるということなのかもしれません。

 

 

ですが、ちょっと待ってください。

 

 

もちろん、受けたければ受ければいいのですが、きちんとやるべき勉強ができてもいないのに、模試ばかり受けても、そうそう結果は変わりません。

 

 

「当たり前じゃん」と思うかもしれませんが、なんか儀式のように毎度毎度律儀に模試を受ける人がいます。受験勉強も少し進んでくれば、ある程度自分で自分の実力や学習の進度が分かってきます。いや、分かってこないといけません。

 

 

だから、やたらめったら模試ばかり受けてもあまり意味はない。それだったら、模試は1日がかりですから、その日丸1日勉強時間に費やした方が、レベルアップを図れることもあります。要は、模試があるから受ける、とか、これをやりなさいと言われたからやる、とか、脊髄反射のように行動をせず、一度自分でかみ砕いて、理解してから行動をとりましょうよってことです。

 

 

 

さらに、模試に関していうと、結果が返却されたとき、トータルの点数とか「志望校判定」「偏差値」ばかりに注目している人が多い。定期試験や模試などテストの点数の見方が分かっていない人が多いのです。

 

点数だけを見て「上がった・下がった」と一喜一憂するだけの人、いますよね!?

あなたは違いますか?

 

「あいつに勝った」とか「負けた」とか、それも友達とのコミュニケーションという意味ではいいけど、学習という面では何の意味もありません。

 

勝ち負けを問題にするなら、昨日の自分に勝っているかどうか、でしょ!?

 

テストまでにどんな勉強をして、どこが成功したのか、失敗したのか、十分に習熟できたのか、訓練が不足していたのか、そこを問題1つ1つで検証しなければテストの意味がなくなってしまう。それこそ単なる儀式、行事の1つでしかなくなってしまいます。

 

 

これはテストする側にも問題がありますが、そこに文句を言ってもはじまりません。

 

自分の将来がかかっているのです。

自分の成長がかかっているのです。

 

自分が変わり、自分が正しい行動を取れるようになり、自分が正しく成果を出せるようになることの方が重要なのです。

 

 

だったら、点数が上がった、下がっただけを問題にしても何の意味もないことは明らかです。

 

分野毎の部分点や、各項目の得点に注目しなければいけません。

 

この後自分はどう行動すれば良いのかを分析しなければいけません。

 

そこまで出来て初めてテストは意味のあるものになるのです。

 

 

現在の定期テストでは、テストする側(学校・教員)も、受ける側(生徒・保護者)も、それが分かっていない人があまりにも多い気がします。だから、いつまでたっても変わらないのですよ。気を抜くと、どんどん点数が取れなくなり、成績は下降線を辿ってしまうのですよ。

 

だって当たり前でしょ。

 

ただ何となく勉強して、嫌々言いながらテストを受けて、ろくに振り返らず、また元通りの日常をくり返して、また次のテストの日がやってくる・・・

そんな日々を過ごして、良くなる方が不思議なわけです。

 

塾に行っている人も要注意。

塾に行っているから現状維持か、大きく下がらないというだけの人も多いです。

 

言われたことをきちんとやれているの!?

言われなくても自分の弱点を克服するための行動が取れているの!?

漠然であっても、次の目標を決めて、そのために妥協せずに訓練が積み重ねられている!?

 

 

自問自答してみてください。

 

 

そうした正しい行動ができていなければ、塾に行っているだけで何かが劇的に変わるなんてことを期待しても、残念ながらそれは奇跡のようなことだから、ほとんど起きないが現実です。

 

 

奇跡は死ぬほど努力した人にだけ、ご褒美のように降り注ぐものです。

しかも、万に一つの確率で。

 

 

塾の講師の一人として、そんな現実のために働いているわけではありません。日々神経すり減らして、次こそは、こうしたらもっと良くなるかな、何とか変わってほしいと強く願って働いているのです。

 

 

本気です。

真剣です。

 

 

主役であるあなたが本気に、真剣にならずして、何をなしとげられるのでしょうか。

 

 

 

こんなことをいうと、こういう反応が返ってきそうです。

 

 

「そんなこと誰も教えてくれなかった」

 

 

確かにそうですね。

そういう正しいことを教えてくれる人が「先生」と呼ばれる人の中でも少なくなってしまったということはあるでしょう。

 

 

いや、以前から少なかったのかもしれません。

だって、僕自身も、例えば「模試は何度も何度も受けなくてもいい」「模試に一日費やすくらいなら一日勉強時間に充てなさい」なんて言ってくれる大人は一人もいませんでしたよ。

 

 

自分で考えたんです。

 

自分にとって何が大切か、何を優先すべきか。

 

 

 

誰も教えてくれなくても、自分できちんと目標を定めて、そのための行動に思いを巡らせていれば、自分にとっての答えが出てきます。すぐに出てこなければ誰かに相談しても良いでしょう。現在であれば、インターネットで検索して、たくさんの人の意見を聞くこともできます。

 

 

ただ、自分の意識、思いがあるかないかだけで、取れる行動は全く違うものになるのです。

 

 

 

こんな風にいうと、きっとこういうリアクションをする人がいるでしょう。

 

「あぁ、先生は立派だったんですね。もともと優秀だったからできるんですよ」

「うちの子はダメです。とてもそんなことできやしません」

 

 

何度も、何十回も、いや何百回と聞いてきました、このセリフ。

 

 

 

では、お聞きします。

 

 

実際にやってはみましたか?

やらせてみるように工夫はしましたか?

 

 

たいていの人は「NO」と答えます。

 

 

あなたはどうですか?

 

 

 

やってみもしないで、やる前からネガティブな判断をする理由は何なのでしょう。

全知全能の神でもない限り、どうなるかなんてわからないでしょう。

 

いや、もしその結果が分かるほどに優れた見識があるか、分析力があるというのであれば、そもそもそんな考えのない行動を取ることはないと思うのですが・・・。

 

 

 

ただ、これはあなたが悪いというわけでは決してないのです。

 

 

学校や先生、塾の先生、教育に携わる大人の多くが、何か誤解をしていて、良く考えればナンセンスなことを「良かれと思って」やってしまっています。

 

 

先生という人種は、けっこうな数の人が、それぞれ独自の正義を振りかざしてきます。この場合も、その先生としては「良かれと思って」やっていることです。たまに、経済原理に負けて、単なる商売としてだけ進める場合もあります。模試などは特にそういう利害関係が大きいでしょう。

 

 

だから、やっぱり疑いようがないという人も多くいるのです。

 

 

でも、少なくともこれを読んでいるあなたはちょっと違う視点を持つきっかけができました。

 

 

僕の考えを真っ向から否定し、論破する程に強固な意見や立場をお持ちの方は、それはそれで良いでしょう。それだけの考えを持って自分の行動を選択できているのであれば、何もいうことはありません。自分の正義を貫けばいいのです。

 

 

そうではなく、単に「学校の先生が言っているから」「塾の先生が言っているから」というだけで、何でもかんでも自分の大切な行動、時間の使い方を決めてしまっている人は、危険だよってことです。ちょっと自覚的になろうよってことです。

 

 

何も先生のいうことは嘘だから否定しなさい、なんてことは言っていません。

むしろ、勉強に関しては、先生が言うことは一理あるし、正しい場合が多いものです。

 

先生に支持された課題ができない(宿題を忘れる)なんてことは、言語道断のナンセンスな行動です。

 

 

大事なのは、たとえ、実際に先生が言ったことと同じことをやるにしても、本当にそうかな、それって本当に自分に必要かなって考えるくせを付けておきましょうってことです。

 

 

そうやって自分でもう一回検証して(考えて・疑って)みることは、ものすごく大事なことなんです。

 

 

ぜひ、テストや模試もただの1つのイベントとして、受け終わったらそれで終わりではなく、しかも、トータルの得点が上がった、下がったなんて感想を抱いて終わるなんて愚かなことは絶対にしないでください。

 

 

だって、テストで点を取るため、成績を上げるため、入試で合格するために、勉強してるんでしょ!?

 

 

だったら、その目的を達成するために絶対外せないポイントの1つが、これです。

 

 

テストの結果をどう生かすか、ここを具体的に見ずして結果は出せません。

何度テストを模試を受けても、評価は変わりません。

 

 

 

理由はもうおわかりですね。

 

 

そうです。

行動の変化を起こせないからです。

 

 

ぜひ意識的に行動を変えましょう。

 

 

そのためにも、いま一度、何で勉強するのか、何のために勉強しているのか、しっかり考える時間を取っても良いですね。

 

 

その時々の、自分なりの、ひとまずの答えでも良い。

それがあるかないか、それだけでも行動に違いが生まれるでしょう。

 

 

 

がんばる人を応援するのが僕の仕事です。

どうか正しく応援させてください。

 

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先週定期テストだったという中学が多いのでしょうか。

 

私は現在大きく3か所の教室で、小学生から高校生(たまに大人)の生徒さんを直接、間接に指導しています。

 

どこの教室でも主に中学生が定期テストの時期が重なっており、今週はテストの返却が続いております。

 

全員が全教科の返却を受けたわけではないので、全体の状況はまだわかりませんが、一部の結果であっても、「デキる人=結果を出す人」、「デキない人=結果を出せない人」の差ははっきりと出てきます。

 

以前にも同様の話題で記事を書いていますが・・・。

ということは、いつでも、どこでも、どんな勉強でも成果を出すための法則は変わらないということですね。

 

 

「デキる人=結果を出す人」と「デキない人=結果を出せない人」の違い。

 

それは、「正しい行動(実践)」「正しく継続する」かどうか。

 

もう、これに尽きる。

 

もちろん、継続というのには、2通りの意味があります。

文字通り、中長期的に長い時間やり続けること。

もう一つは、成果が出るまでやり続けること。

 

同じような意味ではありますが、若干違います。

 

後者はもしかしたら1~2週間程度という比較的短期間で済んでしまうことかもしれません。

 

学校のテスト勉強などであれば、各単元の要点をまとめるのに、それほど時間がかからない人もいるでしょう。この作業は数日、あるいは1日で終わるという人もいるかもしれません。

 

だから、その意味では、後者は「続ける」というよりも「デキるまでやる」と言いかえた方がわかりやすいかもしれませんね。

 

 

当たり前じゃん。

 

って思った方はきちんとした考えを持って勉強が進められている人かもしれません。

ですが、この「当たり前」のことが当たり前に出来ない人が大勢いるのです。

 

「時間がなかった」

「疲れていた」

「他の習い事が・・・」

「部活が・・・」

 

いろいろなできない理由を考えて自分を正当化してしまう人も実に多い。

 

「デキるまで同じことをくり返す」

「限られた時間の中で結果を出すために集中して努力する」

 

これは、勉強に限ったことではありませんが、何かを成しとげる時の最低条件のようなものです。

 

これが当たり前にできない、つまり、正しい実践をルールに従ってくり返し訓練したり、できない理由をならべて自分を正当化し、ねばり強く成果が出るまで行動し続けることができない・・・

 

それでテストで点数があがる、成績があがるなんてことはないわけですよ。

それができるなら、誰もこんなに苦労はしません。

 

 

あまりテストの結果が良くなかった人、教科によって差が大きい人など、ぜひいま一度自分の行動をふり返ってみましょう。

 

ここで変に言い訳しても何の得もありません。

 

ちょっと厳しく自分を見つめ直してみて下さい。

 

きちんとやるべきことができていたのか。

きちんと成果が出るまで続けられたのか。

 

 

多くの人は、練習の量が不足しています。

大幅に不足している人もたくさんいます。

 

もちろん量の問題だけでなく、質の問題も重要です。

 

間違ったやり方をくり返してしまうと、間違ったものが定着して、どんどん間違いやすくなります。

 

だから、始めの一歩が肝心。

 

たいていの教科の教科や参考書、問題集には、最初の最初にその単元で大事なこと、例題などが丁寧に説明され、考え方、解き方なども同時に示されています。

 

ここをいま一度見直すことも大事です。

 

ケアレスミスが多いとか、ちょっとしたミスが多いという人は、きちんとルール通りにやらず、勝手に途中のプロセスを省略したり、マイルールを持ち込みます。

 

そのまま、素直に、ルールに沿ってやれば答えは出るのに、わざわざ自分で勝手なことをして間違えてしまう。

 

これって悲劇です。

 

 

先生(教科書や参考書、問題集、法則やルールなど)の言われたことが「正しい方法」です。

それを素直に実践する。

そして、成果が出る、自分でわかる、手ごたえが感じられる・・・それまでくり返し実践する。

一度出来ても、それで満足せず、いつでも、完璧にできるように、継続して訓練する。

 

これがどの程度の精度と気力で続けられるか。

 

デキる人とデキない人の差は、まさにここにあり。

 

ということは、「デキる」か「デキない」かではなく

「やる」か「やらない」か、ただそれだけ、ともいえてしまいますね。

月並みな表現かも知れませんが、これは一つの真実です。

 

これが厳しいと思ってしまう人は、残念ですが、あなたが甘いのです。

 

「当然だ」と受け止められる人、ぜひ自分の行動をふり返り、どこが甘かったのか、中途半端だったのか、どこに時間を気力をもっと集中させればよいのか、考えてみて下さい。

 

がんばる人を応援するのが私の役目です。

応援しています。

 

 

 

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【教育関連のニュースに注目】

 

日本で「奨学金」といえば、「日本学生支援機構」の奨学金が一番有名でしょうか。

その奨学金は「貸与型」、つまり、借金です。

 

成績基準などにより「無利子」の貸与の枠もありますので、通常の有利子の借入金とは異なる性格の場合もありますが、とはいえ借金は借金です。

 

一方、奨学金には「給付型」の、つまり、「もらえる」ものもあります。

 

ただ、貸与に比べて少ない。

 

だから、経済的な理由がある人の場合、貸与型の奨学金を借りて、将来(学校を卒業し、就職してから)返済をするというのが、日本における奨学金を利用した一般的な進学スタイルです。

 

もちろん、成績優秀者や優れた研究をしている人には「給付」がありますし、学校や研究機関、財団などそれぞれ独自の奨学金制度を持っていますから、一概に、日本の奨学金=貸与(借金)としてしまうのはよくない。

 

とはいえ、メジャーな奨学金、利用人数が多いものが「貸与型」というのもどうなのか。

 

そこで、近年は「給付型奨学金」が政治の重要なトピックとなっています。

 

 

成績優秀者、熱心に勉学に励み、有益な研究を進めて行く人材にはどんどんお金を回すべきです。そうした人材が経済的な理由で進学を断念するのは、国家の、人類の損失ともなり得ることですから。

 

だから、誤解を恐れずにいえば、単に目先の「就職に有利だから」という理由で、たいして勉強もしないのに大学進学をしていく人にまで税金を財源にした給付型奨学金を与える必要はないだろう。

 

世の中には、本当に熱心で優秀だけど、残念ながら学費を払うことができない、とか、貸与型奨学金があるとはいえ、借金であるなら進学を断念して就職をするという人がいるのです。

 

そうした人にこそ、公的な奨学金は優先的に回るべきだと思うのです。

 

だから、給付の基準はほんとシビアに設定すべきだと思います。

 

もちろん、大学にまで進学するというのは、あまり勉強をしていなかったとしても、それぞれの学校の教育課程で一応の卒業認定を受けてきているわけですから、それなりの能力は習得してきているのでしょう。

 

とはいえ、です。

 

みなさんの周りにもいると思いますが、大学を卒業していても「そんなこともできないのか」「そんなことも知らないのか」「そんなことも考えられないのか」と思わされることが多々あります。

 

現在であれば、それなりの大学でも、時々の「テスト」をある程度こなしていけば、進学できてしまうのですから、うまくやり抜く方法なんていくらでもあるわけです。だから、もう本当に「○○大学卒」なんて何の役にも立たない(…というのは言い過ぎでも、それに近い)ことなわけです。

 

今回、給付型奨学金の話題で、高校の成績基準が提案されていますが、ちょっとうまく立ち回る人間であれば、5段階評価の4以上を取るのはそれほど難しい基準ではありません。

特に、税金を使って「もらえる」奨学金を手にするに値する、勉学熱心で、将来その培った知識や技術などの能力で公を発展させてくれそうな人であれば、なおのこと、その程度の基準はふつうにクリアできるでしょう。

 

問題は、そうではない人でもそれほど難なく達成できてしまうということです。

 

 

教育という世界に身を置いている人間のひとりとしては、多くの人に「良い学びの機会」を得てほしいと思います。きちんと頭を磨き、賢い判断、選択ができるようになる人間が増えるのは、国家や共同体にとってもメリットですし、その当人にとっても良いことだと思うからです。

 

ただし、一方で、単に大学進学を究極の目的にして、そのための高校進学、そのための成績取得、そのためのテストのスコア、それらだけを目標として日々の勉強をしている人が多数います。そういう仕組みなので、一概に否定しきれませんが、そうした環境では、健全な学びの精神は育ちにくくなります。

 

一生懸命勉強して、テストで良い点数をとり、良い成績を取っている人の中には本当にきちんと学んでいるという人もいます。が、多くの人は、単にテストの点数が取れている、成績が良い、ただそれだけ、になってしまっています。

 

もちろん本人や家庭だけの問題ではないですが、そうしたマインドの行きつく先は、偏差値が少しでも上の学校に行き、有名な企業に就職する、というたいへん利己的な、自己満だけの目的でしかなくなってしまいます。

 

それはそれで個人の勝手と言われればそれまで。

 

価値観の問題ですからそれが良い悪いは究極それぞれが判断すれば良いだけです。

 

ただし、私個人的には、そうした人にまで税金を財源とした「給付型奨学金」を渡したくはない。教育に関わる者として、器の小さいことを言っていると思われてしまうでしょうか。

 

でも、誤解を恐れずに言えば、やはり、明確な目的意識もなく、かつての受験競争時代のように、偏差値至上主義のような考え、良い学校、その先に良い就職しかない人にまで、税金を使って大学に進学してほしくない、というのが私の立場です。

 

そうした自分が成り上がるだけ、とか、自己満足のためだけ、としか思えないような目的しかない人に、自分が払う税金を使ってほしいかどうか、という単純な話です。私は、それは嫌だという、ただそれだけのことです。

 

もちろん、ではその規準はどうするべきなのか、という点はたいへん難しい問題です。とはいえ、単に学校(各教員)がつける成績、しかも、平均4以上という規準だけで奨学金が「もらえる」のは、ちょっと甘すぎだと思うのです。

 

みなさんはどう思われますか?

 

 

※これはもう論外

こういう人がいるから現場で真摯に頑張る「先生」の立場までどんどん弱くなるんだよ。

https://youtu.be/yauAbs6aMJ8

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さて、お盆が過ぎ、いよいよ夏休みも残り数日。

そろそろ生活リズムも学校モードにしていかないといけませんね。

とはいっても、何だかんだいっても、結局のところ、始まってみないとリズムなんて整いませんよね。
だから、まだまだ暑いし、無理せず自分のペースで、夏休み最後を楽しんで下さい。

名残惜しいかもしれませんが、もう少しで休みは終わりです。


ただし、中学生諸君は、夏休み明けにすぐテストという人もいるでしょう。

もうテスト対策をはじめている人もいます。


休み明けすぐにテストがあることに、みんなブーたれていますが、でもよく考えて。

休み明けすぐにテストというのは、テスト範囲が現在進行形でやっている内容ではなく、ほぼすべてがすでに終わっていること。

しかも、学校がないシーズンにテスト対策の勉強ができるってこと。

テストで良い結果を出すという点では、実はけっこう良い条件がそろっているんですよね。


2期制の学校であれば、これで前期の成績が決まるわけですから、気合い入れて良い点数をGETしていきましょう。



だから、まさかとは思いますが、夏休みの宿題が終わっていないなんて人はいないですよね!?

夏休みの宿題の定番、読書感想文や人権作文がまだ書けていないという人、いませんよね!?


毎年夏休みの初め、8月に入ったばかりの時、こう言います。


「お盆休みまでに夏休みの宿題終わらせようね」
「作文の宿題はお盆以降は見ないからね」


毎年です。

でも、毎年、お盆休み明けの初回授業で、

「先生、まだ作文かけていない」
「宿題、まだ終わっていない」


という人がちらほら。


読書感想文の本がなかなか読み切れなかったとか、もともと最後にやるという予定だったというのであればまだ良いのですが、単に夏の魔力にやられてダラダラしてしまったのであれば、これはいただけません!


さぁ、最後に気合いを入れ直して、レッツ作文!


作文なんて書き方が分かってしまえば、単なる問題集や漢字練習、英単語の暗記よりもずいぶん楽な課題だと思うんですけどね。

やっぱり子ども達の「作文嫌い」は根強い。


本当はゆっくり・じっくり書き方や読み方を教えてあげたいけど、何だかんだと雑多な宿題もあるから、作文ばかりに時間を使えず、結局簡単な添削で終わってしまう人も多い。

めちゃめちゃ、フラストレーション。


作文、きっちりやっておけばツカエル頭になるのにな。



そういえば、リオ五輪でもちょっと意識してみていましたが、選手たちのインタビュー。

まだ高校生という人もいるのに、みんな立派にコメントしていました。

けっこう立派に、短時間で適確に自分のコトバが話せていると思いませんか!?


オリンピック選手やスポーツの日本代表レベルの選手は、実は、言語技術の訓練をしているってご存知ですか?


言語技術というのは、論理的に物事を話す=考える技術にもつながるものです。

スポーツだとどうしても身体的な技術に目が向けられがちですが、当然、頭も使います。

いや、そもそも、頭脳と体を分けて考えること自体がナンセンスなのですが。



これ逆に勉強でも同じです。

勉強だとどうしても「頭」のことばかりに注目する人が多いですが、頭だって体の一部ですからね。

健全な体を育てようとしていなければ、その「頭」だって健全には育ちません。



スポーツ選手の場合、ふだんの練習でも、試合本番でも、やはり単なる精神論・根性論だけで良い結果が出るわけではありません。

トレーニングの仕方、食事、戦略、もちろん身体的な技術の向上は言うまでもなく必要なことですが、それを身につけるためには、きちんとした理論に基づいて訓練しないといけない。

そこではコーチだけでなく、選手自身にも「論理的思考」が不可欠なものとなります。



これ勉強でもまったく同じです。

きちんとした理論に基づいて、自分の気質をよく知り、目指すべき結果に向けて、正しく訓練する。

学校のテスト、成績、あるいは入試など、そうした場面での学習には、「正しい答え」があります。
必ず答えが出るようになっています。


そこで必要なのは、ひらめきやセンスなんかではなく、正しい手順を正しく、素直に、継続的に実践すること。

ただそれだけ。


本来、学習の目的には、「答えのない問題」に自分で答えが出せるようになること、というものがあるはずです。

社会にでれば、自分の人生を考えるという時、絶対に必要になる視点です。



そのためにも、その思考・試行訓練の場として、学校などはたいへん有効な場にするべきです。

「答えがある問題」を解く練習をし、「答えのない問題」でも一定の答えが出せるようになるために・・・


なのに、多くの人はテストをやること、入試を突破することが目的になり、それでいっぱいいっぱいになっています。


なんとも悲しい事態です。



これをご覧のあなたは、あなたがもし小中高生に関係のある人であれば、ぜひそんなことを考えて、学習というものの在り方を一度考えてほしいと思います。




さぁ、とはいえ、宿題は宿題。

きちんと提出しなければ評価はされません。

宿題に文句があってもいい。

異論・反論、たくさんあるでしょう。


でも、それはやるべきことをきちんとやってはじめて言えること。

自分は何もしないで、やることやりもしないで文句ばっかいうなんて、投票にいかずに政治に文句言ってるだけの人と一緒。

カッコ悪いよ。


「正当に」文句を言うためにも、いかに理不尽な宿題でもきちんとやってやりましょうよ!!




そのプロセスが自分の頭を知らず知らずのうちに鍛えてくれているんだから。


まだ今なら間に合う、かな。

作文がヤバイ人はご相談ください。
近日中なら助けられる・・・かも、です。


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昨日、8月2日の読売新聞朝刊1面を、
こんな見出しが飾りました。


小中高で討論型授業


これは、文科省の諮問機関である
中央教育審議会、略して中教審がまとめた、
中間報告を報じたものです。


次の学習指導容量の改訂内容で、
キーワードになるのがアクティブ・ラーニング

英語やプログラミングといった、
まさに「今」「これから」必要な能力にも
注目されているようです。



アクティブ・ラーニング
って聞きなれない人もいるかもしれません。

読んで字のごとく、
「アクティブ」な「ラーニング」
つまり、主体的な学びとでも訳せば良いのでしょうか。


日本の教育はこれまで、
いわゆる「つめこみ」と「ゆとり」を
行ったり来たりしてきました。

現行の学習指導要領は「脱ゆとり」路線で、
次期指導要領もその路線は踏襲される模様です。


これからの時代に適応するには、
従来のように、単に知識(情報)の量だけでは不十分、
という見解から、すでに現行指導要領の改訂の際にも、
「主体的」な「学び」というのは強調されてきました。

いわゆる「思考力・判断力・表現力」の重視です。


次期指導要領では、その点を「アクティブ・ラーニング」として、
さらに強調していこうとしているのでしょう。



「アクティブ・ラーニング」
「主体的な学び」

従来のようないわゆる一斉形式・講義形式の授業ではなく、
児童生徒が自ら課題を発見したり、その解決を図ったりする学習。

教師が一方的に情報を伝達するような形ではなく、
自分たちで調べたり、議論したりして、
知識習得、課題解決や技術向上を図る・・・。


素晴らしいじゃないですか!


「授業」とか「勉強」というより、
「学習」とか「学び」って感じ。

本来、勉強ってそうあるべきですよねー
って感じのものです。





ですが、まぁこういう主旨の授業、
もうやってますけどね。

ラーニング・ラボでは「基礎講座」と銘打って、
文章の読み書きをはじめ、
「話す」「聞く」に関連させて、

「ディスカッション」
「ディベート」
「グループワーク」

などなど、これらを中心とした授業を設定しています。


だから、公教育もやっと来たか、という感じではあります。


もちろん、塾でやるとなると、
時間が限られたり、
時期によっては、やっぱりテスト対策が優先されたり、
十分に本来の趣旨に合致した状態でできないこともあります。

さらには、ある程度の基礎知識の暗記がなければ、
そもそも議論や討論なんてできないってこともある。

アクティブ・ラーニングなどの話題になると、
安直に、基礎的な知識の「つめこみ」を軽視する動きをする人もいます。

かつての「ゆとり」や「総合学習」などの失敗例は、
その典型でしょう。


戦後の「経験主義」の教育も、

「はいまわる経験主義」

「活動あって学びなし」

などと言われてきました。


それでは意味がない。

主体的な経験・体験は活きた力になるために大切だけど、
それとともに、地道な知識の暗記だって大事なんです。

生れながらに知識がある人なんていない。

または、
生まれた年が同じだからって、
同じだけの知識量があるわけでもない。

もちろん、同じ知識が必要だってわけではない。

でも、ある程度共通の部分もないと、
あるいは、共通のルールでないと、
正常にコミュニケーションが図れない。

だから、僕はこれまでずっと、
「ゆとり」の理念は良いものだけど、
同時に「つめこみ」も必要だと言い続けてきたのです。



ただ、本来「学ぶ」という行為って、
たとえそれがテストに出される決まりきったものでも、
単に知識を記憶していかなかればいけないものでも、
「自分がやる」「自分でやる」ってことには変わりないのです。

その視点を置き去りにしたまま、
とりあえず「テストがあるから」「入試があるから」
って強引に進める勉強ばかりだったから、
多くの人が

「それなりに能力はあるけどやる気がない」

というさみしい状態になってしまったのでしょう。


ここが大きな起点になればいいですね。




新聞記事にもありましたが、
現場の先生の負担とか、
先生による授業の質の差とか、
もちろん課題はたくさんあります。

ですが、

これまでのように「テストのための学習」で終始する勉強は、
早いところ脱していかないといけないと思っている僕には、
こうした議論は大歓迎ですね。


みなさんはどう思われますか?



時代がこれほどまで劇的に変化しているのに、
学校の勉強というと、
あいも変わらず「テスト」「内申」「入試」。

こんなんで、本当に「ツカエル人間」が育つのか。


やっと日本の教育界も重い重い腰を本気で上げ始めたということなのでしょうか。


とはいえ、単に学校の中の、授業の面が変わっても、
入試が旧来のままであれば、
アクティブ・ラーニングだって形骸化して終わり。


かつて「ゆとり」の時に「総合学習」が十分に機能しなかったように。


「だって、入試は・・・」
「テストで出ないからこれ勉強しなくていいや・・・」
「入試ではこういうの出ないし・・・」


なんて発言が1人、2人ではなく、
多くの児童生徒から聞こえてくるのは、
ある点から見れば異常事態でしょう。


いやいや、これからの教育界、
楽しくなっていくんじゃないでしょうか!?


いや、そうしていかなければいけません。



今回は、その入試についても、
大学入試(センター試験)改革と連動しているから、
これまでよりは良い体制つくりができるのでしょうか!?


「これからの時代、こういうのが大事だよ」
「え~、でも、それ入試で出ないんでしょ!?」

って、おきまりのパターンがなくなるわけですから。


「これからの時代、こういうのが大事だよ」
「入試でもそういうの聞かれるしね」

って。


ただし、これまでテストや入試に関心を持ってきた僕としては、もう一歩先も考えるべきだと思うのです。


テストや入試が連動して変わっていくと、
杓子定規、生真面目な日本人は、
そのテストや入試の傾向と対策をバッチリにして、
けっきょく「テストのための学習」という呪縛からは
逃れられないってことにもなってしまいます。


それこそが乗り越えないといけない壁なのに…。


でも、まぁかつての受験競争のような状態の勉強よりも
かなりマシになるだろうとは思いますが。




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さて、明日はいよいよ参院選。

すでに期日前投票で1票投じたという方もいらっしゃるのでしょうか。


今回の参院選は、特に争点らしい争点がないとの声もありますね。

たしかに、政権を決める衆議院の解散総選挙ってわけではないので、
何となく緊張感が少ないのでしょうか。

とはいえ、参議院は任期が6年です。

今年生まれたベイビーたちが、
小学生になる年月です。

それだけの年月、じっくりと国政を担う人を選ぶんですよ。


争点が・・・
政権を選ぶ選挙ではないし・・・

なんて言っていてはいけません。


もはや明日が投票日ですから、
期日前投票を進めるわけにはいきません。

明日用事があって選挙に行かない…
などと現時点で豪語している方は、
その予定の前に⒑分だけ時間をとりましょう。

投票所によって、
候補者の名前や政党の名前を書くだけ。

もう5分程度ですよ。



今回の選挙。
何といっても18歳、19歳のティーンが
初めて国政選挙で投票を行うのです。


10代の若者が一定数選挙に行っているなか、
何だかんだと理由をつけて1票投じないのは、
選挙権を持った「オトナ」として、
少々恥ずかしい行為です。





近年「安保法制」や「特定秘密保護法」、
さらに「憲法改正」などの話題で記事を書いてきました。

一部の方に「保守」とか「右翼」、「安倍信者」などと
言われたりもしました。

私自身は自分が見聞きしたことから、
自分の考えを表現しているだけなので、
まったくそんなつもりはありません。

かりにカテゴライズするなら、
そういうくくり方もあるのかね~
という感じでしょうか。



党首討論や各政党幹部の討論番組などを
いくつか見ましたが、
やっぱり野党の批判が微妙。

前政権の民進党に至っては、
代表の方の発言から、

「自民党、安倍晋三が嫌いなんだね」

ってことだけはわかります。

もちろん野党ですから、
与党の批判は重要。


でも、
じゃあ、だからどうしたいの?
それは与党の政策よりどれだけメリットがあるの?
ってことが具体的に示せないと。

「憲法の改正は争点だ」

などと連呼されても、ね。

もっとつっこむ所あるでしょ!?


まったく主義主張の違う共産党などと
野党連合を平気でやってのけるあたり、
もう何が何だか、何を主張したいのか
まったくわかりません。



自民党の、現政権のやり方を
全面的に賛成するつもりはありません。

とはいえ、
何となく煽られて、
ミスリードされて、
耳障りの良いだけの「国民目線」に盲信的になり、
わけのわからない主張をする政党に、
票が流れていくのは看過できない。


現にそういう「いたいけな」若者がたくさんいるんです。

それは一教育を語る者としては看過できない。


そんな人が目の前にいたら、
彼、彼女がまだアクセスしていない情報を見せて、

「で、どう?」

「それでも君の考えがそこにあるなら、
 それを主張しなさい」

「単に、先生が言っていたとか、
 親が言っていたとか、
 まして新聞、テレビが言っていたから、
 というそれだけで大事なことを決めてはいけない」

と。

「そうじゃないと、
 結局うまくいかなかったとき、
 誰かや何かのせいにだけして終わる人になってしまう」

と伝えてきたつもりです。


それが私の教育観ですから。




偏ったメディアの情報だけ、
変なレッテル張りやプロパガンダに流されるのだけは、
それだけはぜったいにダメですよ。

考えた上での主張はいい。

それが合わなければ正々堂々議論すればいいだけだから。



そんな当たり前なことでも、
どっかでちゃんと心ある誰かに教えてもらっていなければ、
なかなか難しいのかもしれませんね。


少し前の世代では、学校でそんなに政治的な話題に関心が持てるような授業はなかったといっても良いでしょう。

テレビや新聞などのマスメディアの力が絶大で、
他に情報源が少なかったから、
その影響をもろに受けていたのでしょう。


今の方が、様々な情報にアクセスしやすくなり、
以前よりも風通しの良くなった部分もあり、
若い世代の方がむしろ自分できちんと考えて答えが出せるのかもしれません。



とにかく、無関心でいる方、
何やかんやと屁理屈こねる方は、
とにかくそれは投票に行ってから、です。


私の周りではこんな人がけっこういます。

成人になってから一度も選挙に行かず、
ふだん政治的な話題には無関心を決め込んで、
でも、何か自分に関係することが起こると、
急に政府や政治家、官僚批判を始めるって人。


ん~、まぁ人それぞれですから良いのですが、
でも、やっぱり傍で見ていて気分のいいものではありません。

それならちゃんと普段からウォッチしてようよ。

少なくとも投票には行こうよ。


最低限の、
いえ、根本的な主権者としての権利をまずは行使しましょうよ。


話はそれから。

でしょ!?


だって、「イイオトナ」であれば、
自分が立候補したっていいわけですから。

投票に行くことすらできないのに、
文句を言う資格はないでしょう。





現在の経済政策等について
よく分からんという人は、
ぜひこちらをご覧ください。






個人的に注目している方の演説です。




様々きれいごと耳障りの良い話ばかりの政治家の中で、
ちょっと毛色が違う方。
まぁ、そもそも政治家ではないし。

こういう人はぜひ国政に送りたいと思えます。
これはわたし個人の意見なので、
参考資料としてご覧ください。

私は別に動員をかけるつもりはありませんし、
そんな力もありません。

今、日本の抱える問題をこんな風に切り込む人がいる、
というのは知っておいて頂いても良いかと。




では、明日。

これから6年間という長い時間、
私たちの代表となる人々を選ぶ選挙。


あなたはどんな日本を、どんな未来を望みますか?



__________________

さて、まもなく夏休み。

中高生諸君。

ちゃんと「頭」を使える大人になるための勉強をしましょう。

ただ単にテストの結果や成績、入試のためだけでなく、
自分の考えを持ち、表現できる大人になるため、
「勉強のやり方」を見直してみましょう。

これもその辺が分かっている先生に習わないと、

「テストが終われば終わり」
「入試を突破したら燃え尽き症候群になる」


という「あるある」な人になってしまいます。


自分の勉強に少しでも不安のある方は、
ぜひこちらで学んでみて下さい。


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テーマ:

もうすぐ夏休み。

「うちの子いつもギリギリまで
 宿題が終わらないんです」


毎年のようにお聞きするこんなお悩み。

あなたにはありますか?


これまでは「夏期特別講座」などと銘をうって、
作文・読書感想文をはじめ、夏休み中の学習を
サポートしてきました。


が、最近、いろいろな場所に呼ばれて、
指導させて頂くことも多いのですが、
行く場所行く場所で同じような相談を頂戴します。


「もう僕1人の体では対処しきれない・・・」


「お子さん自身に『自分でやる力』を身につけてもらった方が早い!」

・・・ということで、
「自習力養成講座」を立ち上げ、
公開することにしました。


そして、今回、
夏休みも近いということで、
自習力養成講座を直接体験して頂く
勉強会を開催することにしました!

その名も、


    ↑クリックすると公式ページに飛びます↑




自習力養成講座は、「勉強のやり方」を見直し、
「自分で勉強する力」を身につけてもらう講座です。

「自習力」を身につけ、「自分で勉強する」ためには、

「学習計画」

  や

「ノート・テキストなどのツールの使い方」


が非常に重要です。


勉強面で不安がある方の多くは、
塾などの「授業」で解決しようとします。

が、きちんと指導力のある先生でなければ、
単に「問題の解き方」だけを扱う授業がほとんどです。

それでは、根本的な課題の解決にはならない
場合が多いのです。


「成績に不安があって塾に行ったのに、
 思うように成績が上がらない・・・」



こういったことありませんか?


お近くでこんな話聞いたことありませんか?



塾に行こうが行くまいが、
テストや受験のためだろうがそうでなかろうが、
学習を効果的・効率的に進めるためには、
必ずと言って良いほど「自習力」が必要です。


でも、その「自習力」を習得できるような講座は、
実は少ないのです。


学生アルバイト講師で成り立っているような塾では、
まず間違いなく難しいでしょう。

経験の浅い講師に、そこまでのケアはできなくても
ある意味で当然です。



だから、
「塾に行っているのになかなか…」
という人が多いのでしょう。



もちろん、
塾の先生の言われた通りにやっていない、
というのは論外ですよ。


宿題もろくにやらず、
授業でやったことの復習もやらない。



「なぜやってないの?」

と聞くと、

「だって、やれって言われてないもん」

と平然と答えてしまう。


これでは成績が上がるわけがない。



そういう人は、塾をコロコロと変えたりもします。


もちろん人間のやることですから、
合う、合わないはあります。

でも、肝心のところをちゃんとしていないのに、
環境を変えても、それはあまり意味がないことが多いものです。


とはいえ、
そうした「やり方」を正しく習っていなければ、
「自習」がきちんとできないというのも、
ある意味で仕方のないことかもしれません。




真剣に講師をやり始めて数年たった頃、
このことに気づきました。

自分の目の前に来た人、
自分を名指しで頼ってきてくれた人には、
きちんと伝えようと思って今までやってきました。


くり返しになりますが、
最近は、活動の幅も広がり、
いろいろな現場に顔を出させて
もらうようにもなりましたが、
こうしたお悩み・課題をお持ちの方は、
どこにでもいらっしゃる。


「自習力」を全然身につけられていない人。


そういう視点を持った大人が周りにいなくて、
単に問題集を解いているばかりで、
テスト問題が○か×かだけの勉強をする人。


そんなんじゃ、かけた時間に見合った成果は出ないですよ。

そんなんじゃ、かけたお金に見合った成果は出ないですよ。


言葉は悪いですが、
それでは塾や家庭教師の、

「良いお客様」

です。


それで良いなら、良いのですが…。


でも、やっぱり納得できない、我慢ならないので、
まだ見ぬ、顔も知らない「あなた」にも、
僕の思いと、知識と、技術と、経験を、
お役立て頂く講座を作りました。


テスト・入試問題を鮮やかに解いて見せる授業以上に、
生徒本人が「自分で勉強できる力」を高める指導

それの方がどれだけ価値があるか。



自習力養成講座は、

以前から親交のある「前田塾」の塾長先生とのコラボ企画です。



もうすでに夏休みが近いので、
無料体験授業という位置づけで、
開く特別セミナーが、
「サマースクール」です。

勘の良い人であれば、
この無料の勉強会で聞いたこと・もらえるツールで、
一気に「自習力」が上がってしまうことでしょう。


手前味噌ですが、
けっこう自信作です。


お時間合えばぜひご参加ください。

【詳細は↓こちら↓でご覧頂けます】



ちなみに、夏休みといえば、
宿題の定番?強敵?…「作文」「読書感想文」があります。

今回は特別に、
サマースクールご参加の方限定で、
「作文・読書感想文書き方講座」
無料プレゼントします!

毎年、親子で「作文」に苦しめられている方は、
ぜひこの機会に参加してみてください。


サマースクール自体も、
人数限定・期間限定ですので、
ご興味・ご関心のある方、
お早めにお問い合わせください。





時間と場所が合わないという方、
その旨ご連絡頂ければ、
もしかしたら追加開講があり得るかも!?


いずれにしろ、
メルマガ講座も無料公開しています。

こちらにご参加頂いても、
「サマースクール」と同内容のことは学べますから、
時間と場所が合わないという方は、
こちらの方が確実かもしれませんね。

【メルマガ講座については↓こちら↓】


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