ファシリテーションはアート

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日々、企業、個人、家族、大規模イベントと、数多くのワークショップを企画、提案し、実際にファシリテーションしながら最近感じていることがあります。

「ファシリテーションはアートではないか」、ということです。

アートとはそもそも自己表現。
作品(表現物)を通して表現されているのは、制作者の価値観や世界観だと思います。

作品の芸術的価値そのものを品評するファインアートの世界というものの存在はもちろん認識しています。その世界について私はハッキリ言って全くの門外漢ですが、本来のアートは「自己表現」、その人の「生命や魂の発露」そのものだと思っています。

そう考えると、参加者のより自由な自己表現をサポートし、共感と共有の場を創るファシリテーターもアーティストだと思う訳です。特に、私や仲間たちが行っているレゴ®ブロックを活用するレゴ®シリアスプレイ®のワークショップではそれを強く認識します。

ファシリテーターは、参加者ひとりひとりの自己表現と共有を通じながら、ファシリテーター自身の価値観や目指している世界観を表現しているのだと。(仲間たちもそうだと決めつけるつもりはありません。私の意見です)

これは私の個人的偏見かもしれませんが、表現したい世界観、共有したい価値観がなければ、ファシリテーターとしては片手落ちなのではないかと思う時があります。それがないと、何のために参加者の思いを引き出すのか不明瞭になったり、あるいは、引き出された方もどう消化したらいいのか迷ってしまうのでは、と。

表現したい世界観、共有したい価値観があるかないかが、単に「気の効いた進行役」と「真のファシリテーター」との違いを生み出す大きな差なのではないか、というのが今の私の考えです。

私は自分のことを「ファシリテーション・アーティスト」と認識して仕事をしていきたいと、最近、本物のアーティスト(芸術家)の方と熱く語り合いながら、そんな思いを明確に致しました。

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