中華の足跡・改

中国から帰り、北海道に暮らしつつ、台湾とつながる生活。

マジメな話からくだらないネタまで、国籍・ジャンル・多種多様。

いざ、情報発信~!


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今までには無かったような声が、聞こえる――気がするのだ。

行け。行ってみろ。

挑むことの意味を、知ったんじゃないのか?

お前の夢は――

「だから、無理だってのに。恥かくだけだぞ」

徹司は、自らを押さえつけるように低くつぶやいた。

「何が無理なの?」

背後の気配に全く気がつかなかった徹司は、飛び上がった。勢いよく振り向く。勢いがよすぎて、ジャングルジムの上で思わずバランスを崩しそうになってしまった。

「おっと……ふう。トッコ、脅かすない」

「あは、ごめんね。なんか浸ってるみたいだったから、静かに登ってきたの」

「全然気付かなかったよ」

よいしょ、と朋子が最上段まで上ってきて、腰を下ろした。

「星、きれいねー」

「……うん。台風のおかげかな」

徹司は、動揺を隠すように空を見上げた。

会話はそこで途切れたが、公園内のクラスメート達のざわめきは止まることはなかった。その全てが喜びと充実感を内包しているように感じられる。徹司は、だんだんと落ち着きを取り戻していった。

ゆっくりと流れていた雲が、月にかかりはじめた。が、月の姿を完全に隠すほどの厚みはない。ぼんやりと浮かぶ朧月のシルエットを、徹司は目を細めて眺めた。

「で、何が無理なの?」

さらりと、朋子が先ほどと同じ質問を繰り返す。

「……えーと」

徹司は、一瞬口ごもった。

が、考えがまとまるよりも先に、口が続きの言葉を発していた。

「勝負を――してみるべきかどうか、とね」

徹司は、言いながらちらりと涼子の方に視線を走らせた。

朋子はそれに目ざとく気付き、そして諒解した。
徹司を安心させるように、或いは勇気付けるように、ゆっくりと頷いた。

そして、にっこりと笑う。

「がんばってね」

朋子の言葉には、魔法が宿っているのだろうか。

不思議なほどに綺麗さっぱりと、徹司の迷いは霧散した。

逡巡が消え、覚悟が固まった。

「がんばるよ。祈っといて」

徹司は、朋子にそう告げた。

うりゃ、と気合を入れて、ジャングルジムから飛び降りた。

着地した背中に、朋子が声をかけた。

「モモちゃん」

「ん?」

「自信を――持ってね」

これ以上ない、励ましの言葉だった。

「ありがとう」

徹司は、ブランコの方へむけてゆっくりと歩き出した。鼓動が早くなっていくのが感じられる。

涼子は、こちらには背を向けた状態で友人達と談笑を続けていた。

「栗橋さん」

声は、震えてはいなかった――と、思う。

涼子が、振り返った。どこか、少し慌てたような様子に見えたのは、気のせいだっただろうか。

徹司は、涼子の目を見て、言った。

「えーと――話があるんだけど……ちょっといいかな」

一瞬の間をおいて小さく頷いた涼子の髪がさらりと揺れて、透き通るような青白い光が波打った。

月にかかっていた雲は流れ、半月は柔らかな光を取り戻していた。






 了





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徹司は、ジャングルジムの最上部に腰掛けたまま、空を見上げた。

日中は雲ひとつなかった今日の天気だが、夜になるとわずかな変化の兆しを見せ、小さく薄い雲の切れ端が夜空のあちこちに漂っていた。その雲の欠片には隠されることもなく、銀色の半月がさして広くもない公園の広場を照らしていた。

にぎやかな笑い声は、公園の各所からとぎれることもなく続いている。夜の公園でクラスメートと談笑するという特殊なシチュエーションが10代後半の少年少女たちの心を普段以上に掻き立てるのは、むしろ当然というべきものかもしれない。ましてそれが、目標を達成した後の打ち上げ後となれば、なおさらである。

栄冠を手にしたA組は、舞台の後片付けを終えたあと、南柏の飲食店に繰り出し――大きな声では言えないが、少々のアルコールを交えつつ、盛大に打ち上げを行った。

一応、そこで打ち上げは終了となったのだが、大半の人間が去りがたい様子で店外で立ち話を続け、そこはさすがに迷惑だろう、と誰かが言い出し、何となくぞろぞろと近くの公園に移動し、そしてなお解散の気配を見せずにいる。

徹司は、目を閉じた。

このわずか数ヶ月の出来事を、脳裏にめぐらす。

ものすごくいろんな事があったようで、しかしいざ一つ一つ思い出そうとしても、実はそれほど特別なことをたくさん重ねたわけでもないような気もする。

しかし、とにかく――充実していた。それだけは、間違いなかった。

その事だけでも、挑戦した甲斐はあった。

「で、アカデミー賞。おまけに個人賞か、この俺が。わからんもんだなぁ……」

徹司は思わず一人ごちた。

自分なりの目標は、達成できたのだ。

しかし。

まだ、手放しで喜べない要因が、心の奥底でひっかかっていることも、自覚していた。

それは、ごくわずかな、棘のようなものにすぎなかったが。

日を追うごとに、少しずつ大きくなってきていることも、わかっていた。

それでも、演劇という大きな目標を見据えている間は、気付かない――或いは気付かないふりをしていられた。

だが、その大目標が最高の形を取って昇華してしまった今。

それは、思いがけないほどの大きな――そして具体的な形を伴って、徹司の心を占め始めた。

徹司は、一つ息をついて、右斜め前方のブランコを見やった。

視線の先には、クラスの女子達と楽しそうに笑いあっている涼子の姿。

涼子のことが――好きになったんだろうな、俺は――

そう、徹司は思う。

それは、いい。

しかし、その先のことは、あまりイメージをしたことがなかった。

――はず、なのに。

なのに、何故今は。

あの子と付き合いたい――などという無謀な事を、強く思ってしまったのだろう。

徹司は、自問する。

付き合いたいなら――告白しなきゃならないんだぞ?

俺が?

告白?

悪い冗談だ。

そんな度胸なんざ、ありもしないくせに。

フラれるに決まってるだろうに。

……次々に、自分を否定する考えが浮かんでいく。

それなのに。

今夜の俺は――

徹司は目を閉じて、首をぶんぶんと振った。

――なんか、おかしいぞ。
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「準アカデミー賞は、3年D組、『嵐になるまで待って』です」

その瞬間、体育館のあちこちから、様々な種類の音が生まれた。

純粋に祝福する声、単純に驚く声、緊張感に耐えられずに発した声。

D組からは、安堵と失望のないまぜになった複雑な声。

C組とF組からは、無念とわずかな希望につなぐ声。

そしてA組からは――大きな希望に満ちた声。

「そして、今年度演劇部門アカデミー賞は――

来い。来い。来い!

A組全員の心の声が唱和した。

「3年A組、『レインディア・エクスプレス』!」

歓喜が、爆発した。

徹司は、右拳を大きく突き上げた。

古兼は、ぱんぱんと手を強く叩いた。

横石は、よっしゃー!と叫んだ。

西崎は、立ち上がって飛び跳ねた。

後藤は、小さくガッツポーズを繰り返した。

遅坂と加古井は、固く握手をした。

上山は、立ち上がり腰に手を当て、笑顔で頷いた。

佐野と内建と谷崎は、ハイタッチを何度もかわした。

朋子は、麻弥と抱き合って跳ね回った。

紗千子は、仁王立ちで拳を握り締めた。

涼子は、満面の笑みで拍手し続けた。

春谷と川下は、顔を寄せて笑顔のまま叫びあった。

大弓は、島山の肩にぽんと手を置いた。

――それぞれが、思い思いに喜びをあふれさせていた。

――各クラスの代表の方は壇上にお願いします」

司会が、呼びかけている。

「おい、表彰だぜ」

「誰がいくの?」

「やっぱここは演出でしょ」

「遅坂」

「遅坂、行け!」

「ほれ、早く」

初めは遠慮するそぶりを見せていた遅坂も、みんなの声に押されるように立ち上がった。舞台に立ってもいないのに申し訳ないな――と、遅坂が思っているのはわかっていたが。

「いいんだよ、代表なんだから」

「そうだよ、堂々とトロフィーもらって来い」

みんなから更に暖かい声が飛び、遅坂もようやく納得したような笑顔を見せて、壇上に上がった。

徹司たちは口をつぐみ、クラス名が再度読み上げられる瞬間を待った。

「演劇部門アカデミー賞、3年A組『レインディア・エクスプレス』!」

司会の声が響き渡り、実行委員長の手からトロフィーが遅坂の手に渡った。

わあっと、A組が湧き立った。

そしてそこで、西崎が列の中から立ち上がり、壇上の遅坂のもとへ駆けつけた。そのままの勢いで遅坂の手からトロフィーを奪い取って両手に高く掲げ、飛び跳ねながら、

「やったー!」

と大きく叫んだ。

会場中から、さらに大きな拍手が起こった。

「ニシン、おいしいとこ持っていきやがった」

上山が舌打ちしたが、嬉しさを押さえきれない表情は口調と全く合っていなかった。


最高の栄誉であるアカデミー賞と、主役級二人の個人賞受賞、さらにポスター・看板賞も、涼子の力作の成果もあってか、3-Aが奪い取った。

これ以上はないほどの理想的な結果をもって、徹司にとっての文化祭は幕を下ろしたのだった。


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「それでは、演劇部門の表彰に移ります。まずは、個人賞の発表です」

徹司が、個人賞というものを意識をしなかったかといえば嘘になる。ただそれは、自分が賞に値する演技をしたという自信があるというわけではなく、誰でも受賞資格のある個人賞というものだけに、自分にも可能性があるかもしれない……という程度の、言ってみれば宝くじ購入者が当選を待つような心持ちだった。

「では、発表します。……3年A組、北条雷太役、桃井徹司さん。同じく3年A組、朝倉ナオ役、鈴本朋子さん。3年D組、波多野雪絵役、市山直美さん……」

わあっと自分の周囲が湧いたのを、徹司はややぼうっとした状態で聞いていた。自分の名前が呼ばれた、とは思うのだが、今ひとつ自分の耳に自信が持てず、周りをきょろきょろと見回した。

みんなが、自分を見ている。やったなモモ、という声も聞こえる。さすがトッコ、という声も聞こえた。

――トッコ、そうだ、トッコも呼ばれていなかったか?

慌ててトッコを見る。目が合うと、朋子は大きく頷いた。二人の顔から、同時に笑みがこぼれた。

聞き違いではなく気のせいでもなく、自分が、個人賞をもらえるのだ。

「モモちゃん、おめでとう」

涼子の声に、徹司は体ごと振り向いた。

涼子も、実に嬉しそうな目で徹司を見つめていた。

「ありがとう、――栗橋さん」

この時ばかりは、徹司は照れもせずに涼子の目を見つめかえした。

「ほれモモ、表彰だぜ」

そんな徹司を、古兼が促した。徹司は慌てて立ち上がった。

体育館を見渡すと、この場に集まっている生徒全員が拍手をくれているのがわかった。

「行こ、モモちゃん」

朋子が歩き出す。徹司もその後について歩き出した。背中に受ける大勢の視線が、とても心地よかった。

壇上で賞状をもらう。

そして、振り向く。

またも、大きな拍手が起こった。

嬉しさと恥ずかしさで、徹司の表情は緩みっぱなしである。

「やったね、モモちゃん」

クラスの列に戻りながら、傍らの朋子がささやく。

「うん……。トッコのおかげだよ、ホントに」

「ありがと。でも、やっぱりモモちゃん頑張ったもの」

「頑張ったのは、みんな一緒だよ。――あとは」

「そうね、あとは――

徹司と朋子は、再びA組の輪の中に入った。

司会の声が、響く。

「続いて、演劇部門の準アカデミー賞の発表です」

2位からの発表となるらしい。

どこだ。どのクラスだ。

徹司は、全神経を耳に集中させた。

神も仏もまともに信じていない徹司だが、この時ばかりは――祈った。
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最終公演は。

全員が舞台慣れしたこともあったし、何よりも最後に最高の作品を、という思いが結集し、集中力が最大限に発揮された渾身の演技を披露した。細かいミス等もほとんどなく、これまでの準備期間で費やしてきた努力の集大成が、舞台上で繰り広げられたのだった。

完全燃焼できたぜ――と、徹司はそう思う。

だから。

全てが終わり、舞台裏に下がって、「終わったぁ――」と両手を広げて目を閉じたのは、純粋な喜びによるものだった。

結果はどうなるかわからないが、徹司自身は、出来ることはすべてやった。やり尽くした。

――今は、胸を張ってそう言える。

「お疲れさまっ」

朋子が、笑顔で徹司に話しかけてきた。

「お疲れ、トッコ」

徹司もにこりと笑う。

「よかったよね、最後の。本当に」

「ああ。完璧だった、と思うよ」

そこへ、近くにいた麻弥が、

「私も、今のはすごくよかったと思う。これ、アカデミー賞いけるんじゃないかな」

と言う。

いつもは落ち着いた口調の麻弥だが、さすがに少し興奮したような口ぶりになっている。

「俺も、同感」

と賛同したのは、やはり近くにいた西崎。

徹司が口を開こうとした時、

『間もなく閉会式が行われます。各クラスとも、後片付け等は一旦中断し、体育館に集合してください。繰り返します……』

アナウンスが入った。

「さあ、どうなるか」

古兼が、天井を見上げてつぶやいた。


閉会式ということで、生徒が集まった体育館は、熱気に満ちていた。

否、盛り上がっているのは三年生のクラスだけ――更に言うなら、演劇に挑んだクラスだけかもしれないが。

やりきった充実感はどのクラスも同じく抱いているのだが、結果がどのようになるかはまた別に気になるところなのである。

「それでは、表彰を始めます」

文化祭実行委員の声が響いた。

ざわめいていた体育館内が静まり返った。

まずは、展示部門、飲食店部門といったあたりから、表彰が始まる。

一番の盛り上がりを見せる演劇部門は、当然のように最後となっている。

その一つ前に娯楽部門の表彰があったのだが、娯楽部門最優秀賞を獲得したのは、3-Bの人形劇だった。

人形劇は演劇ではなく娯楽、と見なされたらしい。

当のB組からは、若干ヤケっぱちな歓声が上がっていた。


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この日のA組の公演は、一回目が12:30~となっている。一昨日とは違い、いささか心理的に余裕の出てきた徹司は、開場中のトレーニングルームの入口付近に立って、客の入りを眺めていた。

何人もの知り合いや、部活の後輩等もやってきて、徹司と言葉を交わしていく。無責任な激励の声が多い。徹司も、自然体で応じることができるようになっていた。

しばらくすると、客の中に徹司の両親の姿が見えた。家族旅行をすっぽかしてまで取り組んだ演劇の成果を確認しに来たのだろうか。

さすがにこの場で両親と会話はしたくなかった徹司だったが、その辺の機微は征司も朝子も心得ていたらしい。征司が軽く徹司に片手を上げて合図を送っただけで、客席へと歩いていった。

気持ちのいい天気ということもあるし、三連休の最後の日、ということもあってか、客席は一昨日に比べるとかなりのにぎわいを見せていた。校外の一般人らしき客も多い。

今日も楽しく行こう、との遅坂の言葉に見送られて、芝居はスタートした。

この回の上演は、気が抜けていたわけでも舞い上がっていたわけでもないのだろうが、台詞等の細かなミスがやや多かった。が、役者全員がしっかりと自然にフォローができていて、リズムが非常にいい。

客席からの笑い声も、一昨日よりもはるかに大きく響いて、それが役者たちをさらに気分よく演じさせるという作用も働いたようだ。

徹司も、汗だくになりながら、雷太を演じきった。

カーテンコールで拍手の喝采を浴びながら、徹司は三度目の充足感を覚えながら客席に頭を下げていたが、この時点で既に、次でもう最後か――という感情が芽生えていた。

この日の二度目の公演は14時からなので、ほとんど間がない。そのほうが案外、気持ちが切れずにいいのかもしれないが。

徹司は舞台裏に下がると、すぐにジャンパーを脱いだ。すぐ下はTシャツしか着ていないが、この時期にジャンパーと野球帽というファッションはさすがに暑い。それほど汗かきでもない徹司だが、すでにかなりの汗が流れていた。

手早く汗をふき取って、次の公演のシーン1に備えて、衣装係お手製の黒装束に着替えた。実はこの装束、かなりのお気に入りになっていたのだった。

「おう、がんばってるな」

そういって舞台裏に顔を見せたのは、担任の小原だった。

「さっきの舞台見たけど、声も出てるしテンポもいいし、かなりいい具合だったぞ。この調子で、最後もがんばってくれよ」

「はい!」

役者たちの返事がそろった。普段よりもみんな、威勢がいい。ただでさえテンションがあがっているところに、次が最後――という別の興奮要素が加わり、一種の躁状態のようなありさまである。

観客が入ってきていなければ、大声で気合の声でも入れたいところだが、そうもいかない。

みんなの視線が何となくさまよい、結局遅坂に集中した。上演前はやはり演出の一言、というのが、一番しっくりくるのかもしれない。

「え、俺?」

視線に気づいた遅坂は、一瞬たじろぎを見せたが、すぐに立ち直った。

「えー、では一言。――もうすぐ、最後の公演が始まります。泣いても笑っても、これが最後です。ここまでもすごくよくできてるけど、最後に一つ、完璧なヤツを見せてやりましょう!」

ありきたりの言葉にこめられた強い気持ちは、全員の心に素直に響いた。

役者たちは一斉に頷くと、それぞれの持ち場に行き、スタンバイした。

照明が落ち、会場が暗闇に包まれた。

最後の幕が、静かに上がった。

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D組の演じる、『嵐になるまで待って』という劇は、レインディアエクスプレスと同様に、劇団キャラメルボックスの作品である。

徹司は、それ以上の予備知識も無く、暗転した舞台に注目していた。

ヒロインは、声優を目指す少女・ユーリ。あるオーディションに合格したユーリは、作曲家の波多野と、その姉である雪絵に出会う。

そして、とある出来事を目撃したユーリは、波多野が発した『二つ目の声』を聞いてしまう。それは、一般人には聞くことのできない声だったが、ユーリの耳にははっきりと「死んでしまえ!」という声が聞こえたのだった。

『二つ目の声』をユーリに聞かれたことに気がついた波多野は、ユーリを呼び出し、その心を読み、ユーリを追い詰めていく。ユーリが自分の声にコンプレックスを持ち、そのせいで片想いの相手・幸吉に想いを打ち明けられないでいることを悟った波多野は、『君が声を出さなければ彼は君の事を愛してくれる』と、二つの声で暗示をかける。打ちのめされたユーリは、自分の声を失ってしまうのだった。

声を失ったユーリは、幸吉や精神科の広瀬教授らの協力を受けながら、声を取り戻す手段を探した。そしてユーリたちは、波多野の姉であり、耳の聞こえない雪絵に会う。雪絵は、波多野の能力のことを知っていた。だが、その能力は全て、耳の聞こえない自分を守るために使っていることをも承知していた。

そんな最中、波多野が雪絵のもとへ尋ねてきて、ユーリたちと出会う。雪絵に接触したことを知った波多野は激怒し、幸吉にマンションから『飛び降りろ!』との暗示をかける。その幸吉を必死で引き止めるユーリは、ついに自分自身の暗示をも打ち破り、声を取り戻す。二人の暗示は解かれた。だが、嵐の中、波多野はさらに迫りくる。対峙する彼らの間に、雪絵が割ってはいる。雪絵は波多野を説得し、そして波多野は自らの命を絶つ……。

――と、そういうストーリーの、サイコサスペンスであった。

幕が下りると、徹司は無意識に肩と首を動かした。緊迫した展開に引き込まれてしまい、凝ってしまったようだ。演技も見事だったし、一切言葉を発しない雪絵の手話による演技は迫真のものだった。

「いやあおもしろかったな」

屈託無く、横石は感想をもらす。

徹司も全く同感だったが。

正直なところ、自信を砕かれた感もあった。

A組の出来ならば、アカデミー賞はきっと間違いないだろう――と、無意識のうちに思い込んでいたのかもしれないが、どうもそんなに甘いものではないらしい。

考える表情になった徹司の背中を、横石が叩いた。

「モモ、考えすぎは悪い癖だぜ」

徹司は、顔を上げて横石を見た。

さらに古兼が、

「トッコがさっき言ってたろ?変に意識するなってさ。つまりこういうことだろ、きっと」

そういえば、そうだった。

朋子は、これを見越していたのだろうか。

「なんだかな……すっかり読まれてるな、俺」

口ではぼやいた徹司だったが、驚くほどあっさりと心のもやは晴れた。結局、根は単純なのであろう。
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台風一過、23日は昨日とはうってかわって、雲ひとつ無い見事な晴天となった。風も無く、絵に書いたような秋晴れの日である。この天気なら、校外からも多くの来客が見込めるだろう。どうせなら、できるだけ多くの人に来て欲しい――徹司は、そう願った。

一昨日、A組は、全体としてミスはいくつかあったものの、朋子の機転などにも助けられ、まずは大きな問題もなく演じることができた。意図していたところでは笑いを誘うことができたし、緊迫した場面では会場を張り詰めた空気が覆った。そして、カーテンコールの際の大きな拍手。どれもこれも、徹司には未体験のものだった。そして徹司は、これほどまでに強い充足感を得られたことに、自分自身でもやや驚きを禁じえなかった。

――案外俺、性に合ってるのかもしれない。

そんなことを考える余裕すら生まれてきた。

もっとも、自信を植え付けられたのは、徹司一人だけではなかったようだ。

朝の教室の雰囲気は、一昨日のそれとは大きく変わっていた。

明るい。

天候のせい――だけでは、絶対にない。

役者たちも裏方の人間も、大きな手ごたえを感じているのは間違いなかった。

「モモ」

横石が声をかけてきた。古兼も一緒だ。

「今日、俺らの劇までの間、どこ回るかとか決めてる?」

「いや、特には」

「じゃあさ、D組の劇見にいかねぇ?なんかさ、あそこがライバルっぽいじゃん。題名、なんだっけ?」

横石が古兼を振り返った。

「『嵐になるまで待って』」

「そうそう、それ」

「えーと、構わないよ。場所と時間は?」

「どこだっけ?」

横石はまたも古兼を振り返った。

「や、ちょっとは覚えとけよ。被服室で9時半から」

「オーケー。じゃあちょっと中庭とかぶらついてから、行こうか」

そのとき、

「あ、モモちゃん?D組の、見に行くの?」

と話しかけてきたのは朋子だった。

「うん。トッコも行く?」

朋子は少し残念そうな表情で首を横に振った。

「ごめん、あたし、一昨日もう見てきたんだ」

「あ、そうなんだ。どうだった?やっぱり上手だった?」

「そうねー……うん、よくできてたと思うよ」

「そっか。じゃあ勉強させてもらおうかな」

徹司は軽い気持ちで言ったのだが、朋子は真剣な表情になった。

「えらそうなこと言うようだけど、そういうふうには見ないほうがいいよ。A組の芝居も、今はすごくいい状態で仕上がってるから、変に意識しないほうがいいと思う」

横石が感心したように頷いた。

「なるほど、そういうものか」

古兼が笑って、

「わかった。気楽に楽しんでくるさ」

と、引き取った。

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シーン8の場所は、永吉の実家である花屋だ。

永吉と話そうと、拓也がやってきて、店員をしている姉のユカリや永吉の母・歌子と会話をしている。そこへ、永吉が雷太・騎一郎の二人を連れて帰ってくる。雷太の素性を疑い、マスコミの人間だと思い込んでいる拓也は、雷太を問い詰める。しかしユカリは、確かに以前雷太に会ったことがある、懐かしい感じがする、と、雷太をかばう。と、そこへ、一人の男が怪我をした状態で倒れこんできた。陣八だった。拓也たちは混乱したまま、とりあえずは怪我人を家の中へ運び込む……。

本来はこの後、下関へ場面が飛ぶのだが。

朋子は、すぐにシーン6の場面へ繋げることを思いついたのだった。

劇中の時間軸では、シーン6がシーン8の前なのだが、シーン6・7は場面が学校で、登場人物もあまりシーン8とはかぶらないので、順序を逆にしても観客にはそれほど矛盾点が見えないのである。

――と、後から考えればその通りなのだが、劇中のアクシデントの際にすぐにここまで考えが及ぶか、といえば、また話が別である。

実際、徹司にはこのような修正案は浮かびもしなかった。

それを朋子は、シーン8終了後に「そして、翌日のこと」というナレーションを舞台裏から入れただけで、あざやかにこの劇を救ったのだった。

見事、というほかない。

アクシデントを無事に乗り越えたことで、みんなの気持ちにもかえって余裕が出たようだ。いい流れを保ったまま、エンディングを迎えることができたのだった。

ラストシーンは、東京の学校の屋上。50年ぶりの再会を果たした雷太とナオ。ナオの「ありがとう」の言葉を受けて、雷太は優しく微笑み返し、そして騎一郎・陣八と共に去ってゆく。次なる幸せを運ぶトナカイのように。

役者達によるナレーションは、最後は声が合わさる。

「私たちは出会った。確かに出会った!」

その言葉と共に、エンディングの音楽が流れ出す。音響係が選んだのは、マイケル・ジャクソンの『WILL You Be There』である。そして同時に、天井の梁にしかけたザルが横紐でゆすられ、雪をイメージした紙ふぶきが舞台上に舞う。

舞台上の役者達が、一列に並ぶ。徹司たちも、再び舞台に出て、列に加わった。徹司は、かぶっていた野球帽を右手で取った。

そして、朋子の「ありがとうございました!」の声にあわせて、一斉に頭を下げる。

それに応えるように大きく湧き上がる拍手の嵐。

――すごい。すごい。

徹司は、顔を上げることができなかった。

体が震えている。

――なんだ、これは?

顔は、自然にほころんでくる。

これが――

刹那のうちに、徹司の頭には様々な光景がよぎった。

――これが、答えだ。

徹司はようやく顔を上げた。

拍手は、まだ続いている。

徹司は、手に取っていた野球帽を、深くかぶりなおした。

涙が、出そうだった。

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順調に進んでいた芝居に、異変がおとずれたのは、シーン6でのことだった。

下関にて、こずえは、東京の友人・ユカリからの手紙を読みながら、ナオと会話をかわしている。

こずえが手紙を読み上げ、その文面に沿って舞台は東京へと切り替わるようになっている。

ところが、このとき。

こずえ役の島山が、おそらくは緊張のせいだろう、この手紙を読み間違えてしまった。シーン6の途中なのに、シーン8で読み上げるはずの文面を読み上げてしまったのだ。

舞台裏に待機していた役者たちは、無言で顔を見合わせた。

まずいぞ。どうする。どうすればいい。

沈黙の中、焦燥感だけが増していく。

役者たちの精神的支柱は何と言っても朋子だが、その朋子は今舞台上である。
落ち着かない視線が飛び交う。

珍しく真剣な表情になった古兼が、押し殺したような声を出した。

「正直、俺にもどうしたらいいかわからないけど、とにかく、舞台を止めるわけには行かないからさ。とりあえず、手紙の内容に合わせて、続けてみよう」
その言葉に従って急遽シーン8に突入することになり、西崎・紗千子・大弓らが舞台へ出た。

入れ替わりで、朋子と島山が裏にはけて来た。

島山は青い顔をして、口元を両手で覆っている。

ごめん、と、声に出さずに謝った。

どうしていいか、徹司にはわからない。舞台ではもうすぐに、雷太の出番がやってくる。何とかしなければ、とは思うものの、全く考えがまとまらない。

一方、朋子は真剣な表情で宙の一点を睨んでいたが、何やら思いついたことがあったようだ。一つ頷くと、隣りの島山の肩を優しく叩いた。

「大丈夫だよ、サツキちゃん。問題ないから」

そうささやくと、徹司のところへ小走りにやってきた。そして、小声で徹司に告げた。

「とりあえず、シーン8をやりきっちゃおう。それでその後、あたしが簡単なナレーション入れるから、そのままシーン6の東京の場面につなげよう。場面そのものは違うし、それほど無理なくリカバリーできるはずよ」

まさに、天の声。

徹司は、この瞬間ほど朋子を心強く思ったことはない。

「さすがだぜ、トッコ!」

やはり小声でささやいて、親指を立てる。

もうすぐに、雷太の出番だ。

「トッコ、後、お願いね」

「任せて。舞台の方は、モモちゃんよろしく。落ち着いて、堂々とやってね。役者たちの動揺って、不思議なくらい客席に伝わっちゃうから。サッチーやニシンくん達を安心させるように、ね」

徹司は返事の代わりにニッと笑い、舞台へ飛び出した。

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