文化祭の出し物を決定するべく開かれたホームルームの時間は、当然のことながら文化祭委員が仕切らなければならない。担任の小原も参加はするが、話し合いに口を挟むことはほとんどない。
このクラスの文化祭委員は二人で、徹司と、佐野準次である。徹司は、佐野とは決して仲は悪くないし、苦手なタイプでもないが、友人のグループが違うため、これまであまり親しく話したことはなかった。
徹司は、この日の昼休みの佐野との会話を思い出していた。
少しだけでも、このH・Rの進行などについて打ち合わせをしておきたかったのだ。
ところが、佐野は、
「ごめん、俺そういう司会とかすごい苦手でさ、話とかは全部やってくれないかな?黒板に書くのとかはやるからさ」
と、徹司に手を合わせたのだった。
徹司は、下手に出られて頼まれると、どうも弱い。思わず、承諾してしまったのだ。
出し物については、
「なんか、演劇で決まりそうだね。別に演劇でいいんじゃん?」
というのが、佐野の意見。
無責任ととれなくもないが、徹司とて他に意見があるわけでもない。
むしろ、演劇に反対されなかったことに、かすかにほっとしていた……。
「では、はじめます。連絡しておいたとおり、今日は文化祭での、このクラスの出し物を決定したいと思います。ちょっと急かもしれませんが、夏休みに入る前までには具体的なことまで全部決めなければなりませんので……」
徹司は壇上で話を始めた。人前で話すのはあまり好きではないのだが、過去に数回学級委員の経験もあるので、どうにかこうにか形にはなる。
もっとも、今回のホームルームでは、司会進行の手腕など問われることもない。いみじくも昼休みに佐野が言ったとおり、演劇をやるなら演劇でいいや、という雰囲気が既に大半を占めていたからである。
賛成多数――というよりも、反対意見がほとんど出ないままに、「演劇」という出し物が確定した。
となると次は、具体的にどんな劇を演じるか、ということになる。とはいえ、大半の人が、その選択肢をもっていないのが現実である。当然の流れで、朋子が提案することになるのだった。そしてもちろん朋子に抜かりのあろうはずがなく、既に候補の演目を決めてきていた。
「『レインディア・エクスプレス』っていう題名なんです」
壇上で、朋子はクラス全体に向かって説明した。
「レインディアっていうのは、トナカイのことなの」
黒板に題名を書きながら、注釈を加える。
「トナカイ特急、か」
というつぶやきがクラスから聞こえた。横石の声だったようだが、はっきりはわからない。
「あたしが大好きな、キャラメルボックスっていう劇団があるんですけど、その中でもすごくおもしろくて、やってみたらおもしろいだろうなって思ってたんです……」
眼を輝かせるようにして、朋子は語った。
横合いからそれを眺めながら、徹司は、
(いやはやトッコ、楽しそうだなぁ)
と、思った。
(まあ、無理もないか。高校生活の最後に劇をやるっていう夢が、実現に向かってるんだもんな)
「それで、その劇のビデオがあるんです。時間のあるとき――次のホームルームとかで、みんなで見たいと思ってるんですけど……」
すっかり司会役におさまった朋子が、ここで小原の方を見た。
「その劇、どのくらいの時間のなんだ?」
朋子の視線を受けた小原が質問した。
「大体二時間くらいです」
「そうか。わかった、近いうちに視聴覚室おさえておこう」
「ありがとうございます」
こういった具合に、話はトントン拍子に進んでいった。少なくとも、演劇に賛成する人たちにとっては、おもしろいくらいに順調だった。
順調すぎた、ということが、ひとつ。
そして、いつの間にか、演劇という未知の体験に惹かれ始めていた、ということがもうひとつ。
客観的に言って、このときの徹司は、冷静な判断力が多少失われていたのかもしれない。
40人もいるクラスの全員が、簡単に思いを一つにすることなどできはしない、という、当たり前すぎる事実を、このときは見落としてしまっていた。
ましてや、やや強引とも取れる朋子たちのやり方を、苦々しく思っている人たちの存在には、全く気がつかなかったのである……。