中華の足跡・改

中国から帰り、北海道に暮らしつつ、台湾とつながる生活。

マジメな話からくだらないネタまで、国籍・ジャンル・多種多様。

いざ、情報発信~!


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激動の一年には、激動の年末がふさわしい。
――などと意図したわけではないのだが。
久しぶりの帰省で忙しくないほうがつまらないだろうから、いいとしよう。


短い日程の中に、いくつかの忘年会を詰め込んだわけだが。
中には何年ぶりの再会となるような人もいるわけで、いろいろと懐かしい。
昔話もあれば近況報告もあって、話は尽きる事も無い。
今年の最終日となった今日も、これから2件の忘年会がセットされている。
さあて、どんな話を聞かせてくれるだろうか・・・?


さて、数ヶ月ぶりに帰ってきた、千葉。
当たり前の話だが、雪が全く無い光景にちょっとだけ違和感を感じた・・・とはいえ、すぐに慣れたけど。
気温は札幌よりは高いけど、真冬のシーズンだし、寒い事は寒い。
そしてやはり、屋内が寒いような気がする――いや実際に寒いのだが。
外は寒いけど中は暖かく、というのは、日本にしろ中国にしろ、北国での共通の過ごし方だ。
そういうのに慣れているから、よく北海道の人が「東京の冬は寒い」という、一種の逆説的な言い方をする。
文化の違いと、いえなくもない。


まあ、そんなことはいい。


ともあれ、残すところあと数時間となった「今年」。
お世話になった人々へ、あらためて感謝を。
そして、来年も、どうかよろしくお願いします!

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こうして、あっという間に最終月に突入。

はやいなあ、と、誰しもが思うことだろう。

でもたぶん、毎日が充実していればその分、時の流れも速く感じるものなんだろう。

・・・そう思いたい。


12月の回想といっても、今が12月だから、いってみれば現在進行形。

回想も何もないもんだ。

ま、続けてきた流れがあるから・・・。


12月に入って、仕事がなんだか急に忙しくなってきた。

2月に控えた雪祭りの影響が大きい。

それにあわせてツアーは増えるし、その分ホテルは取れにくくなるし、まあその他いろいろあって、いやにバタバタしてきた。

まあ別に、仕事が忙しい分には構わないけど。

ヒマ、という方がタチが悪いかもしれない。

特にウチのような小企業は。

せいぜい忙しく働いて、儲けないと。

まあどうせ、平日家に帰ってから特にすることがあるわけでもなし・・・。


ここ最近は、日本各地で寒波に見舞われていて、災害も起きているようだが、北海道は当然のように寒い。

既に白く染まった街は、きっと春までこのままなんだろう。

最高気温が1度とか2度くらいしかいかないから、雪が溶けないのだ。

溶けないならまだしも、あちこちで氷になると、歩きにくくてかなわない。

街を歩けば、あちこちで転倒者が。

俺も気をつけないと。



さて。

12夜連続放送の「回想・2005年」も、これで最終回を迎えた。

本当に――いろんなことが、あった。

そして――実におもしろい一年だった。

落ち込んだことよりも、楽しんだことの方が多く、

怒ったことよりも、笑ったことの方が多く、

失ったものよりも、得たものの方が多く、

人に迷惑をかけたことより、人の役に立ったことの方が多い。

そんな一年間。


他の方々は、どうだったでしょうか?

いい一年だった、という人は、そのままの流れで来年も突っ走りましょう!

イマイチだった、という人は、忘年会で全て水に流して、新たに走り出しましょう!

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11月にして、初雪を体験できるとは思わなかった。

むろん、ここ北海道では、不思議な現象でもなんでもないが。

日一日と、気温が下がっていく。

長い季節が――冬が、やってきた。


11月の出来事といえば――まずは、ネットカフェ通い。

好きで通ったわけではないのだが。

日本でADSLを開通させるのに、こんなに時間がかかるとは、正直思わなかった。

申し込みから開通まで、約一ヵ月半。

本当にそんなに込んでるんだろうか・・・少々疑わしくもなるが、是非もない。


ネットカフェですることは、主にメールチェックと、ココの更新なのだが、無料じゃない以上、毎日通うわけにも行かない。

多少更新頻度が下がったのも仕方のないことか。

ただ、少しでも費用を抑えようと、いろいろと考えはした。

時間経過で課金されていくので、できるだけ短い時間で更新をすませる必要がでてくる。

当然、パソコンの前で考え込むのは時間の無駄だ。

ネタを考え、頭の中で文章を作ってから入店し、高速で入力。

――まずは、そういうパターンを作った。

ただ、もっと早くする方法はないか、とも考え――次にとった手段は、家のパソコンで文章だけ作成し、それをメモリーに保存し、それをネットカフェに持っていってコピペしてアップ、という手段だった。

これなら、1分ですむ。

その分、他のメールなどに時間を割ける。


こうして、入店後15分ですぐに105円払って出て行く、という流れが確立した。

だが、さすがにこういう客はめずらしいようで、なんだか店員には、コイツなにしに来てるんだ、という目で見られたが・・・もう行くこともないから、いいとしよう。


それからこの月は、札幌の数少ない友人との再会もあった。

今、この地で、友人と呼べるのは二人。

学部時代の友人と、以前湖南大学で仲良くなった中国人留学生。

11月は、仕事もそれほど忙しくなく、時間もあったので、それぞれと会って一緒に食事したりもした。

もちろん、楽しい時間を過ごさせてもらった。

本来なら、もっとちょくちょく会って遊んでもいいのだが――残念ながら、二人とも休日が土日じゃない上、それぞれに彼女もいるので、なかなか時間があわないのが現状だ。

ま、仕方がないが――それでも、今後も時々会って食事したりするだけでも、気分的にはだいぶ違う。

全く友人がいない状態というのも、少々・・・いや、相当問題がある。

いかにメールやチャットを活用しても、それだけではやはり足りないものもある。

実際に会うことは、だから、すごく心を湧き立たせるものなのだ。


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一般的に言って、10月というのは人気の高い――という表現も変だが――月ではなかろうか。

なんといっても、気候がいい。

暑くもなく寒くもなく、それでいて晴天が多い。

秋!

そう、秋だ。

スポーツとか読書とか食欲とか、いろんな修飾語がつくが――つまり、何をやってもいい季節なのだ。


そんな月だが、10月に入ったときは、俺は既に臨戦態勢に突入していた。

10月10日、体育の日・・・この日に、旅行業の国家試験が控えているのだ。


試験内容については以前詳しく話したから、ここでは割愛。


ちなみに、合格を義務付けられた裏事情(?)は、というと。


まず、今のウチの会社では、この資格を持っている人はいない。

だが、旅行会社の依頼のもとにホテルやバス、食事先等を手配する業者(ランドオペレーターともいう)には、この資格は必要ないのだ。

自分の会社でツアーを組んだり、一般客の要望に応えて旅程を作成したりと、そういう仕事をするときに、初めてこの資格が必要となる。

そういう場合は営業所に最低一人、有資格者が必要なのだ。


だから、現時点では、ウチの会社にこの資格が絶対必要だということはない。

ただ。

一つには、将来の発展を見越しての取得。

もう一つは、ちょっといやな話になるが――とある同業者からの中傷への対抗策、だったりする。

さっきも書いたとおり、法律的には今の業務にこの資格は必要ないが、そういう事情を、普通の人はたぶん知らない。

で、そこをついて、「HIC(ウチの会社)は無免許だ、違法だ」などとあちこちでいいふらしている人間がいるらしいのだ。

その人物とは、過去にいろいろあったらしいのだが・・・。


ともあれ、一企業としては、根拠のない風聞でも、無視するわけにはいかない。

イメージというのは恐ろしいものなのだ。

で、社長としては、一刻も早くその資格をもって、旅行業登録をしてしまいたかったと、そういうわけだ。


・・・と、そういう事情も聞かされていたから、なんとなく、合格が当然という前提が無理やり出来上がってしまっていた。

プレッシャーにつぶされるタイプでもないから、なんとかなったものの――落ちたらどうなっていたか、あまり想像したくないところだ・・・。


とりあえず、合格のためには勉強するしかない。

といっても、仕事をしながらの受験勉強というのもなかなかに厄介なもの。

中国にいるうちにもっとやっておけばよかった――などといまさら考えても、時既に遅し。

そもそも向こうにいるときだって暇というわけでもなかったし、勉強に集中できるような心理状態じゃなかったのも事実。

これはもう、仕方ない。


とにかく、試験まであと二週間というあたりから、非常事態宣言発令。

もともと夜はさっさと寝るタイプだったのだが、そうもいってられない。

最低でも夜3時までは勉強を続ける、と、まさに受験生のような二週間。


慣れないことをしたせいか、あちこちに疲労がたまったようで、試験後にはものもらいなどができてしまったが。


こういう大変なときに励みになるのが、実に月並みだが、他の人からの応援や激励だったりする。

大学受験のときも、クラスメートから湯島天神の鉛筆とか誕生日カードとかをもらって、随分と心理的に助けられたものだ。

今回もまあ似たようなもので――ま、一人北海道にいる身としては物を受け取るわけにもいかなかったが、その代わり、現代社会はメールやチャットなどの便利ツールがある。

それらを最大限活用しつつ、どうにか心理的均衡を保つ。


そして、結果――結果が出たのは11月だが――合格。


さて、10月は、野球ファンには目の離せない月でもある。

一年のシーズンの締めくくり、日本シリーズが待っている。


今シーズンは、まさにロッテの年だった。

プレーオフの恩恵にあずかったとはいえ、驚異的な強さと勢いで日本を制し、さらに今年からスタートしたアジアシリーズをも制圧し、初代アジアチャンピオンに輝いた。

ただ、まだまだ黄金時代の到来とか、そういう強さには足りない・・・と、俺は思う。

来年はまた、楽しくなりそうだ。

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はじめに言っておくと、俺は基本的にはギャンブルには縁がない。

パチンコやスロットなど何が面白いかさっぱりわからない。

マージャンは少々やるが、仲間内で小額の金が動く程度。

ちなみに、あまり強くはない。

賭け運というものがかけた星の下に生まれたんだろう、と、半分あきらめてはいる。


というわけで、競馬も、やらない。


ただ、一度だけ、友達連中にくっついて中山競馬場まで繰り出したことがある。

あれはたしか、二年前のこの時期――そう、有馬記念。


一度くらい体験しておいてもいいかな、と思ったのが一つ。

その時期は留学を控えてはいたけど特にすることもなく、ヒマだったのがもう一つ。

夜に同じ友人連中で飲むことになってたから、昼から競馬場につきあってもいいか、と思ったのがさらに一つ。

別の友人に誕生日用ビデオレターの撮影をすることになってて、その日にやると都合がよかった、というのがおまけに一つ。

――そういうフマジメな理由をいくつかひっさげて、熱気あふれる競馬ファンの聖地に足を踏み入れた。


有馬記念というのが、一年の締めくくりとして、ファン投票で選ばれた馬が走る、いわゆるオールスターレースである・・・ということくらいは知っている。

競馬ファンならそれは、熱くなって当然だろう。

何万人詰め掛けてるのかわからないここ中山競馬場は、ある種の異様な雰囲気に満ち溢れていた。

言ってみれば部外者の俺は、なんとなく申し訳ないような、なんともいえない居心地の悪さを感じてもいたのだが・・・。

とりあえず救われたのは、そういう「素人」が俺だけじゃなくて、他の何人かの友人もそうだった、ということか。

数人して競馬新聞をのぞきこんでみるものの、データの読み取りがさっぱりできず――というより、ハナから放棄していたが――、大体が馬の名前や直感といった、そんなものを頼りにぽちぽち馬券を購入。

ま、あたるはずもないのだが。


さて、メインレース。

俺も何枚か買ったが――自分で何を買ったか、覚えているはずもない。

一番人気の馬じゃなかったのは確かだが。

そして、みんなでスタンドへ。


スタンドは、それはもう、ものすごい熱気だった。

野球とは、また別の種類のものだ。

金がかかっている、というのも、無関係ではあるまいが。


ファンファーレが鳴り響き、一瞬の静寂の後、各馬が一斉にスタートを切った。

たちまち周囲は歓声に包まれ、蹄の音が響く。

もうすでに、どの馬がどうなのか、わからなくなっているが――。


凄い。

・・・と、思った。

目の前を次々と駆け抜けていく、人馬一体の波。

大地を揺らし、砂塵を巻き上げ、一陣の風となり、一頭また一頭と飛ぶように駆ける。

圧巻の迫力である。


少々、認識を改めた。

実のところ、俺は競馬というものを見下していたところもあった。

なんのかんのいっても、しょせんはギャンブル、と。

そんな俺に、競馬好きの友人は反論する。

――ただのギャンブルなんかじゃない。走る馬の姿がみんな好きなんだよ、と。

そうかねえ?あたった後の馬券の方が好きなんじゃないか?

・・・と、俺は笑って受け流していたものだが。


これなら、納得できる。

確かに、これは――かっこいい。美しい、といってもいいかもしれない。

人の目をひきつける要素は十二分に備えている。

・・・ちょっと反省しておくか。


ちなみに、レース結果は――忘れた。本当に。

あたらなかったのだけは覚えているが。

ああ、ごくわずかに、柴田という騎手(この騎手の親戚がライオンズの選手なのだ)の名を見つけて買った複勝が当たって、数百円だけ返ってきたんだったか・・・。


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だんだんと、日本の生活感覚が戻ってきた。

といっても、それほど戸惑ったりしたわけでもないのだが。

違和感がなかなか抜けなかったのは、やはり道路の横断だろうか。

赤信号だから止まるという、子供でも知っているルールを守ることに疑問を抱いてしまうのだから、妙な話である。

あとは、物価の違いだろうか・・・。

何でもかんでも、高く感じてしまう。

よせばいいのにそれを元に換算したりするから、さらに割高感がつのる。

さすがに最近ではそうでもなくなってきたが・・・。


日本のメリットは、やはり趣味の方面だ。

なんといっても、野球を見に行ける。

これは大きい。

その点では、札幌という場所は悪くない。

うまい具合に日本ハムが移転してきてくれたので、好きなパリーグの試合が見に行けるのだ。


さすがに平日は見に行けないか――とも思っていたのだが、「730(ななさんまる)チケット」というものがあることが発覚。

これは、ナイターがあるときに、7時半以降に入場すれば、外野席なら800円で入れるという割引チケット。

7時半からだと、試合はもう半分くらい終わってしまっているが、入場料も半分近くになっていることを考えれば悪くはない。

仕事が少ないときなら7時過ぎくらいには帰れるので、その後バイクを飛ばせばちょうど7時半くらいに札幌ドームにいける。

――それに気づいたのは残念ながらシーズンもほぼ終わりに近づいたころだった。

だが、来年こそは!


さて、それから。

この月は、まだ仕事もよくわかってないころだが、アイサツも兼ねての台湾出張があった。

社長の後ろにくっついてまわり、時々通訳したりする程度だったが。

それでもやっぱり、中国語圏に身を置くと、ちょっとばかりほっとした気分になるのも事実。

もっと仕事の経験をつんで一人前になれば、出張の機会も増えるはず――それもまた、楽しみだ。


出張中の台北で、友人と再会もした。

地元の友人で、中学高校と一緒で、大学に入った後もちょくちょく遊んだ仲だ。

大学院に進学後、いろいろあって院を中退し、台湾に留学した。

もう何年も台湾にいるから、当然中国語もうまい。

九月末に日本に帰国し、就職したから、俺の出張時期はそいつの帰国前で、ちょうどいいタイミングだった。

いろいろとおもしろい台湾ネタを仕入れることもできた。

ちなみにそいつは、今は東京で働いているが――国際結婚をもくろみつつ、遠距離恋愛中。

さてさて、どんな結末になるのやら・・・いささか興味深い。

国際結婚にしろ遠距離にしろ、簡単なものではないとは思うが、その二つの難関を乗り越え、数年間の交際の後、ついにゴールインを果たした友人を、俺は知っている。

その話を聞いた人は、みな一様に驚愕と尊敬の念を抱くようだが――つまりそれだけ難しいということだろう。


さあどんな結果になるか。

数年後が楽しみである。

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帰国目前、というこの時期は、以前のような不安定さは影をひそめてきた。

開き直り・・・ということもあったかもしれないが。

ともかく、残された日々を楽しく生きなくちゃ・・・と、どこかで決心したわけだ。


最後の一週間は、おかげでだいぶ楽しく過ごせた。

大切な友人たちとの、最後の晩餐を繰り返す。

まったく・・・俺は、友人に恵まれたものだ。


最後の――出立の日。

一人、朝の散歩に繰り出す。

そして、携帯電話を取り出して、保存してあった短信(メール)の数々を読み返す。

30通程度の保存能力しかない携帯なので、不要な短信はどんどん削除しなければならないのだが、個人的に大事な短信は、ずっと取ってあったのだ。

それを、何度か読み返して――ひとつずつ、消していった。

過去との決別、なんてかっこいいものではない。

散文的な事情から言えば、この携帯を友人に譲ることにしていたので、短信を残してはおけない、ということがあったのだが。


ひとつ、またひとつと、記憶が呼び覚まされ、そして消えてゆく。

今でも思い出し笑いしそうになる記憶。

ほっとするような微笑が浮かぶ記憶。

わずかに苦いものが混じる記憶。

思わず心をときめかせた記憶。

・・・短信が消えても、刻み込まれた記憶はきっと、消えない。

それなのに――。

どうしてだか、そのとき俺は、泣きそうになっていた。


――こうして俺は、思い出の詰まった中国大陸を離れた。



日本に戻ったら戻ったで、また慌しい生活がまっていた。

多少は実家でのんびりしたい気分ではあったが、就職先の会社からは、できる限り早く来てほしいとの要望があったので、あまりゆっくりもできない。

帰国して一週間後には、俺は北海道へと(正確には、フェリーに乗るために新潟へ)バイクを走らせていたのだった・・・。


以後、俺の生活の場は、北海道へと変わる。

同時に、学生から社会人へと身分も変わったわけだが――まあこれは、二度目ということもあるので、新卒のときとはまただいぶ気分が違うものだったが・・・。

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気分的には、「あと一ヶ月ある」どころではなく、「もう一ヶ月しかない」という、なんとなく追い詰められたような心理状態だった。

考えるべきこともやるべきこともあいかわらずたくさんあって、それでも時は容赦なく流れ去っていって。

こうまで感情の起伏が激しかった月は、あまり記憶にないほどだった・・・。


7月に入ってすぐ、大学での授業が終了。

期末テストが始まった。

俺にとっては三度目の期末テストになるが、奨学金がかかっていた今までとは違うので、気分的にはだいぶ楽だった。

もちろん、班長としてはあまり恥ずかしい成績も取れないが、そこはそれ、今まで授業は一度もサボらなかったこともあり、なんとかかんとかそれなりの成績で乗り切れた。


授業もテストも終了、ということは、あとは自由時間が残るだけ。

やりたいことは、いくらでもあった。


とりあえず、外食が急に増えた。

ま、お別れ会とか、そういうものが多かったこともあるのだが。

日本料理、韓国料理などは、普段からちょくちょく利用はするが。

イタリア料理店でケーキ食べ放題に挑んだり、アルゼンチン料理屋のステージで踊ったりと、楽しい記憶も一緒に積み重ねられた。


それから、酷暑の中でのプールというのも、非常に気持ちのいいものだった。

実はこの夏まで、杭州ではプールに行ったことがなかったのだが・・・案外綺麗なものだったし、料金もそれほど高いわけではないし、もっと早くから知っていればよかった・・・とも思ったのだった。


小旅行にも、当然行ってきた。

黄山と泰山、この二つの山を制覇。

タイプは全く異なる山だけど、ともに中国国内では非常に有名な山である。

前々から行きたいと思ってたのが、ここにきてようやく実現できた。

その絶景に感動したのはいうまでもない。


泰山の方は、ソフトボールサークルの青島遠征とセットでいってきたものだ。

このソフトボールの青島チームとの対戦は、俺の最後の試合となったのだが、実におもしろかった。

それなりに活躍できたし、ファインプレー賞もいただいた。

最高の締めくくりである。


そのほかにも、友達と遊んだり、同居人とゲームで勝負したり、カラオケに行ったり・・・実に忙しかった。

本当は、10月に控えている旅行の試験の勉強をしなければならなかったのだが。

社長から送られてきたテキスト、法令集、過去問集など、合計14冊の本は、段ボール箱で眠り続け・・・いやまあ、もちろん少しは手をつけたけど・・・当初予定の5分の1も進まなかったのだった・・・。


こうやって、楽しい日々に包まれた、7月。

――が。

最後の月とは、すなわち別れの月。

光あればすなわち影あり。

輝きが強くあれば、影は濃さを増していく――。


この一年半の留学生活で、いったいどれだけの人と出会ったんだろう――と、考えてみる。

それはつまり、どれだけの人と別れを告げることになるんだろう――ということでもある。

無論、留学が終わったら、全ての関係が断ち切れる、などということではない。

だがそれでも、現実的には、今までのように時間を共有することはできない。

それは、仕方のないことでもある。

留学というものの、避けられない一面なのだ。

――以上は、あくまで一般論だ。

そして、人には往々にして特別な事情というものも存在し、また感情なんてものは理屈どおりにいくものでもない。

先月末あたりから、なにやら得体の知れない喪失感のようなものを心の隅に宿してしまった俺は、それがなんなのかよくわからないまま、短期間で変動する自分のバイオリズムをもてあましていた。

日中は、まだいい。

やるべきことは――主に遊ぶことだが――いくらでもあった。

だが、それがとぎれると、夢から覚めたように沈み込む自分がいた。

・・・こんなことは、今までになかった。

その戸惑いは、やがてある特定の感情へと収斂されていくのだが、ただ――俺に残された時間は、あまりにも少なかった。


帰国予定日は、8月7日。

無慈悲なカウントダウンが、始まっていた・・・。

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新聞を読んでいたら、ある投稿記事がちょっと気にかかった。


要約すると、投稿者は80歳を越したおばあちゃんなのだが、孫に連れられて初めてサッカーを見に行った。

で、整然としたサポーターの態度などにえらく感動を受けた、と。

たったそれだけの内容なのだが。


俺はサッカーの試合を直接見に行ったことはないが、テレビでは何度も目にしているし、スタンドがどのようなものか、ある程度はわかっているつもりである。

当然、各チームごとのカラーもあるし、試合ごとにスタンドの様子も微妙に異なるだろうが、まあ生まれて初めてあんな場所に足を踏み入れれば、それなりの感銘を受けてもおかしくはない。


それ自体は別にどうということはないのだが。


この文章の中に、個人的に看過できない一文が。

『・・・相手が点を入れても動揺せず、冷静さを保っているのです。野球は敗れるとメガホンなどを投げたりするのに、・・・』

はいちょっとまったおばあちゃん。

野球ファンの名誉のために、ここは弁護しておきたいね。


そもそも、相手に点を入れられても動揺もしないファンをファンと呼べるのだろうか、という疑問もあるが、まあそれはこの際おいておこう。


いいですか、おばあちゃん。

少なくとも今は、メガホンを投げ入れるファンなど、ほとんどいないんですよ。

ごく少数の、心無いファンがそういう行為をすることは否定しませんがね。

そんなことをするのはとんでもなくマナーの悪い行為だという認識はほとんどの人が持っています。

敗戦が濃厚なときは、応援団の人も客席の前列の方に立ち、物をグラウンドに投げ入れないようにと、観客に呼びかけたりもします。

今年話題をさらった千葉ロッテのファンは、特にマナーのいいことで有名です。

投げいれなどをしないのはもちろん、スタンドのゴミを自主的に持ち帰るなど、統制の取れた行動は高く評価されているのです。


・・・つまり、何が言いたいのかというと。

知りもしないで勝手なことをいわないでほしいな、と。

プロ野球の人気低下が叫ばれ始めてはや数年。

球界も数々の改革に乗り出しているけど、危機感を持っているのはファンや応援団も同じ。

どうせ応援するならたくさんの人と一緒に応援したいし、空席の数が少ないほど球場の雰囲気は盛り上がっていくものだ。

そうやって、たくさんの人たちが有形無形の努力を続けている。


おばあちゃん、今度はぜひ野球場に足を運んでいただきたい。

きっとまた、別の感動を味わうことができるでしょう・・・。

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怒涛のような五月を終え、ようやくゆっくりできるかな・・・と思ったのもつかのま。

結局この月も、前月に勝るとも劣らない激動の月となった。


この月の上旬は、なんと言ってもアメリカ訪問、これにつきる。

詳細は『アメリカ紀行』のほうにいろいろと書いたからここでは省略するけど、とにかくもおもしろかった。

異なる文化に触れるということ、それだけでも海外旅行というものの価値はあると思うのだが・・・特に今回はただの旅行ではなくて、結婚式への参加だったからなおさらである。


杭州に戻り、すぐにまたイベントの企画に入った。

長々とやってきた交流会も、いよいよ最終段階。

これが最後のイベントだと思えば、自然と気合も乗ろうというものだ。


ちなみに、この交流会のイベントというもの。

俺の中での一貫したコンセプトは、「俺自身がまず楽しめて、そしてみんなが楽しめる」というもの。

そんな勝手なことを言ってられるのが、会長の数少ない特権である。

最後のイベントだとて、それは変わらない。

いろいろと考えた末、屋内でのゲーム大会ということになった。

そしてその中で、中国語劇と歌をいれて、当然のように俺も参加者に名を連ねた。

あまり豊富に時間があるとはいえない中で、急ピッチで準備は進む。

企画会議を重ね、劇の案を練り、歌の選曲もする。

日程と会場を決めて、各方面に宣伝活動。

ゲームの内容を考え、当日の流れを決めて、景品の買出しも必要だ。

脚本は、全部中国語ということもあったので、たぶん一番忙しい先生に丸投げ。

練習は、みんなの空き時間をなんとかあわせつつ・・・ほとんどが夜だったが。

それでも、深夜の稽古を終えて、何人かで屋台に繰り出して飲んだ酒は、ことのほかうまかったものだ。


そんなこんなで迎えた本番当日。

司会の段取りまで決める余裕はとてもなく、おおまかな流れだけ打ち合わせして、あとはアドリブでなんとかしましょう、と、肝心なところでいいかげんな司会二人。

それでもなんとか乗り切れたのは、去年のクリスマスパーティーでも共に司会をやった経験と、一年以上のつきあいでお互い呼吸が飲み込めていたからだろうか。


もちろん、肝心の出し物の方も大成功。

どうやら本番に強い人間が集まったらしく、今までの練習を含めても、最高の出来だったんじゃないか、と、個人的には思っているのだが――。

なにしろ、みんなで悩みつつ考えたオチが完璧に決まったので、その点はみんな大満足だった。


出し物もゲームも盛り上がって、なんとかこのイベントも終了。

で――気分的には、完全燃焼。

なんだかだいぶ、気が抜けてしまった。


この数日後には、通常の交流会の今期の活動も最終回を迎えた。

副会長たちのイキな計らいですばらしい記念品ももらって、気分はすっかり感傷モードに突入していった。


この当時の心理状態・・・。

今考えてみてもはっきりとは分析しきれないくらいだから、当時の俺の混乱状態がしのばれる。

四捨五入して言えば、「寂しさ」というカテゴリーに分類されるこの感情は、時と共に徐々に濾過されていき――それがはっきりとある形をとったときに、また俺はとんでもなく巨大な苦悩にさらされるのだが――それはまだ、先の話である・・・。


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