雪的生活

四方有紀の色々な刺激に満ちた毎日。
思うことなど。


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実は9月に突然左足の薬指の付け根あたりに「チクッ」とした痛みを感じて、ソゲ?と思い抜こうとしても見当たらず抜くことができず、仕方なく放置していたら痛みが取れないばかりか、周りや中心がどんどん角質化して魚の目状になり痛みが増すという事象が起こっていました。

私としては、最初の「チクッ」で、ごく微細でも何か異物が入ったのが原因で、それを取り除いて欲しいと思ったのですが、10月に入り、つごう2ヶ月くらい通った近くの外科では、その様態から「魚の目」と診断され、患部の中央にスピール膏を貼って一週間かけてふやかして削る…を繰り返し、遂に核となっていた部分が取れたかに見えたのですが、その後周りの角質が肥厚し、というか、痛みが取れず、むしろ強まるばかりで、そのアプローチでは埒があきそうになかったので、昨日以前車で通りかかって気になっていた、割合新しくできた皮膚科・形成外科に行ってみたら「魚の目は、何かが当たり続ける状態でできるものなので、これは魚の目ではありません」と聞いたところまでは、エラく納得したのですが、「中央が茶色くなっているので、これはイボです。」と言われて((((;゚Д゚)))))))。
「イボはウイルス感染で、毛細血管を自分の周りに張り巡らせて栄養分を補給し、増殖するのでその元を断つのが肝心なので、液体窒素で凍らせて徐々に削ぐのが一般的です。ただ、通常痛みはないんですけどね。」と、言われた。

私は「イボ」ではないと思うし、「痛み」こそがポイント(なぜならタコ様のものは他にもあるけど、他は触っても痛くないので問題ない。)なので、疑問は持ちつつも、スピール膏よりは液体窒素の方が即効性がありそうだったのでやってもらったら、それが、「液体窒素で凍らせだったので綿棒を患部に数回当てる」というもので、いささか「?」だったが、経過はその医師の言う「わざと火傷を負わせるものなので、後から痛くなることがあります。」そのもので、その後、ある種歩行困難になっていった。

そしてその時、かつて会社を辞めるきっかけとなったのが、打撲したわけでもないのに突然現れた右足の薬指の付け根の激しく痛みを伴う小さな内出血だったことを思い出した。
その時は右足だったので、車も運転できず、近くの病院に行くのにタクシーを呼んだことを思い出した。
その病院では「何だろう?とりあえず湿布出すんで貼っといて。」ということだったのだけど、暫く歩けず、出られず、そのうち何とかクッション性の高い運動靴を履いて出社するようになったのだけど、バランスが崩れて全身がおかしくなり、ついには辞めるに至ってしまった。

その時のことと今とを考えると、表面には出ていない状況、精神状態が似ていることに気づく。
そして、足の小さな症状も、人を歩けなくさせるという意味では決して侮れないということ、でもこれが例えば脳内ではなく、その場所に出ていることの意味、有り難さ?などということを考えた。

そして、朝起きて、またどこか違う病院に…と思っていた時にふと、528Hzチューナーを持っていることを思い出し、ダメ元で鳴らしてグリップを患部に当てて施術してみた。
一番最初、患部に当てた時、いつものかなりの痛みがあったのが、結果的に5回ほど施術してみたのだが、その度ごとに和らいでいき、やがて歩く際あまり気にならないまでになった。
今でも多少痛みはあるが、二軒目の医院で言われた「すぐ治るようなものではなく、2週間ごとの施術でぼちぼち削いでいってかなり時間がかかる。」ようなものではないのだと思った。

一見原因不明のようでいて、何か奥の方で「もつれて」いるような類いの、いわゆる「現代医学的にお手上げ」的なものに関しては特に有効だと思った。

ーーー

チューナーが与えるものは音の振動。
よく波長が合うとか、波動が・・とか言うけれど、
人と人との出会いもそのようなものではないかと改めて思った。

よく、「ヘンな人と繋がりたくないから」という理由で、色々なことを隠して隠して・・・という人がいるけれど、
それよりむしろ、自分の人間性・・というか、在りたい自分・・というか、うーん・・とにかく「その状態がしんどくない自分」というのをドーンとさらけ出してオープンにすれば、自ずとその波長に合った人だけが繋がってくる。
そういうことを確信した。

例えば、最近旦那が自分のカイロプラクティックの技を伝える塾を開くにあたりランダムなポスティングを利用したり、
私もこの2月(う~む、改めて今まだ12月なので「昨2月」ではなく「この2月なのだと実感。)にラ・ネージュを再会するにあたり、建物前に告知を出したりしてかなりオープンにしているけれど、
結局告知のツールなども既に何らかの波動を発しているからそれに惹かれる人しかこないので、「ヘンな人が来たらどうしよう?」と恐れる必要はないとだんだん解ってきた。

とにかく、自分らしく凛としていることが、自分の置かれている状況をしんどくしないコツなのだとわかった。

皆様にもぜひオススメします。

ーーーーー

電車の中でFacebookの近況にアップするためにiPhoneで打っていたものが、思いの外長くなり、かといってFacebookのノートという感じでもなくなったので、久しぶりのブログへの投稿となった。

そして、帰って続きを「執筆」の為に自分へのクリスマスプレゼント?として購入した新しいMacBook Airで書いている。

既にここに書いたすべてが「ご自愛ください」に繋がっている。

どうぞ皆様、ご自愛ください。
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別にそう決めたからこちらに書き渋ったというわけではなく、2月にラ・ネージュを再始動させてからというもの、イベントの実施と報告と告知に追われていて、それもFacebookが色々なことがやりやすくて、FBをしていない人向けのラ・ネージュのことに関するアメブロも立ち上げたものの、そこまで手が回らず‥。
ここやそこに書けないくらい怒濤の日々を送っています。

それなのに何時書くねんビックリマークというところですが、何としても秋頃には本を出そうと思っています。
そう言えば、ラ・ネージュも20周年だし。

それについて「打ち合わせ」と称して、一昨日、一昨々日と東京に行ってきました。
それについてFBに書いたことのほぼコピペなのですが、どんなもんでしょう??

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なんか、リアルにもFBでも新しい出会いと再会が加速!!

今朝、恐れていた?旦那からの質問「ところで、本の件はどうなったんや」が飛んできましたが、まず、打ち合わせの相手、Oさんからヒントをもらって、その後、色々な人とお話しする中、「自分の特徴」「特長」のようなものが見えて来た。

もう一つの訪問テーマであった「展覧会」からも、色々なヒントをもらいました。
特に、作品を出していたNちゃんが、明日展覧会場でされる小説家の方との対談の為に、各自年表(という名の作品)を執筆、ということから。

そして、なんで?と、思ったのですが、「あまちゃん」の前後のテレビで古内東子が出ていて、「音楽を届けたい」みたいなことで、かつてのアリーナのような大規模会場でするコンサートから、こぢんまりしたところに活動の場を移している、という話題だったのだけど、「それ」を「私」が見た、というところに意味有りと‥。

オカネを追求すると、大規模なところで大人数で、ということになるのは必然だのですが、
心の充足を追求すると、やはり、少人数で、個々が繋がっているという実感を持てた方がいいに決まっている。

ラ・ネージュを再開しだして、私の動員力が足りず、オカネという面では、ご一緒くださる方に(実は私自身にもf^ ^)迷惑をかけてしまうのだが、それに甘えていいのか悪いのかは解らないけど、終わった後一様に「他では得られない何かが得られました」「人数じゃない、ということが解りました」と、おっしゃってくださるんです。

もちろん、大人数で大規模にすることの良さもよくよくわかっていますよ。
だから、棚田で千人達歩の中に加わることにワクワクします。

でも、それだけではない、何と言うのでしょう…
離れているけど確かに繋がっているという実感は、
「一緒にいるけど不安」という感覚の対極にあり、

多分、お陰様で、私はそれを沢山持っていて、(それはもちろん私に限った話ではないのですが)私とその人とのそれは、他と置き替えることが、きっとできないのだと思うのです。

だから多分、何かの組織に属していて、そこでの肩書きがその人のidentityになっている人とも対極にいるのだと思います。

で!価格据え置きで、その「少人数」の醍醐味を一生涯味わい尽くす為にも、「本」を売らなければならないのだ~~~~~!

「本」の打ち合わせは一瞬のように見えましたが、その後の色々な人との色々なお話(京都に帰って来てからも)の間もブレストしてまして、その中で浮かんだ感じですが、

1:それこそ、年表、と、申しますが、私がどこから来て、何をして来たのか。

2:その時々に出会った方々の私評。

3:その色々な経験を肥やしにして、今思うこと。

ほんとうに大切なことは、数値化も言語化もできない…みたいなこと??

の3つを同時リリースという感じでしょうか?

2に関しては、去年、手術前に、「もし、今、忍ぶ草を書くとしたら」的にお願いした時、一人を除いて誰にも乗ってもらえなかったのですが、こういう依頼の仕方だったら書いていただけますか?
「私と四方有紀」みたいな感じでA41枚、みたいな。
私じゃなくて、編集者的な人の依頼だったらもっと聞いてくれる??
アートプロジェクトみたいにしちゃおうかなあ~!

はっきり言って、一カ所に長く滞在していたら、これほど色々な人と出会えてはいないんで。色々な方から「強烈なインパクトを残して去って行った」と評されているんですが、その感じ、っていうのが私にはさっぱりわからないので、2:は、私にとってはとても興味深いです。

会社勤めも半年間の出向期間を合わせて1年半しかしていませんしね。
その間に、務めていた会社及び仕事で関係した方々以外にここでもまだ繋がっている双子ビルのもう一方の同期とも繋がりましたもんね!

長くてすみません。長いから、久しぶりにブログにコピペして、ブログでしか繋がっていない人達にもアピールしておこう。

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これを読んでいる方で、私とリアルにも繋がっている方、
きっと2の依頼が行きますよ。

出た暁には本を買って、勧めて下さい!
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そもそも毎日、毎年が怒濤のような私ではあるけれど、それにしてもこの1月後半から3月一杯にかけては怒濤で、毎日毎日、色々な人との出会いで「インプット」もあるにせよ、「アウトプット」をせねばならず、“読書をする”とか“映画を観る”というような意味でのインプットは殆どできなかった。
まあ、一時期毎日のように読んだり見たりする…という日々もあったことを思えば、トータルとしてのバランスはそれでも保てているのかもしれないけれど。


そして、そんな昨日。
面白そうなイベントもあったのだけど、敢えて行くことはせず、うちで静養。
ほんとうはアウトプット系の“しなければならないこと”もあるのだけれど、それはちょっとうっちゃって、いつかその“読書会”をラ・ネージュでしたいなあ~という思いもあって、敢えて積んだままだった「超訳・論語」を遂に読み出した。

そうしたら、やはり 読むべき時期 だったからなのか、このところ、自分なりに、色々な人と会ってお話しする中で考えて、おぼろげながらある真理のような形でまとまりつつあったことがそのままのような形でそこにあり、共感の嵐の中、一気に読み終えた。
ここで言われているようなことが教えられていなというか、実現されていないというか…やはり、自分も思うし、著者の安冨歩さんが別の著作でおっしゃっていたように、やっぱりこの世の中 トチ狂っているんだなあ…。

というふうに思う中、今回の表題は、
孔子の弟子が、孔子に「私は何に相当しましょうか」と尋ね、「きみは器だ」と答え、「何の器でしょうか」と問うたことに対する答えだ。
これは、全ての人に言えることなのだと思う。

この頃ようやく、一部で、「身体は食べたものからできる(~しかできない)(だから、なるべくいいものを採りましょう)」という考え方が出て来ているような気がする。

心だってそうだ。
あらゆる匂い、音、目に飛び込む景色…………。全てが私達の形成に関連している。
そういう意味においては、そこを解っている人達が、無防備にいる人達に、意図的に悪いものを放出しているような、そんな気がする。

もちろん、それに気付いた人からできるだけそういうものを避ける…というのは大事なことだ。

けれど、全てに言えることだけど、「自分だけがよい」なんていうことは有り得ないのだ。

全部がよくならないと、自分もよくはなれないのだ。

ーーーーーーーー

表題に沿って、こういう流れになったが、
それにも関連して、ひとつ言いたいことがある。

それは、「何が子どもの為か」ということだ。



身近を見ていて、子どもの為にはものすごい金額をつぎ込んでいたり、子どもの~~代の為に身をすり減らしている人を沢山見る。
子どもには数十万数百万、でも、自分の為には数千円も出さない的な…。


ものすごく語弊があるのですが、
そこで、バランスが取れていたら別にいいと思うのです。
子どもにも数十万数百万、そして、自分にも数十万数百万的に。
問題は、そこにアンバランスがある場合。



子どもの側から、大人を見た時、その大人って魅力的でしょうか?



大人自身が、楽しそう、でなければ、子どもは大人になりたくない、と、思うのです。

個人的には、少子高齢化の大きな原因はそこにあると思っています。


もちろん、生後3年くらいは、大人がある程度自分を犠牲にしてでも子どもを守らないと、子どもが生存できない時期もあると思います。でも、それ以降は、子ども自身でも、かなり何とかなると思います。
むしろ、子ども同士協力して何とかなる能力をつけさせるべきかと…。

自分自身のヴァージョン・アップ。

そして、やがて来る、親の言うことが素直に聞けない時期のために、筋交いになってくれる大人となる、自分自身の仲間、子どもからしての頼れる素敵な大人を、色々な方向に増やしておくことが、何よりの大人の務めではないか、そんな風に思います。





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