・象のはな子はなぜタイから日本に贈られたのか ~タイの見た日本~
テーマ:アジアが見た太平洋戦争8月4日(土)にフジテレビ系で「象のはな子」のドラマ が放送されていました。有名な戦時中に殺されなければならなかった象の花子の話、そして戦後すぐにタイから贈られ、今尚元気に生きている二代目はな子と、はな子と共に生涯を生きた飼育員の話でした。
その中で、戦後タイから贈られた象のはな子について番組中ではあまり詳細についてまでは触れられていなかったように思えますので、少し補足したいと思います。実は、過去にこの話は当Blogで取り上げたこと があります。重複もしますが、かなり前の記事になりますので再度掲載してみたいと思います。
「日本国民は餓死寸前の時でありました。日本中が焼け野原でした。そして皇族も華族もいなくなり、有力な軍人と賢明な役人と高潔な政治家は牢に叩き込まれて誰もいません。アメリカはそっくり返って威張っている。団員は、『こんな気の毒な日本を見ていられるか。』と口々に言いました。だから、私に向かって池田勇人蔵相が熱心に払えない理由を釈明していたけれど、全然聞いていなかったのです。」
タイ王国 元貸与金返還交渉使節団 ソムアン・サラサス最高顧問帰国後、ソムアン顧問はこのように報告し、最終的に1959年、20億バーツ(当時の換算で10億ドル以上)の巨額な日本側の借金を、実に40分の1の2,500万ドルにまで値引きに応じてくれたのである。また、後日こう振り返っている。
「国に帰ったら、殺されるかな。」とフッと思った。けれど、「まあいいや、友邦日本は悲惨な状態なんだから。」と自分に言い聞かせました。団員も同じ気持ちだったのです。
更に、ソムアン顧問とその父で戦前に経済相を務めたプラ・サラサス氏は、「あまりにも日本の子供達がかわいそうだ。」と言って、私費で象の「花子さん」と米10トンを贈っている。プラ・サラサス氏はまた、マッカーサーと直接会って、「将来、アメリカはソ連とかならず対決する日が来る。その時、力になるのは日本である。日本をいじめる事は、アメリカの為にも、アジアの為にもならない。」と進言している。
また、有名な話ですが、タイの元首相であるククリット・プラモード元首相の言葉もここに紹介しておきます。これは、「サイヤム・ラット」紙に「12月8日」と題して記されたものです。
日本のおかげでアジア諸国は全て独立した。日本というお母さんは難産してその母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。こんにち東南アジア諸国民が、米・英と対等に話しができるのはいったい誰のお陰であるか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあった為である。12月8日は我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して、重大決心をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない。
タイは太平洋戦争時には欧米に侵略されていない数少ない独立国の一つであり、日本と同盟を結んでいました。その為早くから日本軍が駐屯し、各種の協力を求められました。中でも、戦場に架ける橋で有名な泰緬鉄道建設時にはタイ人も多数動員され、過酷な労働を強要されたという面もありました。
日本の同盟国という立場であった為、他のアジア諸国と立場は多少違うかもしれませんが、戦中の日本を戦後このように表現し、想ってくれている国もあるのだということを我々日本人は知っておく必要があります。しかしながら、こういう話を少なくとも学校教育、マスコミ報道から私は触れたことはないように思います。
タイのほかにも、他の東南アジア諸国では教科書にククリット・プラモード元首相と同義の意味合いの言葉が記されていたり、要人が同様の発言をしています。それこそが唯一の真理であると言い切るつもりはありませんが、中国など一部の国が発する情報だけに触れていると、太平洋戦争中に日本が駐屯した国は全て日本を嫌っており、日本は悪の元凶以外の何者でもないという固定観念に囚われてしまいがちですが、そのような一方的な情報だけではまた真理は見えてきません。
まだまだ自虐史観教育に苛まれている日本では、このような情報に触れる機会はまだまだ少ないですが、我々は知る必要があるのです。
参考書籍:
アジアに生きる大東亜戦争
ASEANセンター
山川 宏治





























1 ■タイ人
いい話ですね。
タイの人らしい感覚だと思います。
もっと早くこの話を知っておきたかったですね。