2005年06月07日(火)

独りフロリダ卒業旅行④: Seven Mile Bridge

テーマ:路上(旅の記憶)

お久しぶりです。毎日20人なり30人なりがここを訪れては鼻で笑って通り過ぎているようですが、フロリダ旅行記にもそろそろ飽きが来る頃でしょうか。というか僕自身の記憶がぼんやりしてきたからねー、、、早めに終わらせたいなと。このように思うわけです。でも書けば書くほど、思い出したりするわけで。


ではでは、独りフロリダ卒業旅行③ からの続き。


(前回。フロリダ2日目。米国本土最南端の地 「キー・ウェスト (Key West)」 を目指すものの、セブン・マイル・ブリッジ (橋。有名な橋) で夕日を見ることができないと分かるやいなや、計画は3日目に延期され、適当な場所で適当に時間を潰し、適当なビールを飲み、適度に気持ち良くなり、「ホテルにチェックインする」 などという行動に意味を見出すことが困難になり (酔いって怖いね)、車の後部座席で横になった)


「壁と屋根があれば十分だよねー」 と何かにつけて言いまわっている僕も車の後部座席の傾きには閉口した。やはり車、寝るようには設計されておらず、狭くて寝返りが打てないどころか、常にトランク側に少し傾いている状態での睡眠。分かるかな。座りやすいようにと、後部座席は少し、ほんの少しだけ、後方に傾いてるわけね。座ってるだけじゃ意外と分からないものだけど。これが結構キツイ。いっそのこと外で寝ようかと思ったけど、「ん、そこまで気を抜いて良いものでしょうか」 と自問したらば、自答はノー。ノーノーノー。こ

こはフロリダ、異国の地。


朝。


5月11日水曜日。大学卒業後の独り旅。気まぐれに選んだフロリダでの旅は3日目を迎えた。土曜日の朝のフライトで成田へ飛ぶ。残りは丸々3日(水、木、金)で、土曜日の早朝にフライト。


アラームを7時にセットしていたものの、5時頃に目が覚める。身体は汗でぐっしょり。なに、この不快感。なに、この身体のダルさ。やっぱりホテルって数千円の価値あるのね。なんて、ちょっと弱い心が顔を出すけど、ここは気合あるのみと、水も飲まず顔も洗わずにレンタル2日目のフォードTAURUSのエンジンをかける。じゃるるるん。おはようさん、今日も君は快調だね。僕は非常にダルいよ。ごめんな。こんな主人で。


さぁ行こうか相棒。キー・ウェストへ。


5時に起きたもんだから、車なんてほとんどいない。いやっほい。こりゃええわい。僕はUS1 (国道1号みたいなものかな) を時速110マイル (時速175キロ以上) で飛ばしたりして、至ってご機嫌。平時は100キロほどで走り、テンションが上がるとアクセルを踏みたいだけ踏んだ。ばか。今思うとなんて命知らずな、なんて無謀なと思う。だってさ、免許取ったのはほんの数ヶ月前なのだよ。あはは。死んでも文句は言っちゃ駄目よ決して言っちゃ駄目よ、と、そういう瞬間だったわけです。


3車線の広い道路を右へ左へ、遅い車をバシバシ抜いてゆく。ああ。小気味良い。間違いなく、あの朝、US1において最速は僕だった。←阿呆が一瞬自己陶酔、の図。


すまぬ。運転してるのは初心者マークを必要とする小僧なのよ。ただ寝不足でテンションが上がっちゃった小僧なのよ。すまぬ、フロリダ。


数時間後、気づかぬうちにセブン・マイル・ブリッジを走っていた。びっくりだ。思わず 「だーーー!!!」 と叫んでいた自分。その場の雰囲気・感動を考えれば極自然な叫びであったと思うね。


海の上を走ること十数キロ。


海と、空と、長い橋。青い海と空は本当は一つに繋がっているのに、このセブン・マイル・ブリッジという橋で一時的に引き裂かれている。そんな感じがしてなんだか少し、神々しい。


だーーー!!!


続く

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2005年06月01日(水)

独りフロリダ卒業旅行③: palm trees

テーマ:路上(旅の記憶)

ここしばらくエントリーが「続きもの」であるけれど、どこから読むのもありっちゃあり。「なるほど、こんな日本人旅行者がフロリダに数日間いたのね」 という緩い感じで読んで欲しいです。「なるほどなるほど、免許取立ての日本人がフロリダをレンタル車で旅して、一方通行の道に三度迷い込んで、そのたびに正面衝突の危険があったわけね」 という緩い感じで読んでください。一方通行って嫌だね。お前は静脈かと、ね、訊きたくなる。そうでもない。


独りフロリダ卒業旅行② からの続き。


5月10日火曜日。フロリダ2日目。


とにかく2つのスーツケースが重い。2日目にしてギブ。


1つ実家に送っちまおう。


近くの郵便局で片方 (古くて転がりが悪い方) を実家に送る。よし。身軽だ。これでもう、横断歩道を渡っていて 「可哀相に」 という目で見られることがない。両サイドにスーツケース、背中にバックパック、肩にギターという無茶な移動にサヨナラ。小さな段差に古いスーツケースが突っかかってイライラすることがない。プライスレス。


プライスレスを味わうための費用、60ドル。船便だけど6000円。憤慨。



さて、車を借りようか。


借りたいけど、どこで借りられるか、どんな会社があるか全く知らぬ日本人旅行者(僕)。


道行く黒人の小母さんなどに情報提供を求め、手にいれた情報を元に会社を探す。


イタリア出身という陽気な小母さんがフロントにいるレンタル会社に辿り着く。「すぐ乗れるよ」と言っていたが、戻ってくる予定の車が途中で事故ったらしく、別の車が到着する夕方まで待つことに。その間、ビーチで過ごすことにする。


温かい砂の上に座って本を読んでいると僕の右側10メートルの地点に白人女性がやって来た。そこで、いきなり、トップレス。トップレスになって太陽と対峙する勇気ある白人女性。んー、勇気あるよね。その勇気を学ばせてくれ!なんて (エッチな気持ちがこれっぽちもない) 紳士的な態度で (横目で) 眺めてたけど、あれって不思議ですね、1分も経つと飽きるんです。最初は (紳士的に) 「パラダイス!」とか思ってたけど、1分もするとどうでもよくなる。「どうでもよい」 というべきか、「それでもよい」 というべきか。


「それでもよい」 けど、どっちかというと、快活に海で泳ぎまわり、疲れて戻ってきた水着女性の方が (紳士的に) 好感が持てる。


***「紳士的に」 を 「男として」 に変えてもらっても問題ありません。どっちかってーと、後者の意味。


夕方、4日間(5月10日、11日、12日、13日)お世話になる車と対面。おお。車到着が遅れたお詫びか、予定よりグレードが高い車になってた。さらに、4日借りても3日分の料金でいいです、と言う。フォードのTAURUS。トーラスっつーのかな。


走り始めてすぐ感じたね。


すんごい滑らか。バターみたい。なにその例え。


とにかくね、道路とタイヤって同じ材質なの!?って訊きたくなるくらい滑らか。ヌルヌルヌルー、って進むのね。今の表現であってると思うけど。そんな車でフロリダの街をグルグルまわる。まずは都会での運転に慣れよう、という思惑。


そんでおもむろに南西に向かう。キー・ウェストに行こう。ぐいんぐいん加速。その直後、渋滞にはまる。なんたること。まあいい。こういうのもあり。夕方は世界中どこも渋滞なんだから。


途中、日本食屋を見つけたので迷わず入店。そして寿司&味噌汁&日本茶。嗚呼、もうキー・ウェストなんてどうでもいいです、将来は味噌汁の具になりたいです、なんて思いながら勘定を払い、幸せの満腹で再びキー・ウェストを目指す心意気。店を出る前に店員様 (東南アジア系。ちなみに日本人はいなかった) に質問。


「日の入りをセブン・マイル・ブリッジから見たいんだけど、間に合う?」

「全然間に合わないよ」

「あ、そう」


そんなやりとりがあり、キー・ウェストには次の日に行くことに決定。日の入りが見れないなら焦って今日中に行く必要なし。そんなわけで近くの 「バーやレストランが密集する地区」 へ向かった。そこでスムージーを飲んだり、ビールを飲んだり、女性店員の刺青 (うなじに「美」。肩に「神」) に感心したりしてるうち、ホテル探すのが面倒になった。そんなわけで、車の後部席にて就寝 (コイン駐車場)。


寝る直前に、ヤシの木に囲まれてしたスタンディング御小水が気持ちよかった。揺れる木、揺れる僕。宇宙を感じる。僕の御小水は風に揺れながらも綺麗な、相当に綺麗な、放物線を描いたのです。


酔っ払いながらの立ちションを美化。


独りフロリダ卒業旅行④へ続く。


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2005年05月27日(金)

独りフロリダ卒業旅行②: backpackerism

テーマ:路上(旅の記憶)

独りフロリダ卒業旅行① からの続き。


これぞバックパッカーですってな気軽さで旅をはじめたわけだけど、ほら、2つもスーツケースを引きずってるし、ギターは背負ってるし、全く小回りが利かないしで、純粋なバックパッカーからは程遠い。


持ち物は、①縦60センチほどのバックパック (中身:コンピュータなど)、②大きめのスーツケース (スーツ、服、楽器、ガラクタ)、③小さめのスーツケース (楽器と服)、④ソフトカバーに入ったアコースティック・ギター。


こんなん絶対にバックパッカーと呼ばないのであって、バックパッカーism (backpackerism) を胸に秘めた、ただの阿呆面した無計画な旅行者であるわけ。 旅に慣れたとはいえあまりにも適当。


宿は決めてない

行くところは決めてない

観光も別にするつもりじゃない

案内してくれる友達がいるわけじゃない

ただ海の近くに行きたかっただけ


おい、自分よ、目を覚ませ!という程の適当さ。無計画さ。キー・ウェスト (アメリカ大陸最南端の地) に行こうかな、くらいしか計画的なものはない阿呆。 唯一決めていた 「車を借りる」 ということに関してもレンタル会社の比較及び車の予約は全く していないわけ。これはもう無計画というか夢軽客 (夢見心地で短慮軽率な旅行者の意) である。訳の分からない造語を作っていないで、さっさと話を前に進めなさいよ。はい。


運転手に 「どちらへ?」 と訊かれて 「へ?」 ってなったところから、続き。


とりあえず、シャトルバスの運転手には 「サウスビーチの真ん中くらいで降ります」 と告げた。運転手もはじめてのことらしく 「ホテルは?目的地の住所は?」 と執拗に訊いてくるものの、「いや、何も決めてないからさ、街の真ん中あたりで降りたいわけね」 と、適当にも「程」があると思うのだけど、ここは一旦その「程」というやつを忘れて、堂々言い切った。よし。


***ちなみに「サウスビーチ」とは街名、だよね。「サウスビーチ」というビーチはあるけど、そのビーチの周辺を「サウスビーチ」っていう街名にしてるんだね。ですよね?違ってたら思いっきり横っ面を張ってください。


いきなりだけど、無計画に不慣れな場所を移動していると 「旅をしてるな」 という気がするのね。1時間後に自分がどこにいるのか予想できない旅。ね。運命や縁やタイミングというやつに任せてみると、旅はとても楽しい。とても自由。失敗したな、とか、計画通りに行かなかったな、とイライラすることがまず少ない。


はじめから計画しなければ、ちょっとくらい物事がスムーズに進まなくてもイライラしないと思いますね。だって、イライラする背景には「目的が達成されない・計画通りに進まない」という「土台が崩れる」感覚があるわけですよね。その土台がそもそも存在しなければどうでしょう。一瞬一瞬、縁やタイミングを積み重ねてオリジナルの旅をつくるのみ。そんな旅が僕は好き。




サウスビーチについて、宿を探そうと思ったけど、あまりにも荷物が多いもんで20メートル歩いただけで、フラフラする。スモールライトを2万円くらいで買いたいけど、生憎フロリダでは売ってないらしい。東京、秋葉原なら売っているのに。売ってるよね。ん?もうちょい先か。


ダルくなった僕は一番近くのホテルへ。フロントにいた綺麗なラテン系の女性、1泊69ドルだとぬかす。外でも寝れるこの気候、70ドルも出してベッドを確保するなんて馬鹿らしい。しかしここは異国の地、アメリカ合衆国。パスポートなど大事な所持品もある。月曜日 (5月9日) から土曜日 (5月14日) の朝までと旅の時間も限られている。ここはひとつ、時間を有効に使いたい。そんなわけで、宿、即決。


それにしても7千円もする宿なんて、、。 ビーチ沿いでこの値段は悪くないんだけどさ、でもね、んー、なんだか高いよ。数年前、寝袋持って日本国内を旅した日々を思うと贅沢に思えてならない。国道の横とかに寝て朝方にトラックの運転手に起こされたり、お寺の境内に寝て早朝の参拝者に起こされたり、ずいぶんと邪魔の多い寝床だったけど、あれはあれでとても楽しく、とても自由で、まさに僕好みの旅。


部屋に荷物を置いて、ボンゴだけ持ってビーチへと歩く。ビーチまでは2分。いい環境だね。途中でギターを弾いている男があった。一緒にちょっと演奏しようと試みるも、彼にはリズムの概念がないらしく全く演奏にならない。それならそれで良い、フリージャズと見なして演(や)ろうじゃないかと思ったものの、これ全くジャズに非ず。奇怪な音楽。


そして気づいたね。ぷ~んと辺りを取り巻くマリファナのニオイに。ピースだね、なんて言ってられないのであって、付き合ってられんよ、面倒なことに巻き込まれるのは御免ですよと。僕はそっと彼から離れて、またビーチへと歩き出した。


ビーチ!これだよこれ。まさにこれを見たかったの。目の前に広がる海というもの。畏敬の念。ははぁぁぁ。と平伏したい。そんな心境。お久しぶりでございます、海様。そんな心境。


その後、何気なく話しかけたアジア系の男性。日本人であった。それが医療関係の学会に出席中の研究者さんであり、話が弾んだ僕らは海沿いのレストランに着席。乾杯。そんで、シーフードなどを食す。いやぁ、美味いよ。ビールと海老。まいった。これにはまいった。ビールと貝。まいった。これにもまいった。ビールとカニ。まいっ(以下省略)


海風に頬をなでられ頭をイイ子イイ子されながらの食事&ビール会。ビールはSAMUEL ADAMS。いつから飲むようになったんだろう。結構好き。「アメリカのビールは薄くてあかんよ」 なんて不評を吹っ飛ばす濃厚なビールである。他にもアメリカには沢山美味しいビールがあるみたい。僕はビールよりもウィスキーなどを好む者であるから、良くは知らないけどね。ま、ウィスキーも良く知らないけどさ。


なんだかんだで二人合わせて1万円以上の食事になっちゃった。その研究者さんは卒業直後の学生に金を出させるわけにいかんよな、と考えたらしく、結局僕は財布から何も出す必要がなく、喉の奥から大きな声で 「ごちそうさまでした」 を出すだけで済んだ。いやぁ、僕も将来学生などに奢ってあげねばね。そうやって世界は平和にまわるのですな。それにしてもシーフードってやつは、美味い。


宿に戻り、ほろ酔い気分でこれからの旅について考えを巡らせる。そして、次の日(火曜日=5月10日)から車をレンタルすることに決めた。唯一の目的地、キー・ウェスト(米国本土最南端の地)に早々行ってしまおうと、そういう曖昧な考え。これとて確定じゃぁ、ないのよ。


独りフロリダ卒業旅行③ へ続く。


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2005年05月26日(木)

独りフロリダ卒業旅行①: arrival

テーマ:路上(旅の記憶)

疲れた体と軽快な心が同居するという状態は極めて珍しいのであって、僕も例外なく疲れた体には気だるい心を宿す人間なわけで、今回ばかりは特に自分の跳ねるような回復力に関心したり、満足したり。


期末テスト、卒業式、卒業式後のレスリング (参照:卒業式の前後ストーリー④ ) などで疲れ切った体は機上ですっかり回復したので、混じり気なし純度100%のワクワクを胸に、独りフロリダ卒業旅行をスタートすることができた。


フロリダの空気最高。そんな第一印象でフロリダ旅行のはじまりはじまり。


多くの人が空港からは乗り合いシャトルバスによって街中へと向かってる様子が見て取れる。と、ここで問題発生。問題というか、重要な質問が、こう、己の中から湧き出たわけね。


僕はどこへ行くの?


この質問には困った。だってどこへ行くのか決めてないから。無計画旅行に早くも「待った」がかかった。この状況はつまり、僕が行き先を決めるまでは、乗るべきシャトルバスさえ決まらないってことだね。つまりは僕次第では夜まで、いや、何日でも空港に留まることになるのじゃないか。それだけは避けねばいかんよ。


無計画で出発したのは自分なわけだから、大胆に旅の工程を作り上げる作業が自分に課せられている。あはは。そこで(ほとんどフロリダの地名を知らない)僕はシャトルバスの行き来を取り仕切っておる黒人の小父さんに「私はサウスビーチに行くのだよ」と堂々と告げ、乗るべきシャトルバスが決まったわけ。


そいでさ、10分後くらいにシャトルバスが僕の目の前に停まって、ラテン系の運転手が登場。英語よりスペイン語が上手そうな小父さんである。僕の荷物を軽々と持ち上げ、シャトルバス(バンくらいの大きさの車)の後ろに積む。そいで僕のギターもひょいっと持ち上げて投げるように入れたもんで、僕はカチンときた。滅多にカチンとこないけど、カチン。ちょっと語調が強まる。


あのさー、それって僕の娘みたいなもんなんですけど、楽器の扱いかた、知らないの?自分の娘をそんな風に投げられたら、どう思います? 
(Hey, that guitar is just like my daughter, you know. Haven't you handled musical instruments before? And how do you think you'd feel if I threw your daughter like you just did?)


なんてことをしっかり目を見据えて言いますと、運転手の小父さんは申し訳ないという顔になり、シャトルバスを取り仕切る黒人の小父さんも 「車に持ち込んで自分で抱えていてくださいな、わてら、壊れても補償できないですから」 なんてことを言う。そりゃそうだ。自分の娘を他人に託そうとした僕が悪かった。サッと持ち上げられたときにサッと取り返すべきだった。すまん、娘よ。


そんなわけで車に乗り込む。そこでまた問題発生。運転手が僕に訊くわけね。


「どちらへ?」
と。


僕は「へ?」ってなったね。うん。「へ?」ってなった。何故って、目的地を決めてなかったからですな。「サウスビーチへ行く」 とは告げていたものの、それは地名を知っていたからであって、別段そこに何があるわけではない。困った。


独りフロリダ卒業旅行②

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2004年05月01日(土)

帰り道 (読むのに5分)

テーマ:路上(旅の記憶)

2003年初夏、アメリカ南部のルイジアナ州にあるニューオリンズという街へ行ったんです。ニューオリンズはジャズとマルディグラの街。



4月下旬から5月上旬にかけて毎年ジャズフェスティバルが開かれる。その期間は街がジャズ一色に染まる。



2月にはマルディグラなるお祭りがあり、その期間は街がオパイ一色に染まる。祭りに狂った女の子、お姉さん、お母さん、 果てはお婆さんまでもがシャツをまくり上げてオパイを風に晒すのです。一見すると世界はとても平和であるようです。 僕は5月下旬に行ったのだけど、季節外れのオパイを10オパイくらい偶然目撃。 偶然右手にカメラを握りしめていたもので、偶然シャッターを切りまして、偶然現像に出してみたところ、 偶然にもオパイがど真ん中に写っていました。2つも。

 

 

それらの写真を見るたびに世界は平和であるような錯覚に陥り、数秒間幸せな気持ちになれるのです。 そんなわけで、ある種麻薬のような効果を持つこの写真は現在机の奥にしまい込まれています。



偶然撮れた写真の話なんかするつもりではなくて、とにかく2月でなくても一年中お祭り騒ぎであるような印象を受けましたよ、と報告したいわけです。



2003年5月、ジャズフェスティバルが終わって2週間ほどが過ぎた頃、僕は一人でバスに乗りニューオリンズへと向かいました。 自分の住む町から12時間かけてニューオリンズに到着。



ジャズフェスティバルが終わったばかりだろうと街が死ぬようなことはありません。毎晩ライブを見るため感じるため、街に出ました。 10日連続で毎晩バーでライブを見ながらビールを飲んで、騒いで、深夜は路上で自ら太鼓演奏。 一年間毎日拭き掃除に使った雑巾のような状態になるまで身体を酷使したものの、 なんとか生命を保ったままニューオリンズ出発の日を迎えることができました。

 

 

出発の朝はアルコールのせいなのかニューオリンズを去る悲しみのせいなのか、手が震えてました。うそ。震えてたまりますか。帰り道ももちろん12時間。長距離バスはやっぱりダルイなーという気持ちのため身体全体が非常に重たい。



出発は夕刻。太陽が「あ、先輩、お先っすー」と言いながら西へと下がって行く時刻。ニューオリンズを出発して2時間ほどで外は真っ暗になりました。



いつも異変は前触れもなく起こるもの。
僕の隣に座っていたゲイのおじさんが隙あらば僕に触ろうと試みる中、バスが大きく蛇行をはじめました。
なに?! 予期せぬバスの蛇行、隣には僕の肌を狙うゲイのおじさん。21世紀のバスはこんなにも危険なものなのかと激しく動揺しました。 おじさんの監視を一時的に解除した僕が周りの乗客を見渡しますと、全員が緊急事態を察知している様子でした。なぜバスが蛇行する。 ジグザグ走行は小学校高学年で卒業するのが成長というものなんだけど、と半ば心配気味に運転手の動向を見守りました。



その時、運転手に向かって乗客の一人が叫びました。


「運転手!!起きろ!!」


おき?!何がなんだかわからない。



乗客の叫び声によってバスの蛇行は止まった。本当に運転手は寝ていたのか。乗客全員が目を見開いて半立ち、かなりの興奮状態であります。 マイク・タイソンがホリフィールドの耳を噛み切った直後の観客席のような。そういった光景。本当に運転手は寝ていたのか。 隣のゲイのおじさんも興奮し出した。酒の臭いが毎秒激しくなっていく。おじさんが叫んだ。

 

 

「最悪だぜ、こんなバス!」

 


いや、バスもバスだけど、おまいさんの口臭が最悪だよ。と、そういったなかなか面と向かっては言いずらいフレーズを心にしまい込んだ僕は、「ホント最悪だよ」 と顔を反らしながら同意するので精一杯。



みんなの興奮が落ち着き出した数分後、またしてもバスが大きく蛇行をはじめた。 2度目の蛇行に平和を乱された乗客の心は一つに重なり、ほぼ全員が一斉に叫びました。


「運転手!!起きろ!!」


「起きろ!!おらー!!」


「どぅらぁぁぁ!!」


「寝るなぁぁ!!」


「きゃ~~!!」


まるで映画のクライマックス。


事態はかなり深刻。真っ暗闇の中を蛇行するバスが走り続ける。乗客は50人以上。子供も数人乗っている。 ちょっとした事故でも大惨事になりかねない状況。



乗客の叫び声を聞くとバスの蛇行が止まる。居眠り運転を繰り返す人間失格者が大きなハンドルを握っている。 僕ら乗客の命を握っている半分夢見心地の運転手。グーで殴ってやりたい。 そんな僕の気持ちを察したかのような絶妙のタイミングで、堪りかねた乗客の一人が運転席に駆け寄っていきました。 是非ともグーで、と祈るような気持ちで背中を見送りましたよ。

 


結局殴りこそしなかったものの、彼は運転手に勢いよく説教をはじめました。 遠くてよく聞こえなかったけど運転手も言い返している。言い訳なんぞが通じるか、このたわけ。 どんな顔でどんな言い訳をするってんだ。「道路に大きいバッタが、、、」「月明かりが目に直撃して、、、」「子供が道路わきから飛び出してきて、、、」 ってどれもボツですよ。この状況で言い訳なんか通じるわけがない。とりあえず説教が効いたらしい。その後は平穏な走行が続く。



悲劇再び。

 

そんな平和な時間は30分と続かなかった。再び蛇行を始める暴走バス。 蛇行のたびに道路幅いっぱいのところにひいてある「これ以上こっち側に寄っちゃダメ」の線上を走り「んごぉぉぉぉぉぉ」という不快な音を立てた。



死んでしまう。



こんな曖昧な態度をとり続けていては僕らみんな死んでしまう。そう思った僕は運転手のアゴを左拳で打ち抜き、運転席を乗っ取った。

 


と、そんな空想まで飛び出すほど僕の精神もギリギリだった。まず僕は免許を持っていなかった。今も持っていない(2004年5月現在)。 運転席に座ったところで事態が好転する保障はない。むしろ数秒後に大惨事だ。

 


バスが蛇行する度に僕ら乗客は叫んだ。ゲイのおじさんも叫んだ。毎回毎回酒の臭いが僕の領域で弾け飛ぶ。 もっと左を向いて叫んでくれないだろうか。バスの旅はもうしたくないと心から思った。ゲイのおじさんに肌を狙われ、 居眠り運転手のせいで命の危険にさらされる。人生でこれほど板ばさまった事態があるものか。冗談じゃない。



休憩地点に着いた。



そこで事態は急展開を見せる。外に出る乗客一同。数人が運転手に歩みより怒りを露にしている。僕もゲイのおじさんも外にでた。 ゲイのおじさんが運転手に歩みよっていく。嫌な予感がしたけど止めなかった。そして僕の予感は的中。ゲイのおじさんが運転手に向かって叫んだね。



「マザー○ァッカー!」


って。

 


あーあ、やっちまっただよ。



注:「マザーファッ○ー」 とは英語における最悪の罵り言葉の一つで"マザー"が入ってはいるものの「お前の母ちゃんでーべーそ」 などとは全く異なった次元にある。 かなり気の知れた友達に向かってふざけて言うことはあるにはあるけど、全くの他人に使うなんてのは喧嘩上等の場合のみ。



まさにゲイのおじさんは喧嘩上等。明らかに道中の酒がきいている。 アルコールが身体全体にすっかり行き届いている様子が見て取れる。そしておじさんの罵倒に運転手が切れた。警察を呼んだ。



早くオウチに帰りたい。



警察を交えてモメにモメタ結果、運転手が代えられることになった。当然だ。乗客のほぼ全員が「この運転手が運転を続けるなら、絶対乗らない」という意思を表明したことが大きい。1時間ほど休憩所で待つことになった。



そして新しい運転手が登場。



彼の姿勢の良さが妙に嬉しかったこと、今でも覚えている。この人は寝ない、と確信できる要素が欲しかった僕ら乗客。新しい運転手は背筋が95°の角度で伸びておりとても好感が持てる。姿勢が良すぎて身体が少し反れ気味なのはこの際目をつぶろう。とにかく姿勢の良さに感心したんだ。彼なら安全に目的地まで運んでくれるに違いない。 安心した乗客一同は笑顔でバスに戻った。バスは二度と蛇行しなかった。



僕の隣でゲイのおじさんは小瓶に入ったウィスキーを美味しそうに飲み続けている。 付き合いはじめて3年という彼氏の話を勝手に始めた。もうどうでもよかった。バスが安全でありさえすれば、それでいい。何も怖いものはない。その後、偶然なのか何なのかおじさんに2回くらい身体を触られた。気分を害した僕はお尻を窓側に向けて、警戒しながら寝た。



バスは予定より大分遅れて目的地に到着。



長い旅がようやく終わった。


 


 


今となっては笑って話せるけど、僕ら乗客は本気で死を意識しましたね。思い出すとまだ心臓がトクトク鳴ります。



隣に座っていたゲイのおじさんの影響も少なからずあると思うのだけど、あの日以来ずっとバスが怖い。


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