10人いたら10人の、100人いたら100人の考え方や、捉え方があると思う。
今日のblog記事は、私の個人的に感じた事、思った事をそのままを書きますのでご了承下さい。
福島に住んでいる私は、あの日から、毎日いろんな事を考える。
この前、とある仮設住宅に併設されている食堂で、ご飯を食べてきた。
お客様と、お店の方の会話に耳を傾けていると、同じ県内に住んでいても、抱える問題も違うし、かなりのアウェイ感。
でもそれが、原発の影響で、家があるのにそこに住めない・帰れない人達と、数値はわりと低いけれど、まだ除染はされずに住んでいる人との抱える問題の違いなんだな…と思った。(今年の六魂祭は福島で開催されます。急ピッチで除染してますが…本当にやらなければならないところ、あるよね?って言いたい。6番目の開催場所で良かったのに…とも思う)
時々、仙台に遊びに行くけれど、こんなにきらびやかで(仙台市内でも、被害が大きかった場所もあるけれど)何事もなかったような生活を送ってて、私があの日、テレビや新聞等で見た場所は、今はどうなっているんだろう…と、ずっと思ってた。
これからの事について、いろんな事を考えたかったから、興味本意でも、冷やかしでもなく、自分が昔、保育士をしてたっていう事もあったし、未来ある沢山の子供達が津波の犠牲になった大川小学校へ、お花を持って、手を合わせに行ってきた。
大川小学校へ行くまでの道中、石巻の中心部は、道路も整えられて、観光地へ向かう車でいっぱいだったし、一瞬、もう復興してるんじゃない?って錯覚を起こすくらいだった。
けれど、被害が大きかった場所に向かうにつれ、さすがに、込み上げるものがあった。
テレビで報道される部分は、多分、観光スポットになる中心部だろうし、本当に被害が大きかった場所は、まだまだ、復興なんて程遠くて、そんな状況を見て、胸が痛くなった。
風化させないこと、忘れてはいけないこと、語り継ぐことは、大切な事だとは思う。
だからなのか、沢山の人が大川小学校を訪れていた。
他県ナンバーの車がズラリと並んでいたのにもびっくりした。
けれど…手を合わせる訳でもなく、カメラや携帯で写真を撮る姿や、立ち入り禁止の場所に入って行って撮影したり、Vサインして記念撮影をして帰る人もいて…
そこが観光スポットみたいになっていて(普段は、観光バスも訪れるみたいですが)私は、そこの住民でもなければ、出身でもないけれど、正直悲しかった。
ご家族はそんな事は、望んでないと思うのに。
冷やかしでもなく、興味本意で行った訳でもなく、犠牲になった子供達に手を合わせてきたけれど、地元の人からしたら、私のしてきた行為も、観光スポットみたいに訪れた人と何も変わらないって思われているんだろうな…とも思った。
同じ石巻でも、本当に被害が大きかった場所と、中心部との温度差も、抱える問題もそれぞれあって、福島でもそうだし、岩手でもそうなんだろうな…とも思った。
何にも出来ない自分に情けなくもなったし、いろんな事を考えたし、申し訳ない想いばかりだった。
blogを書く事は、正直躊躇った。
けれど、書く事で、私が振り返って読んだ時の記録と、テレビから流れる映像が全てではないので、このblogを読んだ方が、少しでも、自分の目で見て、何かを感じたい…と思って頂けたら…と思ったので、文章力がないけれど書いてみました。
今回訪れた事は、そこに住んでいる人からしたら、迷惑行為だったかも知れない…経験した訳でもないし、どうせ、こっちの気持ちなんてわからないだろう?って、きっと思っているだろうな、とも…
そんな事を思っていなくても、何だか申し訳ない気持ちと、反省の気持ちでいっぱいだった。
けれど、肌で感じてくることで、いろんな事を思い、これからの支援や復興のあり方を考えさせられた1日になりました。
あの日、3月11日のことは忘れてはいけないこと。
何となく、テレビだけを見ていると、さも復興しちゃったように報道されているけれど、未だ復興したとは言えない状況。
風化してもいけないし、させてもいけない。
語り継ぐ事も、大切なこと。
被災地を訪れて、買い物したり、食事をしたり、観光したり…お金を落とす事も大切なことだと思うし、一番は、そこに住んでいる人の気持ちになって考え、寄り添って考えて行く事も大切なことなんじゃないかなと、改めて思いました。
長々と、拙い文を読んで頂きまして、ありがとうございました。




