表情の改善が精神症状の改善に先行すること | kyupinの日記 気が向けば更新

表情の改善が精神症状の改善に先行すること

表情の改善と精神症状全般の改善に、タイムラグが生じることがある。

普通、表情の改善は精神症状全般の改善に先行することが多い。統合失調症の人の場合、それほどタイムラグがないが、広汎性発達障害ではけっこうラグが大きく、内面の改善がなかなか追いつかないことがある。


統合失調症の人は表情の改善がそのまま内面の改善に沿っているため、概ね表情の改善を指標に出来る。しかし、表情の改善が見られても芯が抜けた虚脱のような状況もあり、すぐに働けるかと言うとそうでもない。つまり精神の体力のようなものが回復していない。

一方、広汎性発達障害の人では、一般の健康な人と見違えるほど表情が改善しているのに、内面は全然良くなっていないという現象はよくみられる。この方がむしろ普通の臨床経過である。(このような経過だと、良くなっているのにやる気がないとか、怠けていると思われやすい)

だから、表情が良くなったからと言って、

貴方はずいぶん改善している。とか

とても良くなって良かったね。

などと主治医、看護師、家族などが言った場合、

自分は誰からも理解されていない。

などと感じるケースも多い。それどころか反論されて文句を言われることもある(誤魔化していると思う)。これは本人の孤立感を深めることになりかねない。その大きな理由は実際、内面がまだ全然良くなっていないからである。もちろん、相手がそう言う理由を好意に受け取れないことも大きい。

うつ状態の人に「激励して良いのか?」の話が過去ログにあるが、古典的うつ病の自責的な状態では好ましくないが、このような人たちも「逃れられない窮地に追い込む」ため不適切である。

つまり激励の可否は精神疾患のタイプによる。100%ダメという考え方が古臭いのである。(だから国家試験の禁忌問題とするのはどうかと思う)

このような広汎性発達障害の人の内面の回復は外見(つまり表情)の回復に比べ、3年くらい遅れる。悪くすると5年。しかしながら、1年程度でも、かなり表情から見える精神症状に寄り添う状態にはなっている。

なぜここまで時間がかかるかというと、やはり器質性だからでしょうねぇ・・

広汎性発達障害の人たちに、治療中、このような表情の改善を伝えることは無意味ではない。しかし確固たる証拠がないと彼らは信用しない。実感が良くなっていない以上。

逆に言えば、証拠がないなら信頼関係を損なうので迂闊に言わない方が良いくらいである。

伝えることが無意味ではない理由だが、時間をかけて入院治療をしているのに、以前より治療が前進していることを感じられる方が本人の励みになるから。これは精神科に限らず医療では普遍的なものである。

1つの方法として、入院患者さんでは入院当初に本人にお願いして写真を撮影しておく。本人が嫌がる場合はもちろん撮影しない。しかし入院して1ヶ月くらい経つと、けっこう撮影させてくれることも多い。

そうして、その写真を見比べてもらうのである。広汎性発達障害でもこのような画像(表情)の判断ができるタイプの人は、自分の写真を見て愕然とする。主治医や看護師が言った通り、表情が様変わりするほど良くなっているからである。

ここで彼らは「自分は快方に向かっている」といった感覚を持つことができる。それでもなお、内面が良くない理由がわからないのであるが。(だから上に書いたようなサポートが必要)

このようにわりあい説明していても、エアポケットに落ち込んだ時はどうにもならない面はある。彼らには思考面の「視野狭窄」があるため、その時はわかっているように見えても、いったん悪化すると、「もうどうでもよくなるから」である。

今回、この記事をアップした理由だが、この表情と内面の改善のタイムラグの期間は非常に対応が難しい「危険な時間」であることを指摘したいから。

症状が良くなっている過程では、病状にうねりが生じ、些細なことで失望~絶望しやすい。確かに良くなっているのに、本人はそうは思わないからである。この期間は自殺のリスクが高くなっている。

このようなことを考えても、広汎性発達障害の人たちの治療は種々の面で時間もかかるし、エネルギーも使う仕事である。(診療報酬にも全く合わない)