リフレックスの悪夢とトピナ⑨ | kyupinの日記 気が向けば更新

リフレックスの悪夢とトピナ⑨


Mary Jane's Last Dance (Tom Petty & the Heartbreakers )この楽曲は1993年、Wildflowersのレコーディング中に作られている。元々シングル曲だったこともありオリジナルアルバムではなく同年に発売されたGreatest Hitsの18曲目に収録されている。原題はIndiana Girl。彼らの名曲の1つでライブでは必ず演奏されるようである。上の映像は1999年3月にサンフランシスコで行なわれたライブ・フロム・フィルモアから。このライブ会場はたった800人しか収容できないらしい。音響や観客達との一体感も素晴らしいものとなっている。

ラミクタールの試みとリフレックス⑧の続き

その1ヵ月後くらい
薬が不規則になると少し悪くなる。薬が切れていた時期があった。薬を止めていると、手の震えが出て、不調になり、挙動不審になったという。リフレックスによる夢について聞いてみた。

普段は大人しい人が自分を叱り付ける夢を見た。泣きながら目を醒ますことが3日くらい続いた。夢を見ながら泣くので、朝起きると目の周りが涙でベトベトです。でもリフレックスは判断力が付く感じですね。

便秘は前よりは悪いという。表情は以前よりは良くなっている。リフレックスは彼女には合っているようであるが、いくつかの副作用がみられる。

① 便秘。
② 悪夢。
③ 食欲が増す。
④ ブプロピオン時代よりやや肌荒れする。


初診後6年目
晴れて正社員になった。ずっと臨時というわけにはいかないので・・と笑っている。彼女は帰国以後、非正規雇用で働いていたのである。リフレックスは元気になりますね。かなりプラス思考になった。ただあの薬は食欲が出ますね、と言う。

ワイパックス 1㎎
リボトリール 1㎎
デパケンR  400㎎
リフレックス 30㎎
ハルシオン  0.25㎎
(他、便秘薬)


その1ヵ月後
仕事のストレスなのか、リフレックスのせいなのか少し太ってしまった。夜は悪夢をよく見る。良い思い出がなかった人から刺される夢を見た。(参考

更に1ヵ月後
仕事に就いてから、生まれて初めて吹っ切れたような気がする。割り切れた感じです。その人に対する怒りが「どうぞ・・」と思えるようになった。それで随分楽になった気がする。リフレックスは一時、過食になった。

自分は割り切れてから、生気が戻った感じがする。先日、夢で足をナイフで刺された。夢は今も大変です。ナイフを刺した人はそんな人じゃないのに・・朝起きてからも足がしばらく痛かったです(参考)。

悪夢と過食に対し、思い切ってトピナを併用処方する。最初から100㎎処方。(今なら少なめに始めるが・・いきなり100㎎で始めると副作用で続かないことも多い)。

その2週間後
トピナは少し食べない感じにはなります。リフレックスを飲むとやはり意欲が出ますね。職場では割り切れているけど、いまいち気分は乗らないですね。仕事は休まず行っています。テンションは少し低めかもしれない。声に少し力が入りません。

その1ヵ月後、
テンションは今ひとつ。過食はほとんどなくなった。職場の煩わしさはあまり気にしないようにしている。タバコは随分減った。あまり吸いたいと思わないですね。1日1本くらいかな?肌荒れも今はそう悪くないです(こんな風に言っているが彼女の肌は透き通るような白さ。本人が言うほど、荒れなどはわからないくらい)。

リフレックスを減量し、トピナは150㎎まで増量してみる。

ワイパックス 1㎎
リボトリール 1㎎
デパケンR  400㎎
リフレックス 22.5㎎
トピナ    150㎎
ハルシオン  0.25㎎
(他、便秘薬)


1ヶ月後
良いですね。昼は良く飲み忘れる。過食は全くない。手の痺れ感もない。体全体が良くなっていると思う。肌もかなり良くなった。不安はないです。

その数ヵ月後
今はとても調子が良い。ハルシオンは必要ない。トピナは自分で調整して1日1~2錠服用している。過食もない、うつも不安もほとんど気にならない。何年か前よりずっと良くなっている。上司との関係も良くなってきた。悪夢や悪いイメージ(自生イメージ?)が出なくなった。今は44kgですね。タバコは1日2本。

最近はこのような処方になっている。

リボトリール 0.5㎎
デパケンR  200㎎
リフレックス 22.5㎎
トピナ    50㎎
(他、便秘薬)


今は診察中も非常にリラックスしている。仕事中でもほとんど疾患が問題にならなくなった。

彼女は治療開始から相当に時間が経っているが、ようやく寛解状態に至ったといえる。初診以降、入院治療することもなく、長期欠勤することもなく、働きながら治療を続けている。正社員になることができたのは、働きぶりや業務をこなす能力も良かったからであろう。

この処方ではリフレックスが最も重要であるが、トピナも補助的に大きな役割を果たしている。彼女の今の安定はトピナなしではありえない。

当初はトピナはリフレックスによる過食や悪夢などの欠点を緩和する目的で処方している。当時、僕はそれ以上の向精神作用は期待していなかった。ところが、彼女を診ていると、それ以外の優れた向精神作用にも気付いたのである。それは、

日常の些細なストレスを右から左へ受け流せることである。

トピナはストレスへの耐性をアップさせ、過敏性を緩和し日常に平穏をもたらす。また、彼女の初診時に語られたエピソードにも、おそらく治療的になっていると思われる。トピナは外傷体験に有効だからである。(参考)。

実は、あの車の事件は診察室で全く語られずにいたので、僕はすっかり忘れていた。このブログを書く際にカルテを読んでいる時、その記載を発見したのである。

彼女は軽いウェールズタイプの病前性格であるが、あの車の事件があったから、彼女はそのような性格になったわけではない。彼女が物心ついた頃から、たぶんあのような性格だったと思われる(参考)。

だから、あの車の事件は何らかのトリガーにはなったかもしれないが、彼女の病型や治療経過を見るに、単に1つの事件として精神所見を彩っているに過ぎない。僕はそういう考え方をするので(生来性の生物学的要因を重視するという意味)、そういう些細なエピソードは掘りかえさないのである。(だから忘れてしまう)

トピナを処方する直前、既に彼女は「なんだか吹っ切れた」と語っている。トピナは終盤のクライム・アップの時期に寛解に向かわせる決定的な仕事をしている。

またこれは結果論であるが、リフレックスとトピナの処方順序も非常に良かったと思われる。リフレックスの悪夢も、今、考えてみると、全く無駄なことには思えないからである。ああいう特殊な夢を見つつ、それをトピナで徐々に消していったことに治療的には意味がある。

外傷体験のある女性患者さんにバッチフラワーのスターオブベツレヘムを処方すると、とにかく診察中にさめざめと泣くようになる。入院中の患者さんでもそれは同じである。あれはあれで、治療的なんだと思うが、本人にとって極めて苦痛を伴うことのようには見える。

しかしトピナはそういう心への関わり方はしない。トピナは「右から左へ受け流せるようになる」ことで、過去の問題を苦痛なく次第に減弱させていく。

つまりだ。スターオブベツレヘムは精神療法的だが、トピナは固有の薬理作用をベースに効果を及ぼしている。ただ、トピナは決して服用しやすい薬ではないので服用できない人がいるだけである。スターオブベツレヘムはいったん過去に戻って反芻し、トピナは前向きに発展していくスタイルともいえる)。


Mary Jane's Last Dance (Tom Petty & the Heartbreakers )この映像は死者を扱っていて正直、気色が悪いが、暗示的で非常に興味深い。Mary Janeとはマリファナの別名である。このPVではTom Pettyは遺体安置所の助手に扮している。またMary JaneはKim Basingerが演じている。たぶんMary Jane(Kim Basinger)は麻薬で亡くなった女性の象徴であろう。Tom Pettyは自宅に彼女を連れ帰りドレスを着せてダンスを踊る。そして最後にTom PettyはMary Janeを海岸に運び、遺体をドレスを着せたまま海に流す。Mary Janeはいったん海の中に沈むが、再び浮かび上がり目を醒ますのであった。この楽曲は別れのラブソングなのであろうが、このPVに限れば「死と再生」が主題のようにも見える。全くこのエントリにぴったりだと思うよ(特にリフレックスの悪夢)。

治療に時間がかかったのは、やはりこのようなタイプの患者さんは器質性要因が大きいからと思われる。(過去ログのこの人と同じ)。

ところで、この処方は非常に重要である。

リボトリール 0.5㎎
デパケンR  200㎎
リフレックス 22.5㎎
トピナ    50㎎
(他、便秘薬)


その理由は完治へ向けての道が開かれているから。

また、催奇形性についてのメリットも大きい。これらの薬物中、デパケンR、リボトリールはもはや必要がない可能性がある。彼女はまだ20歳代なので、今後、結婚し出産するようになっても、リフレックス、トピナだけだと、抗うつ剤+気分安定化薬では催奇形性の低い選択肢の1つである(催奇形性はともにC。過去ログを参照)。

エキスパートコンセンサスガイドラインでは、妊娠したてんかんの婦人の薬物治療はラミクタールが第一選択になっている。ラミクタールは乳幼児ミオクロニーには効果が乏しいが、他の発作型は良い。アメリカではラミクタールは単剤処方が可能なので、こういう文脈になる。日本では主剤としての抗てんかん薬が必要なので単純にはいかない。デパケンやテグレトールはラミクタールよりずっと催奇形性が高いからである(参考)。

ラミクタールの催奇形性はCである。ラミクタールは妊娠にダメというデータはなく、大丈夫というデータもない。

ウェールズの人の治癒に向かう潜在能力は高い。ピュアなウェールズの人は強い女性である。

ブプロピオンによる一時的にせよ改善した反応は、彼女のADHD的な側面も表しているように見える。内因性の部分を器質性の部分が緩和していると言ってもよい。診断に至らないADHD的くらいの人は、やがて薬がろくに必要でなくなる人も多いのではないかと思う。(深刻なADHDではなく、単にそれっぽい人は薬など飲んでいないと思う。いわゆる診断未満の人たち。)

今回の一連のエントリは書き始めると、思っていたよりずっと複雑な経過を辿っており、正直、エントリとして相応しくないかもしれないと思った。それは試行錯誤が多い治療は、つまりは勘が悪いわけで、下手な治療と言う意識が僕にはあるからである。治療するからには、正解の連続で進めるのが理想だ。その方が患者さんの苦痛も少ないからである。

しかし、たいして良くなってもいないのに、漫然と10年1日の治療のまま放置し、不十分と言える精神療法で誤魔化すより、際限なく試行錯誤していく方が遥かに精神科医としては良心的である。

なぜなら、偶然、知恵の輪が解けるように寛解することがあるからである。

今一度、最初のエントリを読んでみてほしい。治療経過や結果に整合性があり、薬物にはプラセボなどなく、サイエンスの流れで改善しているのがわかるから。

トピナは当時、劇的改善の人たちが連続していた。トピナはラミクタール比べ、少し地味ではあるが、やはりスーパーな向精神薬の1つなのである。

参考
リフレックスと夢
象徴的な夢
トピナ12.5㎎
育児ストレスによる精神病状態
うつ状態はどうなったら良いのかが明確でない
デパケンRと妊娠


これで一連のエントリは終わりです。

一連のエントリ
彼女は最初うつで初診している①
帰国後の大悪化②
病前性格とリーマス③
希死念慮とSSRI、ブプロピオンの試み④
ブプロピオン処方後の経過⑤
レスキューレメディーとデパケンR⑥
トレドミンとベンラファキシン⑦
ラミクタールの試みとリフレックス⑧
リフレックスの悪夢とトピナ⑨

その後の補助的なエントリ
The Last DJ(Tom Petty And The Heartbreakers)
Square One(Tom Petty)