女性の理想像と幻想 | kyupinの日記 気が向けば更新

女性の理想像と幻想

僕が精神科医になった頃の摂食障害は、もっぱら拒食が多く、過食はむしろ辺縁的な症状であった。当時は「神経性食思不振症」と言われ神経症のカテゴリーにあったが、背景は統合失調症であることも少なからず見られた。

神経症の「神経性食思不振症」と統合失調症の「神経性食思不振症」では何が違うかといえば、後者では対人接触性に問題が見られるのである。症状はそこまでの差はなかった。統合失調症の「神経性食思不振症」とは言え、幻覚も妄想もないからである。厳密に言えば、統合失調症であった時点で、もう「神経性食思不振症」とは言わない。すべては「統合失調症」が優先されるから。

当時の専門書では、経過中に過食がみられると予後不良と言われた。そういう風に書かれていたということは、やはり過食は誰にでも見られない症状であったと思われる。僕は当時、あんがい過食エピソードも伴うものだなと思った。そこまでは珍しい所見ではなかった。ただ、今の患者さんのように1回で5000カロリーを超える過食の連発ではなく、一時的な「気晴らし食い」程度が多く量的な差があったような気がしている。

あと、当時の女性患者さんは、「減量にかける気合」が今の摂食障害の人と全く違っていたように感じる。「食思不振」というが、本当に全然食べない、水も飲まないのである。僕の患者さんでは、献血のハシゴが得意技だった。3連荘くらいするのである。そりゃ体重は減るけどね~と言ったところ。あなたは薬を飲んでいるから、そういうのはしてはいけないとあれほど言っていたのに・・

すさまじい拒食、水分制限などを続けていると、脳室も拡大し全身に影響してくる。皮膚もボロボロである。そんな状況で献血のハシゴなんてしたら、本当に死にかねない。確かに当時の「神経性食思不振症」は、周囲がなんとか頑張らないと死ぬ精神疾患と言えた。

医療関係の人だと、「ラシックスの濫用」である。ラシックスは利尿剤だが、たぶんこれを飲むと余分な水が出て行って体重が減ると思うのでしょうなぁ・・医療関係者だけになおさら。当時の摂食障害の特徴だが、万引きなどの盗みがけっこうみられていた。彼女もラシックスの錠剤やアンプルを病院から盗んで使っていたのである。

今でも下剤の濫用はけっこう見られる。しかし、体重を積極的に減らそうとしているのとはちょっと違うような気がしている。おもわず5000カロリーくらい過食してしまったので、パニック状態に陥り、なんとかしようとして下剤を思いっきり飲むのである。いや、その前に嘔吐していることが多い。

昔の患者さんは、今の人より崇高なポリシーがあった。目標がはっきりしていた。当時の理想的な女性像は「痩せて美しい人」であった。このボディー・イメージが特に関係していたように思える。ただ、彼女たちは直接に「体重を減らしたい」とはあまり言っていなかったような気がする。漠然と体を軽くし、「空気のような存在」になりたかったように見えた。

アメリカ女優で、オードリー・ヘップバーンは昔は日本で人気があったという。なぜ彼女が人気があったかというと、容姿、体系的にも日本女性にとって手が届く美しさだったからだと思われる。小柄であり、日本女性が目指せる範囲なのである。

時代が変わり、現在社会では平凡な「スリムな美人」は、とりわけ男性に人気があるとはいえない。今は男性が憧れる女性の美しさのパターンが多様化している。現代の「女性の理想像」には幅がありすぎて、摂食障害の人の目標が定まらないのかもしれない。

中国では纏足という足が小さく後天的な奇形状態の女性を「美人」の条件としていた歴史がある。これは、ある種の幻想である。これは滑稽だが、あの時代のスリムな女性を目指した摂食障害の彼女たちも、これとあまり変わらないと言えなくもない。今から考えると。

今の摂食障害の特に過食・嘔吐の症状を持つ人たちは、あの当時の女性たちと根本的に違っていると感じる。今の人たちは、ボディー・イメージの問題は相対的に薄れてきており、むしろリストカットなどの自傷行為や、アルコール、薬物依存、ギャンブル依存などの過程嗜癖の辺縁に位置しているように思ってしまうのである。

参考
神経性食思不振症