京都職人つくりびと~店長の京モノblog~

京モノ手作り職人さん・伝統工芸士・作家さんの商品を紹介・販売している「京都職人つくりびと」の店長日記です。
「一品一品、心を込めて手作り」本物の良さをご紹介しています!
商品の情報やイベント、また京都の日常までご紹介します。


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想像してみてください!

太古の時代、日本では神代の時代だったかもしれません。

まだ日本列島の姿がはっきり現れていなくて

高い山の頭だけがぽつぽつと島のように連なっています。


この時期は、大地が大きく動き瀬戸内海が陥没したり、六甲山が隆起したり

徐々に、日本列島を形作って行きます。


この頃は、京都、滋賀、大阪、奈良が淡水の湖で繋がっています。

中でも、近畿では奈良が一番高い位置にあり、平野も多く、最初に都ができたのもわかりますよね!


縄文時代は、山で狩猟を中心とした暮らし、弥生時代には、土地を耕し、次第に平野に住む人が増えていきます。そのうちに徐々に今の京都盆地が姿現して行きます。

奈良時代に朝鮮との交流もあり、稲作をするための土木技術や様々な技術が伝わります。

桓武天皇はもっと広い土地を求めて、京都に平安京を作りました。


実は、京都盆地の前に、京都の少し横の長岡京や大津京も候補として一時期都が置かれていましたが

京都盆地が一番広く、当時の風水にも叶った土地だった事が決め手となったかもしれません。


都にすべく、当時のあらゆる土木技術が投入されました。平安京の健都には、すでに京都に住んでいた豪族の秦氏が大きく貢献したことは有名な話です。秦氏は渡来人、朝鮮から渡ってきていた人です。

今でも嵐山の近くに「太秦(うずまさ)」という地名が残っています。


考えてみてください。

今は、グローバルという言葉が新しい事のようになっていますが、

悠久の昔に舟に乗ってすでに行き来をしていた事を思い浮かべると

古の人は、なんて勇気のある行動をしていたんだなぁって思いませんか?


その頃の京都はまだ今のように水は引いていなく、伏見には、巨椋池(おぐらいけ)という巨大な(琵琶湖の下半分くらいの大きさ)遊水池がありました。

伏見の方は、京都盆地の最も低い位置にあり、京都中の川が集まり、おまけに琵琶湖からは宇治川となって水が流れてきます。


大雨が降れば、ご想像のとおりに水が溢れ出し、川も一緒になって池や沼地になります。

曲水の宴で有名な城南宮さんに飾ってある古地図をみると、城南宮辺りも、殆ど沼や川が描かれています。


この巨椋池には、多くの魚や貝が生息し、湿地帯植物の葭原や、蓮の群生も多く見られたようです。

青く晴れた空に鳥が群れを成して舞い、大小の島々が浮かび、魚を釣る漁師、舟で興じる平安の貴族達もなんと優美な光景だったでしょう。



神代の時代から、平安時代まで駆け足で昔話を書きました。

ある程度、史実に基づき書いていますが、定かではありません。正しいかどうかより、読む人の想像力にお任せいたします。

悠久の時間をお楽しみください。誤字雑字もお許しください。


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