NICCO
2009-10-13 10:23:55

スマトラ島パダン沖地震の被災者支援報告 その2

テーマ:事務局長

-モバイルクリニック-


NICCOの医療チームは、

前回報告したリマ・コタ・ティムール郡の

奥地にあるパダン・アライ村診療所と協力し、

診療所の医師や看護師と一緒に、

診療所まで来ることが困難な遠方の村々を回って、

モバイルクリニック(巡回診療)の活動を実施中です。


京の町家から世界に笑顔を!

写真1:モバイルクリニック会場入り口。

たいていは家の軒先を借りて実施。

京の町家から世界に笑顔を!

写真2:受付は村の人が担当。

この日は女の子が担当してくれました。


チームの構成は、過去2回のインドネシアの地震の際にも活躍し、

インドネシア語も堪能な東ティモール人のアイダ医師。

また同じく東ティモールから来たのが、NPO法人「地球のステージ」より

派遣されて東ティモールに滞在中であった高島和音保健師。

東ティモールではアイダ医師と一緒に常日頃からモバイルクリニックを

行っているため、慣れたコンビですぐに事業に取りかかってくれました。

さらにインドネシアでの青年海外協力隊を終えて

日本に帰国したばかりだった伊藤奈保看護師。

日本帰国1週間にしてインドネシアにとんぼ返りで戻り、

地震の支援に当たってくれました。


京の町家から世界に笑顔を!
写真3:アイダ医師による診察。

東ティモールでの巡回診療経験が豊富なため、

このような僻地での医療支援には最適のドクターです。


京の町家から世界に笑顔を!
写真4: 地元のパダン・アライ診療所のエル・シャスミタ医師。

この日は一緒に診療を分担してくれました。


地震発生から5日後の10月5日(月)には、

アイダ医師と高島保健師が被災地にかけつけてくれたため、

6日(火)からパダン・アライ村にてモバイルクリニックを開始。

さらに7日(水)には伊藤看護師も空港から事業地に直行して

チームに合流してくれ、その後連日村々を回っています。


京の町家から世界に笑顔を!
写真5:向かって左が高島保健師、右が伊藤看護師。

2人で医薬品を処方して患者に手渡して行きます。


京の町家から世界に笑顔を!
写真6:伊藤看護師から、インドネシア語で薬の説明を

一人ひとりに行って手渡して行きます。


1日に集まる患者数は80名から100名程度ですが、

多いときには180名もの人々が集まり、診療を受けました。

今のところは雨季の到来が遅れていることもあり、

幸いにも重大な疾患はなく、呼吸器系の疾患や野外生活が

長引くことによるストレス等が主な症状ですが、

今後もパダン・アライ村の全集落をカバーして、活動を続けていく予定です。


京の町家から世界に笑顔を!
写真7:この日集まったお母さんと赤ちゃん達。



※ その3以降のエピソードはホームページ に掲載させていただいております。



2009-10-13 09:57:57

スマトラ島パダン沖地震の被災者支援報告 その1

テーマ:事務局長

-出発と被害の状況-

事務局長
折居 徳正


NICCOを支えてくださる皆さん、


10月2日より今日12日まで、

スマトラ島パダン沖地震の被災者支援事業の立ち上げのため、

現地に滞在しましたので、以下シリーズでご報告します。


9月30日(水)の夕方、

インドネシアスマトラ島パダン市の沖でM7.6の地震が発生。

死者数が千人規模になる見通しとなった10月1日(木)に

NICCOは支援の実施を決定し、翌2日(金)にはスタッフの佐藤収君が、

また3日(土)には私自身も日本を発って現地入りしました。

過去にNICCOは2006年のジャワ島ジョグジャカルタの地震、

2007年のスマトラ島ブンクル県の地震と、

インドネシアで2回の活動経験があり、今回もその経験を生かして、

まず医療チームを被災地に送り込むこととなりました。


そのための事前調整を3日と4日に佐藤君と私の2名で分担して行い、

西スマトラ州保健局から支援を依頼された地域を2ヶ所訪問した結果、

被害の大きかったパダン・パリアマン県のリマ・コタ・ティムール郡で、

モバイルクリニックを行うことに決めました。


京の町家から世界に笑顔を!

写真1: 倒壊した家の前で暮らす村人達


リマ・コタ・ティムール郡は

パリアマン市から1時間ほど山間部に入ったところで、

ほとんどの家が倒壊し、道路もあちこちで陥没したり、

土砂崩れが発生したりしています。


京の町家から世界に笑顔を!

写真2:このように壊れかけた家の中で暮らさざるを得ない家族も多い。


人々は半壊、全壊した家の前で、

ビニールシート等を敷いて野宿して生活しており、

雨が降ると保健衛生の面でも大変な状況となります。

食糧、水、シェルター(仮の住居)、学校の再開等、

雨季の訪れを前に、多くの支援が至急求められています。


京の町家から世界に笑顔を!

写真3:家の前の道路で寄付集めをしている子ども達が多い。


NICCOは地元の診療所や、

村人達の協力を得ながら、事前に道路状況を確認し、

スタッフの安全な移動を確保しつつ、全力で活動を続けています。

京の町家から世界に笑顔を!
写真4:倒壊した学校校舎。 学校の実質的な再開の目処は立っていない。


京の町家から世界に笑顔を!
写真5:崖崩れで陥没しかけた道路を通り、被災地に向かう。




パート2に続く

2009-06-22 15:00:54

京の町家から・・・(その2)

テーマ:事務局長

事務局長 折居 徳正


・・・・前回の続き


六角通を西に行き、西洞院通から南西の辺り一帯が、

織田信長終焉の地、本能寺の跡です。

テレビドラマで「本能寺の変」の場面を見るたびに、

「ああ、あそこや」といつも思います。

今は少し南に下った油小路通蛸薬師下るに、碑が立っています。

この地にあった本能小学校も数年前に統合されて廃校となり、

今は特別養護老人ホームになっているのも、平成の時代の流れでしょうか。


西洞院から六角を西に行くと三筋目が堀川通、そこから御池通まで上ると、

徳川将軍家の京都における居城、大政奉還のあった二条城です。

大政奉還の場面をテレビドラマで見ると、

またまた「ああ、あそこやな」といつも思います。


さて今後は事務所から六角通を東に行ってみましょう。

最初に交わるのが新町通。ここは祇園祭の時に山鉾が立つところです。

祭りの時には大勢の人が行きかい、山鉾の巡行もすぐ近くで見られます。

新町通をずっと御池まで上がると、そこには旧佐賀鍋島藩邸跡の碑。

そういえば、今成都に赴任しているスタッフの池田さんは、佐賀県出身です。


新町通を六角から一筋南まで行くと蛸薬師通、

そこを東へ入るとすぐのところに南蛮寺跡の碑があります。

切支丹大名の高山右近や宣教師のルイス・フロイスらが集ったはずの場所。

数年前に話題になった小説「信長の棺」は、

この南蛮寺と本能寺の距離が近いことに着想を得たものでした。

確かに歩いて10分もかかりません。


六角通を新町から東に三筋目が、

京都駅から北に伸びる京都のオフィス街烏丸通。

信号を渡るとそこに六角堂があります。

聖徳太子の創建と伝えられ、華道の池坊発祥の地。

ここの六角御幸桜は早咲きの枝垂桜で、

ビルの谷間に花の季節の訪れを告げてくれます。


「海外に行く者ほど、日本の歴史と文化を理解していなければならない。」

そんな考えに基づいて、

NICCOのスタッフ、インターンはいつも歴史を身近に感じながら、

京の町家から途上国を想って仕事を続けています。


2009-06-17 16:47:46

京の町家から・・・(その1)

テーマ:事務局長

事務局長 折居 徳正

NICCOの京都本部は、京都の真ん中、東西に走る六角通の、

新町通と西洞院(にしのとういん)通の間にあります。

事務所は築90年以上の町家の二階。今回は、そんなNICCO事務所や、

その周辺を少しご案内しましょう。


同じ町家の一階は、有名な「瓢亭」の流れを組む懐石の店「瓢樹」です。

さらに奥にある蔵はワイン・バーになっています。

ちなみに二軒東隣には、最近京都のレストラン紹介誌で

よく取り上げられるフレンチのお店「Gaspard Zin Zin」があり、

どのお店もいつもお客さんが絶えません。


NICCO事務所のある町家には、大正時代に作られた風情ある日本庭園が

表と裏にあり、2階のNICCOの事務所から、四季折々の風情を楽しむことができます。


庭には石造りの井戸があり、今も井戸水の利用が可能です。

六角通を西に行って、西洞院を上ると

(京都では通りを北に行くことを「上る」、

南に行くことを「下る」と言います、念のため)

千利休がかつて水を汲んだ井戸水「柳の水」を、

軒先で汲ませてくれるお家があります。

そう、この井戸水は、NICCO事務所のある町家の井戸と恐らくは同じ水源、

そしてこの水は2階のNICCO事務所でも、

蛇口をひねればいつでも飲めるんです。


NICCOはマラウィで井戸掘りの事業をしていますが、京の町家でも、

井戸はまだまだ現役です(もちろん水道水もありますよ)。


その2に続く・・・・


2009-01-15 01:27:10

NICCO本部の新年

テーマ:事務局長

みなさん、ご挨拶が遅くなりましたが、新年おめでとうございます。
NICCO事務局長の折居です。本年もNICCOをどうぞよろしくお願いします。


NICCO本部の新年は、ガザでの戦闘が激化する中、パレスチナ、ヨルダンで事業をする団体として胸を痛めつつ、静かにスタートしています。


職員、インターンを問わず、みなが相変わらずの激務をこなしていますが、私が年末のミーティングで本部のスタッフに伝えたのは、その努力の成果は着実に出ているということです。


貧困に喘ぐマラウィの村々で、占領下のパレスチナのオリーブ農家の間で、あるいは中国四川の地震被災地で、その活動は多くの人々に感謝されていました。
各事業地に出張する私は、そのような人々がいかに困っているのか、支援者の方々からお預かりした資金が、職員やインターンの努力を経て、それらの人々にどのように役立っているのか、実際に目にして感じることが出来ますが、それを見ることができずに京都で事務処理にひたすら励む本部スタッフには、時に想像力が必要となります


また東京の助成団体や企業関係者の間でも、有難いことにNICCOの活動は高く評価を頂いていますが、東京での評価の雰囲気は、京都の事務所には中々直に伝わらない場合も多い気がしています。


それでも、最近はマラウィの大使や日本のヨルダン大使が事務所を訪問する等、その評価と期待の一端が、京都本部でも少し感じられるようになって来ました。


今年も、海外事業地と本部のブログを通して、活動に携わる職員やインターンの生の声を、ぜひ皆さんにお届けできればと思います。


なお、2009年度のインターンを募集中です。

関心をお持ちの学生、転職を検討中の?社会人の皆さん、ぜひお気軽にお問い合わせください。

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