このたびは、東北に未曾有の震災が起こりました。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆様に心から哀悼の意を表します。
アブさんの住む街は、今回の地震の被害を受けました。市街地では、壁が崩れていたり、水道管が破裂していたりもしていたらしい。ただ、アブさんの住処は山側にあるため津波の被害もなく、地盤が固い場所であったため、揺れもそれ程ひどくはありませんでした。
もともとガスも水道も使わないで暮らしていたアブさんですが、電気は使っていました。でも、今回の被災で、電気やネット回線等のインフラは遮断。東京に住む私とも、地震後数回のSMSメールでたがいに元気なのを確認したっきり、連絡が途絶えました。
でもやっと昨夜、ネット回線が開通!電話回線はまだ不安定ですが、SKYPEを使って久々に長話を楽しむこともできました。一安心です。
アブさんは実家や近隣の人を訊ねて、皆が安全なのを確認した後、ガソリンが限られてそれ以上移動できず、やることもないので、「江戸時代かぁ」などとつぶやきながら、手作業での畑仕事等をしていたようです。
避難所等にいたわけじゃないので、福島の原発のニュース等、大事なニュースを聞き逃しているのではと心配していましたが、ユンボに残ったバッテリーを使い、インバーターをかませて直流12V→交流100Vに返還。その電力でテレビをみたり、ケータイを充電したりしていたようです。さすが、サバイバー。
とはいえ、ケータイを満タンに充電させるには、2時間ほど電力を作り続けなくてはいけなかったようで、車にガソリンをしっかり蓄えていたアブさんでも、さすがに、ケータイを充分充電させることは先のことを考えると、できなかったようです。私も、「ケータイいつ切れるかわからんぞー」とアブさんからのSMSメールに脅され(?)て、気が気ではありませんでした。テレビも短時間の充電中にみていただけ。でも、情報はしっかり得ていたのです。どうしてたかと言うと....。
古い壊れた街路灯のソーラーパネルの電圧を直し、ラジオに接続!
さぁっすが!器用だねw
これはとても良い方法のようで、震災時から数日、天気がよかったこともあり、ずっとラジオを聴き続けることができたそうです。なので、限られた情報ではあったようですが、福島のことも、ちゃんと把握できたのです。
アブさん曰く、「ガソリンは確かに限りがあるから、やみくもに外出はできないけど、食べるものは自分で育てた麦があるし、米もあるし、火はいつもどおり薪があるし、わき水もあるし、問題なしー」とのこと。普段は、全自動パン焼き機を使ってパンを焼いているけど、薪ストーブでパンケーキにして、庭で撮れた自家製ブルーベリージャムとともに食べたりしていたそうです。買占めなんかしていた都会人は、アブさんに見習うべきですね。
とはいえ、まだガソリンは町に降りても手に入りづらく、しばらくは不自由を強いられると思います(彼はへーきへーきと言ってるけど)。被害が甚大なので、本当にどうやったら元通りになるのか、想像もできません。アブさんも一段落したら、私がどんなに上京を勧めても、地元で復興活動を始めるのでしょう。
...被災地からのアブさんの声として、最後に書いておきたいことがあります。
子どもがいる家庭や、高齢者のいる家庭は、現地からの脱出を考えているケースも今後増えるはず。
未曾有の災害です。現地に行って支援するのでは、とても追いつかないと思います。
各地で受け入れ準備が進んでいます。現地がガソリンを入手しやすくなれば、どんどん脱出してくるはずです。
命からがら逃げてくる人たちを、私達は受け入れる。
家族なら空家提供を、親を亡くしてしまった子どもは、一般の家庭へ。とにかく今は、行政の整うまでの一時的だけでも、被災者を受け入れること。
そして、自力で支援に出かけられる人は、今は物資を持って行くべきであること。
確かに、山のようながれきの片づけは、素人にはどうしようもなく、自衛隊等プロに任せるべきですが、神戸の時とは比較にならないほど広い範囲での被災です。物資が届いてないのです。しかも、自治体が機能してない場所は、支援品すら届きづらい状況のようです。物資を配るの疲れ切ったは被災者たち?自治体の消えた一人暮らしの高齢者が、一人で家でじっと、救済を待っているかもしれません。一軒一軒訪ね歩くのは、被災者自身?ボランティアに出かけて、手伝うことがないということは、ありえません。
日本は総力をあげて、再建するのです。それは、元通りに直すというより、新しい世界を作ることになるのかも。アブさんの生活には、そのヒントが隠されているように思えてならないのです。