このたび、11月13日から15日まで、上海で行われたISFP(国際妊孕性温存学会)に参加してまいりました。
妊孕性温存とは、たとえば若年で発症したがん患者さんが抗がん剤・放射線治療によって卵巣機能が低下し、妊娠することが困難になる前に、卵子・胚・卵巣組織(男性の場合は精子、精巣組織)を凍結保存しておくことです。癌以外にも、早発閉経(早発卵巣不全)、血液疾患、自己免疫疾患、子宮内膜症など、適応範囲は広がりつつあります。先進国では、社会的適応(病気でもなく、現在妊娠を希望している状況ではないが、いずれ妊娠を希望したときのために20~30代のうちに卵子を凍結保存しておくこと)の卵子凍結も増えています。
 当院でも妊孕性温存目的の卵子・胚・精子の凍結保存を行っています。

 卵巣凍結は、卵巣皮質(卵巣の皮の部分で、ここに原始卵胞が沢山含まれています)を手術によって剥がし、処理したのち凍結保存します。日本ではまだ一般的ではなく、一部の施設(聖マリアンナ医科大学など)で早発卵巣不全の症例に対して、試験的に試みられているのみです。一方、海外では既に70例以上の生児が凍結卵巣移植によって誕生しています。卵巣凍結移植はもはや「experimental(試験的)」な治療法ではない、と各国のスペシャリスト達が強調していたのが印象に残りました。
 卵巣移植後の妊娠は、自然妊娠するケースが多い様です。
 また、新鮮・凍結卵巣移植による卵巣機能の回復の時期、程度、安全性、移植片の寿命、微小残存病変(がん患者さんの場合、がんが治ったあとに凍結しておいた卵巣を戻すことによって、がんが再発する可能性があります)の評価、非悪性腫瘍(早発卵巣不全、子宮内膜症性卵巣嚢胞など)への適応、妊孕性温存治療の包括的なサービスの構築、卵巣皮質だけでなく髄質に存在する卵胞をも回収してできる限り妊孕性温存を試みる方法などなど、さまざまな議論・発表がなされていました。今後は、アンチエイジング、閉経を遅らすための手段としてなど、適応が広がる可能性が示唆されました。
 アメリカの卵巣移植の権威、S.Silber医師がビートルズを例えに出し、彼らがデビューした際にも、最初は酷評されたものの世界的大スターとなった、自分が卵巣移植を最初に行った時にも世論から相当批判されたが、生児獲得例が増え、各国で行われるようになったと話していました。いずれは、がん患者さんの妊孕性温存だけでなく、社会的適応、あるいは超高齢化社会における更年期障害対策、妊娠可能時期の延長(超高齢妊娠を可能にする?)などを目的とした、卵巣凍結保存が当たり前に行われる時代が来るかもしれません。ただし、宗教上・倫理的な観点から、特に保守的な日本では簡単に受け入れられないでしょうし、導入に至るまでのハードルは非常に高いと思われます。ですが、時代はそこまで進みつつあるのです。

 今回は、中国での開催ということで参加者数は中国から280名と断トツ、ついで韓国17名、米国15名、日本からは14名、と続きました。当院(京野アートクリニック仙台、高輪)からは5演題のポスター発表を行ってまいりました。私はそのうち2演題を担当いたしました。
「Fertility preservation and treatment in breast cancer patients」では、乳がん患者さんを対象に、妊孕性温存群とそれ以外の群(不妊治療目的来院)とを比較、前者でより採卵数、卵子・胚凍結数、が多かったが、その背景として前者ではより若年で受診していることと、化学療法(抗がん剤)の影響がないこと、などが推察されました。また、後者を、化学療法無あるいは前に採卵した群と化学療法後に採卵した群に分けて検討したところ、化学療法後に採卵した群において、優位にAMH値、採卵数、受精数、卵子・胚凍結数が少ないことが判明し、化学療法が著明に悪影響を与えていることが示唆されました。さらに、妊娠例の約7割が化学療法無あるいは前に採卵しており、乳がん患者さんにおいては、化学療法導入前に卵子・胚凍結保存を行うことがきわめて重要であること、症例数は少ないものの妊孕性温存した患者の妊娠率は比較的良好である可能性があること、を提示いたしました。
「The necessity of sperm cryopreservation for fertility preservation」では、精子凍結保存を行った症例について、その疾患背景、凍結廃棄の現状、がん治療後に再診した症例の精液所見、妊娠率等を分析しました。化学療法後に無精子症となったものが35%、また、化学療法後にIVF治療を施行した症例のうち、66%に妊娠を認め、そのうち凍結保存精子によるものが50%であり、化学療法前に精子凍結保存を行う事の重要性を提示いたしました。

 Homeだから? なのか、中国からの質疑が非常に活発であったのが印象的でした。比べると日本はやや消極的かもしれません。日本も、保守的な風潮を克服し、世界の流れについて行かねばならないと感じました。
 大会期間中に、パリで大きなテロ事件が発生しました。最終日の昼、「Pray for Paris」パリと犠牲者に対して黙とうをささげました。妊孕性温存の権威、J DonnezやMM Dolmansらはベルギーからの参加でした。妊孕性温存という大切な使命には、国境など関係ありませんが、パリから遠く離れた中国にあっても、不穏な世界情勢を皆が身近に感じた大会でした。

(医師部: 橋本 朋子)
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