おはようございますaa

今日もイイお天気になりました。sun

 

昨日は、主人、息子、娘、私の4人でゴルフに行きました。

お天気もよく、楽しく回れました!爆笑 汗

 

今日は、斉藤一人さんのお話から。。。どうぞ聞いて下さい。

 

先祖供養の本当の意味は、子孫であるその人のことを、

「いてくれてよかった」って言う人が何人いるかなんだよ。

 

大きな仏壇を買うことが先祖供養じゃないの。

それは仏壇屋さんや宗教をやっている人が言うこと。

さらにいえば、それって商売なの。

 

仏壇に入っているのは、仏様なんです。

それで30分も1時間も先祖供養のために念仏を唱えるっていうんだけど、

お経って仏様の教えなの。

 

仏様が教えたことを仏様に向かって30分も1時間も話すって変だよね。

きっと仏様も、「それ、俺が言ったんだよ。だからわかってるから、外に行って実践しな」

って言うと思うよ。

 

お経をあげるのがいけないって言ってるんじゃないの。

あげているあいだは無心になれるし、そのあいだ、人の悪口とか言わないからそういう意味ではいいの。

でも、どうせだったら、意味も知ってたほうがいいよね。

 

さらに言えば、それを実践できるようにしたほうがいいよねってことなの。

だから、先祖供養でいちばんいいのは、

「あなたがいてよかった」って言ってもらうことなの。

 

あなたが生まれてきたのはご両親がいて、そのまたご両親がいて、

そのまたご両親がいたからなの。

先祖が誰一人として欠けても、あなたはこの世に生まれてこなかったんだよね。

子供をほめられたら親ってうれしいの。

だから、あなたがほめられることが、最高の先祖供養になるんだよ。

 

死んだとき、神様に二つのことを聞かれると言う。

一つは、どれだけ人の役にたったか。もう一つは、人生を楽しんだか。

 

どれだけ人の役に立ったかとは、どれだけ「陰徳」を積んだのか、

どれだけ人から必要とされたのか、どれだけ喜ばれたのか、ということ。

つまり、一人さんの言う「あなたがいてよかった」という人が何人いるかということ。

 

また、人生を楽しんだか、というのは、毎日ディズニーランドにいるかのように楽しめ、

ということではない。

そうではなくて、つらいことや、困難なこと、嫌なことを、見方や考え方を変えて、

楽しんだかということ。

 

後から振り返ってみると、「あのときの大変なことがあったから、今の自分があるんだよんね」

と思うことは多い。

すると、その大変だったことに感謝できるし、楽しむこともできる。

 

先祖供養の本当の意味は。。。。

多くの人に、「あなたがいてくれてよかった」と言われること。

 

 

本当ですね。 私のお師匠さんがおっしゃってましたが、

一番の親孝行は、自分の子供が褒められること」ですって。

美味しいものを食べに連れてってもらったり、

旅行に連れてってもらうのも嬉しいんですが、

やっぱり自分の子供が、たくさんの人から褒められることにつきます。

 

 

今日も笑顔100万トンで、
GO!GO!HAPPINESS



読んで頂いて、ありがとうございます。  <(_ _)>

 

 

 

 

 

 

 

 

あきらめること。!(^^)!

テーマ:

おはようございますシュナウザーてれ

今日は、イイお天気sunになりそうです。

そろそろゴルフの練習にでも行こうかなと思っております。ニコニコ

ちなみに今年に入って一回もクラブを握っておりません。。。汗 下手なはずです! (笑)

 

今日は、有名なお寺のご住職さんのお話です。どうぞ聞いて下さい。

 

座禅をしていると、いろいろな気づきがあります。

 

ふだんは気づかなかった、小鳥のさえずりや風のおよぎ、季節の香りといったものが感じられるのです。

「風がこんなにあたたかくなっていたのか。そうか、もう、春だからな。」

「キンモクセイのいい香りが漂ってくる。秋を連れてきてくれたんだな。」と、

そんな思いが心に広がります。

 

日常生活の中で、心はどうしても「なにか」にとらわれています。

仕事のことであったり、家族のことであったり、恋愛のことであったり。。。

そのことがとどまっていて心が縛られてしまっている、といってもいいでしょう。

 

じっと座っていると、とどまっているものが溶け出していき、心がふ~っとゆるみます。

禅語でいうと「身心脱落」。

ここでいう「脱落」とは「解脱」という意味で、一切合切を放下し、

なんの執着もない、という「自由無碍(むげ)」の境地を指します。

なにものにもとらえられない、心をとどめない自在な状態になるのです。

ですから、気づかなかったことに気づくことになったり、

見えなかったものが見えてきたりするのだと思います。

 

それとは逆に、心を縛り付けるのが「競争」です。

「同期に負けてなんかいられない。課長ポストを最初に手に入れるぞ」

「お隣よりいい車を買わないと、プライドにかかわる」

「ブランド品の数では彼女に絶対勝たなくっちゃ」。。。

 

他人と競う思いが心を縛るのです。

 

しかし、必ずしも思いどおりになるとは限りませんから、

今度は屈辱感や挫折感、嫉妬心、無力感といったものが、心にのしかかってくることになります

 

心を縛るものからどう解放されるか。

「あきらめる」ことがひとつの方法かもしれません。

ギブアップするのではありません。 うまく「手放す」のです。

 

「勝ちたい」 「負けたくない」という思いをいったんあきらめる。

少しのあいだ脇に置いてみる。 ちょっとそこから離れてみる。

 

すると、必ず、気づくこと、見えてくるものがあるはずです。

 

道元禅師の言葉に「放てば手に見てり」というものがあります。

欲や執着を手放したとき、本当に大切なものが手に入る、ということです。

 

たとえば、ポスト争いに躍起になっていたときには気づかなかった、

自分の仕事のすばらしさに気づくかもしれません。

 

「自分が売っていたこの商品は、顧客にこんなふうに喜ばれていたのか。

よし、もっと自信をもって営業に回ろう」

お隣と競い合っていたときには見えなかった、家族の本当の幸せといったものが見えてくることもあるでしょう。

「高級車を買ってローンの支払いに頭を悩ませるなんてバカげているな。

いまの車を大事にして、ときには食事に行ったり、旅行に出かけたり、

家族で一諸に過ごす時間をたくさんつくろう」

 

あるいは、ブランド漁りをしているときには知らなかった、ものへの愛着が芽生えるかもしれません。

「本当に気に入ったものを大切に使うって、こんなに心地よいものなんだわ」

 

どうやら、上手に「あきらめる」ことには、座禅にも匹敵するような作用があるようです

禅は実践。

ぜひ、すぐにでも上手に「あきらめる」ことに取りかかってください。

 

「競争からちょっと離れると、人生はうまくいく」。。。。

 

 

 

 

 

爆笑 爆笑 爆笑 

 

 

今日も笑顔100万トンで、
GO!GO!HAPPINESS



読んで頂いて、ありがとうございます。  <(_ _)>

 

 

 

 

 

 

 

おはようございますハート

まだまだ朝晩は寒いですね~

日中との温度差が激しいので、皆さん体調管理に気をつけて下さい。ニコニコ

 

今日は、凡事徹底で有名な鍵山さんのお話です。どうぞ聞いて下さい。

 

「いい社風がいい仕事をつくる」

 

会社で何が大事かというと、利益より社風をよくすることだと思います。

社風が悪い会社で未来永却よくなった会社はありません。

 

社員というのは、命令や規則、あるいは職務規定によって仕事をするということは絶対にありません。

どんな会社にでも厚い規定集がありますが、その規定によって仕事をしている人は一人もいません。

 

現に皆さんが社員の方に、自分の会社の職務規定で何かを覚えていることがあるか聞いてみて下さい。

だれも何も知りません。

 

うちの会社で私が聞いてみたら、一人知っていました。

「私は一つ知っています」

「君は感心だ。なんだ」 というと。。。

「出張旅費規程を知っています」といいました。

1泊で行くと旅費がいくらで、宿泊費や日当がいくらとか、それだけは覚えています。

 

もう一人いました。

「私はもう一つ知っています。慶弔費規定です。結婚したらいくらでる、

子どもが生まれたらいくら出る。それだけは知っている」というんです。

そのぐらいで、ほかのことは何も知らないんです。

つまり、規定にしたがって仕事をしているということはないことです。

 

何にしたがっているかというと、社風にしたがって仕事をしているわけです。

ですから、いい社風になれば、いい仕事ができるわけです。

 

いい社風をつくるためには、先ず会社、それから、もちろんトイレ、車、道路をきれいにするといいと思います。

こういうふうに、きれいにするということをお勧めすると、

そんなのは関係ないのではないかと言われます。

 

例えば、もし私が今日ここの玄関へ来た時に、

袖口が汚れているワイシャツを着てきたとします。

それに気がついたら、皆さんの前でお話をしていても、たえず袖口が気になってしょうがなくなり、

つい自信が無くなっていくのです。

あるいは、ネクタイが曲がっていたとします。

知らないうちはいいのですが、ふっと気がつくと、とても恥ずかしい。

 

おれはいいんだ、ほっといてくれという人はいません。

どんな人でも直します。

それと同じです。

 

袖の汚れやネクタイが曲がっているのが気になるのに、

どうして会社の車や、会社の社屋やトイレが汚いのが気にならないのか。

 

衿や袖やネクタイも心が汚れているのも、車や会社やトイレが汚れているのも一緒です。

 

それが連動して考えられるようにならなければ気づく人間にはなれないのです。

 

そういったことまで連動して考えていかれたらいいのではないかと思います。

 

 

 

 

ハイ、私もそう思います。ニコニコ

 

 

 

 

 

 

今日も笑顔100万トンで、
GO!GO!HAPPINESS



読んで頂いて、ありがとうございます。  <(_ _)>