2010-03-07 01:00:49
壬生寺‐END
テーマ:ブログ
宝鏡寺の次はバスで四条堀川まで行って、そこから歩いて壬生寺へ。
昔は地蔵院という名だったそうだが、今は通称だった壬生寺の名が正式名称らしい。律宗のお寺。
そして壬生といえば新撰組。
かつて境内では兵法の訓練が行われ、沖田総司が子供と遊んだという。
近所には八木邸や前川邸もあり、新撰組屯所跡を観ることもできる。

本堂。思ったよりデカくて驚いた。
昭和37年に全焼後、再建された建物。
本尊も焼けてしまった為に、現在の本尊は唐招提寺より移された地蔵菩薩立像だ。
左手に宝珠・右手は与願印の日本で最古の部類の地蔵菩薩だという。
脇侍には平成17年に造られたばかりの掌善童子・掌悪童子がいる。
しかしそれより目立つのは本堂を取り囲むド派手な障壁画と襖絵だね。
友禅画家・あだち幸氏の手によるもので、本堂向かって左側の【地獄変】から本尊背後の【宙みつ誓願】~【明珠不生】、そして右側の【浄土幻想】へと、人の死から観音に迎えられ地蔵菩薩に浄土へと誘われる一連の物語が極彩色に描かれている。
地獄変のタイトルが【死に死に死に死んで】とか不気味すぎるんだが、最終的には赤子のような姿で青い光の中へ旅立っていくから救われる。
ちょっと新興宗教っぽい雰囲気だから京都のお寺らしくはないけどね。
四天王寺のお堂を連想しちゃったよ。

お土産屋かと思ったら阿弥陀堂だった(一応新撰組グッズなども売ってある)。
阿弥陀三尊が安置され、地下には壬生寺歴史資料館もある。平成14年に改築された建物だから新しい。
ちなみにここを抜けると近藤勇や芹沢鴨らの墓がある壬生塚に出る。
阿弥陀堂向かいには、洛陽三十三所観音霊場第二十八番札所の本尊十一面観音が安置された中院もあった。

一千体の石仏を積み上げた千体仏塔。てっぺんに十三重石塔が見える。
京都市の各所から出土した歴史ある石仏が集められているそうだ。地蔵だけじゃなく如来形などもある。
手前にはミャンマーの写真だったかが掲示されてた。
他にも壬生寺といえば有名なのが壬生狂言。
その舞台である大念佛堂や水掛地蔵、夜啼き地蔵などのお地蔵さま、さらに文化財展観室には迫力ある閻魔十王図や狂言の面等々もある。
見所は沢山あるので新撰組ファンや狂言ファンならずとも訪れたいとこだね~。

ラストは近藤勇の胸像で。
と、いうわけで本日をもちまして約2年3ヶ月書いてきた麦雨ブログを終了いたします。
見てくれた方絡んでくれた方々には本当に感謝しています。
今までありがとうございましたっ!
いずれどっかのオーケンや筋肉少女帯なんかのライブですれ違いましょう(笑)
それでは皆様お元気で。







1 ■お疲れ様でした!
ブログやめちゃうんですね…寂しいです(ノ_・。)
来月、京都へお花見に行くので麦雨さんのブログを参考にさせていただこうかと思います。
気が向いたら、筋少ちゃんのことも、また書いてくださいね!
ツイッターも楽しいですよ。
気が向いたら…いつでもお待ちしてます(*^o^*)