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2017-03-27 00:21:36

どんなときも!の巻

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3月12日AM2:00

 

草木も眠る丑三つ時、とはよく言ったものだ。この世のすべてが眠りに落ちたような、漆黒の静寂ばかりが無限に広がるこのサイクリングロードの行く先は、もしかしたら誰も知らない常世の異世界なのかも知れない。

 
その常世へ向かっているのか、頼りないライトの明かりを人魂のように揺らしながら、一機のロードレーサーが走っている。
 
『ああ、眠い!寒い!!やっぱしこんなアホな事はするもんじゃねえな!!』
 
他に誰か居ないものかと辺りを見渡しても、やっぱり眠っていないのは私のような変態と、凍るように寒い夜空に浮かぶ丸い月だけのようだった。
 
急峻な山の斜面に開かれた温泉街。石段に寄り添うように立ち並ぶ、温泉宿やお土産屋さんを覗きながら行き交う観光客たち。
 
ここは上州三名泉のひとつ、伊香保温泉である。東京から160kmくらいしかなく、自転車趣味には最適な距離なのだが、私は今にも死にそうなクソジジイのように、フラフラとよろけながら石段を上っていた。
 
以前の私であれば、『この程度の距離でへたばるなんて情けねえ!若い頃はママチャリで普通に来てたじゃねえか!!修行が足りぬ!!!』とかいって、身体がなまりきった自分を奮い立たせていたであろう。
 
・・しかし今となってはそう思わない。
 
『俺はまた<自転車趣味>を行使してしまった・・今年に入ってもう二度目だ、本当にどうしようもないカスだ。こんな愚かで腐った行為をしてしまうのは、俺の頭ん中にたんまりとチンのカスがつまってて、それがどえらい悪臭を放っているからに違いない・・。』
 
基本的に人間は地球のガン細胞なので、やることなすこと全てが母なる星、地球を滅ぼす結果につながる。それなら何もしなければ良いのに、<自転車趣味>などという愚かな行為で<人生の時間つぶし>をしてしまうのは、それこそ生物としての修行が足りないからなのだ。
 
伊香保の日帰り温泉の大広間で寝転んでいたら、ふと昨日(3月11日)で東日本大震災から6年経ったということを思い出した。
昨日は一日中、寝転び続けて何もしなかったので、すっかり忘れていたのだった。
 
私は頭がとても悪いので、何らかの特別な日ってヤツを覚えておくことができない。そもそも<特別な日>というものが必要なのは、人間が非常に忘れっぽいからなのだろう。
 
 
つまり人は<特別な日>を覚えていたとしても、それから何かを学ぶ訳でもなく、分かったようなフリをするだけなのだ。人間の歴史とは<人間は何も学ばない>と言うことを教えてくれるものだ。
 
 
私は6年前に大地震が起こった日を忘れてしまうし、あの大惨事で居なくなってしまった人たちを悼むという、優しい心を持たない冷たい人間である。
 
つまり人間のクズとは、私のような者の事を言うのだ。
 
ただ、そんなゴミカスである私に出来ることと言えば・・。
 
私は、高崎のとある公園にやってきた。
ここには、3.11に起こった大地震による原発事故から学んで、危険な原発を無くそうと思う人たちが集結していた。
 
ネット上で群馬県は『未開の地グンマ-』とか、ものすごい言い方をされているようだが、現実には意外とマトモな人たちが居るものだ。(※自転車で山を登ることばかり夢中になるバカは除外)
 
『今日は1500人は集まってます!』と主催者の方の嬉しそうな声が公園の広場に響き、私は思わずズッコケそうになった。
自転車で群馬県の山を登るイベントには何千人も集結するというのに。
 
・・まあ、こんなもんだ。これが人間という生き物である。
大抵の人間は『権威』にひれ伏し、目の前の楽しさばかり優先し、周りに合せて行動するだけの個体であり、自分で状況を把握し、本当は今何をなすべきか考えて行動する事が出来るマトモな個体はごくわずかである。
 
 
日本の場合は特に国民の家畜化が進んでおり、『自分たちを苦しめる権力者の言いなりになり、それに反する者を叩く』という、かなり素晴らしいレベルに達している。つーか、家畜だってこれほど酷くはない。
 
日本人にはすでに遺伝子レベルで『家畜以下の家畜』が組み込まれているため、もうダメだし、私たちに待っているのは圧倒的破滅である。
 
私は悩み続ける。日本人はこの地球に生きる価値もない、破滅的な情けない生物に成り下がった。こんな国の未来を守ることに何の意味があるというのだろう。
 
いいや、何もしなければさらなる悲惨な破滅を招く。
どうしたらよいのかと悩み、答えを探し続けなければ、堕落するだけなのだ、人間という生き物は。
 
だから今の私に出来ることは、原発事故が起こったということを忘れず、例え無意味だと分かっていたとしても、私たちや子孫の未来を守るために行動し続けるということなのだ。
いや、私が私らしくあるために・・だな。
 
デモ隊は『子どもたちのために原発を無くして未来を残せ!』と声を張り上げて、高崎の街へと繰り出していった。
 
 
3月19日
東北の被災地を一泊二日で巡ってきたバスが、宮城県女川のとある港に到着した。
 
『途中に見えた不気味な煙突、原発かなあ。例え復興してもアレがまた爆発したら何の意味も無い・・。
 
作業着を装着した私は、15人ほどの参加者と共にバスを降りた。今回は養殖に使う土嚢袋を作る作業を行うそうである。
 
復興とは、一度衰えたものが再び元の盛んな状態に戻ること。という意味なのだが・・もともと、過疎だった場所が大きな被害を受け、住民が他所の場所へ避難してしまった後も『元の状況に戻る』事が出来るのだろうか。
 
果たして、復興支援に意味などあるのだろうか。
この世に居なくなってしまった人たちを悼むという、人間らしい優しい心を持たない、私ごときゴミカスが、この地に足を踏み入れてよいのだろうか。
 
 
あれこれ考えてみたが、今のところ私の出した結論は『何をやっても無意味だけど、何とかするべき現実に対して何もしないのは、さらなる無意味である』ということであった。
 
これだって間違っているかもしれない。でもいい。
 
いつもどんなときも、何をしたらいいのかと考え、行動し続ける日々が、私が私らしく生きるための答えになるのだから。
 
被災地でお土産を買いあさって経済的に支援をし、一生懸命生きている地元の方に寄り添うことくらいなら、私にも出来そうだ。
 
私はスコップを持ち、熱心に土嚢袋に砂利を入れて入れて入れまくり、依頼人を呆れさせるくらいに動いた。
 
今の俺に出来るのはこれくらいしかねぇ・・。
 
 
昼飯をみんなで食って、いよいよお別れの時である。
立ち去っていく私たちのバスに『支援に来てくれてありがとう!』と地元の方がニッコリと笑って手を振っていた。
 
こちらも手を振り返すのだが、そんな彼らの姿を見ていると、何だか、どこかの暖かく穏やかな海をぷかぷか浮かんでいるみたいに、私の心は安らぐのであった。
 
 
今回のエンディングテーマ『どんなときも』
 
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2017-02-27 01:57:57

2017年、初バカ行為!の巻

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2017年2月19日 AM9:00

この目に染みるように青く輝く、初春の空へ向かって、ピンク色の炎を燃え立たせる河津桜の並木をぼんやり眺めていると、何だか遙か遠き日の幻を見ているかのようであった。

 
私は今年も、リンコーで運んできた愛機を押しながら、桜色で彩られたトンネルの中を歩いている。

 

そういえば、何年も前に東京から自転車で走って箱根と天城を越えて、初めてこの河津にやってきて河津桜を見たとき、『この世にこれほど綺麗なものは無い』と思って感動したものだ。
 
 
『去年はもっと綺麗だったような気がするけど、今年は何だか色あせて見えるなぁ。』
 
だが、河津桜は別に昔と何ら変わりは無い。つまり、私の気のせいなのだ。
 
そういえば、2年前にここに来たときは『なぜ人間には美しいという概念があるのか?』という疑問を感じ、去年に来たときは『人間自体が美しくないから、その現実から逃れるために美しいという概念を持つようになったんじゃないのかな?』とか思っていたような気がする。
 
人間に「自然が美しいと思う感情」があっても環境破壊は止まらないばかりか悪化するだけなので、やはりこれはただの現実逃避なのであって、何の意味も価値も無い。
 
・・そうか、私は去年よりもさらに、現実を直視出来るようになったので、河津桜が綺麗だと思う必要がなくなってきたのだ。
 
このまま順調にいけば、もう河津に来なくても精神的な満足感を得ることが出来るようになりそうである。
 
私は、この地の経済貢献のために饅頭を購入しておいた。職場の人に配れば喜ばれるので一石二鳥である。
経済など発展させればさせるほど滅亡が近づくが、日本人はもう経済なしでは生きていけないので、仕方ない・・食い物を買うくらいならまだいいだろう?
これから山を越えていくのに荷物を増やして、俺は本当にバカだなと思いながら、私は愛機に乗り込んだ。
さて、本当のバカはこれからだ・・。
<自転車趣味>という、2017年の初バカ行為をおっ始めるとするか・・それにしても、なぜ人は・・いや、俺はこのような行為にハマっているのだろう?また、ハマるとは何だろう?
 
永遠に答えの出なさそうな疑問を抱えて、桜色の愛機<クレイジィ・エンジェル>は、河津を離れて天城の山々へ乗り込んでいく。
 
山腹あたりにある巨大なループ橋をぐるぐると登り、苦留魔や嘔吐倍が空気を汚染している国道を外れて、砂利道の旧道を登っていくと、旧天城トンネルである。
古めかしい石造りのトンネルの向こうに、出口から漏れる光がぽつりと見える。
 
・・ああ、思い出した。そもそも私は排気ガスを垂れ流して地球環境を破壊する、苦留魔や嘔吐倍が大嫌いで、人力の自転車が交通手段として優秀だと思っていたから、ハマったんだ。それと鉄道が好きなのも同じだ。
 
また、人が<自転車趣味>などの運動にハマるのは、動くことを前提として身体が出来ているため、あまり怠けると健康に悪いので、脳が快楽物質を分泌して積極的に運動をするように仕向けているからなのかも知れない。人間は非常に怠惰な生き物だからね。
 
私は運動が素晴らしいと思っている人がいるのは何故だろうと思っていたが、つまり素晴らしいと思わないと、運動しなくなるからなのだろう。
 
 
たかが運動のために何兆円もお金を使うオリンピックなど愚の骨頂だと思うが、なぜこんなアホなお祭りをありがたがるのかというと、人間が怠惰なのは運動だけではなく「考えること」に関してもメチャクチャ怠惰だからだ。
 
これは『認知負荷』と呼ばれるもので、人間は自分で物事を考えるのをめんどくさがって、他人が素晴らしいと言い出すと同じ事をやりたがる習性があるのだ。そして、その言い出しっぺが権威のあるお方や、有名人やマスコミだったりすると効果がバツグンとなる。そりゃ簡単に騙されて下らぬ物事に夢中になるわな。
 
なぜ人間はこんなにバカで怠惰な生き物なのだろう?本当に進化の結果がコレなのだろうか?
 
私には、何者かがわざとこんなダメな生き物として実験的に作り上げたようにしか思えないのだが・・。
ああ、ますます運動が嫌になってきた。そもそも私の場合は仕事で身体を動かしまくっているので、<自転車趣味>による運動など全く必要ない。
 
何だか、自転車趣味などやらんでも精神的に満足出来るようになりそうな気がして気分が楽になり、私はルンルン気分でじめじめして薄暗い旧天城トンネルをくぐり、沼津まで続く坂道をひたすら下っていった。
 
PM2:00
最近、寂れっぷりが激しいらしい沼津の街に、ピンク色の変な自転車が滑り込んできたので、とある場所にお集まりのみなさんが一斉に私の方を見た。
 
『みなさん、こんにちは!ここ沼津で、アベに反対するデモをやるとインターネットで見たので、東京から飛んできましたよ!アベ及び自民党は日本をよその国に売り渡す売国奴です!!日本人は無関心な人ばかりですが、そんな人たちに流されず、私たち市民の手であの売国奴を総理の座から引きずり下ろして、日本を守りましょう!!』
 
いきなりマイクを渡され、慌ててテキトーに喋り終わると、小規模なデモ隊は沼津の街中に出撃した。
 
特定秘密保護法、原発再稼働、戦争法案、さらにもうすぐ成立しそうな共謀罪、憲法を改悪して緊急事態条項を新設し、日本人から自由と人権を奪う。これらすべて日本人を滅亡させるためのものだ。
 
 
さらに、政府が関西の私立軍国幼稚園に格安で国有地を売り払ったり、ソーリの名前を冠した小学校を新設しようとし、その奥さんが名誉校長になりそうだった問題もある。
 
私は、どこぞの私立軍国幼稚園が運動会で園児にアベを褒め称える宣誓をさせようが、中国や韓国や北朝鮮を敵視するような教育を施そうが、どこぞのバカ親がこんなキモい幼稚園に自分のガキを預けようが自由だと思うが、政府がこんな思想の偏りまくった、北朝鮮みたいな幼稚園に関わっちゃダメだし、違法だろ。
 
アベ及び自民党は、北朝鮮を敵視していると見せかけて、日本をまるっきり北朝鮮のような国にしようとしている。
もう政治家などやめて、あんたをヨイショするガッコーの校長でも夫婦仲良くやるか、大好きなあの国へ移住したらどうだ。
 
もうこれは私たち国民が、自分たちの未来を守るために抗議の声を上げるのが当たり前だと思うのだが、日本人は無関心でいるのが普通なのだ。
 
この国はもうダメだ。もうすぐで北朝鮮みたいな国になる。というのが現実である。
 
しかし・・こうして諦めず、立ち上がって声を上げている人がいるというのだから、凄い。デモを主催して実行するなんて、面倒くさいしダルい事だし、無関心な者たちから冷ややかな目で見られたり、エセ右翼から散々叩かれたりする事だろう。だがそれを率先してやるというのだから、私には絶対に無理である。
 
それだけじゃない、被災地への支援やゴミ拾いのボランティアを主催する人たちというのも、正直いって尊敬に値する。
 
人間はとても愚かで怠惰で、目先の楽しさばかり追いかけ、長いものに巻かれて楽をしたがる性質をもつダメな生き物だが、こういった人たちが人間という生物のクオリティーを何とか保っているのではないだろうか。
 
沼津では毎月、何らかの抗議活動をやっているとのことで、私は<自転車趣味>自体を店じまいしようと思っていたけど・・何だか愛機で箱根を越えて沼津にやってくる「理由」が出来た気がするよ。
デモの参加者とお別れし、私はいつものように沼津港にやってきて、大賑わいの定食屋に入った。目の前に運ばれてきたのは巨大な皿にデンと鎮座しているマグロのテールステーキである。
 
胸を躍らせて、ソースが良く染みこんだマグロの肉を舌の上で転がすと、とある異変に気がついた。
『アレ?・・旨いんだけど、この前食った時ほど旨いと思えねえ。』
マグロのテールステーキは変わらず旨いのだろうが、どうやら私の精神が『もう十分だ』と言っているようだ。
 
そういえば、前回も『旨いも不味いも気のせいだ』とか言っていたような気がする。
 
いよいよ、『旨い食い物』も私には必要なくなりそうな気がする。
 
本当に必要な物事を必要な分だけ・・。
 
これが理解できるようになって、人はようやく『楽』になることが出来るのかも知れないな。
 
来年もこの時期になって河津桜を見に来たとき・・私はどうなっているのかな?一年の間にいろいろあって、初めて見た時みたいに感動するかな?それとも・・?
 
いや・・それ以前に日本が無くなっているかも知れないけどね?
 
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2016-12-26 00:36:00

アイアムア・サイクリスト!の巻

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12月17日

首都高にかかるハープ橋が朝の日差しを受けて、まるで私に眩しい笑顔を向けているかのように輝いていた。

 

師走のこんな寒空の下、ピンク色の変なロードレーサー<クレイジィ・エンジェル>をのろのろと走らせながら、私は思う。

 

何やってんのかねぇ・・俺は。

 

いつも<自転車趣味>を愚かで下らぬものとして徹底的に否定しておきながら、前回の荒川ゴミ拾いのイベント以来、1ヶ月ぶりとはいえども、こうして<自転車趣味>を行っているとはね。

 

俺は、もう止めることが出来ないのかね・・この行為を。

 

・・否ッ!これは<自転車趣味>ではない!!

目的地へ向かうための<交通手段>である・・!!

 

・・という口実を考えてみたが、かなり無理がある。いかにもヤバい薬やアルコールやタバコの中毒者が言いそうであり、こんなピンク色の変態なロードレーサーに乗っている時点で、<これは交通手段っす!>という言い訳は、あまりにも厳しすぎる。

 

私はため息を吐き出して自嘲の笑みを浮かべると、観念したように眼前に広がる荒川サイクリングロード見据えた。

 

私は間違いなく、自転車を趣味とする人種・・<サイクリスト>なのだ。

 

私は下流の方で開催されている、とあるイベントの会場に到着した。まあ<イベント>というには、あまりにも参加者が少なすぎる気がするが。それにしても、あんなに<イベント>を小馬鹿にし、コキ下ろしまくっていたのにも関わらず、先月に続いてイベントに参加する俺って一体・・。

 

『今回は、なぜこのイベントに参加しようと思ったのですか?』

 

受付を済ませると、主催者の姐さんがこう聞いてきたので、私は一瞬面食らったが、やがて胸を張ってこう答えた。

 

『俺が、この荒川サイクリングロードを走るサイクリストだからですよ。サイクリストたる者は、ただ走るだけじゃなくて、サイクリングが出来る社会を守るために全体を考えなくてはなりません。だから、この荒川にゴミが散らかっているのを、黙って見ている訳にはいかないのです。』

 

私はもう知っているのだ。自転車趣味のことだけを考えているだけでは、やがてそれすらも取り上げられてしまうのだ。ということをね。

 

ゴミ拾いのイベントがスタートし、グループ分けになったが、何とか今回は一匹ウルフにならずに済んだ。ゴミは5種類の袋に分けなくてはならず、さらにチェックシートに記入までしなくてはならないので、前回のように一匹だと超めんどいのだ。

 

なぜこんな面倒な事をするのかというと、ゴミの元となっているものを生産している業者に報告して、注意を喚起するためなんだとか。

 

ペットボトルや空き缶といったゴミを拾っていると、野球やサッカーのボールが出てきた。

 

ああ、河川敷でボール遊びなぞしてるヤツ多いもんな。

何が楽しんだか知らねえが、ゴミを出さないチャリにでも乗ってろやクソどもめが☆

 

とか思っていたら、参加者の人が『自転車のサドルが出てきましたよー☆』とか言いながら、サイクリスト御用達のスポーティーな形をしたサドルをつまみ上げている。

 

私は慌ててそれから目をそらし、現実逃避を開始した。

 

ゴミにまみれた荒川の対岸に、人の暮らす清潔そうな街並みが見える。・・虚構だな。中身が醜いから外見をキレイに装うのだ。

 

達観したような風情でゴミを拾い歩いていると、ぬかるみでスッテンコロリンと転んでしまい、ケツが泥にまみれて運子を漏らしたみたいになってしまった。

 

フッ・・まあ俺は、外見も中身もクソにまみれてっけどな。

1時間半くらいでゴミ拾いの作業は終了し、主催者のお兄さんの解説が始まった。

 

何でも、太平洋には『太平洋ゴミベルト』という、流れ出たゴミが海流の影響によって、日本の国土面積の4倍にも固まって浮かんでいる海域があるそうである。

そして、この場所は河川敷に置かれたテトラポッドにゴミが引っかかりやすい地形のため、みんなで定期的にゴミを拾えば、ゴミ海域がさらに巨大になるのを阻止することが出来るとのことである。

 

でもな、こいつぁ今さらどうしようもねえな。つーか、こんなにゴミを出さなきゃ生きていけない人間自体が、もうどうしようもない。

 

恐らくは、銀行が「無」からお金を生み出し、それに利子をつけて人に押しつけて借金づけにし、無駄に無駄を重ねて返済させなくてはならない詐欺社会を作っているから、こんなゴミまみれになるのだろう。とは思うが・・こいつも、今さらどうしようもねえな。

こんな社会を許容しているのも人間だし。

 

イベントも終わりが近づき、参加者がマイクを持って感想を述べているようだ。マズいぞこれは。俺に順番が回ってきたらどうしよう?

 

『我々はここにイベントを終了するが、これは敗北を意味するのか?否ッ!始まりなのだ!他の自転車イベントとかに比べ、我らがイベントの参加者は300分の1以下である。にも関わらず、今日まで戦い抜いてこられたのは何故か!諸君!我々のイベントの目的が正しいからだ!思い起こすがいい。聖なる唯一の地球を汚すばかりで、自転車やらマラソンやらボール遊びなぞに現を抜かし、ゴミにまみれた荒川を対岸の火と見過ごしている者たちの姿を!彼らがいかに人の姿をしていようとも、それはすでに形骸である!あえて言おう、カスであると!!

人が人たる心をなくしてしまった悲しみを怒りに変えて、立て!!立ってゴミを拾え国民!!これ以上、地球を破壊し続けては人類そのものの危機である!この国の無関心どもに思い知らせてやらねばならん!今こそ人類は、明日の未来に向かって立たねばならぬ時であると!!ジー○・ジ○ン!!』

・・とか、拳を振り上げて熱く語ってしまいそうでヤバい。

俺の心がすっげぇ邪悪なのがバレる。

しかし、その心配も杞憂に終わり、私には順番が回ってこなくて、ほっと胸をなで下ろした。

 

今日は20km近くも走って飽きたので、帰ってゴロ寝しながらエロ本を読むことにしよう。明日も自転車趣味を行う予定だし。

 

翌日・・12月18日

東京都の西の方へ向けて、私の愛機<クレイジィ・エンジェル>は爆走・・というのはウソで、かなりダルそうに自転車趣味を行っていた。

こんなやる気のないサイクリストは見た事ねえ・・と思われるくらいに、やる気のない走りであったが、これが私にとっては普通なのだ。

集合場所である武蔵野市のとある公園にやってきたのだが、くたびれ果てたようなオッサンとかが数人、ベンチにへたりこんでいるだけなので、きっと集合場所を間違えたのだと思いたい。

何だか北風がびゅうびゅう吹き荒んで来たような気がしていると、参加者の一人らしい人に・・

 

『あの・・もしかして、まっちゃんさんですか?』

 

・・と声をかけられた。いかにもそうですが、なぜこんな変態男の事を知ってるんすか?と尋ねると、私の腐ったブログを見て、変なピンク色のロードに乗っているから分かったとのことである。

こんな面白くないばかりか、不愉快きわまりないブログを見ている人が居る。という事実に驚きである。

 

かくして、くたびれたようなオッサンたちと一緒に『反原発と平和を求める市民デモ』はスタートした。

 

『原発はいらない!危険な原発を無くして、子どもの未来を守るのが大人の責任!!伊方原発、川内原発は今すぐに止めよう!!

 

という、勇ましいシュプレヒコールをあげているオッサンたちの姿を見ると、それほどくたびれているわけではなかったのだな。と思った。

私は『放射能から子どもを守る!』と書かれた幟を掲げて居るのだが、そう思う<大人>はどれくらい居るのだろうか?

 

それに<子どもを生み出す親>というのは、実際には子どもの幸せを願って生み出すのではなく、<親という社会的な立場>が欲しいだけなのだということを、私はすでに知っている。

 

放射能が本当に恐ろしいというのは、もう過去の歴史から明らかなのだが、それを認めたくない・・権力者がそれを認めないからだ。

 

日本人は権力者に媚びへつらい、弱い者をいじめ抜く。そんな民族である。私は別に日本人が嫌いで同胞の悪口を言っているわけでは無い。

これが疑いようのない事実なのだ。そうでなければ、福島から逃げてきた家族をみんなでいじめるなんてことが起こるはずが無い。それでは、なぜこのような事になってしまったのだろう。

 

もしかしたら長い年月をかけて、人間が獰猛だった野生動物の中から言うことを聞かない個体を淘汰し、飼い主に従順な個体を増やして、家畜化していったのと同じようなプロセスを辿っていったのかもしれない。現に、陰の支配者は私たちのことを<家畜>だと言っているようだし。

 

 

また、原発は次の爆発が起こるまで止まらない。そしてしばらくしたらまた動き始める。そしてこの国は・・この大地や海は終わりを告げる。日本人はどうあがいても絶滅する運命である。

いや、あがこうともしてないか。

 

それでは、なぜ私はこのような活動をするのかというと・・どうにもならねえからといって、何もしないのは無責任だし、他にやるべき事が思いつかないからである。

 

もはや、かつては「楽しい」と思っていたことが、もうそう思うことが出来なくなってしまったのだ。それなら、例え無駄であっても『やらないよりマシ』な事をやっていたい。

 

これはまさに幻想・・人間は虚構の中で生きる生き物なのだ。

自分が虚構の中で生きているのを認めたくないから、さらなる虚構を生み出す。だから、現実から逃げて自転車だのマラソンだのばかり夢中になる人がいるのだろう。楽しいと思わざるを得ないのだろう。人の心は虚しさに耐えられないように出来ている。

 

デモ行進が終わり、スタート地点の公園に戻ってくると、初参加のお二方に一言しゃべって欲しいとの事で、さっき私に話しかけてきた人がコメントしている。

 

もう私にマイクが回ってくるのは100%確実である!!

 

『それでは、ピンク色の自転車で駆けつけてきてくれた人にも一言・・あれ?帰っちゃいましたね。』

 

そんなデモの主催者の方の声を背中で聞きながら、私は公園を後にすると、すっかり葉を落とした木々が、また来てね。とばかりに風に揺れていた。

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2016-12-05 00:15:34

自転車イベントに参加するぞ!の巻

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11月13日

晩秋の澄み切った穏やかな青い空が、まもなくやってくるはずの峻厳たる季節の到来を予告しているようだった。

 

・・が、うっかり次の季節をすっ飛ばしてしまいそうな、麗しい桜の色をしたロードレーサー<クレイジィ・エンジェル>が荒川サイクリングロードを行く。とはいっても、このロードに乗っている人間の方は一ミリも麗しくないのだが。

 

荒川と隅田川を仕切っている、薄汚れた水色の巨大な壁、『岩淵水門』では<サイクリスト>たちがたむろし、手持ちぶさたげにスマホをいじったり、自転車仲間たちと談笑しながら待ち合わせをしているようだった。

 

しかし私は一匹ウルフなので、水門の欄干に背中を預けて、誰に投げかけるでもないモナリザのような謎の微笑を浮かべるだけである。

 

フフッ・・汝らも、行くのだろう?妾と同じトコロにな。

 

そうさ、この荒川の上流の方で開催されるという<自転車イベント>に参加するために、みんなこうして全国から集結してきているのだろう?

 

<サイクリスト>はみな、<自転車イベント>に導かれる運命ッッ!!さあ行こう!素晴らしく楽しい自転車の祭典へ!!

 

・・ここでまあ、前回の私のブログを読んだ方は疑問に思うことであろう。

 

はぁ~?コイツ何言ってんだ?

 

『俺はもうイベントなど全く興味ないし、こんなこの世の何の役にも立たない、愚かでくだらない催しなど、やればやるだけ、立ち向かうべき現実から逃げるバカが増えるだけだから、今すぐこの世から徹底的に排除すべし!!』

 

だのと、散々ボロクソにこき下ろしていたではないか。

それが舌の根も乾かぬうちに<参加する!!>とは、一体どういった了見なのか?

 

フッ・・知れたことよ、俺はアベのように息を吐くように嘘をつき、それがバレても何事もなかったかのように開き直り、自分のことを棚に上げて他人を徹底的にこき下ろす人間のカスであり、この世に生まれたこと自体が間違っているガン細胞であり、今すぐこの世から排除すべきクソなのだ。参ったか!!

 

しかも、今日の私の格好は、いかにも自転車イベントに参加しそうな・・ビンディングシューズと、派手でピッチピチで尻がモッコリしたサイクルジャージを装着した、いわゆる<スタイリッシュなサイクリストっぽい格好>ではない。

 

汚いゴム長靴に染みついた作業着という、野暮ったい日雇いの土方のオッサンみたいな風情である。<自転車イベント>をぶち壊してやるべく、こんな格好で参上・・とか、いかにも最悪な私ならやりそうだが、それは違う。イベントの募集要項に『汚れてもいい格好で来て欲しい』と記されていたからである。

 

今回のイベントは、その名も『サイクリストと荒川ゴミ拾い』なのだった。

 

私はイベント会場とおぼしき場所へやってきたのだが、どう考えても、何かをやろうとしている雰囲気では無かった。

 

もしかして、土壇場でやるのが面倒くさくなっちゃったんじゃね?

いやいや、俺じゃあるまいし。

 

考え直して橋を渡って対岸にやってくると、果たしてそれはあった。イベント会場であることを示す幟が一本、風を受けて寂しく揺れている。

 

・・あれぇ?何かおかしいじょ。

 

そこでは、イベントのスタッフと思われるお兄さんとおじさんが数人と、参加者らしき子どもが数人・・両手で収まる程度の人数がレクチャーを受けているようだった。

 

そして一番気がかりなのは・・

なぜ、チャリで来ているヤツが俺しか居ないのか?

 

私は河川敷に膝を抱えて座り込み、陽にきらめく荒川のみなもを見つめた。・・そうかい、いつも遊んでる荒川のゴミを掃除してやろうと思う人間は、ここに居る数人のガキくらいなものかい。

 

私が茫然自失といった感じで遠くを眺めていると、スタッフのお兄さんが話しかけてきた。

 

『おっ!自転車にいろいろ貼ってありますね。・・原発はいらない!・・戦争する国にさせない!・・おっしゃるとおりです。』

 

私は目を細めて寂しげに微笑した。

 

『サイクリストとゴミ拾いとの事でやってきたのですが、どうやら<サイクリストっぽいヤツ>は俺だけのようですね。』

 

『ああ、そのサイクリストのっていうのは、ここではなくて対岸でやってるっぽいですよ!さっきも、間違えてこちらに来た方がいらっしゃいました。』

 

どうやら私の目が節穴だったようで、さっき通りかかった場所で開催されているようだ。

 

今頃はきっと、荒川を大切に思うサイクリストが殺到しているに違いない!!!

 

・・と思うことにした私は元気を取り戻し、対岸に行こうと思い立ったが、こちらの方が人数が少なそうなので留まることにした。私はどちらかというと、『数が少ない側』に立ちたいと思うのだ。

 

そんな自己満足に浸っていると、地元の中学生らしき集団が加勢にやってきて人数が一気に増えた。

レクチャーを行うスタッフも気合いが入ったようで、海鳥のヒナの死骸からプラスティックのゴミが大量に出てきた。というおぞましい話を交えて、ゴミが出ないような生活を心がけましょうと力説していた。

 

だが、もう私たちは、消費活動をしてゴミはもちろん毒物を垂れ流して地球を破壊することでしか生きていくことが出来ない。間違いなく滅ぶ運命なのだ。しかし・・だからといって、この現状を放置したらどうなることだろう。

 

今より悪くならないように心がけなくては、破滅の度合いが増すばかりではないのか。

無駄だと分かっているけど努力し続けるしかないではないのか。

 

フッ・・これも私の嫌いな虚構・・信仰と変わりないか。

人間は虚構を信じないと生きていけないのかもしれない。

 

『それではゴミ拾いを開始しますので、5人ひと組になってください!』との号令がかかり、周りはあっという間に「群れ」が出来てしまう。私はやれやれとばかりに頭を振った。

 

無論、こんな時でも私は一匹ウルフである。

 

 

かくして、私とガキどもはゴミ拾いを開始した。

いや、「ガキども」なんて言う資格は私には無い。

人間など年を取れば取るほど、性能が落ちて価値が下がるものだ。大人が子どもに勝ると言い張る「経験」などと言うものが、一体この世の何の役に立っているのか?

 

自分の下らない欲望を満たすためだけに生きてきた「経験」などにすがり、自分たちの老後の面倒を見させるために子どもが必要だという、「大人」の意見に、私は正直呆れたものだ。

 

『餓鬼』という意味を調べると、ソレはまさに『大人』の事だろう?

 

『あの、すみませんが、ちょっとこれを見てくれませんか?』

 

と、すがるような目で中学生の子が私を見る。

 

『うむ!何だね?』と大人の威厳を見せつけながら向かうと、そこには蜂の巣があった。

 

なにィ!!こんのクソガキめー!

俺に蜂の巣を探れってか!?(笑)

 

しかし、ここで逃げたが最後。私という「大人」の信頼は地に落ちるであろう。意を決して巣をのぞき込むと、デカい蜂がでんと鎮座していた。

 

私はこの世のものとは思えぬ絶叫をあげ、中学生と一緒に全力で逃げ出した。

 

そんなこんなで、ゴミ拾いのイベントは終わりを告げ、解散となった。出来れば、対岸で行われたらしい「サイクリストとー・・」はどのくらいのサイクリストが集まったのか知りたかったが・・私にはもう「日本人の性能」が分かっているので、知らない方が身のためなのだろう。

 

知ってしまったらきっと、日本を破壊するために奔走するアベをちょっと応援したくなるに決まっている・・。

 

『これから上流の方へ走りに行かれるのですか?』

 

帰り際にスタッフのお兄さんが話しかけてきた。

 

『いや、帰りますよ。自転車趣味ばかり没頭する時期は・・もう終わったんです。俺たち大人が考えやるべき事は、もっと他にありますよ。』

 

本当は、意味も無く自転車に乗る行為が面倒くさいだけなのだが、私はそう答え、河川敷のサイクリングロードを引き返していく。

 

この麗らかな秋空の下で、小さな子どもたちが元気に土手を走り回り、広場ではバーベキューを楽しむ家族連れの姿が見える。

私には、これがまるで天国のような光景に見えた。

マラソンやチャリなど下らない行為ばかり夢中になって、現実から逃げ回るカスも居れば、ゴミ拾いなど面白くもなんともない行為を好んでやる人もいて・・いろんな人が幸せそうに生きている。

 

みな、やることには意味があるという幻想を見て生きる。

何をやっても無駄なのに。だが、これが人間なのだ。

 

そして、私が守りたかったのは・・きっとこれなのだろう。

 

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2016-11-24 00:10:20

楽しい自転車趣味。の巻

テーマ:ブログ

10月2日

富士急行の終点『河口湖駅』は、どうやら日本人よりも外国人観光客の方が多いようで、何だかこちらが他所の国にやってきてしまったかのような、奇妙な感覚に陥ってしまう。

 

だが、そんなアウェイな感じをものともせず、ピンク色の変なロードレーサーを引っさげて仁王立ちする、一人の変態男の姿があった。しかも、ピンク色なのは自転車だけではない、この男は頭の中から服装まですべてがピンク色なのだ。

 

もちろん、そいつはこの俺である・・!!

 

フゥム・・こんなに外国人が多いんじゃ、英語とかでメッセージを書いた方が良かったかな・・<STOP!TPP>はそのままでいいけど、<緊急事態条項はいらない!>は外国語でどうなるんだ?まあ、俺は頭悪いからわかんねーけど・・と、私は愛機にペタペタと張ってあるメッセージを見やった。

 

私より少し遅れて自転車を組み上げた若者が、周囲を気にしてこう言う。

 

『兄貴、やっぱし存在自体が恥ずかしいっすね。

 

しかし、若者が何だか嬉しそうに笑っているので、私はもっと嬉しそうに笑った。

 

これから我々は、自転車で30km続く坂道を上り、富士山の5合目まで行くという、何の意味も価値も無い愚かな無駄行為を開始するのだが・・私はコンビニのイートインのコーナーで、ぼんやりと頬杖をつきながらコーヒーを飲んでいた。

 

店内のトイレで運子をひねり出し、出陣の準備を整えて意気揚々とやってきた若者は、この私の様子を見て、何かを察知したようにはたと立ち止まった。

 

(もしかしてこのオッサン、行くのが面倒くさくなってんじゃね?)

 

『のう、若者よ・・チャリで富士山など上るより、コーヒーでも飲みながら、この空を流れる雲を眺めていたいとは思わんかね?』

 

薄気味の悪い爽やかな笑顔をたたえながら、ガラス窓越しに青空を眺めている、私に対する疑惑は確信に変わったようだ。

 

『兄貴ッ!!俺は一人でも行きますからねッッ!!』

 

コンビニから秋口の空の下へ飛び出していった若者の目に、何か光るものが見えたような気がしたので、私はチューリップの<サボテンの花>を口ずさみながら、標高2305mへ一緒に出発することにした。

 

富士の樹海をゆく道路をチンタラ走っていると、その脇に『野生のキノコを採取しないで欲しい』との旨を伝える看板が立っているのを見つけた。

 

実は福島の原発事故の影響により、この辺一帯の野生のキノコから、基準値を上回る放射性物質が検出されているので、もう採って食べることが出来ないのだ。

 

また、基準値を下回っているから安全というものではない。放射性物質など、少しでも含まれていてはならないものだ。それなのに<食べて応援>やら産地偽装やら・・本当にこの国はもう終わりだな・・その時は、しかるべき道具を持ってここに来るとするか・・いや、ここまで来るのも何かめんどくせえな。

 

放射能に身体を破壊されると、もう二度と元の健康な身体には戻れず、地獄の苦しみにのたうち回る事になる。さて、それまでどうするか。前向きに現実的に来たるべき未来のことを考えながら走っていると、有料道路<富士スバルライン>の入り口である。

 

『そういえば兄貴、スバルラインの自転車の通行料金は200円なのに、どういうわけか一万円近く出さないと通れない時があるんでしたっけねぇ・・?』

 

私はそれには答えず、雲に隠れて見えない富士山の方を見やり、『あんま天気よくねえけど、マジで行くんかい?』などと言って、話をそらそうとしている。

 

私は若い頃、その<一万円近く出さなければならない時>というヤツを何回か経験しているのである。

 

それは・・えーとですね・・いわゆる、自転車レースというヤツでしてぇ・・一人で必死こいてチャリ走らせるのだって、どうしようもなくバカ丸出しだというのに、一万円近くも参加費を払って何千人も集まってそれをやるというのだから、ハロウィンのバカ騒ぎ以上の基地外ざたでござりましゅ。

 

それでも、当時の私としては「楽しかった」のである。

かつての<自転車仲間>とかいうヤツらと切磋琢磨し、自分より高級な自転車に乗っているライバルたちをぶっちぎるのは、本当に気分爽快だった・・あの時は。

 

だが、クソガキだった時に夢中だった「ごっこ遊び」を次第にやらなくなるのと同じように、私はもう「自転車イベント」などというヤツに興味が無くなったのだ。

 

 

それにしても、日本人は自転車レースといった、どうでもいい下らないイベントには、大金をはたいてでも喜んで集結するのにも関わらず、戦争や原発に反対するなど、自分たちや子供の未来を守るための活動には、全く興味が無い人ばかりなのは何故なのだろうかね?やるべき事をやる理屈より、やりたくない屁理屈ばかりこねる腐ったヤツばかりなのは何故なのかね?

 

日本人に限らず・・(日本人は特にひどいが)人間は嫌なことを考えると精神的に参るから、考えないようにするという性質を持つのが原因なのだが、何故そのような性質を持つに至ったのだろうか?

 

人類が他の多くの生物を道連れにして滅ぶことで、生き残った生物の進化を促し、より強い生物を生み出すため・・なのだろうか?

またそうだとしたら、何故そこまでして進化などしなくてはならないのだろうか?

何ためにこの世に生物は生まれたのか?

永遠に答えが出そうもない疑問があるのは、それが理解できないように設計されているからなのだろうか?

それとも<理解するための進化>なのだろうか?

いや・・そもそも、本当に俺たちは存在しているのだろうか?

 

 

『兄貴ッ・・!!急に黙り込んでどうしたんすか!200円出せば走れるところを一万円近くも払って、<モビルスーツの性能の違いが、戦力の決定的差ではないということを教えてやる!!>とか叫んで爆走してたじゃないですか!!過去の兄貴のブログにも書いてありましたよ!!

 

私は<自分が自転車イベントなどという下らない催しに夢中になるクソバカ>であるという事実を認めたくないのだが、若者の追及は容赦が無い。

だが、私は間違いなく下らないイベントにハマって、大金をはたくバカだったのだ。いい加減にこれを認めて前に進まなくてはならない。

 

いつの間にか雲が消え去り、雄大な富士の山のてっぺんが望む蒼天の空を見上げて、私は晴れ晴れしく笑った。

 

『認めたくないものだな・・自分自身の若さ故の過ちというものを。』

 

 

私と若者がだべりながら、やる気なくテキトーに走っていると、背後から自転車乗りが接近してきた。すると・・

 

『アベ政治を許さないぞ!!!』

 

という勇ましい叫びとともに、拳を高く突き上げながら私たちを追い抜いていった。

 

私は驚いたが、すぐに『お・・おうッッ!アベ政権を倒すぞ!!』と返した。

 

どうやら、私のリュックに貼り付けてある『アベ政治を許さない』と書かれたステッカーに反応してくれたようだ。

 

『うおおおお!!アベ政権打倒ッッ!!』

 

その後にやってきた自転車乗りも、盛大な雄たけびを上げながら私たちを追い抜いていく。どうなってんだこりゃ?

<自転車趣味>にハマる人たちっていうのは、目をそむけたくなるような現実から逃げるために、自転車に夢中になる人のことをいうのではなかったのか?自転車の知識や走行距離ばかり気にして悦に入るような、程度の低い人のことを指すのではないのか?

 

<自転車が好き>なのではなく、<自転車に夢中になる自分が好き>なのであって、自転車を楽しめる平和な世の中を守ろう・・なんて一ミリも思わず、目先の楽しさばかり追い求める人たちのことではなかったのか・・?

もしかしたら、私の身の回りには現実から逃げ回るカスしか居なかったから、私が勝手にそう思っていた。ただそれだけのことだったのだ・・私は実に小さい世界に生きていたのだ。と思いたい。

 

さらに途中の駐車場で休憩していると、苦留魔でやってきたオッサンが私の愛機に張られたステッカーを見て『そうだ!原発はいらねえ!!』と声をかけてきた。

 

ウム・・!!!自転車で富士山を上る行為は最高にバカバカしいと思うけど、私は今、最高に気分がいいぞ。

 

霧で真っ白な富士山の5合目に到着した私たちは、観光客に記念に写真を撮ってもらおうと願い出ようとしたが、しゃべっている言葉が日本語ではなく、中国語のようだ。

 

若者がジェスチャーで撮影をお願いし、今度は他の人からも一緒に写って欲しいとせがまれた。ああ、ピンクの自転車大人気・・。

 

それにしても、これほど中国からの観光客が多いのは、彼らが豊かになってきたという理由以外に、日本政府が規制を緩和して中国から観光客が来るようにしているからなのだ。

 

私はマスコミなどによる操作によって、<中国人は日本が嫌いだ>というイメージを持たされていたのだが、果して嫌いな国に大挙して遊びに来るだろうか?爆買いなどして日本の経済を潤してくれたりするものだろうか?

 

たぶん中国では、日本に対してよい印象を持たないような教育をしているのだろうが、もしかしたら当の本人たちはそれに気づいていて、<別に嫌いではない>のかも知れない。

 

 

これほど一気にやってこられると煙たがる日本人もいるが、バブル期に海外へ押し寄せた日本人観光客だって、現地の人たちに煙たがられたに違いない。

 

しかしまあ・・アベは中国と戦争したくて仕方がないようなのだが、これほど経済的につながっている国と戦争などしたら、日本の経済がどれほどの悪影響を受けるのかバカでもわかるだろう。大体、狭い国土に最大の弱点である原発をずらっと並べて勝てると思っているのか?日本を滅ぼすTPPや原発を推進したりと、よほど日本を潰したいのだなアイツは・・。

 

私たちは、富士山から下りて麓の温泉の休憩室でまったりとしていた。

 

『兄貴、今日も楽しかったですねぇ!!!』

『たまには自転車趣味も悪くねえ。良い時間つぶしができたぞ。』

 

私はコーヒー牛乳を一気に飲み干し、機嫌がいいからもう一本飲むわと言って笑った。

 

10月9日

ここは岩手県の岩泉。先月に続いて災害ボランティアにやってきた私は、河川の氾濫による大きな被害を受けた工場で、汚泥とまだ使える道具と不燃ゴミを分けるという、途方もない作業をしていた。

 

私は和気あいあいと働いている、40人ほどの人たちを見渡した。

いつ見ても不思議な光景だよな。どうでもいい自分の欲望を満たすためにしか行動しない人がいる反面、なぜゆえ他人のために泥をかぶるような行為をする人がいるのだろうか?

これが心理学でいう防衛機制・・代償行為というやつなのだろうか?私はいつもように、この中の一人に尋ねてみる。

 

『あなたは、なぜ他人のためにこんな泥だらけになることが出来るのですか?正直、凄いと思いますよ。』

 

『え?あなただってやってるじゃないですか。』

 

彼らはいつも私の質問に明快に答えてはくれない。

日本はもう終わりだし、私たちも終わりである。

このような行為をしたところで、世の中は何も変わりはしない。

だが、私は破滅しかない未来がくるとわかっていても、自暴自棄になることはないし、くだらない欲望ばかり追い求める行為に没頭することもない。

私が<人の世がこれ以上悪くならないために、必要だと思うことをやるだけ>である・・。

 

いや、正直に言うと自分があまりにもクソなので、その腐りきった精神を叩き直したいだけなのだ。

 

うわあ!モロに代償行為だわ、コレ!!

 

『俺は、あなたのような珍しい人たちを観察しに来てるだけのカスですよ。』

 

私が言うと、その人はクスッと笑い、私たちは永遠に終わりそうもない作業を再開した。

 



次回予告!!

自転車イベントに参加するぞ!の巻

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