昨日は台風5号(ノルー)の動きに翻弄されて、
ほぼ一日中雨が降っていたので自宅にいた。
大きな被害は出なかったようだが、
このところ集中豪雨が続いた地域の方は、
ホントにうんざりだったと思う。
特に農業をなさっている方は…

台風が反れていたら、堀川の京の七夕に出向くつもりだったが…
と云う事で今回も暑くなる前に撮影しておいたフォルダから。

一ヶ月以上前の6月が終わりかけている頃、
嵐山の天龍寺塔頭・宝厳院の「春の特別拝観」が
終盤を迎えていたので何とか調整して行ってきた。

天龍寺に来るのも二十年以上は経っている。
境内の建物は昔と変わりは無いが、
驚く事に車が境内の至る所の駐車していた。
もちろん観光客も多く、
天龍寺の顔でもあるひょうきんな達磨が描かれた
衝立のある庫裡に吸い込まれるように入っていくが、
宝厳院はその手前を左に曲がり、歩いて2、3分で辿り着く。


 

 

 

 

 

 

 

特別拝観は「獅子吼の庭」と本堂襖絵「風河燦燦三三自在」。





 

 

 

 

 

 

宝厳院は室町時代に細川頼之が創建した寺院。
創建時は上京区にあったが、応仁の乱など変遷を繰り返し、
豊臣秀吉の恩顧によって再建もされ、最終的にこの地に…。

 



 

 

 

 

 

 

庭園「獅子吼(ししく)の庭」は室町時代の禅僧、
策彦周良(さくげんしゅうりょう)によって作られた庭園。
この時はほとんど観光客を見なかったが、
紅葉シーズンになると紅葉に赤く染まった、
燃え盛る「獅子吼の庭」に叫喚の声が漏れるらしい。

 




 

 

 

 

 

 

「獅子吼」とは「仏が説法する」の意という。
現世の「苦海」はごつごつした石で荒れ狂う海を表し…

 





 

 

 

 

中央に三尊石(釈迦、文殊、普賢)を配し、
築山は須弥山を表し、苦海(空池)、雲上三尊石、
海には此岸より彼岸に渡るという舟石、
仏の元に渡る十二支に見立てた獣石などが据えられている。

 




 

 

 

 

この先には本堂襖絵が展示されていたが、
別途参拝料(大人500円)が必要な事もあったが、
田村能里子の描く「風河燦燦 三三自在」は朱色が印象的で、
何度かネット画像で拝見している。
その強烈なイメージは、前述の燃え盛る紅葉の様でもあり、
今の自分には刺激的過ぎると想い遠慮した。
百年後、顔料が少し色褪せた時分ならば恐らく?
死んでしまっているがな(笑)。

 



 

 

 

 

 

 

 

 

それでは「獅子吼の庭」のメイン、
幾つもの巨石が横たわるエリアに…

 



 

 

 

 

 

 

江戸時代の京都名所名園案内記「都林泉名勝図会」にも
掲載されれている「獅子吼の庭」…
嵐山の景観を取り入れた借景回遊式庭園のようだが、
最初の巨石は「碧岩」と名づけられている。





 

 

 

 

 

 

今までそこそこの庭園を観てきたが、
こんなにも巨石が配置された庭は初めてだ。

 

 

 




 

 

 

 

 

 

又、庭園には変わった数種類の垣根が設けられている。

 



 

 

 

 

 

 

 

珍しい造形の豊丸垣、
蓑に似ている事から蓑垣の名称がある。

 



 

 

 

 

 

 

 

「響岩」の名前の巨石もあるらしいが、
よく似た形も多く、全く見当がつかない(笑)。

 




 

 

 

 






 

 

 

 

 

そして大迫力の「獅子岩」、
獅子の姿をしているところから命名らしい。



 

 

 

意外にも光悦垣が設けられていた。

 

 

 

 

 





大堰川は渡月橋の下を流れる川。
この木標は以前渡月橋のたもとに立っていた。

 

 

 

 

 




大正期の茶席「青嶂軒」も2003年に復元されいて、
公開中は申し込めは抹茶を頂けるらしい。

 

 

 







そして最後に、
入る時と出る時に遭遇する10メートルに及ぶ蓑垣。

 

 

 

 

 




 

「青嶂軒」を囲むように長く続く蓑垣は、
耐久力を増すために上部に屋根を付けられ、
宝厳院に因んで「宝厳院垣」と呼ばれている。

 









 

少し足を伸ばし、
今ではなかなか来れない大堰川のせせらぎ…







 

彼方に見えるは渡月橋…。

 

 


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