サッパリ、わからない。

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サッパリ、わからない。

 

 

 

 

世の中わからないことだらけである。知ろうとすればするだけ余計わからなくなる。

実は、畏れおおくも天下の公党、野党第1党である日本の政党「民主党」のことだ。(こう呼ばないと、実は多くは、今の名前をほとんど知らない。間違うといけないから、つい先日政権を執った頃の名前で呼ばせて戴く。(たしか今は民進党)といわれるそうですネ。)

 

ところが、この、今のこれは、(この政党のこの所作は、)まるで遊びごとじゃないか、と思えてしまう。。わがままで自己主帳と我欲だけはストレートで、変に目立ちさえすればよいのか、いくら選挙に勝ちたくても、あれだけ考えが違う共産党とだけは組まない、これが最低限の見識でないといけないのに、それも解らなくなったようである。

 

一方「日本の国会議員の国籍」の所在は、国防一つ見ても、きわめて重要な意義があるはずだ。民主が仲間内でかばいあえば済むようなささいな内内の問題では断固ない。国籍があいまいなようなことでは目指す政治そのものが話にならないではないか。

 

タレントなら国は問わないし、楽しければよいが、日本国の政治家は、我が日本国の国益を守ることが第一でないとおかしい。国会議員は、国の政治を考えるのではないのか?。

政治年齢はひくい。こんなものが政権でもとろうものなら、前のようなことではとてもすまなかっただろう。(.この前はNとかMとか2,3期待されたのに、今回は心配や恐怖が先にたってしまう。)

 

その昔、案外、今思えば無茶だったが、当時学生のころ、純真でわかりやすい「あの時の政治のほうがまだしも、とさえ思える。過っての、あの60年安保の頃のことだ。とにかく政党に主義主張,や独自性があり、国の基本政策自体に明確な政策の対立差があった。

 

この党の今回の役員人事はこれまた、訳がわからない。目指すもの自体が何かさえさっぱりわからない。不明だ。ひょっとしてこれは、元々存在しない、口だけかもしれない。

 

つづく

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なるほど、、、

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なるほど、、、

 

 

 

山本五十六氏の有名な言葉に次のようなものがある。近頃、つとに身にしみる。

「男の修行」 山本五十六

 

苦しいこともあるだろう

言いたいこともあるあろう

不満なこともあるだろう

腹の立つこともあるだろう

泣きたいこともあるだろう。

 

これらをじっと

こらえてゆくのが

男の修行である。

 

 

 

 

 

 

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国籍 におもう。

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国籍 におもう。

 

 

私は、S16年、当時の京城(けいじょう)~今のソウル~で生まれた、いわゆる、S20年時の

戦争引揚者である。父は、警察官だったから、公務上妻子と一緒の帰国はできず、しばらく後に一人で帰ってきた。

 

それどころか、母は当時妊娠8ヶ月の身重であったが、5歳前の私と3歳の妹をつれて、それこそ

命からがら、なんとか故郷津山の実家へ引き揚げることが出来た。そういう体験がある。

日本国という国籍は、二重でも三重でも関係ないことだろうか。当然、日本人は日本に帰る。

 

「日本国は愛するが、国籍には無頓着だ、ドウでもいい、どこでもいい、、、、、」そんなことってあるでしょうか? 政治は、いわば国と国籍を基準に行っているはずなのに、事もあろうに政治家自身が国籍を偽っていたという。これは近年まれに見る不祥事である。

 

政治家にとって最もおそまつな汚点ではないだろうか。

 

 

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リオ五輪・大野氏 柔道金に泣けた。








うれしい。大野氏の きれいな日本の柔道を久しぶり見せてもらった。何か、柔道の現状についての一種のわだかまりが、吹っ飛んだ。胸がすうーとした。



私の柔道は、田舎の一宮という公民館柔道に過ぎないのに、何かしら、縁あって柔道のためなら、、、という不思議な一貫した魅力を感じてきた。むしろ、柔道は当時における日本の環境や精神文化のためにも支持され、日本の伝統文化として支持されてきたのだろう、とも思ってきた。(中略)



また、そういうかつての日本柔道は、もう取り返せないのか。それでいいのか。と、思ったり、自分に加納治五郎先生の柔道を語る資格も無いのに、感じるだけは感じていた次第である。いわば[未練]のような感じで柔道と向かい合っていたといえるかもしれない。



ただ、近年地方にも中央にも、尊敬すべき人物人材柔道家は男女とも、けっこうがおられる。それなのに、 柔道が武道文化としての教育文化とは別もののように切り離されて見られていないか、と我慢ならない不満と何かしら満たされないものを感じてきた。今日オリンピックで日本柔道の健在を見てうれしい。



前触れが長すぎた。

昨日 のテレビで見た大野選手の あの柔道が日本の柔道である。モヤモヤが、何にもかもいっぺんに吹き飛んだ。オリンピックは本当にいい。もう理屈はいらない。4年後、東京オリンピックが本当に楽しみになった。これを機に日本の本当の柔道が世界の常識になるよう期待する。







「NIMBY施設」のつくり方,その成功例。





嫌悪施設、迷惑施設は、論議をすればだれもが[絶対必要だ]という。そこで 「それじゃあ、おたくにたのむ、是非立地してくださいといったら、[他に無いか?、うちの近くにはダメだ]という。

総論賛成、各論反対、これが嫌悪施設、迷惑施設の特徴だ。言うは易し行うは難しだ。


サテ、改めて津山広域ゴミ処理場については、どうだったか、振り返ってみよう。 それは、立地で30年もめていた。20年もめ、10年で元に戻ったが益々もめた。


実務的には何であれ、いわゆる「公簿立候補制」で成功した。そして、岡山地裁で訴訟も全面勝訴した。

H21年〈行ウ〉第22号、参照。なお、各種訴訟は、桑山がいずれも勝訴した。



膨大な資料などがある。ガラにも無くこれを民主主義論、合意形成論の観点から早く纏めたいと

思っている。


興味関心のある方は御連絡ください。



「東京都知事への立候補」ということ、について。








首都東京は、たんなる地方の東京ではない。残念ながら、この存在は誰でも出来る代物でもない。

東京都知事に、名乗りを上げること自体には何の異存もないが、出来れば,否必ずこの良いチャンスを、特に私のように地方から国を見る人間として、特に特に望みたいと思うことがある。


これは、地方から国を動かしうる最も有効な手段の一つだし、日本国自体を具体的によくする力と見識がこの首都東京の知事であると思うからだ。本当のことを言うと東京は、地方全体のまとめ役と国政との接点にもなってもらわないといけない。、、、、心からそう思う。


それゆえに、地方と国の両面から日本の政治の実態をその実務を、十分理解した人が適任者だと思う。

ゆめ、 有権者は毛ばりにかからないようにしたいものである。


変な人気投票じゃない。地方にとっては案外大きな意味があると思う。多分実際に市長議員として責任ある仕事をしたものなら、よりわかりやすいことではないか。

東京都知事とは、本来「市長の中の市長」なのだから。


面白い? 「民主主義」

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面白い? 「民主主義」







ここに面白いとは、面白おかしいではなくて、「興味深いが決して面白くはない」,と言おうとしている、、、、日本語は変な言い回しがあってそれこそ面白い。?



イギリスは「移民」への国家サービスに腹を立てて、あてこすりに、事もあろうに自国の首相キャメロンへあてこすりするつもりが、何と [EU 離脱]を選択してしまった。多民族国家イギリスが其の移民に支えられてきた面を、ころっと忘れている。矢張り民主主義も、感情に一番弱い。

日本には 『木を見て、森を見ない』 ということわざがあるが、イギリスにも何かあるのではないか。



世界に誇る民主主義国イギリスにあって、例外の直接民主主義をハラタチ紛れに行使したのは良いが〈マア仕方ないとして)、 どう考えてもこの感情的な所作の影響は、マイナスにしか作用しないはずだ。

後は何年かにわたりゆっくり後悔することになるのだろう。民主主義は決して結果を保証しないから。

今、つやまがそういうナマ似たことになっていると聞いて、私としては論評しないほうがいい。

あちこちに、こんなことがあると聞く。この結果には、いろんなことを考えさせられる。


つづく

難しい民主主義

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難しい民主主義







あのイギリスという国には、かって鉄の女サッチャー首相がいた。イギリスは彼女をを生んだ凛とした国と思っていた。ところが今般、あの理想の高いE C〈欧州経済共同体)という政治組織について、こともあろうに国民多数が「E C離脱」を選んだ。これはどう考えても『世界史もの』である。



イギリスという国のこの「E C離脱」という国民投票とその結果は、民主主義というものが如何に脆いものかについて、世界の教訓になってくれるのだろうか。それとも大衆の感情刺激とポピュリズムが民主主義の敵である何よりの証拠だということなのだろうか。 一市民になっても、いろいろと考えさせられる。



そこヨーロッパには、43の国がある。日本より面積が大きい国は、6つだけである。ましてや日本より人口の大きな国は唯一つ、ロシアだけだ。西洋史は、隣の国同士が根限り喧嘩をやり、つまり物欲で戦争ばかりしていたことがわかる。その中にはイギリス、ドイツ、フランスなどを含む。 大国からの支援も要る。


欧州が関税をかけないでお互い助け合っていたはずだ。もう23年の実積がある。そういう仕組みがあるから、ロシアの脅威、猛威をさほど意識しないで居れたと思っていた。政治は良くて当たり前と思うし、アジア・アフリカの一部やシリアの戦争難民や、移民多数が来る、其の反対運動をする政党が点を稼いだ。



近代民主主義は、イギリスに始まったというのだけれど、考えてみるとこれからは、イギリス式の議院内閣制は日本もそうだが、「政党」が一番大衆受けする主張をするものだ。このいわゆるポピュリズムが総合政策無く、移民反対なら反対それだけを、一点突破の水平展開するので大衆が騙される。



それにしてもキャメロン首相は、「EC離脱か否か」を国民投票にかけた。ところが、反対する側は「移民がけしからん,」「ECは自国の権利を主張しにくい、」「移民がどんどん入ってくるのに拒んでいない」「。移民が職場を奪っている。」「キャメロンはもっとイギリスのことを考えろ、」という一方的な論法だ。



こんなことから、いろんな不満のすべては、キャメロン反対、イコールEC反対にさせられてしまった。

政党の責任は、重い。民主主議は賢明な国民の上にしか成り立ちそうにもない。

・・・ああ、この矛盾。


つづく

『舛添発想』 に思う。

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『舛添発想』 に思う。









(事実関係と事の発端)


舛添問題とは、時の焦点とされる東京都知事という重い人物の、予想外の事実と其の評価に係る発言が、マスメデイアから、にわかに批判的スポットを当てられて、これに大衆が同調し反発反応して、ついに日本国中はおろか海外にまでも取り上げられ、急炎上したものである。




〈そもそも、本質的な問題は何だったのか)

2~3思うことがある。


Ⅰ、先ず、氏は「ズル賢」 過ぎたと思う。 控えめ、遠慮、謙虚心、公共心が弱いのではと思う 。




2、少し知った人間なら、其の法律が、その用途、利用方法、目的を具体的に明確には「定めてな


い」事実自体は知っている。 ( このことから即 『違法でない』= 「イコールOK、」がオカシイ


のだ。


( 政治家は、法律家だが、大衆は政治家にそれを望んではいないから、メデイアがりードする。

結局、当たり前のことを当たり前にやるしかないということだ。とにかく、「せこい」のはだめだ。)




3、社会規範には、先ず倫理道徳という「常識」が先行したり後行になったりしないといけない。


政治学者は たんなる法律家の法解釈と一諸ではないはず。 役割が違うはずだ。



3、逆に、法律は常識や合理性に基づいて判断したとき,、本来の法の趣旨目的をを損なう解釈に

なろうとするとき、そこまでは、法律に守られている、それ以上はダメ、ということである。


逆をやりすぎてはダメ。 というのが正解だと思う。


( 似て非なることあり、注意)

4、ただ、一ついえることは、潔癖すぎてか、とにかく自分が身奇麗だと宣伝したくて、人気取り


事業ばかり気にする人がいる。こういう人にはNINBYな仕事には、かっこうだけで、テンデでき

ない。反対だけして、済んでから しゃあ しゃあ とでてくる。 格好上手もいるから注意!!



5、 結局大衆は其のどちらもいることを知らないといけない。選ぶ側の能力と、選ばれるものの

能力の、2つが要る。 時に大衆は馬鹿にされるが、それに気付くのは残念、遙か後である。


6、結局、舛添氏は、 いわば 「法律」 のまえに、「せこい」とされる「性格」裁判で敗訴したこと


になる。






政局に思う

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政局に思う







永年地方政治をやった人間にとって、今の政治状況を見て、またまた政治不信になりそうだ。


いや、、あの情けない舛添さんの事だけを言っているのではない。


地方政治だけでもない。中央だって、いいかげん馬鹿な言動があるじゃないか、ということだ。



まあ、それにしても、あんな天然の「性根悪る」が、我が首都の政治の場にいるとは、とても信じ


がたい。


論どこにも結構「悪」(わる)は居るものだが、地方のそれは、ほとんど天然の性根悪というよう


なものではなくて ,一化性のもののように思っていた。





私の考えでは、



政治は、「 法による行政」 であるが、政治はそれだけでは足らない世界だ。政治は、行政とは違


って、法律だけでは決してないということだ。



ましてや法律の趣旨をここまで自己都合だけでひん曲げることは,断固許されることではない。


どのように辞めるめるべきか、もう辞め方の問題しか残されていない。辞め方が問題だ。


(ただ、とにかく、女々しいことだけはだめだ。経験上、辞め方は難しいというより決断だ。)