夢で発想、政策で実行 !!

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夢で発想、政策で実行 !!

 

 

 

「かれこれ、40年ばかりの間、地方政治の現場やこれにすぐ近いところで面白く係わらせてもらった。」、、、 と、過去形で言いかけて、あれっと気づいたことがある。

 

実は、物事に関する「政治的な関心」ということなら、今だって、何も変わっていないのである。では何が変わったのか、と考えてみたら、結局のところ例の「選挙」のあるなしだけだった。

 

ものを想像したり、創造しようとしたり、夢や構想を描いたり発想したりすることは、それ自体自由でおもしろい。案外そのことが重要だ。ただ、それだけでは夢を形には出来ないということだ。

 

ところが未だに地方議会では、議員が自分がわからないからと、議員が市長に尋ねている。 自分で調査研究したテーマについての政策を提言するのが議会の質問でなければだめだ。

 

 

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「健康と健康らしさが違うように ? 」

 

 

 

 

民主主義と民主主義らしさ、の差は何か ?これは、似て非なるものじゃないか?について考える。

 

世の中には、たまに矛盾不合理が起こる。それは民主主義になっていないからなのか、

逆に民主主義だからダメなのか? これは案外今と昔ではその思考、認識が違う。

 

普通、この答えとしては、まだまだ民主主義が未熟だからだとか、いやまだ民主主義になっていないからだとか、曖昧にこれを誤魔化して言っていないだろうか?

 

そこでもう一つの答えは、「大衆民主主義」、つまり今の民主主義は大衆イコール全員の民主主義だから、早く言えば民主主義を否定する者さえもその構成員であるという矛盾がある。

 

民主主義を観念論で言う人と、これを実際に行う人とでは、これまたその基礎根本ベースが大きく違う、いささか話はややこしくなる。

 

政治や行政の場では、即単価や期間や財源などが準備されてなくても、調べることも無く、平気で、自己主張 をしたり、たんなる構想を政策と称して平気である.

しかし,こりゃすこし、、、、?

 

 

つづく

 

 

 

 

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こんなこともあったなあ、、、、、

その1、市職員の一部にいた覗き趣味人間の事件。

                〈市のパソコンから,人(=市民)の財産調べをした. 。これに対し、[よこ一列の

お詫び方式]でただ詫びるしか、わしゃあ手が無かったぞよう。 ただ、政策なき

市長、ケチだけつけた市長、大失敗した市長がのうのうとしている。 何かしらお

かしいね。)

 

 

 

(立場とはこんなものなんだろう…か)

市の職員などには、秘守義務というものがあって、職務上知りえたいろんな「情報」は、覗くことも(覗かれることも)、ご法度になっている。私自身、個人情報保護法なんというものが有ることもまんざら、知らないではないが、全ては常識法の範囲のことだという認識だった。

 

しかし、ある日、市の情報管理上とんでもないハプニングがあった。情報管理担当の幹部職員が市長に報告相談があるとやってきた。いわば、パソコンによる無断且つ違法情報入手事件、いわば情報窃盗である。市長として、.その扱い方は決してやさしくは無かったのである。

 

『職務上関係の無い一般市民の情報を勝手にパソコンをアクセスしているようですが、どうしたもんでしょうか』というのである。よく聴いてみると以前からちょくちょくあるらしい。こりゃ困った、と思った。公務員たる.職員一般がそうだと思われてはまずい。そうも思った。

 

市民の秘密情報を部下が盗んだのだ。市長には職員に対する当然監督責任がある。もみ消すわけにはいかない。調査、確認だ。かなり調べた。例の管理者らテレビの前で平身低頭一斉に頭を下げるあの謝罪の所作を行った。

 

「よもや、 まさか、テレビで見るあのお詫びの光景は,他人ごとくらいに思っていたが、我が身になってしまった。テレビで、あのお詫びシーンをみるたびに、『何だそれで済ましてしまうのか。本質が抜けてるじゃないか』などと感じていた自分を発見し、何かやるせない。

 

職員のストレスがあるのじゃないだろうか・

TVの謝罪風景を見るたび、何回、腹立たしくも苦笑したことか ?!!

 

 

 

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「民主主義」 を考える.

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「民主主議」を考える。

 

 

 

名言;1、 「地方自治は民主主義の学校である。」

イギリスの ブライス か トクヴィルの名言とされる。

じゃあ、地方は、学校だが民主主義自体ではない、ということですか?

何故名言なのか?民主主義とは何じゃあ?少し考えてみたい。

先ず政治は、人の集まり集団を予想して考えられた政治法則だろうが、当初からいきな

り大きな国家組織に適応されるような大きな国家集団ではなかったようだ。

イタリアの古代遺跡、ポンペイを見たことがある。いわゆる政治広場 があった。

しかし、後の国家は、当初の少集落とは異なり、国家として先ず集団の規模がまっ

たく異なってくる。

当初小さな集落の時代に妥当したルールは、次第に大きな集団としての国家になっ

たとき、ぴったり来るわけがない。

 

そうすると、民主主義そのものは余り大きくない小さい集団には不適合であり、これに

対し、大きい国家には適合する、ザットこうなるのだろうか、?

しかし、民主主義を集団の多い少ないで区別して語る者はいないのはなぜだろう。

大きな勘違い ?

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大きな勘違い ?

 

 

 

 

1.(技術工事の方法に唯一絶対はなく、結局は、選択の問題だろう?)

東京の新市場への移転先(豊洲)が、かなり炎上している。.この問題は、悪や利権の問題だろうか?しかし、私はすこし見方が違う。技術屋さんの考え方の問題だったのではないか。

真剣な末端自治体の行政体験などから、この際 言いたいことがある。

 

先ず、この大「大事業」を、ここまでリードされた関係者、職員、歴代知事らの広義の政治力に頭が下がる。結局のところ、地下に気を使いすぎたからか、いつの間にか、諸説あるうちの「埋め立てか、建物の下だけ空洞か、」今からでは、決定過程不明という点が挙げられた。

 

 

2、(技術論への批判か?現場の合意形成論への批判か?誰の批判か?)

 

誰かの不当な無理強いは出てこないし、ありそうにもない。いろいろと技術屋さんが検討した結果と総合的に判断してこれがよかろうと、そのムード空気がこうなったとしか、考えにくいのである。行政の現場では案外現場民主主義みたいな 合意形成であったのだろう。、、、

 

3、( だとすれば、これを追認すれば済む。「まずい点」があるなら新たな観点から修正すれば済む。 ここまで来て、アレコレ騒ぎ立て、解決法を出さねば建設的意見ではない。)

 

新知事はこの際のこれを指して、一時期「たるんでいる証拠だ」と、もしそういわれたのなら、これは現場無知の大変な独断と偏見とおごりだし、今後の都政のためにもこの考えは大変なマイナスだとおもう。2者択一の正悪で無く、柔軟な発想、見方しかない。

 

4、(都民にとっては、とにかく小池知事が今の責任者である。)

そして、先ず知事が責任者である。、当の内輪の長である新知事が、人ごとの評論で発言しているのはおかしくないか。不満だから都政を引き継がないということにはならないのだから、常に前向きな結論を出さないといけない。

 

今頃になって「建物の下に土が無い」のどうのということ自体、後ろ向きでおかしい。広義の法は常に、趣旨目的はなにか。そこから決まるものだと思う。つまりこの案件には、少なくとも人間の悪意やよこしまさが感じられない。

 

それがダメならどうするか、都政のこの種「重大計画」を狂わせるということがどんなことか、知事の責任とは具体的には何か,ここに重要な問題がみな集積しているようだ。

しかし、、ここまで来ているのだから新知事の一言でうまく解決方向へ向くはずだ。

(正義ぶって、リードする格好をしても、いや今の知事がそうだといっているのではないが、所詮、結局はうまく早くやるべきなのだ。早く出来なければ所詮今の人の責任でしかない。)

 

5、(知事になった以上、自分の責任である。人の批判は責任者の態度ではない。)

わたしは、ある種の人に顕著なように、過去のことは自分がやっていないから、攻め易いことを良いことに一方的,しつこく拘り、全て「私は正しい」と言い張るだけの人がいる。

 

この手、土木建築の工事・仕事について、この過去の評価は、いつも土木技術者と首長OBのせいだとして済まされていないか。

 

わからない大衆は、犯人探しに翻弄されているだけなのに、これを真実解明と勘違いすることがあり、これが案外私の体験では一種の二元代表制の逆利用かもしれないとも思う。

このパターンは、世の中の進歩ではなくて、足踏みか後退だと実感せざるをえない。

 

とりあえず、了

サッパリ、わからない。

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サッパリ、わからない。

 

 

 

 

世の中わからないことだらけである。知ろうとすればするだけ余計わからなくなる。

実は、畏れおおくも天下の公党、野党第1党である日本の政党「民主党」のことだ。(こう呼ばないと、実は多くは、今の名前をほとんど知らない。間違うといけないから、つい先日政権を執った頃の名前で呼ばせて戴く。(たしか今は民進党)といわれるそうですネ。)

 

ところが、この、今のこれは、(この政党のこの所作は、)まるで遊びごとじゃないか、と思えてしまう。。わがままで自己主帳と我欲だけはストレートで、変に目立ちさえすればよいのか、いくら選挙に勝ちたくても、あれだけ考えが違う共産党とだけは組まない、これが最低限の見識なのに、それも解らなくなったようである。

 

一方「日本の国会議員の国籍」の所在は、国防一つ見ても、きわめて重要な意義があるはずだ。民主が仲間内でかばいあえば済むようなささいな内内の問題では断固ない。国籍があいまいなようなことでは目指す政治そのものが話にならないではないか。

 

タレントなら国は問わないし、楽しければよいが、日本国の政治家は、我が日本国の国益を守ることが第一でないとおかしい。国会議員は、国の政治を考えるのではないのか?。

政治年齢はひくい。こんなものが政権でもとろうものなら、前のようなことではとてもすまなかっただろう。(.この前はNとかMとか2,3期待されたのに、今回は心配や恐怖が先にたってしまう。)

 

その昔、案外、今思えば無茶だったが、当時学生のころ、純真でわかりやすい[あの時  の政治のほうがまだしも}、とさえ思える。過っての、あの60年安保の頃のことだ。とにかく政党に主義主張,や独自性があり、国の基本政策自体に明確な政策の対立差があった。

 

この党の今回の役員人事はこれまた、訳がわからない。目指すもの自体が何かさえさっぱりわからない。不明だ。ひょっとしてこれは、元々存在しない、口だけかもしれない。

 

つづく

なるほど、、、

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なるほど、、、

 

 

 

山本五十六氏の有名な言葉に次のようなものがある。近頃、つとに身にしみる。

「男の修行」 山本五十六

 

苦しいこともあるだろう

言いたいこともあるあろう

不満なこともあるだろう

腹の立つこともあるだろう

泣きたいこともあるだろう。

 

これらをじっと

こらえてゆくのが

男の修行である。

 

 

 

 

 

 

国籍 におもう。

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国籍 におもう。

 

 

私は、S16年、当時の京城(けいじょう)~今のソウル~で生まれた、いわゆる、S20年時の

戦争引揚者である。父は、警察官だったから、公務上妻子と一緒の帰国はできず、しばらく後に一人で帰ってきた。

 

それどころか、母は当時妊娠8ヶ月の身重であったが、5歳前の私と3歳の妹をつれて、それこそ

命からがら、なんとか故郷津山の実家へ引き揚げることが出来た。そういう体験がある。

日本国という国籍は、二重でも三重でも関係ないことだろうか。当然、日本人は日本に帰る。

 

「日本国は愛するが、国籍には無頓着だ、ドウでもいい、どこでもいい、、、、、」そんなことってあるでしょうか? 政治は、いわば国と国籍を基準に行っているはずなのに、事もあろうに政治家自身が国籍を偽っていたという。これは近年まれに見る不祥事である。

 

政治家にとって最もおそまつな汚点ではないだろうか。

 

 

リオ五輪・大野氏 柔道金に泣けた。








うれしい。大野氏の きれいな日本の柔道を久しぶり見せてもらった。何か、柔道の現状についての一種のわだかまりが、吹っ飛んだ。胸がすうーとした。



私の柔道は、田舎の一宮という公民館柔道に過ぎないのに、何かしら、縁あって柔道のためなら、、、という不思議な一貫した魅力を感じてきた。むしろ、柔道は当時における日本の環境や精神文化のためにも支持され、日本の伝統文化として支持されてきたのだろう、とも思ってきた。(中略)



また、そういうかつての日本柔道は、もう取り返せないのか。それでいいのか。と、思ったり、自分に加納治五郎先生の柔道を語る資格も無いのに、感じるだけは感じていた次第である。いわば[未練]のような感じで柔道と向かい合っていたといえるかもしれない。



ただ、近年地方にも中央にも、尊敬すべき人物人材柔道家は男女とも、けっこうがおられる。それなのに、 柔道が武道文化としての教育文化とは別もののように切り離されて見られていないか、と我慢ならない不満と何かしら満たされないものを感じてきた。今日オリンピックで日本柔道の健在を見てうれしい。



前触れが長すぎた。

昨日 のテレビで見た大野選手の あの柔道が日本の柔道である。モヤモヤが、何にもかもいっぺんに吹き飛んだ。オリンピックは本当にいい。もう理屈はいらない。4年後、東京オリンピックが本当に楽しみになった。これを機に日本の本当の柔道が世界の常識になるよう期待する。







「NIMBY施設」のつくり方,その成功例。





嫌悪施設、迷惑施設は、論議をすればだれもが[絶対必要だ]という。そこで 「それじゃあ、おたくにたのむ、是非立地してくださいといったら、[他に無いか?、うちの近くにはダメだ]という。

総論賛成、各論反対、これが嫌悪施設、迷惑施設の特徴だ。言うは易し行うは難しだ。


サテ、改めて津山広域ゴミ処理場については、どうだったか、振り返ってみよう。 それは、立地で30年もめていた。20年もめ、10年で元に戻ったが益々もめた。


実務的には何であれ、いわゆる「公簿立候補制」で成功した。そして、岡山地裁で訴訟も全面勝訴した。

H21年〈行ウ〉第22号、参照。なお、各種訴訟は、桑山がいずれも勝訴した。



膨大な資料などがある。ガラにも無くこれを民主主義論、合意形成論の観点から早く纏めたいと

思っている。


興味関心のある方は御連絡ください。