リオ五輪・大野氏 柔道金に泣けた。








うれしい。大野氏の きれいな日本の柔道を久しぶり見せてもらった。何か、柔道の現状についての一種のわだかまりが、吹っ飛んだ。胸がすうーとした。



私の柔道は、田舎の一宮という公民館柔道に過ぎないのに、何かしら、縁あって柔道のためなら、、、という不思議な一貫した魅力を感じてきた。むしろ、柔道は当時における日本の環境や精神文化のためにも支持され、日本の伝統文化として支持されてきたのだろう、とも思ってきた。(中略)



また、そういうかつての日本柔道は、もう取り返せないのか。それでいいのか。と、思ったり、自分に加納治五郎先生の柔道を語る資格も無いのに、感じるだけは感じていた次第である。いわば[未練]のような感じで柔道と向かい合っていたといえるかもしれない。



ただ、近年地方にも中央にも、尊敬すべき人物人材柔道家は男女とも、けっこうがおられる。それなのに、 柔道が武道文化としての教育文化とは別もののように切り離されて見られていないか、と我慢ならない不満と何かしら満たされないものを感じてきた。今日オリンピックで日本柔道の健在を見てうれしい。



前触れが長すぎた。

昨日 のテレビで見た大野選手の あの柔道が日本の柔道である。モヤモヤが、何にもかもいっぺんに吹き飛んだ。オリンピックは本当にいい。もう理屈はいらない。4年後、東京オリンピックが本当に楽しみになった。これを機に日本の本当の柔道が世界の常識になるよう期待する。







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「NIMBY施設」のつくり方,その成功例。





嫌悪施設、迷惑施設は、論議をすればだれもが[絶対必要だ]という。そこで 「それじゃあ、おたくにたのむ、是非立地してくださいといったら、[他に無いか?、うちの近くにはダメだ]という。

総論賛成、各論反対、これが嫌悪施設、迷惑施設の特徴だ。言うは易し行うは難しだ。


サテ、改めて津山広域ゴミ処理場については、どうだったか、振り返ってみよう。 それは、立地で30年もめていた。20年もめ、10年で元に戻ったが益々もめた。


実務的には何であれ、いわゆる「公簿立候補制」で成功した。そして、岡山地裁で訴訟も全面勝訴した。

H21年〈行ウ〉第22号、参照。なお、各種訴訟は、桑山がいずれも勝訴した。



膨大な資料などがある。ガラにも無くこれを民主主義論、合意形成論の観点から早く纏めたいと

思っている。


興味関心のある方は御連絡ください。



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「東京都知事への立候補」ということ、について。








首都東京は、たんなる地方の東京ではない。残念ながら、この存在は誰でも出来る代物でもない。

東京都知事に、名乗りを上げること自体には何の異存もないが、出来れば,否必ずこの良いチャンスを、特に私のように地方から国を見る人間として、特に特に望みたいと思うことがある。


これは、地方から国を動かしうる最も有効な手段の一つだし、日本国自体を具体的によくする力と見識がこの首都東京の知事であると思うからだ。本当のことを言うと東京は、地方全体のまとめ役と国政との接点にもなってもらわないといけない。、、、、心からそう思う。


それゆえに、地方と国の両面から日本の政治の実態をその実務を、十分理解した人が適任者だと思う。

ゆめ、 有権者は毛ばりにかからないようにしたいものである。


変な人気投票じゃない。地方にとっては案外大きな意味があると思う。多分実際に市長議員として責任ある仕事をしたものなら、よりわかりやすいことではないか。

東京都知事とは、本来「市長の中の市長」なのだから。


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面白い? 「民主主義」

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面白い? 「民主主義」







ここに面白いとは、面白おかしいではなくて、「興味深いが決して面白くはない」,と言おうとしている、、、、日本語は変な言い回しがあってそれこそ面白い。?



イギリスは「移民」への国家サービスに腹を立てて、あてこすりに、事もあろうに自国の首相キャメロンへあてこすりするつもりが、何と [EU 離脱]を選択してしまった。多民族国家イギリスが其の移民に支えられてきた面を、ころっと忘れている。矢張り民主主義も、感情に一番弱い。

日本には 『木を見て、森を見ない』 ということわざがあるが、イギリスにも何かあるのではないか。



世界に誇る民主主義国イギリスにあって、例外の直接民主主義をハラタチ紛れに行使したのは良いが〈マア仕方ないとして)、 どう考えてもこの感情的な所作の影響は、マイナスにしか作用しないはずだ。

後は何年かにわたりゆっくり後悔することになるのだろう。民主主義は決して結果を保証しないから。

今、つやまがそういうナマ似たことになっていると聞いて、私としては論評しないほうがいい。

あちこちに、こんなことがあると聞く。この結果には、いろんなことを考えさせられる。


つづく

難しい民主主義

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難しい民主主義







あのイギリスという国には、かって鉄の女サッチャー首相がいた。イギリスは彼女をを生んだ凛とした国と思っていた。ところが今般、あの理想の高いE C〈欧州経済共同体)という政治組織について、こともあろうに国民多数が「E C離脱」を選んだ。これはどう考えても『世界史もの』である。



イギリスという国のこの「E C離脱」という国民投票とその結果は、民主主義というものが如何に脆いものかについて、世界の教訓になってくれるのだろうか。それとも大衆の感情刺激とポピュリズムが民主主義の敵である何よりの証拠だということなのだろうか。 一市民になっても、いろいろと考えさせられる。



そこヨーロッパには、43の国がある。日本より面積が大きい国は、6つだけである。ましてや日本より人口の大きな国は唯一つ、ロシアだけだ。西洋史は、隣の国同士が根限り喧嘩をやり、つまり物欲で戦争ばかりしていたことがわかる。その中にはイギリス、ドイツ、フランスなどを含む。 大国からの支援も要る。


欧州が関税をかけないでお互い助け合っていたはずだ。もう23年の実積がある。そういう仕組みがあるから、ロシアの脅威、猛威をさほど意識しないで居れたと思っていた。政治は良くて当たり前と思うし、アジア・アフリカの一部やシリアの戦争難民や、移民多数が来る、其の反対運動をする政党が点を稼いだ。



近代民主主義は、イギリスに始まったというのだけれど、考えてみるとこれからは、イギリス式の議院内閣制は日本もそうだが、「政党」が一番大衆受けする主張をするものだ。このいわゆるポピュリズムが総合政策無く、移民反対なら反対それだけを、一点突破の水平展開するので大衆が騙される。



それにしてもキャメロン首相は、「EC離脱か否か」を国民投票にかけた。ところが、反対する側は「移民がけしからん,」「ECは自国の権利を主張しにくい、」「移民がどんどん入ってくるのに拒んでいない」「。移民が職場を奪っている。」「キャメロンはもっとイギリスのことを考えろ、」という一方的な論法だ。



こんなことから、いろんな不満のすべては、キャメロン反対、イコールEC反対にさせられてしまった。

政党の責任は、重い。民主主議は賢明な国民の上にしか成り立ちそうにもない。

・・・ああ、この矛盾。


つづく

『舛添発想』 に思う。

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『舛添発想』 に思う。









(事実関係と事の発端)


舛添問題とは、時の焦点とされる東京都知事という重い人物の、予想外の事実と其の評価に係る発言が、マスメデイアから、にわかに批判的スポットを当てられて、これに大衆が同調し反発反応して、ついに日本国中はおろか海外にまでも取り上げられ、急炎上したものである。




〈そもそも、本質的な問題は何だったのか)

2~3思うことがある。


Ⅰ、先ず、氏は「ズル賢」 過ぎたと思う。 控えめ、遠慮、謙虚心、公共心が弱いのではと思う 。




2、少し知った人間なら、其の法律が、その用途、利用方法、目的を具体的に明確には「定めてな


い」事実自体は知っている。 ( このことから即 『違法でない』= 「イコールOK、」がオカシイ


のだ。


( 政治家は、法律家だが、大衆は政治家にそれを望んではいないから、メデイアがりードする。

結局、当たり前のことを当たり前にやるしかないということだ。とにかく、「せこい」のはだめだ。)




3、社会規範には、先ず倫理道徳という「常識」が先行したり後行になったりしないといけない。


政治学者は たんなる法律家の法解釈と一諸ではないはず。 役割が違うはずだ。



3、逆に、法律は常識や合理性に基づいて判断したとき,、本来の法の趣旨目的をを損なう解釈に

なろうとするとき、そこまでは、法律に守られている、それ以上はダメ、ということである。


逆をやりすぎてはダメ。 というのが正解だと思う。


( 似て非なることあり、注意)

4、ただ、一ついえることは、潔癖すぎてか、とにかく自分が身奇麗だと宣伝したくて、人気取り


事業ばかり気にする人がいる。こういう人にはNINBYな仕事には、かっこうだけで、テンデでき

ない。反対だけして、済んでから しゃあ しゃあ とでてくる。 格好上手もいるから注意!!



5、 結局大衆は其のどちらもいることを知らないといけない。選ぶ側の能力と、選ばれるものの

能力の、2つが要る。 時に大衆は馬鹿にされるが、それに気付くのは残念、遙か後である。


6、結局、舛添氏は、 いわば 「法律」 のまえに、「せこい」とされる「性格」裁判で敗訴したこと


になる。






政局に思う

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政局に思う







永年地方政治をやった人間にとって、今の政治状況を見て、またまた政治不信になりそうだ。


いや、、あの情けない舛添さんの事だけを言っているのではない。


地方政治だけでもない。中央だって、いいかげん馬鹿な言動があるじゃないか、ということだ。



まあ、それにしても、あんな天然の「性根悪る」が、我が首都の政治の場にいるとは、とても信じ


がたい。


論どこにも結構「悪」(わる)は居るものだが、地方のそれは、ほとんど天然の性根悪というよう


なものではなくて ,一化性のもののように思っていた。





私の考えでは、



政治は、「 法による行政」 であるが、政治はそれだけでは足らない世界だ。政治は、行政とは違


って、法律だけでは決してないということだ。



ましてや法律の趣旨をここまで自己都合だけでひん曲げることは,断固許されることではない。


どのように辞めるめるべきか、もう辞め方の問題しか残されていない。辞め方が問題だ。


(ただ、とにかく、女々しいことだけはだめだ。経験上、辞め方は難しいというより決断だ。)





太極拳とはなにか?


いちど、見てください

以下、ご案内いたします!!




第10回津山市太極拳協会 交流演武会


平成28年6月12日〈日曜)10時ー16時


アルネ 津山 〈ベルフォーレ津山〉


今回は、特に、大阪から、全国トップレベルの演武がご覧いただけます。



参加・出演者・・・100人余


趣旨・目的 ・・・自己研鑽の姿を見ていただく。

相互に確認しあう。

更なる、高みを観る。


皆さん楽しくやってます。


以上、ご案内まで。


駅のへん、どうみる?

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駅 atari、どうみる?






火星人の靴だ。履きにくい。履くことよりスタイルをきにしているようだ。 かっこうはついているが、近くに



駐車場がないから、ますます汽車 J Rの利用が遠のくことにならないか。



その心は?




人のことは考えていない。 見てくれがよくなればよい、ドウセ人口は減り人も車も減るのだから



社会的インフラのそれこそ将来を読んだ、先取りということになるのだろうか?



「スクラップ アンド ビルド」 なら解るが、 「スクラップ アンド スクラップ」とは



一体、どんな理念なのか・・・????? 大変な疑問がある。




かつて、S50年、市議会の先輩諸氏は、駐車場確保問題を市政最大の問題として、それだけで


大変な論議をした。それはもう大変だった。 あの議事録は読み返したほうがよい。


〈当時の市議会議事録 参照!!)




地方のこと

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地方のこと。









「地方の事」、といっても話はいっぱいあるし、また地方一般ということになると頑張っているところもあるらしいが、概して評判が良くない、と言わざるを得ない。 この道に全精力を費やしてきた自分にとって、これは実につらいことである.. 地方がもっとほめられたい。



さて、人のことはさておき地方人としての、自分の事を眺めてみよう。

考えてみると、学校を卒業、生意気にもけっこう猛烈なサラリーマンをやった。社内報、勤務、労災、を担当した。ところが、あっけなく、ほんの3年ばかりで辞めて、津山に帰ってしまった。


田舎に帰ってからは、農協の職員 〈後に、津山市農協の組合長になられた矢野公史氏) らの薫陶を受けた。農業に初の自分が、一時キュウリ生産者津山一(後にそう聞かされた。7畝とか)の名義人になった。)


キュウリはほとんど自然に曲がる習性があるのに、曲がったキューウリは、全くお金にならない。なぜ?味には関係ないよ。どうして? (このときの小さいが大きな疑問、不合理を、許せないと思った。後述。)


それから、こんどは、と言うよりほとんど同時に、司法書士の受験勉強を始め、27歳で合格、ほかの資格は、宅建主任、行政書士、防火管理士、浄化槽施工士などをクリヤーした。まず、司法書士に合格即開業し、翌年に結婚した。


インフレで好景気のお陰で、また、当時余り若い司法書士がいなかったこともあったのだろう、仕事がわんさと来て、つづいてバブル期でまたまた増えた。特に米井事務長〈後の市議会議長)の能力が大きい。また当時から今もがんばっている前原事務長は事務所に来たときは大学卒業前だった。



そうこうしていたら、数年後のS,51年、ココが人生の大きな岐路になったと思う。偶然津山市長「戦」があり、S50年暮れから、急遽天下分け目の大決戦になった。そのとき事務局を頼まれたのが私だった。しばらく後、私の事務所の米井事務長がまた面白いことに出身地から押されて市議になり上手に桑山市政を支えた。 しかも偶然「市長桑山、議長米井」にもなった。



サテ前後したが、 そのS51年は、いわゆる保革一騎打ちの形になった。少し前までいわゆる社会党天下の津山であったし、其の前まで2人、社会党の市長、と社会党県議が続いて出ておられたのである。



津山の危機に臨み「活力と幸せ」を掲げた。市民大会を企画実行し、100円バッジを大量につくり、売り、且つ着けてもらった。家と車に,シールをはり、津山に活力と幸せを・・と誰もやらないことを考えてやり始めたら従前のやり方と違う、選挙は遊びごとではないと批判が出た。



こっちはうまくいくと確信し、やりがいをもってやっていたのに、少しおかしい批判をされたので頭にきて、やめさせてほしいといったものの、気を取り戻して,それこそ全身全霊を尽くした、良い思い出がある。



・・・それどころか、運命的な後日談がある。市長の対抗馬に当時の議長が出馬することになり、、「市長選挙において、市議会に欠員があると、市長選と市議会議員の欠員選挙〈補欠選挙)が同時選挙にしなければならない」(公職選挙法)との規定があることがとわかった。



が、反対しそうな人ばかりじゃないかみたいなことになったらしい。どうりで3人も名前がでているワイ。そうおもっていたら・・・



なんと、おお後になって、 担当していた市長後援会の中から急に桑山君市議補欠選挙に出てくれ、となった。私がそれを聞いたときは「昨日の会合で出てもらうことに決まった、やってくれ」と言うことだった。


(ところが我が身内が市長に障りが出ては。。。といい、結局市議会鶴声会の意見を聞いたりし、そこがだめというなら出ないと約束した。裏にこんなこともあった。)



軌道に乗るまでのことではあったが、好きでのぼせていろんな理想を提案し、最終的にはほとんど認めてくれたので、満足でうれしかった。その少し後だったので、ぎりぎりの日にちしかなかったが、うれしくて飛び乗った。


出馬のうわさとして、小さく新聞に出たときは、私の親父がビックリした。数少ない縁故の田外社長をたずね、はやくやめるように説得を頼んだ。後日、会社の前の喫茶 ひばり へ呼び出されたのだが、、今も忘れないのがあの開口一番である。


親父は本気で言うてきたが、どうもあんたを看ていても止めるような気がせん。どうじゃ?。。。。。と言う調子であった。こっちも嘘は言えないから、止めるわけにはいかないような気がしています

、みたいなことを言ったような気がする。〈もっとはっきり、やりたい、と言った様な気もする。)



つづく