真実は人を幸福にするか?

桑田義雄が、うかんだり、もぐったりするブログ


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北大のイチョウ



原発は安全だと言い聞かされ、俺たちはまんまと騙されてしまった。

自公政権時代、「100年安心」と言っていた年金プランなのに、この数年で撤回され、先日、68歳以上にならないと支給されないと厚労大臣が発言した。

国民に何の相談も無いままに、野田は諸外国に対し、消費税10%にすると宣言した。

俺たちはなんてこう、騙されやすいのだろうか?

今ここで、人が騙される理由を10項目、列挙してみたい。


1.正常性バイアス

これは、今の自分が平和で、正常な状態にあると思い込もうとする心理作用のこと。
人は無意識のうちに、自分がパニックになることを避ける。
それで、「大丈夫」「大丈夫」と自分に言い聞かせる。
「この人は大丈夫。信じていい。」と。

2.多数派同調バイアス

人は、災害時、みんなが同じ方向に逃げ出すと、それに従おうとする。
また、人は、多数意見に賛同しやすい。
かつてガリレオガリレイは、地動説を主張し、裁判にかけられた。
当時、地動説を主張する者は、ガリレオガリレイしか居なかった。
たった一人が真実を語る場合がある。
だが人は、そういう意見は無視し、多数意見に従うのだ。

3.利己主義

自分さえ良ければ構わない。
他人の事など、どうなっても良い。
たとえば、オレオレ詐欺が報道される。
自分には関係ないと思い、その情報が頭を通り抜ける。
だから自分がターゲットになっても、詐欺であると気づかない。

4.他者依存

誰かがちゃんとやってくれると思い込む。
年金は、官僚がちゃんとやってくれる。
政治は、政治家がちゃんと動かしてくれる。
原発は、電力会社が安全に稼動してくれる。
報道は、マスコミがちゃんとやってくれる。
国民が、そう信じた結果、今日のジャパンがある。

5.五欲

感覚的欲望が邪魔をし、正しい判断が出来ない。
 (1)目…外見に騙される。
 (2)耳…甘い言葉に騙される。
 (3)鼻…フェロモンの臭いに騙される。
 (4)舌…食欲がセーブ出来ない。
 (5)肌…肌と肌の接触の欲望をセーブ出来ない。

6.無知

単純に、物事を知らない。
対策を知らない。
電気というものを、どうやって製造するか、その仕組みを知っているだろうか?
磁石とコイルの関係を知っているか?
これを知らないと、たぶん、原発問題を理解できない。

7.慢心

自分は知っていると思い込む。
正しい情報を手にしている。
正しい判断力があると思い込む。
相手を正しく理解できると思い込む。

8.あせり

「この商品は、これ一品限りです」などと言われると、つい、騙されて買ってしまう。
また、適齢期を過ぎ去ろうとしている女は、悪い男にひっかかりやすい。
「この人と出会うために、私は今まで独身でいたのだ」などと都合の良い事を考える。
あげくにもてあそばれて、金を取られて、捨てられる。

9.忘却

大切なことを忘れてしまう。
のど元過ぎれば熱さ忘れる。
かつて、2発も原爆を落とされた日本国民が、平気で原発の建設を許す。
「もう二度と、男には騙されない」と誓ったのに、また、同じような男に騙される。

10.疑念

古代ギリシャにソクラテスという哲学者がいた。
彼は人の知恵には限界があり、したがって、信仰によらねば完全な知恵は得られないと説いた。
これが当時の知識人の怒りを招き、裁判所に訴えられた。
裁判官は、ソクラテスが無罪であるが、知識人の怒りを恐れ、国民に信を問うた。
多数派同調バイアスが働いたのか、国民の過半数がソクラテスを有罪とした。
裁判官は、謝罪すれば無罪にすると言った。
だが、ソクラテスは、国民の意思に従う事をよしとし、毒杯をあおって死んだ。
国民は後から、「我々はなぜ彼を有罪としたのか?」と首をかしげた。



ここに10項目、人が騙される原因を列挙した。
中でも、すさまじいのが、最後の「疑念」である。
世の中に、詐欺師が横行した場合、なぜか最も大衆の怒りのターゲットになるのが善人である。
それは、「立派な事を言う者は怪しい」という先入観があるからである。
ソクラテスが有罪になったのも、彼があまりにも立派な発言を行ったからである。
ソクラテスは説法によりお布施をもらう事を良しとせず、したがって、無収入であり、女房との関係は険悪だった。
「信仰なんて説くくせに、貧乏で、夫婦関係が悪く、口だけ立派な野郎だ。きっと詐欺師に違いない。」
大衆はそう判断し、彼を有罪とした。
世の中に悪がはびこる時、善い人間ほど詐欺師に見える。
おそらく、イエス・キリストが十字架にかけられたストーリーは、ソクラテスがベースになっていると思われる。

日本にも、似たような話がある。
古代日本が、小国家によって分裂していた頃、戦争が絶えなかった。
そのため、小国家のトップが集会を開き、なんとか、平和に出来ないものかと話し合った。
そこで選ばれたのが卑弥呼。
まだ幼い卑弥呼を象徴的な統治者とすることで、日本(倭国)全体をまとめようとした。
そのもくろみは成功し、卑弥呼は五十年、日本に平和をもたらした。
だが、五十年後に、狗奴国が暴走し、平和は崩れ、責任を取って卑弥呼は殺されたと言われている。
卑弥呼は「日の巫女」(ひのみこ)である。
誰とも面会せずに神殿にこもり、丸鏡を持って舞いを踊り、邪気を祓うという「鬼道」を行った。
もちろん、結婚もしないわけだから、孤独な生涯。
にも関わらず、戦争が生じた責任を取らされ、殺された。
ちなみに、岩戸に隠れる天照大神のストーリーをご存知だと思うが、天照大神のモデルは卑弥呼であると言う説がある。
http://blog.goo.ne.jp/ryogonsan/e/8e9d9cb5a6ab9b3942673adc6d845bb4

天照大神は天皇家の先祖(氏神)とされているが、これはどういう事か?
実は、卑弥呼の死後、狗奴国王が一時、日本を統治するが、治まりきれず、卑弥呼の一族の娘を日本のトップに据えると再び、平和が戻った。
この娘の系統がずっと続いているのが現在の天皇家だとすると、天皇家の先祖は卑弥呼、すなわち、天照大神とも言える。
俺の仮説だが、卑弥呼の一族は大陸から九州に渡来した一族。
これを「天孫降臨」と言ったのではなかろうか?
卑弥呼自身は九州に住んだかも知れぬが、邪馬台国はその後、近畿地方に移り、大和朝廷の礎になったのではないか?

余談になったが、慈悲深く、清らかで、観世音菩薩の分身としか思えぬような卑弥呼。
だが、大衆の疑念によって殺害されたのである。
信頼が篤いほど、恨みも深くなる。


さてさて、問題はここからだ。
今の世の中は、誰を信じたら良いか、わからない。
自分は騙されているのか?
自分は誤解しているのか?

この場合、自分は誤解している、と思ってかかったほうが、まず、間違いない。
なぜならば、人間の目は、基本的にくもっている。
正しく他者を判断する目は、人間には無い。
だから、「この人はこういう人物である」という判断は、間違いであることが多い。
「この人は善人」という決め付けも、「この人は悪人」という決め付けも、両方とも間違いである。
人は善悪、兼ね備えている。
その人の発言の100%が嘘ではないし、100%真実ということもない。
俺の発言も、100%正しいということなど決して無い。
卑弥呼に関しても、ソクラテスに関しても、今後、新しい歴史的事実が出て来たら、簡単にくつがえるものなのだ。
誰の発言であっても、教説であっても、鵜呑みにせず、また、頭から否定してはならない。
それが大事なことである。

この辺は、まだ、当たり前の話。
理解しやすい常識論だ。
ここから、少し、複雑になる。

よく、「私は誤解されている」と感じることがある。
この場合、自分が誤解されているわけではなく、自分が相手を誤解している可能性がある。
相手が自分ことを理解してくれていないのではなく、自分が相手のことを理解していない、と考えたほうが良い。
常にこれを頭に入れておくと、人間関係のトラブルが少なくなると思う。
例えば、会社で、いつも、愛想が悪い同僚がいたとする。
自分は嫌われていると思い込む。
その人は、私の事を誤解している。
だから、私は嫌われているのだ、と。
だが、実はそんなことは無く、その同僚は借金で悩んでいた。
誤解していたのは、自分のほうだった。

もっと簡単な例を出そう。
メールをしても返事が来ない。
おかしい。嫌われたのか?
きっと、自分の書いたメールの文章を誤解し、腹を立てたに違いない。
なんて経験があるはず。
だが、もしかしたら、自動的に、迷惑メールとしてフィルタリングされてしまっていただけなのかも知れない。
あるいは、相手があまりにもピンチな状況におかれていて、返事を書く余裕が無いのかも知れない。
ならば、誤解しているのは、自分のほうだ。
自分に配慮が欠けているのである。
実際は、相手もこっちを誤解していると思うが、まずは、自分の誤解を正す。


以上のように、自分の判断は正確ではないと思っていたほうが、人に騙されないし、失敗も少ない。
自分は常に間違いを起こすのだ。
こうやって記事を書くとき、充分に気をつけているつもりでも、必ず、タイピングミスをやらかす。
ましてや、俺は、自分の主張が常に正しいとも考えていない。
拠り所となる師匠が得られるとも思っていない。
麻原に騙されて殺人を犯したオームの弟子を見よ。
師を求めれば騙されるのだ。
同様に「本当に信頼できる友人」などというものも幻でしかない。
また自分自身も、他人にとって、絶対的に信頼に値するような人物ではない。
自分で自分が頼りにならないのだから。
信仰してりゃOKってものでもない。
卑弥呼ですら、戦争に負けたのだ。
力関係、環境要因による絶対的不利に立ち向うためには、信仰以外にも並外れた努力が必要なのだ。

ともかく「人は間違えるものだ」という事を前提に行動する。
とりあえず、正しいと思った事は、実行する。
天からモティベーションなど降って来ないのだから、強引にでも、実行するしかない。
それでもし、失敗したら、次の手を打つ。
それしかない。


今日、もし、この記事を読んでいただいて、「なるほど」と思った人がいたとしても、おそらく、日々の情報の渦の中で、きっと忘れてしまうだろう。


※今回の記事はポッドキャスト↓と連動してみました。
http://poyoyoken.seesaa.net/article/234277995.html?1320798277
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