真実は人を幸福にするか?

桑田義雄が、うかんだり、もぐったりするブログ


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釈迦の求める幸福観と、一般世間の人が追い求める幸福観とは異なる。
一般世間の人が追い求める幸福観とは、食欲、性欲、名誉欲を追求する事が主なのだろう。
釈迦の求める幸福観は、食欲、性欲、名誉欲を極限まで低減させる事にある。
ベクトルが真反対なのだ。

では、なぜ釈迦は、このように世間とは逆の幸福観を求めるようになったのか?
それは、欲というものは、追求すればするほど、苦悩も増大するからである。
欲と苦悩は裏表の関係にあるのだ。

例えば、食欲を追求する。
食欲を満足させれば、その時は一時的幸福を感じる事が出来る。
しかし、そうする事で、太ったり、病気になったりする。
また、太る事で性欲も増大する。

性欲を追い求めたらどうなるか?
単刀直入に言えば、恋愛とは性欲である。
恋愛を追い求めても、相手が存在する話なので、上手く行くとは限らない。
結婚できたとしても、その後、さまざまな問題が発生して来る。

名誉欲については、省略する。

ともかく、欲望を追求するほど、苦悩も比例して襲いかかって来るようになっている。
ゆえに釈迦は、「少欲知足」と言うが、出来るだけ、欲望は持たないほうが良いと説いたのである。

だが、世間の中に生きていれば、自分が避けようとしても、さまざまな刺激に触れさせられ、欲望は膨らんでしまう。
そこで釈迦は、「出家」を推奨したのである。
出家して、世間と隔絶して生きれば、欲望が刺激される事が少なくなる。
山の中で生活していれば、道を歩いていて、カレーの匂いがプーン、というのが少なくなるのだ。
もちろん、女に出会う事も少ない。

釈迦は必要に迫られて、教団(出家者の集まり=サンガ)を結成したが、最初は、教団に尼(女性出家者)を入れる事を拒んだ。
だが、弟子の猛烈な説得により、条件をつけて、それを認めたとされる。

ともかく、釈迦は、出家する事で、欲望を抑えるという方法を伝えたのである。
だが、全員が全員、出家できるわけがない。
現代日本ならば、さらにそうである。
今の坊さんは妻帯しているので、出家者とは呼べない。
つまり、「僧」ではない。
ただの「坊主」である。

だいたい、元凶は鎌倉時代の親鸞である。
こいつが屁理屈をこねて、嫁をめとったので、それから日本仏教はおかしくなった。
悪の元凶である。


出家が困難な現代日本で、我々はどう釈迦の教えを実践すべきか?
それは、出来る範囲で、欲望の刺激から、身を避ける以外にない。
例えば、中学生くらいの自分の子供に、携帯を持たせる場合、フィルタリングをかけるだろう?
アダルトサイトや出会い系サイトには、アクセスできないようにするはずだ。
それは子供にとって、刺激になるからである。

大人にとっても、それらは刺激になる。
仕事中、アダルトサイトを見ていれば、当然、仕事どころでなくなる。
だから、仕事中はアダルトサイトを見ない。
常識であるが、実はこれが仏教の実践なのである。
刺激になるものは、出来るだけ、自分の周辺に置かない。

アルコール中毒の人は、酒を家の中に持ち込まない。
肥満の人は、棚にお菓子を詰め込まない。

こういう、ごく当然の行動が仏教なのだ。

そうやって、一つ、一つ、欲望を刺激する事から、身を遠ざけるようにする。
気づいた事からで構わない。
欲望と苦悩は裏表であるから、このように生きていれば、苦しい事も少なくなる。


しかしながら、人間はそう単純ではない。
刺激を遠ざけて生きているのに、今度は、頭の中を煩悩が駆け巡って行く。
減量している時は、焼肉が頭の中を支配してしまう。
イライラと不安が、常に心の中に滞在し、スッキリする事が少ない。

だが、これで良いのである。
仏教の目的は、気持ちがスッキリする事ではない。
悟りとは、常に平静である事だと思っていたら、それは誤解である。
悟りとは、イライラを、イライラのままにしておく事である。
不安を、不安のままにしておく事である。

イライラをイライラのままに、不安を不安のままに、そのままに受け容れられるようになる事が、「悟り」なのである。

蚊に刺されたら掻いちゃだめって、お母さんに教えられなかったか?
心も同じで、掻いちゃダメなんだ。
焼肉の誘惑に負けて、焼肉屋に飛び込む。
そうすると、その時は満足する。
だが、しばらくすると、また焼肉が食いたくなる。
焼肉中毒になる。
毎日、焼肉食ってる奴、いるだろ?
一度許容すると、止まらなくなる。
どころか増幅する。
それが人間の欲求なのだ。
そして、その欲望にストップをかけるエネルギーはハンパじゃない。
虫刺されを掻いて、ばっこり腫れた感じである。

だから、誘惑には負けてはならない。
悪魔には屈してはならない。
もちろん、反動はある。
煩悩が攻めて来る。
だが、耐える努力を積み重ねれば、耐えられるようになる。
耐えられるようになれば、それは悟りなのだ。

決して、気持ちがスッキリしているわけではない。
煩悩は一生、止まない。
だが、耐えて行く稽古を積み重ねる事で、耐えられるようになる。
それが悟りである。
釈迦の目指す道である。


本日、ポッドキャストを更新しました。
今の話に関連してます。
よければ聴いて下さい。
http://poyoyoken2.seesaa.net/article/391330223.html

釈迦の思想に興味のある人には、以下の本がお勧めです。

「原始仏典」中村 元 著(ちくま学芸文庫)定価:1,365円(税込)

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