真実は人を幸福にするか?

桑田義雄が、うかんだり、もぐったりするブログ


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豊胸手術で失敗したというニュースを見た。
100本、注射で脂肪注入。
痕跡が残り、おまけに脂肪は石灰化。

統計を取ったわけじゃないのでわからないけど、男の全員がデカ乳を好むわけではない。

イエローキャブは巨乳アイドルを多数、排出したが、あれは社長の好みに過ぎない。

先日も書いたが、人は自分の見て来た平均値を「美形」と感じる。

という事は、日本人においての平均的なサイズの胸、B~Cカップあたりを好む男性が多いはずだ。

俺も、ホルスタインみたいに、デカイのはあまり好きじゃない。
そういうのは、やがてたれる。
乳ヌンチャクになってしまう。
俺の意見は、少数派では決してない。

だいたい、男は、好になった女の乳のサイズを「一番」と考えるのだ。
最初に、乳のサイズありき、ではなく、好きな女ならば、どんなサイズでも、ある程度は許せるのだ。


結論を言えば、乳の大きさよりも、全体とのバランスである。
貧乳でも、プロポーションの良い女性というものもいる。
乳をデカくしようとするよりも、プロポーションに留意したほうが良い。

乳製品を食べ、よく運動すれば、少しは胸もデカくなるだろうし、プロポーションも良くなる。

拒食というのは、貧乳というよりも、洗濯板状態になるので、こればかりは避けたほうが良い。

ガリガリに痩せて来たら、甘い物と脂肪分をしこたま摂取したほうが良い。
これで太れないわけがない。


書き切れないが、女の間での「美しさ」と、男が女を見る時の「美しさ」の基準は、かなり乖離している。
この乖離は、女が男の意見に耳をふさぐところに由来している。

たとえば、男はシンプルな格好をした女が好きだ。
ガラもののパンストをはいて、ハデなネイルをし、チャラチャラした飾りをつけまくっている女は、男から見ると、「遊べる女」というふうにしか映らない。
真っ白いワンピースを来て、爪もネイルなどしてないような女は、男から見れば、近寄り難いような清純な空気が漂う。


話は脱線するが、俺が昔、マネージャー時代、スカウトする時は、ひたすら原石探しだった。
化粧が濃くて、着飾っている女は、まず対象外。
本当にいい女は、地味な服装をして、ほぼスッピンで歩いている。
なぜならば、目立つ格好をすればナンパの対象になるから。
10m歩くたびに、ナンパされるからだ。
だから、彼女らは、原宿や渋谷のような所ではなく、郊外の街を、地味な格好で歩く。
俺らマネージャーは、そういう場所で、ひらすら目を光らせたものだ。
スカウトの最悪のパターンは、すでにタレントである子に声をかける事。
すでにタレントである子は、それなりに磨かれているから、素人との区別がつかねば、一人前のマネージャーとは言えない。

俺は、一度、通りすがりの女の子にピンと来て、声をかけようとした。
その直前に、友人のマネージャーが、「あれは東京パフォーマンスドールだ」と教えてくれた。
俺は、素人とプロの区別がつかなかったわけだ。
赤面の至り。

こういう事はよくある。
俺がタレントの女の子と歩いていると、駅で、その女の子が男に声をかけられた。
その男の顔を見たら、知り合いのマネージャーだった。
「お宅のタレントさんだったのですか」と言い、そいつは赤面していた。


原石を探すのが、マネージャーの仕事だ。
本当の美人は、ナンパされるのを嫌って、繁華街を歩かない。
化粧も服装も地味だ。
渋谷などでスカウトしているのは、ホステスとか、AV女優のスカウトだ。


話はだいぶん、ずれたが、男は、ほれた女の特徴を愛する。
ほれた女が鼻が低ければ、鼻の低い女が好きになる。
ほれた女が一重なら、一重の女が好きになる。
だから、気にしないほうがいい。

女性同士の中で語られる美的感覚は、男には通用しないと、まず、思ったほうが良い。
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$真実は人を幸福にするか?



仏教の宗派に律宗というものがあり、これは大変に面白い考え方なので、記事にしておこうと思う。

律宗について、詳細を述べる余裕が無いので、アウトラインはWikiを参考にしていただきたい。

律宗
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%8B%E5%AE%97

真言律宗
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E8%A8%80%E5%BE%8B%E5%AE%97

律宗というのは、要するに、戒律さえ守れば成仏しますよ、というシンプルな思想である。

人間というのは思考が好きで、ああでもない、こうでもないと小難しい事を考えたがる。
仏教の僧侶も例に漏れず、さんざん考えた結果、種々の煩雑な教義が生まれた。

こういうのは実に、観念の世界であり、なかなか現実に人を幸福にしない。
これに対し、うだうだ考えるのを放棄し、昔から決められた戒律を守ろう。
そうすれば、自然に成仏してしまうのだ、という考え方が出て来る。
これが律宗だ。

真言宗と結びついた律宗を「真言律宗」というが、真言律宗の僧である忍性は、その人生において、ハンセン病や貧者を多数、救済した。
他の宗派の僧侶が、教義をもてあそぶ事が多かったのに対し、真言律宗の忍性は、弱者救済のために、ひたすら行動したのである。
国家の資金援助を受けていた事から、日蓮に「律国賊」と批判されたが、行政による社会福祉が行き届かぬ当時としては、国の資金提供を受けて、民間人が福祉活動を行うというのは当然であった。


鎌倉仏教において、曹洞宗の道元という存在がある。
道元の禅もまた、律宗の影響を多分に受けていると言って良い。
戒律そのものではなく、「教義よりも行」というところが律宗の考え方を受け継いでいる。

曹洞宗の本山である、永平寺の雲水の修業などは、とにかく、形、形である。
細かな作法を、徹底的に学習させられる。
覚えさせる手段は、恫喝と暴力だ。

恫喝と暴力については賛同しかねるものがあるが、とにかく、形式にやかましい。
坐禅そのものも、「坐る」という形式に意味があるという立場だ。
なぜならば、「坐る」というのは、お釈迦さんの悟りを開いたポーズであり、密教で言う「印契」(いんげい)に相当する。
「印契」とは、おまじないである。
坐禅というポーズをすることが、悟りなのだ、というのが曹洞宗の立場だ。
坐禅のみならず、日常の定められた、一つ一つの行為を守る事が仏道であり、悟りなのである、という考え方である。


こうした禅のあり方は、華道、茶道、能楽などの伝統芸能にも生かされる。
伝統芸能はすべて形から入る。
日本の禅宗の中に溶け込んだ「律宗」の考え方が、日本の伝統芸能の根底にあるのだ。


俺なども、こんな文章をダラダラ書くよりも、掃除や運動という「行動」の一つもしたほうが良いのかも知れぬ。

考えて、考えて、考えて、その結果、現在がある。
結局、何も得られていない。

考える時間を行動に使っていれば、人生はもっと実り多きものになったに違いない。


自分がすべき事というのは、誰もが気づいている。
受験生ならば勉強。
労働者は仕事。
主婦は家事。
デブは運動。
それをやる。
自分の気持ちに反してもやる。
これが律宗の姿勢だ。
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完全主義って病気がある。
百点満点を目指そうとする。
百点満点を目指すあまり、なかなか行動に踏み切れない。

例えば、プロポーズの時、

「毎日、君の瞳をみつめて暮らしたい」

なんて言葉、吐きそうだろ?
ゾッとするだろ?

でも、プロポーズをしないよりは良い。
プロポーズをしないまま、生涯を終えるよりは、ずっと良い。

百点満点のプロポーズを目指すと、プロポーズしないで終わる可能性が高い。
つまり、0点になる。

「毎日、君の瞳をみつめて暮らしたい」

が5点のプロポーズだとしたら、5点のほうが、0点よりはマシだ。
実際、相手だって、プロポーズの内容よりも、プロポーズされたって事実のほうが大事なのだから。


完全主義は、腰を重たくさせる。
チャンスを失わせてしまう。


「やる気が出たら勉強しよう」というのも、完全主義だ。
「完全に気が乗らないとやらない」というのも、完全主義の一形態なのだ。

やる気は天から降って来ない。

残念ながら、人は生きる気が無くても、生きて行かねばならない。
人生、一種の拷問と思っても、差し支えない。
それが現実だ。

だから、やる気が出ないのが当然なのだ。
やる気がないままで、やるしかないのだ。


俺は社会主義者である。
だから、新自由主義者(自己責任論者)とは、しばしば対立する。

「世の中のせいにするな」

というのは、彼らにとって、「おはよう」「こんにちは」「ありがとう」の代わりに出て来る言葉である。

この点において、社会主義者は新自由主義者と激しくぶつかる。
(俺は時間の無駄なので相手をしないが)

しかしながら、「世の中のせいにするな」という思想さえ、世の中に対し、まったくメッセージを発信しない者よりはマシだと思っている。
少なくとも、彼らは、彼らなりの思いやり(微弱とは言え)から、世の弱者に対し、忠告しているのである。

この世の中を良くするには、そのための「手段」が必要である。
手段が「ゼロ」よりは、たとえ5点の手段であっても、あったほうが良い。


創価学会というのは、過去、折伏大行進の名のもと、強引な布教活動を行い、結果として、古い世代には「避けて通るべき宗教」としてインプットされている。
現代においても、決して、創価学会の問題が決して解消されているわけではない。
にも関わらず、各国において、さまざまな形で称号を贈られている(創価学会のHPを見ればわかる)。
これはもちろん、創価学会からの金銭的支援という背景も充分、考えられる事であるが、心から評価されている面もゼロとは言えない。

法華経、日蓮という教義的側面については、海外の人間にとって、理解することはほとんど不可能である。
また、日本国内における創価学会に対する否定的意見についても、外国人が見聞する事は、ほとんど無いだろう。
日本人ですら、若い人は、ほとんど知らないのだ。

では、海外の人は、何をもって創価学会を評価するかと言えば、人権運動、平和運動である。
「運動」と言っても、何か特別にやっているわけではない。
創価学会の人権運動とか、平和運動とか、見た事、無いでしょう?
してないから。
でも、創価学会の人権運動とか、平和運動に対し、表彰されている。
実の無いものに対し、なぜ、評価されるのか?

それは、「布教活動」に対し、評価されているのである。
創価学会の教えの布教など、迷惑だ、と感じる日本人は少なくないが、海外の人の耳には、そんな情報は入って来ない。
純粋に、彼らは創価学会を「仏教を布教している団体」「仏教に基づく平和思想により、教育や政治活動を行っている団体」というイメージしかないのだ。


もっと、よく、創価学会の事を調べてから表彰して欲しいと思うが、創価学会くらいしか、海外の人の目に止まるような団体は、日本には存在しない。

それが虚飾であれ、有名無実であれ、平和とか、人権とかを主張し、教育、政治活動を行っている団体は、日本国内では創価学会くらいしか目につかない。
少なくとも、海外の人には。


「行動」というものが、何よりも重要なのだ。
創価学会は実際に、大学を作り、公明党を作って来た。
形を残して来た。
他宗教でもやっているが、ここまで、やり遂げた組織は、創価学会の他にはない。

誰かが、平和、人権というものについて行動しなければならない。
結果として、成功したか、失敗したかはともかく、創価学会は行動したのだ。


創価学会は日蓮の思想に基づくが、日蓮は、「ただ南無妙法蓮華経と唱えれば、どんな願いでも叶う」と主張した。

鎌倉時代は日本が受難の時代であり、その時代に、願いを叶えるための明確な手段を示したのは、立派の一言に尽きない。

日蓮には、当時の仏教学レベルから見ても、矛盾点が散見される。
被害妄想的なところもある。
もちろん、「ただ南無妙法蓮華経と唱えれば、どんな願いでも叶う」なんて事も無い。
だが、願いを叶えるための、何らの手段も見えない時代に、このように主張し切るというのは、大したものだと思う。
百点満点中、十点はあげたい。
多くの人は、0点なのだから、これだけでも凄い。

浄土思想は、「ただ現実を受け容れよ」と主張するが、受け容れられるものではない。

天台、真言は行法が複雑で、庶民的ではない。

禅宗は観念的で、今苦しんでいる人の救いにはなり難い。

そんな中で、庶民にとって、日蓮の教えは斬新で、魅力的に映った。


国の行く末というものに対し、誰もが無策である時、悪魔の説く策であっても貴重、という話をしているわけではない。
もちろん、悪魔の策は、邪悪であるし、用いるべきではない。
できれば、仏の策の登場を期待したい。
だが、悪魔の策が出て来るという事は、みんなが「無策」だからである。

ドイツにヒトラーが登場したのは、ドイツが無策だったからだ。
だから、無策というのは危険なのだ。
だから、声を上げねばならないのだ。

自分の策が十点であれ、二十点であれ、世の中を良くするための策があるならば、提案すべきである。

無名の庶民であれ、ネットという情報発信ツールがある。
それさえ自由にならないなら、手紙を書いて、政治家に送っても良いではないか。

黙っていると、またオーム真理教みたいのが起こってしまう。
オーム真理教をみんなバカにするが、あの教義は、ヒンドゥー教を取り込んだ巧妙なものだ。
だから高学歴者がのめり込んだのだ。


無策は悪策をはびこらせる。
だから、意見のある人は、表明して欲しいのだ。


この世の中を、どうしたら、みなさんは良くすることが出来ると思いますか?

人は、どのようにしたら、幸福になれますか?

そのための具体的な方法は何ですか?

これを堂々と語れる人が表れたら、内容はともかく、その行為に対し、俺は頭を下げたい。


P.S.俺の時事論は、ツイッターを中心にやってます。
http://twitter.com/#!/kuwatayoshio
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真実は人を幸福にするか?



民主党が信頼されなくなったのは、八方美人だからである。
公務員給与の削減をアピールしておきながら、公務員の労働組合である自治労の支援、献金を受けている。
国民には「官僚政治の打破」と言いながら、官僚を敵に回さぬようにしている。
沖縄にもアメリカにも良い顔をしようとする。

誰も敵に回さないというのは、誰も味方にしない、という事なのだ。

共産党の凄さは、敵を作ることを恐れないところにある。
最も信念を貫いている政党は共産党であることは間違いない。


アイドルというのは、誰も敵に回さないわけではない。
松田聖子は離婚したあたりから、徐々に女性ファンを増やしていたが、最初の頃は、日本中の全女性を敵に回していた。
それでも、決して、同性を味方にするために、キャラクターの変更をしよう、などとはしなかった。
俺の記憶では、デビュー以来、今日に至るまで、松田聖子は一貫したキャラクターである。

ちなみに、俺はたくさん芸能人を見て来たが、背中にぞくっと来るほどのオーラを感じたのは、松田聖子と北島三郎だった。
両者に共通しているのは、「一貫したスタイルを持っている」というところである。


戦国時代を紐解けば、今日まで味方と思っていた人が敵になり、反対に、敵と思っていた人が味方となるなんてことはザラだった。
そこで大事なのは、人を味方につけるために右往左往することではなく、明確な大義を掲げる事である。
この大義の掲げ方によって、味方のつき方が変わる。

織田信長は天子(天皇)打倒の野望を持っており、それゆえに明智光秀はクーデターを起こしたのではないかと俺は見ている。
その一点を見るならば、秀吉よりは光秀のほうが信頼できる。
おそらく、当時の武将達も、そう感じていたろうと思う。
それでも、なぜ、誰も光秀の味方をしなかったのか?
光秀は、どこまで行っても逆賊でしかなかったから。
逆賊であっても、そこに大義があれば良い。
だが、光秀の盟友らに送った、援軍を頼む書状には、「再び足利政権を取り戻し、平和な世にしたい」と書かれていた。
かつて、信長の命で、足利を切り捨てたのは、ほかならぬ光秀なのに。
この一貫性のなさにあきれ、盟友は光秀の援軍をしなかった。
もしも、「天子への謀反をたくらんでいた横暴な信長に代わり、俺が天下を取る」と書いてあれば、大義は成立し、援軍は出たであろうと思う。


周囲の顔色を見て態度を変える者が、最終的に信頼を勝ち得る事は無い。
信念のために生き、信念のために死ぬ覚悟がなければ、戦いには勝てない。

太平洋戦争で負けたのは、軍部のトップたちが、国民や若い兵士の命を犠牲にしながら、自分の命を惜しんだからである。
国民の命を犠牲にして、大義もクソもない。
アジア解放という大義は、B29により、本土が大量爆撃を食らうようになった時点で、ついえたのである。
そこで降伏し、軍部が腹を斬っていれば、広島、長崎、沖縄の悲劇は無かった。


しかしながら、現代に生きる俺たちも、偉そうなものではない。
それに殉ずるような信念が果たしてあるだろうか?
そのために人生のすべてをかける、というようなものがあるか?

結局、その場、その場の喜びのために、周囲の顔色ばかりを気にして生きているのではないか?

上司の顔が赤くなれば止まれ。
青くなったら進め。
黄色くなったら注意せよ、か?

日本人の顔はふだんは黄色いから、俺たちは、ずっと注意してなければならんのか?

俺たちは、そんなふうに、上司の顔色を見て生活しなければならんのか?

そんな生きザマはクソだ!

昔の人は言った。
ポケットにはいつでも辞表を入れて仕事をしろ、と。
それくらいの覚悟が無ければ、まともな仕事など出来ない。

上司の顔色を伺うのではなく、自分の信念のままに仕事をする。
自分の信念に従い、行動する。
本当は、そうでなければならないだろう?

上司が急に変わったらどうする?
会社の方針が転換したらどうする?
そのたびに、自分の態度を変えるのか?
馬鹿馬鹿しいとは思わないか?
そういう人物を「宦官」(かんがん)と呼ぶ。


じゃあ、いったい、何を信念とすれば良いのか?

俺の場合は、あくまでも神であると思っている。
神に忠義を尽くす。
これを中国の古典思想の一つ「墨子」では、「天志」と呼ぶ。

人に尽くすわけではない。
人に尽くすと考えると腹が立つ。
すぐに人は裏切るからだ。
人は自分から尽くすことを知らず、尽くされることを喜ぶからだ。

だから、人に尽くすのではなく、神に尽くす。
それは、神の命に従い、生きるという事だ。
結果として、人に尽くすという形になるだけだ。

「神の命」というが、神は言葉を発しない。
だが、声ならぬ声で、我々に語りかけている。
それを鋭くキャッチするのは信仰に他ならない。

目の前に人がいて、助けるべきか、放置すべきか迷ったら、神に心の中で問いかけてみれば良い。
意外に、スムーズに答えが出るはずである。
それを素直にやれるか、やれないか、だけである。

神の言葉は、敏感に心に届いているものだ。
だが、人の「我」が、それを邪魔する。
欲望が神の言葉を無視する。

だいたい、神というのは、キツイ事を指示するものだ。
奴卑(ぬび、奴隷のこと)の行を命ずる。
奴卑の行とは、人のやりたくない事をやる、という事だ。
これが一番、神の心に適った行為だからだ。

放射能で遺伝子が破壊されたり、白血病になるのを覚悟して、福島原発で作業している人たちは、奴卑の行を行じているのだ。
最も神のそばで生きていると言える。

一方、東電の職員には、まったく手を汚さず、快適な事務所の中で、ひたすらパソコンを叩いているだけで、公務員以上の報酬を貰っている者もいる。
自分が神に近いところにいるか、遠いところにいるか、よく考えて欲しい。


無宗教と言っている人でも、日本人ならば自然に信仰しているものがある。
日の丸はアマテラス(天照大神)の象徴であり、君が代は、それに捧げる祝詞(のりと)である。
日の丸に向かい、君が代を歌う行為が神事なのだ。
これにより、我が魂にアマテラスが宿る。

日本には「恥」の文化があると言われて来た。
だが、今や、恥も外聞も無い。
それは、神を崇敬する精神を失ったからなのではないかと思われる。
人にほめられなくても、神に恥じない生き方をしよう。
昔の日本人には、そういう意識があった。

五輪選手が「日の丸を背負う」と口にするが、それが何を意味するか、よく考えてみたい。
間違いなく、国旗掲揚の時、正しい姿勢で国歌を口ずさみ、視線を日の丸に合わせている者は強い。
実力以上の力が発揮できるからである。

日本人には、自然にそなわっている信仰というものがある。
これを自覚し、それに背くことを恥とするならば、一本、筋の通った生き方が出来るのではないかと思う。


尚、アマテラスへの信仰が、排他性につながるわけではない。
そもそも、日本人の先祖は渡来民族である。
そして、各国の神々は天上で互いに手を取り合っているのである。
あらゆる宗教(それが一神教のキリスト教であっても)と、神道とは矛盾するものではない。

※画像はアマテラスが「天の岩戸」から出て来るシーン。
 天の岩戸の話は、卑弥呼の時代の日食に由来するという説がある。
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ここ数年、歴史に関心を持つ歴女(レキジョ)という女性が増えて来た。
歴史を知る事は大変に良い事であり、出来れば、古代以降の通史全体を学んで欲しい。
歴史は決して昔話ではなく、現代の話なのだ。

「草食系男子」という言葉が流行った。
この「草食系男子」と「真田幸村」には関連性がある。
現代女子の求める男性像は真田幸村である。
真田幸村は草食系ではなく、肉食系。

実際の真田幸村は決してイケメンではなく、歯の抜けた、はげたジジイだった。
人柄はいたって温厚。
父は猛将として知られていたが、幸村は無名であった。
冬の陣勃発の時、「誰、この人?」扱いされ、大阪城内に入れず足止めを食らったほどだ。

だが、極めて知略に長け、もし、幸村の計略が採用されていたら、東軍は負けていたかも知れぬ。
結局、計略は採用されず、他の西軍武将もアテにならず、幸村が孤軍奮闘することになる。

幸村が現代女性のあこがれの対象となっているのは、決して、命を惜しまなかったところにある。
誇りのために、孤軍奮闘して、一命を賭したところにある。

夏の陣では、目指すは家康の首のみと、本陣めがけて突入する。
家康はうろたえて敗走する。
真田軍は追走する。

結局、真田軍は反撃を食らい、幸村は傷ついて討たれたとされているが、その付近になぜか家康の墓がある事から、実は、幸村は家康を討っていたのではないか?という説もある。

その説の真偽はともかく、左右をふらふら見ないで、真っ直ぐに信念を貫いた幸村の生き方こそ、現代女性の求める男の姿なのだろう。


昨日、北朝鮮で男子のサッカーの試合があった。
日本国歌斉唱の時、選手もコーチ陣も、肩を組んでいた。
肩を組んだり、女子サッカーのように、胸に手を当てるのは正しい方法ではない。
日本国歌斉唱はあくまでも、直立不動だ。
目はあくまでも日の丸を凝視。
そして、歌い終わったら一礼。

ところが昨日は、日本国歌斉唱中に会場から大ブーイング。
これは当然、予測できたはずだ。
いつぞやの韓国での女子サッカーの試合では、日本国歌が途中でブッタ切られた。
長い国歌の場合、途中でフェードアウトというのはよくあるが、短い日本国歌を、途中でパスンと切られた。
朝鮮半島の感情とは、そういうものである事を考えるならば、ブーイングは予測していなければならない。
日韓(日朝)併合時、朝鮮人には、嫌々ながらも君が代を斉唱していた者も少なくないはずである。
ならば、君が代すら耳にしたくない、というのは当然の心理なのだ。

なのに、なぜ、日本選手たちはブーイングにうろたえ、目を白黒させるのだろう?
ブーイングは当然と考え、静かに日の丸を見つめ、国歌を斉唱して決して動じず、会場を見ないでひたすら試合にのぞめば勝てたのだ。

感情に左右されずに試合が出来る、なでしこジャパンのほうが、よほど、男である。


草食系男子の定義はよくわからない。
だが、俺的に定義付けるならば、フラフラして気迫や信念の無い者だ。
まっすぐ、一本の線が入っていない。
右を見て、左を見て、雰囲気で態度を変える。
批判やバッシングに弱い。

肉食系男子は、まさに、昔の武士であると思う。
まっすぐに前だけを向き、しくじったら腹を切る。

戦争しなくなった江戸時代の武士でさえ、下級武士は貧しくても誇りがあった。


こういう話をすると、右翼だと思われるだろう。
経済の話をすると、完全に左翼だが、こういう精神的な部分になると、俺は右翼なのだ。
こういうタイプを「タカ派の左派」と呼ぶ。
北一輝なんて人も、そうだった。

俺がタカ派的なのは、別に中国朝鮮を敵視しているわけではない。
敵視されていることを自覚すべし、と主張してるのだ。
のんびり、友好ムードにひたるな。
日本に観光に来る彼らとはフレンドリーになれたとしても、中国朝鮮人には強い反日感情を持つ者が未だ少なくない。
だから、何が起こってもおかしくない。
アメリカさえ、味方ではない。
なにせ、原爆を落として行った連中だ。

ならば、あの九条というアホなものは撤回し、「日本は必要を感じたらいつでも戦争します」という条文に変えなければならない。
「戦争しません=いじめてください」なのだから。

俺は中学の頃、いじめられていた。
無防備だから、かえって、いじめられた。
武道をはじめたら、いじめられなくなった。

性善説に立つから、いじめられる。
性悪説に立って、対策を練ろ。
自分の子供をいじめに遭いさせたくなければ、レイプさせられたくなければ、空手を習わせろ。


かく言う俺も、肉食系か草食系かと言われたら、草食系かと思う。
幸村などに比較すれば、草食系以外の何ものでもない。

信念を持つことは容易ではない。
孤立することをいさぎよしとする、という事なのだ。
誰の顔色も気にしないで生きる、という事なのだ。
そして、人生の目的を、ハッキリと持っている。


実に難しい。
だが、何とかして我々はこの境地にたどり着かねば、いつか我が国は、肉食系の他国に食い散らかされてしまうだろう。


昔の武士に気骨があったのは、忠義の二文字のおかげであろう。
だが、現代人には忠義する相手が見つかりづらい。
しかし、日本の歴史の中で、変わらずに忠義を尽くすべき相手がいる。
それは天照大神である。
天照大神こそが日本の象徴であり、日の丸とは天照大神のシンボルに他ならない。


  身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂(吉田松陰)


吉田松陰の忠義の対象は天皇陛下であった。
そして、高杉晋作等の松陰門下が維新を成した。

「天皇に忠義」なんて気持ちは俺にだって、さらさらない。
だが、アマテラスならば忠義の対象たり得る。
なぜならば、日本の祖神であり、日本人の象徴だからだ。

誰にほめられなくても、おとしめられても、神にほめられれば良しとする。
もし、その心境になれたら、俺たちは肉食系になれるだろう。


それにしても最近、肉、食い過ぎだ・・・


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人は自分の見て来た顔の中で、最も平均的な顔立ちを「美人」と認識するようだ。
目は大きすぎず、小さすぎず、鼻は高すぎず、低すぎず、唇は厚すぎず、薄すぎず。中肉中背。

一番、男の気を引く女のファッションは、定番である。
シンプルな丸首の洋服。
白いふわっとした、膝までのスカート。
ベージュで無地のストッキング。
無論、好みは人によって異なるものだし、全員が似合うものでもないが、こうした定番が一番、男の最大公約数的趣味に適うのではないかと思う。

性格もまた平均値的なものが好まれるようだ。
いわば、どこにでもいるタイプ、が好かれる。
特徴的な性格は敬遠されることが多いようだ。

今までトップを走るようなアイドルというのは、こうした平均値を上手に生かしている。
見た目も平均的であり、奇抜な言動もしない。
奇抜な言動によって注目されるアイドルは長続きしない。


アイドルはそれで良いだろうと思う。
極力、敵を作らないほうが良い。
だが、普通の人ならば、「平均的言動」「平均的性格」というものにこだわるべきでは無いだろう。
なぜならば、それは「毒にも薬にもならぬ」ということなのだ。

女ならば、それでも良い。
しかし、男なら、多少、刺激が強くても、人のためになる言動をして欲しいと思う。

みんな、親の言動に反発を覚えた経験があるだろう。
だが、後で思えば、その言動が正しかった、という事もあるだろう。
だいたい、どうでも良いような事には反発しない。
重要な事だから反発する。

親としては、反発されたとしても、言わねばならぬから言う。

日蓮のことばに

「とてもかくても法華経を強ひて説き聞かすべし。信ぜん人は仏になるべし、謗ぜん者は毒鼓の縁となって仏になるべきなり」(法華初心成仏抄)

とある。

俺は今ここで、“法華経”とか“仏”の話をしたいわけではない。
たとえ、相手の反発を招いたとしても、強いて話さねばならぬ事もある、ということだ。
例えば、周囲がみんな「原発賛成」と言ったとしても、自分が危険を認識しているならば、強いて「原発反対」を主張すべきである。
その主張を信じる人もいるだろうし、信じない人もいるだろう。
だが、信じない人にも、考えさせる機会を与えるのだ。


容姿は平均的が良いかも知れないが、主張は平均的が良いわけではない。
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昨日、参議院のTPPに関する集中審議で、社民党の福島みずほが吼えるのを観て、久々に痛快だった。

福島の主張は単純であり、野田総理に対し、TPPに参加するのならば、まず、国民の代表である国会で意思表明すべきだ。
国会で意思表明せずに、先に記者会見をし、その後、外国で表明するなど、国民をないがしろにしている、というものだった。

それに対し、野田総理は、理屈をこねて、はぐらかした。


両者のやりとりを観て、これは男と女の典型的なパターンだと思った。
男は理屈を語る。
それに対し、女は感情を語る。

「理屈を並べ立ててごまかす」という行為を、女は嫌う。
男はさんざんそれをやって、何度も国家を危機におちいらせて来たのだ。
過去、戦争をおっぱじめた時だって、男達は理屈を並べ、正当性を主張した。
原子力発電が安全だというロジックも、男がでっち上げた理屈である。
この理屈のおかげで、女たちは、悲惨な思いをしているのだ。

だから、例えそれが正論であっても(今回の野田総理の答弁は正論ではない)、理屈を並べられることに、女はがまんできない。
そうされればされるほど、女は不満を感じる。


対し、女は感情を表す。
女の場合、言葉は感情が音声化したものに過ぎない。
その言葉の内容自体には矛盾があるかも知れない。
関係が無いような事を言っているように感じるかも知れない。
言葉に主語が無いかも知れない。
だが、本人にしてみれば、「とにかく私は不快である」とか、「とにかく私はさみしい」という事を主張しているのである。
言葉自体は本質ではない。
(今回の福島の発言は、言葉使い自体も的確であったが)


男女の感情のもつれは、だいたい、この辺が原因になっていることが多いようだ。
男にしてみれば、「なぜ、あいつはあんなにヒステリーを起こすのか?なぜ、支離滅裂なのか?」と思う。
女にしてみれば、「なぜ、自分の気持ちをわかってくれないのか?なぜ、嘘をつくのか?」と思っている。


男女が理解し合うためには、男はもっと、感情的に話したほうが良いかも知れない。
女は、理屈を並べたほうが良いかも知れない。


だが、男は感情を表明することをためらう。
なぜならば、男が本心を表に出すと、失敗するという事を学習しているからである。
それは男女間における失敗とは限らない。
社会においても、男が本心に基づき、感情を表せば、失敗することが多い。
ウソの涙は男でも、しばしば使う。
だが、男が本気の涙を流すと、しくじるパターンが多い。
だから男は本心を隠す訓練をする。
(企業でもトップになってしまえば別だ)


しかしながら、やはり男は感情を見せる訓練をすべきだ。
理屈だって必要であるが、いくら理屈を並べても女は納得しない。
結局、何とかして、感情で伝えるしかない。
嘘が無いならば、それは可能なはずだ。

野田も、民主党の代表戦の際の演説では、多くの民主党議員の心を掴んだ。
それは、理屈を並べたのではなく、感情に訴えたからである。
だから、女性議員も、イケメンの前原ではなく、大仏の野田に投票したのである。

総理になってから、野田は感情を表に出さなくなった。
これでは何を考えているのかわからない。
本人にとっても、国民にとっても、これはマイナスだと思う。
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生活必需品には消費税をかけるべきではない、という意見がある。
だが、国としては、生活必需品だからこそ、課税したい。
なぜならば、「必需品」だからである。

宝石などのぜいたく品に、たくさん課税すればいいじゃないかと考えている人もいる。
だが、ぜいたくは我慢すれば済む。
ぜいたく品が消費税によって大幅に高くなれば、金持ちも、ぜいたく品を買わなくなる。

食品や雑貨のような生活必需品は、どんな貧乏人であっても購入せねばならない。
だから、生活必需品こそ、課税したいと国は考えているのだ。


ならば、消費税UPをやめて、所得税を上げれば良いじゃないか。
バブル崩壊以降、所得税を下げて来たのだから。

だが、その政策には、官僚も政治家も反対である。
なぜならば、彼らは高額所得者だから。

自分達のふところを痛めずに、税収を増やすには、所得税よりも消費税を増税したいのである。


法人税もまた、バブル崩壊以降、下げ続けて来た。
これは自民党の支持基盤である経団連の主張によるところが大きい。
また、外国で、どんどん、法人税を下げて行くので、日本の企業が外国に拠点を移してしまう。

どの国も、国内に企業がたくさんあったほうが雇用と税収が増えて、喜ばしいので、法人税を下げて行く。
この法人税値下げ競争というのが、実に今、悩ましい状況になっている。

法人税については、日本だけの問題ではないので、国際的な条約でも作って、どの国も一律にすれば良いと思う。
どの国も法人税率を一律にすれば、値下げ合戦などという負の競争をする必要など無い。
TPPなどよりも、こっちのほうを、余程、やるべきだ。
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真実は人を幸福にするか?真実は人を幸福にするか?
北大のイチョウ



原発は安全だと言い聞かされ、俺たちはまんまと騙されてしまった。

自公政権時代、「100年安心」と言っていた年金プランなのに、この数年で撤回され、先日、68歳以上にならないと支給されないと厚労大臣が発言した。

国民に何の相談も無いままに、野田は諸外国に対し、消費税10%にすると宣言した。

俺たちはなんてこう、騙されやすいのだろうか?

今ここで、人が騙される理由を10項目、列挙してみたい。


1.正常性バイアス

これは、今の自分が平和で、正常な状態にあると思い込もうとする心理作用のこと。
人は無意識のうちに、自分がパニックになることを避ける。
それで、「大丈夫」「大丈夫」と自分に言い聞かせる。
「この人は大丈夫。信じていい。」と。

2.多数派同調バイアス

人は、災害時、みんなが同じ方向に逃げ出すと、それに従おうとする。
また、人は、多数意見に賛同しやすい。
かつてガリレオガリレイは、地動説を主張し、裁判にかけられた。
当時、地動説を主張する者は、ガリレオガリレイしか居なかった。
たった一人が真実を語る場合がある。
だが人は、そういう意見は無視し、多数意見に従うのだ。

3.利己主義

自分さえ良ければ構わない。
他人の事など、どうなっても良い。
たとえば、オレオレ詐欺が報道される。
自分には関係ないと思い、その情報が頭を通り抜ける。
だから自分がターゲットになっても、詐欺であると気づかない。

4.他者依存

誰かがちゃんとやってくれると思い込む。
年金は、官僚がちゃんとやってくれる。
政治は、政治家がちゃんと動かしてくれる。
原発は、電力会社が安全に稼動してくれる。
報道は、マスコミがちゃんとやってくれる。
国民が、そう信じた結果、今日のジャパンがある。

5.五欲

感覚的欲望が邪魔をし、正しい判断が出来ない。
 (1)目…外見に騙される。
 (2)耳…甘い言葉に騙される。
 (3)鼻…フェロモンの臭いに騙される。
 (4)舌…食欲がセーブ出来ない。
 (5)肌…肌と肌の接触の欲望をセーブ出来ない。

6.無知

単純に、物事を知らない。
対策を知らない。
電気というものを、どうやって製造するか、その仕組みを知っているだろうか?
磁石とコイルの関係を知っているか?
これを知らないと、たぶん、原発問題を理解できない。

7.慢心

自分は知っていると思い込む。
正しい情報を手にしている。
正しい判断力があると思い込む。
相手を正しく理解できると思い込む。

8.あせり

「この商品は、これ一品限りです」などと言われると、つい、騙されて買ってしまう。
また、適齢期を過ぎ去ろうとしている女は、悪い男にひっかかりやすい。
「この人と出会うために、私は今まで独身でいたのだ」などと都合の良い事を考える。
あげくにもてあそばれて、金を取られて、捨てられる。

9.忘却

大切なことを忘れてしまう。
のど元過ぎれば熱さ忘れる。
かつて、2発も原爆を落とされた日本国民が、平気で原発の建設を許す。
「もう二度と、男には騙されない」と誓ったのに、また、同じような男に騙される。

10.疑念

古代ギリシャにソクラテスという哲学者がいた。
彼は人の知恵には限界があり、したがって、信仰によらねば完全な知恵は得られないと説いた。
これが当時の知識人の怒りを招き、裁判所に訴えられた。
裁判官は、ソクラテスが無罪であるが、知識人の怒りを恐れ、国民に信を問うた。
多数派同調バイアスが働いたのか、国民の過半数がソクラテスを有罪とした。
裁判官は、謝罪すれば無罪にすると言った。
だが、ソクラテスは、国民の意思に従う事をよしとし、毒杯をあおって死んだ。
国民は後から、「我々はなぜ彼を有罪としたのか?」と首をかしげた。



ここに10項目、人が騙される原因を列挙した。
中でも、すさまじいのが、最後の「疑念」である。
世の中に、詐欺師が横行した場合、なぜか最も大衆の怒りのターゲットになるのが善人である。
それは、「立派な事を言う者は怪しい」という先入観があるからである。
ソクラテスが有罪になったのも、彼があまりにも立派な発言を行ったからである。
ソクラテスは説法によりお布施をもらう事を良しとせず、したがって、無収入であり、女房との関係は険悪だった。
「信仰なんて説くくせに、貧乏で、夫婦関係が悪く、口だけ立派な野郎だ。きっと詐欺師に違いない。」
大衆はそう判断し、彼を有罪とした。
世の中に悪がはびこる時、善い人間ほど詐欺師に見える。
おそらく、イエス・キリストが十字架にかけられたストーリーは、ソクラテスがベースになっていると思われる。

日本にも、似たような話がある。
古代日本が、小国家によって分裂していた頃、戦争が絶えなかった。
そのため、小国家のトップが集会を開き、なんとか、平和に出来ないものかと話し合った。
そこで選ばれたのが卑弥呼。
まだ幼い卑弥呼を象徴的な統治者とすることで、日本(倭国)全体をまとめようとした。
そのもくろみは成功し、卑弥呼は五十年、日本に平和をもたらした。
だが、五十年後に、狗奴国が暴走し、平和は崩れ、責任を取って卑弥呼は殺されたと言われている。
卑弥呼は「日の巫女」(ひのみこ)である。
誰とも面会せずに神殿にこもり、丸鏡を持って舞いを踊り、邪気を祓うという「鬼道」を行った。
もちろん、結婚もしないわけだから、孤独な生涯。
にも関わらず、戦争が生じた責任を取らされ、殺された。
ちなみに、岩戸に隠れる天照大神のストーリーをご存知だと思うが、天照大神のモデルは卑弥呼であると言う説がある。
http://blog.goo.ne.jp/ryogonsan/e/8e9d9cb5a6ab9b3942673adc6d845bb4

天照大神は天皇家の先祖(氏神)とされているが、これはどういう事か?
実は、卑弥呼の死後、狗奴国王が一時、日本を統治するが、治まりきれず、卑弥呼の一族の娘を日本のトップに据えると再び、平和が戻った。
この娘の系統がずっと続いているのが現在の天皇家だとすると、天皇家の先祖は卑弥呼、すなわち、天照大神とも言える。
俺の仮説だが、卑弥呼の一族は大陸から九州に渡来した一族。
これを「天孫降臨」と言ったのではなかろうか?
卑弥呼自身は九州に住んだかも知れぬが、邪馬台国はその後、近畿地方に移り、大和朝廷の礎になったのではないか?

余談になったが、慈悲深く、清らかで、観世音菩薩の分身としか思えぬような卑弥呼。
だが、大衆の疑念によって殺害されたのである。
信頼が篤いほど、恨みも深くなる。


さてさて、問題はここからだ。
今の世の中は、誰を信じたら良いか、わからない。
自分は騙されているのか?
自分は誤解しているのか?

この場合、自分は誤解している、と思ってかかったほうが、まず、間違いない。
なぜならば、人間の目は、基本的にくもっている。
正しく他者を判断する目は、人間には無い。
だから、「この人はこういう人物である」という判断は、間違いであることが多い。
「この人は善人」という決め付けも、「この人は悪人」という決め付けも、両方とも間違いである。
人は善悪、兼ね備えている。
その人の発言の100%が嘘ではないし、100%真実ということもない。
俺の発言も、100%正しいということなど決して無い。
卑弥呼に関しても、ソクラテスに関しても、今後、新しい歴史的事実が出て来たら、簡単にくつがえるものなのだ。
誰の発言であっても、教説であっても、鵜呑みにせず、また、頭から否定してはならない。
それが大事なことである。

この辺は、まだ、当たり前の話。
理解しやすい常識論だ。
ここから、少し、複雑になる。

よく、「私は誤解されている」と感じることがある。
この場合、自分が誤解されているわけではなく、自分が相手を誤解している可能性がある。
相手が自分ことを理解してくれていないのではなく、自分が相手のことを理解していない、と考えたほうが良い。
常にこれを頭に入れておくと、人間関係のトラブルが少なくなると思う。
例えば、会社で、いつも、愛想が悪い同僚がいたとする。
自分は嫌われていると思い込む。
その人は、私の事を誤解している。
だから、私は嫌われているのだ、と。
だが、実はそんなことは無く、その同僚は借金で悩んでいた。
誤解していたのは、自分のほうだった。

もっと簡単な例を出そう。
メールをしても返事が来ない。
おかしい。嫌われたのか?
きっと、自分の書いたメールの文章を誤解し、腹を立てたに違いない。
なんて経験があるはず。
だが、もしかしたら、自動的に、迷惑メールとしてフィルタリングされてしまっていただけなのかも知れない。
あるいは、相手があまりにもピンチな状況におかれていて、返事を書く余裕が無いのかも知れない。
ならば、誤解しているのは、自分のほうだ。
自分に配慮が欠けているのである。
実際は、相手もこっちを誤解していると思うが、まずは、自分の誤解を正す。


以上のように、自分の判断は正確ではないと思っていたほうが、人に騙されないし、失敗も少ない。
自分は常に間違いを起こすのだ。
こうやって記事を書くとき、充分に気をつけているつもりでも、必ず、タイピングミスをやらかす。
ましてや、俺は、自分の主張が常に正しいとも考えていない。
拠り所となる師匠が得られるとも思っていない。
麻原に騙されて殺人を犯したオームの弟子を見よ。
師を求めれば騙されるのだ。
同様に「本当に信頼できる友人」などというものも幻でしかない。
また自分自身も、他人にとって、絶対的に信頼に値するような人物ではない。
自分で自分が頼りにならないのだから。
信仰してりゃOKってものでもない。
卑弥呼ですら、戦争に負けたのだ。
力関係、環境要因による絶対的不利に立ち向うためには、信仰以外にも並外れた努力が必要なのだ。

ともかく「人は間違えるものだ」という事を前提に行動する。
とりあえず、正しいと思った事は、実行する。
天からモティベーションなど降って来ないのだから、強引にでも、実行するしかない。
それでもし、失敗したら、次の手を打つ。
それしかない。


今日、もし、この記事を読んでいただいて、「なるほど」と思った人がいたとしても、おそらく、日々の情報の渦の中で、きっと忘れてしまうだろう。


※今回の記事はポッドキャスト↓と連動してみました。
http://poyoyoken.seesaa.net/article/234277995.html?1320798277
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自分をレイプした男に、「オマエを守ってやるから一部屋貸せ」と言われたら、どうする?
今の日米問題って、それじゃねーか?

日本の国土を破壊しておいて謝罪もせず、広島にも長崎にも大統領は顔を出さず、それで沖縄に米軍基地用地を、あたりまえのように要求する。
沖縄は日本に返還されたんじゃねーのか?
日本の領土じゃねーのか?

それで今度はTTP?
国内総生産から考えたら、ほとんど日米自由貿易協定じゃねーか。
アメリカが自国に不利な事すると思うか?

完全撤廃は将来的には必要かも知れんが、なぜ、アメリカに命令された形で、従わねばならない?

オバマに偉そうにふんぞり返られて、野田は大仏みたいなキャラなのに、小さく、恐縮してやがる。

完全にアメリカ誘導の策略による円高なのに、野田はまたもや単独介入で、一時しのぎ。
世界では、野田より有名な白川日銀総裁だが、まったく公家みたいで、野田以上の安全運転。


まず、アメリカに広島、長崎の件を謝罪させろ。
すべての話はそれからだ。


それから中国。
チベットがさんざんいじめられているのに、何で、日本は報道しない?
大国による小民族弾圧なんだぜ?

政府が記者クラブに報道規制かけてるんだろう?
高給貰い、競合を排除してもらってる大手メディアだから、ある程度、政府の言いなりになるのはしょうがない?
その通りの部分もあるかも知れんが、結局、問題意識が無いんだよ。
フリーの記者は、ちゃんと報道してるよ。
フリーの記者に学べよ。
お前ら大手マスコミより腕は上だ。
TBSラジオくらいじゃねーか。
それなりに報道しているのは。
巨大スポンサーの創価学会だけにはノータッチだが。


東電はまた値上げするみたいだが、東電の職員所得は公務員以上じゃねーか!
こいつを下げさせないで、何で、国民は値上げを受け容れるの?
国民みんなで、東電本社の前に張り込んで、スーツ着た爺さんを一人一人ぶん殴って、カツアゲするってのが常識的行動でしょうよ。


なんで、原発、稼動してるの?
あれだけ、悲惨な思いをして、なんで動いてるの?
少しばかり生活レベル落としても、原発だけはよそうよ、って意識、出て来ないわけ?

だいたい、なんで政府は、他国に原発を売り込みに行ってるわけ?
福島で大失敗してるのに、よくも、のうのうと。


みんな気づかないのか、気づいても関心無いのか、あきらめてるのか、何なんだ、こりゃ。

野球と韓流とお笑いの観過ぎで、頭馬鹿になってんじゃねーのか?

それで、あたりまえのことが認識できなくなってるんじゃねーの?


どこの社会にもあるけど、本当の事を言う人間が、異様に見えるんだよな。
だから本当の事を誰も言わなくなっちゃったんだろう。

本当の事を言うと、みんな引く、とか。

「アメブロで、何吼えてんだ?」と思われないかとか。

アメブロで吼えないで、どこで吼える?

宮崎あおいの亭主は、フジは韓国メディアに毒されてるから観ないって、mixiで吼えて、事務所をクビになった。
チャラ男だと俺は思うけど、その発言自体は正しい。
なんで、撤回したんだよ?

タレントだろうが、何だろうか、言論の自由で、思った事を言えよ。

みんなで、食い物とか、ファッションとか、スポーツとか、無難な話ばっかりしているうちに、こんな国になったんじゃねーのか?

なんで、俺のツイッターのフォローは、男ばっかりなの?


無難、無難って言ってるうちに、災難が来るって、福島原発で学んだでしょ?
「正常性バイアス」って言うけど、みんな、現状が安全だと思い込もうとする。
現状は危険なんだよ。
常に、誰かに欺かれていると思えよ。
自分を利口だなんて、決して思うな。

俺だって、知らんうちに、やられてるんだ。
この世の中に。

何食わされてるかわからんしな。

だから、危機が生じないうちに、察知しないと。
もっと、警戒して生きろ!
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