他事空論

吉祥寺、野球、読書、飲食店情報、経済TV番組、日経新聞の分析にマーケティングなどをテーマに書いています。

吉祥寺を中心に中央線沿線の街の歴史と時代の変遷をベンチマークしています。趣味はタウンウオッチング、散歩、飲食店巡り、読書、日経新聞、経済TV番組の分析。特に野球(プロ、高校、大学)が大好きです。

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夏の甲子園で優勝した作新学院の小針崇宏監督が注目されています。母校を卒業後に筑波大学に進学しています。

 

筑波大学出身の高校野球監督は静岡高校の栗林監督、今治西の大野監督、群馬中央の松本稔監督、帝京第五の小林昭則監督センバツ出場の長田高校の永井信哉監督、池田高校の岡田前監督などが有名です。

 

最近知ったのは佐賀北が優勝した2007年のエースで筑波大学に進学した久保さんが社会人野球を経て佐賀北にコーチとして戻られたことです。佐賀大学の大学院でも勉強をされたようです。

 

出身校以外の名門や系列の監督を務めることができる人材は限られています。特に静岡高校の栗林監督はOBでないためかなりのプレッシャーがあったと思います。

 

教員養成系の国立大学であった東京教育大の系統を引いており、桐蔭学園、桐光学園、桐朋学園の創始者、理事長などもOBです。校名の桐は校章を意味しています。

 

 

一般入試以外に国立大学ながらスポーツで一定の成績を残した高校生は推薦入学が可能です。そのため過去に多くの甲子園球児が入学を果たしています。

 

メディアは早慶などに進学した高校生アスリートを取り上げることが多いのですが、サッカーやラグビーなど顕著にみられるようように筑波大学OBが多くが活躍しています。

 

旧東京教育大学の系統をくむ同大学ですが筑波学園都市へに移転までの経緯にかなりの軋轢があったことは知られたところです。

 

1964年東京オリンピックでは東京教育大出身者が多く出場しました。

 

スポーツ選手の多くが体育学群に所属していますが、タリーズコーヒー創業者の松田公太議員は帰国子女の多く在籍する学部ながら体育会にも所属したことがあるようで、当時の練習のハードな様子を「すべては一杯のコーヒーから」で書き綴っていました。

 

 

学部出身でなくても筑波大学院に進学してスポーツ関連の勉強をするケースもあります。

NPBでは吉井理人、工藤公康、仁志敏久各氏など在学、在籍していました。

 

関東周辺でスポーツに関して勉強できる大学は日体大が有名です。今回のオリンピックでも日体大出身者が多くメダルを獲得していることからも良く分かります。

 

この10数年は早大のように総合大学がスポーツ系の学部を新設したり、東洋大学のように水泳、陸上を強化して有名な高校生アスリートが入学しています。

 

 

選手として頂点を目指す場合と違い、指導者として教員やコーチになるには地方自治体の教員採用試験に合格しなければなりません。こちらはかなり狭き門の上、保健体育と社会科の志望者も多いです。

 

私立高校の場合は各校の採用試験を通れば良いのですが、異動がないため長期に渡って監督を務めるケースがあり長いコーチ生活を余儀なくされるケースを見てきました。

 

それでも23歳で採用されてコーチを経て監督になるのが40歳を過ぎてからのようなことがあるのでこちらも大変です。

 

そんなことを考えると筑波大学OBの監督の多くが文武両道の公立高校の指導者になっているのが注目されます。

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最近読んだ『101年目の高校野球「いまどき世代」の力を引き出す監督たちの中で日本ハムファイターズの人間教育のシステムのすばらしさを知りました。

 

これは日ハム球団の大渕スカウトディレクターと本村幸雄教育ディレクターの対談形式で説明されています。両氏ともプロ野球選手を経験していない高校教師、野球部監督の経験者であることが注目されます。

 

残念ながら元ヤクルトの阿井英二郎氏(つくば秀英、川越東監督)は退団されたようです。

 

 

日ハムは「育成対象選手」期間は高卒5年間、大卒、社会人出身者が2年間と決めて教育をしています。

 

日ハムの鎌ヶ谷寮において本と新聞を読むことを義務付け、感想や日誌と目標設定シートの作製提出などこれだけの教育を受けさせてくれるのは良い事です。大学生にもして欲しいと思われる内容。

 

プロ野球選手として活躍できる期間は限られており、最後まで球界に残れる選手はごく僅か。一般社会で働く際になって野球以外は何もできません、知りませんを避けるために球団として教育の場を与える必要があるとの考えです。

 

プロ野球の常識が世間の非常識になるケースもあるようです。

 

二刀流の大谷翔平選手は提出期限をきちんと守り、さらに細かい目標設定をしている姿はさすがです。これもご両親の教育や花巻東の佐々木監督の指導も影響していると思います。

 

あのくらいの若い年だとちやほやされたり、遊びに走ることも普通ですが、そんな様子もうかがえません。

 

 

支持されたこと忠実にやる人間や平均点の高い人間が求められたのはバブル崩壊から変わりました。

 

自分で考え創意工夫する。そして自分で決断して動ける人間が求められていると大渕スカウトは言っていました。

 

ファイターズが求める選手像は「野球を通じて社会に貢献する、強い存在感を持つ人間」だと本村教育ディレクターの弁です。

 

今年おきた元プロ野球選手の不祥事などを考えると理にかなった方針だと思いました。

 

また、本書のタイトルである高校野球の在り方や指導者の責任も重大であることを再確認します。

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今年の夏の甲子園は作新学院が優勝しました。若干?33歳の小針監督の手腕には脱帽です。春夏連覇や江川旋風で有名になった強豪伝統校ですが1980年代は低迷していました。

 

栃木県出身の元球児の話では県内で野球をする中学生にとっては「昔強かった高校だが甲子園には出場できない」イメージが出来つつあり、その間は旧宇都宮学園、佐野日大、国学院栃木などが台頭してきました。

 

作新学院は高等部だけで4000人が学ぶマンモス校であり、小学校から大学まである総合学園です。

 

また僕的に船田一族が運営する学校のイメージがあります。小針監督が2年生の時に出場した2000年センバツ大会前に衆議院議員の船田元氏の奥方様で議員を引退して理事長をしていた旧姓畑恵さんが部員に激励していた記事がありました。

 

思い出せば友人、知人にも作新学院出身がいて、勉強とスポーツで頑張っていました。

 

 

秋と春の栃木大会は負けても、毎年メンバーが変わり決して前評判が高くない中で夏の大会にはきちんと調整してきて優勝する小針監督の手腕はすごいです。

 

小針監督に関するスポーツライター中村計氏の記事

 

33歳で甲子園優勝の小針崇宏監督。恩師が語る作新学院指揮官の素顔。

 

小針監督の指導者としての資質があったことと、名門校にありがちな若い監督に対するプレシャーにも負けない精神力も持ち合わせていることが分かります。

 

筑波大学時代の恩師も指摘しているように卒業してすぐ23歳での監督就任は本当に大変だったと思います。

 

また、33歳での全国制覇は偶然にも駒大苫小牧の香田前監督と同じ年齢。これから逆に更に周囲の目も気になり、期待値も大きくなると思われます。

 

今後も小針監督の動向をベンチマークしていきます。

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今年の高校野球甲子園大会は作新学院の優勝で終わりました。下馬評に上がった優勝候補の高校が投手起用などの要因で敗退した中、エース今井投手を中心に勝ち抜いたのは賞賛に値します。

 

準優勝北海高校の健闘に拍手。チームを率いた平川監督は昭和46年生まれで駒大苫小牧の香田前監督と同じ歳です。

 

平川監督は本書の中にも何度か登場。香田氏が監督就任直後はライバルとして北海に敗退してチームを強化していきます。やはり同じ歳の気軽さなのかいろいろと交流があったことが書かれてありました。

 

 

8月のお盆休みシーズンに「勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇」を読了しました。個人的感想として、かなり読み応えのある内容の本でした。

 

2004年の明治神宮大会高校の部で偶然に駒大苫小牧の試合を観戦。その時の「捕手」が田中将大「投手」だったことは後日知ることになります。

 

試合は駒大苫小牧が勝ったのですが、甲子園や地方大会と違い校歌斉唱がないので香田監督は戸惑って周囲をきょろきょろしていたのが面白かったです。

 

2004年夏の初優勝後に出版された「大旗は海峡を越えた駒大苫小牧野球部の軌跡」を読んだ時の感想は野球部の体を成していないところから苦労して10年で全国制覇をするまでが描かれていました。

 

香田氏が母校駒大で商業科の教員免許を取得するため留年している時に臨時で佐賀商業のコーチで全国制覇から物語は始まり恩師太田監督の鶴の一声で北海道に行くことになります。

 

しかし、今までの佐賀商〜駒大時代とは異なる選手たちを見て唖然として1人で釣りをしてストレス発散をしている姿もありました。

 

当時はかなり荒っぽい指導をしていることを知り、その後の不祥事の遠因となっていたと感じました。

 

香田氏は団塊ジュニアと言われる世代(昭和46〜48年生まれ)でやんちゃ坊主も多く、それがそのまま野球少年が監督になったような印象を持ちました。

 

香田監督のお母さんも「誉士史は先生になるようなタイプではない」の言葉も本書で垣間見れました。

 

 

若さのできる業なのか2003センバツの時には甲子園で試合がある当日の朝3時まで痛飲。試合でさい配を振るうなど知らなかった逸話が描かれています。取材のために付き合う本書のライターも大変だったことが分かります。

 

香田氏はかなりナイーブな性格で、見た目とはかけ離れているのが実像。飛行機に乗れなくなりました。それに加えて10代後半の血気盛んの部員をまとめることやエネルギーをまともに受けるのは大変だと思います。

 

技術的なことではカバーリングの徹底はすごい事です。恐らく実戦で起きることがないと思われることを想定しての練習から試合でやっています。

 

かなりマニアック的で良いと思われる練習方法を積極的に取り入れて、それに伴う用具のお金が予算を上回ることもあり、付き合う部長さんも大変でした。

 

今では定番になっている優勝時の「ナンバーワンポーズ」は駒大苫小牧が起源。それは以前から香田氏と部員が挨拶時の決め事で普段の学校生活でも取り入れていました。

 

 

以前から想っていたのですが野球熱の高い苫小牧市を中心とした北海道民の持ち上げたと思ったらバッシングに走る姿は極端な印象です。

 

それに加えて香田前監督のストレートな感情表現は学校関係者や報道陣には不評だったことも事実の用です。

 

ある意味変人であり普通の人が考えないような行動やアイディアでチームを強化していきます。しかしながら2007年の夏の甲子園での広陵高校中井監督との顔合わせで短パンで登場するのか失礼だと思います。そこを中井監督は上手く捉えており結果的に勝利につながったと思います。

 

駒大苫小牧の甲子園の試合は信じられない逆転勝ちが多く、北海道大会での先行逃げ切りの勝ちパターンとは違っていることから、人間の持っている運の総額は決まっている説を支持すれば使いきっていたかもしれません。

 

やはり香田氏も暴力的な対応が本書内で書かれてあり、やんちゃな部員の多い場合は仕方ないのかもと一部支持します。

 

田中将大選手の代が2006センバツ辞退の要因の3年生の喫煙事件により卒業まで当該生徒と一切口を利かない無視の対応も極端で大人の対応ではありません。

 

*

 

チーム強化には地元シニアチームと太いパイプを形成。良い選手を特待生で更に集めることが常道。やはり素材の良い選手を集めることが勝つ確率を上げるには必要なことを感じます。

 

もしこれから香田氏が高校野球の監督に復帰するとしても脇を固めるスタッフや制御する年配の人が必要だと感じます。当時は30代だったが今は40代半ば「大人の対応」ができる可能性も大きいので見てみたいです。

 

本書の著者の中村計氏の本は数冊拝読させてもらっていますが、野球関係者の取材やインタビューには苦労と時間がかかることを再確認させてもらった大書でした。

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大雨と猛暑が繰り返されるお盆休み明けの東京です。

 

JR中央線西側沿線のお祭りも7月の「阿佐ヶ谷七夕祭り」が終わり来週末には「高円寺阿波踊り2016」が8月27日(土)28(日)に開催開催されます。

 

JR高円寺駅のホーム上から高円寺通りを見下ろすと、青梅街道側から高円寺駅南口まで阿波踊りの連で埋め尽くされている風景はいつも感動します。

 

思い起こせば約30年前に初めて高円寺阿波踊りを見た時は見物客の多さと踊り手の連の人たちで高円寺人口が瞬間最大風速で多くなる風景にはビックリした記憶があります。

 

各商店街の店頭ではビールやドリンク、アイス、おつまみなどが販売されていて、高円寺が一年で一番賑やかな日の風景を目にしましす。

 

本家本元徳島県の阿波踊りを見たことはないので比較をしようがありません。大都会東京の阿波踊りも本場とは違う良さがあるように思います。

 

高円寺駅構内は大勢の駅員さんが乗車客の誘導をしており、ロープで導線をつくり一方通行にして事故防止に努めておられました。

 

 

2011年の「高円寺阿波踊り」は震災による節電の影響で昼間15〜18時の開催でした。

 

明るい昼間の暑い時間帯15時からの阿波踊り開催。やはり違和感を感じたのですが、昼間開催はそれなりに新鮮でした。少し曇りぎみで日差しが少なくて暑くなかった記憶が残っています。

 

いつもは日の暮れる時間帯を行きつけの居酒屋でビールを飲みながら踊り手の連の人たちが準備のために歩いていく姿を見るのが大好きでした。

 

この時間は高円寺が普段の中央線の街から阿波踊りの街になる貴重な時間帯なのです。

 

それでも蒸し暑い8月末なので実際に踊っている人たちも大変だったと思います。土曜日が曇りだったことが救いです。

 

 

いずれにしても、周辺には住宅街があります。ゴミのポイ捨てなどはしないようにマナーを守って事故やケガなく高円寺阿波踊りを堪能して欲しいと思っています。

 

この高円寺阿波踊りが終わると夏が終わる事を実感します。今年はどのような夏の思い出を作ることができるか楽しみにしています。

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