FUJITA'S BAR
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2017-02-21

映画 「LUPIN THE ⅢRD 血煙の石川五エ門」

テーマ:アニメ・特撮

肉を斬らせて、骨を断つ!

 
 
「次元大介の墓標」に続いて、大人の「ルパン三世」が再び登場。
 
前編・後編で、トータル1時間くらいなので、見やすいし、料金も安いです。
 
 
俺は個人的に、銃よりも刀が好きなので、今回は燃えました~
 
 
冒頭で登場する五エ門は、「つば」のついた刀を帯刀しています。
 
おやおや、確か彼は、仕込み杖のような刀を使用していたはず…
 
そうか、これは、若き日の五エ門の物語なのか。
 
 
なるほど、確かに、青くさい。そして、未熟者に見える。
 
「峰不二子という名の女」に初登場した時よりも、何だか初々しい。
 
何だか、ワクワクしますね。
 
 
 
敵役として登場するのが、怪力の金髪外国人。
 
両腕に鉈を持って、自由自在に振り回す、殺人兵器みたいなバケモン。
 
ちょっと「やり過ぎキャラ」みたいな感じがしますが、
 
まあ、これくらいの相手じゃないと、盛り上がらんのでしょう。
 
 
日本のヤクザたちが、すっげえ笑かしてくれます。
 
いいなあ~ 彼らだけで、面白い映画が作れそうですわ。
 
 
ヤクザの用心棒として雇われた五エ門は、肝心な時に失態をしてしまう。
 
その汚名を返上するために、孤独な戦いをすることになります。
 
「修行」という考え方は、西洋人には理解できないかもしれませんが、
 
ある領域まで、自分で自分を追い込むことによって、
 
「開眼」するものが、確かに、ある。
 
 
NHKドラマ「宮本武蔵」で、役所広司が、足に怪我をした状態で、
 
ロッククライミングで崖をよじ登る場面がある。
 
「帰ってきたウルトラマン」で、キングザウルスⅢ世に敗れた郷秀樹が、
 
怪我をした足を酷使して、ジャンプの特訓をする場面がある。
 
 
痛いところをさらに痛めつけるのって、
 
無茶で馬鹿げているように見えるけど、
 
大事なのは、その「精神性」であると、俺は思うんですね。
 
 
俺は最近まで、右肩が痛くて痛くて、動かせなかったけど、
 
動かさずには、生活できないし、働くことができない。
 
だから、無理やり動かして、動かしながら、治しちゃった。
 
 
昨日までの、悪天候の中の9日間勤務も、
 
考えてもわからない領域を、五感で感じ取って仕事していくうちに、
 
ある瞬間、「あ、こういうことなのかも」と思う時がある。
 
 
それは、経験値を積み重ねることによって、洗練されていくものだし、
 
絶えず取捨選択して、最善の方法が編み出されていく性質のものなのだ。
 
 
刀は、侍の魂。
 
武器をどう使いこなすかは、肉体と精神のバランスが大事。
 
いかなる状況でも、最速最強の技を繰り出せるようになるためには、
 
修行という「時間」が必要なんですね。
 
 
苦しい時は、何かを学んでいる時。
 
苦痛に耐えている時は、新しい技が生まれようとしている時。
 
 
 
いや~ 五エ門、カッコいいです。
 
憧れますなあ。
 
 
AD
いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-02-21

映画 「虐殺器官」

テーマ:アニメ・特撮

人を殺すのには、理由が必要。

 

 

ようやく勤務を終えたので、映画記事再開です。

 
伊藤計劃アニメ三部作の、一番メインな作品。(これがデビュー作だそうな)
 
はっきり言って、すごいです。今までの中で最高の出来でした。
 
 
人が人を殺すのは、古来からよくあることでした。
 
人は、いつか必ず死にます。
 
死ぬ人は死ぬし、生き残る人は生き残る。
 
ただ、それだけのこと。
 
 
映画の内容は、いたってシンプル。
 
ただ、テーマが深いので、台詞がやたら多いです。
 
会話の内容についていけない人は、眠くなっちゃうかもしれませんが、
 
俺は、常に考えていることの領域なので、楽しく見ることができました。
 
 
誰でも、殺したい相手の1人や2人は、いるでしょう。(いないか)
 
俺は、いっぱいいます。10人以上くらい、いますね。
 
筆頭は父親なので、もう会わないことにしました。
 
たぶん、今度顔を合わせたら、確実に血の雨が降るでしょう。
 
 
 
生物は、他者の命を奪って生きる。
 
奪わなければ、すぐに死んでしまうから。
 
食物を断てば、生きられない。
 
襲い掛かって来る者を倒さなければ、生きていけない。
 
 
殺すことは、実に、自然なことなのだ。
 
 
例えば、熊の親子が撃ち殺されたとしましょう。
 
ある人が言います。
 
『…かわいそうに。もっと他に方法はなかったのでしょうか?』
 
でも、その熊が、自分の子供を殺そうとしたら?
 
熊のために、子供の命を喜んで捧げますか?
 
代わりに、自分が進んで殺されますか?
 
逃げるでしょう?
 
逃げても逃げても追って来たら、誰かに助けを求めるでしょう?
 
そんな時に、熊を傷つけないで、自分を助けて欲しいって言う?
 
自分の大切な人が、殺人鬼に襲われたら、戦うでしょう?
 
力があろうがなかろうが、必死になって立ち向かうものだと思う。
 
 
病原体と戦うための免疫力だって、生命を守るための戦闘システムなんだから。
 
 
 
「殺す」という行為自体は、実に自然なこと。
 
肉を買う時の値段は、「殺し代」が含まれている。
 
野菜だって、果物だって、魚だって、みんな同じ。
 
命をもらうから、いただきます、って言うのです。
 
その命が、自分の生命力というエネルギーに変換されて、生き続けるのだから。
 
 
 
何故、殺すのか。
 
生きていくため。
 
家族を、養うため。
 
 
この映画の中で、印象的な台詞があります。
 
『…仕事だから、仕方がない。』
 
 
これは、便利な言葉だと思う。
 
約束を破った時とか、良心が痛む時とか、理不尽な結果になる時とか、
 
自分に対する言い訳として、実に万能な、魔法の言葉。
 
 
 
先日紹介した本「恋する寄生虫」では、
 
人に寄生する虫が、行動を左右させているという理屈でした。
 
それは、発想としては面白いけど、個人的には、どうも好きじゃない。
 
何もかも、虫のせいにしてしまうのではなく、
 
虫の影響を受けて、そうなってしまうというだけ。
 
そうなってしまう要素が、自分の中にあるから。
 
だから、「蟲師」の物語は好きなんですね。
 
 
俺は、殺したい願望というのは、誰にでもあると思う。
 
殺人犯が、「誰でもいいから殺したかった」というのは、正直な言葉だけど、
 
そういう理由で殺される側は、たまったもんじゃない。
 
人間を襲う熊だって、襲う相手は、誰でもいい。いちいち、選んでなんかいない。
 
ただ、目の前に現れた人間が、不運だったということになる。
 
 
殺される時は、誰でも殺されてしまうし、
 
殺す時は、誰でも殺してしまうのだ。
 
運よく、生き残る者。
 
運悪く、殺されてしまう者。
 
「もっと生きたい」と願う者と、「早く死にたい」と願う者でも、答えは違う。
 
 
 
 
 
映画は、殺す「機能」を持つ「器官」が、もともと人間に備わっているという。
 
それを刺激する「ある方法」を用いて、世界をコントロールできるという。
 
 
俺は、自分自身が、殺人を犯す可能性がある人間であることを、知っている。
 
いつ、どのような状況で、「その機能」が発動するのかは、わからない。
 
 
安全な場所で、安心して暮らせて、健康で長生きできる保証なんて、どこにもない。
 
逃げ場などないし、安住の地もないし、100%信頼できる人間も、皆無。
 
 
自分ですら、信用できないのだから。
 
 
 
この物語は、人類に対する「挑戦状」のように感じます。
 
そこが、面白い。
 
 
普段、こういう領域で思考を巡らせている人には、刺激的な教材となるでしょう。
 
答えは、ありませんから。
 
 
実際に人を殺しても、きっとわからない。
 
実際に殺される状況になっても、わからない。
 
 
ただ、答えに「近づく」ことは、できると思う。
 
生死の現場で働く人には、ぜひ見て欲しい作品です。
 
 
 
「殺したい」という願望は、
 
「助けたい」という願望と、紙一重。
 
 
殺したいから、殺す。
 
殺したいから、殺してもいい理由を探す。
 
殺したくないから、殺さなくてもすむ方法を考える。
 
殺しちゃいけないから、ひたすら我慢して、
 
心が崩壊して、いいように振り回されて、潰される。
 
 
黙って、やられっぱなしになるか。
 
勇気を出して、立ち向かうか。
 
 
 
生きるか、死ぬか。
 
殺すか、殺されるか。
 
 
それは、生き物としての、本能の領域であり、生命の根幹。
 
 
「理由」は、他者に説明するために、必要なだけ。
 
自分が納得したいから、何かのせいにしたいだけ。
 
仕方がなくて殺した、と言わないと、心が崩壊してしまうから。
 
 
野生動物は、腹が減ったら、獲物を襲って、貪る。
 
奴らには、それが自然なこと。
 
 
人間だけが、面倒くさい。
 
 
よほどの理由があって、人を殺す。
 
正当防衛で、人を殺す。
 
恨みをはらすために、人を殺す。
 
ただ、殺したくなったから、人を殺す。
 
 
本能だろうか。
 
能力なんだろうか。
 
反射的な行動プログラムなんだろうか。
 
 
何かで封印されていたものが、突然、動き出すことがある。
 
俺は、自分の中で、そういうことが起きることの怖さを知っている。
 
俺が自殺を考えるのは、
 
殺人をしてしまう自分にブレーキをかけるための、最後の手段だと思うから。
 
(そこの領域は、前作「ハーモニー」で語られています)
 
 
 
人間の能力は、未知数。
 
この映画が切り込んだテーマは、相当奥が深い。
 
だから、永遠に、答えは出ない。
 
 
これを見て、何も感じない人は、幸せなんだろうと思う。
 
でも俺は、この作品に出会えてよかったと思う。
 
得体の知れない、正体不明のモヤモヤが、少し解消された気分だから。
 
 
 
他人事だと思えば、思考は停止。
 
自分のことだと思えば、過剰に反応。
 
 
人間ってやつは、何て難しい生き物なんだろう。
 
 
 
 
殺したかったから、殺した。
 
生きたかったから、生きた。
 
 
…さあ、自分なりの「理由」を考えましょう。
AD
いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-02-04

映画 「傷物語 Ⅲ 冷血篇」

テーマ:アニメ・特撮
何かを終わらせることによって、新しい何かが始まるのだ。
 
 
今年最初の映画は、娘と一緒に見ている、シリーズ3部作最終章。
 
なるほど、この後に「化物語」につながるわけだから、
 
「SW」のエピソード1~3みたいな位置づけですな。
 
 
相変わらず、駆け引きが面白い。
 
10代の頃って、ずっとこんなこと考えていたっけなあ、と思い出すような、
 
何だか、懐かしい気分になります。
 
 
こんなに深い会話ができる相手がいたら、きっと、生きるのが楽しい。
 
こんなに理解しようとしてくれる相手がいたら、きっと、生きがいを感じる。
 
こんなに気さくに話してくれる大人がいたら、きっと、考える力が育つ。
 
こんなに強い相手と戦えたら、生命力がアップしていく。
 
 
アララギ君が、羨ましいですねえ。
 
 
 
若い世代は、リアルタイムで自分の感性を共鳴させていると思うけど、
 
俺の世代は、やっぱり「デビルマン」を重ねてしまいます。
 
キスショットが翼を広げて飛行するシーンは、おお~っときましたね☆
 
 
 
生まれた理由はわからなくても、
 
生きるためには、目的とか、目標とか、意味が必要になる。
 
何の意味もなく生きるのは、やっぱり虚しいし、
 
何の役にも立たない自分を感じ続けるのは、生きる意欲を失ってしまう。
 
 
存在意義というのは、とても大切なのだ。
 
 
誰かに、必要とされる。
 
誰かの、役に立つ。
 
誰かが、自分の存在を肯定してくれる。
 
誰かが、自分のために戦ってくれる。
 
 
そして自分もまた、誰かのために、血を流して戦う。
 
誰かを生かすことが、自分を生かすことにもつながっていくのだ。
 
 
そんなことを、ずっと考えていた。
 
 
 
現実の世界では、
 
自分が伝えたいことは、なかなか相手に伝わらない。
 
相手を助けようと思っても、相手の望むような形にならない。
 
相手を理解しようと努力しても、とんちんかんな方向に歪んでしまう。
 
お互いの利益になると思って一緒に行動しても、どちらかが損をしてしまう。
 
いい会話ができたと自負していても、
 
いい仕事ができたと自分では思ったとしても、
 
相手は、必ずしもそうは感じていない。
 
 
それは、仕方のないこと。
 
社交辞令もあるし、思いやりもあるし、立場や体裁というものがあるから。
 
 
大人って、面倒くさい。
 
だけど、子供だって、面倒くさい。
 
思考力は、互角。
 
知識や経験は、乏しいかもしれないが、あふれる感受性がある。
 
 
大人と大人の、対話。
 
大人と子供の、対話。
 
子供と子供の、対話。
 
そして、思春期独特の感性を膨らませた、コアな対話。
 
同性間の、ぶつかり合い。
 
異性間の、探り合い。
 
 
自分とは異質な存在であればあるほど、刺激が強いのだ。
 
 
この世の者と、この世の者ではない誰か。
 
異世界の住人であるからこそ、この世の異質な側面がよく見えるのかも。
 
そういう者たちに、遠慮なく意見を言ってもらえるのは、面白いと思う。
 
 
 
傷つきたくないから、誰とも関係を持ちたくない。
 
そういう時も、ある。
 
無理なことを強いても、心身が破綻するだけだから。
 
 
しかし、心の針が、いったん外に向かうと、それは、止まらなくなる。
 
興味と関心が湧き、魅力を感じ、イマジネーションが膨らむ。
 
それは、抑えがたい衝動となり、行動へとかき立てられて行く。
 
 
気がついたら、走り出している。
 
それが、10代の、優れた感受性と瞬発力のなせる技。
 
 
自分の持っている能力は、もしかしたら、無限大かもしれない。
 
それを引き出してくれる誰かが、もしかしたら、傍にいるのかもしれない。
 
 
アンテナを、研ぎ澄ませ。
 
自分が求める「匂い」を発し続けている、パートナーを探せ。
 
きっと相手も、そういう誰かを探し続けているはずだから。
 
 
 
ろくなことばかりしかない人生でも、
 
嫌な目にばかり遭っている人生でも、
 
いい出会いがなくて、騙されてばかりいる人生でも、
 
 
いつかは、終わりが来る。
 
それは、間違いなく、訪れる。
 
 
 
だから、嫌なことは、思い切って終わらせてしまおう。
 
耐え難い苦しみは、バサッと斬り捨ててしまおう。
 
背負いきれない荷物は、潔く降ろしてしまおう。
 
 
そして、自分の中の、本来戦うべき問題に、心を向けるのだ。
 
 
…そこからきっと、新しい何かが見えてくるはずだから。
AD
いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-12-30

映画 「ローグ・ワン」

テーマ:アニメ・特撮

使い捨てにされていく魂たちにも、キラリと光る瞬間があるのだ。

 

 

「スター・ウォーズ」の番外編。

 

位置づけとしては、エピソード3と4の間。

 

(3.5ではなく、3.9という意味合いのようです)

 

 

さて、内容については色んな人が詳しい記事を書いていると思うので、

 

細かいことは、省きましょう。

 

 

色んな人たちがガヤガヤ出てきて、誰が誰だかわからんうちに、

 

どんどん死んでいって、ピュンピュン、ちゅどーんっていう感じ。

 

まあ、SWというのは、そういうお祭りみたいな、楽しい世界が魅力なんですな。

 

 

今回は、ドニー・イェンが俺のメイン。

 

盲目の剣士という設定が、メチャクチャカッコいいです。

 

「HERO」で、ジェット・リーと対決した時は、ゾクゾクしたっけなあ。す

 

やっぱり彼は、“使い手”としてのオーラが出まくり。

 

座頭市のように、バッサバッサと斬りまくり。

 

実に、楽しいッス。

 

 

 

もうひとり、い~い感じの奴が。

 

ドロイドの、K-2SOです。

 

C-3POよりも、身長が高くて、のしのし歩きます。

 

色はシンプルで、昨日は充実。

 

こういうの、いたなあ、何だっけ。

 

…そうそう、アイアン・ジャイアント!

 

あそこまで派手な能力はありませんが、

 

何というか、ジェントルマンなんですよね。

 

腕っぷしも、銃の使い方も、なかなかのもんです。

 

彼が護衛してくれて、サポートしてくれたら、

 

何でもできそうな気がします。

 

 

 

主役級の2人が、一番影が薄かったようにも思えます(笑)

 

まあ、そこはどうでもよろしい。

 

いいじゃん、SWなんだから!

 

 

 

世の中には、有名になって歴史に名を残す人がいれば、

 

誰の記憶にも残らず、ひっそりと死んでいく人もいます。

 

 

 

「ローグ・ワン」というタイトルの意味は、深い。

 

考えれば考えるほど、深くなっていくのだ。

 

 

 

俺的には、本作は、鎮魂歌である。

 

捨てられた魂が、志によって息を吹き返し、

 

命を投げ出して、何かを成し遂げていく。

 

 

生きるための、戦い。

 

大切な何かを守るための、戦い。

 

失ったものを取り戻すための、戦い。

 

自分が犯した罪を贖うための、戦い。

 

 

人生は、

 

命は、

 

時間は、

 

つまらないと思うから、つまらない。

 

面白くする努力をすれば、どんどん面白くなっていく。

 

 

傷ついた分だけ、

 

失敗した分だけ、

 

悲しみが多い分だけ、

 

ある瞬間に、本気で戦うことができる。

 

 

誰かのために。

 

自分のために。

 

できなかったことを悔やむヒマがあったら、

 

今、できることを、さっさとやってしまえ。

 

 

 

テキトーだと言われようと、

 

正答に評価されなくても、

 

自分の生き方に、悔いがなければ、それでよし。

 

 

 

胸を張って、堂々と、己の命を全うせよ。

 

…それが、サムライの魂!

 

 

 

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-12-12

映画 「聲の形」

テーマ:アニメ・特撮

心の声は、心に響いてくるもの。 …深く静かに、耳を澄ませ。

 

 

新潟でもようやく公開されたので、家族3人で、映画館に行きました。

 

この映画、なかなか手強いですね~

 

 

京都アニメーション制作だから、

 

「けいおん!」「日常」みたいなユルい系かと思ったら、

 

いやはや、これはかなり、ハードな作品ですな。

 

「君の名は。」とも、「この世界の片隅に」とも、明らかに違う。

 

 

今現在、生きている人間たちの、心の内側を鋭くえぐる力作と言えるでしょう。

 

 

本作の主人公は、聾唖の少女。

 

「ザ・トライブ」「FAKE」「LISTEN」を見ていたので、

 

これも見とこうかな、くらいの軽い気持ちで行ったのですが、

 

開始早々、座り直しました。

 

 

 

小学校6年生のクラスに、障害者の女の子が転向して来ます。

 

彼女は、筆談ノートで、コミュニケーションを取ろうとします。

 

最初は、物珍しさと興味深さで、それなりに親切にしてもらえたんですが、

 

だんだん、ウザがられるようになり、いじめが始まってしまいます…

 

 

いじめをテーマにした作品は、無数に存在しますが、

 

これは、物凄く「リアル」です。

 

登場人物が、みんな何かしら、心の闇を抱えていて、

 

誰に感情移入していいやら、混乱しっぱなしでした。

 

 

あいつはひどい、とか、あいつが悪い、とか、

 

誰かを否定した途端に、自分自身も“嫌な奴”になってしまいそう。

 

 

俺が個人的にムカついたキャラが2人ほどいたんですが、

 

もしかすると、俺自身が、そういう部分を持っているのかもしれません。

 

 

自分は、誰かを否定できるほど、優れた人間じゃない。

 

誰かを否定した言葉は、ブーメランのように、自分に突き刺さる。

 

その「無限の痛み」を知っている人であればあるほど、

 

この映画は、正視できない場面の連続かもしれないですね。

 

 

人間なんて、一皮むけば、ドロドロの、グチョグチョ。

 

どんなイケメンであろうが、美人であろうが、関係ない。

 

表情。

 

声色。

 

仕草。

 

言動と、行動に、「全て」が表れるものなのです。

 

 

ああ、コワい。

 

 

アニメ―ションだからこそ、繊細な表現ができる。

 

アメリカは、CGアニメの最先端かもしれませんが、

 

日本は、別の次元での、深い領域の最先端にいるんだと俺は思います。

 

 

さあ、この映画、見るなら、相当の覚悟をした方がいいでしょう。

 

イライラしますよ~

 

ムカつきますよ~

 

心が、痛みますよ~

 

忘れていたトラウマが、蘇りますよ~

 

 

でも、

 

でも、

 

ちゃんと、見なくちゃ。

 

 

自分の、一番醜い部分と、しっかり向き合わなくちゃ。

 

そこから、目を背けたら、前には進めないから。

 

 

本作は、大人も子供も「対等」に扱っている、稀有な物語だと思います。

 

いじめに苦しんだ人ほど、この映画を見て欲しい。

 

 

 

人は、理解できないものに出会うと、モヤモヤする。

 

モヤモヤは、イライラに変わり、

 

悪ふざけが始まり、

 

それは、意地悪に変わる。

 

相手が無抵抗だと、味をしめて、いじめに発展していく。

 

 

誰もが、いじめは悪いことだと知っているはずなんだけど、

 

いざ、自分がその領域に入ると、途端に豹変してしまう。

 

リスクをおかしてまで、誰かを助けようとする人は、ほとんどいない。

 

俺の経験上、まぎれもない事実なんです。

 

 

子供の世界も、大人の世界も、そんなに変わらない。

 

俺は、職場いじめの現場に出くわして、耐えられなくて、

 

助けようとして、かえって「権力者たち」に睨まれ、

 

ボロボロになって、解雇されました。

 

 

でも、後悔はしていない。

 

自分ができることを、自分のやり方で実行した。

 

その気持ちに嘘偽りがないからこそ、今、こうして生きていられる。

 

 

しかし、

 

俺がしたことは、相手にとっては「ただの迷惑」だったのかもしれない。

 

俺の自己満足で、自己陶酔で、自己中心だったのかもしれない。

 

それは、今となっては、誰にもわからない。

 

 

映画「知らない、ふたり」での、贖罪の意識に通じるところがある。

 

映画「リリイ・シュシュのすべて」の、無邪気な残虐性に通じるところがある。

 

 

よくも悪くも、

 

人間は、醜く、美しい生き物なのだ。

 

 

 

人の話を、ちゃんと聞かない人。

 

人の話を、ちゃんと聞こうとする人。

 

人の話を、鵜呑みにする人。

 

人の話を、聞いたつもりになっている人。

 

 

人の気持ちが、わからない人。

 

人の気持ちを、わかったつもりになっている人。

 

 

冗談が、通じない人。

 

トラウマを抱えて、苦しみの中で生きている人。

 

 

誰かに言って、うまくいった言葉を、万能だと信じ、

 

誰にでも、おんなじことを言う、おめでたい人。

 

 

それを言っちゃあ、おしめえよ、という言葉を、平気で言える人。

 

みんなが言えないことを、バシッと言える人。

 

 

発言も、

 

行動も、

 

リスクが伴うもの。

 

 

勇気。

 

覚悟。

 

はずみ。

 

成り行き。

 

気がついたら、言っちゃってた。

 

 

動機が真っ直ぐであればあるほど、

 

伝わらなかった時の悔しさは、耐え難いものだと思う。

 

 

この映画の、本当のテーマは、

 

「伝える」ということの大切さなのかもしれない。

 

 

愛情も、友情も、伝わらなければ、意味がない。

 

これは、俺がずっと、言い続けたこと。

 

 

伝えたいのに、伝わらない。

 

伝えるつもりはないのに、伝わってしまう。

 

理解したいのに、理解できない。

 

理解してもらいたいのに、理解してもらえない。

 

一番、理解して欲しい人に…

 

 

人が云う、と書いて、伝える、と読む。

 

 

だから、

 

だからこそ、

 

本当に伝わった時は、心の底から、嬉しくなるものなんです。

 

 

その喜びを、

 

一度でも、味わったことがあれば、

 

生きられる。

 

 

俺は、そう思います。

 

 

悩める思春期の人たちに、

 

若い人たちに、この映画を見てもらいたい。

 

 

伝えるために、大切なのは、何か。

 

この映画から、しっかりと学んで欲しい。

 

 

それを、語り継いでもらえたら、人の心は、決して死なない。

 

 

いい映画だと思います。

 

道徳の授業で、使ってもらいたいような、優れた教材です。

 

 

映画館で見るチャンスがある人は、お早めに。

 

 

ああ、俺も、伝え方が下手な人間だから、身にしみます。

 

面倒だけど、そこが、人間の面白いところ。

 

 

今年は、アニメが大豊作。

 

やっぱり、日本人に生まれてよかったなあ、って思います。

 

 

伝え方は、技術である。

 

技は、磨かれてこそ、輝きを放つ。

 

話し方でも、文章力でも、手話でも、表情や仕草でも、

 

自分の得意な部分を、鍛えればよろしい。

 

 

…伝え方のプロになることが、大人になるための、第一歩!

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-11-28

映画 「この世界の片隅に」

テーマ:アニメ・特撮

人は、変わる。いい意味でも、悪い意味でも。

 

 

入院前に、どうしてももう1本見ておきたくて、

 

2本候補があったんですが、近くて開始時間が早いという点で、

 

こちらが勝っていたので、これを見ました。

 

 

原作は、こうの史代。

 

(映画「夕凪の街 桜の国」は、俺のブログでも紹介しています)

 

監督は、片渕須直。

 

(映画「マイマイ新子と千年の魔法」は、俺のブログでも紹介しています)

 

 

これは間違いなく、いいものができるに違いない!

 

そういう確信もあって、見に行かねばと思いました。

 

 

 

文部科学省特別選定とか言ってるけど、どうでもいい。

 

この映画は、クラウドファンディングで製作されたということに注目して欲しい。

 

文部科学省なんて、どうせうさんくさいんだから、そんな肩書がいらない。

 

 

人間という生き物を、真正面から捉えた、優れた作品であることは、間違いない。

 

 

 

のほほん、とした映画です。

 

主演は、のん。

 

誰だろうと思ったら、能年玲奈なんですね。

 

彼女の声がいいのか悪いのかは、俺ごときにはわかりませんが、

 

絵の力ですでに圧倒されてしまっているので、問題ないです。

 

 

穏やかで、優しい人…

 

そういう人が、ずっと「幸せな環境」で過ごせるほど、

 

世の中は、甘くありません。

 

ましてや、戦争中の広島、呉の物語ですから。

 

 

「マイマイ新子と千年の魔法」では、

 

前半ののほほんさがガラリと変わって、

 

主人公の少女が、ヤクザに殴り込みをかけるという、ハードな展開でした。

 

 

本作では、戦争が佳境に入ってくるにつれて、

 

衝撃的な、ヘビーな場面が次々と起こります。

 

それは、「火垂るの墓」ほど露骨な描写ではありませんが、

 

この、のほほんとした日常が破壊されていくという状況においては、

 

こちらの方が、ある意味、インパクトが大きいかもしれません。

 

 

片渕監督の手腕は、大したものですね。

 

「マイマイ新子」の時に感じた、繊細で力強い演出力は、やっぱり本物でした。

 

 

今どきは、「君の名は。」が、予想外のメガヒットになっていますが、

 

俺的には、こちらの方が、新鮮な驚きと、リアルな感覚に満ちています。

 

 

「シンゴジラ」 しかり。

 

「FAKE」 しかり。

 

「知らない、ふたり」 しかり。

 

「レヴェナント」 しかり。

 

「少女」 しかり。

 

「淵に立つ」 しかり。

 

 

今年は、“痛みを感じる映画”が、キーワードになっています。

 

それは、俺自身が、心を常に痛めているからかもしれません。

 

 

このブログはもともと、一般的な視点と違うところで書いていますから。

 

 

優しい人が、優しいままであり続けるのは、なかなか難しい。

 

でも、この映画に出てくるような人たちに囲まれていたら、

 

もしかしたら、美しい心を、失わずに済むかもしれない。

 

 

健気で、一生懸命で、お人よしの人は、不幸な目に遭う確率が高い。

 

しかしそれは、本人が「どう思う」か、「どう捉える」かで、変わってくるもの。

 

 

本作の主人公は、冒頭から、すでに危うい。

 

この子、ちゃんとやっていけるかなあ、と、余計な心配をしてしまう。

 

そういうキャラだからこそ、周囲の人が、支えてくれるのかもしれない。

 

 

それもまた、人徳である。

 

 

「幸福」と「不幸」の境界線は、紙一重。

 

人の心の奥底もまた、つかみどころのない、深い領域。

 

 

後半に、すごいシーンがありました。

 

もしあの時、〇〇だったら…

 

聴覚に訴える、おどろおどろしい、生臭い場面です。

 

…決して逃げることのできない、無限地獄。

 

俺が心を病みまくっている時の状況とおんなじ。

 

 

もし、うつの症状が重くて、苦しんでいるなら、本作はオススメしません。

 

下手をすると、途中退席しないといけないかもしれないから。

 

 

少なくとも、俺の精神を、根底から揺るがす力がある映画でした。

 

 

大切な何かを、得る喜び。

 

大切な何かを、失う悲しみ。

 

何かを得るために、何かを手放し、

 

何かを忘れるために、何かを見つけ出す。

 

当たり前にあったものが、

 

当たり前に、隣にいた人が、

 

大切に守ってきたものが、

 

自分の命よりも、大事だったものが、

 

ある瞬間、

 

無理矢理、一瞬で消えてしまう。

 

 

死んだほうがまし。

 

そういうことって、無数にある。

 

でも、運悪く、(ホントは運よく?)

 

生き残ってしまったりするんです。

 

 

それって、誰にも責める権利はないはずなんですよね。

 

 

何で、あいつが死んで、お前が生き残ったんだよ!

 

そんなこと言われても、仕方がないって、どこかでわかっているのに。

 

 

死者は、褒められて、祭られて、崇められる。

 

生者は、疎まれ、蔑まれて、恨まれる。

 

…ああ、嘆かわしい。

 

 

人は、大切なものを失うと、誰かのせいにせずにはいられない生き物。

 

その人のせいじゃないってわかっているのに、責めてしまう。

 

 

 

でも、稀に、誰のせいにもせずに、誰も恨まない人がいる。

 

そういう人もいるんだ、って、灌漑深くなってしまう瞬間である。

 

 

親子関係が、よかったんだろうか。

 

いい友達に、恵まれたんだろうか。

 

それとも、その人の持っている、資質なんだろうか。

 

 

とにかく、本作の主人公は、すごい。

 

でも、きっと、当たり前にいる、普通の人なんだろうと思う。

 

 

そこが、いいんですね。

 

 

 

この世界の片隅に、

 

ひたむきに、生きている人たちがいる。

 

俺もまた、片隅で、ひっそりと生きているだけの男。

 

 

 

片隅で、いいじゃん。

 

自分が自分でいられる、居場所があれば、それでいいじゃん。

 

 

…まだ、生きている。

 

…まだ、死んでいない。

 

 

だから、今、できることを、精一杯、やるだけ。

 

 

そういうことを、教えてくれる、いい作品です。

 

 

痛みを、推進力に変えていく。

 

そうやって、人は、変わっていく。

 

いい意味でも、悪い意味でも。

 

 

しかし、絶対に変わらないものがある。

 

それは、その人にしかわからないものだったりするし、

 

周りが言ってあげなければ気づかないことだったりする。

 

 

探してみましょう。

 

 

…本当に、大切な何かを。

 

 

 

 

 

(桑畑は、明日から入院します。生還したら、またお会いしましょう)

 

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-09-07

映画 「傷物語 Ⅱ 熱血編」

テーマ:アニメ・特撮

人間の心の闇に潜む、本能を呼び覚ませ。

 

 

1作目を見たので、また娘と一緒に見に行くことになりました。

 

いやあ、今回はすごかったですね~

 

 

俺の年代だと、ヒットするポイントが、

 

若い世代の皆様とは微妙にズレると思うんですが、

 

「デビルマン」と「巨人の星」的な要素が、笑えます。

 

そうか、これ、講談社だからOKなんですね~(笑)

 

 

俺みたいなおっさんが、このシリーズを語るポジションにはないと思うのですが、

 

素直に面白かったので、俺的にはヒットです。

 

 

もう、「ルドルフとイッパイアッテナ」とか、

 

「君の名は。」とか、どうでもよくなってきました。

 

上の2作品は、俺的にはもう、賞味期限を過ぎました。

 

今は、「傷物語Ⅱ」がダントツで突っ走っています。

 

 

そのくらい、インパクトがあって、楽しめたので。

 

俺、嘘はつきませんので、ホントです。

 

 

何というか、燃えましたね~

 

 

「デビルマン」第2巻の、シレーヌ編とか思い出して、懐かしい。

 

ヘタレが調教されて、潜在的超能力に目覚めていく過程は、ゾックゾク。

 

 

でも、ヘタレって、物凄い力を秘めているってことでもあるんですよね。

 

 

 

「新世紀エヴァンゲリオン」で、

 

静かな場面が長く続いた後に、アクティブな場面が数秒だけあって、

 

気がついたら、血がブシュー!

 

ああ、なんて「ウルトラセブン」なんだろう、なんて感動したものです。

 

 

「静」と「動」のバランスは、映画の基本的な骨組みだと思うんですが、

 

その見せ方とか、タイミングとかは、作り手のセンス。

 

観客は、チャンネルと周波数を同調させる能力を試されるのです。

 

でもそれは、あくまでも、受動的なものではなくて、

 

能動的な性質のものであるべきだろうと、俺は思うんですね。

 

 

何を面白がり、何をつまんないかを決めるのは、観客自身。

 

みんなが面白いから、面白いとか、

 

ヒットしているから、面白いに違いないとか、

 

有名だから、面白いに決まっているとか、

 

そんな感覚で映画を判断する奴は、信用できない。

 

 

自分が、その映画で何を得たか。

 

自分の魂が、その映画を通して、どう磨かれたか。

 

自分の物の考え方が、映画を見る前と見た後で、どう変わったか。

 

 

それが大事だと、俺は思うんですね。

 

 

本作を見て、俺は、

 

自分がずっと忘れていたことを、思い出しました。

 

 

俺はヘタレだけど、最弱ってわけじゃない。

 

「弱さ」を知っているからこその「強さ」だって、持ち合わせている。

 

 

だから、自分が暴走してしまうことを、恐れているのかもしれない。

 

 

 

己が感じたことを赤裸々に言えば言うほど、読み手側に見下される。

 

でも、それを言わないと、本当に言いたいことが見えてこないのだ。

 

 

カッコつけてばっかりいる男は、すぐにボロが出てしまうもの。

 

俺は、自称ヘタレなので、そういう意味では、書く内容は、自由である。

 

 

もともと、固定イメージなんてないから。

 

 

 

そういうことを、

 

人間としての、男としての、生き物としての原点のようなものを、

 

呼び覚ましてくれるような力が、本作にはあります。

 

 

 

俺の中には、得体のしれない獣が棲んでいます。

 

それを、封じ込めておきたい自制心と、

 

それを、解放してスッキリさせたい願望が、常に葛藤しています。

 

 

 

男も、

 

女も、

 

自分の本性に気づかないまま、一生を終える人がほとんど。

 

 

それは、自分の心と本気で向き合ったことがどれだけあるか、にかかっている。

 

 

本作の、会話の駆け引きが、深くて面白い。

 

恋愛も、命がけの戦いも、自分自身との向き合い方で変わる。

 

 

傷ができれば、血が流れる。

 

痛みを感じるのは、生きている証拠である。

 

 

 

痛いくらい、面白い。

 

この映画を見ている間だけ、俺は思春期の少年になっていました。

 

 

 

…青春って、いいもんですね☆

 

 

 

 

 

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-08-29

映画 「君の名は。」

テーマ:アニメ・特撮

好きな人の名前を、愛情を込めて呼んであげて下さい。

 

 

新海誠監督の最新作。

 

今までに製作された数々の名作の要素を全てぶち込んだような、

 

彼の集大成とも言える力作が誕生しました。

 

 

「君の名は」といえば、佐田啓二(中井貴一のお父さん)と岸恵子のメロドラマですが、

 

本作は、それのリメイクではないので、まず、それを申し上げておきます。

 

でも、リスペクトした部分もいくつかあるような気がするので、

 

監督ご自身がそれを意識していたのかどうかは、興味深いところですね。

 

 

本作は、できるだけ予備知識を持たずに見ることをおススメします。

 

できれば、予告編も見ない方がいいでしょう。

 

だから、俺のブログ記事なんか、絶対読まない方がよろしい(笑)

 

 

差しさわりのない程度で教えておくとしたら、

 

日本特有の「和の情景」が、丁寧に美しく描かれている点に注目して欲しい。

 

色彩にこだわる新海ビジュアルは、芸術の域に達していると思います。

 

 

人と人とが出会って、最初に覚えることは、相手の名前。

 

「君の名は」では、お互いに名前を明かさなかった。

 

「君の名は。」(○がある方が本作)でも、名前が重要なポイント。

 

どうしてこのタイトルにしたのか、考えると、実に楽しい。

 

 

人は、覚えなきゃいけないことを、すぐに忘れてしまい、

 

覚えなくてもいいようなどうでもいいことを、いつまでも覚えている。

 

これって、どうしてなんでしょうね。

 

 

俺みたいなおっさんになると、パッと出てこない名前がたくさんあります。

 

でも、時間をかければ、思い出せるのです。

 

決して、忘れてしまったわけじゃない。

 

大切にしまい過ぎて、見つけにくくなってしまったのかもしれない。

 

めったに思い出せないからこそ、貴重な思い出なのかもしれない。

 

 

記憶というのは、脳細胞にインプットされる情報だけじゃない。

 

心の奥に刻んだ、魂のパスワードで封印されているものなのだ。

 

 

 

出会いのきっかけは、軽いものでいい。

 

変な奴、と最初は思うかもしれない。

 

ありえないバカ、とイメージしたっていい。

 

 

だけど、時間が経つにつれ、その人のことが、だんだん気になってくる。

 

その瞬間は、本人が自覚するよりも、はるか前に、すでに始まっている。

 

気がついたら、好きになっていた。

 

恋というのは、そういうものだと思う。

 

 

観客(第三者)は、何で惹かれ合ったのか、理由を探そうとするもの。

 

でも、その答えは、惹かれ合った二人の心の中にしか、ない。

 

 

ありえない状況だからこそ、

 

決して出会うはずのない相手だったからこそ、

 

もう会えないかもしれない、と感じるからこそ、

 

考えるだけで、切なくなってしまう。

 

 

会おうと思えば、いつでも会える。

 

会いたくないのに、また会ってしまう。

 

会っているようで、実際はまだ会っていない。

 

会っていないのに、友達以上の親しみを感じている。

 

会いたくて仕方ないのに、どうしても会うことができない。

 

会えるはずなのに、会うことを恐れてしまう自分がいる。

 

 

会えなくなってしまってから、後悔するくらいなら、

 

会った時に、精一杯その人の心を感じ取っておけばいい。

 

 

だから、俺はいつも思うんです。

 

今日、この人と会えるのは、今日が最後かもしれない、と。

 

 

昨日の自分と、今日の自分と、明日の自分は、違う存在。

 

昨日のあの人と、今日のあの人と、明日のあの人は、別の存在。

 

 

過去の記憶は、薄らいでいく。

 

未来の期待は、かなえられない夢かもしれない。

 

 

だから、今この瞬間に、目の前にいるその人を、しっかり見て欲しい。

 

お互いに感じ取っている「生きた手ごたえ」を、心に刻んで欲しい。

 

 

 

「真知子巻き」は、「赤い組紐」に進化したようです。

 

「結ぶ」という行為の、深い意味を、本作でかみしめて下さい。

 

 

楽しくて、深くて、大切なことを教えてくれる、いい映画です。

 

ぜひ、劇場でご覧下さい。

 

 

 

…恋って、いいものですよ。

 

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-08-29

映画 「ルドルフとイッパイアッテナ」

テーマ:アニメ・特撮

生きていると、いろんなことがいっぱいあるものです。

 

 

妻と娘ががんばってくれたので、ショッピングモールに連れて行って家族サービス。

 

その時、別行動の時間帯があったので、さて、どうしようかと。

 

いつもなら、ロッテリアの喫煙ルームで、

 

タバコとコーヒーと文庫本で時間をつぶすんですが、

 

その日は何だか、明るい場所の人混みがどうも嫌だったんです。

 

 

で、映画館の上映時間スケジュールを確認したら、時間がちょうどいいのが。

 

よし、これを見ることにしよう、と。

 

 

何の予備知識もないまま、ただ、何でもいいから見たかった、というのが本音。

 

暗闇のあの座席に座れるだけで、落ち着けるような気がしたんです。

 

 

 

さて、映画ですが、シンプルで心にしみる、良質の作品に仕上がりました。

 

原作は、有名な児童文学だそうで、子供になった視点で楽しめました。

 

心が迷子になってしまって、行き場がないと思う人に見て欲しい。

 

 

ルドルフは、飼い猫の名前。

 

名前からして、生意気で、育ちがよさそうなイメージ。

 

 

彼は、大切に飼われていましたが、いつも家から出られないので、

 

ある日、飼い主の隙を狙って、思い切って外に飛び出します。

 

初めて歩いた家の外、とっても気持ちがいいもんだ。

 

人や車にぶつかりそうになりながら、夢中であちこち走り回った挙句、

 

あるトラックの荷台の中に入ってしまいました。

 

走り出すトラック。

 

彼は、どんどん遠くに連れていかれてしまいます…

 

 

 

着いたのは、東京の街。

 

そこで彼は、ある野良猫に出会います。

 

僕の名前はルドルフ。君は?

 

野良猫は、イッパイアッテナ、と答えます。

 

 

それは、「名前がいっぱいあってな。」という意味なんだろうけど、

 

「今まで、いろんなことがいっぱいあってな。」という意味にも取れます。

 

 

お前はどこから来たんだ?聞かれても、

 

ルドルフは、答えることができません。

 

自分が住んでいたところがわからないから、帰りようがない…

 

 

イッパイアッテナは、しょうがねえなあ、という素振りで、

 

ルドルフに、野良猫として生きるための知恵を、伝授してくれます。

 

 

…果たして、ルドルフは、無事におうちに帰れるのでしょうか?

 

 

 

 

名前というのは、基本的には、1つです。

 

自分が生まれた時に、親がつけてくれたもの。

 

あるいは、親代わりになってくれた人が、与えてくれたもの。

 

 

その他に、あだ名というものがあります。

 

それは、その人の特徴を覚えやすくしたものが多いです。

 

侮辱した言葉だったり、尊敬の念を込めたり。

 

 

後は、自分で「こう呼んでくれ」という意味で、名乗る名前もあります。

 

SNSのハンドルネームなんかが、これに当たりますね。

 

 

 

どんな名前でも、呼びやすければ、定着するものです。

 

 

例えば、娘は俺のことを、幼い頃は「パパ」と呼んでいました。

 

それは、俺が妻を「ママ」と呼んでいたこともあるので、

 

そう呼びなさい、と教えられて覚えたからでしょう。

 

娘が中学生になると、呼び方が変わりました。

 

普通は「お父さん」とかなんでしょうが、

 

いつの間にか「パピイ」になりました。(俺は遊星少年か!)

 

で、高校生になってからは、「パピャー」です。

 

ちなみに妻は、「パパさん」を経て、今では「パパやん」になっています。

 

まるで、フィリピン人ホステスのパトロンですな。

 

 

俺的には、呼びやすければ、何だっていい、と思っています。

 

それがきっと、相手のとっての俺のイメージなんでしょう。

 

そういうのって、何だか素敵なことかもしれないですね。

 

 

 

名前がいっぱいあるからこそ、それだけ仲間がいる。

 

いろんな出来事があったからこそ、深い思考力が身に付く。

 

 

出会いがあり、別れがあって、人は変わっていく。

 

強くなっていく部分もあれば、弱くなっていく部分もある…

 

 

 

初対面の人に、答えにくい質問をされたら、

 

「…いっぱいあってな。」

 

うん、これは使えますね。

 

 

俺は、映画をいっぱい見てきました。

 

音楽も、いっぱい聴いてきました。

 

本も、いっぱい読んできました。

 

そして、人ともいっぱい出会って、いっぱいお別れしました。

 

 

 

心の中に、残るもの。

 

なくしては、いけないもの。

 

決して、なくならないもの。

 

 

どう呼ばれるかは、その人自身のイメージが生み出すもの。

 

その人が変われば、呼ばれ方も変わっていく。

 

同じ言葉でも、言い方が変わっていく。

 

親しみを込めて呼ぶか、憎しみや妬みを込めて蔑んで呼ぶか。

 

 

それは、呼ばれてみれば、わかること。

 

それは、呼んでみれば、わかること。

 

 

 

「イッパイアッテナ」は、当初、名前ではありませんでした。

 

ルドルフの質問に対して、彼がそう答えたから、

 

ルドルフは、それが名前なんだと思い込んだのです。

 

だから、「イッパイアッテナ」は、ルドルフがつけた名前なんですね。

 

 

変てこな名前でも、

 

そう呼びたいから、そう呼ぶ。

 

そう呼ばれて、嬉しいから、返事をする。

 

 

それは、気持ちのいい、やり取り。

 

 

 

映画「用心棒」で、主人公が名前を聞かれます。

 

名前?そんなものはねえ。

 

いやいや、名前がねえってのも困りますんで…

 

そうか、それもそうだな。

 

目の前には、桑畑が広がっていた。

 

…桑畑三十郎。もうすぐ四十郎になるがな。あっはっは。

 

 

俺は、名前なんて、呼びやすければ、何でもいいと思います。

 

自分でつけた名前は、自分のイメージ。

 

人がつけてくれた名前は、人のイメージ。

 

 

…どうぞ、お好きな名前で呼んで下さい。

 

イッパイアッテナは、

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-08-14

映画 「インデペンデンス・デイ リサージェンス」

テーマ:アニメ・特撮
あんなにデカい宇宙船が浮かんでたら、いい日陰になりますな。



映画の記事を書いていると、何だか少し調子にのってしまいます。

最近は、塞ぎ込んでいた時間が長かったから、たまにはいいでしょう。

そうそう、深刻な時間ばかり過ごしていると、心が死んでしまうから。



さて、SF映画の傑作が、今頃になって続編。

う~ん、これは、コケる気満々といった感じがしますなあ。


イヤな予感がしたので、「シン・ゴジラ」を先に見たかったんですね。

もうすでに、各シネコンでも上映回数が少なくなってきた頃なので、

案の定、ガラガラでした。


まさに、地球滅亡感が漂う、いい雰囲気です。



あのエイリアンが攻めて来たおかげで、地球の人口はかなり減って、

アメリカが事実上の支配国になりました。

せっかくなので、奴らの技術をもらっちゃおうということで、

メイドインエイリアンのノウハウを応用した、地球防衛軍ができてました。



エイリアンも全員殺さずに、ちょっと生かしておいて、囚人サンプルに。

その奴らが、騒ぎ始めます。

どうやら、母星から助けが来るらしい。


歓喜する囚人エイリアン。


仲間を助けたいのか、よっぽど地球大好きなのか。

まるで、バルタン星人みたいですね(笑)


そんなに好きなら、友好的に接すればいいものを、

攻撃して滅ぼして制服してしまおうという発想が、ショッカーレベル。


さあ、迎え撃つ地球防衛軍は…


“ハエ男”ジェフ・ゴールドブラムを筆頭に、

かつての英雄やら、フレッシュな若造やら、賑やかで楽しそう。




極め付きは、宇宙船です。


デカい。

とてつもなく、デカい。



デカ過ぎて、地球の半分くらい覆ってしまいそうです。




猛暑だから、あれ、いいなあ。

ぜひ、ウチの農場の上に浮かんで下され。



たぶん、重力バランス失って、墜落するだろうけど。





ずっとずっと、心苦しい日々を過ごしてきた俺にとって、

眠気がくるくらい、癒しの映画になりました。




ローランド・エメリッヒ監督。

マグロを食うゴジラを生み出した、神ヒトエの天才。




たぶん、ハリウッドゴジラの仕事が来ないから、慌てて作ったのかも。

まさに「地球防衛軍」で、「シン・ゴジラ」の前座にふさわしく…ないかな。


…だったら、次はモゲラをゲスト出演させてね。また見に行くから!
いいね!した人  |  リブログ(0)
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。