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2017-10-31

映画 「ブレードランナー 2049」

テーマ:アニメ・特撮

何かを見つけるために、誰かと出会うために、人は、心の旅を続けるのだ。

 

 

根強い人気を誇るSF映画の傑作「ブレードランナー」の続編が、ついに実現。

 

前作の公開から、もう35年も経過しているんですね。

 

俺は、レンタルビデオのVHSで見た世代。できれば劇場で見たかったなあ。

 

 

フィリップ・K・ディックの小説は、本作では「キャラクター原案」扱いになっているので、

 

オリジナルの続編と言っていいでしょう。

 

しかしながら、テイストはバッチリで、往年のファンにはたまらないシーンも盛りだくさん。

 

 

ただ、2時間40以上あるので、体力のある時に楽しみましょう。

 

 

内容は、純粋に、続きのお話です。

 

前作を知らない人が見ると、わからないところがいっぱいあるかと思いますので、

 

その辺は、予習してもよし、復習してもよし。

 

 

ちなみに、「ブレードランナー」という映画は、

 

「オリジナル」と「完全版」と「ディレクターズカット最終版」の3種類が存在しますが、

 

「オリジナル」は、残酷なシーンをカットしただけだし、

 

「最終版」は、モノローグがなくて、どうでもいいユニコーンが出てくるだけなので、

 

俺的には、「完全版」が気に入っています。

 

 

そして、ヴァンゲリスが音楽を担当した、オリジナルサウンドトラック。

 

「愛のテーマ」「エンドタイトル」「ワンモアキッス」は、最高ッス。

 

 

 

さて、本作の主人公Kを演じるのは、ライアン・ゴズリング。

 

おお、「ラ・ラ・ランド」のピアニストの兄ちゃんですな。

 

苦悩を抱えて生きる孤独な男が、よく似合います。

 

 

「ブレードランナー」と呼ばれる人間の、本職は警察官。

 

「レプリカント」と呼ばれる人造人間を取り締まる捜査官で、

 

発見して破壊すれば、1体いくらで報酬がもらえる。(たしか原作ではそうだった)

 

性格には人殺しじゃないんだけど、人殺しみたいな気分になっちゃうから、

 

みんな、心を病んでいくんでしょうな。

 

 

ハリソン・フォードも、ライアン・ゴズリングも、いい感じでくたびれていた。

 

退廃した世界の中で、アジアンテイストのネオン街が、夜の闇を彩る。

 

東京だかソウルだか香港だかわかんないような景色が、鮮やかで、物悲しい。

 

 

リドリー・スコット監督は、「ブラック・レイン」でも、同じようなことをやってたっけ。

 

タルコフスキー監督の「惑星ソラリス」でも、首都高速が効果的に使われていた。

 

東京という街は、それ自体がきっと、SFしてるんだと思う。

 

 

 

さて、主人公は、「何」をみつけるのでしょう?

 

その先には、何があるのでしょう?

 

 

長い映画なので、ゆっくり進みます。

 

ビジュアル的に美しい情景も、詩的なシチュエーションも、

 

感覚でイメージして、体全体で味わって下さい。

 

 

 

真実と嘘の、境界線はどこか。

 

本物と偽物の、境界線はどこか。

 

生き物と、作られた物との違いはどこか。

 

 

そもそも、自分自身は、本物の自分なのか。

 

真実だと思い込んでいた記憶は、確かなのか。

 

 

本物の方が、ずっと偽物くさくて、

 

偽物の方が、ずっと本物らしくて、

 

アイデンティティとか、オリジナルとか、個性とか、

 

何もかもが、一瞬にして、裏切られる瞬間が、いつかは来る。

 

 

希望は失望に変わり、絶望は崩壊へと突き進む。

 

 

知らない方が、幸せなこともある。

 

だけど人は、「知りたい」という欲望を、どうしても抑えきれない。

 

 

そういう生き物だから、しょうがない。

 

 

見たら、きっと、ショックを受ける。

 

知ってしまったら、立ち直れないかもしれない。

 

それでも人は、確かめずにはいられない。

 

 

それが、人間というものの本質だから。

 

 

 

本当に探したかったものを、見つけた時、

 

本当に出会いたかった人に、出会った時、

 

本当に欲しかったものを、手に入れた時、

 

その喜びをかみしめて、人は一生を終えるのかもしれない。

 

 

誰かに、認められたいとか、褒められたいとか、

 

そういうちっぽけなことじゃなく、

 

自分が心から望んで、自らの力でその領域にたどり着くことこそが、

 

究極の、生きる目的なのかもしれない。

 

 

 

俺は、桑畑五十郎のレプリカントかもしれない。

 

本物は、もうすでに、いないのかもしれない。

 

しかし、今は、俺が、桑畑の役割を担っている。

 

それが、俺の、アイデンティティ。

 

 

男たちよ、自分のやるべきことを黙々とやり、

 

自分の一番行きたいところに向かうべし。

 

 

…本物と偽物をぶった斬って、命を燃やし尽くせ!

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2017-08-23

映画 「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」

テーマ:アニメ・特撮

不思議な力というものは、実は、誰でも持っている。

 

 

岩井俊二監督の名作が、アニメーションでよみがえる。

 

いや、生まれ変わると言った方が、正しいかもしれない。

 

 

もともと、TVドラマ「イフ」のエピソードの1つだったのが、

 

あまりにも出来がいいので、劇場公開までされた物語。

 

 

45分くらいだったのが、90分と尺が倍になり、

 

小学生だった設定も、中学生になった。

 

 

夏休みというのは、色んな妄想が浮かんでは消えていく、面白い時間。

 

 

とある田舎町で、花火大会の当日、不思議な体験をする…

 

 

 

 

打ち上げ花火って、下から見ると丸いけど、横から見たら、やっぱり丸いのか?

 

まるで、小学生の自由研究みたいなお題ですが、

 

その疑問の奥にある世界が、人間関係を象徴しているようで、興味深い。

 

 

 

構図的には、男子が2人、女子が1人。

 

男子は両方、その女子を好いています。

 

しかし、それをお互いに、秘密にしています。(バレバレですが)

 

 

女子は、何か、重い悩みを抱えています。

 

男子は、女子の気持ちがさっぱりわかりません。

 

男子の言動を見ていると、同じ男として、イライラしますな。

 

 

でも、思春期の男子って、そんなもんでしょ。

 

 

女子の方がすっと大人で、物事をストレートに言う。

 

しかし、男子は、ふざけてはぐらかして、逃げてばかり。

 

 

ああ、甘酸っぱいなあ。

 

 

劇場のポスターを見て、女子の方が背が高いってのも、ある意味、狙っているのかも。

 

主導権は、女子の方にあるようで、

 

でも、やっぱり子供だから、できることには限界があって、

 

手を引っ張る方が終始入れ替わって、実に微笑ましい。

 

 

もともとのドラマでは、奥菜恵のあどけなさが、健康的なお色気を放っていた。

 

同い年の男子からすれば、大人びて見えるもの。

 

無邪気さと、大人の雰囲気を半分ずつ持った美少女は、やっぱり魅力的。

 

 

そんな女子から、真剣に何かを頼まれたら、そりゃあ、オドオドしちゃうわな。

 

 

 

映画の総監督は、新房昭之監督。そう、あのシャフトである。

 

うっはー、やっぱり、お色気が増幅されてますなあ。

 

俺は最初、高校生かと思いました(笑)

 

 

中高生って、基本的には無邪気で子供っぽいけど、

 

抱えている苦悩によって、大人以上に大人だったりするんですよね。

 

 

俺は、灰色の思春期を過ごした人間なので、

 

恋愛だとか、友情だとか、そういう“青春”は、体験しておりません。

 

だから、彼等を、羨ましいと思う。 いいなあ、ちくしょう。

 

 

「イフ」というドラマは、選択肢によって、2種類の展開がある、パラレルワールド。

 

だから、“戻される”のも、1回だけのはず。

 

宣伝でネタバレしているので言いますが、何回も戻ってしまいます。

 

 

そこが、曲者。

 

 

一度きりではなくて、何度も戻れちゃうと、これは混乱しますな。

 

いわゆる、「時をかける少年」状態になってしまいます。

 

SFサスペンス・ラブファンタジーとでも言いましょうか。

 

 

さあ、不思議な力を手にした少年少女の運命は?恋の行方は?

 

 

「君の名は。」は、一般的にわかりやすくて、退屈しない作品でした。

 

しかし、こっちは、手強いですよ~

 

1つ1つのシーンに、深みがあるので、想像力と感性を刺激します。

 

テンポはゆったりで、ああ、夏休みだなあって感じがします。

 

男子は、タラタラしていて、そこがいい。

 

 

変わったことは、何も起きなさそうで、

 

変わったことを体験している本人だけが、やたらと興奮していて、

 

バカでマヌケで、そこが、何だか親しみやすい。

 

 

 

 

人間は、同時に、2つのことができないようになっているもの。

 

ながら何とかができる人だって、どちらかがメインで、一方は副脳がこなしていたりする。

 

違う場所に同時に立つことはできないし、違う人間と同時に話すこともできない。

 

 

今、目の前にあることだけが、一番重要なのだ。

 

 

それは、制限と言うべきか。

 

特殊能力と言うべきか。

 

 

他のことを考えながら、ぼんやりと過ごしていると、

 

時間は、瞬く間に経ってしまう。

 

 

人生だって、青春だって、夏休みだって、おんなじ。

 

 

せっかくだから、楽しんだ方がいいし、ちゃんと、味わった方がいい。

 

 

 

どうでもいいことを、真剣に考え、

 

答えの出ないことに、挑み続ける。

 

 

この映画には、ロマンがある。

 

俺的には、男子目線で楽しむ作品かな、って思います。

 

 

物事を楽しむという行為は、不思議で、特別な力。

 

誰でも潜在的に持っている、特殊能力。

 

口を開けてぽかんと、ただ受け身になるんじゃなくて、

 

本作は、前のめりで、積極的に楽しんで見て欲しい。

 

 

 

 

…この映画、劇場で見るか?DVDで見るか?

 

 

選択も、感じ方も、自由です!

 

 

 

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2017-07-30

映画 「メアリと魔女の花」 追記

テーマ:アニメ・特撮

魔法は、いつか、とけると、僕らは知ってた。

 

 

SEKAI NO OWARI のCDを、ずっと車で聴いていて、

 

魔法って、何だろうな、って、考え続けています。

 

 

生きていると、

 

うまくいくことと、うまくいかないことが、絶対、ある。

 

 

何となく、適当にやったら、うまくいったこと。

 

がんばったのに、努力したのに、うまくいかなかったこと。

 

 

何となく、好きになった人と、うまい具合に、結ばれたり、

 

がんばって、精一杯の覚悟で告白したのに、実らなかった恋。

 

 

 

俺は、この世に、がんばってない人などいない、と思っています。

 

俺自身、がんばってもがんばっても、うまくいかない人生を送っている人間だから。

 

 

 

米林監督の映画は、

 

わかりやすいようで、わかりにくい。

 

単純なようで、奥が深い。

 

 

だから、浅く見る人と、深く見る人で、感想が違ってくるんじゃないかと思うんです。

 

 

 

アニメ「巨人の星」でも、星飛雄馬が、

 

すげえ、父ちゃん、まるで魔法使いみたいだ!

 

と言った台詞があったと記憶していますが、

 

魔法という言葉は、きっと、便利なんでしょうね。

 

 

俺は、8年間、一人暮らしを経験して、結婚したんですが、

 

妻が料理をしてくれる様子を見て、

 

すげえ、まるで、魔法使いみたいだ!と思ったものです。

 

 

自分にできないことを、平然とやってのける人を見ると、

 

思わず、天才だ!とか、言うんでしょうね。

 

その究極の言い方が、魔法使いみたいだ!じゃないのかな。

 

 

人には、それぞれ、才能がある。

 

自分では当たり前だと思ってきたことが、

 

誰かに称賛されることで、違った領域に入っていく。

 

 

そういう体験をした人は、幸運だと思います。

 

 

映画では、たまたま、特殊な実をゲットしたことで、

 

今まで体験したことのない世界に、足を踏み入れることになります。

 

 

それを、巻き込まれサスペンスと捉えるか、

 

冒険活劇と捉えるかは、見る人の自由。

 

 

 

こう見なさい、というような、マニュアルは、映画には、ないのです。

 

あなたが見て、自分で感じた世界が、全てなのです。

 

 

この映画を、思春期に見られた人は、幸福でしょう。

 

若いカップル同士で、盛り上がれたら、幸運でしょう。

 

 

幸福感。

 

それは、魔法のようなもの。

 

 

 

いつかとけるとわかっていても、いいのです。

 

今は、その幸せなひとときに、浸っていて、いいのです。

 

 

つらい現実を、一時でも忘れられたら、

 

それは、紛れもなく、魔法なのです。

 

 

魔法は、気持ちいい。

 

魔法は、心地いい。

 

魔法は、夢のようなひとときを、永遠に、心に残してくれる。

 

 

 

感性の鋭い人ほど、魔法に敏感なんだろうな、って思う。

 

 

こんな魔法を、使ってみたい。

 

こんな魔法が使えたら、あんなことをやってみたい。

 

 

想像力と、願望と、夢見る力が、人の心を育てていく。

 

 

それは、邪な心ではなく、

 

あくまでも、純粋な心にこそ、反応する力であって欲しい。

 

 

 

この映画に、出会えてよかったと思います。

 

映画で味わった世界で、感性に栄養を注がれて、俺は、今日を生きています。

 

 

 

魔法は、いつか、

 

とけるからこそ、いいのだ。

 

 

この、優しい魔法に包まれた状態で、

 

しばらくは、生きていけるような気がします。

 

 

 

魔法は、生きるための、推進力。

 

 

かけたり、かけられたりして、

 

明るい方向に、生き抜いて行きたい。

 

 

そんなことを感じさせてくれる、いい映画でした。

 

 

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2017-07-14

映画 「メアリと魔女の花」

テーマ:アニメ・特撮

たまたま手に入れた力というのは、ただのきっかけである。

 

 

スタジオポノック第一回作品ということで、米林監督の最新作です。

 

どう考えても、「魔女の宅急便」と比較されそうですが、

 

きっと何か考えがあるんだろうと思って、さっさと見に行きました。

 

 

おお、これはなかなか面白い。

 

そして、出来がいい。

 

 

 

ジブリ映画で育った世代が、もうすっかり大人になってしまったので、

 

やっぱり、子供が楽しめる目線で作られた映画って、大切だな、と。

 

 

 

この映画は、誰がどんな風に批評してもいい。

 

面白い人は、面白いと言えばいいし、

 

つまらんかった人は、つまらんと言えばいい。

 

 

でも、その理由を、よく考えてみて欲しいんですよね。

 

 

 

たとえば、俺の世代で言うと、

 

「となりのトトロ」の前に、「パンダコパンダ」を見てる。

 

俺が好きな「カリ城」の前には、「長靴をはいた猫」がある。

 

 

その題材に出会った最初の作品が、その人にとってのオリジナルになるんですね。

 

歌にしても、初めて聴いた曲がカバーだったら、そっちがオリジナル。

 

後で原曲を聴いても、最初に聴いた方が、やっぱり好きなんです。

 

 

映画も、リメイクの方が面白い作品って、ありますから。

 

そこは、その人がどういう視点で楽しむか、ですね。

 

 

 

そもそも、「ジブリ」は、「砂漠に吹く熱風」を意味する言葉。

 

時代に逆らって、自分たちの信じるいい作品を生み出した、熱い集団。

 

「ポノック」は、「午前0時」という意味なんだそうな。

 

すなわち、「新しい一日の始まり」。

 

 

その第一作が、魔女。

 

「魔女の宅急便」は、見習い魔女。

 

こっちは、たまたま手に入れた花の実の力で、魔法が使えるようになった女の子。

 

(「ワンピース」のゴムゴムの実みたいなもんでしょうか)

 

 

拾った力で、知らない世界へ行く。

 

そこで、色々起こります。

 

 

子供って、こういうジャンルにワクワクするんじゃないのかな。

 

 

 

アリエッティは、小さな体ででっかい態度の少女だった。

 

杏奈は、内気で暗い少女だった。

 

今回は、好奇心旺盛だけど、失敗ばかりしてすぐ落ち込んでしまう少女です。

 

 

3人に共通するのは、“孤独”であるということ。

 

心に秘めた何かがあるからこそ、

 

新しいものに出会った時に、自分の物語が始まるのだ。

 

 

 

これ、けっこう笑えます。

 

情報量を少なめにしてある場面も多く、想像力と思考力を刺激してくれます。

 

 

うん、これは、新しい風が吹いてきたような気がする。

 

 

セカイノオワリが歌うエンディングテーマも、なかなかよいですね。

 

 

 

シンプルで、力強く、新鮮なエネルギーにあふれている。

 

 

少年少女よ、今しか楽しめない状況にのめり込むべし。

 

本気で楽しんだ記憶は、大人になるための推進力であり、

 

大人になって行き詰った時の、命の水になるのだ。

 

 

 

出会えたから、飛ぶことができた。

 

好奇心は、新しい扉を開く。

 

 

…自分の箒で、自分の飛び方を見つけよう!

 

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2017-07-14

映画 「ライフ」

テーマ:アニメ・特撮

ムカつく映画です。 …もうちょい、どうにかならんか。

 

 

「エイリアン」の新作がもうすぐ公開なので、前座といったところでしょうか。

 

ジェイク・ギレンホールと真田広之が共演して、宇宙船が舞台のSF映画。

 

 

さてさて、どんなエイリアンなのかな~?

 

 

うわ、

 

ありゃりゃ、

 

…これはアカン。

 

 

まあ、こういうスタイルは、嫌いじゃないんだけど、

 

現実にこんなのがいたら、こうなるわな、って感じですね。

 

 

これだったら、ヒアリの方が、今どきはコワいのかも。

 

 

 

最初は、刺身です。

 

それが、イカみたいになります。

 

 

ああ、生臭そう。

 

 

 

これを見ると、刺身が食いたくなりますな。

 

わさび醤油で、冷酒をキュウっと。

 

 

 

魅力的な題材なのに、ちょっともったいなかったですね。

 

 

火星の生命体というのが、一番気に食わん。

 

…どうせなら、タコにしろよっ!

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2017-06-15

映画 「ローガン」

テーマ:アニメ・特撮

生きることは、痛みに耐えること。

 

 

R15だそうで、これは、大人の匂いがプンプン。

 

久しぶりの映画館で、本作を選びました。

 

 

今の俺にピッタリで、ジーンときちゃいました~

 

2時間18分くらいあるけど、眠気は全く感じなかった。

 

疲れていても、面白い映画だったら、寝ないのである。

 

 

さて、ウルヴァリンも、すっかり高齢に。

 

伸び放題のヒゲには、白髪も交じっています。

 

スマホを見る時は、老眼鏡をかけています(笑)。

 

 

このくたびれ感が、なかなかいいですなあ。

 

 

そして、プロフェッサーXのジイさんは、もっとジイさんになり、

 

体も心も病んで、ヨボヨボでございます。

 

 

しかしまあ、超能力者が発作を起こすと、もう大変!

 

「AKIRA」の鉄雄君くらい、手が付けられません~

 

 

強靭な体を持つウルヴァリンだからこそ、介護ができるんですな。

 

やっぱり、いざとなった時に助けてくれる仲間がいるのは、幸せなことです。

 

 

俺は、2人の関係が、羨ましく思えました。

 

 

今回、新たに登場するのは、ミュータントの少女。

 

彼女は、登場してから、ずっと押し黙ったまま。

 

謎の少女を守ってくれと言われ、断るローガンであったが、

 

その女の子の「機能」を見た瞬間、スイッチが入ってしまう。

 

 

…彼女は一体、何者なんだ?

 

 

昔から、“おっさんと少女”という組み合わせは、数多く存在します。

 

「道」 「ブラックジャック」 「レオン」 「紅の豚」 「ルパン三世 カリオストロの城」

 

「WASABI」 「カーリー・スー」 「長い散歩」 「ガンスリンガー・ガール」などなど…

 

 

まあ、「グロリア」みたいに、“オバチャンと少年”なんていうジャンルもありますが、

 

やっぱり、“おっさんと少女”は、永遠のロマンなんですな。

 

(まあ、エロ映画の「白い婚礼」なんかは別枠ですが)

 

 

 

冒頭、「赤ずきん」みたいなシチュエーションがありますが、

 

そこは、狼と少女というネタで、掴みのギャグなんでしょう。

 

 

か弱い女の子と、血に飢えた狼ではなく、

 

追い詰められてギラギラ殺気を放つ少女と、くたびれたおっさんですから(笑)

 

 

そこに、ヨボヨボの超能力ジイさんが加わって、

 

まるで疑似家族のような、変てこなロードムービーになっちゃうのが笑えます。

 

 

 

ウルヴァリンの魅力は、ジャキーンな爪と、驚異的な治癒能力。

 

受けた弾丸も、ふんっ!と体に力を入れれば、出てきてポットン。

 

いやあ、スバラシイ回復力。

 

 

しかし、心の傷は、そうはいかないのであった。

 

 

 

体の治癒能力が衰えてくる一方で、

 

心の痛手は、増えて行く。

 

 

この映画は、“痛みを感じる”作品になっています。

 

それは、ヒュー・ジャックマンという、俳優の力でもあると思う。

 

 

とにかく、何もかもが、痛々しい。

 

病床で苦しむ、ジイさん。

 

くたびれた体にムチ打って働く、おっさん。

 

むき出しの敵意を撒き散らしながら逃げる、謎の少女。

 

 

訳ありで、社会からはじき出された者たちが、縁あって、出会う。

 

自分たちが生きるのもやっとなのに、協力し合い、いつしか“仲間”になっていく。

 

 

孤独と秘密を抱え、闇の中で、寄り添い、生き抜く。

 

たとえ、短い時間であっても、

 

たとえ、一瞬であっても、

 

たとえ、ほんの、束の間のひとときであっても、

 

安らぎを感じることは、幸せである。

 

 

 

何でだろう。

 

こんなに、ベタベタな物語なのに、

 

若者にはウケないような、地味なストーリーなのに、

 

何でこんなに、涙が出るんだろう。

 

 

何でこんなに、心に突き刺さるんだろう…

 

 

不思議である。

 

これはきっと、おっさん向けの映画なのかもしれない。

 

 

そして、行き場をなくした、子供向けの映画なのかもしれない。

 

 

…R15なんて、クソくらえっ!

 

 

 

生きていれば、必ず、絶対に、傷つく時が来る。

 

その痛みと戦い、打ち勝って乗り越えた者だけが、

 

今日を生きる資格を得るのだ。

 

 

 

痛みは、残る。

 

苦痛は、いつまでも、消えない。

 

だからこそ、

 

その痛みは、誰かを助ける力に変わるのだ。

 

 

 

思いがけず、人に感謝されることがある。

 

知らないところで、誰かの役に立っていることが、あるらしい。

 

 

それって、何だか、素敵なこと。

 

 

人に迷惑をかけ、

 

人を怒らせ、

 

人に煙たがられ、

 

人に憎まれ、

 

人に嫌われた者であっても、

 

 

その分だけ、

 

どこかで、他の誰かの役に立っている。

 

 

誰かを不幸にした分だけ、

 

誰かを、幸せな気分にさせているのかもしれない。

 

 

映画の中で、名作「シェーン」が出てくる。

 

俺の好きな台詞が… ああ。

 

 

「荒野の7人」の、チャールズ・ブロンソンの台詞と同じくらい、好きな言葉。

 

 

男は、こうでなくっちゃ。

 

 

真のヒーローは、こうでなくっちゃ。

 

 

 

忘れていた、大切な何かを、思い出させてもらいました。

 

いい映画です。

 

 

 

痛みをこらえて生きている、

 

いっぱいいっぱいで生きている、

 

がんばってがんばって、がんばり抜いている人に、オススメしたい。

 

 

 

生きることは、痛い。

 

痛みに耐えてこそ、生きる意味が見いだせる。

 

痛みを知っているからこそ、人に優しくなれる。

 

 

みんなに理解されなくても、いい。

 

大切な人にだけ、わかってもらえれば、それでいい。

 

 

今日という日を、生き抜いたあなたは、真のヒーロー。

 

痛みは、忘れようとしても、忘れられない。

 

忘れなくていい。ちゃんと、覚えていよう。

 

その痛みの意味が、きっと、報われる時が来るから。

 

 

 

傷ついて、傷つけて、激痛のなかで、人は、生きて行く。

 

 

『…打たれることを、恐れるな。』

 

これは、「ロッキー」のスタローンの台詞。

 

 

 

打たれようが、撃たれようが、切り刻まれようが、

 

自分を、堂々と貫け。

 

 

俺は、そう教えられたような気がします。

 

 

ローガン。

 

この名前を、俺は、忘れない。

 

 

 

男として、大切なことを、教えてくれたから。

 

 

 

…明日も、痛みに耐えて、がんばるぜ!

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2017-05-29

映画 「メッセージ」

テーマ:アニメ・特撮

記憶と予測は、感性と思考で連動している。

 

 

ポール以来、久々の2連休になったので、

 

家の雑用の合間をぬって、映画館に行くことができました。

 

 

実に、不思議な映画です。

 

あまりネタバレしたくないので、多くは語りませんが、

 

何にも予備知識がなさ過ぎると、かえって期待値が上がってしまって、

 

油断すると、睡魔に襲われそうな、ヤバい作品。

 

 

俺は、「複製された男」を見ていたので、

 

ヴィルヌーブ監督の作風を、ある程度想像していたこともあって、

 

純粋に、楽しんで見ることができました。

 

 

しかしまあ、変てこな映画ですな。

 

これは、ヤラレました。

 

 

 

SF映画というジャンルは、俺的には“何でもあり”だと思っています。

 

派手なアクションバトルだけが好きな人には、オススメしません。

 

ジャンルとしては、不気味なアート・テイストが濃厚。

 

例えて言うなら、「複製された男」は、「ウルトラセブン」の世界。

 

本作は、「ウルトラQ」の世界と言ってよろしいかと。

 

 

クラシカルなSF映画で言うなら、「光る眼」とか、「原子人間」。

 

比較的最近のSF映画で言うなら、「コンタクト」とか、「インターステラー」。

 

 

宇宙というものは、時間と空間を超越している。

 

そういうことを、深くどこまでも考えてみたくなる、刺激的な題材ですね。

 

 

 

主人公は、言語学者のおねえさん。

 

しかし、決して若くはない彼女には、どうやら、複雑な精神構造が、見え隠れ。

 

冒頭から、ずっと、彼女の視点で、物語を追ってみて下さい。

 

 

 

暗めで、湿気のあるようで、実は乾いた空気が、物悲しさを感じさせる。

 

アンドレイ・タルコフスキー監督のような、独特の、あの感覚…

 

 

何かが起きそうで起きない、ダルい緊張感。

 

 

 

これ、SF映画マニアの方なら、ゾクゾクするんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

ある日、突然、巨大な何かが、地球上の12箇所に出現。

 

「V」じゃん! 「インディペンデンス・デイ」じゃん! と思った人は、ハズレでございます。

 

 

まず、あの“宇宙船”の形が、素晴らしい。

 

曲線で、まあるくデザインされた造形って、

 

不思議と、安心感を与えるんですね。

 

例えば、資生堂のマークを思い出してみて下さい。

 

全部、曲線だけで構成されています。

 

直線が多いと、緊張感や警戒心を誘発するんです。

 

 

 

そして、船体のくたびれ感にご注目。

 

何とも、い~い感じですねえ。

 

焼き物に詳しい人に、ちょっと感想を聞いてみたくなります。

 

 

で、極めつけは、あの宇宙人!

 

 

俺、ずっと笑いっぱなしでした~

 

 

 

「サイン」とか、「クローバー・フィールド」とか、「ロボットモンスター」とか、

 

マヌケなデザインは数あれど、

 

これは、なかなか、イケてるんじゃないでしょうか(笑)

 

 

トム・クルーズの「宇宙戦争」は、クソ映画でしたが、

 

その仇を、“今”とってもらったような気分になりました。

 

(「パイレーツオブなんとか」のタコなんて、もうどうでもいいっ!)

 

 

 

そんな感じの、映画です。(全然わかんないか)

 

 

 

 

では、ここからは、俺の個人的な心象風景のお話。

 

 

 

 

 

 

本作の原題は、「Arrival」。

 

これは、「到着」「到着」という意味。

 

で、邦題が、「Message」。

 

これは、「伝言」「情報」という意味。

 

 

「mess」は、「送られた」

 

「age」は、単独だと、「時代」「年代」になりますが、

 

接尾辞だと、「集合」「状態」「行為」「場所」といった、様々な意味を持ちます。

 

「エージェント」は、「代理人」という意味ですよね。

 

 

「メッセージ」は、深い捉え方として、

 

「教訓」「意図」「ねらい」という解釈もできます。

 

 

(以上、広辞苑、アドバンストフェイバリット英和辞典を参考)

 

 

 

 

彼らは、何故、地球にやって来たのでしょうか。

 

彼らは、何故、あのような乗り物で訪れたのでしょうか。

 

彼らは、何故、彼女とコンタクトしたのでしょうか。

 

 

よく、考えてみて下さい。

 

 

選んだのか。

 

選ばれたのか。

 

 

たまたま、だったのか。

 

最初から、そのつもりだったのか。

 

 

 

不安。

 

緊張。

 

誤解。

 

敵意。

 

恐怖。

 

憎悪。

 

 

何が、人をそうさせてしまうのか。

 

過去の嫌な経験が、行動を左右させてしまうのか。

 

 

未知の世界に対して、

 

好奇心と警戒心と、恐怖心が交差していく。

 

 

 

思考のベースには、知識と経験が多くを占める。

 

しかし、その根底には、その人の感性が左右されることが多い。

 

 

だから、同じ情報に触れても、その「深み」に個人差が出てくるのだ。

 

 

 

感動している人にとっては、何であの人にはわからないんだろう、と感じる。

 

つまらないと感じた人にとっては、感動している人がバカに思える。

 

 

それは、仕方のないこと。

 

だって、感性のチャンネルが、それぞれ違うんだもん。

 

 

 

映画は、バクチみたいな側面がる。

 

面白いと思う人が多ければ、大ヒットした名作となり、

 

つまらないと思う人が多ければ、大コケした駄作となる。

 

 

そして、観客にとっては、

 

個人的に、面白いか、つまんないか、だけなのだ。

 

 

 

ただ、

 

俺的に言わせてもられば、

 

面白いと思った映画が、後から見たらすごくつまんなかったり、

 

つまんないと思った映画が、後で見たらすごく面白かったり。

 

 

そういうことって、よくあるんです。

 

 

今の自分がこういう状態だったから、この映画を楽しめた。

 

今の自分がこういう状態だったから、この映画を楽しめなかった。

 

 

 

人の気持ちとか、気分って、常に変動しているもの。

 

普遍的な尺度は、はっきり言って、ないと思った方がいい。

 

 

 

 

地球にやって来たエイリアンも、

 

コンタクトを試みた人類も、

 

人選を指示した者も、依頼を受けた者も、

 

全ては、

 

運命的な賭けだったのかもしれない。

 

 

偶然は、必然。

 

ピンチは、チャンス。

 

不運の中に、幸運があり。

 

どん底の奥に、光がある。

 

 

 

真の闇を経験した者でなければ、

 

光のありがたみはわからない。

 

 

失ったものが多ければ多いほど、大きければ大きいほど、

 

感性は、深くなっていくのだ。

 

 

 

 

映画を見る前と、

 

映画を見た後。

 

 

 

物事の見方が、少しだけ、変わるかもしれません。

 

何にも、変わらないかもしれません。

 

時間の無駄だったと言って、文句を言うかもしれません。

 

 

 

だから俺、この映画を、人にオススメしません。

 

 

ただ、俺にとっては、心の教材になりました。

 

 

 

…刺激的で、エキサイティングで、優れた傑作だと思います。

 

 

 

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2017-02-21

映画 「LUPIN THE ⅢRD 血煙の石川五エ門」

テーマ:アニメ・特撮

肉を斬らせて、骨を断つ!

 
 
「次元大介の墓標」に続いて、大人の「ルパン三世」が再び登場。
 
前編・後編で、トータル1時間くらいなので、見やすいし、料金も安いです。
 
 
俺は個人的に、銃よりも刀が好きなので、今回は燃えました~
 
 
冒頭で登場する五エ門は、「つば」のついた刀を帯刀しています。
 
おやおや、確か彼は、仕込み杖のような刀を使用していたはず…
 
そうか、これは、若き日の五エ門の物語なのか。
 
 
なるほど、確かに、青くさい。そして、未熟者に見える。
 
「峰不二子という名の女」に初登場した時よりも、何だか初々しい。
 
何だか、ワクワクしますね。
 
 
 
敵役として登場するのが、怪力の金髪外国人。
 
両腕に鉈を持って、自由自在に振り回す、殺人兵器みたいなバケモン。
 
ちょっと「やり過ぎキャラ」みたいな感じがしますが、
 
まあ、これくらいの相手じゃないと、盛り上がらんのでしょう。
 
 
日本のヤクザたちが、すっげえ笑かしてくれます。
 
いいなあ~ 彼らだけで、面白い映画が作れそうですわ。
 
 
ヤクザの用心棒として雇われた五エ門は、肝心な時に失態をしてしまう。
 
その汚名を返上するために、孤独な戦いをすることになります。
 
「修行」という考え方は、西洋人には理解できないかもしれませんが、
 
ある領域まで、自分で自分を追い込むことによって、
 
「開眼」するものが、確かに、ある。
 
 
NHKドラマ「宮本武蔵」で、役所広司が、足に怪我をした状態で、
 
ロッククライミングで崖をよじ登る場面がある。
 
「帰ってきたウルトラマン」で、キングザウルスⅢ世に敗れた郷秀樹が、
 
怪我をした足を酷使して、ジャンプの特訓をする場面がある。
 
 
痛いところをさらに痛めつけるのって、
 
無茶で馬鹿げているように見えるけど、
 
大事なのは、その「精神性」であると、俺は思うんですね。
 
 
俺は最近まで、右肩が痛くて痛くて、動かせなかったけど、
 
動かさずには、生活できないし、働くことができない。
 
だから、無理やり動かして、動かしながら、治しちゃった。
 
 
昨日までの、悪天候の中の9日間勤務も、
 
考えてもわからない領域を、五感で感じ取って仕事していくうちに、
 
ある瞬間、「あ、こういうことなのかも」と思う時がある。
 
 
それは、経験値を積み重ねることによって、洗練されていくものだし、
 
絶えず取捨選択して、最善の方法が編み出されていく性質のものなのだ。
 
 
刀は、侍の魂。
 
武器をどう使いこなすかは、肉体と精神のバランスが大事。
 
いかなる状況でも、最速最強の技を繰り出せるようになるためには、
 
修行という「時間」が必要なんですね。
 
 
苦しい時は、何かを学んでいる時。
 
苦痛に耐えている時は、新しい技が生まれようとしている時。
 
 
 
いや~ 五エ門、カッコいいです。
 
憧れますなあ。
 
 
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2017-02-21

映画 「虐殺器官」

テーマ:アニメ・特撮

人を殺すのには、理由が必要。

 

 

ようやく勤務を終えたので、映画記事再開です。

 
伊藤計劃アニメ三部作の、一番メインな作品。(これがデビュー作だそうな)
 
はっきり言って、すごいです。今までの中で最高の出来でした。
 
 
人が人を殺すのは、古来からよくあることでした。
 
人は、いつか必ず死にます。
 
死ぬ人は死ぬし、生き残る人は生き残る。
 
ただ、それだけのこと。
 
 
映画の内容は、いたってシンプル。
 
ただ、テーマが深いので、台詞がやたら多いです。
 
会話の内容についていけない人は、眠くなっちゃうかもしれませんが、
 
俺は、常に考えていることの領域なので、楽しく見ることができました。
 
 
誰でも、殺したい相手の1人や2人は、いるでしょう。(いないか)
 
俺は、いっぱいいます。10人以上くらい、いますね。
 
筆頭は父親なので、もう会わないことにしました。
 
たぶん、今度顔を合わせたら、確実に血の雨が降るでしょう。
 
 
 
生物は、他者の命を奪って生きる。
 
奪わなければ、すぐに死んでしまうから。
 
食物を断てば、生きられない。
 
襲い掛かって来る者を倒さなければ、生きていけない。
 
 
殺すことは、実に、自然なことなのだ。
 
 
例えば、熊の親子が撃ち殺されたとしましょう。
 
ある人が言います。
 
『…かわいそうに。もっと他に方法はなかったのでしょうか?』
 
でも、その熊が、自分の子供を殺そうとしたら?
 
熊のために、子供の命を喜んで捧げますか?
 
代わりに、自分が進んで殺されますか?
 
逃げるでしょう?
 
逃げても逃げても追って来たら、誰かに助けを求めるでしょう?
 
そんな時に、熊を傷つけないで、自分を助けて欲しいって言う?
 
自分の大切な人が、殺人鬼に襲われたら、戦うでしょう?
 
力があろうがなかろうが、必死になって立ち向かうものだと思う。
 
 
病原体と戦うための免疫力だって、生命を守るための戦闘システムなんだから。
 
 
 
「殺す」という行為自体は、実に自然なこと。
 
肉を買う時の値段は、「殺し代」が含まれている。
 
野菜だって、果物だって、魚だって、みんな同じ。
 
命をもらうから、いただきます、って言うのです。
 
その命が、自分の生命力というエネルギーに変換されて、生き続けるのだから。
 
 
 
何故、殺すのか。
 
生きていくため。
 
家族を、養うため。
 
 
この映画の中で、印象的な台詞があります。
 
『…仕事だから、仕方がない。』
 
 
これは、便利な言葉だと思う。
 
約束を破った時とか、良心が痛む時とか、理不尽な結果になる時とか、
 
自分に対する言い訳として、実に万能な、魔法の言葉。
 
 
 
先日紹介した本「恋する寄生虫」では、
 
人に寄生する虫が、行動を左右させているという理屈でした。
 
それは、発想としては面白いけど、個人的には、どうも好きじゃない。
 
何もかも、虫のせいにしてしまうのではなく、
 
虫の影響を受けて、そうなってしまうというだけ。
 
そうなってしまう要素が、自分の中にあるから。
 
だから、「蟲師」の物語は好きなんですね。
 
 
俺は、殺したい願望というのは、誰にでもあると思う。
 
殺人犯が、「誰でもいいから殺したかった」というのは、正直な言葉だけど、
 
そういう理由で殺される側は、たまったもんじゃない。
 
人間を襲う熊だって、襲う相手は、誰でもいい。いちいち、選んでなんかいない。
 
ただ、目の前に現れた人間が、不運だったということになる。
 
 
殺される時は、誰でも殺されてしまうし、
 
殺す時は、誰でも殺してしまうのだ。
 
運よく、生き残る者。
 
運悪く、殺されてしまう者。
 
「もっと生きたい」と願う者と、「早く死にたい」と願う者でも、答えは違う。
 
 
 
 
 
映画は、殺す「機能」を持つ「器官」が、もともと人間に備わっているという。
 
それを刺激する「ある方法」を用いて、世界をコントロールできるという。
 
 
俺は、自分自身が、殺人を犯す可能性がある人間であることを、知っている。
 
いつ、どのような状況で、「その機能」が発動するのかは、わからない。
 
 
安全な場所で、安心して暮らせて、健康で長生きできる保証なんて、どこにもない。
 
逃げ場などないし、安住の地もないし、100%信頼できる人間も、皆無。
 
 
自分ですら、信用できないのだから。
 
 
 
この物語は、人類に対する「挑戦状」のように感じます。
 
そこが、面白い。
 
 
普段、こういう領域で思考を巡らせている人には、刺激的な教材となるでしょう。
 
答えは、ありませんから。
 
 
実際に人を殺しても、きっとわからない。
 
実際に殺される状況になっても、わからない。
 
 
ただ、答えに「近づく」ことは、できると思う。
 
生死の現場で働く人には、ぜひ見て欲しい作品です。
 
 
 
「殺したい」という願望は、
 
「助けたい」という願望と、紙一重。
 
 
殺したいから、殺す。
 
殺したいから、殺してもいい理由を探す。
 
殺したくないから、殺さなくてもすむ方法を考える。
 
殺しちゃいけないから、ひたすら我慢して、
 
心が崩壊して、いいように振り回されて、潰される。
 
 
黙って、やられっぱなしになるか。
 
勇気を出して、立ち向かうか。
 
 
 
生きるか、死ぬか。
 
殺すか、殺されるか。
 
 
それは、生き物としての、本能の領域であり、生命の根幹。
 
 
「理由」は、他者に説明するために、必要なだけ。
 
自分が納得したいから、何かのせいにしたいだけ。
 
仕方がなくて殺した、と言わないと、心が崩壊してしまうから。
 
 
野生動物は、腹が減ったら、獲物を襲って、貪る。
 
奴らには、それが自然なこと。
 
 
人間だけが、面倒くさい。
 
 
よほどの理由があって、人を殺す。
 
正当防衛で、人を殺す。
 
恨みをはらすために、人を殺す。
 
ただ、殺したくなったから、人を殺す。
 
 
本能だろうか。
 
能力なんだろうか。
 
反射的な行動プログラムなんだろうか。
 
 
何かで封印されていたものが、突然、動き出すことがある。
 
俺は、自分の中で、そういうことが起きることの怖さを知っている。
 
俺が自殺を考えるのは、
 
殺人をしてしまう自分にブレーキをかけるための、最後の手段だと思うから。
 
(そこの領域は、前作「ハーモニー」で語られています)
 
 
 
人間の能力は、未知数。
 
この映画が切り込んだテーマは、相当奥が深い。
 
だから、永遠に、答えは出ない。
 
 
これを見て、何も感じない人は、幸せなんだろうと思う。
 
でも俺は、この作品に出会えてよかったと思う。
 
得体の知れない、正体不明のモヤモヤが、少し解消された気分だから。
 
 
 
他人事だと思えば、思考は停止。
 
自分のことだと思えば、過剰に反応。
 
 
人間ってやつは、何て難しい生き物なんだろう。
 
 
 
 
殺したかったから、殺した。
 
生きたかったから、生きた。
 
 
…さあ、自分なりの「理由」を考えましょう。
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2017-02-04

映画 「傷物語 Ⅲ 冷血篇」

テーマ:アニメ・特撮
何かを終わらせることによって、新しい何かが始まるのだ。
 
 
今年最初の映画は、娘と一緒に見ている、シリーズ3部作最終章。
 
なるほど、この後に「化物語」につながるわけだから、
 
「SW」のエピソード1~3みたいな位置づけですな。
 
 
相変わらず、駆け引きが面白い。
 
10代の頃って、ずっとこんなこと考えていたっけなあ、と思い出すような、
 
何だか、懐かしい気分になります。
 
 
こんなに深い会話ができる相手がいたら、きっと、生きるのが楽しい。
 
こんなに理解しようとしてくれる相手がいたら、きっと、生きがいを感じる。
 
こんなに気さくに話してくれる大人がいたら、きっと、考える力が育つ。
 
こんなに強い相手と戦えたら、生命力がアップしていく。
 
 
アララギ君が、羨ましいですねえ。
 
 
 
若い世代は、リアルタイムで自分の感性を共鳴させていると思うけど、
 
俺の世代は、やっぱり「デビルマン」を重ねてしまいます。
 
キスショットが翼を広げて飛行するシーンは、おお~っときましたね☆
 
 
 
生まれた理由はわからなくても、
 
生きるためには、目的とか、目標とか、意味が必要になる。
 
何の意味もなく生きるのは、やっぱり虚しいし、
 
何の役にも立たない自分を感じ続けるのは、生きる意欲を失ってしまう。
 
 
存在意義というのは、とても大切なのだ。
 
 
誰かに、必要とされる。
 
誰かの、役に立つ。
 
誰かが、自分の存在を肯定してくれる。
 
誰かが、自分のために戦ってくれる。
 
 
そして自分もまた、誰かのために、血を流して戦う。
 
誰かを生かすことが、自分を生かすことにもつながっていくのだ。
 
 
そんなことを、ずっと考えていた。
 
 
 
現実の世界では、
 
自分が伝えたいことは、なかなか相手に伝わらない。
 
相手を助けようと思っても、相手の望むような形にならない。
 
相手を理解しようと努力しても、とんちんかんな方向に歪んでしまう。
 
お互いの利益になると思って一緒に行動しても、どちらかが損をしてしまう。
 
いい会話ができたと自負していても、
 
いい仕事ができたと自分では思ったとしても、
 
相手は、必ずしもそうは感じていない。
 
 
それは、仕方のないこと。
 
社交辞令もあるし、思いやりもあるし、立場や体裁というものがあるから。
 
 
大人って、面倒くさい。
 
だけど、子供だって、面倒くさい。
 
思考力は、互角。
 
知識や経験は、乏しいかもしれないが、あふれる感受性がある。
 
 
大人と大人の、対話。
 
大人と子供の、対話。
 
子供と子供の、対話。
 
そして、思春期独特の感性を膨らませた、コアな対話。
 
同性間の、ぶつかり合い。
 
異性間の、探り合い。
 
 
自分とは異質な存在であればあるほど、刺激が強いのだ。
 
 
この世の者と、この世の者ではない誰か。
 
異世界の住人であるからこそ、この世の異質な側面がよく見えるのかも。
 
そういう者たちに、遠慮なく意見を言ってもらえるのは、面白いと思う。
 
 
 
傷つきたくないから、誰とも関係を持ちたくない。
 
そういう時も、ある。
 
無理なことを強いても、心身が破綻するだけだから。
 
 
しかし、心の針が、いったん外に向かうと、それは、止まらなくなる。
 
興味と関心が湧き、魅力を感じ、イマジネーションが膨らむ。
 
それは、抑えがたい衝動となり、行動へとかき立てられて行く。
 
 
気がついたら、走り出している。
 
それが、10代の、優れた感受性と瞬発力のなせる技。
 
 
自分の持っている能力は、もしかしたら、無限大かもしれない。
 
それを引き出してくれる誰かが、もしかしたら、傍にいるのかもしれない。
 
 
アンテナを、研ぎ澄ませ。
 
自分が求める「匂い」を発し続けている、パートナーを探せ。
 
きっと相手も、そういう誰かを探し続けているはずだから。
 
 
 
ろくなことばかりしかない人生でも、
 
嫌な目にばかり遭っている人生でも、
 
いい出会いがなくて、騙されてばかりいる人生でも、
 
 
いつかは、終わりが来る。
 
それは、間違いなく、訪れる。
 
 
 
だから、嫌なことは、思い切って終わらせてしまおう。
 
耐え難い苦しみは、バサッと斬り捨ててしまおう。
 
背負いきれない荷物は、潔く降ろしてしまおう。
 
 
そして、自分の中の、本来戦うべき問題に、心を向けるのだ。
 
 
…そこからきっと、新しい何かが見えてくるはずだから。
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