FUJITA'S BAR
2016-12-12

映画 「聲の形」

テーマ:アニメ・特撮

心の声は、心に響いてくるもの。 …深く静かに、耳を澄ませ。

 

 

新潟でもようやく公開されたので、家族3人で、映画館に行きました。

 

この映画、なかなか手強いですね~

 

 

京都アニメーション制作だから、

 

「けいおん!」「日常」みたいなユルい系かと思ったら、

 

いやはや、これはかなり、ハードな作品ですな。

 

「君の名は。」とも、「この世界の片隅に」とも、明らかに違う。

 

 

今現在、生きている人間たちの、心の内側を鋭くえぐる力作と言えるでしょう。

 

 

本作の主人公は、聾唖の少女。

 

「ザ・トライブ」「FAKE」「LISTEN」を見ていたので、

 

これも見とこうかな、くらいの軽い気持ちで行ったのですが、

 

開始早々、座り直しました。

 

 

 

小学校6年生のクラスに、障害者の女の子が転向して来ます。

 

彼女は、筆談ノートで、コミュニケーションを取ろうとします。

 

最初は、物珍しさと興味深さで、それなりに親切にしてもらえたんですが、

 

だんだん、ウザがられるようになり、いじめが始まってしまいます…

 

 

いじめをテーマにした作品は、無数に存在しますが、

 

これは、物凄く「リアル」です。

 

登場人物が、みんな何かしら、心の闇を抱えていて、

 

誰に感情移入していいやら、混乱しっぱなしでした。

 

 

あいつはひどい、とか、あいつが悪い、とか、

 

誰かを否定した途端に、自分自身も“嫌な奴”になってしまいそう。

 

 

俺が個人的にムカついたキャラが2人ほどいたんですが、

 

もしかすると、俺自身が、そういう部分を持っているのかもしれません。

 

 

自分は、誰かを否定できるほど、優れた人間じゃない。

 

誰かを否定した言葉は、ブーメランのように、自分に突き刺さる。

 

その「無限の痛み」を知っている人であればあるほど、

 

この映画は、正視できない場面の連続かもしれないですね。

 

 

人間なんて、一皮むけば、ドロドロの、グチョグチョ。

 

どんなイケメンであろうが、美人であろうが、関係ない。

 

表情。

 

声色。

 

仕草。

 

言動と、行動に、「全て」が表れるものなのです。

 

 

ああ、コワい。

 

 

アニメ―ションだからこそ、繊細な表現ができる。

 

アメリカは、CGアニメの最先端かもしれませんが、

 

日本は、別の次元での、深い領域の最先端にいるんだと俺は思います。

 

 

さあ、この映画、見るなら、相当の覚悟をした方がいいでしょう。

 

イライラしますよ~

 

ムカつきますよ~

 

心が、痛みますよ~

 

忘れていたトラウマが、蘇りますよ~

 

 

でも、

 

でも、

 

ちゃんと、見なくちゃ。

 

 

自分の、一番醜い部分と、しっかり向き合わなくちゃ。

 

そこから、目を背けたら、前には進めないから。

 

 

本作は、大人も子供も「対等」に扱っている、稀有な物語だと思います。

 

いじめに苦しんだ人ほど、この映画を見て欲しい。

 

 

 

人は、理解できないものに出会うと、モヤモヤする。

 

モヤモヤは、イライラに変わり、

 

悪ふざけが始まり、

 

それは、意地悪に変わる。

 

相手が無抵抗だと、味をしめて、いじめに発展していく。

 

 

誰もが、いじめは悪いことだと知っているはずなんだけど、

 

いざ、自分がその領域に入ると、途端に豹変してしまう。

 

リスクをおかしてまで、誰かを助けようとする人は、ほとんどいない。

 

俺の経験上、まぎれもない事実なんです。

 

 

子供の世界も、大人の世界も、そんなに変わらない。

 

俺は、職場いじめの現場に出くわして、耐えられなくて、

 

助けようとして、かえって「権力者たち」に睨まれ、

 

ボロボロになって、解雇されました。

 

 

でも、後悔はしていない。

 

自分ができることを、自分のやり方で実行した。

 

その気持ちに嘘偽りがないからこそ、今、こうして生きていられる。

 

 

しかし、

 

俺がしたことは、相手にとっては「ただの迷惑」だったのかもしれない。

 

俺の自己満足で、自己陶酔で、自己中心だったのかもしれない。

 

それは、今となっては、誰にもわからない。

 

 

映画「知らない、ふたり」での、贖罪の意識に通じるところがある。

 

映画「リリイ・シュシュのすべて」の、無邪気な残虐性に通じるところがある。

 

 

よくも悪くも、

 

人間は、醜く、美しい生き物なのだ。

 

 

 

人の話を、ちゃんと聞かない人。

 

人の話を、ちゃんと聞こうとする人。

 

人の話を、鵜呑みにする人。

 

人の話を、聞いたつもりになっている人。

 

 

人の気持ちが、わからない人。

 

人の気持ちを、わかったつもりになっている人。

 

 

冗談が、通じない人。

 

トラウマを抱えて、苦しみの中で生きている人。

 

 

誰かに言って、うまくいった言葉を、万能だと信じ、

 

誰にでも、おんなじことを言う、おめでたい人。

 

 

それを言っちゃあ、おしめえよ、という言葉を、平気で言える人。

 

みんなが言えないことを、バシッと言える人。

 

 

発言も、

 

行動も、

 

リスクが伴うもの。

 

 

勇気。

 

覚悟。

 

はずみ。

 

成り行き。

 

気がついたら、言っちゃってた。

 

 

動機が真っ直ぐであればあるほど、

 

伝わらなかった時の悔しさは、耐え難いものだと思う。

 

 

この映画の、本当のテーマは、

 

「伝える」ということの大切さなのかもしれない。

 

 

愛情も、友情も、伝わらなければ、意味がない。

 

これは、俺がずっと、言い続けたこと。

 

 

伝えたいのに、伝わらない。

 

伝えるつもりはないのに、伝わってしまう。

 

理解したいのに、理解できない。

 

理解してもらいたいのに、理解してもらえない。

 

一番、理解して欲しい人に…

 

 

人が云う、と書いて、伝える、と読む。

 

 

だから、

 

だからこそ、

 

本当に伝わった時は、心の底から、嬉しくなるものなんです。

 

 

その喜びを、

 

一度でも、味わったことがあれば、

 

生きられる。

 

 

俺は、そう思います。

 

 

悩める思春期の人たちに、

 

若い人たちに、この映画を見てもらいたい。

 

 

伝えるために、大切なのは、何か。

 

この映画から、しっかりと学んで欲しい。

 

 

それを、語り継いでもらえたら、人の心は、決して死なない。

 

 

いい映画だと思います。

 

道徳の授業で、使ってもらいたいような、優れた教材です。

 

 

映画館で見るチャンスがある人は、お早めに。

 

 

ああ、俺も、伝え方が下手な人間だから、身にしみます。

 

面倒だけど、そこが、人間の面白いところ。

 

 

今年は、アニメが大豊作。

 

やっぱり、日本人に生まれてよかったなあ、って思います。

 

 

伝え方は、技術である。

 

技は、磨かれてこそ、輝きを放つ。

 

話し方でも、文章力でも、手話でも、表情や仕草でも、

 

自分の得意な部分を、鍛えればよろしい。

 

 

…伝え方のプロになることが、大人になるための、第一歩!

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2016-12-09

映画 「聖の青春」

テーマ:邦画

選択して、実行に移すのは、あくまでも、自分自身である。

 

 

伝説の棋士、村山聖(さとし)の物語。

 

当初、松山ケンイチが演じると聞いて、ええ~っとなったんですが、

 

彼は、この役のために20キロ増量して、気迫の演技を披露しました。

 

 

俺は個人的に、“難病もの”というのは好きじゃないんですが、

 

将棋に挑むストイックな男の生き様を、この目で見たくなりました。

 

 

新潟ではすでにレイトショーがなく、家から車で1時間以上かかるところでしか

 

上映していないということもあって、一時は断念しかけたのですが、

 

奇跡的に仕事が早く終わって、夜7時の回、何とか間に合いました。

 

 

 

本作は、将棋がわからない人でも楽しめるようになっています。

 

その辺は、NHKで放映中のアニメ「三月のライオン」とおんなじですね。

 

(ちなみに、このアニメに登場する二階堂くんのモデルは、村山だそうな)

 

 

子供の頃から難病を抱えて生きて来た男にとって、

 

人生の“持ち時間”は、極めて少ない。

 

 

彼の、将棋にかける情熱と、命をかけて、体を張って指す姿を、よく見ておいて下さい。

 

 

 

以前にもお話ししたかもしれませんが、俺は、高校の時、将棋部の部長でした。

 

(まあ、だまされて部長にされてしまったので、棋力は中の下ですが)

 

俺にとって、将棋のイメージは、「真剣勝負」です。

 

単なるゲームではなく、一対一の、精神の格闘技。

 

 

かわりばんこに一手ずつ指していくのですが、

 

相手がどう指すのかを予測して、戦法を立てないといけないので、

 

無数の指し手から、たった一つを選び出すのが、非常に難しい。

 

俺みたいに、心がふらふらしている不安定な男には、

 

ものすごいプレッシャーになるんですね。

 

 

「自分の中で、迷子になってしまう」

 

これは、「B型自分の説明書」の名文ですが、まさにその通り。

 

俺はいつの間にか、将棋を指すのが怖くなってしまいました。

 

ずっと続けていれば、それなりの棋力がついたのかもしれませんが、

 

俺には、ハードルが高い領域だと思いました。

 

 

映画の村山は、「生きるか死ぬか」という領域で、戦っています。

 

もちろん、プロ棋士や、奨励会の会員は、そういう世界で生きています。

 

日々、指し手を研究し、強くなるための努力を惜しみません。

 

 

でも、根底にあるのは、面白いから、好きだから、というのが必ずあると思うんです。

 

好きな世界で、好きなことをやって、生きて行く。

 

これほど、素晴らしく、やりがいのあることはないでしょう。

 

だからこそ、つらいことがあっても、乗り越えていけるのではないかと。

 

 

俺がまず、注目したのは、駒さばきと、駒音。

 

これは、静かな劇場で見た方が、絶対にいいはずだ、と。

 

チェスクロックの音が、かなりうるさくて、おいおい、と思いましたが、

 

DVDで見たらきっと、ちょうどいいのかも。

 

(映画館で聴くと、そろばん学校みたいで笑えました)

 

 

 

最近は、機械が人間に勝ったとか、どうでもいいことが報じられていますが、

 

俺は、人同士の、ぬくもりが感じられる勝負の方が好きです。

 

棋譜(指し手の記録)をデータ化して、効率よく研究するのもいいですが、

 

相手がどんな心理状態で、どういう気持ちで指したのが、

 

そっちの方が、俺は興味深いと思うんですね。

 

 

指し方の微妙な変化、駒の持ち方、打ち方、打つ時の力、手の離し方など、

 

あらゆる要素が総合されてこその、一手であるからこそ、深いのです。

 

 

勝負手をビシッと指し、ジロリと相手を睨む時の、ゾクゾク感。

 

秒読みに追われて、慌てて指した時の、ドキドキ感。

 

何気なく指した、絶妙な一手を指した時、あるいは指された時の、ニヤリ感。

 

 

特に、中盤の、「7五飛」の場面での絶妙な指し方、いいですね~

 

将棋の醍醐味は、人同士の精神のぶつかり合いである、とつくづく思います。

 

 

「三手一組」は、将棋の考え方の基本。

 

①こう行く。 ②こう来る。 ③そこで、こう指す。

 

それって、普段の人とのやり取りで、自然にやっていることですよね。

 

今日は、彼とこういう話をしよう、なんて色々準備して臨んでも、

 

その時の相手の反応次第で、話す内容なんて、どんどん変わっちゃう。

 

人と話すことがストレスになるのには、実に深い理由があるものなんですよね。

 

 

 

映画の村山は、人とコミュニケーションを取るのが、どうも苦手のように見えます。

 

だからこそ、周りの人たちの個性が、際立ってくるんですね。

 

彼の師匠を演じるのは、リリー・フランキー。

 

いい師匠だなあ、と個人的に思いました。

 

将棋会館で出会う、脇役たちも、味があっていい。

 

“ニセ変態仮面”安田顕と、柄本時生の2人は、特によかったですね。

 

個人的には、古本屋の女の子とのやり取りが、とても微笑ましい。

 

(「変身」の、玉木宏と、文房具屋の蒼井優よりもぎこちなくて)

 

 

 

そして、羽生善治を演じるのは、東出昌大。

 

髪にほんのり寝ぐせがあったり、飄々と話すところが、実に面白い。

 

クールな羽生と、熱い村山との組み合わせは、人間的にも絶対面白い。

 

 

村山は、気難しい表情を見せることが多いですが、

 

基本、自分の気持ちに素直なんだと思います。

 

誰もが言えないことをズバッと言ったり、

 

相手を怒らせたとしても、自分が感じたことを、グサリと心に突き刺します。

 

 

彼には、時間がないから。

 

そのうちにあとで、なんていう余裕がないから。

 

自分の貴重な時間を割いても、誰かに本音をぶつけずにはいられないのは、

 

彼もまた、人恋しい、ひとりの人間であるから。

 

 

そんな村山も、敬愛する羽生に対してだけは、言葉遣いが違う。

 

勝負を離れた時の二人は、オンオフがきちんと切り替えられていて、

 

さすがは、プロ棋士だなあと思いました。

 

彼らのやり取りは、名場面がいっぱいです。

 

 

思い出すのは、映画「ピンポン」での、窪塚洋介と中村獅童。

 

天才同士でなければ、到達できない、神の領域。

 

ああ、きっと、この瞬間のために、今までの人生があったのかもしれない。

 

村山と羽生の熱戦も、きっと、二人にしかわからない、何かがあったのでしょう。

 

 

松山ケンイチという名前を覚えたのは、「デスノート」からでした。

 

その後、「神童」「人のセックスを笑うな」「デトロイト・メタルシティ」

 

「ノルウェイの森」など、人から振り回される方も、振り回す方も、

 

両方演じられる、面白い役者だなあと思うようになりました。

 

彼は、将棋が趣味だそうで、なるほど、村山とLは、共通点がありそう。

 

物事を深読みする眼光の鋭さは、彼の持ち味ですね。

 

 

そして、主題歌は、秦基博。

 

「アポロンの坂道」「言ノ葉の庭」に加えて、切ない青春映画にはピッタリですね。

 

本作は、やっぱり、青春映画だと俺は思うから。

 

持ち時間がもっとあれば、彼はきっと、素敵な恋ができたでしょう。

 

だって、“アレ”を読むのが好きだったんだから(笑)

 

 

 

 

 

生きることは、選択の連続である。

 

色んな手が浮かぶから、迷いが生じる。

 

時間内に、選んで決めていく。

 

常識だから、そうすることもあるし、直観で、決めることもある。

 

不幸な出来事をたくさん経験すればするほど、

 

物事を、より深く考えるようになるのだろうか。

 

 

あまり、考えない人。

 

できれば、考えたくない人。

 

考えるのが、好きな人。

 

考えずには、いられない人。

 

 

予想外の状況に出くわすと、心が混乱する。

 

頭の中で、心の奥で、過去の記憶と照合し、行動するための候補を探す。

 

三手一組で、綿密にシミュレートしていく。

 

成功しても、失敗しても、その「経験」を積んだことで、「人間力」はアップするのだ。

 

 

 

朝目が覚めて、起き上がる。 着替える。 ごはんを食べる。

 

どちらの足から動き出すか。 どちらの腕を先に、シャツに通すか。

 

味噌汁が先か。ごはんが先か。まず、梅干しを頬張るか。

 

車の運転。道順。買い物の内容。人との会話。休憩時間に何をするか。

 

 

毎日、誰もが、無意識のうちに、全部自分で選んで決めて、行動している。

 

誰かに言われてやったことでも、それを選択したのは、あくまでも自分なのである。

 

 

将棋は、待ったなし。

 

一度指してしまった手は、なかったことにはできない。

 

だからこそ、真剣に悩み、命をかけて勝負するのだ。

 

指した後は、すぐに次の手を考える。

 

いちいち、振り返って、後悔ばかりしていては、何も始まらない。

 

 

村山聖は、「寿命」という、「見えない制限時間」の中で、

 

常に、「秒読みの戦い」を強いられてきた。

 

そこに、彼の「強さ」の根源がある。

 

 

本気で戦うからこそ、

 

本気で悔しがるからこそ、

 

本気で人とぶつかるからこそ、

 

見えてくるものが、きっとある。

 

 

…自分にしかできない、オリジナルの生き方で、勝負せよ!

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2016-12-06

映画 「永い言い訳」

テーマ:邦画

心の中を吐き出せる相手がいる人は、幸いである。

 

 

退院しても、一週間は禁酒禁煙なので、飲み屋もカフェもしばらくお預け。

 

休みの前の夜に、飲みに行けないのは、ストレスになっちゃうので、

 

こういう時は、やっぱりレイトショーに行くのが一番ですな。

 

 

入院前に見たかったもう1つの映画が、どうやら人気がないらしく、

 

すでにレイトショーがなくなっていたので、この映画を選びました。

 

 

西川美和監督の映画を初めて見たのは、「ゆれる」でした。

 

その後、「夢売るふたり」を見たので、本作で俺は3本目になります。

 

 

 

仲良しの女性2人が、バス事故で急死してしまう。

 

遺族となった2つの家庭の、2人の男を中心とする物語です。

 

 

主人公は、作家でタレントの男。演じるのは、本木雅弘。

 

何ともいえない、くたびれ感がいいですなあ。

 

「226」の、苦悩する演技と、「GONIN」のナイーブな演技、

 

「べっぴんの町」の、中途半端なヤクザ役も、青くさくてよかった。

 

「おくりびと」はもちろん、最近演じた昭和天皇も、素晴らしかった。

 

 

でも、本作の彼は、一番、「彼らしさ」が出ているかもしれません。

 

 

以前に、インタビューで、確か、こう言っていたと記憶しています。

 

『…自分は、コンプレックスのかたまりなんです。』

 

それは、彼の演技の、繊細な部分に、しっかりと際立っていると思う。

 

 

苦悩する役柄が、とても板についている。

 

頭の中は、あらゆる思考で、常にグルグル回っており、

 

心の中は、あらゆる感情が、常に渦巻いている状態。

 

冒頭の、髪を切る場面から、それはすでに始まっている。

 

 

言葉を慎重に選んで、静かに、たんたんと、少しずつ、相手にぶつけていく。

 

イライラは伝染するので、相手に増幅して伝わり、うんざりさせてしまう。

 

それがわかっているのに、言ったところで、どうにもならないのに、

 

言わずにはいられないし、怒りを止められない。

 

小さな小競り合いは、一見、静かなようであるが、

 

スタンガンを突き付けられたように、鋭く熱い痛みが、瞬間的に襲う。

 

 

この夫婦は、ギリギリのところにいる。

 

 

そして、事故が起きた時、彼が何をしていたか。

 

まるで、三浦綾子の「氷点」である。

 

狙ったのかもしれないが、罪の意識というのは、根が深い性質のものであるから、

 

自分のせいじゃないのに、自分のせいに感じてしまう心理が、どうしても働く。

 

 

自殺ではない。

 

事故死である。

 

しかも、それらは、予期せぬ時に、ふいに起きてしまうのである。

 

 

主人公夫婦には、子供がいなかった。

 

何故いないのかは、映画を見ればわかるので、ここでは省略。

 

 

 

もう一方の家族は、両親と、2人の子供がいた。

 

トラック運転手の父親と、子育てに忙しい母親。

 

父親は、子供たちと、今までまともに向き合ってこなかった。

 

みかけは不愛想な感じがするけど、話し方は、実にやわらかい。

 

そのギャップに、話しやすさと話しにくさが同居している感じがする。

 

演じるのは、竹原ピストル。

 

この兄ちゃん、面白いですね。

 

 

彼もまた、ギリギリのところで、踏ん張っている男。

 

 

遺族の集まりで、もともと同級生だった2人は、急速に親しくなる。

 

主人公は、子供がいる生活に新鮮味を感じ、

 

トラック業務で家を留守にする父親のために、週2で、彼の家へ行く。

 

家事なんてまともにやったことがないような男が、

 

とまどいながらも、2人の子供たちと行動を共にする。

 

 

こう言うと、TVドラマでよくあるネタのように思えますが、

 

実は、ここからが、西川監督の真骨頂。

 

うまくおさまるようで、きれいにはいきません。

 

 

彼女の感性の深さは、素晴らしいと思う。

 

 

人同士というのは、親密になればなるほど、ぶつかりやすくなる。

 

お互いの気持ちいい距離感が、わからなくなるのである。

 

 

それは、大人でも、子供でも、男でも、女でも、同じこと。

 

理解してもらうと、もっと理解してもらいたくなる。

 

うまくいくと、もっとうまくいかないと気が済まなくなる。

 

 

人の心は、いつも同じじゃない。

 

昨日言ったことが、今日は180度変わることだってある。

 

 

それは、生きているという証拠。

 

 

いつも同じで、同じ環境で、同じことを繰り返していると、

 

自分の立ち位置が、ぼんやりとしていく。

 

 

不安な人ほど、安心を求めるが、それは、はっきり言って、不可能。

 

 

普段、我慢や辛抱をしているから、大事な席で、失態をしてしまう。

 

 

しかし、そうせずにはいられない「何か」があるのだ。

 

 

 

作家という仕事は、表現せずにはいられない人に向いていると思う。

 

才能というのは、心に湧き上がってくるイメージが常にあって、

 

それを、人に伝える形で出力していく技術を伴った能力。

 

 

だから、押し黙っているよりは、どんどん出力した方が、

 

新鮮な発想が、次々と浮かんでいくんだと思う。

 

 

トラック運転手の父親も、子供たちも、静かに、我慢をしている。

 

彼らなりの、ギリギリのところで、踏ん張っている。

 

 

それが、些細なきっかけで、ポロポロと出てくるのだ。

 

そこが、痛々しくもあり、親しみを感じるポイントでもある。

 

 

登場人物のひとりひとりが、いっぱいいっぱいのところで生きている。

 

 

まるで、自分を見ているようだった。

 

 

それは、「感情移入」と言ったチャラチャラした性質のものではなく、

 

あまりにも生々しくて、自分の弱さや怖さや醜さを、突き付けられた気分になる。

 

彼らが言い放った言葉に賛同する自分と、

 

それを言われてしまった方は、つらいだろうな、と思う自分。

 

 

傷つけたくないし、自分も傷つきたくないから、

 

人との距離は、どんどん遠くなっていく。

 

傷つかない代償として、ぬくもりも遠ざかっていく。

 

 

それで、よければ、それもよし。

 

でも、それでは、ダメな人もいるのだ。

 

 

甘え、だろうか。

 

思いやり、だろうか。

 

気遣い、だろうか。

 

 

図々しい、だろうか。

 

言い過ぎ、だろうか。

 

言わなくてもいいこと、だろうか。

 

 

 

父親たち2人のバランスが、とてもいい。

 

そして、子役たちの演技が、素晴らしい。

 

 

心を病んだ人たちは、

 

追い詰められた人たちは、

 

ギリギリで生きている人たちは、

 

危うい状態で、かろうじて正気を保っているだけなのである。

 

 

手嶌葵の歌が、絶妙なタイミングで流れます。

 

彼女の清楚な歌声は、聴く者の心を、素直にしていく力があると思う。

 

 

マシンガンのようにしゃべる人ほど、

 

自分が本当に言いたい言葉を、伝えていないのかもしれない。

 

黙ってニコニコして、親身に聞いてくれていると思った人ほど、

 

こちらの話を、ちゃんと聞いていないかもしれない。

 

 

一見、成立しているようで、すでに崩壊している関係。

 

一見、理解し合っているようで、何も通じ合っていない関係。

 

一見、伝わっているようで、全然かみ合っていない関係。

 

 

誤解と、偏見。

 

いたずらと、意地悪。

 

冗談と、憎悪。

 

褒め言葉と、嫉妬心。

 

あきらめと、無関心。

 

 

ああ、この映画には、ドス黒いものが、渦巻いています。

 

「淵に立つ」もすごかったけど、本作もすごい。

 

目に見えない、心の葛藤って、表現するのが難しい。

 

124分が、あっという間でした。

 

 

 

信頼を失うと、取り戻すのに時間がかかるというけど、

 

もともと信頼されていなかったら、崩壊するのは早い。

 

逆に、壊そうと思えば思うほど、驚異の修復力で再生する関係もある。

 

 

人同士の関係って、複雑で単純で、面白いもんですね。

 

 

何もかも失ったと思った時ほど、新たな出会いがあるもの。

 

普段は見えなかったものが、見えてくるもの。

 

その出会いを生かすか殺すかは、自分で決めていい。

 

 

「ブレない自分」を構築するなんて、もともと俺には無理だから。

 

「不安定で、どうしようもない自分」を肯定するところからしか、始まらないから。

 

 

悩んでいる人に、不安でどうしようもない人に、

 

追い詰められている人に、この映画を見て欲しい。

 

 

そして、話を聞いてくれる人たちの中に、

 

自分から離れないでいてくれる人の気持ちを、想像して欲しい。

 

 

 

 

…自分の心の中にある「淀んだもの」の正体が、見えてくるから。

 

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2016-12-06

U-NOTE Ⅱ 「入院生活レポート その4(完結)」

テーマ:ケガ・病気

4日目の朝、待望の便が出ました。

 

色は問題なく、出血もありませんでした。

 

 

朝食を取ったら、会計が出るまでベッドで待機して、呼ばれたら退院。

 

お~ やっと、ここまで来た~

 

よくがんばった、自分。 

 

 

病室の人たちとは、直接話をすることもありませんでしたが、

 

声の感じとか、話している内容で、キャラはつかんでいます。

 

顔もろくに見ていないけど、うるさいなあと思う人もいたけど、

 

今日でお別れかと思うと、ちょっぴり寂しい気分になっちゃうもんですね。

 

 

さあて、退院の準備をしよう。

 

 

着替えをして、布団とパジャマを畳んで、荷物をまとめて、

 

自販機に最後の紅茶を買いに行って、(今度はストレートティー)

 

本を読みながら、待つこと一時間半。

 

 

看護師が、会計が出たので、1階の窓口に行って下さい、と。

 

お世話になりました、と一礼して、エレベーターの前へ。

 

 

きっと、あのベッドには、すぐにでも新しい人が入るんだろうな。

 

あの大声ジイさんの真ん前で、耐えられる人だといいけど…なんて。

 

 

つい、数か月前は、近づくこともできなかった、この病院。

 

前を通るだけで、動悸が激しくなり、吐き気と眩暈がした、悪夢のスポット。

 

まさか、そこに4日も入院することになるなんて。不思議だなあ。

 

 

お袋の幽霊は、ついに現れませんでした。

 

もしかしたら、出たんだけど、わからなかったのかもしれない。

 

まあ、そうせ俺には、用事はないと思うから、

 

出るんだったら、親父と兄貴の方だろうな。

 

あっちには、未練があるかもしれないから。

 

でも、できることなら、あの世で楽しくやって欲しい。

 

あんなクソ親父や、バカ兄貴のことは、さっさと 忘れてしまえばいい。

 

 

お袋は、入院してから死ぬまでが短かったので、

 

それはある意味、幸運だったのかもしれない。

 

長くいればいるほど、人の心や、視線や、ものさしは、歪んでしまうから。

 

 

俺は、軽症なので、すぐに退院できたけど、

 

世の中には、俺の1億倍以上もの苦痛に耐えている人たちがいます。

 

その人が、理解ある家族に囲まれているなら、幸せだろうと思います。

 

俺がいた病室の6人は、毎日、誰かが見舞いに来ていたから。

 

 

俺みたいなどうしようもない人間でも、見舞いに来てくれる人がいた。

 

それが、ただ、嬉しかった。

 

 

 

午前中で帰れるなら、昼飯の心配をしないといけないんですが、

 

娘がテスト期間で早く帰ってくるので、妻が何か頼んでおいたらしい。

 

 

玄関から外に出て、冷たい空気を静かに深く吸い込んで、

 

俺は、タクシーに乗り込みました。 (END)

 

 

 

 

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2016-12-06

U-NOTE Ⅱ 「入院生活レポート その3」

テーマ:ケガ・病気

さて、3日目は、経過観察。

 

この日一日問題がなければ、翌日には退院できるとのこと。

 

 

もし、痛みや出血があったら、すぐに知らせて下さい、と。

 

自覚症状的には、問題ないみたいです。

 

 

その日は、看護師さんたちが特に忙しかったらしく、

 

俺のそこらじゅうでナースコールが響きわたり、

 

彼女たちの駆け回る音が聞こえっぱなしでした。

 

俺の点滴なんか、かなり後回しにされちゃってる感じですな。

 

それでも、なくなったら呼ばないといけないので、一応押しますが。

 

 

うめき声と、夫婦喧嘩と、マシンボイス、ジイさんのデカい声に加えて、

 

おもらししてベッドを汚して、シーツ取り換え作業が、3回ほど。

 

それは、ひとりではできないみたいで、2~3人が手際よくこなす。

 

 

点滴の針から出血したとか、また引き抜いたとか、バタバタしている時に、

 

お~い看護婦さん、お茶は何時に出るの、とか、どうでもいいよ、ジイさん!

 

 

俺は、小説を読みながら、違う物語を耳で聴いているような気分でした。

 

 

お昼から、待望の食事再開です。

 

三分がゆが、うめえ。

 

味のある食材が、何でもおいしく感じられます。

 

よく噛んで、味わって、いただきました。

 

 

俺は、20代の時に、水だけで一週間断食した経験がありますが、

 

なかなか記事にする機会がなく、こういう時に話そうかと思ったんですが、

 

読者の中には、1ヶ月近く食べられなかった人なんかもいて、

 

そういう「自慢」をされると、なかなか書きにくいから、今回も割愛します。

 

 

でも、今回の体験も、食事のありがたさが心に刻まれました。

 

この部屋にいる人たちは、みんな、正常に食事ができない人ばかり。

 

食事が運ばれてくる人と、一切運ばれてこない人もいる。

 

さっさと食べてすぐにひっくり返る人と、なかなか食が進まない人…

 

 

お袋も、自力で食事ができなくなってからは、ミイラのように急激に衰弱しました。

 

豚も人間も、自分の体力や免疫力には、個人差がある。

 

 

先日、過労死で自殺した若い女性のニュースが話題になったけど、

 

『…そのくらいの残業時間で死ぬなんて』という言葉を吐いた人がいたらしい。

 

俺も、通勤時間が長い会社で夜中まで連日残業して、倒れたことがあったけど、

 

大変さと深刻さは、仕事の内容によっても、本人の根つめ度によっても、まるで違う。

 

自分の方が楽だとか、自分の方が苦労しているとか、

 

「自分のものさし」のみを基準にしていると、物事が歪んで見えるし、

 

人の気持ちを理解するなんて、一生できない。

 

 

俺は、たった数日間一緒ににいた彼らから、多くのことを学んでいます。

 

 

 

 

夕方近くになって、社長が見舞いに来てくれました。

 

ありがたいですねえ、忙しいのに。

 

来週の出荷のスケジュールとか、豚の様子とか、教えてもらって、

 

外は風が冷たくて寒い、ということを初めて知りました。

 

院内にいると、外の様子が全くわからないんですよね。

 

ここは、暑い、と言ってました。

 

 

中にいると、温度変化に気づく感覚が、変わります。

 

俺は、病院が貸してくれるパジャマ(1日60円)を着ていて、

 

持参したカーディガンを、はおったり脱いだりして、調整。

 

この部屋にいる人たちも、暑いと言う人がいれば、寒いという人もいる。

 

右奥のボスは、もうかなりの期間、食べていないから、寒いんでしょうね。

 

 

自分がそうだから、人もおんなじだと思うのは、子供の発想。

 

違いを理解し、他者との適切な距離を、心と体で覚えるようになってこそ、

 

真の社会性が身に付き、飲み屋のカウンターでひとり飲みができる資格を得るのだ。

 

 

 

そんなことを考えていたら、夕食前くらいの時間に、

 

看護師が、退院後の生活について指導に来ました。

 

退院後、3日間は、刺激の少ないものを食べること。

 

退院後、一週間は、禁酒禁煙であること。

 

それは、プリントに記入されていたので、俺も承知していました。

 

 

しかし、飲み物のことで、ちょっとしたトラブルが。

 

「手術後、飲んでいいのは、水かお茶」と書いてあったので、

 

俺は、お茶はどんなお茶でもいいんですか、って聞くと、

 

緑茶も紅茶もカフェインが入っているので、麦茶か番茶にして 下さい、「と。

 

 

え~っ、俺、もう紅茶飲んでましたけど。

 

他の看護師さんは、レモンティーよりはミルクティーの方がいい、なんて人も。

 

この看護師さんは、かなり考えが厳しいらしい。

 

退院後は、3日間、激しい運動をしないように、という記述を、

 

歩くのもよくない、なんて言うんです。

 

え~っ、歩かなかったら、生活できねえじゃん、この女、大丈夫か?

 

 

うつ持ちにとっては、してはいけないことをすることに、極度に敏感になるんです。

 

俺はすっかり、頭が混乱してしまいました。

 

 

その後、先生が巡回に来られ、自分の不安を言いました。

 

彼女が言うには、

 

『…看護師によっても、考え方が色々あるので…

 

 でも、ここまできたら、もう基本、何を飲んでも大丈夫ですよ。

 

 そこまで心配しなくても大丈夫ですから、問題ないです。』

 

 

…なあんだ、よかった。

 

 

さっきのクソ女に言われてから、飲んだミルクティーが胃にもたれたような、

 

とりかえしのつかない事態になってしまった感覚になっていたから、

 

先生の言葉で、やっと胸をなでおろすことができました。

 

 

夕食が終わる頃、妻が見舞いに来たので、その話をすると、笑ってました。

 

 

食後に、もう1本ミルクティーを自販機に買いに行って、

 

チビチビ飲みながら、消灯時間まで、本をひたすら読みました。

 

 

まだ、便は出ませんが、ガスがちょっとずつ出ています。

 

 

今宵も、賑やかで騒がしい夜になるでしょう。

 

 

食って、飲んで、寝て、文句言って、心配して、笑って、怒って、悩んで…

 

人間というのは、そういう生き物なんでしょう。

 

 

 

こんなにうるさいと、お袋の幽霊も出るヒマがありませんな。 (つづく)

 

 

 

 

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2016-12-06

U-NOTE Ⅱ 「入院生活レポート その2」

テーマ:ケガ・病気

さて、二日目。

 

いよいよ、手術の日です。

 

 

その日は、朝から絶食。

 

前の夜から下剤を飲んで、当日も2リットルの下剤を飲む。

 

これが、妙に甘ったるい味がして、何だか気持ち悪いシロモノなんですよね。

 

2時間くらいかけて、少しずつ飲んで、お腹をマッサージしながら、

 

軽く歩いたり、足踏みしたり。

 

面倒くさいので、5階から1階まで、階段で上り下りしちゃいました。

 

往復すると、ちょうどもよおしてきて、トイレに直行。

 

ほとんど水状になって、便の残りカスがなくなったら、

 

看護師を読んで、目視で確認してもらいます。

 

お昼過ぎに、GOサインが出ました。

 

 

一日に、2人まで手術できるらしく、俺は2人目に予約していたんですが、

 

俺の方が先に手術してもらえることになりました。

 

う~む、薬の効きがいいのかなあ。

 

 

さて、お尻が開いた例のズボンにはきかえて、いざ、処置室へ。

 

若くて微妙な美人の先生に、よろしくお願いします。

 

ところが、これから手術というタイミングで、先生が言うんですね。

 

 

『…桑畑さん、あのう、実は…』

 

ほほう、この期に及んで、愛の告白でもしようなんて…わけないか。

 

『実は、ポリープがもう1個あるんですが…』

 

ええっ、最初の話だと、肛門から近いところに、大きなのが1個あるだけ、って。

 

それが、今になって、もう1個あるなんて。

 

まさか、秘密にしていたわけでもなかろう。

 

もしかしたら、映像をチェックしてたら、新たに見つかったとか。

 

『…そっちの方は、まだ小さいので、経過観察にしてもいいんですが、

 

 せっかく入院なさったので、一緒に切除することもできますが、どうしますか?』

 

そう言われて、いやあ、そっちはいいです、なんて言えないですよねえ。

 

『…はあ、じゃ、そっちの方も切っちゃってもらえますか。』、と俺は答えました。

 

『…わかりました。それであのう、かなり奥の方なんですよね。』

 

『…かなり奥ですか?』

 

『…はい、一番奥に近いあたりなんです。』

 

うっひゃ~ 近い場所だから、そんなに苦しくないだろうと、

 

タカをくくっていたんですが、これは、とんだことに。

 

でも、奥ってことは、胃に近いわけで、放置はよくないっしょ。

 

 

覚悟を決めて、手術に臨みました。

 

ぎゃあ~ 苦しい~

 

やっぱり、奥に行けば行くほど、曲がる時が苦しくて、

 

つい、腹に力が入ってしまう。

 

力を入れると、内視鏡カメラが押し戻されてしまうので、

 

看護師が腹を抑えて、ゆっくり、呼吸を誘導。

 

はあはあ、ふうふう。

 

う~ん、出産って、こんな感じなんだろうか。(違うって)

 

 

ポリープに到達したところで、画面見てもいいですよ、って言われて、

 

一応は顔を上げて見たんですが、何が何だか、よくわからない。

 

ウルトラセブン第31話「悪魔の住む花」の情景に似ているなあ。

 

宇宙細菌ダリーが出て来そうだなあ、なんて思いました。

 

輪っかになったワイヤーを、ポリープの根元にスポッと通して、

 

電気で切って、ホチキスみたいのガチンと留めているみたいなんですが、

 

この針は、傷が治ると自然に溶けて、便と一緒に出るらしい。

 

4回くらい、ガチンっていう音がしたかなあ。

 

 

手術そのものは、1時間足らずで終わったみたいです。

 

『…切除は、無事に終了しました。おつかれさまでした。』

 

着替えて、車椅子に乗せてもらって、病室へ戻ります。

 

 

運んでもらっている間、看護師さんと、軽い会話。

 

お袋がこの病院で死んだから、幽霊でないかなあ、なんて話すと、

 

『…えっ、桑畑さんって、見える人なんですか?』と食いつかれました。

 

『…実は私、1回だけ見たことがあるんですよ。男の子でした…』

 

すげえ、そういう話、大好き。教えてくれてありがとう、お姉さん!

 

 

手術後は、最低1時間、ベッドで安静にしていなければなりません。

 

その日は、トイレと洗面所以外は、歩いてはいけません。

 

のどが乾いたら、水かお茶を400ミリリットルまで。だそうです。

 

俺は、ちゃんと守りました。

 

 

ものが食えない俺の右隣に、おやつが運ばれて来ます。

 

はい、今日はプリンですよ~ って、いちいち言わなくていいよ。

 

いいなあ、俺、退院したら、カステラとプリン食おう。

 

 

安静にしていないといけない。

 

食事は、一切できない。

 

やっぱりこういう時は、読書が一番ですな。

 

 

夕方には、義父母と、娘と、妻が見舞いに来てくれました。

 

(俺の実家の親父には、知らせていません。当たり前のことですが)

 

20~30分ほど、俺のベッドの周りが少し賑やかになりましたが、

 

そこは、お互い様ですよね。

 

俺が元気そうだったのを見て安心して、皆さん帰りました。

 

 

絶食だけど、

 

睡眠導入剤と安定剤は、飲んでもOKなので、助かりました。

 

 

夜は夜で、ナースコールの嵐。

 

しかしまあ、病院ってところは、騒がしくて賑やかですなあ。

 

デカい声のジイさんの声が、一晩中響き渡る。

 

ナースコール押してもなかなか来ないと、

 

『…お~い、看護婦さ~ん!』と大声を出す。

 

すげえ、92歳になると、もう失うものなんてないから、最強ですな。

 

 

うめき声、トークマシンの音、点滴がはずれた、点滴を自分で引き抜いた、

 

点滴が終わった、点滴が落ちてこない、トイレの介助、お~い、看護婦さ~ん。

 

 

…どうやら、安眠は無理のようです。 (つづく)

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2016-12-06

U-NOTE Ⅱ 「入院生活レポート その1」

テーマ:ケガ・病気

退院後、3日連続で仕事して、今日はお休みです。

 

 

本来なら、毎日のことを連続して書こうかなと思ったんですが、

 

俺、携帯でブログやんねえし、後でさらっと書けばいいや、って。

 

 

でも、いざ書こうとすると、色々膨らんできちゃうんですよね。

 

せっかく入院したので、何回かに分けて、記録しておこうかと思います。

 

 

 

さて、11月29日から4日間入院したわけなんですが、

 

病院は、8月にお袋が他界した、KY病院。

 

入院中に、お袋の幽霊に出くわすかもしれない…というちょっとした期待。

 

 

5階の内科消化器科の病棟の、6人部屋に案内されました。

 

3人ずつ、2列に並んでいて、通路に足を向けて寝る格好。

 

俺は、病室に入って右側の真ん中のベッドでした。

 

ベッドの間は、試着室のような薄いカーテンで仕切られていて、

 

物音や会話は筒抜けですが、お互いの姿が見えないようになっています。

 

 

最初は、同室の皆さんに挨拶とかしないといけないのかな、と思ったのですが、

 

ほとんど全部が、カーテンを閉めてあります。

 

これは、プライバシーやら、パーソナルスペースってやつなのかも。

 

 

何だか俺、ネットカフェにいるような気分でした。

 

 

手術は翌日なので、一日目は、血液検査や血圧、体温測定や、

 

耳たぶを切って血が止まるまでの時間を測定するくらいで、他はやることなし。

 

携帯は、音を出さなければ使ってもいいらしいので、

 

主だった人たちにメールを送る以外は、ずっと本を読んでいました。

 

 

何しろ、食べ物がほとんどアウトなので、TVなんか見ても、

 

食べ物が出てくるだけで、ストレスになっちゃいそうだし、

 

静かに、本を読んでいるのが、一番いいと思ったのです。

 

 

しかし、しかし、しかし。

 

 

姿は見えないけど、周りの音は、ダイレクトに聞こえてくるので、

 

この病室にいる人たちがどんな事情を抱えているのが、少しずつわかってきます。

 

皆さんのプライバシーもあるので、最小限にしか書かないでおきますが、

 

ちょっとした、人間ウォッチング(いや、ヒアリングと言うべきか)をしてみました。

 

まずは、俺が最年少で、一番軽症であることは、間違いない。

 

 

そして、最高齢では、大正生まれの92歳のじいさんがいました。

 

俺の正面で、向かい側の真ん中のベッドの人。

 

この人、みかけは普通のじじいだけど、声がしっかりしていて、デカい。

 

そして、やたらにナースコールを押す。どうでもいい用事で。

 

たぶん、普段家にいると、世話を焼いてくれる人が身近にいるんだろうな、と。

 

しかし、なかなか誰も病院に来ないんですね(笑)

 

う~ん、かわいそうかなとも思いますが、あのキャラじゃなあ…

 

 

俺の両脇は、左が、ものを食べられない人で、

 

右が、ものを食いたいけど、お腹につかえる人。

 

左の老人は、ほとんど眠っていて、小さないびきをよくかいています。

 

たまに、奥さんらしき人が見舞いに来るけど、すごく穏やかな雰囲気。

 

きっと、仲むつまじい、品のある熟年カップルなんだろうな、と思う。

 

右の老人は、しょっちゅう、苦しそうなうめき声を上げています。

 

彼はたぶん、食べられたらどんどん食べた方がいい患者さんなんだろうな。

 

やたらと、おやつが運ばれてくるのが、うらやましい。

 

はい、今日はカステラですよ~なんて、看護師さんがわざわざ言うから、

 

ちくしょう、俺も食いたくなってくるじゃねえか。いいなあ、ちくしょう。

 

何せ、病院から出される食事以外は、口にしちゃいけません、なので。

 

 

それでも、両側の人が物静かだと、ありがたいもんですな。

 

 

で、向かって左前の人は、声帯を切除されたのか、機械を使って発声している様子。

 

毎日、老カップルが半日くらいずっと一緒にいるんですが、

 

この二人、ずっと口喧嘩しています。(たぶん、夫婦っぽい)

 

で、喧嘩の声がうるさくなると、マシン語でたしなめられているみたい(笑)

 

 

右前の人が、一番すごいと思いました。

 

最初は、飴をしゃぶっている音がずっと聞こえていて、不気味だったんですが、

 

彼の話し声は、実に明るい。

 

病状はかなり悪いらしく、入院歴はかなり長そう。

 

でも、ユーモアのある会話で、看護師さんたちを、いつも和ませている様子。

 

彼女たちがバタバタしている時は、ずっと静かにしているんですが、

 

一段落して、「遅れてゴメンなさいね」って、彼のところにやって来ると、

 

彼は、冗談を言って、彼女たちの気持ちをそっと和らげる。

 

名前とか、事情にも詳しくて、人気者のようです。

 

彼のところに来ると、みんな、愚痴をこぼしていくんです。

 

 

う~ん、すごい人だ。

 

もうかなりの長い間、食事を取っていなくて、検査続きで、

 

普通の人間だったら、イライラの塊りになっていそうなものなのに、

 

かえって、周りの人たちを、元気づけるポジションにいるようなんです。

 

普段は、TVをイヤホンつけて見ているから、

 

自分が飴をしゃぶる音には無頓着になっているのかな、なんて。

 

そこがまた、子供っぽくて、看護師さんたちの母性本能をくすぐるんでしょうね。

 

とにかく、人の心をつかむのがうまい。

 

それは、彼が意図したものではなく、自然にそうなった感じがします。

 

 

この部屋のボスは、間違いなく彼だ、と俺は思いました。

 

 

 

そんなわけで、こっち側は、静かな男たち。

 

向こう側は、賑やかな男たちという、変てこな構図で、入院生活が始まりました。

 

 

まるで、ネットカフェにいるみたいですね(笑)

 

 

 

手術を翌日に控えて、俺は、静かに、文庫本を読んで過ごしました。

 

夕方に、娘が見舞いに来てくれました。

 

まだ何も始まっていないから、とりあえず快適だよ、と言うと、すぐに帰りました。

 

 

消灯は、9時。早え~

 

真ん中のベッドは、小さい灯りもないので、本が読めん。

 

う~ん、電気スタンドを持ってきてもらおうかな、なんて。

 

 

でも、せっかくだから、今のうちに、充分休んでおこうと思います。 (つづく)

 

 

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2016-12-03

UNOTE-Ⅱ 「退院しました。」

テーマ:ケガ・病気

昨日、何とか退院できました。

 

今日から、仕事しています。

 

明日は、朝7時から出荷です。

 

詳細は、また後ほど。

 

とりあえず、ご報告。

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2016-11-28

映画 「この世界の片隅に」

テーマ:アニメ・特撮

人は、変わる。いい意味でも、悪い意味でも。

 

 

入院前に、どうしてももう1本見ておきたくて、

 

2本候補があったんですが、近くて開始時間が早いという点で、

 

こちらが勝っていたので、これを見ました。

 

 

原作は、こうの史代。

 

(映画「夕凪の街 桜の国」は、俺のブログでも紹介しています)

 

監督は、片渕須直。

 

(映画「マイマイ新子と千年の魔法」は、俺のブログでも紹介しています)

 

 

これは間違いなく、いいものができるに違いない!

 

そういう確信もあって、見に行かねばと思いました。

 

 

 

文部科学省特別選定とか言ってるけど、どうでもいい。

 

この映画は、クラウドファンディングで製作されたということに注目して欲しい。

 

文部科学省なんて、どうせうさんくさいんだから、そんな肩書がいらない。

 

 

人間という生き物を、真正面から捉えた、優れた作品であることは、間違いない。

 

 

 

のほほん、とした映画です。

 

主演は、のん。

 

誰だろうと思ったら、能年玲奈なんですね。

 

彼女の声がいいのか悪いのかは、俺ごときにはわかりませんが、

 

絵の力ですでに圧倒されてしまっているので、問題ないです。

 

 

穏やかで、優しい人…

 

そういう人が、ずっと「幸せな環境」で過ごせるほど、

 

世の中は、甘くありません。

 

ましてや、戦争中の広島、呉の物語ですから。

 

 

「マイマイ新子と千年の魔法」では、

 

前半ののほほんさがガラリと変わって、

 

主人公の少女が、ヤクザに殴り込みをかけるという、ハードな展開でした。

 

 

本作では、戦争が佳境に入ってくるにつれて、

 

衝撃的な、ヘビーな場面が次々と起こります。

 

それは、「火垂るの墓」ほど露骨な描写ではありませんが、

 

この、のほほんとした日常が破壊されていくという状況においては、

 

こちらの方が、ある意味、インパクトが大きいかもしれません。

 

 

片渕監督の手腕は、大したものですね。

 

「マイマイ新子」の時に感じた、繊細で力強い演出力は、やっぱり本物でした。

 

 

今どきは、「君の名は。」が、予想外のメガヒットになっていますが、

 

俺的には、こちらの方が、新鮮な驚きと、リアルな感覚に満ちています。

 

 

「シンゴジラ」 しかり。

 

「FAKE」 しかり。

 

「知らない、ふたり」 しかり。

 

「レヴェナント」 しかり。

 

「少女」 しかり。

 

「淵に立つ」 しかり。

 

 

今年は、“痛みを感じる映画”が、キーワードになっています。

 

それは、俺自身が、心を常に痛めているからかもしれません。

 

 

このブログはもともと、一般的な視点と違うところで書いていますから。

 

 

優しい人が、優しいままであり続けるのは、なかなか難しい。

 

でも、この映画に出てくるような人たちに囲まれていたら、

 

もしかしたら、美しい心を、失わずに済むかもしれない。

 

 

健気で、一生懸命で、お人よしの人は、不幸な目に遭う確率が高い。

 

しかしそれは、本人が「どう思う」か、「どう捉える」かで、変わってくるもの。

 

 

本作の主人公は、冒頭から、すでに危うい。

 

この子、ちゃんとやっていけるかなあ、と、余計な心配をしてしまう。

 

そういうキャラだからこそ、周囲の人が、支えてくれるのかもしれない。

 

 

それもまた、人徳である。

 

 

「幸福」と「不幸」の境界線は、紙一重。

 

人の心の奥底もまた、つかみどころのない、深い領域。

 

 

後半に、すごいシーンがありました。

 

もしあの時、〇〇だったら…

 

聴覚に訴える、おどろおどろしい、生臭い場面です。

 

…決して逃げることのできない、無限地獄。

 

俺が心を病みまくっている時の状況とおんなじ。

 

 

もし、うつの症状が重くて、苦しんでいるなら、本作はオススメしません。

 

下手をすると、途中退席しないといけないかもしれないから。

 

 

少なくとも、俺の精神を、根底から揺るがす力がある映画でした。

 

 

大切な何かを、得る喜び。

 

大切な何かを、失う悲しみ。

 

何かを得るために、何かを手放し、

 

何かを忘れるために、何かを見つけ出す。

 

当たり前にあったものが、

 

当たり前に、隣にいた人が、

 

大切に守ってきたものが、

 

自分の命よりも、大事だったものが、

 

ある瞬間、

 

無理矢理、一瞬で消えてしまう。

 

 

死んだほうがまし。

 

そういうことって、無数にある。

 

でも、運悪く、(ホントは運よく?)

 

生き残ってしまったりするんです。

 

 

それって、誰にも責める権利はないはずなんですよね。

 

 

何で、あいつが死んで、お前が生き残ったんだよ!

 

そんなこと言われても、仕方がないって、どこかでわかっているのに。

 

 

死者は、褒められて、祭られて、崇められる。

 

生者は、疎まれ、蔑まれて、恨まれる。

 

…ああ、嘆かわしい。

 

 

人は、大切なものを失うと、誰かのせいにせずにはいられない生き物。

 

その人のせいじゃないってわかっているのに、責めてしまう。

 

 

 

でも、稀に、誰のせいにもせずに、誰も恨まない人がいる。

 

そういう人もいるんだ、って、灌漑深くなってしまう瞬間である。

 

 

親子関係が、よかったんだろうか。

 

いい友達に、恵まれたんだろうか。

 

それとも、その人の持っている、資質なんだろうか。

 

 

とにかく、本作の主人公は、すごい。

 

でも、きっと、当たり前にいる、普通の人なんだろうと思う。

 

 

そこが、いいんですね。

 

 

 

この世界の片隅に、

 

ひたむきに、生きている人たちがいる。

 

俺もまた、片隅で、ひっそりと生きているだけの男。

 

 

 

片隅で、いいじゃん。

 

自分が自分でいられる、居場所があれば、それでいいじゃん。

 

 

…まだ、生きている。

 

…まだ、死んでいない。

 

 

だから、今、できることを、精一杯、やるだけ。

 

 

そういうことを、教えてくれる、いい作品です。

 

 

痛みを、推進力に変えていく。

 

そうやって、人は、変わっていく。

 

いい意味でも、悪い意味でも。

 

 

しかし、絶対に変わらないものがある。

 

それは、その人にしかわからないものだったりするし、

 

周りが言ってあげなければ気づかないことだったりする。

 

 

探してみましょう。

 

 

…本当に、大切な何かを。

 

 

 

 

 

(桑畑は、明日から入院します。生還したら、またお会いしましょう)

 

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2016-11-21

映画 「眼球の夢」

テーマ:邦画

倒錯とエロス。 …暴走したら、もう止まらない!

 

 

久しぶりに映画館に行きました。

 

いやあ~ 強烈ですね~

 

これは、はっきり言って、一般の人には理解不能な映画ですね。

 

 

俺も、眼球フェチの人たちの、マニアックな映画かと思ったんですが、

 

途中から、視点を変えました。(眼球映画だけに)

 

 

これはもう、笑うしかないでしょう。

 

あまりにも露骨で、あまりにも変態チックで、

 

あまりにもバカ映画過ぎて、一時、嫌な現実を忘れました(笑)

 

 

この映画を、一般の人にわかりやすく説明できる人は、そういないでしょう。

 

 

 

だから、俺は、あえて、自分の言葉で書かせていただきます。

 

 

 

 

俺的には、「目」という器官は、個人的に好きです。

 

(もっと好きなのは、「口」という器官ですが)

 

 

眼球というのは、目の一部。

 

唇というのも、口の一部。

 

 

まつ毛があって、目蓋があって、涙があって、表情があってこその「目」。

 

唇があって、歯と舌があって、唾液があって、表情があってこその「口」。

 

 

ああ、何だかすでに、エロい文章になってますが…

 

 

 

その人の本質を現すのが、器官の「動き」であり、

 

そこから発せられる「出力」が、スピリチュアルなエロスなんですよね。

 

 

 

人は、人から得られる刺激に、一番興奮するもの。

 

好きな人から発せられる信号は、何でも愛したくなるもの。

 

反対に、嫌いな人から発せられる信号は、嫌悪感を抱くもの。

 

 

発信者の信号が強烈であればあるほど、

 

受信者の感度が鋭ければ鋭いほど、

 

深い領域で、コミュニケーションができるものなんです。

 

 

強烈な恋愛を経験した人。

 

生涯に一度の、気持ちいいセックスを経験した人。

 

一目惚れを経験した人。

 

一瞬でもいいから、燃え上がるような恋をした人…

 

 

傍から見たら、ただのバカにしか見えなかったとしても、

 

本人の本心の核心の領域においては、極めて正常な行為であり、

 

一生に一度の、至福のひとときなのである。

 

 

 

俺も、今までに、色んな体験があったから、

 

この映画で暴走していく主人公たちが、何だか、愛おしい。

 

 

それはきっと、

 

ある意味、幸せなことなのかもしれない。

 

 

 

映画「つやのよる」で、大竹しのぶが言ったセリフを思い出しますね。

 

 

 

 

人は、人のことを、全部は理解できない。

 

一部は、何とか理解できるかもしれない。

 

でもそれは、自分なりの、勝手な視点なのかもしれない。

 

 

だから、

 

一部でも、しっかりと理解できるなら、

 

その人の全てを理解することも、決して不可能ではない、ってこと。

 

 

 

好きな人が、もし、変態だったら?

 

愛する人が愛するものを、自分も愛することができるだろうか。

 

その辺が、愛の限界という領域なのかもしれない。

 

 

思いっきりバカ映画だけど、

 

本質的には、極めて真面目な変態倒錯映画である、と俺は思います。

 

 

 

さあ、この映画についてこれる人は、一体、何人いるだろうか。

 

 

俺的には、まだまだ手ぬるい、と思いましたが。

 

 

有名人がたくさんコメントを寄せているみたいですが、

 

俺の感じたこととは、やっぱり違う。

 

 

それで、いい。

 

 

変態映画は、自分の感性を中心にして、楽しむべきものなのだ。

 

 

 

眼球は、美しい。

 

外界からの情報の約80%は、眼から入ってくるそうな。

 

角膜の奥には、弾力性のある水晶体があり、

 

6本の筋肉と、毛様体によって、眼球を自由自在に動かせる。

 

(「美しい人体図鑑」の記述より引用)

 

 

 

球体だからこそ、あらゆる方向に動かせるのであって、

 

常に濡れているからこそ、円滑に動かすことができるのである。

 

 

ああ、何て美しく、完璧な機能を持った器官なんだろう。

 

 

俺は以前、何度か言いました。

 

人の目をずっと見ていると、何か得体の知れないものをもらってしまうから、

 

長い時間、直視できない…と。

 

 

その理由が、何となくわかった気がします。

 

 

…美しいものを見続けると、目がつぶれるから。

 

 

 

賢明な読者の皆様は、こんな映画、見ちゃいけませんよ。

 

もし間違って見てしまったら、誰にもおススメしてはいけませんよ。

 

 

…自分の心の中で、じっくりと、熟成して下さい。

 

 

 

(さあ、入院までに、もう1本くらい、見られるかな)

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