FUJITA'S BAR
2017-06-03

映画コラム 「大切なもの」

テーマ:映画コラム

関係ないカテゴリーで、関係ない話題を、もうひとつ。

 

実は、今日は、今の仕事に就いて、4年目を迎えた日なんです。

 

46歳で、社会復帰して、未経験の仕事をして、勤続4年になりました。

 

 

妻が、刺身を用意してくれて、ささやかなお祝いをしてくれました。

 

 

家族で食卓を囲んで、一緒に見たのが、「夏目友人帳」の第5シーズン第1感。

 

 

俺は個人的に、「蟲師」の方が好きなんですが、

 

「夏目友人帳」には、「蟲師」とは違った魅力があります。

 

 

前者は、青年誌。後者は、少女マンガ。

 

そういう一面もあってか、表現のスタイルが、違うんですね。

 

大人な表現と、思春期の表現は、明らかに違う。

 

 

根本は、同じなんです。

 

生きることの厳しさを、わかりやすく表現することは、共通なんですが、

 

絵柄や、物語のソフトさの具合に、、微妙なセンスを感じるのです。

 

 

両者に共通するテイストは、

 

人間の感性を、深いところで表現している点にあります。

 

 

 

自分は、他の人とは、何かが致命的に違う。

 

そのことに、コンプレックスを感じている人に、勇気や希望を与えるスタイル。

 

 

他の誰にも見えない領域を、感じる能力がある。

 

他の誰かには気づかないことを、いち早く察する力がある。

 

 

普通は、常識を逸脱したことは、知らんぷりしたり、蟲したりするもの。

 

しかし、夏目君も、ギンコさんも、本能的に、行動する。

 

 

それはきっと、生まれながらに持った能力であり、天職の領域なんだと思う。

 

 

その「能力」は、誰にも認められることもなく、評価もされず、

 

闇に埋もれたまま、生涯を終える性質のものなのかもしれない。

 

 

しかし、金儲けや、生活の手段とは無縁の行為であるからこそ、

 

本能的で、無償な行動であるからこそ、見えない実績として、心に蓄積されていくのだ。

 

 

 

夏目君は、不遇な少年時代を過ごして、優しい義父母に、命を救ってもらった。

 

ギンコさんは、両目を失うところを、片目だけ生かしてもらうことができた。

 

 

「恩返し」という言葉がある。

 

 

俺は、個人的には、

 

「やらないといけないこと」というよりも、

 

「やりたいからやること」という解釈でありたいと思っている。

 

 

もっとつっこんで言えば、

 

「やらずにはいられないこと」という領域のレベルである。

 

 

動悸は、簡単。

 

後悔したくないから。

 

 

映画であろうが、TVドラマであろうが、アニメであろうが、

 

小説であろうが、人の話をじっくり聞くことであろうが、

 

「物語」に触れること自体は、同じである。

 

 

そしてそれは、その時だからこそ、生きた「物語」となって、心に残るのだ。

 

 

 

自分が、人と違う境遇を生きたからといって、悲しむことなかれ。

 

自分が、人違う性質を持っているからと言って、悲嘆することなかれ。

 

 

そういう自分にしか、友達になれない人もいるし、

 

そういう自分を、必要としてくれる人も、必ずいるのだから。

 

 

俺は、何度も、死んだ人間です。

 

でも未だに、友達や仲間が、ゼロにはならない。

 

それが、何を意味するのか。

 

 

俺は、何度も、仕事で挫折して、社会から弾かれた人間です。

 

でも未だに、雇ってくれる場所がある。

 

それが、何を意味するのか。

 

 

かつての映画友達は、「最近は、見たい映画がなくなった」と嘆きます。

 

でも未だに、俺は、見たい作品がたくさんある。

 

それが、何を意味するのか。

 

 

 

その答えを見つけるために、俺は今日も、映画を見続けます。

 

映画館に行けなくても、未知の領域の物語に、足を踏み込みます。

 

 

嫌な現実から、逃げているだけなのかもしれない。

 

いい年して、子供じみているのかもしれない。

 

どう思われたって、構わない。

 

 

自分が、やりたいことを、やり続ける。

 

誰に認められなくても、自分が行きたいところに、自分の力で行く。

 

 

体力と、気力が続く限り、俺は、新しい世界を探していくのだ。

 

 

 

明日から、また、怒られながら、仕事をして来ます。

 

50歳になって、ガミガミ怒鳴られながら働くのは、正直、しんどいけれど、

 

それが、家族を養う、唯一の道だから。

 

 

 

来週は、映画館に行けるように、がんばります。

 

 

今日まで、桑畑を見捨てずに応援して下さった皆様に、感謝申し上げます。

 

 

 

苦痛の多い人生だけど、心優しい人に出会えたことは、俺の誇り。

 

 

名曲「夏夕空」を口ずさみながら、心穏やかに、一週間を過ごそうと思います。

 

 

 

まだ、俺は、こうして、生きている。

 

そして、明日も、必死で働く。

 

 

残りの人生を、映画とともに、燃焼させてみせます。

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2017-06-03

U-NOTE Ⅱ 「映画 葛城事件 をDVDで見て」(ネタバレあり)

テーマ:ケガ・病気

今日は、お休みです。

 

明日から、また7勤が始まりますので、

 

身体をあまり動かさないように、ダラダラ過ごそうかと。

 

 

で、今日返却予定だったDVDをまだ見ていなかったことに気づいて、

 

さっきまで見ていて、今、返して来たところです。

 

 

 

これは、すごい内容でした。

 

休日の朝に見るような作品ではありませんが、

 

何だか、記事にせずにはいられない。

 

普段は、DVDで見た映画の記事は、原則的に書かないことにしているんですが、

 

本作は、別格。

 

 

だから、U-NOTEの枠で、書くことにしました。

 

少し長めになると思うので、しんどい方はご遠慮下さい。

 

 

 

内容は、無差別殺人事件を題材とした、ある家族の物語。

 

死刑判決を受けた男の前に、獄中結婚を申し込む女が現れる。

 

 

彼の父親は、傍若無人で、酒癖が悪く、家族を人間扱いしない男。

 

彼の母親は、夫の肉体的精神的暴力に苛まれ、心を病んでいる女。

 

彼の兄は、成績優秀で真面目だけど、父親に逆らえない、気の弱い男。

 

次男である犯人は、仕事をしていなくて、半分引きこもり状態…

 

 

 

俺は、この家族に、自分の境遇を重ねずにはいられませんでした。

 

…あまりにも、共通点が多い。

 

 

 

父親は、金物店を経営する、自営業の社長。

 

しかしその店は、自分の親から受け継いだ家業。

 

俺の父親もまた、自営業の社長。

 

その店もまた、自分の親から受け継いだ家業。

 

 

とにかく、傲慢。

 

人の話をちゃんと聞かない。

 

早とちりと誤解と勘違いで、すぐに怒鳴る。

 

酒癖が悪く、持論をいつまでも話す。(無理矢理聞かせる)

 

 

映画の母親は、心を病んだ。

 

俺の母親は、重い病気になり、入退院を繰り返し、衰弱して死んだ。

 

 

兄も母も、すでに心を病んでいた。

 

俺は、家を出て独立して、必死にがんばったけど、

 

とうとう、俺も心を病んで、社会から弾かれた。

 

 

ただ、殺人と自殺をしていないだけだ。(今のところ)

 

 

 

言いたいことが言えない家庭は、地獄である。

 

絶対服従を強いられ、逆らえば制裁をくらう。

 

父親は、絶対権力者であり、独裁者。

 

自分がおかしいと豪快に笑い、家族にも笑うことを強要。

 

自分が面白くない話題で家族が笑うと、機嫌が悪くなる。

 

 

 

映画の中で、いくつか、ホッとする場面がある。

 

1つは、母親と長男と次男が、3人で談笑しているところ。

 

そこへ、父親がおもむろに登場。

 

途端に、場の空気が凍りつく。

 

 

これ、俺にはよくわかるんです。

 

 

俺が小学生の頃、

 

父親が飲みに行った夜に、帰りは遅くなるだろうと思い、

 

母親と一緒にTVを見て笑っていたところに、父親が帰って来た時があった。

 

 

その時の、彼の不機嫌な目を、今でもよく覚えています。

 

 

きっと、嫌なことがあって、早く帰って来たのでしょう。

 

帰って来て、妻に愚痴をこぼしたかったのでしょう。

 

自分ががんばっていることを、労って欲しかったのでしょう。

 

 

それなのに、妻と子供は、TV見ながらゲラゲラ笑っていやがる。

 

一家の主である自分を、何でもっと尊敬しないのか、このクソ馬鹿野郎!

 

 

 

楽しい時間は、いつも、ほんの一瞬だった。

 

俺が何かを楽しむと、その直後に、必ず嫌なことが起きた。

 

俺は、物事を楽しんではいけない。

 

俺は、笑ってはいけない。

 

俺は、父親の話を“ちゃんと”聞かないといけない。

 

 

相手が、満足するまで。

 

しかし、彼が満足することは、決してなかった。

 

いったん機嫌が悪くなると、イライラはエスカレートし、

 

怒鳴りまくり、自分の父親の悪口を言い、

 

あいつを殺してやりたい、早く死ねばいい、と、いつまでも罵り続けた。

 

 

あの時の、酒に酔って濁った目が、気持ち悪くて、心に焼き付いている。

 

 

普段、彼は、話す時に、人と目を合わせない。

 

相手の目を見るのは、怒る時だけ。

 

 

だから、俺が覚えている父親の顔は、鬼の形相である。

 

 

 

兄は、幼い俺を、よくいじめた。

 

子分ではなく、奴隷だったと思う。

 

父親に逆らう勇気がなかった彼は、俺をいたぶって鬱憤を晴らした。

 

家で本を読みたかった俺を、無理やり外に連れ出そうとして、

 

腕を引っ張られ、脱臼したことがあった。

 

黙っていろと言われ、痛みがひどくて夕食が食べられない俺を、

 

母親が不審に思って、ことが発覚した。

 

 

ふざけていて、いつのまにかそうなった。

 

 

結局、怒られたのは、俺だったような気がする。

 

俺は、不器用で、人前でうまく話せず、自己主張も下手だった。

 

相手にうまく言いくるめられ、いつも、貧乏くじを引かされた。

 

 

 

俺は、映画を見て、俺の家族よりも、まだましのような気がした。

 

この環境なら、もっと違う立ち振る舞いができたかもしれない。

 

それは、父親役が、三浦友和だったせいもあると思うけど、

 

俺の父親とは、根っこが違うような気がするから。

 

この父親だったら、俺は、反抗して親子喧嘩ができたかもしれない。

 

 

そう思うと、もったいない家族である。

 

 

 

俺は、父親を憎んでいる。

 

本気で、殺したいと思っている。

 

母も、祖父も祖母も、奴が殺したようなもんだから。

 

 

俺は、母親を、守ることができなかった。

 

もっと早い段階で、離婚すればよかったんだろうと思う。

 

でも、夫婦というのは、お互いに選択した上で、築く関係。

 

 

 

『…あの女と結婚したのが、そもそもの間違いだった。』

 

『…お前らが生まれて来なければよかった。さっさと死んでくれた方がいい。』

 

『…もっとオレを尊敬しろ!もっとオレを立てろ!もっとオレを大事にしろ!』

 

 

 

さんざん、聞かされた言葉である。

 

 

 

 

映画の中で、父親が次男を殺そうとする場面がある。

 

次男は、死んでもよかった、と言う。

 

ちくしょう、まだ生きなきゃいけないのかよ、と。

 

 

この家族は、すでに壊れている。

 

もともと、ちゃんとした家庭になっていなかったんだと思う。

 

 

マイホームを建てたばかりの、明るい場面での、

 

父親の笑顔は、実に優しそうだ。

 

どこで、おかしくなってしまったんでしょうね。

 

 

 

俺の記憶では、

 

幼稚園児だった頃には、すでに、

 

家族というのは、いつも言い争っている集団、というイメージだった。

 

食卓は、戦場。

 

団欒という記憶は、クリスマスくらいしか残っていない。

 

巨人が優勝すると、父親が上機嫌になり、明るい雰囲気ができるけど、

 

その楽しさは、すぐに、次の地獄がいつ始まるか、という不安に変わる。

 

 

幸せな時間は、長続きしないのだ。

 

 

 

映画に出てくる母親役は、南果歩。

 

苦悩する役柄が、とても映える女優さんである。

 

「漂流教室」「蛍」「坂本竜馬」「エンジェル・ダスト」で、

 

切なそうに笑う彼女が、痛々しくて、美しい。

 

 

本作の彼女もまた、たまらなかった。

 

俺の母親も、彼女を見たら、泣くだろう。

 

 

かわいそうな人生だけど、それを選択し、生を全うする強さは、誰にも真似できないから。

 

 

 

この映画のポイントは、長男だと思う。

 

新井浩文が演じるから、何かしらやらかしてくれるかと思ったんですが、

 

何と、全くの弱虫のまんまでございました。

 

 

成績がよく、父親からも認められて、大学を出て就職、結婚をして、

 

もうすぐ2人目の子供が生まれる、という順調な人生だったのに、

 

ある日突然、リストラを言い渡される。

 

“失敗”とか“脱落”に対して免疫がない者にとっては、つらい仕打ち。

 

確かに、営業マンには向いていないタイプかもしれない。

 

 

彼は、解雇されたことを、妻に言えなかった。

 

毎日、出勤するふりをして、公園でパンを食べている。

 

他の会社の面接を受けるも、相手の顔をまともに見られず、

 

汗をかいて、どもってばかり…

 

これでは、営業職としては採用されないだろうなあ。

 

 

この時点で、長男もまた、心が追い詰められていることが鮮明になる。

 

奥さんもまた奥さんで、子育てが忙しくて、旦那の異変に気付かない。

 

唯一、気づいていたのは、彼の長男だったかもしれない…

 

 

 

とにかく、短いシーンや短いセリフ、ほんのちょっとした仕草で、

 

精神面を表現するのに絶大な効果を上げている。

 

 

突然、トーンが暗くなったり、声色が変わったり…

 

ホラー映画かと思うくらい、強烈なインパクトがあります。

 

 

 

人は、そんなに、強くなれない。

 

“自分は強い”と思い込んでいるのは、そうさせてくれる誰かが、そばにいるから。

 

“自分は弱い”ことを自覚することは、実に大事なことなのだ。

 

 

誰もが、強い部分と、弱い部分を合わせ持った集合体である。

 

今、たまたま、強い部分が表面に出ているだけ。

 

今、たまたま、弱い部分が表面に出ているだけ。

 

 

 

父親は、悪いことを全部人のせいにする。

 

だから、いつも自分は正しい、と思っている。

 

母親は、攻撃性を自分に向け、精神が崩壊。

 

長男もまた、攻撃性を自分に向け、自殺してしまう。

 

(コンビニのレシートの裏に書いた遺書が、泣かせます)

 

 

そして、次男は…

 

サバイバルナイフを持って、街に出て行きます。

 

 

抑圧された魂の、行き場所はどこに向かうのか。

 

 

 

人を殺すくらいなら、自分を殺す方がまし。

 

俺が、父親を殺さずにいられるのは、妻と娘がいるから。

 

殺人犯の家族にさせてしまうのは、あまりにも不憫だから。

 

 

だから、死んだつもりで、必死に働いて、

 

借金を少しずつ返し、娘の学費を稼いでいます。

 

 

体重は、30キロも落ちたけど、懸命に働いています。

 

 

 

俺は、まともな家庭環境で育っていません。

 

でも、どういうわけか、家族を持ちました。

 

元気なうちに子育てができて、幸運だったと思います。

 

精神を病んで療養を始めた頃は、娘がまだ小学生でした。

 

 

人生が終わったと思っていた俺を、

 

家族の明るさが、救ってくれました。

 

 

父親というのは、無敵で強い存在でなくていい。

 

弱い部分があるからこそ、支え合える。

 

元気がある者が、弱っている者を助けてあげればいい。

 

 

自分の家族に、教わったことです。

 

 

 

 

映画の冒頭で、次男が死刑を宣告されます。

 

彼は、振り返って、ニヤリと笑います。

 

それは、傍聴席にいる、父親に向けてでした。

 

…あんたのお望み通り、死んでやるよ。よかったな、オヤジ。

 

 

 

俺は、父親を殺す時に、こう言ってやろうと思ってました。

 

…これが、あんたの育てた子供だ。ざまあみろ。

 

 

疫病神のように、人に迷惑ばかりかけて、

 

それでいて元気で、長生きする輩がいる。

 

それは、人の気持ちを考えない分だけ、ダメージを受けないから。

 

 

優しくて思いやりのある正直で誠実な人ほど、早死にしてしまう。

 

それは、たくさんのことに、エネルギーを使い果たしてしまうから。

 

そして、その気持ちを誰にも理解されないまま、寿命を使い切ってしまうから。

 

 

 

やっぱり、自己主張は、大事である。

 

権力者や独裁者には、叱ってくれる人がいない。

 

だから、増々、暴走していくのだ。

 

 

我慢には、限界がある。

 

いっぱいいっぱいの状態が続くと、心が崩壊する。

 

 

そうなる前に、何とかしたいもの。

 

 

 

 

家族という仕組みは、俺にとっては地獄のイメージである。

 

世の中で、一番嫌な言葉でもある。

 

 

 

親に感謝しろ。

 

親に心配かけるな。

 

親孝行しろ。

 

家族を大切にしろ。

 

家族こそが、一番大事。

 

 

 

親子の愛ほど、胡散臭いものはない。

 

だから、家族向けの映画とか、親に感謝する歌とか、

 

本当は好きじゃない。

 

 

個人の魂そのものや、人間の尊厳に焦点を当てた作品の方が、

 

歪んだ心の奥底に眠る、精神核に触れるような物語に、俺は惹かれる。

 

 

 

この映画だって、父親をモンスターにしちゃえば、解釈が簡単になる。

 

でも、その父親だって、何かの原因でそうなってしまった。

 

そこを掘り下げて考えるからこそ、本作は味わい深いのである。

 

 

 

俺の父親の父親もまた、ひどい男だった。

 

祖父と父親が取っ組み合いの喧嘩をする場面を、何度も見ている。

 

あのくらい、怒りをぶつけないと、立ち向かえない存在だったのである。

 

 

兄は、父親に立ち向かう勇気がなかった。

 

そしていつも、肝心な時にいなくなる。

 

 

去年、母親が死んだ時も、即座に失踪した。

 

どうせ、俺が来て、面倒くさいことを全てやってくれると思っていたらしい。

 

 

俺は、年末のあの時からすでに、父親に対して憎悪しか湧かなかったし、

 

精神科医からも、カウンセラーの保健師からも、

 

父親とは顔を合わせずに、距離を取った方がいいと言われていた。

 

 

妻と娘が、お通夜や葬式やら、代理で動いてくれたので、

 

俺は、今もこうして、のうのうと生きていられるのです。

 

 

実は来週、母の法要があるんですが、

 

妻も娘も、休みを取って、2人で行ってくれるそうです。

 

(それもあって、ここしばらく、不安が大きい状態が続いています)

 

他にも、今月は、色んな問題を片づけないといけないので、

 

休日の度に、色々動いています。

 

 

でも今日は、ひどく疲れているので、休まなきゃ。

 

 

 

今、レイトショーに行けません。

 

映画館に行く体力と時間が、乏しいからです。

 

 

でもそれは、仕方がないこと。

 

また、元気が出たら、行きたいと思います。

 

 

 

 

体や心に毒がたまると、機能が鈍ってしまう。

 

どこかで、咀嚼し、消化して、吐き出さないと。

 

きれいにしてから、新しいものを取り入れないと。

 

 

 

そういう意味では、いい映画に出会えたと言えるでしょう。

 

本作のおかげで、自分の気持ちを少し、整理できました。

 

 

殺人や自殺は、まともな精神状態では、できない行為。

 

どんな人にも、起こり得る事態であることを、肝に命じます。

 

 

俺が、ここまで生きて来られたのは、幸運だったんでしょう。

 

俺自身、生きていていい存在なのか、さっさと死んだ方がいい存在なのか、

 

未だによくわからないのですが。

 

 

疲れているけど、

 

毎日、不安や恐怖と戦いながら生きているけど、

 

少しずつ、悪い癖を修正して、

 

まともな人間に近づけるように、努力しています。

 

 

 

あ、そういえば、死刑囚と獄中結婚する女ですが、

 

演じているのは、田中麗奈です。

 

彼女もまた、イカレている人間のひとりですが、

 

彼女という存在もまた、愛すべきキャラクターです。

 

「真幸くあらば」の尾野真千子、「接吻」の小池栄子と見比べてみて下さい。

 

 

 

もう少し、時間が経過して、

 

俺の精神もそれなりに落ち着いたら、

 

また、この映画を見てみたいと思います。

 

 

その時はきっと、新しい発見があるでしょう。

 

 

こういう状態で、

 

いや、こういう状態だからこそ、

 

自宅で、雨の降る肌寒い朝に、DVDで映画を見るのも悪くないな、と思いました。

 

 

 

これからは、DVDによる鑑賞でも、

 

気に入った映画は、記事にしていこうかな。

 

 

 

俺も、少しずつ、変わっていければ、

 

生きるための選択肢も、増えていくように思えるから。

 

 

 

 

さあ、これから、コーヒーを淹れて、

 

太るための甘いお菓子でも食べながら、

 

新たに借りて来た、映画のDVDを見ようと思います。

 

 

 

 

明日は、朝7時から出荷。

 

まだまだ、休日の時間はたっぷりある。

 

 

体の力を抜いて、ゆっくり過ごします。

 

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