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2016-12-30

映画 「ローグ・ワン」

テーマ:アニメ・特撮

使い捨てにされていく魂たちにも、キラリと光る瞬間があるのだ。

 

 

「スター・ウォーズ」の番外編。

 

位置づけとしては、エピソード3と4の間。

 

(3.5ではなく、3.9という意味合いのようです)

 

 

さて、内容については色んな人が詳しい記事を書いていると思うので、

 

細かいことは、省きましょう。

 

 

色んな人たちがガヤガヤ出てきて、誰が誰だかわからんうちに、

 

どんどん死んでいって、ピュンピュン、ちゅどーんっていう感じ。

 

まあ、SWというのは、そういうお祭りみたいな、楽しい世界が魅力なんですな。

 

 

今回は、ドニー・イェンが俺のメイン。

 

盲目の剣士という設定が、メチャクチャカッコいいです。

 

「HERO」で、ジェット・リーと対決した時は、ゾクゾクしたっけなあ。す

 

やっぱり彼は、“使い手”としてのオーラが出まくり。

 

座頭市のように、バッサバッサと斬りまくり。

 

実に、楽しいッス。

 

 

 

もうひとり、い~い感じの奴が。

 

ドロイドの、K-2SOです。

 

C-3POよりも、身長が高くて、のしのし歩きます。

 

色はシンプルで、昨日は充実。

 

こういうの、いたなあ、何だっけ。

 

…そうそう、アイアン・ジャイアント!

 

あそこまで派手な能力はありませんが、

 

何というか、ジェントルマンなんですよね。

 

腕っぷしも、銃の使い方も、なかなかのもんです。

 

彼が護衛してくれて、サポートしてくれたら、

 

何でもできそうな気がします。

 

 

 

主役級の2人が、一番影が薄かったようにも思えます(笑)

 

まあ、そこはどうでもよろしい。

 

いいじゃん、SWなんだから!

 

 

 

世の中には、有名になって歴史に名を残す人がいれば、

 

誰の記憶にも残らず、ひっそりと死んでいく人もいます。

 

 

 

「ローグ・ワン」というタイトルの意味は、深い。

 

考えれば考えるほど、深くなっていくのだ。

 

 

 

俺的には、本作は、鎮魂歌である。

 

捨てられた魂が、志によって息を吹き返し、

 

命を投げ出して、何かを成し遂げていく。

 

 

生きるための、戦い。

 

大切な何かを守るための、戦い。

 

失ったものを取り戻すための、戦い。

 

自分が犯した罪を贖うための、戦い。

 

 

人生は、

 

命は、

 

時間は、

 

つまらないと思うから、つまらない。

 

面白くする努力をすれば、どんどん面白くなっていく。

 

 

傷ついた分だけ、

 

失敗した分だけ、

 

悲しみが多い分だけ、

 

ある瞬間に、本気で戦うことができる。

 

 

誰かのために。

 

自分のために。

 

できなかったことを悔やむヒマがあったら、

 

今、できることを、さっさとやってしまえ。

 

 

 

テキトーだと言われようと、

 

正答に評価されなくても、

 

自分の生き方に、悔いがなければ、それでよし。

 

 

 

胸を張って、堂々と、己の命を全うせよ。

 

…それが、サムライの魂!

 

 

 

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2016-12-27

U-NOTE Ⅱ 「危機一髪」

テーマ:ケガ・病気

先ほど、大事故になるところでした。

 

 

今日は珍しく、仕事が早く終わったので、6時過ぎに職場を出ました。

 

信号機が少ない、広い道路なので、あちこちに交差点があります。

 

見通しがいい道路なんですが、強風とみぞれ混じりの雨…

 

 

いつものように車を走らせていると、左前方から、車が近づいて来ました。

 

こっちは、優先道路。

 

あっちは、一時停止。

 

 

一応、念のため、スピードを少し緩めます。

 

普通は停止するはずなんですが、

 

その車は、止まらずに交差点を通り抜けようとした!

 

 

 

思わず、急ブレーキ。

 

たまらず、クラクションを鳴らす。(普段はやたらに鳴らさないんですが)

 

 

俺の前方に、車が飛び出して行く。

 

 

このまま行くと、ぶつかってしまう。

 

ブレーキをかけてから、停止するまでの、制動距離というものがある。

 

 

 

 

 

…ああ、間に合わない。

 

 

 

そう思った瞬間、相手が止まろうするのがわかった。

 

 

…しめた!

 

 

 

とっさに、ブレーキから足を離して、右にハンドルを切った。

 

同時に、アクセルを踏み込む。

 

 

相手が止まってくれたので、俺は、反対車線にはみ出した。

 

相手の車の、ヘッドランプの光が、車内をなめていくのがわかる。

 

 

…ぶつからなかった。

 

 

あとは、急加速して左に急ハンドルを切って、元の車線に戻る。

 

バックミラーに写る相手の車が、ゆっくりバックするのが見えた。

 

 

よかった。これなら、後続車もぶつからずに済む。

 

 

 

何となく、アクセルから足を離して、減速したのがよかった。

 

後続車が、車間距離を取っていてくれて、よかった。

 

対向車が来なくて、助かった。

 

 

たぶん、すれすれでかわしたから、ほんの30センチくらいの間隔だったと思う。

 

まるで、ワイルドスピード!

 

ブリット!

 

ミニミニ大作戦!

 

トランスポーター!

 

 

う~む、豚の出荷作業で、反射神経鍛えてるからなあ。

 

早い時間に帰られたから、体力も少し残ってた。

 

いっぱいいっぱいで仕事してなかったので、

 

ぼんやり考え事しながらの運転じゃなかった。

 

 

あとほんの少し、早く通過していたら。

 

あとほんの少し、遅く通過していたら。

 

考えれば考えるほど、わからなくなっていくけど、

 

車は無傷だし、怪我もしていないし、事故も起きていない。

 

 

ただ、俺がカースタントをしただけ。

 

 

 

年末で、

 

通勤ラッシュの時間帯で、

 

天候が悪くて視界不良で、

 

交通事故の多い道路を走っていた。

 

 

 

きかんしゃトーマスに、「じこはおきるよ」という歌があります。

 

ネットで映像も流れている、すごくワイルドなシロモノなんですが、

 

いやあ、ホントに、笑い事じゃないんですよね(汗)

 

 

 

俺、死ぬかと思いました。

 

死にたがりだから、死んでもよかったんですが、

 

何となく、全力で危険を回避しちゃいました。

 

 

 

相手がもっと早く通過したら、左にハンドルを切って、

 

田んぼに落ちるという手もあった。

 

相手が止まろうとするのが見えたから、右に切った。

 

少なくとも、相手の真横に、正面から突っ込むのだけは避けたかった。

 

それだと、相手を死なせてしまう危険性があるから。

 

 

俺は、ハッチバックの普通車。相手は、軽自動車。

 

こっちの方が質量があるから、どうしても相手が吹っ飛んでしまう。

 

ぶつかった衝撃で弾き飛ばされ、次々に巻き込まれ事故が起きる。

 

…ああ、考えただけで、恐ろしい。

 

 

自損事故で死ぬなら、俺ひとりで済むけど、

 

相手を巻き込む事故は、悲惨な結果しか生まない。

 

 

 

相手を死なせなくて、よかった。

 

俺が生き残ってよかったのかどうかはわからないけど、

 

誰も事故に巻き込まれなかったのは、よかったと思いたい。

 

 

 

読者の皆様も、交通事故に遭わないように、どうか気をつけて下さい。

 

 

 

 

 

 

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2016-12-25

U-NOTE Ⅱ 「贈り物」

テーマ:ケガ・病気

生きていると、色んなものをもらいます。

 

それは、ありがたい場合もあれば、ありがたくない場合もある。

 

もらって嬉しいものと、あまり嬉しくないものが、確かに、ある。

 

 

その根っこには、何があるんでしょうね。

 

 

今宵は、クリスマス。

 

毎年、この時期には、「優しさ」をテーマに、記事を書いていたっけ。

 

 

今年は、いつもとは気分が違っているような気がしています。

 

 

 

先週、久々に2連休をもらったんですが、

 

すごく、いっぱい休んだような気分になりました。

 

 

旧約聖書の創世記では、神は、6日間で天地を創造し、

 

7日目に休まれた、と書いてあります。

 

つまり、最後は、創造物の成長を見守った期間があるんじゃないかな、と。

 

 

休息の期間というのは、大切なのです。

 

 

疲れた心と体を、休める期間であり、

 

傷ついた心と体を、癒す期間であり、

 

混乱した記憶を、整理する期間であり、

 

己が行った非を、反省する期間であり、

 

与えてくれた恩恵に、感謝する期間でもあるのです。

 

 

 

俺は基本、休むのが上手ではありません。

 

あれをしよう、これをしよう、と思い悩むうちに、時間が過ぎてしまう。

 

本当にやりたいことをやれないまま、時間が過ぎてしまう。

 

 

よくあることです。

 

 

 

クリスマスというのは、「優しい気分になれる日」だと、

 

毎年のように言ってきたような気がします。

 

 

でも、必ずしも、そうでなくてもいいんですよね。

 

 

 

 

 

 

7日間連続勤務をして、

 

今朝は、7時から出荷をして、

 

世の中は3連休なのかもしれませんが、

 

おれにとっては、過酷な一週間でした。

 

 

明日は、お休みです。

 

 

娘がバイトを始めたので、なかなか家族が揃わなくなったんですが、

 

明日は、3人が揃って休みという、珍しい日となりました。

 

それもまた、神様の粋なはからい、といったところでしょうか。

 

 

 

贈り物というのは、

 

意図的に贈られたものを、

 

相手の意向に沿って、「感謝しなくちゃ」と焦る性質のものだとは思いません。

 

 

贈られた側の気分によって、

 

贈られたものを、好きに味わう権利があると、俺は思うんですよね。

 

 

こう感じろ。

 

こう味わえ。

 

こういう風に感動しなきゃダメだ。

 

 

それは、伝える側の、一方的な思いであって、

 

必ずしも、相手の気持ちを考えた行為にはならない。

 

 

贈り物って、簡単なようで、難しいのです。

 

 

小さな親切、大きなお世話。

 

見返りを期待する、莫大な投資。

 

ホワイトデーを期待する、バレンタインデー。

 

 

ああ、見苦しい。

 

 

与えるものは、「掛け捨て」でいい。

 

感謝してもらえなくても、いい。

 

ただ、与える側の自己満足で終わっても、それはそれで仕方のないこと。

 

 

そのくらいに思っていないと、恨みになってしまうから。

 

 

伝われば、よし。

 

ほんの一部分でも、伝われば、それでよし。

 

勘違いされても、誤解されても、それはそれで、しょうがない。

 

 

与えたかったから、与える。

 

贈りたかったから、贈る。

 

 

その結果がどうであろうと、きちんと真正面から、受け止める。

 

で、次は、もっと喜んでもらえるように、工夫する。

 

 

そうやって、人同士は、深く結び付いていけるのである。

 

 

 

俺なんか、相手がどう思おうが、勝手に感謝してしまうところがあります。

 

 

あなたの一言が、俺を救いました。

 

命の恩人ですね。一杯おごらせて下さい。

 

 

そんなやり取りが、飲み屋のカウンターで起きます。

 

贈って、贈られて。

 

与えて、与えられて。

 

意図しないところで、それは、「贈り物」になるんです。

 

 

 

クリスマスだからといって、特別、優しくなる必要はありません。

 

ただ、普段はできない、気持ちいいことをしてみようか、と思うだけでOK。

 

 

俺は、この病気になってから、色んな感情と戦いました。

 

その分だけ、見えるものがある…

 

 

 

今はまだ、うまく言えませんが、

 

全ては、受け取る側の、「心の持ち方次第」なんじゃないかと思うのです。

 

 

 

今夜は、家族でクリスマス。

 

スパークリングワインで妻と乾杯し、(娘はポンジュース)

 

クリスマスオードブルに、(妻の職場の半強制的購入品)

 

クリスマスケーキ。(娘のバイト先の半強制的購入品)

 

 

「押し付けられたもの」ではなくて、「与えられたもの」。

 

そういう意識で頂いた方が、何十倍もおいしい。

 

 

 

明日はお休みだけど、

 

今夜と明日は、家族のためにフルに使うことにしました。

 

 

そうしたい、と思ったから。

 

 

 

今宵は、新しいウイスキーを開けました。

 

ハイランドのスコッチシングルモルトウイスキー、

 

グレンモーガンジィ。

 

 

うめえ~ 芳醇~

 

 

入院とか、手術とか、

 

色々面倒くさかったけど、

 

おかげさまで、何を食っても美味い。

 

どんな酒を飲んでも、じわ~っと染みる。

 

 

 

シングルモルト、やっぱりうめえ~

 

久しぶりの、至福のひととき…

 

 

 

佐藤しのぶのCDをかけながら、この記事を書いています。

 

ラビアンローズ。

 

ヘンデルの「私を泣かせて下さい」。

 

カッチーニの「アヴェ・マリア」。

 

そして、アメイジング・グレイス。

 

 

気持ちよくなれれば、それは、天が与えたもうた、贈り物。

 

与える能力と、味わう能力は、表裏一体。

 

 

いいお酒で酔うと、いい気分になれますね。

 

 

 

 

俺は、

 

自分が、

 

そんなに優しくない人間であることを、

 

嫌というほど、思い知らされました、

 

 

 

それが、どうした。

 

 

 

人は、

 

優しくあり続けることは、不可能。

 

 

だけど、いい相手に恵まれれば、それもまた、よし。

 

 

酔うと、言うことが支離滅裂になるけれど、

 

傍で聞いてくれる人がいれば、心は救われる。

 

 

そういう人に愛された人は、幸いである。

 

 

 

 

カッチーニの「アヴェ・マリア」と同じくらい好きなのが、

 

アルビノーニのアダージョ。

 

あれはたしか、宮部みゆき「ソロモンの偽証」の、

 

前編のエンディングに使われた楽曲だったっけなあ。

 

(後半がクソつまらんかったので、早く忘れたい映画ですが)

 

 

 

アルビノーニのアダージョは、

 

松田優作の「野獣死すべし」で使われたので、それで覚えていたんです。

 

 

 

贈り物として、受け止めるかどうか。

 

それは、本人の度量とスキルと、気分次第。

 

 

 

ある意味、ギャンブル。

 

年末ジャンボよりも、有馬記念よりも、

 

賭ける価値は、確実にある。

 

 

 

クリスマスは、

 

今まで知らなかったこと、気づかなかったことを、

 

新たに学習する日であって欲しいと思う。

 

 

 

今夜と明日は、家族のために、力を注ごうと思います。

 

そして来週は、久しぶりに、飲みに出ようかと思います。

 

 

 

 

桑畑は、

 

まだ、

 

生きています。

 

 

 

だから、

 

もう少しだけ、

 

あがいてみようかと思います。

 

 

 

来年のクリスマスには、

 

もう、この世にはいないかもしれませんが、

 

今宵は、つかの間のやすらぎを、かみしめています。

 

 

 

数少ない読者の皆様に、感謝申し上げます。

 

 

 

そうだと思えば、

 

何でもないことも、

 

美しく見えてくる。

 

 

それは、

 

かけがえのない、

 

あなただけの、大切な、宝物。

 

 

その気持ちを、

 

どうか、

 

忘れないでいて下さい。

 

 

 

幸せになって下さいという「命令」は、俺にはできないけど、

 

ほんの一時だけ、幸せな気分になってみてはいかが…ということくらいは言える。

 

 

 

人を救うことはできないけど、

 

一瞬だけ、その人の心を休ませることくらいは、できる。

 

 

それが、今の俺の能力の限界です。

 

 

一時的に、優しくすることは、誰にでもできる。

 

でも、それを、一生やり続けることは、まず、不可能。

 

 

与える側も、

 

受け取る側も、

 

それがわかっていれば、問題ない。

 

 

 

でも、

 

世の中には、

 

いっぱいいっぱいな人も、たくさんいるんです。

 

 

クリスマスは、

 

普段できないことを、やってみる日。

 

で、いいと思う。

 

 

好きな人に告白するも、よし。

 

言えなかったことを訴えるのも、よし。

 

普段食べられないものを味わうのも、またよし。

 

 

 

自分に、贈り物。

 

愛する人に、贈り物。

 

 

 

色んな形が、あっていい。

 

色んなスタイルが、あっていい。

 

 

 

忘れられない夜に、

 

思い出深い夜に、

 

傷ついた夜に、

 

ケンカしてしまった夜に、

 

仲直りできた夜に、

 

念願がかなった夜に、

 

 

そして、

 

思いがけない出会いがあった夜に、

 

 

今まで気づかなかった、

 

最愛の人の優しさに気づいた夜に、

 

 

 

 

メリー・クリスマス。

 

 

皆様、今宵は、素敵な夜をお過ごし下さい。

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2016-12-20

U-NOTE Ⅱ 「治療、終了。」

テーマ:ケガ・病気

今日の午前中に、仕事を抜け出して、病院の外来に行きました。

 

手術して切除した腫瘍の、検査結果を聞くためです。

 

 

結果は、「異状なし」とのことでした。

 

というわけで、治療は終了です。

 

 

11時の予約で病院に行ったんですが、

 

年末ということもあって、人がたくさん。

 

俺が呼ばれたのは、12時半くらいでした。

 

 

俺の前のじいさんが、20分以上話していたので、

 

これはきっと、深刻な話をしているんだろうな、と。

 

 

やっぱり、老人が圧倒的に多い。

 

早くしてくれ、とか、あとどのくらいかかるか、とか、

 

薬を先にもらえますか、とか。

 

 

『…今、順番に進めておりますので、もう少しお待ちいただけますか。

 

 たくさんの人が、待っておられますので。』

 

 

入院してた時も思ったけど、

 

看護師さんって、大変な仕事だなあって思います。

 

 

やっぱり、人間の面倒をみてる人が、一番えらい。

 

 

 

で、25分くらい話し込んだじいさんが出て来て、俺が呼ばれ、

 

5分くらいで、話が終了しました。

 

 

一年くらい経ったら、また検査を受けることをおすすめします、と言われたけど、

 

その前に、また健康診断を受けることになるしね。

 

その時に引っかかったら、受ければいいかな、と。

 

 

 

今夜から、堂々と飲み食いできます。

 

心配して声をかけて下さった方々に、お礼申し上げます。

 

飲み屋にも、順番に顔出さなくちゃ。

 

 

 

日本酒のぬる燗と、ぶりかまで、これから一杯やります。

 

 

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2016-12-18

映画 「イレブン・ミニッツ」

テーマ:洋画

人の数だけ、ドラマがある。 …偶然・誘発・スローモーション。

 

 

かおり姐さんを見た後で、ちょうどよかったので、昨日、2本目を鑑賞。

 

同じ時間が繰り返される映画は、たくさんありましたが、

 

本作は、スタイリッシュで歯切れがいいので、楽しめました。

 

 

監督は、ポーランドの名匠、イエジ―・スコリモフスキー。

 

「エッセンシャル・キリング」のおっちゃんですな。

 

物語は、ワルシャワでの、夕方5時から11分間に起きた出来事。

 

色んな登場人物が、途中で何度も違った角度から映るのが楽しい。

 

一見、何でもないようなことが、後で重要な意味を持っていたり(持たないか)、

 

すごく重要な伏線だろうと思っていたことが、実は余計なことだったり、

 

真面目な人ほど、かなりイライラする構成になっております。

 

 

人を煙に巻く、というのは、ある意味、快感ですな。

 

人に肩透かしを食らわせるのも、ある意味、快感ですな。

 

悪意を持って人を攻撃するのは、罪悪感が伴いますが、

 

わざとじゃない、悪意のない偶然って、心が混乱しますよね。

 

 

そういう、「普通の人」の「日常」の中に、真の面白さがあるもの。

 

 

 

本作には、「特別な人」は出て来ません。

 

ただ、「微妙な人」がいっぱい出て来ます。

 

この人は、何かワケありだろう、などと思っていたら、

 

えっ、そうなの、みたいな展開も。

 

そこは、自分の先入観を恥じて、苦笑するしかありませんな。

 

 

 

1つの出来事を、複数の視点で見ると、まるで違って見えるのは、

 

黒澤明監督の「羅生門」が有名ですが、

 

他にも、デニス・クエイド主演の「バンテージ・ポイント」があります。

 

これは、大統領が射殺される瞬間を目撃した8人の視点の物語。

 

何度も大統領が律儀にぶっ殺されるシーンが爆笑でしたなあ。

 

本作がつまらなかったという人には、こっちをオススメします。

 

(ちなみに、2008年3月に、ブログで紹介記事を書いてます)

 

 

宮部みゆき原作の「理由」では、証言した人たちの言葉だけで構成。

 

ドイツの「ラン・ローラ・ラン」は、時間軸を遡って、やり直そうとする映画。

 

 

人は、同じものを見ても(聞いても)、感じ方が、その人によって違う。

 

それは、その時の気分とか、体調にもよるけれど、

 

多くは、その人の「資質」に左右されるもの。

 

映画の感想が、人によって違うのも、おんなじ理由。

 

そして、同じ映画をもう1回見ると、印象が変わるのは、

 

その時の自分と、違う自分になっているからだと思う。

 

だから、最初の印象って、大事なんですね。

 

情報というのは、誰がいつどこで発信したものなのか、一番大切。

 

 

俺が、常に新しい映画を映画館で見たいと思う理由は、常におんなじ。

 

新鮮なものを、できるだけ旬のうちに味わって、心の栄養にしたいから。

 

そういう意味でも、新しい世界に出会うというのは、生きる力になるんですね。

 

 

 

本作の最大の特徴は、「偶然、そうなってしまった」ということ。

 

そうしようと思ってしたことなら、あきらめもつこうというものですが、

 

登場人物がみんな、何かしら、「予期せぬこと」にイライラ。

 

誰かが陰で操っている、ということではなくて、

 

みんな、自分の意志で、目の前の出来事に対処しようとしているだけ。

 

そこが、まさにサスペンスなんですね。

 

日常的に、ハラハラドキドキすることって、実際、多いものだから。

 

 

「平凡」とか「普通」とか「退屈」って、俺の人生の中では、皆無なんです。

 

毎日を生きることがサバイバルであり、絶対的なピンチの連続。

 

そこを何とか気に抜け、生き残ることができたことを、お酒を飲んで祝う。

 

その「ひととき」を味わいたいからこそ、毎日をがんばれるのかもしれない。

 

 

 

人が出会えば、そこからまた、新しい物語が始まる。

 

出会いがない、なんてことは、俺には全く理解できません。

 

生きることは、出会いに満ち溢れていることだから。

 

 

映画では、色んな人と、行動が交差する。

 

それは、観客もまた、画面を通して、彼らに「出会って」いるのだ。

 

 

若くて美人のお姉さんに、恋をしますか?

 

優しそうなおじさんに、ときめきますか?

 

チャラそうな若者に、声をかけたくなりますか?

 

職務に励むお医者さんを、応援したくなりますか?

 

静寂を好む、物静かな老人のトラブルに、胸を痛めますか?

 

妻を心配するあまり、滑稽な行動をしてしまう男を、笑えますか?

 

 

 

本作は、サラッと流してしまうこともできますが、1つ1つの場面が、かなり深い。

 

そこに至るまでの情景が、何となく想像できてしまうのです。

 

で、時折、少し前の場面がチラッと映るので、遊び心を感じて、楽しい。

 

 

上映時間は、1時間21分。

 

この短い時間に凝縮された、映像の芸術を堪能して下さい。

 

DVDで見るなら、複数の人と一緒に見ると、楽しいかも。

 

劇場で見るなら、重低音をきかせた効果音に、ぜひ耳をすませて下さい。

 

 

未知の世界を、互いの視点で「共有」するのが、出会いの醍醐味。

 

次に、その人に会うまでには、また新しい展開が待っている。

 

時間は、みな、平等に過ぎていく。

 

早く感じられる時間は、早送り。

 

ゆっくり味わいたい時間は、スローモーション。

 

 

時間の流れは、心の持ち方次第で、変わっていくもの。

 

 

 

ドキドキすれば、サスペンス。

 

勇気を持って行動すれば、アクション。

 

謎が解ければ、ミステリー。

 

心がときめいたら、ラブロマンス。

 

そして、人の生死を分ける、予期せぬ偶然…

 

 

 

時の流れは、止められない。

 

何もしなくても、勝手に過ぎて行く。

 

過去にこだわれば、今と未来を削っていく人生になる。

 

大切にする、ということは、大きく切って、心の栄養にすること。

 

 

過去は、美化。(あるいは捏造)

 

未来は、ぼんやり。(あるいは鮮明)

 

そして今は、一瞬。

 

過去と未来の、分岐点。

 

通りすがりの、通過点。

 

 

それを忘れないためにこそ、記憶と感性がある。

 

嬉しかったから、覚えていること。

 

嫌だったから、忘れられないこと。

 

イメージは、相手の問題ではなく、自分が決めてしまうこと。

 

 

 

 

…さあ、登場人物の誰を、一番愛おしく感じますか?

 

 

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2016-12-18

映画「火 Hee」

テーマ:邦画

嘘の中にこそ、際立つ真実がある。

 

 

桃井かおり監督・脚本・主演という、やりたい放題感に興味を持っていて、

 

ようやく新潟でも一週間限定で公開されたので、劇場に行きました。

 

かおり姐さんは、もうすでに60を超えているはずですが、

 

いまだに妖艶な魅力がムンムンして、圧倒されっぱなしでした。

 

 

原作は、中村文則の短編小説「火」。

 

「Hee」って何だろうと、辞書をひいてみても、載ってない。

 

ははあ、これは、日本語の「ひ」を、アルファベットで表記するためなのかな。

 

 

最近また逮捕された「ASKA」が、「チャゲ&飛鳥」で活動している時の表記は

 

「ASUKA」でしたが、これだと欧米では「アス―カ」という間の抜けた読み方に

 

なってしまうので、「ASKA」という表記に変えたという話を聞いたことがあります。

 

これなら、「ASK」という単語があるから、読みやすいんでしょうね。

 

 

で、俺、勝手に想像したんですが、

 

「heel」という単語がありますよね。そうそう、ハイヒールのヒール。

 

冒頭の場面で、彼女が洗面台に脚をかけて洗っている時に、

 

男がぶつかってきて、靴が壊れてしまいます。

 

かかとがポキッと折れて、「Hee」。

 

ヒールには「悪役」という意味もあるので、何だか面白い。

 

 

 

かおり姐さんの役どころは、「容疑者」。

 

親切な説明などほとんど一切ない、俺好みのスタイルです。

 

彼女が、精神科医に独白していく様子が、画面の9割を占めます。

 

 

こいつ、デタラメばかり言ってんじゃないの、と思いたくなりますが、

 

そこは、彼女の真骨頂。

 

言ったことを忘れたり、あからさまな嘘をついたりする言葉のシャワーに、

 

時たま垣間見える、「彼女にしか感じ取るのできない真実」がギラリ、と。

 

 

5分に1回くらいの割合で、ゾクッときちゃいました。

 

 

力が抜けているようで、腰の据わった話し方。

 

身近にいるようで、雲の上にいるような、不思議な存在感。

 

人を見ていないようで、しっかり見ているような、するどい眼光。

 

包み込むように拒絶する、クールな肩透かし感。

 

 

これは、ヤラレました。

 

 

 

初めて彼女の演技をちゃんと覚えたのは、映画「噛む女」だったと記憶しています。

 

泉谷しげるの名曲とともに、彼女の気だるい横顔を覚えたんだっけなあ。

 

それから、「女がいちばん似合う職業」の、女刑事。

 

冒頭で、トイレに拳銃忘れる場面が、忘れられません。

 

 

「スワロウテイル」「大怪獣東京に現る」「スキヤキウエスタン・ジャンゴ」など、

 

この世を逸脱した世界でも、すうっと溶け込めるような柔軟さがあり、

 

イッセー尾形との2人芝居でも、本領を発揮しました。

 

(イッセーが昭和天皇を演じた「太陽」では、皇后様の役を演じてたっけ)

 

 

彼女は、3歳からバレエをやっていたこともあって、体が柔らかい。

 

CMでも、ひょいっと脚を上げる場面があったりすると、ゾクゾクしたものです。

 

タバコをガンガン吸っていて、お肌がきれいな女って、カッコいい。

 

いくつになっても、資生堂やエーザイのCMに出る女って、スゴい。

 

 

黒木メイサ主演のバレエ映画「昴」では、いい役を演じてましたね~

 

 

 

本作は、72分しかないので、あっという間に終わります。

 

撮影は、10日間しかかけていないらしい。

 

コンパクトですが、比重はなかなかのものがあります。

 

 

スタイル的には、ソダーバーグ監督の「セックスと嘘とビデオテープ」や、

 

東宝の特撮ホラー「マタンゴ」のような、静かな不気味さがあって、

 

画面から伝わってくる温度が、次第に上がっていくのを感じます。

 

 

 

「火」に取り憑かれた女、といえば、田中裕子の「火火」を思い出しますが、

 

あっちは結果的にいい話になっちゃっているので、こっちの方が狂気満載。

 

 

「火」を表現する言葉は、無数にあります。

 

「灯」は、ほんのりしたぬくもりがあるし、

 

「炎」は、燃え上がる恐ろしさを秘めている。

 

英語では、「fire」が一番ポピュラーですが、

 

「flame」だと、情熱的な意味が加わります。

 

(フラメンコの語源であり、ネットの炎上などもこれに当たるそうです)

 

 

 

 

人には、オーラというものが、たしかに、ある。

 

それは、光なのかもしれないし、

 

火のようなものなのかもしれない。

 

生命力が放つ輝きであるから、それははっきりとした「熱源」。

 

火のないところに煙は立たぬ。

 

燃える要素がなにもないところには、火は怒らない。

 

水素は、自らが燃える性質を持っているし、

 

酸素は、他者が燃えるのを手伝う「助燃性」という性質を持っている。

 

 

 

近づくと、火傷する女。

 

いつも、不完全燃焼の男。

 

饒舌だけど、わかりやすく表現するのが下手な女。

 

冷静だけど、何か燃えるきっかけを探している男。

 

 

いったん燃え上がると、何もかも焼き尽くしてしまう。

 

燃えるものがなくなるまで、ひたすら、燃え続ける、地獄の業火。

 

 

「風の谷のナウシカ」の老人たちは、言う。

 

火は、1日で森を焼き尽くしてしまう。

 

水と風は、百年かかって、森をきれいにする。

 

わしらもちょびっとは、火を使うがの。

 

でもわしらは、水と風の方が好きじゃ。

 

 

 

火を消すのは、水の役割。

 

しかし、冷たい水を温めるのは、火の役割。

 

多過ぎる火が、火災を生むように、

 

多すぎる水は、水害を生む。

 

 

一日に、水を2リットル飲みなさい、なんて、誰が決めたんだろう。

 

赤ん坊もじいさんも、2リットルなんですか?

 

デスクワークのイケメンと、ブルーカラーの肉体労働者でもおんなじ?

 

 

何でも、「適量」というものがあり、

 

その時、その場所によって、試行錯誤しなければならないのだ。

 

 

 

映画のかおり姐さんは、

 

常に、自分の心で感じ、自分の脳で考え、自分の言葉で話している。

 

それは、さっき言ったことと、矛盾しているかもしれない。

 

それは、昨日言ったことと、正反対かもしれない。

 

それは、一年前に言い切ったことと、まるで違うことなのかもしれない。

 

 

それは、しょうがない。

 

それが、人間という生き物だから。

 

 

常に、新しい細胞に生まれ変わっていくように、

 

思考や感覚も、新しい考え方や感じ方に、柔軟であるべきなのだ。

 

 

だから、あの頃はよかった、なんていう発想をしているヒマがない。

 

そんなものは、死に際にゆっくり思い出せばよろしい。

 

 

今年は、手強い映画にたくさん出会えて、刺激的だ。

 

 

 

いつも、何かを燃やしている。

 

熱くなれるものを、探している。

 

乾くからこそ、潤いが欲しくなる。

 

寒いからこそ、あたたかさが身にしみる。

 

 

 

今の自分は、どういう状態なんだろう。

 

感覚と思考は、モニタリングの最先端である。

 

そこから「意志」が生まれ、「行動」に発展していくのだ。

 

 

 

かおり姐さんの思考に、どこまでついていけるか。

 

精神科医の方が普通に見えるが、途中から、わからなくなっていく。

 

初老の娼婦から漂ってくる、妖艶なお色気。

 

加齢臭は、「華麗な香り」なのだ。

 

そして、タバコの煙が、誰よりも似合う女。

 

ニコチン、カフェイン、アルコール。

 

毒気を纏った、妖艶な猛毒に、心も体も痺れてしまうがよろしい。

 

 

 

かおりマシンガンの、乱れ撃ち。

 

銃口は、熱くなりっぱなし。

 

止まらない銃弾を、観客は、全身で浴びるのだ。

 

 

…どの一発が急所にヒットするか、覚悟して、いざ劇場へ!

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2016-12-15

U-NOTE Ⅱ 「ジワ~っと」

テーマ:ケガ・病気

酒が、うめえ。

 

食べ物が、うめえ。

 

 

基本、何食っても、うまいです。

 

 

俺、ちゃんと、医者の言いつけ通りに、一週間、禁酒禁煙しました。

 

ほぼ、10日ぶりに、ぬる燗を飲んだ時、

 

 

 

 

ジワ~っ…

 

 

 

まるで、そういう音が、聞こえてくるような感覚でした。

 

砂漠の乾燥しきった土に、清水がしみこむように、

 

待ちわびた、最愛の人にバッタリ出会ったように、

 

心と体が、躍る瞬間です。

 

 

 

俺の全身が、酒を歓迎している。

 

懐かしい友と再会したように、

 

今宵も、つかの間の、楽しい時間を味わっています。

 

 

明日は、豚の供養祭。

 

しっかり、おつとめを果たして参ります。

 

 

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2016-12-12

映画 「聲の形」

テーマ:アニメ・特撮

心の声は、心に響いてくるもの。 …深く静かに、耳を澄ませ。

 

 

新潟でもようやく公開されたので、家族3人で、映画館に行きました。

 

この映画、なかなか手強いですね~

 

 

京都アニメーション制作だから、

 

「けいおん!」「日常」みたいなユルい系かと思ったら、

 

いやはや、これはかなり、ハードな作品ですな。

 

「君の名は。」とも、「この世界の片隅に」とも、明らかに違う。

 

 

今現在、生きている人間たちの、心の内側を鋭くえぐる力作と言えるでしょう。

 

 

本作の主人公は、聾唖の少女。

 

「ザ・トライブ」「FAKE」「LISTEN」を見ていたので、

 

これも見とこうかな、くらいの軽い気持ちで行ったのですが、

 

開始早々、座り直しました。

 

 

 

小学校6年生のクラスに、障害者の女の子が転向して来ます。

 

彼女は、筆談ノートで、コミュニケーションを取ろうとします。

 

最初は、物珍しさと興味深さで、それなりに親切にしてもらえたんですが、

 

だんだん、ウザがられるようになり、いじめが始まってしまいます…

 

 

いじめをテーマにした作品は、無数に存在しますが、

 

これは、物凄く「リアル」です。

 

登場人物が、みんな何かしら、心の闇を抱えていて、

 

誰に感情移入していいやら、混乱しっぱなしでした。

 

 

あいつはひどい、とか、あいつが悪い、とか、

 

誰かを否定した途端に、自分自身も“嫌な奴”になってしまいそう。

 

 

俺が個人的にムカついたキャラが2人ほどいたんですが、

 

もしかすると、俺自身が、そういう部分を持っているのかもしれません。

 

 

自分は、誰かを否定できるほど、優れた人間じゃない。

 

誰かを否定した言葉は、ブーメランのように、自分に突き刺さる。

 

その「無限の痛み」を知っている人であればあるほど、

 

この映画は、正視できない場面の連続かもしれないですね。

 

 

人間なんて、一皮むけば、ドロドロの、グチョグチョ。

 

どんなイケメンであろうが、美人であろうが、関係ない。

 

表情。

 

声色。

 

仕草。

 

言動と、行動に、「全て」が表れるものなのです。

 

 

ああ、コワい。

 

 

アニメ―ションだからこそ、繊細な表現ができる。

 

アメリカは、CGアニメの最先端かもしれませんが、

 

日本は、別の次元での、深い領域の最先端にいるんだと俺は思います。

 

 

さあ、この映画、見るなら、相当の覚悟をした方がいいでしょう。

 

イライラしますよ~

 

ムカつきますよ~

 

心が、痛みますよ~

 

忘れていたトラウマが、蘇りますよ~

 

 

でも、

 

でも、

 

ちゃんと、見なくちゃ。

 

 

自分の、一番醜い部分と、しっかり向き合わなくちゃ。

 

そこから、目を背けたら、前には進めないから。

 

 

本作は、大人も子供も「対等」に扱っている、稀有な物語だと思います。

 

いじめに苦しんだ人ほど、この映画を見て欲しい。

 

 

 

人は、理解できないものに出会うと、モヤモヤする。

 

モヤモヤは、イライラに変わり、

 

悪ふざけが始まり、

 

それは、意地悪に変わる。

 

相手が無抵抗だと、味をしめて、いじめに発展していく。

 

 

誰もが、いじめは悪いことだと知っているはずなんだけど、

 

いざ、自分がその領域に入ると、途端に豹変してしまう。

 

リスクをおかしてまで、誰かを助けようとする人は、ほとんどいない。

 

俺の経験上、まぎれもない事実なんです。

 

 

子供の世界も、大人の世界も、そんなに変わらない。

 

俺は、職場いじめの現場に出くわして、耐えられなくて、

 

助けようとして、かえって「権力者たち」に睨まれ、

 

ボロボロになって、解雇されました。

 

 

でも、後悔はしていない。

 

自分ができることを、自分のやり方で実行した。

 

その気持ちに嘘偽りがないからこそ、今、こうして生きていられる。

 

 

しかし、

 

俺がしたことは、相手にとっては「ただの迷惑」だったのかもしれない。

 

俺の自己満足で、自己陶酔で、自己中心だったのかもしれない。

 

それは、今となっては、誰にもわからない。

 

 

映画「知らない、ふたり」での、贖罪の意識に通じるところがある。

 

映画「リリイ・シュシュのすべて」の、無邪気な残虐性に通じるところがある。

 

 

よくも悪くも、

 

人間は、醜く、美しい生き物なのだ。

 

 

 

人の話を、ちゃんと聞かない人。

 

人の話を、ちゃんと聞こうとする人。

 

人の話を、鵜呑みにする人。

 

人の話を、聞いたつもりになっている人。

 

 

人の気持ちが、わからない人。

 

人の気持ちを、わかったつもりになっている人。

 

 

冗談が、通じない人。

 

トラウマを抱えて、苦しみの中で生きている人。

 

 

誰かに言って、うまくいった言葉を、万能だと信じ、

 

誰にでも、おんなじことを言う、おめでたい人。

 

 

それを言っちゃあ、おしめえよ、という言葉を、平気で言える人。

 

みんなが言えないことを、バシッと言える人。

 

 

発言も、

 

行動も、

 

リスクが伴うもの。

 

 

勇気。

 

覚悟。

 

はずみ。

 

成り行き。

 

気がついたら、言っちゃってた。

 

 

動機が真っ直ぐであればあるほど、

 

伝わらなかった時の悔しさは、耐え難いものだと思う。

 

 

この映画の、本当のテーマは、

 

「伝える」ということの大切さなのかもしれない。

 

 

愛情も、友情も、伝わらなければ、意味がない。

 

これは、俺がずっと、言い続けたこと。

 

 

伝えたいのに、伝わらない。

 

伝えるつもりはないのに、伝わってしまう。

 

理解したいのに、理解できない。

 

理解してもらいたいのに、理解してもらえない。

 

一番、理解して欲しい人に…

 

 

人が云う、と書いて、伝える、と読む。

 

 

だから、

 

だからこそ、

 

本当に伝わった時は、心の底から、嬉しくなるものなんです。

 

 

その喜びを、

 

一度でも、味わったことがあれば、

 

生きられる。

 

 

俺は、そう思います。

 

 

悩める思春期の人たちに、

 

若い人たちに、この映画を見てもらいたい。

 

 

伝えるために、大切なのは、何か。

 

この映画から、しっかりと学んで欲しい。

 

 

それを、語り継いでもらえたら、人の心は、決して死なない。

 

 

いい映画だと思います。

 

道徳の授業で、使ってもらいたいような、優れた教材です。

 

 

映画館で見るチャンスがある人は、お早めに。

 

 

ああ、俺も、伝え方が下手な人間だから、身にしみます。

 

面倒だけど、そこが、人間の面白いところ。

 

 

今年は、アニメが大豊作。

 

やっぱり、日本人に生まれてよかったなあ、って思います。

 

 

伝え方は、技術である。

 

技は、磨かれてこそ、輝きを放つ。

 

話し方でも、文章力でも、手話でも、表情や仕草でも、

 

自分の得意な部分を、鍛えればよろしい。

 

 

…伝え方のプロになることが、大人になるための、第一歩!

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2016-12-09

映画 「聖の青春」

テーマ:邦画

選択して、実行に移すのは、あくまでも、自分自身である。

 

 

伝説の棋士、村山聖(さとし)の物語。

 

当初、松山ケンイチが演じると聞いて、ええ~っとなったんですが、

 

彼は、この役のために20キロ増量して、気迫の演技を披露しました。

 

 

俺は個人的に、“難病もの”というのは好きじゃないんですが、

 

将棋に挑むストイックな男の生き様を、この目で見たくなりました。

 

 

新潟ではすでにレイトショーがなく、家から車で1時間以上かかるところでしか

 

上映していないということもあって、一時は断念しかけたのですが、

 

奇跡的に仕事が早く終わって、夜7時の回、何とか間に合いました。

 

 

 

本作は、将棋がわからない人でも楽しめるようになっています。

 

その辺は、NHKで放映中のアニメ「三月のライオン」とおんなじですね。

 

(ちなみに、このアニメに登場する二階堂くんのモデルは、村山だそうな)

 

 

子供の頃から難病を抱えて生きて来た男にとって、

 

人生の“持ち時間”は、極めて少ない。

 

 

彼の、将棋にかける情熱と、命をかけて、体を張って指す姿を、よく見ておいて下さい。

 

 

 

以前にもお話ししたかもしれませんが、俺は、高校の時、将棋部の部長でした。

 

(まあ、だまされて部長にされてしまったので、棋力は中の下ですが)

 

俺にとって、将棋のイメージは、「真剣勝負」です。

 

単なるゲームではなく、一対一の、精神の格闘技。

 

 

かわりばんこに一手ずつ指していくのですが、

 

相手がどう指すのかを予測して、戦法を立てないといけないので、

 

無数の指し手から、たった一つを選び出すのが、非常に難しい。

 

俺みたいに、心がふらふらしている不安定な男には、

 

ものすごいプレッシャーになるんですね。

 

 

「自分の中で、迷子になってしまう」

 

これは、「B型自分の説明書」の名文ですが、まさにその通り。

 

俺はいつの間にか、将棋を指すのが怖くなってしまいました。

 

ずっと続けていれば、それなりの棋力がついたのかもしれませんが、

 

俺には、ハードルが高い領域だと思いました。

 

 

映画の村山は、「生きるか死ぬか」という領域で、戦っています。

 

もちろん、プロ棋士や、奨励会の会員は、そういう世界で生きています。

 

日々、指し手を研究し、強くなるための努力を惜しみません。

 

 

でも、根底にあるのは、面白いから、好きだから、というのが必ずあると思うんです。

 

好きな世界で、好きなことをやって、生きて行く。

 

これほど、素晴らしく、やりがいのあることはないでしょう。

 

だからこそ、つらいことがあっても、乗り越えていけるのではないかと。

 

 

俺がまず、注目したのは、駒さばきと、駒音。

 

これは、静かな劇場で見た方が、絶対にいいはずだ、と。

 

チェスクロックの音が、かなりうるさくて、おいおい、と思いましたが、

 

DVDで見たらきっと、ちょうどいいのかも。

 

(映画館で聴くと、そろばん学校みたいで笑えました)

 

 

 

最近は、機械が人間に勝ったとか、どうでもいいことが報じられていますが、

 

俺は、人同士の、ぬくもりが感じられる勝負の方が好きです。

 

棋譜(指し手の記録)をデータ化して、効率よく研究するのもいいですが、

 

相手がどんな心理状態で、どういう気持ちで指したのが、

 

そっちの方が、俺は興味深いと思うんですね。

 

 

指し方の微妙な変化、駒の持ち方、打ち方、打つ時の力、手の離し方など、

 

あらゆる要素が総合されてこその、一手であるからこそ、深いのです。

 

 

勝負手をビシッと指し、ジロリと相手を睨む時の、ゾクゾク感。

 

秒読みに追われて、慌てて指した時の、ドキドキ感。

 

何気なく指した、絶妙な一手を指した時、あるいは指された時の、ニヤリ感。

 

 

特に、中盤の、「7五飛」の場面での絶妙な指し方、いいですね~

 

将棋の醍醐味は、人同士の精神のぶつかり合いである、とつくづく思います。

 

 

「三手一組」は、将棋の考え方の基本。

 

①こう行く。 ②こう来る。 ③そこで、こう指す。

 

それって、普段の人とのやり取りで、自然にやっていることですよね。

 

今日は、彼とこういう話をしよう、なんて色々準備して臨んでも、

 

その時の相手の反応次第で、話す内容なんて、どんどん変わっちゃう。

 

人と話すことがストレスになるのには、実に深い理由があるものなんですよね。

 

 

 

映画の村山は、人とコミュニケーションを取るのが、どうも苦手のように見えます。

 

だからこそ、周りの人たちの個性が、際立ってくるんですね。

 

彼の師匠を演じるのは、リリー・フランキー。

 

いい師匠だなあ、と個人的に思いました。

 

将棋会館で出会う、脇役たちも、味があっていい。

 

“ニセ変態仮面”安田顕と、柄本時生の2人は、特によかったですね。

 

個人的には、古本屋の女の子とのやり取りが、とても微笑ましい。

 

(「変身」の、玉木宏と、文房具屋の蒼井優よりもぎこちなくて)

 

 

 

そして、羽生善治を演じるのは、東出昌大。

 

髪にほんのり寝ぐせがあったり、飄々と話すところが、実に面白い。

 

クールな羽生と、熱い村山との組み合わせは、人間的にも絶対面白い。

 

 

村山は、気難しい表情を見せることが多いですが、

 

基本、自分の気持ちに素直なんだと思います。

 

誰もが言えないことをズバッと言ったり、

 

相手を怒らせたとしても、自分が感じたことを、グサリと心に突き刺します。

 

 

彼には、時間がないから。

 

そのうちにあとで、なんていう余裕がないから。

 

自分の貴重な時間を割いても、誰かに本音をぶつけずにはいられないのは、

 

彼もまた、人恋しい、ひとりの人間であるから。

 

 

そんな村山も、敬愛する羽生に対してだけは、言葉遣いが違う。

 

勝負を離れた時の二人は、オンオフがきちんと切り替えられていて、

 

さすがは、プロ棋士だなあと思いました。

 

彼らのやり取りは、名場面がいっぱいです。

 

 

思い出すのは、映画「ピンポン」での、窪塚洋介と中村獅童。

 

天才同士でなければ、到達できない、神の領域。

 

ああ、きっと、この瞬間のために、今までの人生があったのかもしれない。

 

村山と羽生の熱戦も、きっと、二人にしかわからない、何かがあったのでしょう。

 

 

松山ケンイチという名前を覚えたのは、「デスノート」からでした。

 

その後、「神童」「人のセックスを笑うな」「デトロイト・メタルシティ」

 

「ノルウェイの森」など、人から振り回される方も、振り回す方も、

 

両方演じられる、面白い役者だなあと思うようになりました。

 

彼は、将棋が趣味だそうで、なるほど、村山とLは、共通点がありそう。

 

物事を深読みする眼光の鋭さは、彼の持ち味ですね。

 

 

そして、主題歌は、秦基博。

 

「アポロンの坂道」「言ノ葉の庭」に加えて、切ない青春映画にはピッタリですね。

 

本作は、やっぱり、青春映画だと俺は思うから。

 

持ち時間がもっとあれば、彼はきっと、素敵な恋ができたでしょう。

 

だって、“アレ”を読むのが好きだったんだから(笑)

 

 

 

 

 

生きることは、選択の連続である。

 

色んな手が浮かぶから、迷いが生じる。

 

時間内に、選んで決めていく。

 

常識だから、そうすることもあるし、直観で、決めることもある。

 

不幸な出来事をたくさん経験すればするほど、

 

物事を、より深く考えるようになるのだろうか。

 

 

あまり、考えない人。

 

できれば、考えたくない人。

 

考えるのが、好きな人。

 

考えずには、いられない人。

 

 

予想外の状況に出くわすと、心が混乱する。

 

頭の中で、心の奥で、過去の記憶と照合し、行動するための候補を探す。

 

三手一組で、綿密にシミュレートしていく。

 

成功しても、失敗しても、その「経験」を積んだことで、「人間力」はアップするのだ。

 

 

 

朝目が覚めて、起き上がる。 着替える。 ごはんを食べる。

 

どちらの足から動き出すか。 どちらの腕を先に、シャツに通すか。

 

味噌汁が先か。ごはんが先か。まず、梅干しを頬張るか。

 

車の運転。道順。買い物の内容。人との会話。休憩時間に何をするか。

 

 

毎日、誰もが、無意識のうちに、全部自分で選んで決めて、行動している。

 

誰かに言われてやったことでも、それを選択したのは、あくまでも自分なのである。

 

 

将棋は、待ったなし。

 

一度指してしまった手は、なかったことにはできない。

 

だからこそ、真剣に悩み、命をかけて勝負するのだ。

 

指した後は、すぐに次の手を考える。

 

いちいち、振り返って、後悔ばかりしていては、何も始まらない。

 

 

村山聖は、「寿命」という、「見えない制限時間」の中で、

 

常に、「秒読みの戦い」を強いられてきた。

 

そこに、彼の「強さ」の根源がある。

 

 

本気で戦うからこそ、

 

本気で悔しがるからこそ、

 

本気で人とぶつかるからこそ、

 

見えてくるものが、きっとある。

 

 

…自分にしかできない、オリジナルの生き方で、勝負せよ!

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2016-12-06

映画 「永い言い訳」

テーマ:邦画

心の中を吐き出せる相手がいる人は、幸いである。

 

 

退院しても、一週間は禁酒禁煙なので、飲み屋もカフェもしばらくお預け。

 

休みの前の夜に、飲みに行けないのは、ストレスになっちゃうので、

 

こういう時は、やっぱりレイトショーに行くのが一番ですな。

 

 

入院前に見たかったもう1つの映画が、どうやら人気がないらしく、

 

すでにレイトショーがなくなっていたので、この映画を選びました。

 

 

西川美和監督の映画を初めて見たのは、「ゆれる」でした。

 

その後、「夢売るふたり」を見たので、本作で俺は3本目になります。

 

 

 

仲良しの女性2人が、バス事故で急死してしまう。

 

遺族となった2つの家庭の、2人の男を中心とする物語です。

 

 

主人公は、作家でタレントの男。演じるのは、本木雅弘。

 

何ともいえない、くたびれ感がいいですなあ。

 

「226」の、苦悩する演技と、「GONIN」のナイーブな演技、

 

「べっぴんの町」の、中途半端なヤクザ役も、青くさくてよかった。

 

「おくりびと」はもちろん、最近演じた昭和天皇も、素晴らしかった。

 

 

でも、本作の彼は、一番、「彼らしさ」が出ているかもしれません。

 

 

以前に、インタビューで、確か、こう言っていたと記憶しています。

 

『…自分は、コンプレックスのかたまりなんです。』

 

それは、彼の演技の、繊細な部分に、しっかりと際立っていると思う。

 

 

苦悩する役柄が、とても板についている。

 

頭の中は、あらゆる思考で、常にグルグル回っており、

 

心の中は、あらゆる感情が、常に渦巻いている状態。

 

冒頭の、髪を切る場面から、それはすでに始まっている。

 

 

言葉を慎重に選んで、静かに、たんたんと、少しずつ、相手にぶつけていく。

 

イライラは伝染するので、相手に増幅して伝わり、うんざりさせてしまう。

 

それがわかっているのに、言ったところで、どうにもならないのに、

 

言わずにはいられないし、怒りを止められない。

 

小さな小競り合いは、一見、静かなようであるが、

 

スタンガンを突き付けられたように、鋭く熱い痛みが、瞬間的に襲う。

 

 

この夫婦は、ギリギリのところにいる。

 

 

そして、事故が起きた時、彼が何をしていたか。

 

まるで、三浦綾子の「氷点」である。

 

狙ったのかもしれないが、罪の意識というのは、根が深い性質のものであるから、

 

自分のせいじゃないのに、自分のせいに感じてしまう心理が、どうしても働く。

 

 

自殺ではない。

 

事故死である。

 

しかも、それらは、予期せぬ時に、ふいに起きてしまうのである。

 

 

主人公夫婦には、子供がいなかった。

 

何故いないのかは、映画を見ればわかるので、ここでは省略。

 

 

 

もう一方の家族は、両親と、2人の子供がいた。

 

トラック運転手の父親と、子育てに忙しい母親。

 

父親は、子供たちと、今までまともに向き合ってこなかった。

 

みかけは不愛想な感じがするけど、話し方は、実にやわらかい。

 

そのギャップに、話しやすさと話しにくさが同居している感じがする。

 

演じるのは、竹原ピストル。

 

この兄ちゃん、面白いですね。

 

 

彼もまた、ギリギリのところで、踏ん張っている男。

 

 

遺族の集まりで、もともと同級生だった2人は、急速に親しくなる。

 

主人公は、子供がいる生活に新鮮味を感じ、

 

トラック業務で家を留守にする父親のために、週2で、彼の家へ行く。

 

家事なんてまともにやったことがないような男が、

 

とまどいながらも、2人の子供たちと行動を共にする。

 

 

こう言うと、TVドラマでよくあるネタのように思えますが、

 

実は、ここからが、西川監督の真骨頂。

 

うまくおさまるようで、きれいにはいきません。

 

 

彼女の感性の深さは、素晴らしいと思う。

 

 

人同士というのは、親密になればなるほど、ぶつかりやすくなる。

 

お互いの気持ちいい距離感が、わからなくなるのである。

 

 

それは、大人でも、子供でも、男でも、女でも、同じこと。

 

理解してもらうと、もっと理解してもらいたくなる。

 

うまくいくと、もっとうまくいかないと気が済まなくなる。

 

 

人の心は、いつも同じじゃない。

 

昨日言ったことが、今日は180度変わることだってある。

 

 

それは、生きているという証拠。

 

 

いつも同じで、同じ環境で、同じことを繰り返していると、

 

自分の立ち位置が、ぼんやりとしていく。

 

 

不安な人ほど、安心を求めるが、それは、はっきり言って、不可能。

 

 

普段、我慢や辛抱をしているから、大事な席で、失態をしてしまう。

 

 

しかし、そうせずにはいられない「何か」があるのだ。

 

 

 

作家という仕事は、表現せずにはいられない人に向いていると思う。

 

才能というのは、心に湧き上がってくるイメージが常にあって、

 

それを、人に伝える形で出力していく技術を伴った能力。

 

 

だから、押し黙っているよりは、どんどん出力した方が、

 

新鮮な発想が、次々と浮かんでいくんだと思う。

 

 

トラック運転手の父親も、子供たちも、静かに、我慢をしている。

 

彼らなりの、ギリギリのところで、踏ん張っている。

 

 

それが、些細なきっかけで、ポロポロと出てくるのだ。

 

そこが、痛々しくもあり、親しみを感じるポイントでもある。

 

 

登場人物のひとりひとりが、いっぱいいっぱいのところで生きている。

 

 

まるで、自分を見ているようだった。

 

 

それは、「感情移入」と言ったチャラチャラした性質のものではなく、

 

あまりにも生々しくて、自分の弱さや怖さや醜さを、突き付けられた気分になる。

 

彼らが言い放った言葉に賛同する自分と、

 

それを言われてしまった方は、つらいだろうな、と思う自分。

 

 

傷つけたくないし、自分も傷つきたくないから、

 

人との距離は、どんどん遠くなっていく。

 

傷つかない代償として、ぬくもりも遠ざかっていく。

 

 

それで、よければ、それもよし。

 

でも、それでは、ダメな人もいるのだ。

 

 

甘え、だろうか。

 

思いやり、だろうか。

 

気遣い、だろうか。

 

 

図々しい、だろうか。

 

言い過ぎ、だろうか。

 

言わなくてもいいこと、だろうか。

 

 

 

父親たち2人のバランスが、とてもいい。

 

そして、子役たちの演技が、素晴らしい。

 

 

心を病んだ人たちは、

 

追い詰められた人たちは、

 

ギリギリで生きている人たちは、

 

危うい状態で、かろうじて正気を保っているだけなのである。

 

 

手嶌葵の歌が、絶妙なタイミングで流れます。

 

彼女の清楚な歌声は、聴く者の心を、素直にしていく力があると思う。

 

 

マシンガンのようにしゃべる人ほど、

 

自分が本当に言いたい言葉を、伝えていないのかもしれない。

 

黙ってニコニコして、親身に聞いてくれていると思った人ほど、

 

こちらの話を、ちゃんと聞いていないかもしれない。

 

 

一見、成立しているようで、すでに崩壊している関係。

 

一見、理解し合っているようで、何も通じ合っていない関係。

 

一見、伝わっているようで、全然かみ合っていない関係。

 

 

誤解と、偏見。

 

いたずらと、意地悪。

 

冗談と、憎悪。

 

褒め言葉と、嫉妬心。

 

あきらめと、無関心。

 

 

ああ、この映画には、ドス黒いものが、渦巻いています。

 

「淵に立つ」もすごかったけど、本作もすごい。

 

目に見えない、心の葛藤って、表現するのが難しい。

 

124分が、あっという間でした。

 

 

 

信頼を失うと、取り戻すのに時間がかかるというけど、

 

もともと信頼されていなかったら、崩壊するのは早い。

 

逆に、壊そうと思えば思うほど、驚異の修復力で再生する関係もある。

 

 

人同士の関係って、複雑で単純で、面白いもんですね。

 

 

何もかも失ったと思った時ほど、新たな出会いがあるもの。

 

普段は見えなかったものが、見えてくるもの。

 

その出会いを生かすか殺すかは、自分で決めていい。

 

 

「ブレない自分」を構築するなんて、もともと俺には無理だから。

 

「不安定で、どうしようもない自分」を肯定するところからしか、始まらないから。

 

 

悩んでいる人に、不安でどうしようもない人に、

 

追い詰められている人に、この映画を見て欲しい。

 

 

そして、話を聞いてくれる人たちの中に、

 

自分から離れないでいてくれる人の気持ちを、想像して欲しい。

 

 

 

 

…自分の心の中にある「淀んだもの」の正体が、見えてくるから。

 

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