FUJITA'S BAR
2016-11-28

映画 「この世界の片隅に」

テーマ:アニメ・特撮

人は、変わる。いい意味でも、悪い意味でも。

 

 

入院前に、どうしてももう1本見ておきたくて、

 

2本候補があったんですが、近くて開始時間が早いという点で、

 

こちらが勝っていたので、これを見ました。

 

 

原作は、こうの史代。

 

(映画「夕凪の街 桜の国」は、俺のブログでも紹介しています)

 

監督は、片渕須直。

 

(映画「マイマイ新子と千年の魔法」は、俺のブログでも紹介しています)

 

 

これは間違いなく、いいものができるに違いない!

 

そういう確信もあって、見に行かねばと思いました。

 

 

 

文部科学省特別選定とか言ってるけど、どうでもいい。

 

この映画は、クラウドファンディングで製作されたということに注目して欲しい。

 

文部科学省なんて、どうせうさんくさいんだから、そんな肩書がいらない。

 

 

人間という生き物を、真正面から捉えた、優れた作品であることは、間違いない。

 

 

 

のほほん、とした映画です。

 

主演は、のん。

 

誰だろうと思ったら、能年玲奈なんですね。

 

彼女の声がいいのか悪いのかは、俺ごときにはわかりませんが、

 

絵の力ですでに圧倒されてしまっているので、問題ないです。

 

 

穏やかで、優しい人…

 

そういう人が、ずっと「幸せな環境」で過ごせるほど、

 

世の中は、甘くありません。

 

ましてや、戦争中の広島、呉の物語ですから。

 

 

「マイマイ新子と千年の魔法」では、

 

前半ののほほんさがガラリと変わって、

 

主人公の少女が、ヤクザに殴り込みをかけるという、ハードな展開でした。

 

 

本作では、戦争が佳境に入ってくるにつれて、

 

衝撃的な、ヘビーな場面が次々と起こります。

 

それは、「火垂るの墓」ほど露骨な描写ではありませんが、

 

この、のほほんとした日常が破壊されていくという状況においては、

 

こちらの方が、ある意味、インパクトが大きいかもしれません。

 

 

片渕監督の手腕は、大したものですね。

 

「マイマイ新子」の時に感じた、繊細で力強い演出力は、やっぱり本物でした。

 

 

今どきは、「君の名は。」が、予想外のメガヒットになっていますが、

 

俺的には、こちらの方が、新鮮な驚きと、リアルな感覚に満ちています。

 

 

「シンゴジラ」 しかり。

 

「FAKE」 しかり。

 

「知らない、ふたり」 しかり。

 

「レヴェナント」 しかり。

 

「少女」 しかり。

 

「淵に立つ」 しかり。

 

 

今年は、“痛みを感じる映画”が、キーワードになっています。

 

それは、俺自身が、心を常に痛めているからかもしれません。

 

 

このブログはもともと、一般的な視点と違うところで書いていますから。

 

 

優しい人が、優しいままであり続けるのは、なかなか難しい。

 

でも、この映画に出てくるような人たちに囲まれていたら、

 

もしかしたら、美しい心を、失わずに済むかもしれない。

 

 

健気で、一生懸命で、お人よしの人は、不幸な目に遭う確率が高い。

 

しかしそれは、本人が「どう思う」か、「どう捉える」かで、変わってくるもの。

 

 

本作の主人公は、冒頭から、すでに危うい。

 

この子、ちゃんとやっていけるかなあ、と、余計な心配をしてしまう。

 

そういうキャラだからこそ、周囲の人が、支えてくれるのかもしれない。

 

 

それもまた、人徳である。

 

 

「幸福」と「不幸」の境界線は、紙一重。

 

人の心の奥底もまた、つかみどころのない、深い領域。

 

 

後半に、すごいシーンがありました。

 

もしあの時、〇〇だったら…

 

聴覚に訴える、おどろおどろしい、生臭い場面です。

 

…決して逃げることのできない、無限地獄。

 

俺が心を病みまくっている時の状況とおんなじ。

 

 

もし、うつの症状が重くて、苦しんでいるなら、本作はオススメしません。

 

下手をすると、途中退席しないといけないかもしれないから。

 

 

少なくとも、俺の精神を、根底から揺るがす力がある映画でした。

 

 

大切な何かを、得る喜び。

 

大切な何かを、失う悲しみ。

 

何かを得るために、何かを手放し、

 

何かを忘れるために、何かを見つけ出す。

 

当たり前にあったものが、

 

当たり前に、隣にいた人が、

 

大切に守ってきたものが、

 

自分の命よりも、大事だったものが、

 

ある瞬間、

 

無理矢理、一瞬で消えてしまう。

 

 

死んだほうがまし。

 

そういうことって、無数にある。

 

でも、運悪く、(ホントは運よく?)

 

生き残ってしまったりするんです。

 

 

それって、誰にも責める権利はないはずなんですよね。

 

 

何で、あいつが死んで、お前が生き残ったんだよ!

 

そんなこと言われても、仕方がないって、どこかでわかっているのに。

 

 

死者は、褒められて、祭られて、崇められる。

 

生者は、疎まれ、蔑まれて、恨まれる。

 

…ああ、嘆かわしい。

 

 

人は、大切なものを失うと、誰かのせいにせずにはいられない生き物。

 

その人のせいじゃないってわかっているのに、責めてしまう。

 

 

 

でも、稀に、誰のせいにもせずに、誰も恨まない人がいる。

 

そういう人もいるんだ、って、灌漑深くなってしまう瞬間である。

 

 

親子関係が、よかったんだろうか。

 

いい友達に、恵まれたんだろうか。

 

それとも、その人の持っている、資質なんだろうか。

 

 

とにかく、本作の主人公は、すごい。

 

でも、きっと、当たり前にいる、普通の人なんだろうと思う。

 

 

そこが、いいんですね。

 

 

 

この世界の片隅に、

 

ひたむきに、生きている人たちがいる。

 

俺もまた、片隅で、ひっそりと生きているだけの男。

 

 

 

片隅で、いいじゃん。

 

自分が自分でいられる、居場所があれば、それでいいじゃん。

 

 

…まだ、生きている。

 

…まだ、死んでいない。

 

 

だから、今、できることを、精一杯、やるだけ。

 

 

そういうことを、教えてくれる、いい作品です。

 

 

痛みを、推進力に変えていく。

 

そうやって、人は、変わっていく。

 

いい意味でも、悪い意味でも。

 

 

しかし、絶対に変わらないものがある。

 

それは、その人にしかわからないものだったりするし、

 

周りが言ってあげなければ気づかないことだったりする。

 

 

探してみましょう。

 

 

…本当に、大切な何かを。

 

 

 

 

 

(桑畑は、明日から入院します。生還したら、またお会いしましょう)

 

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-11-21

映画 「眼球の夢」

テーマ:邦画

倒錯とエロス。 …暴走したら、もう止まらない!

 

 

久しぶりに映画館に行きました。

 

いやあ~ 強烈ですね~

 

これは、はっきり言って、一般の人には理解不能な映画ですね。

 

 

俺も、眼球フェチの人たちの、マニアックな映画かと思ったんですが、

 

途中から、視点を変えました。(眼球映画だけに)

 

 

これはもう、笑うしかないでしょう。

 

あまりにも露骨で、あまりにも変態チックで、

 

あまりにもバカ映画過ぎて、一時、嫌な現実を忘れました(笑)

 

 

この映画を、一般の人にわかりやすく説明できる人は、そういないでしょう。

 

 

 

だから、俺は、あえて、自分の言葉で書かせていただきます。

 

 

 

 

俺的には、「目」という器官は、個人的に好きです。

 

(もっと好きなのは、「口」という器官ですが)

 

 

眼球というのは、目の一部。

 

唇というのも、口の一部。

 

 

まつ毛があって、目蓋があって、涙があって、表情があってこその「目」。

 

唇があって、歯と舌があって、唾液があって、表情があってこその「口」。

 

 

ああ、何だかすでに、エロい文章になってますが…

 

 

 

その人の本質を現すのが、器官の「動き」であり、

 

そこから発せられる「出力」が、スピリチュアルなエロスなんですよね。

 

 

 

人は、人から得られる刺激に、一番興奮するもの。

 

好きな人から発せられる信号は、何でも愛したくなるもの。

 

反対に、嫌いな人から発せられる信号は、嫌悪感を抱くもの。

 

 

発信者の信号が強烈であればあるほど、

 

受信者の感度が鋭ければ鋭いほど、

 

深い領域で、コミュニケーションができるものなんです。

 

 

強烈な恋愛を経験した人。

 

生涯に一度の、気持ちいいセックスを経験した人。

 

一目惚れを経験した人。

 

一瞬でもいいから、燃え上がるような恋をした人…

 

 

傍から見たら、ただのバカにしか見えなかったとしても、

 

本人の本心の核心の領域においては、極めて正常な行為であり、

 

一生に一度の、至福のひとときなのである。

 

 

 

俺も、今までに、色んな体験があったから、

 

この映画で暴走していく主人公たちが、何だか、愛おしい。

 

 

それはきっと、

 

ある意味、幸せなことなのかもしれない。

 

 

 

映画「つやのよる」で、大竹しのぶが言ったセリフを思い出しますね。

 

 

 

 

人は、人のことを、全部は理解できない。

 

一部は、何とか理解できるかもしれない。

 

でもそれは、自分なりの、勝手な視点なのかもしれない。

 

 

だから、

 

一部でも、しっかりと理解できるなら、

 

その人の全てを理解することも、決して不可能ではない、ってこと。

 

 

 

好きな人が、もし、変態だったら?

 

愛する人が愛するものを、自分も愛することができるだろうか。

 

その辺が、愛の限界という領域なのかもしれない。

 

 

思いっきりバカ映画だけど、

 

本質的には、極めて真面目な変態倒錯映画である、と俺は思います。

 

 

 

さあ、この映画についてこれる人は、一体、何人いるだろうか。

 

 

俺的には、まだまだ手ぬるい、と思いましたが。

 

 

有名人がたくさんコメントを寄せているみたいですが、

 

俺の感じたこととは、やっぱり違う。

 

 

それで、いい。

 

 

変態映画は、自分の感性を中心にして、楽しむべきものなのだ。

 

 

 

眼球は、美しい。

 

外界からの情報の約80%は、眼から入ってくるそうな。

 

角膜の奥には、弾力性のある水晶体があり、

 

6本の筋肉と、毛様体によって、眼球を自由自在に動かせる。

 

(「美しい人体図鑑」の記述より引用)

 

 

 

球体だからこそ、あらゆる方向に動かせるのであって、

 

常に濡れているからこそ、円滑に動かすことができるのである。

 

 

ああ、何て美しく、完璧な機能を持った器官なんだろう。

 

 

俺は以前、何度か言いました。

 

人の目をずっと見ていると、何か得体の知れないものをもらってしまうから、

 

長い時間、直視できない…と。

 

 

その理由が、何となくわかった気がします。

 

 

…美しいものを見続けると、目がつぶれるから。

 

 

 

賢明な読者の皆様は、こんな映画、見ちゃいけませんよ。

 

もし間違って見てしまったら、誰にもおススメしてはいけませんよ。

 

 

…自分の心の中で、じっくりと、熟成して下さい。

 

 

 

(さあ、入院までに、もう1本くらい、見られるかな)

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-11-18

U-NOTE Ⅱ 「出荷ラッシュ」

テーマ:ケガ・病気

今週は、怒涛の265頭出荷でした。

 

 

普段の週なら、多くても150頭くらいだから、倍近い数です。

 

出荷のトラックには、最大75頭までしか積めないので、

 

通常、週に2回の出荷が、今週は4回。

 

 

日、火、水、木だったので、月曜に休みをもらいました。

 

その後は、3日連続~

 

 

 

ちなみに来週は、210頭の予定。

 

日、火、木になるみたいです。

 

 

明日は休みで、日曜は、朝7時から出荷。

 

明日の夜は、アメーバのオフ会なんですよね(笑)

 

俺が幹事で、会場は、新潟駅近くの居酒屋。

 

電車で1時間かかるので、アウェイですが、がんばります。

 

 

仕事が過酷でも、ストレスに押しつぶされそうになっても、

 

おいしいお酒を、楽しい仲間と一緒に飲むと、

 

嫌なことも、一時、忘れられるってもんです。

 

 

明日はたぶん、午前中はくたばっているだろうから、

 

午後から行動を開始して、

 

飲み会の前に、映画を1本見ようかと企んでおります。

 

 

最近は、多忙なこともあって、急な出費が重なったこともあって、

 

映画全然行けてない~

 

 

今夜はぐっすり眠って、明日起きてから、自分の体と相談して決めます。

 

 

豚をどんどん出荷できるのは、ありがたいこと。

 

働ける職場があるのは、ありがたいこと。

 

一緒に飲める仲間がいるのは、ありがたいこと。

 

 

腰がバキバキに痛いので、入浴剤を入れたお風呂に入って、

 

今、風呂上がりのビールを味わっています。(正確には発泡酒ですが)

 

 

ここ2ヶ月くらい、見たい映画をたくさん見逃しているんだよなあ。

 

…明日こそは、きっと!

 

 

 

 

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-11-14

U-NOTE Ⅱ 「手術の前に」

テーマ:ケガ・病気

昨日の日曜は、出荷があったので、出勤でした。

 

バーで落語会があったんですが、遅刻して行っては失礼なので、断念。

 

今日は、代休でした。

 

 

新潟の気候は、昼間は暖かいけど、夜は1桁台に下がります。

 

もうちょっとすると、霜が下りてくる季節になるでしょう。

 

今月は、入院まで、まともな休みがほとんど取れないと思うので、

 

今日、車の冬タイヤ交換を済ませました。

 

 

俺の同級生がやっている車屋に行ったんですが、

 

実はそこは、実家の圏内…

 

お袋が死んで、実家と揉め事になってから、

 

精神的に無理で、立ち入りできなかったエリアなんですが、

 

今日の午前中に、何とか突破できました。

 

 

9月に車検があった時は、車を取りに来てもらって、

 

代金も、集金に来てもらったんですが、

 

さすがに、タイヤ交換くらいで、取りに来てもらうのは申し訳ない。

 

 

しかも、俺のお袋のそ葬儀を手伝ってもらった時は、

 

彼の奥さんの父親が亡くなった直後で、大変な時期だったらしい。

 

 

そのお礼も、改めて言わなきゃと思って、

 

勇気を振り絞って、行ったんですね。

 

行ってみれば、どうってことなくて、

 

数十分、軽い話をして、

 

退院した後も、一週間は禁酒禁煙だから、

 

年明けくらいに、また一緒に飲もうと約束しました。

 

 

これで、いつ雪が降っても大丈夫。

 

ひとつ片付いて、ほっと一息。

 

 

 

で、午後からは、もっと大事な要件にかかりました。

 

 

入院する時は、保証人が必要になるんですね。

 

妻の名前と、もう一人、同居していない第三者の署名と捺印が必要。

 

実家の親父に頼むのは、自殺行為なので、

 

妻の父親(俺にとっては義父)に、お願いすることに。

 

 

手土産を持参して、急で申し訳ありませんが…と。

 

 

予め、妻が電話で頼んでおいたこともあって、快く引き受けて下さいました。

 

お袋の葬儀に俺が出られなかったことも、既にご存じなので、

 

実にスムーズに、署名捺印して頂きました。

 

 

ありがたい~

 

 

自分の親に頼んだら、

 

①予め、数か月前に、高い酒を持って、予告がてら、あいさつに行く。

 

②一ヶ月前くらいに、そろそろだからと、念を押しておく。

 

③頼む当日に、また手土産を持参して、何とか署名捺印をもらい、

 

 説教や愚痴を2時間くらい聞かされて、ようやく解放される。

 

 

借家の契約更新やら、新しい仕事に就く時に保証人が必要な時とか、

 

回を重ねる毎に、要求がエスカレートしていくのである。

 

そういう「弱味」を握られているという一点において、

 

この年まで、我慢を強いられてきたのである。

 

 

 

妻が、電話して、俺が入院するからと話した時点で、

 

「保証人か、わかった。」と即答してくださったらしい。

 

何て、優しさに包まれた人格者なんだろう~

 

あまりにもスムーズにことが運んで、何だか感動してしまいました。

 

 

俺は最悪、世帯主を妻にしてもいいから、必死で頼んでみよう、と。

 

義父に断られたら、会社の社長に頼んで、そこでも断られたら、

 

手術は断念して、入院を見送って、腫瘍がガンになるのを待とう、と。

 

 

この一週間、そんなことをグルグル考えていました。

 

 

この強烈なストレスと、仕事のストレスが交互にやって来て、

 

胸が張り裂けるような思いで、先週を駆け抜けたんですね。

 

 

 

今日は、休日だけど、やることが色々あって、疲れました。

 

でも、やるべきことがちゃんとできた達成感があったので、

 

今、気持ちよくビールを飲んでいます。

 

 

明日から、3日連続で出荷があります。

 

上司が不在の日も何日かあるので、責任重大なひとときの連続。

 

昼間は20℃まで上昇して、夜の最低気温は5℃くらい。

 

人間も豚も、温度差で風邪をひくんですよね。

 

そうならないように、温度管理をしっかりやらないと。

 

今の時期は、管理が難しい日が多いから。

 

 

 

でも、何とか、がんばれると思う。

 

週末の休みは確保したので、新潟のグルっぽのオフ会の幹事は、

 

ちゃんとおつとめを果たせそうです。

 

 

入院の日まで、休める日は、たぶん多くて2日くらいになるでしょうな。

 

今日、大きな「やるべきこと」ができたので、

 

肩にのった荷物が、半分くらいになった気がします。

 

 

 

生きていると、色んなことがあります。

 

まだ、生き残る道が残されているなら、もう少しがんばってみようか、と。

 

 

品質のいい、おいしい豚肉を、たくさん出荷したい。

 

お客様に、喜んで頂けるように、力を尽くします。

 

 

そして、余力があったら、映画館に行きたいなあ。

 

 

 

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-11-12

レナード・コーエン 死去

テーマ:死・お悔やみ

ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞して、びっくり。

 

りりィが死んだのも、びっくり。

 

肝付兼太が死んだのも、びっくり。

 

でも、一番びっくりしたのは、レナード・コーエンでした。

 

 

俺が生まれた年にデビューした、享年82歳のじいさん。

 

詩人であり、小説家であり、シンガーソングライターなんだとか。

 

ボブ・ディランのプロデューサーでつながっているから、たぶん友達なのかも。

 

 

レナードの低音ボイスを初めて聴いたのは、

 

タランティーノ脚本、オリバー・ストーン監督の「ナチュラル・ボーン・キラーズ」の冒頭。

 

「ウェイティング・フォー・ザ・ミラクル」が、ゆったりと流れます。

 

何てすごいシブ声なんだろう、と思って、ずっと記憶に残っていました。

 

L7の「シットリスト」で、殺戮がスタートするんですが、

 

そこまでの重厚な雰囲気が、実に素晴らしい。

 

 

サントラCDだと、途中で終わっちゃうんですが、俺は、フルで聴いてみたくて、

 

2枚組のベスト盤を、新潟市内の紀伊国屋で見つけて購入しました。

 

 

その中に、名曲「ハレルヤ」も収録されていたんですね。

 

 

 

音楽というのは、譜面やコードがあって、成り立つもの。

 

歌には、歌詞があるので、メロディに重きをおくか、文章に重きを置くか。

 

メロディありきの人と、歌詞ありきの人では、スタイルが異なると思うんですね。

 

 

シンガーソングライターでも、

 

メロディが先に浮かんで、後から詩をつけていくタイプ。

 

歌詞が先にあって、後からメロディをつけていくタイプ。

 

両方が、同時並行で浮かんでいくタイプ。

 

 

歌詞がいいから好き、という人もいれば、

 

曲がいいから好き、という人もいる。

 

 

でも、もう一つ、大切な要素があるんです。

 

 

それは、その人の、歌声。

 

 

歌というのは、

 

誰が作ったか。

 

誰が歌うのか。

 

どんなアレンジで、誰が演奏するのか。

 

リズムや、コード進行や、込められた感情や…

 

 

色んな要素が、一点に集中されて、名曲や名演奏が生まれるんですね。

 

 

好きな曲を、繰り返し聴いていると、

 

少し、アレンジを変えたバージョンを聴いてみたくなる。

 

 

ライブで生の演奏を聴いていると、

 

その日、その時によって、「違い」があるのがわかる。

 

 

歌は、生き物。

 

それを歌う人も、生き物。

 

生き物である以上、常に変化している。

 

 

それだから、いいのだ。

 

 

尊敬した人も、

 

憧れた人も、

 

好きになった人も、

 

嫌いだった人も、

 

気になった人も、

 

気にならなかった人も、

 

 

時間が経てば、変わっていく。

 

 

 

自分が味わった「その人の印象」は、

 

その一瞬だけの、記憶なのだ。

 

 

だからこそ、貴重な体験と言える。

 

 

 

強烈な体験であればあるほど、忘れない。

 

わからないけど、何だか、すごい。

 

でも、その理由は、よくわからない。

 

時間が経って、年を重ねてから、わかることがある。

 

 

で、さらに年を重ねると、もっと深く、わかってくる。

 

 

いや、「わかる」というよりは、

 

「自分なりの解釈が、より深くなる」ということなんじゃないかって思う。

 

 

正しい答えなんて、いらない。

 

模範解答なんて、クソくらえ。

 

 

自分の感覚で、自分の心が出した答えこそが、真実なのだから。

 

 

 

レナード・コーエンの歌は、深い。

 

 

俺は、ボブ・ディランのCDも持っているけど、

 

コーエンのCDの方を聴く回数が多い。

 

 

理由はわからないし、うまく説明できない。

 

 

でも何だか、いいのである。

 

 

年末になると、「ハレルヤ」を聴きたくなる。

 

何でだか、わからない。

 

 

聴きたいから、聴く。

 

それで、いい。

 

 

俺は、詩が書けないから、詩人を尊敬しています。

 

だって、カッコいいじゃん。

 

 

 

文章って、ただダラダラ長く書けばいいってもんじゃない。

 

伝えたいことを、シンプルな言葉で、簡潔に伝える。

 

 

ああ、何て素晴らしい才能なんだろう。

 

 

憧れますねえ。

 

 

 

一度でいいから、コーエンじいさんの、生ライブを聴いてみたかった。

 

でもそれは、縁があるかどうか。それだけのこと。

 

 

 

レコードで聴くもよし。

 

CDで聴くもよし。

 

誰かのカバーで聴くもよし。

 

誰かのカラオケで聴くもよし。

 

 

たくさん聴いて、

 

たくさんその曲を楽しんだ者が、一番幸せなんだと、俺は思います。

 

 

 

今宵は、新しいスコッチを開けました。

 

カナディアンウイスキーを飲むべきかもしれませんが、

 

彼は、そんな口うるさいこと言わないでしょう。

 

 

ロックグラスに、丸氷を入れて、チビチビ飲みながら、

 

彼のCDを聴いています。

 

 

 

…ハレルヤ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-11-08

U-NOTE Ⅱ 「手術日決定。」

テーマ:ケガ・病気

今日は、内科の外来で診察を受けて来ました。

 

先日お話ししたように、大腸にあるポリープを切除する手術の相談。

 

11月30日に手術を受けることになりましたので、

 

29日から入院します。(最短で4日間ほどの予定)

 

 

入院というと、20代の頃、小田原に住んでいた時に食中毒にかかって、

 

一晩だけお泊りしたことがあります。

 

手術というと、右胸の皮膚の下に腫瘍ができて、

 

大学病院で摘出手術を受けたことがありましたが、その時は日帰り。

 

 

なので、人生初の体験ということになります~

 

 

俺ももう、来年で50歳になっちゃうので、そういう年代なんだなあ、と。

 

俺の周りの友達には、心臓やら胃やら、大変な手術をしている人がいっぱい。

 

俺なんか、まだ元気な方なのかも。

 

 

というわけなので、不摂生するなら、今のうちですな。

 

19日には、アメーバのオフ会も控えているので、

 

暴飲暴食だけは避けて、マイペースでがんばりたいと思います。

 

 

先週の土曜日に休日出勤して、今日は代休をもらったので、

 

有休は使いませんでした。

 

でも今日は、出荷のある日で、しかも、トラックにフルに積む75頭。

 

俺が、出荷の日に休んだのは、入りたての頃に、高熱を出した日以来のこと。

 

今日は風が冷たくて、豚が動かなかっただろうなあ…

 

さっき、上司に電話して、報告した時に、無事に終わったと聞いて、ほっ。

 

昨日の帰り際が寒かったので、カーテンを閉め過ぎたかな、と不安だったんですが、

 

どこの肥育舎もちょうどよかったと聞いて、ほっ。

 

 

何だか、体の力が抜けました。

 

 

さっき、遅い昼食をとって、今、コーヒーを淹れたところ。

 

DVDで映画を見ながら、お気に入りの椅子に座って、リラックス。

 

 

今日は、しっかりと、体を休めようと思います。

 

 

 

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-11-06

映画 「インフェルノ」

テーマ:洋画

気づいたら、地獄の真っ只中でもがいている自分がいた。

 

 

ようやく映画に行けました。

 

昨夜、飲みに出なかったこともあって、今日は、わりと早く起きられて、

 

そうだ、映画行こう、と思い立ち、気がついたら映画館にいました。

 

 

「インフェルノ」は、イタリアの詩人ダンテの名著「神曲」の中の「地獄編」。

 

他に、「煉獄編」と「天国編」があって、三部作となっています。

 

(ちなみに俺は、ドレの挿絵がある本を持っています)

 

 

「ダヴィンチ・コード」は、チンコがライトアップされた変態映画だったし、

 

「天使と悪魔」は、ラングドン教授が暴走するドタバタコメディだった。

 

俺的には、「ブリッジ・オブ・スパイ」なんかも、このキャラの延長だったから、

 

もう全部、つながっているように思えてきます。

 

 

さて、今回の映画は…?

 

 

何と、ラングドン教授が、いきなり記憶喪失で登場。

 

おおっ、「コブラ」「メン・イン・ブラック2」「ボーン・アイデンティティ」など、

 

記憶喪失スタートダッシュは、観客をのっけから不安にさせます。

 

 

ここはどこ? 私は誰?

 

トム・ハンクスは、もう60歳。

 

若い女医さんに手を引かれて、わけがわからないまま、駆け落ち状態に。

 

これは、「アドレナリン」のジェイソン・ステイサムにケンカ売ってますな。

 

 

何だかわかんないけど、人類が大量に死ぬまで、時間があまりないらしい。

 

少しずつ回復していく記憶を頼りに、頭脳を酷使して、謎に挑むラングドンじいさん。

 

ただでさえ頭を使うのに、そこらじゅうで頭を怪我して血ィ出してばっかり(笑)

 

 

…さあ、彼は何回、頭から出血するでしょう?

 

 

 

本作は、スタイルとしては「スパイ・アクション・ロードムービー」かな。

 

何しろ主人公が冒頭から混乱しているので、

 

観客も、彼を追いかけるのに精一杯で、一緒にくたびれてしまう。

 

 

あまりにもマヌケな、先読みしろと言わんばかりのシーンもありますが、

 

基本、ドキドキハラハラで楽しめると思います。

 

 

何しろ、主役は、マット・デイモンでもなければ、リーアム・ニーソンでもない。

 

格闘が弱そうで、銃など握れそうもないような、トム・ハンクスである。

 

(まあ、「プライベート・ライアン」では兵士役で銃が似合っていましたが)

 

 

まるで、「レイダース」のハリソン・フォードのように、非力そうに見える男が、

 

怪我したまんま、記憶も混乱したまんま、よくわからん連中と動き回るんだから、

 

これは、見てる方もやきもきしてしまいますねえ。

 

 

そんなわけで、まさにこれは、「地獄に迷い込んだ男の物語」と言えます。

 

 

ダンテの「神曲」は、地獄に迷い込んだ男が、現地でガイドを調達して、

 

地獄めぐりツアーを堪能する話でしたが、(そんな話だったっけ)

 

本作もまた、道先案内人がいっぱい出てきますので、

 

イタリアやトルコを、ガイドブックにのっていない観光ツアーを楽しむつもりで、

 

銃弾をよけながら、混乱を味わって下さい。

 

 

俺、実は、この映画を見る前に、「神曲」を改めて読んでから行こうかな、

 

と思っていたのですが、連日のヘビーな状態で、無理でした。

 

でも、結果的には、それがよかったみたいなんですね。

 

 

「神曲」をよくご存じの人には、ベタベタ過ぎてつまらないかもしれない。

 

原作と内容がだいぶ異なるみたいだから、「ファン」過ぎると怒りがこみ上げるかも。

 

大体、原作を超える映画なんて、基本的に存在しないのだから、

 

最初に出会った方を、その人の「オリジナル」にすればよろしい。

 

原作の面白さを知っていればいるほど、映画のガッカリ感は増すのだから。

 

(だから俺、「アイ・アム・ザ・ヒーロー」は、あえて見に行かなかったんですね)

 

 

 

予告編にも、いい意味で騙されました。

 

何となく「198X年」とか「復活の日」とか、「アウトブレイク」的なものを想像して、

 

殺人ウィルスの恐怖で人類絶滅…みたいなイメージがあったんですが、

 

いやあ、全然違いましたねえ(汗)

 

 

どちらかというと、認知症を患って、記憶が混乱したまんま、そこら辺を放浪して、

 

行き当たりばったりに、女をナンパしたり、コワモテの兄ちゃんと仲良くなって、

 

知らないうちに転んで怪我して、変な薬打たれて、走るわ泳ぐわ、

 

このじいさん、いつ心臓麻痺で死ぬんだろう?と、そっちの方でドキドキ。

 

 

これはぜひ、頭の回転がスバラシイ、知的な高齢者カップルにオススメしたい1本。

 

若い人が見ると、ムカつくかもしれないからなあ…おっとっと。

 

クリント・イーストウッドの「スペース・カウボーイ」が好きな人とか、

 

じいさんの、いぶし銀ヨボヨボマッチョなアクションが好きな人にはいいでしょう。

 

 

 

俺は、コンディション的に、非常に疲れていたので、何だかちょうどよかった(笑)

 

 

あと一週間くらいしたら、また映画館通いを復活させるつもりなので、

 

今日映画を見ることができて、少しエネルギーをチャージできました。

 

 

 

人生は、混乱の連続である。

 

進むも地獄、退くも地獄。 天国なんて、どこにもない。

 

いつも不安。どこでも不安。 安心なんて、永遠にみつからない。

 

 

だから、物語が続くのだ。

 

 

 

目覚めた時から、地獄が始まり、

 

眠りに入る前のほんの一瞬だけ、小さな安らぎがある。

 

 

地獄が何層に分かれていようが、居心地は、全部おんなじ。

 

「苦しい」か、「すごく苦しい」かの、どっちかだけ。

 

「疲れている」か、「すごく疲れている」かの、どっちかだけ。

 

 

おっさんやじいさんというのは、そんな存在なんだと思います。

 

だから、年齢や、経験によって、好みや考え方は、変わっていくもの。

 

 

ラングドン教授と一緒に、俺も楽しく年を取っていけたら…いいなあ。

 

誰かに必要とされて、無理やり引っ張られて、ひどい目に遭っても、

 

傷ついた人の心を癒す一言が、サラッと言えるような男になりたい。

 

そして、ボロボロになっても、ちゃんと結果を残す、カッコいい男に。

 

 

 

…息詰まるアクションをやり続けて、ホントに行き詰って死ぬ時まで。

 

 

 

 

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016-11-04

U-NOTE Ⅱ 「記憶」

テーマ:ケガ・病気

あれからずっと、心苦しい日々が続いています。

 

まだしばらくは、映画に行けそうもないし、飲みに出る元気もないので、

 

ブログもほといるんど休止状態なんですが、

 

あまり何も書かないと、

 

こいつ、いよいよ死んだな、と思われてしまうので、

 

自分が生存しているこを示す意味でも、何か書かなきゃ…なんて思いまして。

 

 

 

人は誰でも、記憶を持って生きています。

 

映画「メメント」は、記憶がほんのわずかしか持たない男が主人公でした。

 

あんな風になると、人格が崩壊してしまいそうですよね(汗)

 

 

記憶には、色んな形があると思います。

 

強烈な記憶は、忘れがたい思い出だったり、トラウマだったり…

 

よくも悪くも、その人にとって一生消えない、烙印のようなイメージ。

 

忘れたいことほど、忘れられない。

 

忘れてはいけないことほど、忘れてしまう。

 

 

どうしてなんでしょうね。

 

 

 

 

 

 

ここで、本題に入ります。

 

 

今日お話ししたいのは、「曖昧な記憶」について。

 

 

何となく覚えていること。

 

誰かとの共通体験で、覚えていること。

 

テレビやネット、新聞、雑誌などの、イメージで覚えていること。

 

誰かの噂話を耳にして、そのまま刷り込まれていること。

 

 

あるでしょう。

 

俺自身も、あると思います。

 

そういう前提で、物事を立体的に考えたいと思うんですね。

 

 

何となく覚えていることって、反射的に即答しちゃうもの。

 

みんながそう言っているから、そうに違いない。

 

テレビの人が言っていたから、間違いない。

 

信頼できる人が言っていたから、そうに決まっている。

 

 

それって、危ないことなんです。

 

 

俺は、10年以上ブログをやった立場で、

 

ずっと言い続けたことがあります。

 

「人の話を鵜呑みにしてはいけない」と。

 

 

それはもちろん、俺自身に当てはまります。

 

俺が話した言葉は、あくまでも、その時限定。

 

翌日になれば、考えが全く変わってしまうことがある。

 

それを承知で、あくまでも「現在進行形」で書くのが、俺のスタイル。

 

だから、過去に書いた言葉を引っ張り出して、

 

あの時言ったことと違うじゃねえか、と言われることもしばしば。

 

 

当たり前である。

 

その時の俺と、今の俺は、違う人間なんだから。

 

人は、変わる生き物なんだから。

 

 

変わらない人の方が、精神的に死んでいるような気がします。

 

思考が固定されて、脳が成長を拒否した状態では、もう腐敗しかない。

 

新しい発想を拒み、自分の世界を固辞していく生き方は、窒息してしまう。

 

 

 

俺は、自分の記憶というものは、いい加減なものだと思っています。

 

思い込みの恐ろしさを、既成概念の頑なな難しさを、身にしみて知っているからです。

 

 

人は、いったん覚えたイメージを、一生引きずるもの。

 

そう思うと、イメージ操作って、怖いものなんですよね…

 

 

知らないうちに、自分の思考や記憶を、誰かにコントロールされてしまう。

 

「協調性」とか「社会の常識」「ルール」という言葉にすり替えられて、

 

いつの間にか、「無意識の悪意」に成長していく。

 

 

大勢で弱い者をいじめたり、権力によって抹殺したり、

 

経済的に恵まれている者が、貧しい者を辱めたり、

 

強い立場にいる者が、弱い立場にいる者の心を蹂躙したり…

 

 

ホントに、恐ろしいことです。

 

無意識のうちに、誰かを少しずつ「殺して」いくんですね。

 

 

自分の言動が、誰かを生かしているかもしれないし、

 

誰かを殺しているのかもしれない。

 

 

まあ、考えたところで、どうにもならないことなんですけど。

 

 

それでも、「無意識の暴力」だけは、極力避けたいと思うのです。

 

 

 

 

 

記憶というのは、基本、曖昧なもの。

 

それがわかってさえいれば、柔軟な思考が保てるというもの。

 

先入観だけでロックオンされた記憶は、なかなか消えないもの。

 

 

今日まで正しいと思っていたことが、明日には崩壊するかもしれない。

 

今日まで優しかった人が、明日には豹変するかもしれない。

 

ずっと好きだった人への愛情が、明日、冷めるかもしれない。

 

ずっと嫌いだった人を、明日、好きになるかもしれない。

 

ずっとそばにいた人が、明日、いなくなるかもしれない…

 

 

 

そういうこと、考えるだけで、コワくなっちゃいますよね。

 

だから、普通の人は、そういうことを考えないんです。

 

その方が、うまくいくから。

 

 

俺はいつも、つい、面倒くさい方向に考えてしまいます。

 

ひねくれ者だから、しょうがない。

 

 

 

映画も、そういうところがあります。

 

 

昔感動した映画をもう一度見たら、そうでもなかった…とか。

 

それは、その頃の自分と、今の自分が「違う人間」だから。

 

若い頃の感性と、今の感性が、異なる次元にいるから。

 

若くて瑞々しい感性だったから、最大限に楽しむことができた。

 

それでいい。それで充分。

 

同じ感動は、二度と味わえないからこそ、いいのだ。

 

 

ラーメン屋に行って、昔の味より落ちたなあ、なんてしたり顔で言う人は、

 

自分の味覚と感性が、日々衰えていることに、気づいていないのかもしれない。

 

復刻版のジュースやビールを飲んでも、昔の感動は甦ってこない。

 

それが、当たり前。

 

 

昔だからこそ、味わえたもの。

 

今だからこそ、味わえるもの。

 

 

記憶に、縛られていると、心が不自由になっちゃう。

 

人が生き物であるように、記憶もまた、生き物なんです。

 

 

それがわかる人と、わからない人がいる。

 

こだわりを持つことは大切だけど、

 

思い切って捨ててしまった方がいいこだわりも、確かに、ある。

 

 

記憶は、正しいとか、間違っているとか、

 

そういう「ものさし」では、測れない。

 

自分自身が、心底、それでいいと思っているのかどうか、が大事なんです。

 

 

本当かどうかなんて、誰にもわからない。

 

自分の間違いに自分で気づいたら、その場で正せばいい。

 

邪魔くさいプライドなんて、さっさと捨ててしまえばいい。

 

 

そういう意味で、俺は毎日、軌道修正しているつもりです。

 

だから、思考がいつも、忙しい。

 

自分の生き方を、根本から、揺さぶられ続けています。

 

 

 

嫌な記憶ほど、忘れられないもの。

 

楽しかった記憶とか、誰かを喜ばせた記憶は、ほとんど残っていない。

 

痛みを伴う記憶だけは、いつまでも、鮮明に残っている。

 

それは、「決して忘れるな」という意味なんだろうと思う。

 

 

忘れようとしても、忘れられない。

 

覚えていたいのに、忘れてしまう。

 

記憶というのは、自分の思い通りにコントロールできないものなのかもしれない。

 

 

だから、生き物だと思うんですね。

 

 

人の心は、つかまえようとしても、つかまえられないもの。

 

自分の心だって理解できないのに、人の心なんてわかるはずがない。

 

自分のイメージと、相手のイメージは、違う。

 

同じにすることは、不可能。

 

刷り込まれることは、洗脳とおんなじ。

 

大事なことは、肝心なことは、自分の心と向き合って、判断せよ。

 

 

脳に、記憶されること。

 

心に、記憶されること。

 

身体に、記憶されること。

 

感覚で、記憶していること。

 

 

同じようで、違うもの。

 

 

 

自分の記憶の正体は、何か。

 

 

 

俺の体験上から言わせてもらうと、

 

記憶というのは、思い出す度に、形が変わります。

 

誰かに話す時に、「尾ひれがつく」のは、よくあること。

 

で、しまう時に、既に「違うもの」に更新されているんですね。

 

 

自分の都合のいいように、

 

嘘か本当か、見分けがつかないレベルまで、

 

改ざんされて、加工されて、バージョンアップされていくんですね。

 

 

人は、疑う生き物。

 

その反面、人は、無防備な状態では、刷り込まれやすい生き物。

 

 

武道でいうところの、「崩してから、技をかける」という極意ですね。

 

 

不安定な状態だと、騙されやすい。

 

いくら身構えていても、絶対に「隙」はあるものだから。

 

 

 

じゃあ、どうすればいいのか。

 

そういう可能性がある、という前提で、物事を捉えるようにする。

 

いったん受け入れる姿勢を見せて、待てよ、と再考する癖をつける。

 

(全く受け付けない姿勢は、かえって危ないから)

 

ふーん… でもそれ、やっぱおかしくねえか?って感じかな。

 

 

映画を見る時も、そういう自分がいるんですね。

 

ブログ記事を書く時は、新鮮な気持ちを伝えたいから、

 

映画に出会えた感激が大半を占めるけれども、

 

時間が経てば、その違和感は、鮮明に浮き上がってくるもの。

 

 

基本、映画そのものをまず楽しむ。

 

その後で、冷静になってから、クールに分析していく。

 

まるで、ワンナイトラブですな。

 

 

どんな映画も、まず、褒めてあげたいと思う。

 

でも、自分の気持ちに、嘘はつけない性格。

 

だから、時たま、辛口な文章になる。

 

ちょうど一年前に削除した記事は、いちゃもんコメントがついたからでした。

 

今思うと大人気ないなあと思うけど、あれはやっぱり消してよかった。

 

正直に言うことが、誰かを傷つけるんだなあとわかったから。

 

もう二度と、あんな文章は書かないと思う。

 

そのくらい、強烈な記憶でした。

 

 

 

記憶は、その人の生き方を左右する。

 

それは、記憶そのものが、その人の心の形であるから。

 

同じものを見ても、感じ方が違うように、

 

同じ映画を見ても、感想はバラバラで当たり前。

 

 

自分と同じ感想でないからといって、相手を見下したり、責めたりしてはいけない。

 

見下されても、責められても、自分の感じ方を否定しなくてもよろしい。

 

 

 

感性が磨かれれば、記憶も洗練されていく。

 

厚化粧して盛れば盛るほど、記憶はうす汚れていく。

 

 

 

その記憶、どうやって形成されたか、覚えていますか?

 

そのまんまで、一生引きずっても、大丈夫ですか?

 

 

 

俺は今、そんなことを考えながら、毎日の試練に立ち向かっています。

いいね!した人  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。